第53話 初めての迷宮探索・侵攻
第53話 初めての迷宮探索・狩り
『うーん…これが迷宮か…』
マリオンは迷宮という言葉の意味を考えてみた。
マリオンの迷宮のイメージはゲームなどに出てくるダンジョンのことだろう。
彼方に目的地があり、そこまで迷路のような構造の道を探しながら、ゲームの時であればマッピングをしながら進み、時に中ボスと戦い、時にお宝を手に入れ、時にイベントに出会い、踏破する。
それは次の世界への洞窟かもしれないし、財宝を秘めた地下迷宮かもしれない。
『少なくともこんなに見晴らしの良い森じゃないよな…』
マリオンは周りを見てそうつぶやいた。
マリオンの周囲には広々とした美しい景観が広がっている。
森と言っていいのか分からないほど木々の間隔があり。
地面はむき出しの地面か背の低い草の生えた土地で、その木々の間を縫うように美しい沢を持った澄んだ川がゆったりと流れている。
地球でならこの景色だけでも番組が作れそうなほど豊かな自然で、マリオンの隣を流れれる川の輝きについ目を奪われそうになる。
ただやはり迷宮ということだろうか、普通という言葉は似合わない。
なぜならそこに生えた木の幹は石の光沢を持ち、葉は鉄の輝きを持っている。
背の低い木もあるが、指で触った感じはやはり石のようで、もっと言ってしまうとどう見ても草もただの草ではない。
その草を食む何種類もの動物も当然のようにどこか普通ではない。
みんな毛じゃなくてとんがった何かが生えていたり、石のような甲羅のようなものがあったり、なんか頑丈そうなのだ。
何よりもマリオンを絶句したのがこれらの魔物から、魔物の死骸から『金属』が取れるということだった。
(なんやねんそれ…)
てなもんである。
この迷宮では魔物の死骸のとがった部分とか石のような甲羅とか、そう言ったものを砕いて精製すると鉱石を精製するように金属が採取できる。
奥地に行けばいくほど金属の含有量が増え、希少性のある金属も取れるようになる。
今いるあたりはさすがに入り口近く、金属成分の含有量も低いし取れるものも普通の鉄がメインだ。
だがここでは魔物がわいてくる限り、金属資源が際限なく手に入ると言う事である。
迷宮の近くでは『迷宮を討伐し、人間の世界を取り戻そう』というようなスローガンをぶち上げるものがまれにいたりする。
どんな迷宮であれ、一定数のそういう夢を見る輩というのはいるのだが、この鋼の迷宮に限ってはそういうことを言うやつはまずいない。大概たこ殴りになってご退場となる。
それはこの迷宮からもたらされる資源がこの国にとって、ここで暮す人にとって重要なものであるからだ。
そしてそう思われるほどの資源を産出し続けてなお、この迷宮は資源の枯渇に直面したことがない。
いったいどうなってんの?
と思わずにいられない。
(た、例えば地中にあるある金属粒子を樹木が吸い上げてー、それを魔物が食べて体内に蓄えてー、それを人間が狩ってる…とか?)
