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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
二章・気がつけば迷走
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第51話 ニアミス

 第51話 ニアミス


「何を膨れてるんだ?」

「うう~っ。ごめんなさい旦那様…こんなんじゃいけないって分かってるんですけど…」


 ティファは不機嫌だった。と言うか明らかに膨れていた。


「かまわないから言ってごらん」


 マリオンはティファリーゼに許可を出す。

 従僕サーバントという立場のティファリーゼは本質的にマリオンに逆らうことができない。

 魔法でそうなっているからだ。

 面と向かって主人を批判すれば『制約』が発動する可能性がある。

 だが許可をもらえば話は別だ。


「アル君は…旦那様がずっと連れて行くのだと思っていました」

「まあそのことだとは思っていたよ」


 アルビスは自分の名前が出たことで不思議そうにマリオンの顔を見つめている。

 自分に関わることで何か重大な話をしているのだとすでに分かるのだ。


「確かにね…もう随分長いこと一緒にやって来たし、懐いてくれているし、僕も離れがたいが…」


「懐いてるなんてモノじゃありません、私たちのそばから離れないじゃないですか」

「うん」


 その意見にはユーリアも同意する。


「まあ、その通りなんだけどね…」


 マリオンは丁寧に自分の考えを説明する。


「まあ、ほら、僕も親がいなかった訳でさ、珍しくないけどね」


 悲しいことにこの世界ではそうなのだ。


「それでも周りのたくさんの人の助力というか、親切で育った訳だ…そのとき一番役に立ったのが、多分いろんな人がいて、知恵を出し合って子育てをしていたと言うことだと思うんだよ」


 かつて地球でも子育てとはコミュニティー単位で行うモノだった。

 まあ親は親でしかないのだが、そこには親の親がいて、その友人を含めたたくさんの人がいて、それらが『おばあちゃんの知恵袋』的に機能していた。


 子育てという大事業は、たんに『親の愛情』があればうまくいく、と言うような簡単なものでは無いとマリオンは思っている。

 親から子へ、子から孫へ、受け継がれる知識は一体どれほどちゃんと受け渡す事が出来るのだろう…


 これは多分、必要なことが多すぎて一子相伝などというモノでは伝えきれないのだ。

 だからコミュニティーが必要になる。

 人は死んでもコミュニティーは死なない。コミュニティーという生き物はそれを構成する人間というパーツが入れ替わっても、その蓄積された知識を変わることなく受け継いでいく。存続している。


 マリオンの育った施設は、言って見れればたくさんのお母さんやたくさんのお婆ちゃんが協力して知恵を絞って子育てをする良い場所だった。とマリオン自身は思っている。


 この国で子育てを、女性たちを中心としたコミュニティーで助け合いながらやっているのは、親から子へ、子から孫へと受け継がれるモノの重要性を知っているからだと、そう感じるのだ。


 マリオン自身もアルビスの育成に努力は惜しまないつもりではいる。だがマリオンの仲間はまだ若いティファリーゼとユーリアの二人だけ、子供がこういうときにどうすればいい。と言うような知恵は万全とは言い難い。


「であれば…もしそのレンテさんがアルビスが育つために必用なものを十分に備えているのなら…その方がアルビスのために幸せなのかな…と…思わなくもない」


 微妙に往生際が悪い。


 だがそれだけにマリオンの苦衷はティファリーゼにも分かった。

 何か言いたそうではあるが基本的にうーうーうなるだけだ。


「それにあくまでもそちらの環境が信頼できる場合に限ってだよ。こっちにもいざとなれば教会を頼るというやり方も出来るわけだしね」

「そっ、そうですよね…教会でもたくさん子供達は育ってましたし、教会の人達はみんな経験豊富でしたし…いざとなれば教会の人を頼るとか…いつかドーラに帰ることがあるならフィネ様達の協力も得られますし…」


 そりゃ一体いつの話だと思わなくもない。

 ティファリーゼがやっているのは言い訳だ。

 決断を先延ばしする言い訳。

 こんな可能性があるんだから結論を急がなくてもいいのでは?

