第48話 ユーノ
第48話 ユーノ
「痛い!」
「いたい」
「いたい」
「いたい、いたい」
柿崎由乃は下腹部を引き裂くように痛みに絶叫した。
(なんで? 手も足も動かない…何も見えない…おなか、壊れる)
「かっ」
「かはっ」
今まで意識を失っていたようだ。
意識を取り戻した直後は激痛が頭に登ってこなかった所為か、ちゃんと声が出たが、痛みを意識した後はあまりの激痛に変な呼吸音しか出てこない。
体も痙攣するばかりで意味のある動きは何もできない。
(たすけて)
(たすけて)
(たすけて、たすけて!)
自分の腹部。へそのした当たりで何かがうごめく感覚は十四歳の由乃に耐え難い気持ちの悪さをもたらす。
その何かが胎内を掘り進むように自分の体を削っていく感覚は想像を絶する苦痛だった。
(なんで?)
何でこんな目にと由乃は言いたかった。
もちろん返事を期待した訳ではないのが、意外にも返事に類するものが与えられた。
『魔力炉のインストールが完了しました』
『引き続き魔力回路のインストールを開始します』
(うそ……)
茫然自失とはこのことだった。
今作業が一段落付いたためだろう、痛みが引いている。
もっとも激痛信号を流し続けられた神経はいまだにパニックを起こしたままなのだが、それでも少しずつ落ち着いてきていた。
(なのにこれからもう一度………)
「たっ、たすけて…」
だが周りに誰かいるような気配はない。
由香ちゃん…カナちゃん…
一緒にいたはずの仲の良い友達。
(そうだ…なんで私こんなところに…みんなと一緒にバスに…)
少しだけ記憶がもどってくる。
ついさっきまで部活の仲間とマイクロバスで移動しているところだったはずだ。
なのになぜ?
(そうだ、交通事故…)
道を走っているときに、確かセンターラインを超えてきた自動車があって…それをよけようとして…すぐに大きな衝撃があった…ような気がする。
だが思い出せたのはそこまでだった。
再び始まった激痛に思考が砕かれて消えていく。
そして…
◆・◆・◆
「…様? ユーノ様?」
「! ごめんなさいソーナ様。ちょっと思い出してしまって…」
ユーノ・エンテス・ティアマヌンテス子爵はもう長い付き合いとなる友人、ソーナ・オーハ・エレオノーラの声で我に返った。
「おつらいようでしたら無理にお話いただかなくても…」
気遣わしげに覗き込む、いかにも超が付くほどのお嬢さまに少し気圧されながらユーノは慌てて手を振った。
「大丈夫ですよ、ソーナ様。ただちょっと…インパクトが強かったというか…印象が強すぎて…」
口ではそう言うが、あの激痛は今もってちょっとしたトラウマだったりする。
関連事項を思い出そうとするとちょっと意識を持って行かれる程度には…
現在ユーノは『冒険者の町マーシア』から飛空船に乗ってスミシアに向かうところだった。
マーシアはスミシアのずっと北東に位置する町で、ともに皇帝の直轄地という立ち位置の町だ。
この国では魔物の侵攻から人類圏を守るのは貴族の仕事である。
だが、魔物と戦いが激戦と予想される場所は帝国の直轄地となっていて、帝国の軍はもちろん貴族家の騎士達も動員して対魔物シフトがしかれている。
そのためにどうしても貴族を封じる訳にはいかず、皇帝の直轄地として管理する必要があるのだ。
しかしまものとの激戦が予想される場所ということは、それは大きな迷宮のそばと言うことであり、冒険者達にとっては良い稼ぎ場である場合が多い。
冒険者達が集まればそれを当て込んだ二次的な産業の人間も集まり、町が栄えていくのは道理で、こういった町は『冒険者の町』あるいは『迷宮の門』等と呼ばれるようになる。
帝国の北部地域、その西側に皇帝の直轄領となる大きな領地があり、その中にいくつかの『冒険者の町』がある。
北に未踏の大迷宮と呼ばれる『ロンザ大迷宮群』南に『鋼の迷宮』を抱える広大な土地だ。
ユーノはここにあるいくつかの町のうちの一つ『マーシア』にある賢者の学院の分校。『賢者の塔』を拠点にして活動している魔術なのだが、今回、師匠であり父親変わりである魔術師がスミシアにやって来るという話をきいて、彼に会うための急遽スミシアに顔を出すことにした。
どうしても話さなければいけないことがあったのだ。