そんな仮説を立ててすぐに放棄した。
聞いた話を信じるならこのクラナディア帝国は建国らかすでに二〇〇〇年。このスミシアは建国時期から帝国の主要都市として金属製品の製造にかかわってきたらしい。
短く見積もって一八〇〇年。もしそんな長い期間を一つの国というか文明を支えるほどの金属資源を賄い続けている鉱山があったとしたら、一体どれほどの大穴があいていることだろう。
だがこの迷宮は昔から変わらぬ姿でここにある。
昔確かにそのようなことを考え人もいたらしい。
『木が土中の金属を吸い上げているのなら地面を掘ればもっと確実に、大量の金属が手に入る。そうすれで自分は大金持ちである』
と。
結果をはっきり言うと彼は資材を投じて地面を掘り返し、そして破産した。なにも出なかったのだ。
チャンチャンである。
そんな深い(?)歴史を持つ『鋼の迷宮』をマリオン達は走りぬける。
もちろんドリーで。
マリオンは前や後ろを走っているドリーを眺めた。結構いろいろな特徴があって面白い。
マリオンが乗っているのは自前のドリーだ。旅の間ずっとついてきたドリー。
対してイストとその部下が駆っているのはレンタルドリーだった。
迷宮の入り口にはこの手の騎獣のレンタルを仕事としてる貸しドリー屋がいたりする。
このドリー五匹はみんなよく似ていて多分血縁だろう。
ギルバルト達とルルスはやはり自前のドリー。
こちらは実に特色があった。
尻尾の長いもの、短いもの。翼の大きいもの、小さいもの、頭の羽根飾りが立派なものもいればみすぼ…シンプルなものもいる。
ギルバルトたちはそこに持ってきてドリーにカラフルな帯や凝った鞍をつけているからなおバラエティー豊かになる。
このドリーの使われ方は地球でいえば馬に近いのだが、人間との位置関係はもっと身近で、ひょっとしたら犬に近いかもしれない。
それはこのドリーが鳥のくせに、というと変なのだが鳥頭ではなく、犬並みに賢く、人に寄り添っているからだろう。
マリオン達はそのドリーに乗って迷宮を駆けていく。
隣にギルバルトが来た時にマリオンは一つ気になったことを聞いてみた。
「あっちに行っちゃったほうが近い気がするんだけど…なんでこっちを通るのかな?」
それはマリオンにしてみると当たり前の疑問だった。
マリオンの魔力探査は健在で、マリオンは自分を中心として二km弱の範囲の地形を把握している。
その地図上で見る限りも今自分たちが走っている位置から横に進んだ方が目標とする奥地に簡単に行けるように見えるのだ。
だがそれは提案する前に否定された。
「ああ、あちらはだめだ。見た目にはいけそうに見えるんだが、あの草地と草地の間の砂しかない所。あそこは越えられないんだ。
あそこを越えようとするといきなりとんでもないところに飛ばされて、それっきり戻ってこれない。
今まで入り口付近に飛ばされた運の良いやつが何人か助かったぐらいだな…」
「うえ? どゆこと?」
「なんじゃ、マリオンは迷宮は初めてか?」
初めてです。
「よしよし、では説明してやろう」
イストが楽しそうに解説を始めた。
それによるとここが迷宮と呼ばれるのはやはり迷路状の構造をしているからだった。
「迷宮の中心にはネストという場所がある。あると言われているの…わしも見たことはないが…そこは迷宮を満たす魔力がわいてくるところでな、ここから溢れる魔力は、迷宮の中を太い流れを作って流れていくと言われておる。
まるで糾える縄のように入り組んでな。
この流れが道になっておってな、わしらはそこをさかのぼるように進んでおるんじゃよ。
そこに見える砂地はこの流れと流れの境目じゃな。なぜが砂しか存在せん…これを越えようとする者もたまにおるんじゃが、わしも一度見たことがあるんじゃがいきなり消えてしまうんじゃ。運のいい何人かか迷宮の外にはじき出されたのが確認されただけでの、後はみんな行方不明ということになる」
新人はつい誘惑に駆られてあそこをショートカットしようとするものがいるらしい。お前はぜったにやるなとくぎを刺された。
ここはやはり迷宮なのだ。中心から流れてくる魔力の流れによって構築された入り組んだダンジョン。
