第46話 イスト・カーティカイネン
第46話 イスト・カーティカイネン
「騎士さま、どうしました?」
マリオンは街道をとぼとぼと歩く初老の男にそう声をかけた。
その人は後ろから見るとすでに白髪で、ほこりにまみれた外套を着ていて疲れたような様子で街道を進んでいた。
身長もマリオンよりも少し低いくらい。
何かを引きずった跡を残しながらとぼとぼと歩く姿は『ご老人』と声をかけても問題ないように見える。
だがマリオンはあえて『騎士さま』と声をかけた。
マリオンの知覚は対象の裏側も見える立体的なものだ。
マリオンはその人物が腰に大きな剣を下げていること、手に馬具のようなものと荷物を提げていること。
そして鍛え抜かれた体躯をしていることをあらかじめ理解していたからだ。
声をかけられて振り返ったその顔は、人の良さそうな老人のそれではあったが、整えられた頭髪、そして綺麗に手入れされた美髭。目の輝き。どれをとっても彼が鍛え抜かれた戦士であることを物語っていた。
「おお、お若いの、助かったわい…実はここに来る途中騎獣がおっちんでしまってな…そこからと歩かざるをえなかったのじゃよ」
そう言いながら彼は持っていた荷物をドサリと街道に落とした。
本当に疲れていたのだろう。
マリオン達が街道に合流を果たしてからすでに一日は立っている。
その間ドリーであれ、なんであれ、騎獣が死んでいるような場所は見かけなかったから彼が騎獣を失ったのはもっと先と言うことになる。
であればこの老人はかなり長い距離をしっかりとした装備で、外套一つを頼りに歩いてきたことになる。
「町までもう少しですが…乗って行かれますか?」
マリオンはくるまを止めてその老人に声をかけた。
そう声をかけながらマリオンは『僕も少しは余裕が出て来たかな』などと考えていた。
マリオンは冒険者になるときに、そして旅立つときに一つの常識を教わった。
『困ったら助け合う。荒野では当たり前』と言うものだ。
実際のところこれはあくまでも理想で、無条件の人助けが流行していたりはしない。
助けた相手が盗賊だったなどという現実があるからだ。
逆に助けを求めた相手が悪党だったと言うような話もある。
まともな人間の善意が一部のろくでなしのために機能不全に陥るというようなことは何処でもあるらしい。
だができる範囲の人助けをするのは悪いことではない。とおもっている。
例えば同行しなくても水や食料を分けてあげるとか…
マリオンも自分のパーティーが戦力的に秋分戦えるものであると言う事実を…まあほんまかいな?…というような気分はあるにしろ受け入れ始めている。
それが余裕というものだ。
自分とユーリアでティファリーゼとアルビスの完全を確保すると言うことを考えると、やはりあまり軽々に人助けはできない。
だが以前のようにそばに来るもの全てを拒否しなくてもいいのでは? と思える程度にはなったし、マリオンの資産状況(?)を考えると水や食べ物を分けてあげるくらいはできてしかるべきという感じがするのだ。
だが今回この老人に『同行』を申し出たのはさらに進んでもう一つ理由があった。
「おおっ、そう言ってもらえると助かる儂はイスト・カーティカイネンじゃ、見てるとおりの老人じゃ」
そう破顔する老人にマリオンは丁寧に頭を下げ。
「初めまして、マリオン・スザッキです。トゥドラさんには大変お世話になりました」
一瞬の空白。
老人は驚いたようにマリオンを見つめていた。
そして何を言われたのかが理解できたときに先ほどとは少し違う明るい笑顔を見せた。
「なんと! おぬしトゥドラ・ナールの知り合いか?」
「はい、イストさんは『虹の翼』の方ですよね」
そう言ってマリオンは老人の腰にぶら下げられたメダルに視線を落とした。
そこには七本のリング状の翼を広げた鳥が掘られている。
以前ドーラの町でトゥドラから、かつて自分が所属したパーテイーの紋章だと教えられたことがある。
「なつかしいのう…随分昔の話だ…」
そう言ってイスト老人は目を細めた。
それを聞いてティファリーゼもビックリして飛び上がった。
トゥドラとその仲間たちはマリオンの恩人であるだけではなくティファリーゼにとっても恩人だ。
辛い記憶の多い人生の中で、輝かしい今の日々の始まりを告げる名前なのだ。
即座に挨拶のために獣車を降りて頭を下げる。