ソーナは同じ賢者の塔に所属する魔術師で、貴族の令嬢として、魔術師として勉強をする傍ら貴族の義務として自分のパーティーを率いて迷宮で戦っている女性で、ユーノがまだこの世界に来たばかりのころから親しくしている友人だった。
ソーナの方は父親がスミシアにくるためにそこで会おうと呼び出しを受け、スミシアに移動する際に学院の飛空船を出したユーノに便乗させてもらう形で現在ここにいる。
実のところ便乗組というは他にも結構いたりするのだが、ユーノのところに出入りしてお茶会などを開いているのは彼女くらいの物だった。
北部皇帝領が鋼の迷宮の北側に位置しているのは分かると思うが、マーシアとスミシアを結ぶ直線上にはこの鋼の迷宮が横たわっている。
この鋼の迷宮の西側は海であり、東側はロアン高原と呼ばれる山岳高地が広がっていて、歩きで行くとなるとかなり遠回りになる。
ロアン高原を飛び越えることができる飛空船があるのなら便乗するのはほぼ常識と言って良い。
ちなみに迷宮の上空は飛行できなくなっいる。
不可能なのではなく危険度か極端に高いからだ。
その旅の間、ユーノとソーナはたびたびお茶会を開いてガールズトークと言うには少し高度に政治的だったり、学術的だったりする話に花を咲かせていたが、今日の話題はユーノが始めてここに来たときのことだった。
そう、ユーノが異世界地球からこの世界にやってきたときの話だ。
◆・◆・◆
「その場所は、ギンヌンガガプといいました…」
ユーノの言葉にソーナは目を見開いた。
「ギンヌンガガプですか…やはり実在するんですね…」
ソーナは興奮気味に何度も頷く。
ギンヌンガガプというのはつとに有名な場所だった。
何処にあるのか誰も知らない、だがだれもがみ~んなしっている場所ギンヌンガガプ。
探索系冒険者達のあこがれの場所。
古代文明の遺した無限の秘宝の眠る場所。
おとぎ話として誰でも一度は聞いたことのある場所。
例えば黄金都市とか、幸福都市のようなものだろうか? 理想郷伝説の一つだ。
そこにたどり着いた者は、そこに眠る先史文明の遺産を譲られて帰り来ると伝説は伝える。
地球であれば眉唾も良いところなのだが、この世界の人はまじめにその存在を信じている。
確証があるのだ。
例えば来訪者、彼等は口をそろえてギンヌンガガプを通ってきたという。
そして例外なくギンヌンガガプで手に入れたなにがしかの秘宝を持っている。
中には歴史に名を残すほどの偉業を成し遂げた者もいるし、この世界につきることのない恩恵をもたらした物もいる。
ギンヌンガガプにたどり着いた者自体が多くはないので民間レベルでは伝説でしかないが、国家の中枢には明確に記録が残っている。
ソーナも驚きはしたが、来訪者であるユーノの口からその名が出ることは既定路線と言うこともできる。
「伝説はいろいろ聞きましたが、こうして実際行って来た人の口からそれを聞くと驚きを禁じ得ませんわ、それでどんなところだったのですか?」
興味津々でソーナは問いかける。
「そうですね…まずギンヌンガガプ自身の申告によると、そこは『幽界に築かれたかつて偉大なる『悠久の王国』の残滓をとどめる記憶の都』だそうです。
それを教えてくれたのは『幽界の鏡面領域に記された永遠の知性』と言うことでした。
そのどちらもがギンヌンガガプと呼ばれるのだそうです…」
・・・・・・・・・・
激痛が去った後、ユーノの、いや柿崎由乃の前に広がっていたのは水晶都市だった。
いやひょっとしたら違うのかもしれない。
そこには水晶のような冷たさ、確かさはまるでなく、柔らかくあやふやな印象があった。
強いていうならきわめて透明度の高い水でできた都市だ。
その話を聞いたときソーナはなるほどと何かが腑に落ちたような気がした。
「幽界というのは聞いたことがありますわ。
以前教会の説法に参加したときに教会の方が『思いが力として存在する心の世界』『人の心が安らぐ場所』と紹介しておいででした」
「人間は肉体。心。精神。魂で出来ていて、それぞれに対応する世界があるのだそうです。
そのうち、心に対応する世界が幽界で、これはそれぞれに四大元素に対応しているのだそうですが、心が水に、精神が風に、魂が火に対応するのだと教えて下さいました」
