第05話 人類圏(修正)
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第05話 人類圏
タウラたちのおかげでこの世界の状況というのは大体理解することができた。
まずここはオルトス大陸の中央部から東部にかけて広がる巨大な領土を持つクラナディア帝国と呼ばれる国のほぼ西の端に当たる。
この国には皇帝がいて貴族がいる。
貴族には領地があり、皇帝から任命された貴族がその地を治めているのだが、かなり強い自治権を持っていて、帝国も各地の内政にはほとんど口を出さない方針でいるらしい。
これは国の成り立ちを考えればしようがない事と言える。
この大陸には魔物がいる。
真理雄が『怪獣』と呼んだ存在達のことだ。
この大陸には魔物がいる。
これは大前提ある。
それはここに暮らす人々の常識であり、彼等は魔物のいない世界という物を想像する事すら出来ないだろう。
そしてこの魔物にも系統と言うものがあるらしい。
『魔獣系』『昆虫系』『不定形』『樹魔系』等はすでに出てきたが、ほかにも『魔法生物系』『霊系』『不死系』など多種多様な魔物が存在しているということだった。
かつてこの大陸は魔物たちに席巻された。
今この世界の歴史は魔物に席巻された暗黒時代から始まる。
人類の文明は切り裂かれ、分断され、多くの貴重な文明が失われたらしい。
人類自体もあわやという所まで追い詰められていたようだ。
そんな時に一人の英雄が現れる。
光の剣を携えた魔法戦士。
魔法を自在に使いこなす剣士だった。
彼は魔物の跋扈する危険な森を踏破し、散り散りになった人類種族の間を取り持ち、大きなグループへと再編成した。
それと同時にばらばらになった文明を再編成することでその後退を続ける文明をある程度再生することに成功した。
そして少しずつ危険生物、つまり今は魔物の総称で呼ばれる存在を駆逐しながら人類の版図を回復させ、ついには人類に国と呼べる確固たる生存圏をもたらすことに成功した。
これは子供でも知っている英雄譚で、おとぎ話と言っていいほどポピュラーな話だ。
それがこの大陸の文明の始りで、今から二〇〇〇ほど前の事だという。
そしてその英雄が作った国がこのクラナディア帝国だった。
つまり建国時ばらばらだったグループが、ある程度そのまま残って貴族、そして領土へと変化したわけだ。そのため各地の自立性はどうしても高くなる。
中にはそれが講じて独立国という選択をした所も多々あるが、それでも帝国が現在もこの大陸の最大勢力であることは間違いない。
結果としてこの国は専制国家ではなく、皇帝という『盟主』を頂点にいただく半独立国家の集合体。連邦のような存在になったというわけだ。
帝国は『大法』と呼ばれる所属する国が遵守すべき基本法を定めていて、これに反しない限り貴族国の内政は自由にしてよい決まりになっている。
これがクラナディア帝国という国だ。
◆・◆・◆
そしてこの世界には魔力と呼ばれる力が満ちている。
真理雄の言う所の『謎エネルギー』だ。
その力は大地の中を、そして天空を巨大な川のように流れめぐっているという。
そしてそこに暮らす全てのものに生きるための力を与えてくれるのだと。
そしてこの流れはまるで水脈のようで、泉のように濃厚な魔力が湧き出る場所がある。
『魔洸点』と呼ばれるここは人類種族の生存に向かないほどその濃度が高い場所で、同時に強大な魔物が多数生息する地域でもある。
高濃度の魔力は魔物にとっては良好な環境であるらしい。
ここを中心として魔物の生息に適した環境が広がるわけだが、この特に魔力の濃い領域を『迷宮』、その周囲の魔物の多数存在する領域を『魔境』とよぶ。
この迷宮においてすべての魔物は生まれ、世界中に拡散していくのだと言われている。
魔物がどのようにして繁殖するのか本当のところはわかっていないのだが、いくら倒しても際限なくわいてくることだけは確かだった。
そして迷宮は現在も、大陸のあちこちに、しかもかなりの範囲残っている。
もちろん帝国の版図にもたくさん残っている。
この大陸は魔物の生存領域である迷宮、魔境と、人類種族の版図がせめぎ合うパッチワークのようなものなのだ。
そういう環境であれば魔物と戦い人々を守る職種というのが当然に出てくる。
その一つが目の前にいる『衛士』たちだ。
彼等は詰まるところ公務員で、領主に仕えるかたちで町の治安や防衛に従事している。
彼等の他に『騎士』と呼ばれる人たちもいるのだが、衛士が町に密着した警察のような仕事なのに対して、騎士は軍隊に近い物のようだ。