マリオンが意識を向けるとその流れは確かにある。縄のように複雑にと言う分けではないが、流れは枝分かれし、時に合流し、編み目のような複雑な流れを作る川に似ている。
しかも川と川の間だが湿地になったり、中州になったりするように魔力の分布がちぐはぐで、川の交差するところは激流のように魔力が逆巻いている。
しかも魔力濃度の高いところは魔物が強くなり、君臨するのだという。つまりボスモンスターもいるのだ。
そして川の境目、魔力のある処とない処の狭間は断層のように行き来できないくなっている。
マリオンが改めて目を凝らすと確かにその砂地の上は高密度の魔力が高速でしかもめちゃくちゃな方向に流れているように見える。
(つまりあれか? 最初に突入したエリアを攻略して次のエリアに進んで、またそこを攻略、時に分かれ道とかあって、時にはボスもでる…ってことか? こりゃ確かに迷宮だわ)
迷宮でないのがせめてもの救いかもしれない。
なんか迷宮だと入ったが最後出てこれない気がする。毛糸玉とか必要かもしれない。
「みんな気を付けろ、肥鼠だ。道を塞がれてる、戦うぞ」
ギルバルトの檄が飛んだ。
どうもエンカウントもあるらしい。
◆・◆・◆
「ぬおりゃー!」
ズバッと音がして魔物が真っ二つに切り裂かれる。五〇cmもある丸々した鼠のような形の魔物で、その皮膚は石のような甲羅でおおわれている。
その所為で見た目は短い手足を生やした岩が動いているようにも見える。
「こいつら人間も食うの?」
「もちろん食うぞ」
「悪食だなあ…石だけ食ってればいいのに」
道を塞ぐようにたむろしていた一〇匹ほどの魔物。地形の関係で回避ができずに戦闘になったが、その魔物を見た感想がそれだった。
まあ悪食でない鼠というのも見たことがない。
その魔物、一頭目があっさりとイストに切り倒された。
二頭目は雑用として、つまりマリオンの同僚として参加している騎士に襲い掛かり、騎士たちは剣と盾で対抗しているがこれが見た目通りに硬いらしくまったく切れない。
カキーンとか言って弾かれてる。
「なんか全然誓うな…」
その両者の戦い方を比べてマリオンはポツリとこぼしてしまう。
それに対してイストの部下のキールという魔術師が解説をくれた。
「仕方ないですよ、イスト様の剣は魔剣ですからね」
「魔剣?」
「あれは『不壊金剛』というスキルを持った魔法の剣です。石を切っても、魔鋼を切っても負けはしませんよ」
特殊な能力を持った、あるいは付与された武器。以前ユーリアに少し聞いた事があったがどうもイストのそれも魔剣であるらしい。
しかも持っている能力はひたすら硬くて壊れにくいというもの。
刃物というものは硬ければ硬いほどよく切れるわけだ。
だが物質の宿命として硬いものは脆いという性質も併せ持つ。
だがもし鋭い刃を持った武器が魔法の力で壊れないという性質を持ったら?
それはすさまじい切れ味になるだろう。
「この不壊金剛の能力は発掘された武器にもよく見られる能力ですね、それだけ有用性が高いということでしょう。
ただ剣が壊れないからと言って、こんな石みたいな魔物が切れるかというと、それはもう腕次第ですけどね」
つまりその能力が威力を発揮するのもイストの実力あってこそということだ。
マリオンがふむふむ頷いているうちにキールは魔術の詠唱を行い、術を発動させる。
(アイスコフィンというのか…良い術だ…)
キールが使ったのは対象を氷漬けにする術だった。
冷気で魔物が死んだりはしていないが、絡み付く氷で動きが阻害される。
そこを雑用係が用意してきたハンマーでタコ殴りにする。もう剣を使うのはあきらめたらしい。この方法なら硬い魔物も倒せるだろう。
一方、ギルバルトの武器は長柄のハンマーで、片側が杭のように鋭く尖っている。
重量のある金属の杭の一撃が石のような獣の体を打ち抜いて確実に数を減らしている。
この鋼の迷宮のメイン武器はこういった重量と貫通力があるものが主流となる。
幸い魔物も弱かったせいか、流れは完全に人間の物だ。