こういった宗教観はユーノには馴染みのない物ではあったが、水の世界、心の世界という表現はふさわしいモノのようにおもえた。
ただどうやってそこに物理的なものを収納したのか、どうやって管理者を残したのか、そこら辺は想像も付かない。
ユーノもそこから出た後、地球恋しさにあの世界を求めて調べまくったこともあるが、良い解釈は見つからなかった。
「その水で出来た都の、最初に気がついた場所で『ギンヌンガガプ』は前に進むようにと私に言いました。
六つの扉を開けて行けばここから出られるから…と、そしてその扉の中にあるモノを持っていくようにと…
私は言われるままに目の前の扉を開けました」
口にするとこれだけだが、そこに到るまでは様々な葛藤が存在した。
恐怖もあったし、不安もあった。
だがそこにたたずむ限り何も変わらない。
結局無為に流れる時間に耐えられずにその一つを進んだのだ。
「最初の扉を開けるとそこに『エンテスの魔杖』が安置されていたのです」
ユーノは傍らに置かれた自分の身長ほどもある杖を見た。
それはおそらく由乃が求めたモノなのだ。と今になって思う。
杖を手にとるとその使い方が頭に流れ込んでくる。
エンテスの魔杖は一〇種の魔術が予め刻み込まれていて、起動を命じさえすれば杖がそれを実行してくれる。
その一〇の魔術は由乃がこの状況で欲しいと思う力だった。
攻撃、防御、はともかく高い治療能力と、逃亡にむいた術が組みこまれていた。
その杖を握りしめると再び目の前にいくつかの扉が現れた。
なぜいくつかかというとはっきりその数を憶えていないからだ。
しばらく悩んだあげくそのうちの一枚を開ける。
次の部屋の中には『転移の腕輪』が置かれていた。
逃げるという行為をもっともっと明確な形にしたアイテム。
予め設定したポイントに空間を跳躍して移動することのできるアイテム。
健康維持と危険からの逃亡の手段を手に入れたことで由乃は心に余裕を持てた。
それ以降も同じように扉をくぐり。『鑑定』『解析』『看破』『無間庫』の四つの能力を手に入れた。
これらはアイテムではなく、能力であり、直接由乃のなかの魔術回路に組みこまれた。
これらのモノを由乃が求めたモノだとするならば、由乃の思考は安全確保と周囲にあるモノをできるだけ理解すること、この二つにに集約されていたと言って良いだろう。
「そして最後の扉を開いたとき、私が最初にこの世界に降り立ったルキノ村の近くだったという訳です」
「なるほど…言い伝えは本当だったんですね…ギンヌンガガプにたどり着いた者はそこから六つの秘宝を持ち帰ることができる…興奮しますわ」
ソーナは盛り上がっているがユーノにしてみれば大迷惑である。
あの日、ユーノは中学校の部活で顧問の先生の運転するマイクロバスで移動中だった。
なぜかセンターラインをはみ出してきた乗用車とぶつかりそうになった…いやぶつかったことまでは憶えている。
次に気がついたらギンヌンガガプ。そこから脱出したら異世界だ。
確かにギンヌンガガプは『ここから出られる』とはいったが『地球に帰れる』とは言わなかった。
そもそもここが異世界だ等とも言われなかった。
悪質な詐欺にあったような気分だ。
遭難したような気分で一通りの魔法を手に入れたが飽食日本で育った子供のかなしさよ、水や食料が手に入らない可能性は考慮の外だった。
『一体どうやったらそこに行き付けるのかしら…こちらから行った人間が皆無という訳ではありませんわ…必ずどこかに…』
ぶつぶつとソーナがつぶやく。
そのつぶやき声を聞きながらユーノは『私だったら是非関わりたくなかったな…』と本気で思う。
だがこの世界で生きる人達にとってギンヌンガガプはおそらく魅力的にすぎる場所だ。
それはギンヌンガガプから帰ってきたユーノだから分かる。
この世界の人とユーノの決定的な違いというのは自力で魔法がつかるえるかどうか、そこにつきる。
この世界の人間が魔導器を使わなくては使えない魔術という存在を、ユーノは何の制約もなく使うことができる。
魔術回路のおかげだ。
そして使用できる魔力量も、魔力炉のおかげで、人間種としては破格の多さになる。
この世界において魔法のアドバンテージがとても大きいことを考えれば、そして、ギンヌンガガプにたどり着くことができればだれでもその力が手に入るという伝説を考えれば、あこがれは当然だろう。