 そういう心の働きだ。


 気持ちは分かる。

 やはり女の子である所為かティファリーゼもユーリアもアルビスには完全に情が移っていて、できれば手放したくないと思っている。それは丸わかりだ。


 だがマリオンは年長者だ。

 情が移った。それだけで子供の一生に責任が負えるほど世の中甘くないことも知っている。

 それを考えれば簡単には決断できなくなってしまうのだ。


「着いた。もうすぐ」


 マリオンはユーリアの言葉で懊悩から帰還した。

 第二の目的地。

 ユーリアの住み込んでいた工房が見えて来たのだ。


 ◆・◆・◆


 ユーリアの工房はライナルト・ヴェガという陸妖精族ノームが営んでいるもので、『ヴェガ工房』と呼ばれている。


 構成人員はライナルトと長男のトーニ、長女のイリアそして姪にあたるユーリアの四人だ。これはライナルト自身がまだ若いということに起因する。


 若手の中では実力があると言われ、自分の工房を持てるほどのライナルトだが、全体としてはベテランというには少し足りない。

 噂を聞きつけて弟子になりに来る者がいるほどには高名ではないのだ。


 だからというわけでもないのだろうが彼の工房は大通りから一本奥に入ったところささやかに建っている。

 とはいっても奥の細道というほど細い道ではない。ちゃんと獣車が通れる幅のある道に面している。


 マリオン達はその工房の前に車を止めて中に入ろうとしたのだ。

 したのだが入り口で十数人の冒険者風の人達が人だかりを作っていて思うに任せなかった。


「なんの騒ぎでしょう?」

「しらない」


 自分の家のことなのにそっけないユーリアだった。

 だがまあ仕方がないともいえる。昨日町について今日ここに来たばかりで騒ぎの原因を知っていたら、それはたぶん人間ではない何か超越的な何かだ。


「ここがユーリアの工房で間違いないんだよね?」

「うん」


 マリオンの目には背の高い冒険者達に詰め寄られてあわあわしている女の子の姿が見て取れた。

 どことなくユーリアに似ているような気がする。


「工房主に合わせろーとか、今度はオレに仕事を~とか言ってますね」


 耳の良いティファリーゼが彼等の声を聞き分けるがやっぱり意味は変わらない。


「そこを右に曲がって、少し行った空き地に乗り入れて止まって」


 ユーリアに指示に従って御者が獣車くるまをぐるりと回す。

 こちらは資財の搬入のための裏口だ。

 そこに獣車くるまをとめさせて、しばらくかかるから少し休んでくれと言い置いてマリオン達は工房の中に入っていく。

 こちらから見ると最初に工房があり、その向こうに店があり、その向こうが通り、人が集まっている場所になる。

 住居は二階になるらしい。


「ですから父は現在ギルドに行っていて留守なんです。父が戻るまでどんなお返事もできません」


 若い女性声が聞こえてくる。

 それに対して被さるように冒険者達の声も聞こえてくる。今度は距離が使いので断片的にいくつかの単語が聞き取れた。


 『魔獣』『討伐依頼』『装備一式』『是非俺たちに』『鋼の牙失敗』

 そんな単語が飛び交っている。


(んん?)


 何か心当たりのある単語がある。


 マリオンは鋼の牙が高額報酬を狙ってクエストに参加したということは聞いていた。だがその依頼人が誰なのかは聞いていなかったことに思い当たった。

 他人が受けた仕事の依頼人など聞いても仕方がないので、興味もなかった。


 それに報酬の内容なども詳しくは聞いていない。


 だからここでそれが絡んでくるのは意外だった。

 だが断片的な情報を繋ぎ合わせれば全体像が見えてくる。


「なるほど、高額報酬でリンドブルム討伐を依頼したのはユーリアの親方だったのか…そういうことか…こいつ等、鋼の牙の連中がクエスト失敗したのを聞きつけてここに詰めかけてきたな」