ギルバルトの連れてきた魔術師ビルド―はギルバルトともう一人の重戦士ランガーの影に隠れて呪文を詠唱し、『ファイヤー』という術で魔物を焼き殺している。
詠唱と共に指示された魔物が燃え上がるように炎に包まれ、一定時間その状態が維持される魔術だ。
範囲攻撃ではないらしく、一体ずつ魔法をかけていくのがもどかしいが、効果は確実だった。
(魔術師が後衛にいて戦士が壁をやる。お約束だな)
ギルバルトたちがうまく連携をとっている一方、イストは独自に走り回り魔物を切り捨てている。
鼠系でやはりちょろちょろ動くのだが体が重い所為かイストにとっては問題になるような動きではないらしい。
魔術師キールも雑用係の三人の後ろに隠れ、氷の魔法で魔物の動きを止め、そこを男三人が叩き潰すという戦法で確実に星を上げていく。
ただ雑用係の三人は魔物に体当たりをされて陣形を崩したり、転んだりしていた。
(まあ雑用係だからね…)
マリオンは忘れているが正式な騎士である。
◆・◆・◆
「とりあえず現在地はここですね、結界敷設地帯ですので魔物の心配はあまりありません」
ギルバルトが地図を広げ、周りに集まったマリオン達に状況を説明している。
岩石デブ鼠(マリオン命名)を撃退した後、しばらく順調に歩を進め、この場所にたどり着いてひとまず休憩となった。
迷宮の中も常に危険というわけではなく。魔力の流れが作る濃淡が存在し、魔力濃度の高い危険地帯もあれば逆に薄い比較的安全な場所もある。
人類種族はそういった場所に結界を張り、いくつかの安全地帯を作ったりしている。
魔力濃度が濃いところでは結界石も、魔物除けの匂い袋もほとんど役に立たないが、こういった場所で結界を張ればかなり安全に休むことができる。
過去の冒険者達の努力と犠牲の積み重ねよって作られた、ここは常設結界の一つだ。
マリオンは魔力の濃淡を観測する事が出来るが、普通の冒険者にはそれは無理なこと、きっと、本当に、血のにじむような思いをして作られた結界だろう。
こう言う場所はこの迷宮全体で十数箇所、作られている。
冒険者達はこういった安全地帯にキャンプを張り、そこから目指す魔物を狩りに出かけていく。それ故にこう言う場所を『起点』と呼ぶが、やはり迷宮の奥に進むと魔力濃度が総じて高くなり、この手の『起点』はつくれなくなる。
今回マリオン達が目指している『ミスリルの採取るエリア』もそういった深部だ。結構危険な所である。
休憩が終わり次第さらに奥地に向かって侵攻することになっているが、今は休み、マリオンはこの機会に少し情報を仕入れようと考えた。
「さっきの魔物っていうのは回収しないんですか?」
マリオンはここに来るまでに戦っていた魔物の事を思い出して聞いてみた。
今までの感覚だと獲物は何であれ有効利用という印象があったのだ。だがここまではすべての魔物をスルーしている。
「アレだめだね…持ち帰って精製に回して小指の先ほどの鉄が取れれは上出来と言う魔物だ。はっきり言って小遣いにもならない。魔石も小さいしな、ああいうのは大概放置することになってるんだ」
なっているとは変な言い回しだった。
「もったんなくないですか?」
「そんなことは無いよ、迷宮には『屍拾い』っていうかけだしの冒険者がいてな、まだ自分で良い獲物を捕れない冒険者達だけど、彼らが迷宮を回ってああいった雑魚魔物の死体と魔石を回収していく。彼らには重要な収入源だし、俺たちは煩わしい手間から解放されけるってわけよ」
「こういう所で屍拾いをやっていても魔物とは出くわすからな…でもこのあたりの魔物ならかけだしても何とか戦える。良い経験にもなると言う事だ。オレも昔はやっていた」
そう言ったのは重戦士のランガーだった。
休憩で兜を採った彼の耳は大きなケモミミで、後ろでくねくねした尻尾が揺れている。猫と言うよりはライオンみたいな感じだ。
彼もそうやってお金を貯め、少しずつ良い装備を求め、少し戦えるようになった頃に鋼の牙に誘われたのだと話してくれた。
つまり放置してきた雑魚敵はかけだし達への支援という意味合いもあるのだ。
そして新人の側から見ると下積みということなのだろう。ランガーは屍拾いをやっていたころはずいぶんとバカにされてつらい思いをしたと話してくれた。