衛士が魔物から町を守り、騎士が領域の魔物を駆逐する。そういう感じだろうか。
彼等は準貴族扱いで『士族』という身分になる。日本で言えば大名の下にいる侍というところだろう。
そしてそれとは別に『冒険者』と呼ばれる人たちがいる。真理雄が進められたそれだ。
この世界の歴史を振り返れば最も多く手に入る資源は当然『魔物』であり、そういう文明が長い歴史を刻んできたのであれば、魔物由来の素材を土台にして文明が成立するのはほぼ必然ではないだろうか。
そうなれば人間と魔物の関係も、単なる脅威と襲われる獲物という形ではなく、狩られる魔物と狩る人間という構造も成り立つようになる。
魔物と人間の関係はお互いを狩りあうというゆがんだ共生関係になってしまっているのだ。
魔物にとって人間が、欠かすことのできない食料であるのかどうかは分からないが、人間にとって魔物は欠かすことのできない『資源』ではあるのだ。
そしてその資源を手に入れるために、積極的に魔物を狩り、素材を手に入れようとする人間が出ることは人類の歴史を振り返れば当然のことだろう。
そして一人成功し、大きな富を手に入れる人間が出れば、リスクは何の足どめにもならない。
人間の欲は成功者がまったくなくならない限り走るのをやめはしないのだ。
かつてアメリカであったゴールドラッシュを思い起こさせる話である。
冒険者と呼ばれる魔物狩人達があふれるまできっとそれほどの時間はかからなかったことだろう。
◆・◆・◆
真理雄はこの世界のファンタジーさ加減に眩暈を覚えた。
そもそも魔物という存在自体がリアルに馴染まない。
いや、この世界では現実なのだからそれは言いがかりだ。言い換えれば真理雄の常識に馴染まない。
真理雄はどちらかというとオタクではあるが、それでもファンタジー世界が本当にあるとか、魔法が本当にあるとかそんなことは考えたことはなかった。
子供のころならそんなことも考えたことがないわけでもないが、それは変身ヒーローにあこがれる無邪気な子供の夢のようなもので、長じて後、現実に『そうであればいいな』などと思ったことはなかった。
ファンタジーはフィクションであるから楽しいのであって現実であれば迷惑。それが真理雄のオタク道だ。
(それが『魔物』だと? 『魔法』だと?)
真理雄は顔にも声にも出さずにうめいた。
認めたくはないのだが、自分が森の中で見たモノのことを考えると否定出来ない。
そして自分が使っていた力がひょっとしたらその『魔法』なのではないかという考えも頭によぎる。
それはしかし妙な安心感も、もたらした。
魔法を使える人間は他にもいて、自分一人が異常ではないのだという感覚は人間に安心感を与える…良い悪いではなくそういうものなのだ。
(この世界に魔法があるのなら、この世界に暮らす人間が魔法を使っても不思議はないし、この世界に暮らす人間が魔法を使えるなら、今ここにいる僕に魔法が使えても不思議はない…のかもしれない)
と言う事だ。
そう考えるのは、『自分がわけのわからない『何か』になってしまった』とか、『わけのわからないものが自分の中にある』などと考えるよりはずっと精神衛生上よろしい事なのだ。
だが魔法とは一体どういうものなのか、好奇心と言うより知識欲はつきないのだが、この質問には満足のいく答えは返ってこなかった。
タウラも詳しいことは知らないらしい。
分かったのは、魔法には『火』『水』『土』『風』などの属性があり、その属性によってできることが大きく違うらしいと言う事。
そしてその力を振るえる物は希少で、このあたりではなかなか見かけないということだ。
「魔法のことを詳しく知りたかったら帝都にある『賢者の学院』にでも行かないと無理じゃねえかな…」
という助言を得たことでひとまずはよしとする。
(よし、帝都には賢者の学園というのがあって、そこに行くと魔法のことが詳しく聞ける)
この右も左もわからない状況で何かやることが形になるというのはとても助かるのだ。
◆・◆・◆
マリオンが勧められた冒険者ギルドというものは世界中に広がる広域組織だ。
人間というのは社会的な動物で、何かに所属することを当たり前として生きている。
帝国に属する者は臣民と呼ばれて帝国に税金を納めて帝国の保護を受ける。
貴族の領地に所属する者は領民と呼ばれて領主に税を納め領主の保護を受ける。
大概の人間はそういう生活を当たり前として生きている。
ところが冒険者と呼ばれる人々は土地に定着しないのだ。
そして貴族や国家という存在はその収入の根幹を土地に依存する。
そこに暮らす人たちから徴収する年貢や税によって活動資金を得るわけだ。
では冒険者からは誰が税金を徴収するのか?