 それだけ報酬が魅力的と言うことだろう。

 結構鋼の牙の連中もとち狂っていたしな…と、妙に納得できる。

 だがすでに討伐対象が存在しないことは聞いていないらしい。


「大丈夫なのかこいつ等こんないい加減で…どんなモノでも情報こそ命だと思うんだがなあ…」


 もちろん大丈夫ではないのである。

 こういう欲に目がくらんだ人達というのは大概得る物より失う物の方が多かったりする。


 マリオンは一つ頷くと入り口の扉を開けて冒険者達に詰め寄られていた女の子の襟首をつかみ中に引きずり込む。

 同時に倒れかかってくる冒険者を重力場で支え、押し戻しながら自分が前にでる。

 その上で大きな声で『うるさい!』と一喝した。


 ◆・◆・◆


「ええ?」


 面喰らったのは扉を背にして立っていた少女イリアだった。

 背にしていた開くはずのない扉いきなり開き、後に引きずり込まれたと思ったら見たことのない男の人が代わりに前に出る。


 裏口から入ってきたとしか考えられないが、そもそもそっちは鍵が閉まっていて、かってに人が入れるはずがないのだ。

 陸妖精族ノームが魔法を使って開ける鍵なのでセキュリティー性も高い。


 頭がパニックを起こしかけたところで。『ただいま』と暢気な、それでいて言葉足らずなこえがかけられる。


「ユーリア!」


 ユーリアだった。

 過日、山の中で魔物に連れ去られ、もう会えないだろうと諦めていた従姉妹。


「うん」

 割と味も素っ気もない返事が返ってきた。もうちょっと感動的でも良いような気はするが、この方がユーリアらしい気もする。


「ゆーりあ! 無事だったの?」


 イリアはユーリアにためらいなく飛びついた。

 表から『しずまれ!』と大きくはないが迫力のある声が聞こえて本気でビクンと一瞬硬直したが今はそれどころではない。


 イリアは目に涙を浮かべユーリアの肩をつかみ驚いた顔をしたり、顔をなで回してうれし泣きの表情を浮かべたり、おっぱいを触って複雑そうな顔をした。


 イリアは小さい人だった。


「よく無事で…」

 そういうイリアにユーリは軽く首を振った。

「あまり無事じゃなかったよ死にかけた。運が良かった」


 あまり説明にはなっていなかったが、ここら辺は何となくニュアンスで分かる。なんといっても子供のころからの付き合いだ。

 きっと苦労をしたんだろう。

 そう思えるのだ。


 イリアはもう一度ユーリアを強く抱きしめた。

 ユーリアはしばらくの間イリアのしたいようにさせていたが、何となく顔が赤くて、妙にきょろきょろしていて、ちょっと鼻の頭など掻いて、明らかに照れている。


 そばで見ていたティファリーゼにはとても微笑ましい光景だった。


 ◆・◆・◆


 マリオンが外にいた冒険者たちを追い払い。屋内に戻ったときもまだその状態だった。

 イリアに抱きつかれて、そこにマリオンが入ってきたものだからさらに照れてワタワタしているユーリアと。

 何か良いものを見たかのようにうんうんと頷いているティファリーゼ。

 そして工房が珍しいのか興味津々で、でも危ないものも多いためにティファリーゼに動きを制限されているじたばたしているアルビス。

 ちょっとしたカオスだった。


「あー良いかな?」

「大丈夫、お疲れ様。なんだったの?」


 ユーリアの問いかけにマリオンは軽く苦笑する。これをマリオンに問うのは間違っているような気がしなくもないからだ。

 だがこの中で一番状況を正確に把握しているのはおそらくマリオンだろうから、やはりマリオンが説明をするべきだろう。


 ユーリアの言葉に我に返ったイリアははっきり言ってかなり当惑している。

 それは全く見知らぬマリオンが店を出入りして場を仕切っているのだ、混乱して当然だろう。その反面マリオンがユーリアの知り合いであることは間違いない。

 しかもユーリアと一緒にここに来た以上ユーリアの帰還に一役買っている可能性も高い。

 どう対処して良いか分からないのだ。


 そしてこういう場合にユーリアはあまり役に立たない。


「えっと、ウチのパーティーのリーダー」


 それじゃあわからんだろ? とマリオンは思う。

 だがその場での説明はしない。

 マリオンはひとまずドアのところに戻って入り口を開けた。


 そこにはいきなり見知らぬ人に自分の店の扉を中から開けられるという珍事に出くわしたおっさんが立っていた。


「君は誰だね」


 当然の質問だろう。顔にはやはり困惑が広がっている。

 マリオンはそれを無視してぽつりとつぶやいた。


「うんまあ、手間が省けたと考えよう」


 ◆・◆・◆


 やはりこの場合、マリオンが場を仕切らないと収拾がつかない。


 マリオンはとりあえずユーリアと二人を引き合わせた。


 その二人はユーリアの無事な姿を見て仰天し、抱きつこうとしてユーリアとイリアの二人に蹴倒されていた。

 いくら感極まったからと言って年頃の娘さんに抱きついてはいけないのである。


 しかし普通蹴倒すか? 