実のところ冒険者と言うのはそういう地道な仕事なのだ。
「今日はこのまま移動じゃな…躱せる魔物は極力躱す方針じゃ。で今日はここの安全地帯までいって、明日からは探索をしながら奥に向かうということじゃな」
話が一段落付いたのを見てイストが地図を指し示しながら今後の方針を示す。
「つまり明日は積極的に戦闘をするということですか?」
「その通りじゃ…じゃがわざわざ獲物を探しはせんよ、進行線上に魔物がいたら狩るということじゃ」
「つまり今日は移動だけ、明日は移動プラス狩り。明後日が狩りという感じ?」
「明後日、明々後日が狩りじゃな…最終日は全速で帰還じゃ」
聞いていた全員が頷いた。
予定は四泊五日で、大体のスケジュールは決まっていたがやはりこういう環境だ。実際動いてみないことには分らない部分はある。
ここに入って少し動いてみて、これなら予定どうりに行けそうだ。という結論になったのだ。
その話を聞いてなるほどこれはクライン持ちがもてはやされるわけだとマリオンは納得した。
もしマリオンがいなければ荷物を運ぶための獣車なりなんなりが必要になる。
ドリーオンリーだから時速三〇キロほどで走り抜けることができる。大概の魔物も振り切れる。奥地にどんどん進める。
昼間のように避けようのない戦闘以外はしなくても済むのだ。
これが時速一〇キロ弱しか出ない荷獣車を連れていればほとんどすべての魔物を駆逐しながら進むしかなくなってしまうだろう。
さすがにその速度では魔物を振り切るのは無理だろうし、通れる道も限定される。
してみればこういった効率重視の移動ができるのはクラインを連れたマリオンがいるからだと言える。
補給に足を引っ張られることがないのだ。
マリオンはここにくるまえによった『大起点』と呼ばれる場所を思い出した。
この迷宮はいくつか安全地帯があると言う話はしたが。そのうちの四つほど。迷宮各方面への起点となる場所に大きなベースが作られている。
スミシアの迷宮門から一番近い四つだが、ちょうど四方向に大きく広がり、その先に進む冒険者達のよりどころになっている場所のことだ。
この鋼の迷宮に侵攻するすべての冒険者がこのベースのどれかに立ち寄り、最後の準備なり、点検なりをして迷宮に進んでいく。
大起点には①番から④番までの番号がいて、マリオン達もここにくる前に②番のベースに寄ってきた。
そこには冒険者が必要とする一通りがそろっていた。
結界とそれを補強する城壁。
武器屋、防具屋、これはもちろん修理も行う、食事処に酒場に宿屋、保存食料や迷宮で使う日用品、果ては女の子まで、必要な者は大概ここで買えるようになっている。
このベースまでは流通がしっかりしているために値段もそこそこだし、種類が限定的という欠点に目を瞑れば実用的な物はだいたい揃うので運搬の手間を考えてここに来てから準備をする者も多い。
中には二台も三台もの荷車を用意し、そこに荷物を満載し、多くの戦士でその荷車を守るように出発していった狩猟団もいた。つまり彼らはクライン持ちを雇うことができていないという事なのだろう。
ただ一組だけ毛色の変わったパーティーもいた。
アイテムボックスという『小さいのにたくさんの物が入る魔道具』を使っているパーティーだ。
マリオンは改めてその時のことを思い出してみる。
とりあえず人里から離れるにあたり、まともなものを食べようということになってマリオンと雑用の三人は食事の調達に出たのだが、そこでマリオンはそれを見た。
「あれって?」
それは箱型獣車の後ろに固定された少し出っ張った扉に見えた。
一五〇cmくらいの観音開きの扉だ。
獣車の後ろに備え付けられた扉で、獣車の大きさから物入れと言うほどのスペースがあるようには見えず、変なところに中途半端なでっぱりと扉が付いているなと思える…そんなものだった。
ずいぶん中途半端な作りだな…と思っている所に獣車の持ち主だろう。その人物が後ろに回ってきて、その扉を開けて荷物の搬入を始めた。
マリオンは本当に驚いたのだ。
扉の中にはマリオンの感覚で言えば六畳間くらいの空間が広がっていた。