どうやって徴収するのかという問題が当然のように発生する。
この場合徴収しないと言う選択肢は無い。日本の憲法にも納税の義務は明記されていたりする。国が国民から税金を取るのはそれほど普遍的な権利として認識されているのだ。
各地の支配者にしてみれば自分たちの土地に冒険者がいれば税金をとりたい。これが本音だ。
帝国も領主もである。
だが冒険者からしてみればあっちやこっち、行った先々で税金を取られたらたまったものではない。
そういう状況になれば行動が制限されること甚だしい。
好き勝手に冒険者からの徴税を認めると冒険者の行動の妨げになり、それは魔物に対する攻勢の弱まり、資源の枯渇に結びつき、魔物によって被る害も多くなる。
だが冒険者の納税を全面的に免除すると臣民領民の流出につながり、それはとりもなおさず国家財政の破綻を意味する。
そこで彼らの所属先として生まれたのが『国土を持たないシステムとしての行政機関』冒険者ギルドだった。
ギルドは加入しているものに対して行政サービスと同様に支援を行い、更に相互扶助を取り持ち、代わりにお金を徴収する。
さらにこのギルド、ほとんど専売公社で冒険者から一手に獲物を買い上げ、それを加工して卸売りを行う。
文明を支えるほどのレベルとなればその利益は莫大な物になる。
会費と利ざやによってもたらされる資金の何割かを国や領主へ上納金として治め、その代わりに独自の活動を認められる『独立行政法人』それが冒険者ギルドだ。
行政の側から見れば、ギルドが代わりに税金を取って納めてくれる。その上資源が出回り、経済が活性化する。
冒険者から見ると、獲物の売買の利便性や、獲物の情報の提供、怪我をして戦えなくなったときの保険や積み立てなどで様々な恩恵を受けられる。
どちらにも不都合な状況をどちらにも都合のいい状況に変えてしまったこの冒険者ギルド。これを企画した人間はきっと天才に違いないと真理雄は思う。
そして広範囲にわたる『渡り鳥の寄る辺』という性質上、ギルドは参加者の出自をほとんど問わない。せいぜい前科があるか、指名手配されていないかその程度の確認で資格が取れる組織になっている。
そして資格を取って活動を始めればそれはもう無所属ではないので寄場に送られるようなこともなく社会に所属する者になる。
ある程度魔物と戦って生き残れる実力があるならば絶対この方がいいのだとタウラは教えてくれたのだ。
「もちろん冒険者は危険な職業だ。寄場を出て農村でも入れば割と安全な生活ができる。どちらを選ぶかはお前さんの自由だぜ」
タウラはそういってからからと笑った。
真理雄は思う。
(普通の人は安全な生き方を指向するのかもしれない…僕も事情がなければそうしたい…だが今はだめだ…今そちらを選ぶということは、地球にある何もかもをあきらめることだ…)
実のところ真理雄には選択肢は存在していなかった。
現状では冒険者になる以外の道はないのだった。
◆・◆・◆
真理雄はギルドまでの案内としてついてきてくれたイニアという衛士の後ろを歩きながら街の様子を観察していた。
町は中央区を中心にして十字に大通りが走り。北側を除く三方向に門が設定されている。
町の西側は冒険者などが多く使う門で、これは狩猟の対象となる森がこちら側にあるためだ。
南と東はこのコーベニー伯爵領の農村地帯に向けて開かれ、同時に他の都市への出入り口として商人の行き来が多い。
北側は高級住宅街なので安全のために門は設定されておらず、真理雄がたどってきた川から水路が引かれている。
真理雄が歩いているのは西門から中央に続く大通りで、当然のように様々な店が立ち並ぶ賑やかな通りだった。
上等なものは中央に集まり端に行くにしたがって粗末というかいろいろお安くなる。