 豪快で、良好な家族関係である。


 そこで結局こいつ誰? と言う話になり。この中で唯一全体の流れを知っているマリオンが『間違っていることがあれば訂正してくれるように』と宣言して解説を始めた。


 ただ泡を食っていたのはライナルト側の人たちであり、マリオン達は終始落ち着いていたというのがなかなかシュールだった。

『私たち非常識な出来事にすっかり慣れましたよね』

 とはティファリーゼの言である。


 だが状況はそれほど複雑ではない。

 まずユーリアたちが山で魔物に襲われ、その際ユーリアが魔物にさらわれた。

 結局ユーリアは運よく魔物の爪から逃れるのだが、それを知らないライナルトたちはユーリアが死んだと思い、討伐クエストを起こす。

 かたき討ちとかだけではなく危険な魔物は野放しにできないというような義憤もあったのかもしれない。

 そのころ、ユーリアはマリオンに助けられ、スミシアに向けて移動中だった。

 そして山中で鋼の牙に出会い、多少話を聞くことで全体像の把握に至った。


 というわけだ。


「なるほどな。わたしたちはいまギルドで目指す魔物がすでに死んでいたことを聞いてきたところだ。合わせてクエストの取り下げもしてきた」

「あの魔物が死んだのは間違いなく僕たちが見届けましたよ。ユーリアもちゃんと見てました」


 ライナルトユーリアに顔を向ける。


「ま…間違いなく死んだ。地竜シムーンのブレスの直撃を受けて燃え尽きたのをみた」


 微妙に棒読みだったが内容の衝撃度がデカくて彼らは気が付かなかったようだ。


 地竜シムーン。古竜という生き物は普通に生きていればまず会うことのない超生物だ。

 しかも地属性のつよい陸妖精族ノームにとって地竜というのはなんというか惹かれるもののある生物だ。中には信仰とまではいかなくても縁起モノ扱いしている陸妖精族ノームはいるらしい。


 ひとまずの説明が終わった後、ユーリアはせがまれてシムーンの姿などを説明している。だがさすがに親戚というべきだろうか、少し突き放した感じのユーリアの喋り方でも十分に感動出来ているというのがすごい。


 そしてユーリアはシムーンの説明が終わった後何の脈絡もなく宣言した。


「ところで叔父さん。わたしマリオンさんのパーティーに入れてもらうことにした。一緒に行くことにした」

「なんだと?」

「そんな! どうして?」


 家族の仰天にユーリアは淡々と答える。


「マリオンさんは命の恩人。

 遭難したところを助けてもらった。

 シムーンの戦闘に巻き込まれたときも庇ってもらった。

 マリオンさんがいなかったら私は死んでた」


 ライナルトはむむむと唸った。

 陸妖精族ノームであれば命の恩人に何らかのお返しをするのは当然のことだ。感謝としてパーテイーに参加するというのはままある話だ…なのだが…


「しかし、ユーリアお前はまだ若い。しかも女の子だ。それがパーティーに参加して旅に出るというのは…あまり勧められることではないぞ…本来であれば保護者である私が彼に礼をするべき所だ」


「そうだよ、ユーリア、若い娘が男1人のパーティーに参加するなんてよくないよ」

 こちらはトーニの言葉だが、ティファリーゼが自分を指さして首をかしげている。ナチュラルに無視された。


「ほかにもいろいろお世話になってしまった。働いて必ず返すと約束した」


 そう言ってユーリアは自分の身につけている装備を三人に見せた。


 ライナルトはユーリアの来ている貫頭鎧衣サーコートを見て唸った。


「これは…素晴らしいものだな…確かに腕で返す価値のあるものだ。確かにな…命の恩人というだけであるならば私が変わって恩を返すのが筋と言えなくもないが…ユーリア自身が譲られたものの対価を払うためにパーティーに参加するというのは止めようがないな…」


「そんな…親父…」


 トーニが歯ぎしりをしてまるで親の仇でも見るような目でマリオンを見ている。


(まるで借金のかたに恋人を売り飛ばされた男のような…あれ?)