この大きさでは明らかに獣車よりも大きい。本来あるべき獣車のあれやこれやを無視して広がっている。
つまり扉の中は拡張された空間が固定されていたのだ。
開け放たれた扉はなんの境界もなく外と拡張空間をつないでいて、それがクラインのような別空間ではなく、本来は小さいはずのスペースを押し広げたものであろうと推測される。
「ああ、アイテムボックスかい。あれはちょっとすごいよな」
一緒に食事の調達にきていたイストの部下がそう言った。
「見た目はただの扉なのに中にはかなり大きな空間が広がっていて…昔の発掘品にはよくあるギミックなんだけど、そういえば最近構造解析に成功して量産ができるようになったと聞いたな…」
「それは…すごいですね…」
これはマリオンの本心だった。
たとえば軽自動車にトラック並みの荷物が積めると考えればその有用性が分かるだろう。
「でも高いんだよね…」
「なんだ、お前ひょっとして買おうとか考えたのか?」
「いや、新しいマジックアイテムだからね、興味はあるじゃん」
「そんでどのくらいするんでござるか?」
「確か一番安いので5千万リヨン?」
なぜ疑問形なのかわからないが値段を聞いてみんなが絶句した。脇で話を聞いていたマリオンもびっくりした。
日本円にして約5億円相当。
「それにね、今完全に品薄でね」
買おうとしても無理なんだよとつづく。
ということは買っているやつがいるということだ。
「オークション形式だから…高いと数億リヨンとか、数十億リヨンとかね」
それでも買うやつはいるらしい…
聞けは貴族や大金持ちらしいが金銭感覚が理解できない。
ただ同時にその利便性が限定的であることもマリオンには理解できた。
これが本当に地球の自動車の様なものについているなら利便性はかなり高い。
オフロード用の軽自動車にあれがついていたらこの世界でも大活躍したに違いないのだ。
だがここでは獣車の後ろに設置されている。
そして獣車というのは巡航速度であれば六kから八kくらい。
確かに大量の物を一度に運べるという能力はすごい。だがこの速度では護衛をつけて周りの魔物を駆逐しながら進む以外にないだろう。
おまけに通常空間と扉一枚でつながっている以上。そしてその扉の可動部分に普通の隙間などが見える以上。おそらくクラインのような品物の品質保持機能は持っていない。
やはり足手まといにはなり、そして保存や運搬にも限界がある。
クラインに比べればやはりその性能は極めて限定的だと言わざるを得ない。
それはつまりこのアイテムが普及してもクライン持ちがその優位性を失うことはないということだ。
「フェルナンさん、どうもあなたの考えていたものとは違うようですよ」
マリオンは今は亡き友人に向けてそうつぶやいた。
◆・◆・◆
この迷宮に入る冒険者の一番の収入源はやはり鉄や魔鋼の採取と言うことになる。これらは採取量が多く、安定してお金になる。
しかも鉄はもちろんのこと、魔鋼も迷宮の浅い位置で結構とる事が出来る。
そして奥に進むにつれてよい金属が取れ出してくる。
魔物からとれる金属。マリオンの違和感が時と共に大きくなっていった。
(一体どういうことだ?)
この世界がそういうものだというのは、まあ現実としてそうなんだから仕方がないのだが、オタクでありながら結構常識人として暮らしてきたマリオンは『いったいどういう理屈でこうなんの?』と思わずにいられない。
無制限にわいてくる魔物。その魔物からとれる金属資源。しかも出所不明。まるでエネルギーが物質になったような…
そこまで考えてマリオンははっとした。
『エネルギーの物質変換』
『無から有を作り出す力』
疑似的にだがマリオンはこれを見たことがある。
ユーリアたち陸妖精族が使う地精結晶。物質のように振舞う魔力。
(あれは疑似的なもので…力を解除すると元の魔力に戻って世界に帰って行ってしまう。だが彼らが実体化させている限りにおいてそれは間違いなく、オリジナルの劣化版ではあるけど、本当の『物』だよな)
(だとしたら、あれをすすめたら、この魔力というものを本当に物質化することができるんじゃないか?)