冒険者ギルドの本部というのも中央区に近い場所にあった。
町並みはちょっと古めかしいヨーロッパの街並みという感じだろうか。レンガ造りの年季の入った建物が多い。
これは城郭都市の宿命というものなのだが、利用できる土地に比して住み着く人間が多いために建物は高層化が進む。
といっても技術的な問題があり四階立てぐらいのものだが、ほとんどが背の高い、とんがった屋根の建物で、裏に入ると集合住宅、つまりアパートが沢山ならなんでいる。
試しにのぞき込んだ一部屋は大きさも限られたもので、日本でいえば六畳一間の部屋に家族四人かとか六人とかがすんでいるような感じだ。
表通りにはガラスのような透明板の窓を持った建物もあるが、裏側のアパートはほとんどが木でできた鎧戸の建物ばかり。ショーウインドウのような大きな透明板は見当たらないのでこれは技術的にそれほどお手軽なものではなく。おそらく高価なものになるのであろう。
ほかにも街灯に相当するようなオブジェクトも見当たらない。
地面は石畳。その上をよくわからない動物に引かれた獣車が走っていく
並んでいる店はやはりファンタジー世界のせいか、剣を並べている店や、盾を並べている店、鎧を並べている店も多い。
この西区は冒険者が多く利用するために必然的にそういうものが多くなってしまうのだろう。もちろん道行く人にも武装している者が多い。
装備の種類としては剣、鎧、盾、弓、などばかりで近代的な武器『銃』などは全く見かけない。
(ここは本当に剣と魔法の世界なんだな…魔法まだ見てないけど…)
人間というものは、それだけでは生活できないものでなので当然服を売っている店、食料品を売っている店も軒を連ねている。
そしてなんといっても屋台が多い。
売られているのは食べ物だ。食料品ではなくファーストフードと言う意味での食べ物だ。
そしてこの通りはたくさんの人で満ちている。
衛士というのは服装が統一されているようで、これは見分けがつく。これとは違った鎧兜をつけた者たちを見かけるからこれが騎士だろう。
統一性のない武装をしているのが冒険者。
他が一般人だろう。
服の着こなしは基本的に男はズボン。女はスカートというのが多い。
ただ男にもスカートのような筒状の服を着ているものは結構いたりする。
デザインは少し古めかしい感じだが、形はいろいろで柄もいろいろある。
こういう所に気を使ってしまうのはどこでも同じということだろう。
中には少数だがかなり高級そうな服を着た男女も見かける。作りも凝っていて多分上流階級というやつだろう。
そして今の真理雄と大して変わらない服装の人間もいる。
つまり粗末な上下を着ただけで裸足で働いている人たちだ。
貧民か…さもなくば奴隷という人たちが彼らなのかもしれない。
上流、一般、貧民と考えれば、どこに行っても人間のやることは変わらないということだろう。
「?」
真理雄はそんな町の様子を観察しながら違和感を感じていた。
人ごみの所為か、はっきりとはわからないのだが、間違い探しのような…何かが違うのは分かっているのに何が違うのか、うまくつかめないようなもどかしさがあった。
だがそれはすぐに明確になった。
「あっすいません」
「いえ、こちらこそ」
一人の女性とぶつかった。
二十歳ぐらいだろうか、黄色の髪にはっきりした目鼻立ち。とびぬけて造作がすぐれているわけではないけれどどちらかといえば美人。
ただ真理雄の姿を見たときに顔をしかめたのでちょっと減点。
ちょっとなのは自分の格好が格好なので仕方がない部分があると思ったからだ。
そして立ち去るその後ろ姿、おしりの所に黄色と黒の縞の尻尾が…
真理雄はがばっとあっちこっちを振り向いた。
(まさか…獣人?)