 そこでマリオンはトーニの気持ちに気が付いた。

 おそらく間違いないだろうという感触がある。


(親の仇ではなく恋敵か…)


 イリアもちらちらと兄の方を見ている。おそらくトーニの気持ちに気が付いているのだ。

 しかしこういうモノは当事者だけは気が付かないものだ。ユーリアは全く気にした風がない。

 気の毒な話である。


 しかもここでティファリーゼがユーリアを援護する。


「ユーリアさんはわたしたちの仲間です。今までずっと一緒にやってきましたから…これからも一緒に行ってくれるというのは私もとてもうれしいんです」


 やはり保護者的な立場にある人間からしてみると年頃の娘が若い男と一緒に行くというのは受け入れづらいものがあるだろう。

 それにトーニの反応も傍から見ていると分かりやすい。

 そこで『ユーリアさんが行くのは女の子もちゃんといるパーティーですよ』とアピールするわけだ。

 本当に如才がない。

 ちょっと意趣返しも入っている。


 さらにユーリアが畳みかける。


「それに修行に関しては私も思う所があるよ。今日は時間がないから。だけど今度来た時に見てほしいものがある」


 ユーリアの強い瞳にライナルトは分かったと頷いた。まだ納得したわけではないだろうが、理性としてはやむなしという気分であるらしい。


「それにしても時間がないというのは?」


 ただこれは気になったらしい。

 マリオンは内心快哉を叫んだ。

 何となく雰囲気が重たくなってしまっていて、お暇を告げるタイミングが見つからずに困っていたのだ。


「はい、実はこの子の」

 と言ってアルビスを引き寄せる。

「おばあさんにあたるレンテ・パルパという人を訪ねないといけないのです。なくなったこの子の母親に頼まれまして」


「レンテ殿か…」

 ライナルトはふむと唸った。


「ご存じですか?」


「ああ、先代とは親交があったのだがな…3年ほど前に先代が無くなってな…娘が後を継いだのだが、この町から移動してしまったよ。

 今は北にある冒険者の町『マーシア』に拠点を構えていたはずだ。

 だが君が訪ねてきたのはなくなった先代の方だろう?」


「ええっ?」


 これは予想していなかった…


 ◆・◆・◆


「ユーノ様、ここですわ。何でも新しくできた名物だそうです」

「待ってください、ソーナ様」


 ユーノ・エンテス・ティアマヌンテスは友人のソーナに引きずられるようにして最近できたばかりという名物の店にやって来た。


「はあー」


 深呼吸。

 ユーノだって魔術師として戦う事もあるわけで。基礎的な鍛錬は常に続けている。

 だが魔術師とて研究に多くの時間を取られることは間違いなく、現役の冒険者として魔物とバチバチやり合っているソーナの体力と比較されてはたまらないものがある。


「明日になればお父様達か飛空船でスミシアに尽きますからね。羽根を伸ばせるのは今のうちです。そして今スミシアでこれを食べなくては流行に乗り遅れます」


 それはソーナがスミシアについてからうわさで聞いた甘味処で、やはりソーナも女の子。おいしいと評判の甘味には抵抗できなかった。

 貴族とはいえ冒険者などやっているとフットワークが軽くなる。

 さっそく店に突撃したソーナはその甘味に身慮されてしまったというわけだ。


 そのソーナにどうしてもと手を引かれてきたのがこの店だった。


 ユーノはその店のショウウインドウを覗いて『まあ』と感嘆の声を上げだ。


「パフェじゃないですか…とうとう完成したんですね」

「ひょっとしてユーノ様はご存じなんですか?」


 ユーノはクスクスと笑う。


「ええ、私の故郷にある食べ物で、こんな物かがあるよと知人に教えた物です」

「なーんだ残念。驚かそうとしたのに…」


 本気で肩を落とすソーナ。それを見てユーノは申し訳ない気分になってフォローを始める。


「もちろん十分驚きましたよ。それに話をしただけでその後どうなったかはまったく知らないんです。どんな物ができたのか楽しみです」

「そう言っていただけると嬉しいですわ。さあ行きましょう」


 ユーノは嬉しそうに手を引くソーナに引っ張られてまだ新しい瀟洒な店の中に連れ込まれていった。