「私もこの子もトゥドラさんやフィネさんにはとてもお世話になったんです」
「そうだったかね」
イストは懐かしさからだろう。トゥドラとその奥さん達の名前を出してその近況を聞きたがった。
もちろんマリオンに否やはない。
「イストさんもお疲れだろう。ここで一回休憩にしようか?」
「はい」
マリオンは取りあえず飲み水を用意してイスト老人に渡し、軽い食べ物を用意するティファリーゼをふくめてユーリアやアルビスをパーティーメンバーとして紹介していく。
イストは『この子もかね』と目を剥いてアルビスを見ていたが、その姿は愛嬌のあるものだった。
あっという間にテーブルが置かれ、水の入ったコップ、保存食の焼き菓子などがならび、マリオン達の休憩はちょっとしたティータイムだ。
やはりこれではなかなか前に進まないのも当然と言えるだろう。
◆・◆・◆
「なかなかひどい落ち込みようだな…」
「張り切ってましたからね…」
ギルバルトはちらりと後ろを見、隊列を組んで走るメンバーの一人を視界に納めてから、となりを併走する副官のトビアスに話しかけた。
トビアスは処置なしというふうに肩をすくめる。
彼等が話題にしているのはクレメルのことだった。
「困ったもんです…三〇にもなってあの幼稚さは…」
トビアスのその言葉は完全に本気だった。
その言葉の中にはかなりの割合で侮蔑が混じっている。
それを受けてギルバルトは苦笑する。
「だが今回はさすがに笑えんよ…少々見込みが甘すぎた。
報酬に目がくらんだつもりはなかったんだがな…
ノノルだったか、このクエストに反対していたのは?」
「はい、この山に入り込んだ魔物は早かれ遅かれシムーンによって駆逐されるからここでの討伐は意味がないと…北側ではそれ程でも無いですが南側ではシムーンはほとんど神様扱いだそうで、魔物を憂慮すると言うことはないそうですな…私も偶然だろうと鼻で笑っていたんですが…」
「今更手遅れだがもう少し慎重にいくべきだった」
「全くです…ですが、陸妖精族の工房のフルオーダーメイドですからな…仕方がないのではないですかね…」
「ヴェガ工房か…」
ギルバルトは今回の仕事の依頼人とその背景を思いうかべた。
今回彼等が受けた依頼は、採掘調査で山に入ったメンバーが、魔物の襲撃を受け半壊したことに端を発する。
一〇人で山に入り、帰ってきたのは五人だけ。実に半数が魔物の犠牲になった事件だった。
報告を受け冒険者ギルドの方でも調査や確認でお祭りだったが、そんな中で生き残った工房の主が、仲間と弟子の仇討ちのために起こしたがこの依頼だった。
依頼内容は魔物の討伐。
空飛ぶ魔物でおそらくは亜竜。と言うことで、かなり難易度が高いクエストと考えられ、ギルドは『Cクラス以上の冒険者』を対象にクエストを公開した。
冒険者宛に出される仕事の内容はギルドが積み重ねてきたノウハウによって一応の難易度が定められることになっている。
評価は一〇段階で、この魔物の討伐ならは『難易度五級』このルートの護衛なら『難易度八級』と言う具合だ。
これが依頼を受ける冒険者の目安となる。
そしてそれと同時にその仕事を受けられる冒険者ランクというものも定められることになる。
ランクDの冒険者が『難易度二級の仕事をしたい』などと言われても失敗するのが目に見えているのだ。とても任せられない。
そもそも契約の段階でトラブルになってもめるに決まっている。
だから難易度設定によって受けられる冒険者のランクというものも決められている訳だ。
だからといって全ての仕事の困難さを正確に把握できるものではない。
当然難易度が想定できない依頼もある。
その場合は『難易度不明』ということにして冒険者を募集することになる分けだが、この場合は目安がないと言うことになるので冒険者のランク制限だけが行われる。
後は完全に自己責任だ。
報酬が良ければ有能な冒険者が受けてくれるかもしれないし、低ければたいしたことない冒険者しか集まらない可能性もある。
この仕事がCクラス以上という制限が付いたのは明らかに魔物が強力だと思われたからだ。
Aクラスが『伝説級』。Bクラスが『超一流』。Cクラスが『一流』の冒険者と言うことを考えると、ギルドはそれなりに難易度が高いと判断したと言えるだろう。
もっとも『不明』の仕事は免責事項的な意味合いもあり大概制限がきつくなる。
そこに加えてこの依頼は破格の報酬が提示された。