(魔物というのは魔力を食うものだよな…魔力を食って自分の強化をする。強靭な爪や牙、鱗なんかも単に生物の体の一部と考えるには強化され過ぎなんじゃ…)
(魔物にはひょっとして魔力を食って何か別の物を精製する能力が…根源的に備わっているんじゃ…)
それは驚愕に値する思い付きだった。
魔力というエネルギーを物質に変換することで必要な資源を獲得する…それはとりもなおさずこの世界に資源の枯渇が存在しないということを意味している。そして無から有が創り出されているということでもある。
マリオンは背筋を何か得体のしれないものが這い回るような怖気を感じた。
(迷宮はその中心にあるネストと呼ばれる『何か』で支えられている…らしい…だったらこんな状況を創り出しているのはそのネストなんだろうか…)
(何とか確認できないだろうか…)
マリオンはいてもたってもいられなくなった。
今まで普通に歩いていた世界が急に得体のしれない何か。薄皮一枚の向こうにとんでもない何かを隠した、まるで書き割りのように感じられる。
怖かった。
怖いもの見たさという言葉があるが、人間は本当に怖い物から目が離せなくなることがある。気になって気になって仕方がないのだ。目を話すのが怖いのだ。安心を探さずにいられないのだ。
だからと言ってここは迷宮の中、集団行動中で、しかも今のマリオンは雇われの身。
勝手に列を離れるわけにはいかない。
マリオンの中でこの迷宮を調べないといけないという焦りのようなものが次第に大きくなっていった。
◆・◆・◆
「このあたりまで来るとほとんどが金属外殻を持った魔物だな」
ギルバルトが振り回したハンマーがガキンと勢いよく飛び掛かってきた…というか砲弾のように突っ込んできた魔物を弾き飛ばす。
大きさは五〇cmほど。形は蛙に似ている。頭部から背中にかけて金属の結晶のような柱の突き出た甲羅に覆われていて、甲羅に直接顔と口の着いた髪という言い方もできる。
この魔物は強靱な後ろ足で勢いよく地を蹴り、自分自身を撃ち出すように頭突きをかますという行動で襲いかかってきた。
しかも大きさが五〇㎝もあるので、多少スピードが遅いとは言いながらその攻撃力は十分に脅威だ。
マリオン達は順調に迷宮の奥に侵攻し、当面の目標の一歩手前で戦闘をしていた。
出会うやつは狩ると言う方針できたが、そんな方針がなくても戦闘になることはある。つまり魔物側主導で。
しかもここまで奥にくると魔物の外殻が石っぽい物から金属っぽい物へと変わってきて、実際かなり固くなる。つまりイストの魔剣を持ってしても切りづらくなるのだ。
目の前の装甲蛙という魔物はかなり手強く、ご多聞に漏れずイストたちを苦しめていた。
ロケットのように突進してきて、躱されたら着地、ノタノタと向きを変えてまた突進。
身体が重いのか、蛙故か、方向転換はゆっくりした物だが、総勢五〇匹近くが交代で襲ってくるので的確な攻撃ができなくなっている。
方向転換をしている蛙を攻撃しようとする間に脇から突撃を受けるのだ。
「どっせー」
マリオンの目の前で重戦士のランガーが装甲蛙を大きな楯で受け止める。
尻尾がビーンと立っている所を見るとやはり力が入っているのだろう。
魔物の動きが止まったところでヒルドーがファイヤーを打ち込み焼き殺していく。
(やっぱり魔術は運用だな…)
今まで魔物との距離がある時ヒルドーは『ファイヤーストーム』という術を撃ちこんで一度に多くの魔物を攻撃したこともあった。だがこういった乱戦になると起動の速い『ファイヤー』の方が役に立つようだ。
呪文を詠唱しておいてランガーが魔物を落としたところにファイヤーを打ち込んでいる。
逆にキールの方はうまくいかなくなってきていた。
経験の差が出たのだろう、呪文の詠唱もミスしがちだし、目に見えて魔力量が減り、息切れをしている。
それはなにもキールの所為ばかりではなく前衛を担当する騎士三人の所為でもある。
武器を盾とハンマーに持ち替え、キールが魔法を発動させるまで時間を稼ぐはずの三人は魔物の圧力に負けて体当たりを受け止めきれずに陣形を崩し、キール自身も攻撃にさらされている。
イストも回復役の神法官をかばっているので、三人の護衛に避けるほどの余力がない。
(ちょっと分が悪いかな…)
確実に一匹ずつ装甲蛙を仕留めてはいるが、いかんせん数が多い。一度にとびかかってくるのが限られているからまだ何とかなっているが、かわりに予備戦力はまだかなり多い。
このまま戦闘が続けば、いずれは息切れしてしまうのではないだろうか…それともベテランたる彼らはこれも大したことはないと思っているのだろうか…
マリオンは横から飛び掛かってきた蛙を目もくれずにひょいと躱す。
認識範囲が広いのでここら辺はお手の物だ。何となく蛙の飛んでくるコースまで見える気がする。
最初こそマリオンのことを気にかけていたイストだったがマリオンの回避行動を見て今ではすっかり安心して自分の戦闘に集中している。
右に左に装甲蛙を躱しながらマリオンは考える。
(あらかじめ戦闘に参加する必要はないと言われているけど…どうしたものかな…のこっている敵は三十二匹…あっ、三十一になった。これが全部倒れるまでとなると、勝てないということはないにせよ怪我人とか出るんじゃないか?)