獣人と言っても秋葉原にいるような頭に尖った耳の生えたような人間ではない。
まず基本は人間だ。顔つきは人間としか言いようがない。
そして耳が長く伸びている。
頭にネコ耳が付いているというのではなく人間の耳の位置に、長くて大きな毛で覆われた耳がある。俗に言うエルフ耳の毛皮バーション?
話をしている所など見るとピコピコ動いたり向きを変えたりしている。
こういうのもケモミミと呼んで良いのかは知らないが、獣の耳のようにかなり自由に動くようだ。
それに加えて尻尾がある。
尻尾に関してはいろいろな物があった。
真理雄の所から見えるだけでも犬っぽい尻尾や猫っぽい尻尾。他には牛っぽい尻尾もある。
軽装で歩いている男性を見れば、男性の方がより獣っぽい感じがある。かなり毛深く背中や膝の下は毛皮と呼んで良いほど毛深くなっている。
あと胸毛もすごい。
「ええっと…結構多いな…」
「ああ、獣人かい? そうだねここは西の大草原が近いからね…あそこには獣人の大集落があるし…大陸の西側が獣人が多くて東側が妖精族が多いんだよ」
(妖精族? そんなのまでいるんかい!)
真理雄は顔に笑顔を貼り付けたまま思いっきりつっこんだ…もちろん心の中で…
どうもこの世界、真理雄が思っているよりずいぶんぶっ飛んだ世界らしい…
(いやー、考えて見たら魔物だのドラゴンだのがいる段階でメーター振り切ってるか…)
町を歩いている人間のおよそ三割ぐらいが人間以外の余分なパーツをつけた人間だった。
「ああ、そうか…獣人とかも珍しいんだな少年」
きょろきょろしている真理雄を見て、イニアは不意に気がついたように手を打った。
「え? ええ、今まであまり見たことがなかったので…」
ちょっと気もそぞろな感じで真理雄はそれだけを口にした。
この時は完全に意識がそれていたのであとで変じゃなかったかちょっと心配になったがイニアは気が付かずに話をすすめた。
この世界には『獣人族』『妖精族』『人間族』の三種族がいる。
獣人族は文字通り獣の特徴を持った種族で、身体能力に優れ、パワーもスピードも人間を上回る。
人間族に次いで個体数の多い種族なのだが『全体として』と言う意味でその内部ではいろいろなタイプ、分類があるらしい。
共通するのは人間の身体にプラスして動物の尻尾を持っている事。
彼等はその多い個体数、優れた身体能力、そして素朴な人柄でこの国において重要な労働力であり、人間の町でも普通にとても沢山暮している。
はっきり言って力仕事は獣人の方がずっと能力が高いのだ。
「それじゃ…衛士にも?」
マリオンの何気ない質問にイニアはとんでもないと首を振った
「衛士は人族の仕事だよ。獣人の出る幕はないさ…まあ冒険者には結構いるんだけどね」
真理雄はその物言いがちょっと気になった。まるで獣人という存在を見下しているようなニュアンスが感じられたから…
対して妖精族というのはこの町には住んでいないと言う事で、見ることはできなかった。
だが、話を聞く限りやはりベースとなるのは人間とほとんど変わらない身体で、やはりいくつかの民族があるらしい。
そして妖精族の共通の特徴は『魔法が使える事』だそうだ。
生まれつき無条件で魔力を操れる能力を持っているらしい。
(なるほど…人間と違って無条件で魔法が使える…と言う言い方をすると言う事は、逆に人間は何かの条件が必要になるって事か…)
「彼等の人口は人間、獣人の次でね…だいたい人族の十分の一くらいかな…主に東の方で集落を作っているよ、やっぱり魔法が使えるというのは魔物相手にするときは強みだからね…冒険者としては引っ張りだこだし、貴族様や帝国軍に魔法使いとして重宝されているけど…若干閉鎖的でね…帝国の迷宮都市とかでないとあまり見かけないかな…もちろん彼等の集落に行けば合えるけどね…」