 ◆・◆・◆


「う~っ。予想外だった」

「まあ仕方ありませんよ、だんなさま。そういうこともありますって」

「ありますって」


「お前ら本当に嬉しそうだな」

 楽しそうにしているティファリーゼとその膝の上で笑っているアルビスを見てため息が漏れる。


「そ、そんな事ありませんよ」

「ないよ」


 ユーリアがクスクス笑っている。

 まあ仕方がない。とマリオンは思う。

 とりあえずこれで一つ迷いは消えたのだ。


 パルパ家というのはこの町にあって鋳造武器の老舗だったらしい。

 鋳造と言ってバカにするなかれ、鍛造の一級品には及ばなくても確立された鋳造武器は二流の鍛造に勝る物である。

 しかも量産がきくので値段が安く済む。


 世界に出回っている武器を見回せば、陸妖精族ノームの鍛冶師や、人間の錬金術師が作る金属武器よりも鋳造武器の方が圧倒的に多いのだ。


 パルパ家が何を考えたのは詳しい話は聞けなかったが、代替わりをした際に当代のパルパ家の当主はその拠点を北の冒険者の町マーシアに移したらしい。


 ここスミシアにも武器を販売するための店舗は残っていたが、アントニアのことを知る者は一人もいなかった。


(アントニアさんからお姉さんだか妹さんだかの話聞いてないしなあ)


 アントニアは婚姻にあたり母親との間に確執はあった推測できる。だが自分の死の間際、我が子を母親にと考える以上、信頼もあったのだろうと思う。

 だからこそマリオンも彼女を訪ねねばという気になった。

 だがその人物がいないとなった今。無理をしてパルパ家にアルビスを預ける必要はあるまいと考える。


「となると、もアルビスのためにどれだけよい環境を確保できるかだな…タニアのこともあるし…子供たちが安心して育つことができるような場所が必要かねえ…」


 事ここに至ればアルビスを良い場所に預けるという選択肢はつぶれた。

 いや、まあ、やろうと思えばやれるのだがもはやその気はなかった。

 となると思考の方向性を変えて、良い場所に預けるのではなく、良い環境を作る方にシフトする方がよい。

 そうすればタニア達を身近に呼ぶこともできるかもしれない。


 だがそれは同時に地球の消息を一時棚上げして腰を落ち着けることを意味している。


(でもまあいいか…)


 とマリオンは簡単に結論した。


 どのみちティファリーゼの行く末には一定の責任がある。今地球に帰れると言われたところでそれに乗るわけにはいかないのだ。

 数年の見込みが十数年に伸びたところで大した違いではない…

 マリオンはどういうわけかそんな余裕を感じていた。


(きっとこの世界に馴染んでしまったんだな…)


 はっきり言ってこの世界、地球よりも生きやすいのだ。


「旦那様。あれ何でしょう」


 マリオンはティファリーゼの声で思考から帰還する。

 今、ティファリーゼのテンションが妙に高くて何かおかしい。


「どれ、あの店か? ああ。バフェの店だな…」


 ショウウインドウに大きなバフェの食品サンプルが飾られている。


「パフェですか?」

「うん、女の子に大人気の甘くて冷たいお菓子だ」

「うわー」


 マリオンはこの時うかつにもここにパフェがあることの違和感に気が付かなった。

 それはアルビスたちの将来に気を取られていたということもあるのだが、それ以前にパフェという存在を『自分に関係ない物』として認識していたというのがある。

 男にとってパフェというのは敷居の高い食べ物なのだ。

 大概の男は特に興味がなければ自然と認識の外に置いてしまう。


 この異常さにマリオンが気が付いたのはその日の夜風呂にゆっくりつかっているときだった。


「なんであんなとこにバフェがあるんじゃー!」


 こうしてマリオンは同郷の人間とわずか数メートルの距離まで近づきながら、お互いにまったく気が付かないまますれ違ってしまった。


おこしくださった皆様、ありがとうございます。

51話をお届けします。


感想などございましたら是非お寄せください。


トヨム

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