(だけどあんまり目立つのも避けたいし…どないしよ…)
だが考えてみればここでこのまま暮らしていくのであれば冒険者として、ハンターとしてある程度活躍はしなければならない。
その期間は最低でも子供たちが独り立ちできるようになるまで、現在のところ十五年くらいと推測できる。
そして自分の性格を考えれば、保護対象が増える可能性は…結構高い気がするのだ。
となるとやはり孤児院と言うか、子供達の家のようなものが必要で、しかも十分に設備と環境を整えるとなるとそれなりのお金を稼がなくてはならない。
となると今までのように目立たないようにちまちまというわけには…いずれ行かなくなるだろう。
現在はマリオンとユーリア、ティファリーゼだけのパーティーだが、そんな少人数のパーティーが活躍して、多くの金を稼いでいけばその注目度も大きくなるに違いない。
(はっ、であれば、銃はよい道具なのでは?)
マリオンの銃は実のところ銃ではなくマリオンの魔法を打ち出すための憑代だ。
術式を構築しやすくするための補助具であってそれ自体は武器でもなんでもない。
だが銃を使って魔法を使えばマリオンが魔法を使っているとはなかなか見えない。それは今までの経緯でもはっきりしている。
マリオンが珍しい魔導器あるいは魔道具を使っていると思ってもらえる。『魔法使い』よりもずっと穏当な外観が作れるのではないだろうか?
(うん、試してみよう)
マリオンは決断した。
「イストさん、僕も手伝います」
マリオンはイストの後ろに移動してそう声をかけた。
「なにを言っとる、危ないから…」
イストの言葉はそこで止まった。マリオンの手に見たことのない道具を見たからだ。
だが戦闘中にそれは隙になる。イストは自分めがけて飛んでくる装甲蛙に一瞬対応できなかった。
だがマリオンは最初からその動きを魔力知覚で把握している。素早く銃口を向けると引き金を引いた。
バシュッ!
深い深い蒼の光線が装甲蛙を正面から貫き、突き抜ける。その衝撃は装甲蛙を後ろに弾き飛ばすのに十分だった。
「おおっ」
歓声が上がる。
「というわけで」
イストが目を見開く中マリオンは的確に装甲蛙を狙い、打ち抜いていく。
一匹、また一匹。
連射される魔道具が空中にある装甲蛙を、地面に降りて方向を変える装甲蛙を、次々と打ち抜いていく。
このグラビティーブラストの魔法は『空間属性魔力粒子』を圧縮、加速して撃ち出す平たく言うと粒子ビーム砲だ。
加速された粒子はそれ自体が射線上にある物質を、限界まで加速されたエネルギーで分解、貫通する性質がある。
それに加えて魔力粒子の生み出す空間の歪みとその乱流は衝撃となって蛙に致命傷を与えていく。
穿たれる穴はわずか数ミリでしかないのに、ダメージは全身に広がるのだ。
周りの人間があっけにとられる中、残った三十一匹の装甲蛙がただの死骸というか金属塊に変わるまで大した時間はかからなかった。
第二部はクライマックスで四苦八苦しております。
そのため更新にも時間がかかっています。
待ってくださっている皆様、ごめんなさい。
53話をお届けします。
感想などございましたらお寄せください。
お待ちしております。トヨム。