誰もが欲しがるチョー良いアイテムというヤツだ。
ランク制限を厳しくしないと報酬に目がくらんだ実力の足りない冒険者がたくさん犠牲になるかも…そういう判断の下、この依頼が一流以上の冒険者を対象とする。と定められた。
報酬として提示されたのは魔鋼剣。盾。そして全身鎧のフルオーダーメイド。しかも陸妖精族の工房が責任制作するというものだ。
これはとんでもない好条件だった。
魔鋼の剣というのはお手頃価格のお安い物で『五万リヨン』ぐらい。良い物になると『三〇万リヨン』から『五〇万リヨン』というところだろう。
盾は全体が魔鋼という訳ではないのだが、これも備えられたギミックのできで結構幅が出る。
今回の依頼主である『ヴェガ武器工房』というのは陸妖精族の工房としては中堅で決して悪くはない。きっと良いものが出てくるだろう。
みんなそう思った。
だが一番の問題は魔鋼の全身鎧だろう。
中世ヨーロッパで使われた全身鎧というのは薄くのばした金属板を人の形に整え、関節などの可動部を作る非常に高度な物で、古い時代で四〇kg、技術が進んだ後期で二〇kgほどの重さの鎧だった。
全身金属板ということで非常に動きづらそうな印象があるが、当時の資料によれば一人一人の関節位置を考慮して作られたフルオーダーメイドの鎧でほとんど動きを妨げなかったと言われている。
全身鎧を着てバク転を決めたというような記録もある。
この世界の全身鎧といのはこれとは違い、下地となる魔獣素材のきわめて軽量、衝撃吸収に優れた甲殻や革などの素材で全身鎧のパーツを作り、その全面に魔鋼の金属板を張ってそれを組み合わせ全身を包む物で、地球の物のようなのっぺりした物ではなく立体的で厚みがあり、平たく言うとかっこいいデザインになっている。
重さは全身でやはり二〇kg前後もあるが、現代の兵士が装備する基本装備もそんなものなのでこれは決して重すぎるものではないだろう。
複合的に繋がったパーツの重なりで可動域が広く、表面の魔鋼板によっ斬撃や魔法に強く、内側の素材によって打撃や衝撃に強い。
かつて地球にあったものより一段上の性能を持つ。この世界の戦士階級なら是非欲しい一品であった。
買うのであれば中古の一般物で『三〇万リヨン(約三〇〇万円)』量産品で『八〇万リヨン』から、フルオーダーメイドの品であれば『五〇〇万リヨン(五〇〇〇万円)』を超えるものもあるだろう。
今回報酬として提示されたのはそんな装備一式だった。
ギルバルトのパーティーでも魔鋼全身鎧を着用しているのはリーダーのギルバルトと、古参の戦士が個人で所有する一体だけだ。
パーテイーに参加していると言ってもちゃんと分け前をもらっているのだから装備品の仕度は個人の裁量になる。
新人は初期装備をパーティーから借り受けることはあるが、仕事を始めたら少しずつ自分の装備を良いものに換装していくのがこういった大きなパーティーのやり様だ。
当然この報酬の鎧はパーティーの主催者であるギルバルトの所有になるのが普通だろう。
だがギルバルトはこの鎧の権利をどうするか仕事を受ける段階では決めていなかった。
『まあ、オレはすでに一体持っているしな…新しいのをもらってこれを手直ししてハゾス当たり使わせても良いと思うんだが…この権利をオークションにかければ下手をすると…』
ギルバルトは副官にそう語った。
そう、確かに陸妖精族の作るフルオーダーメイドの鎧一式。その権利。運が良ければ一〇〇〇万や二〇〇〇万になるかもしれない。
それだけあればパーティー全員の装備を魔鋼の武器と盾で新調するぐらいのことはできてしまう。
これは魅力的だった。
普通であれば依頼の内容を十分精査して、あるいはギルドの調査の結果を待ってから受けるかどうか決めるのだが、今回は報酬のすごさから早い者勝ちの雰囲気が立ちこめていた。
誰もが報酬は欲しい。だが依頼の内容が不透明すぎる。それ故に躊躇していたのだ。
ギルバルトがこの依頼を受けることを決めたのは自分達ならやれるという自信があったからだった。
◆・◆・◆
「その鎧を自分がもらえると思っていたと言うんですから…いやはや…あきれて物が言えません」
トビアスは後ろをちらりと見てそう嘆息した。
クレメルはこの鎧を自分がもらえると思い込んでいたのだ。
「確かに『そろそろクレメルの装備を更新しよう』と言うような話はしたがな…」