そして来訪者とは別に、たどり着いてその力を手に入れた人間がいたと言う伝説も残っている。
それを考えれば、力を望む者が目の色を変えるのは仕方がないことだと言える。
そして逆に異世界から呼ばれ、頼んでもない物を押し付けられ、家にも帰れなくなっているユーノにしてみれば迷惑に感じるのも仕方がないことだろう。
だが不幸中の幸いという言葉もある。
この世界に迷い込んだユーノがすぐに助けに巡り会えたのは確かに幸運だった。
彼女の望んだ幸運の形ではなかったが幸運だっただろう。
荒野に放り出されたときユーノは裸足だった。
バスにのっいる時に靴を脱いでいたからだ。
そして荒野というのは現代の日本人が歩くにはかなり過酷な環境だ。
彼女がすぐに思いついたのはエンテスの魔杖にセットされた『飛翔』の術だった。
この術を使うと同時に彼女の体は空中に浮かび華麗に飛行…はせずにあっちゃこっちゃに吹っ飛びまくることになった。
馴れていない所為である。
だがコツをつかむのはそれ程難しいことではなかった。魔術という存在の中に姿勢制御の術式なども組みこまれているためだろう。
つまり自動バランス調整である。
それと同時にエンテスの魔杖が展開した飛ぶための魔術プログラムの構造が理解できた。
それが自分の中にすとんと落ちてきたのだ。
『解析』の能力による効果だった。
ただ何事にも万能と言うことではなく、解析した術式が魔術回路の中に取り込まれ。いつでも起動できる状態になっても実際は魔術の起動が叶わなかった。
実行したときに『レベル不足』というインフォメーションが脳裏にひらめいたので、どうやら魔術回路には習熟度のような物があるらしく、これが行使させる魔術に対応したところまで成長しないと魔術の実行はできないらしいと分かる。
そして現在使える魔術一〇ヶはどれもかなりハイレベルらしくつまりは宝の持ち腐れと言うことになる。
魔術回路の性能は一度に二つの魔術を並列起動できる優れものであるのに、現在使える魔術が一つも記録されていないのだ。
だが魔杖経由であればその制限も関係なく魔術を行使できる。
それを現実逃避といわれても仕方がないと思うのだが、ユーノはしばらくの間現実を忘れて魔術の行使に夢中になった。
特に飛翔がよい。
人間が自由に空を飛ぶ。これは有史以来の人類の夢に他ならない。
そういうことをしている内に一番近くだった村から離れてしまったがこれは誰かさんのように方向音痴なのではなく、たんに周辺の地理を全く知らないせいだ。
例えばこの娘、二股の分かれ道があると不思議と遠回りする方を選択する間の悪さがある。
そして全く想定していなかった幸運に出会ったりする。
このときであった幸運は人の形をしていた。
貴族風というのだろうか、金糸で縁取りされたスーツと、襟元から覘くレースのシャツ。太ももが膨らんだズボンに革のロングブーツ。
乗馬服を極端に豪華にしたような服装をした、スマートで鋭い目をした中年の男性。
ここまで優雅だと中年という言葉もあまりにあわないのだなとユーノは思った。
「やあ、お嬢さん、ようこそクラナディア帝国へ、私はクラナディア帝国宮廷魔術師支天十杖、第三席、ベルンハルト・ローゼン・マイヤーといいます。
お話を聞いていただけるかな?」
会うなりその紳士はそう言ってユーノに笑いかけた。
それがユーノと師匠となるベルンハルトとの出会いだった。
なぜ彼がユーノを探していたのか、当時は何も分からなかったが今で事情を理解している。
来訪者というのはその来訪に先駆け、前兆があるものだからだ。
『白き光の柱が天と地を繋ぐとき遙けき地より来訪者来たり、そは太古の世界よりの来訪者なり』
ユーノの場合も天と地を繋ぐ光の柱が観測され。その真偽を確かめるために宮廷魔術師のトップである十人が即座に出撃した。
情報が錯綜していたためにいまだに正確な数は分からないのだが、時観測された光の柱は四本だったと推定されている。
内、帝国内は二本。
この二本に乗って渡り来たった来訪者を確保するために皇帝は虎の子の魔術師達を送り出したのだ。
内一本がユーノであり、もう一本がテッドラー王国にいる男性であると確認された。あと二本は現在も捜索中となっている。