「でも閉鎖的と言ってましたよね…追い出されたりはしないんですか?」
「どうたろ…あまり積極的な妖精族というのも聞いた事はないけど…追い出されたと言う話も聞かないな…多分、その程度と言う事じゃないかな…」
何となくいい加減な気がする。
おそらく彼自身詳しくはないのだ。
おかげで真理雄は気がついてきた。
情報があふれる二一世紀の日本ではいろいろなことを知っている人間は多かったし、知ろうと思えばいくらでも情報が、ネットでも、専門書でも手に入った。
だがここはどうやらそれとは真逆であるらしい。
「ところでイニアさん。もし遠方に知り合いができて連絡を取りたいような時ってどうすればいいんですかね?」
「うーんそうだな…帝国内なら『通信屋』というのがあるからそこに手紙を預けると届けてくれるよ…そうでなかったら旅の商人に預けるとか…かな…大事な物とかなら冒険者を雇って届けて貰うという方法もあるね…ただ物凄くお金がかかるからあまりやる人はないね」
「そうですか…それでは先行きお礼状を出したりするのも大変ですね」
「! いやだな…私たちのことなんか気にしなくて良いよ」
真理雄は曖昧な笑顔でごまかしながら、やっぱりと納得した。
ここは情報の伝達速度が遅く、しかも出回る情報自体がかなり少ない、真理雄から見ると前時代的な世界なのだ。
通信屋というのがどういうモノか分からないが、思いつくのは江戸時代の『飛脚』か西洋の『駅馬車』だ。
ただそれに並んで旅の商人に預けるという選択肢が提示されたことからも伝達スピードが速いとは考えにくい。
江戸時代のような物、あるいは西部開拓時代的な物を想像するとその情報収集の困難さにくらくらしてくる。
(こうしてみると昔、地球でも学者や識者などが『賢者』などと言われて知識を売りにして暮らしていたと言うのを聞いた事はあるけど…納得のいく話だな)
もしここに自分の必要としている情報を売ってくれる人がいたらお金を払ってでも買うだろう…まあお金は持ってないのだけど…
(なら、この世界にだって歴史の専門家や研究者はいるだろう…そういう人を探すか…あとは情報の集まる場所というのも重要だな…たとえば帝国の首都とか、世界規模の大都市とか…)
(どちらにせよこの町に止まり続けては、十分な情報を集めるのは無理か…)
(自分の足で必要な情報を探さないといけないと言う事かな…でも地理も分からんから今は動きようもない…と…)
ちょっとごちゃごちゃしてくる。
物思いに沈む真理雄の事には気付かずに、イニアは話し続ける。
親切にいろいろなことを教えようとして。
その姿を微笑ましく思いながら歩いている真理雄の前に冒険者ギルドが姿を現わした。
いよいよ行動開始である。
●○●○● ●○●○● ●○●○●
巻末付録・設定まとめ
『魔洸点』
大地や空を流れる大きな力の流れその要衝で大量の魔力が吹き出すところ。
周囲の環境を変質させ、生物を変質強化するほどの力がある。
地中からわき出すのみならず、天空から降り注ぐポイントもある。
『迷宮』
魔洸点の周囲、環境が変質したエリア。どういうわけか魔物が無尽蔵にわいてくるらしい。
『魔境』
迷宮の周辺地域。迷宮から押し出された魔物が多数生息する。魔物を倒しても迷宮から常時補充されるのであまり意味がない。意味がないが討伐を心がけないと広がってしまうので大変。人類種族の戦いは魔境の広がりを押さえるための戦いである。
魔狩り人の活躍の場はだいたいここ。
『人類圏』
人類種族の版図。上記以外の全ての土地は人類圏である…ということになっている。
安全の確保された『安全圏』と弱い魔物がちらほら出る『荒野』に分かれるが、どちらにせよ一応人類の支配領域である。
何とか週一で五話までこれました。