それはクレメルの武器や鎧が傷んできているのを見かねたからだった。
「クレメルはいろいろ問題があります…装備に金をかけることもなくもらった報酬はほとんど遊興に使っているようですし、女など買ったところで寿命が延びたりはしないという現実に気がついて欲しいものです」
トビアスの言葉は辛辣だ。
必要経費という言葉があるが、武器と防具を整え、自分の安全性を高めた上で残った余裕で遊ぶ。
それが正しい冒険者のあり方だ。
ところがクレメルという男はランニングコストを無視し、飲む、打つ、買うの三拍子に金をつぎ込んでいる。
仲間内でもなかなか評判が悪い男だった。
仕事先でトラブルを起こすことも多く、トビアスは解雇するべきだとギルバルトに進言をしている。
トビアスに言わせれば『パーティーの金で装備を調えてもらおうなど、雇われ戦士の風上にも置けない』と言うことになる。
それに対してギルバルトは…
『まあ、このままぼろい装備を使わせて何かあるとパーティーのメンバーにも累が及ぶしな…給料の前借りのような形で装備を新調してやろう』
などというのだ。
解雇すべきです。という意見は今まで聞き入れられたことがない。
面倒見が良く、しかも金払いも良い。雇い主としてはなかなか優良なギルバルトだったが、他人に甘く、パーティーリーダとしては問題がある…トビアスはそう思っている。
だがトビアス自身そういったギルバルトの甘さに助けられたくちだった。
『まあそういう甘いリーダーが嫌いじゃないんだから人のことはいえませんけどね…』
トビアスは小さくつぶやく。
ただ、今回の仕事は完全に失敗。得る物が無いどころか完全に赤字だ。
装備の新調の話はお流れと言うことになる。
トビアスは今回の仕事の顛末を思い出して頭痛もしないのにこめかみを押さえたくなった。
◆・◆・◆
「どうした? 何があった?」
あの時ギルバルトは先行していた斥候が戻ってきたとき思わずそう聞いた。
斥候の二人が明らかに青ざめていたからだ。
そのギルバルトに斥候のロークはマリオンの、先日あった少年の言葉が正しいことを告げ。
ノノルは一言『山が無くなっている』とそうこぼした。
その話で一応の了解をし、やはりそうであったかと覚悟を決めていたギルバルトだったが、そのギルバルトをして言葉を失わしめる光景がそこには広がっていた。
古竜の戦闘跡…
「すさまじいな…これが竜の戦った後か…」
ギルバートはしばしの絶句の後、あきれたようにこぼした。
ギルバートは北の町スミシア在住の冒険者で、この山の方で活動することはあまりない。
それなりに距離があるし、実入りのよい獲物もない。
駆けだしの実力が欲しい冒険者が切裂角兎を狩りに荒野に出るくらいだろう。
だから地竜シムーンという存在を知識としては『触れないほうがいい存在』として知ってはいたが、スヴェンの町の人のようにあがめ奉ったりはしていない。
それがギルバルトをはじめとしてスミシアの人達の常識だ。
その常識が崩れるような衝撃だった。
『山が無くなっちゃってる』
誰ががぽつりと言った。
彼等は図らずもノノルと同じ言葉をこぼしたのだ。
大げさな表現だがそういう言い回しがピッタリくる惨状だった。
残った平地もずたずたに引き裂かれている。まるで巨大な剣で突きまくられたような有様だ。
竜というのは強大な生き物。
例え幼竜であろうともまとものやり合って勝てる物ではない。
成竜であれば軍隊が総出で当たるような物。まして古竜であれば…
鋼の牙のメンバーは始めてドラゴンと言う存在が都市を消し飛ばすにたる化け物だと見せつけられることになった。
「少年がシムーンを怒らせるなと言っていたが…無理もない…これを見てドラゴンに喧嘩を売れるやつは頭がいかれている…」
ギルバルトはマリオンの言葉を思い出した。
どれほど優れた冒険者でも半径数百mを一度になぎ払われては手も足も出ないだろう。
この破壊力が相手ではそもそも戦闘にすらならないのではないか? それが実感として分かる光景だった。
「隊長…」
「何かあったか?」
「はい、所々に何か燃え尽きた後のようなものが…ただそれがなんなのか…」
「だろうな…」
ギルバルト直ちに周辺の調査を部下に命じた。
目標が死んでいたとしてもできればその証拠は欲しい。
だが見つかったのはそんな程度のものだけだ。