そうして帝国に迎えられたユーノが賢者の学院に所属するのは当然の流れだったろう。
来訪者というのは過去の経緯から皆優れた魔術師であることが分かっているからだ。
ベルンハルトに付いて魔術を勉強する内にユーノはめきめきと頭角を現す…どころの話ではなく目立ちまくっていた。
他人が使う魔術であれども、一度解析すれどそれで魔術を憶えてしまう。
しかも初歩の『火球』や『氷弾』等は簡単に行使する。
しかも普通よりもずっと強い威力で。
ユーノが賢者の学院で使用されているこの世界の魔術を全て憶え、その大半を行使できるようになるまでに大した時間はかからなかった。
これが来訪者か…魔術師達は瞠目した。
だがユーノにはそれ以上の才能があった。
ユーノが得た能力の『鑑定』は魔導器やマジックアイテムの構造、機能を理解する能力だ。
そしてこの国で昔からよく使われているマジックアイテムに『錬成釜』というものがある。
素材としてセットした物質から必用な元素を抽出し、再構築するというもので、合金の制作や真銀などの精製に使われるマジックアイテムだ。
この錬成釜には錬成される物の形を指定する機能がある。
元々が時間のかかる物なのであまり活用されていない機能だった。
ユーノの『鑑定』はこの手のアイテムの正確な使い方もユーノに教えてくれる。
なおかつ『解析』は魔法の構造を理解できるという能力だ。
そのユーノがこの錬成釜を使ったときに、自分が理解している魔術の実行の際の魔力の流れかたを、空間のなかに立体的な魔力のラインとして構築できることに気が付いた。
そのとき練習用にセットしていた物がたまたま真銀だったのも運命というものか…
出来上がった存在はその場にいた全ての人間の度肝を抜く存在だった。
ユーノがその立体術式を掌に乗せて魔力を流すとただそれだけで『微風』の魔法が発動した。
そしてユーノ以外の人間にもそれは可能だったのだ。
この立体術式にはユーノの魔術回路の中に存在した『属性変換構造』も組みこまれていた。
紋章術式の誕生の瞬間だった。
そしてそれは誰が持っても魔術名を叫ぶだけで魔術を実行できる魔導器のその心臓部の誕生だった。
即座に皇帝の指示により、ベルンハルトを中心にした研究プロジェクトチームが組まれた。
ユーノも『火弾』『氷槍』『風刃』『石弾』『水槍』『雷撃』等の初歩の魔術を形にし、次々に魔導器が試作された。
属性変換をしなくてはならないのでその分効率が悪く、多くの魔力を必用とすると言う欠点もあったが、呪文の詠唱という『技能』を省力できると言うことは大きく、ある程度の魔力量を持っていれば極初級の魔法なら使えるという人間を劇的に増やすことができた。
欠点を補うために属性魔導核を組みこんで属性変換構造を省いたハイブリット型も作られた。
おまけにごく少量の魔力でごく小さな火をおこす『点火棒』のような生活魔導器の類もついでに生まれてしまった。
武器に特定の魔術を組み込むこともできる様になり、火炎剣や氷結剣などの魔法の剣も生まれた。
さらにユーノはアイテムバックのようなそれまであったが解析が全くできていなかったいくつかの特殊なマジックアイテムの解析にも成功し、再現することに成功した。
ユーノの存在が帝国の魔法文明を間違いなく一段か二段押し上げたと言って良い。
これらの功績によりユーノは皇帝直々に貴族として任じられユーノ・エンテス・ティアマヌンテス子爵となった。
彼女の功績はクラナディア帝国に燦然と輝くものとなったのだ。
『この発明は歴代来訪者の中でも特に輝かしい』
とは皇帝陛下の言葉だった。
◆・◆・◆
「なるほどですわ。とても感動しました」
「恐れ入ります」
恐れ入りますと言うより何だかなあという気分なのだが友人が素直に感心してくれているので水を差すようなことはしない。
最初貴族という存在との付き合い方が分からなくてかなり当惑したユーノだったが目の前にいるソーナは良い娘さんだった。
それにこの国の貴族は軍人貴族という気風が強く、人類の生存のために貢献する者には敬意をはらうことを惜しまない。
子供のころから戦場経験を積むせいか彼等はあまり礼儀などの細かいことにこだわらない傾向がある。
もちろん誰に対してもではないし、中には性格の悪い者もいるが、大概の貴族は見るべきところがある人間に対してはざっくばらんでフレンドリーだ。
特にソーナはまだただの学生だったころからユーノに親しく声をかけてくれた友人のひとりで、親友と言って良い間柄だ。
難を言えばさすがにお姫様、あまりの気品に気疲れすることだろうか、上品過ぎるのも考え物だとおもう。
「それで今回も何か新しい発明でもあったんですの?」
「え?」
ソーナの質問の意味が分からずユーノは首をひねった。
「いえ、随分急いでいるように見受けられた物ですから」
「ああ、そういうことでしたか…確かにちょっと急いでました…発明ではなくちょっと気になることがありまして…」
「? よろしければ聞かせていただけます?」
ユーノはふむと考えて二つある案件の内、一つを話してみることにした。
他の人から見てどういう風に見えるのか気になったからだ。
「私が以前魔銃という物の制作に協力していたのはご存じでしょ?」
その言葉にソーナは頷いた。
三年ほど前のことだった。
ユーノのもとを一人の男性が訪ねてきた。
テッドラー王国に所属する冒険者だと名乗ったその男は自分の名前を藤堂一幸と名乗った。
もちろん日本人だ。
同郷の出身に大喜びだったユーノは彼の相談に乗って新しい魔術式の構築を手伝った。
彼はこの世界で銃の再現をしようと試みているところだと自分のことを語った。
その銃器に対する情熱は飛び抜けていて、銃のことを語るその姿はまさに夢中、一目で『ガンおた』だと分かってしまうほどだった。
彼は最初当然のように火薬による銃器の再現を試みたがこれは失敗したらしい。
なぜかは聞かなかった。多分聞いてもも分からないから。
そこで彼が目を付けたのがユーノの開発した新型魔導器。
このシステムを利用して『爆発』を起こす術式を組み込み、銃の機関部とする。その可能性の検証をしたいという話だった。
はっきり言ってユーノは銃になど全く興味がない。
はっきり言って藤堂氏の情熱にはどん引きであった。
それは誰でも同じらしく藤堂氏は来訪者として大事にされてはいてもやはり変人扱いではあるらしい。
大変よく分かる話だった。
だがユーノは現代人。銃器という者の威力は知っている。
それは自分の魔導器と同じように未来への可能性であると理解できた。
そしてなによりも同郷と言うことも手伝い。ごく少数でクラナディア帝国を訪れたこの冒険者に協力することを決めた。
紋章術式を二つに分け、引き金を引くと術式が一つに完成し『爆発』の魔法が起動するシステムを考えたのはユーノだ。
それを受けて藤堂氏はこの魔術の発動体を機関部とする銃器の研究にとりかかった。
爆発によって起きる圧力計算、バレルの強度、命中率の改良、装弾システム。やらなくてはならないことはいくらでもある。
藤堂氏はおよそ一年、ユーノの拠点とするマーシアで冒険者としてテストを続けながら『魔銃』を開発し、完成と同時に二種類の銃を生産し大々的に売り出した。
機密の漏洩など全く気にしない、でもかなり大もうけできるやり方で銃の販売をして、それが軌道に乗った当たりで彼はテッドラーに帰って行った。
今もってこのスミシアでは魔銃が工芸品のように生産され、高額で取引されている。
高額ではあっても魔銃の誕生は魔物と戦う者にとっては間違いなく新しい力で、ユーノもこれに関しては良い仕事が出来たと思っていた。
そんな折ユーノの耳に一つの噂話が飛び込んできた。
テッドラーでさらに新しい『魔銃』が開発され、活用されていると言うのだ。
しかもこの新型はテッドラー王国の秘伝と言うことで外部に全く流れてこない。
ユーノは何かうさんくさい物を感じた。
「なるほどですわ。そう考えるとここで販売される魔銃は帝国の資金をテッドラーの移すための外貨稼ぎ。そのお金で大々的に自軍の武装を強化…テッドラーならありそうな話ですわね…」
「良い噂は聞きませんでしたがやはりそうなんですか?」
ユーノが眉を曇らせる。
「はい、昔、何度かそういう事件をあの国は起こしているのだと聞いたことがございます。
現在帝国にはたくさんの妖精族の方がおりますけれど、彼等が帝国に広がるきっかけを作ったのがテッドラー王国なのですわ。
かの国は妖精族の土地を奪い取ろうと妖精族を攻撃したことがあるんですの…」
これはユーノにとって、とんでもない話だった。
この大陸が平和かどうかと言うと返答に困る。魔物との戦いはいつもあって終わる気配がない。
だがすくなくとも人間同士の争いは無いと思っていたのだ。
それが侵略戦争などと…
「その折妖精族を助けたのが当時帝国にいた来訪者の方で、現在のオオエド伯爵家の始祖の方です。
時の皇帝陛下もその行いを是となさいまして、妖精族の支援を大々的に行って、テッドラーを追い返しました。
これ以後妖精族と帝国とは良好な関係で、逆にテッドラーには妖精族はほとんどいません」
ユーノは考える。この話にを知っていたら共同開発を断っただろうか? と…
だがその考えは否定される。
あの時藤堂氏はテッドラーのはみ出し者で、テッドラーでも扱いに困っているような印象を受けた。
銃を作りたいと思ったのは間違いなく藤堂氏の個人的な思いだったと断言できる。
その上で、協力を決めたのはユーノ自身の意思だ。
それに試作が進むにつれ、魔銃という武器に興味を示し、積極的に協力したのはむしろ賢者の学院の方だった。
「どちらにせよ真偽は確かめないと、と思いまして、ベルンハルト先生にお話を聞いてみようかと…」
「なるほど、よく分かりました。わたくしも気をつけて噂などあつめてみます」
ユーノはお願いしますと頭を下げた。
やはり自分が、人類が、少しでも楽になるようにと考えて開発に協力した武器が何らかの目的で悪用されるのはあまり気分がよいものでは無い。
もし必要があるようなら何か手を打った方が良いかもしれない。
そしてもう一つ、口にしなかったことがその『手』になる可能性があることだった。
それは先日教会におもむいたときのことだった。
そこでユーノは少し変わった。今までとは変わった格好をした騎士を見かけたのだ。
横を通り過ぎるこの騎士につかみかかり。これは何かと詰め寄った。
その騎士のベルトには『カラビラ』がぶら下がっていたのだ。
ここに来てから始めて見るものだった。
そしてよく見ると変わっているのはそれだけではなかった。
まずベルト周り。
ベルト自体は今までと同じ革製の厚み幅のあるしっかりした物だったのだが、ホームセンターなどでよく見かけたベルトポーチが付けられていた。
ホック式の着脱可能なやつだ。
カラビラで付けるタイブもある。
他にも同じような構造で剣帯やウエストバックなどが、ベルトホーチと組み合わされてベルトに配置されていた。
ユーノは『これは見たことのない物ですがどうしたのですか?』と問うてみた。
神殿騎士は簡単に西方貴族領にある神殿で開発され。機能的なので神殿騎士の間で正式採用された物だと教えてくれた。
(西方なら藤堂氏じゃない)
他にもその騎士は『いいでしょう?』といいながら『靴』と『ランドセル』を見せてくれた。
靴は靴底、明らかに地球のオフロード用の靴などに見られるパターンの溝が作られていた。
音も静かでぬれた岩でも滑らないのが自慢らしい。
ランドセルと呼ばれていたのはしっかりした革で作られたデイパックだった。
これもウエスト部分と胸の部分に胴体を横に走るはめ込み式の留め具のハーネスが取り付けられていて動いても跳ね回らない構造になっいる。
同じような物を学校のワンダーフォーゲル部の友人が使っているのを見たことがある。
ユーノは感心する振りをしながら心の中で色めきたった。
この中の何か一つなら偶然で片を付けても良いかもしれない。
だが二つも三つも地球でしか見たことのないアイテムが出てくる。
(地球人だ…三人目の地球人だ…探さなきゃ…できるだけ早く…テッドラーに見つかる前に…)
この情報はよそに漏れないほうがいい。
できるだけ早く見つけて何とか見方になってもらわないといけない。
ユーノは自分の中にある焦りのような物が意外と大きいことに驚いていた。
そして今回の師父がやって来るという連絡を受け、これを相談するために一も二もなく飛空船を出したのだ。
そんな人達を乗せて飛空船は一路スミシアに向けて進んでいく。
マリオン達がスミシアに到着するわずか数日前のことだった。
呼んで下さった皆様。ありがとうございます。
48話をお届けします。
感想などございましたらお寄せ下さい。
お待ちしています。
トヨム