「ここでシムーンが暴れたことは間違いない…だが相手が何なのか判断が付かないと…どうしようもねえなこりゃ」
口ではそう言いながら、だがギルバルトは標的の亜竜が死んだことを疑ってはいなかった。
「今回のクエストは標的不在で失敗だな…とんだ無駄足になっちまった」
そう結論づけるギルバルトにクレメルは食い下がった。
「そんな隊長…まだわかんねえですよ。きっとどこかに…」
「いや、クレメル。あきらめろ、ここに来るまでそれなりに日数がかかっている、その間に亜竜の出現の前兆として聞いた雷鳴のような音を一度も聞かなかった。
警戒していた間も、その後もな、何か魔物がいるような気配は何処にもなかったからな…ここまで何もないならやはりすでにやられたと考えるべきだろう…」
「そんな…」
「それに…」
とギルバルトは続ける。
軍隊と言うほど大規模な物ではないが、二〇人規模の部隊だ。
ただ運営するだけでかなりのコストがかかる。
撤収するのならできるだけ早くしなくてはならない。
一日延びればそれだけ赤字がかさむのだ。
クレメルはがっくりと膝をついた。
そして『オレの…オレの全身鎧が…』とうわごとのように繰り返して涙をこぼした。
これには見ていたものがほぼ全員ギョッとして引いた。
クレメルがギルバルトの『装備の更新』という言葉だけで今回の報酬である魔鋼全身鎧が自分のものになると思い込んでいたことがこのとき明らかになったのだ。
普通五〇〇万リヨンもする鎧をただの一団員に与えるなどという発想を誰がするだろうか?
まともな神経をした人間なら夢にも思わないことだ。
だがそういうわけの分からん思考回路を持った人間というのも割と居たりするから世の中恐ろしい。
しかもそういう人間は得てして『自分だけは絶対まとも』と信じて疑わない。
困った存在なのである。
◆・◆・◆
「やめときゃ良かった。とか思ってます?」
トビアスの言葉をギルバルトは肯定した。
「まあ、今更だがな…」
つまり思っていると言うことだ。
戦えば仕留められる。そういう自信はあったが、まさか戦うことすらできないとは…それは完全に想定外だった。
「だがまあ、最悪ではないさ…戦闘がなかったがおかげで怪我人も出なかったしな…少年と出会ったおかげで日数的なロスも最小で済んだ。
ギルドからの調査依頼も合わせてだから、多少は入るし、平原崩壊の情報を持ち帰れば功績値は付くだろう…」
赤字ではあるがダメージは最小で済んだ。
彼等が失った物は往復の日数とその間の食料だけだ。
「御の字と考えよう」
「そうですな」
「隊長、斥候が戻りました」
そんなときにギルバルトは部下から声をかけられた。
「何かあったか?」
何処で活動するにせよ、斥候というのは必要な存在だ。
索敵範囲を広く持つことは狩りを成功させるためにも、被害を無くすためにも不可欠だ。
その斥候が戻ってくると言うことは何かを見つけたと言うこと。そして戻ってくるのだから緊急ではないということだ。
「はい、前方に先日の少年のものと思しき獣車を確認しました」
「ああ、相手は石獣だからな…確かに追いついても不思議はないか」
聞けば自分達が進んでいく街道の上にいるらしい。
「どうします?」
「どうもせんよ、普通に追い抜いて終わりだろ? まあ、被害が最小で済んだからオレから一言礼を言っておこう」
ギルバルトはそう言うとドリーに鞭を入れパーティーの先頭に走りでた。
◆・◆・◆
「おーい、少年! またあったなー」
パーティーに先行してかけてきたドリーがマリオンの前に来て、そう声をかけてきた。
それをイストは奥の折りたたみの椅子に腰掛けて眺めていた。
「こんにちは、ギルバルトさん」
その冒険者のかける声にマリオンは平然と応じた。
知り合いに声をかけられて応じる。
いかにもそんな雰囲気だったが、イストはマリオンがそんな気分でいる訳ではないことを看破していた。
(少年はこいつ等を警戒しているようだな…)
思い起こしてみればお茶の仕度を始めてすぐにマリオンが元来た道を一度だけ振り返るような仕草をした。
少し前のことだ。
(あの頃からすでに気がついていたのか?)
イストは自己紹介を受けたときのみんなの様子を思い出して見る。
古い友人であり、息子のようにも思っていたトゥドラが目をかけている少年。
なかなかに爽やかで、良い印象だったが取り立てて優れているようには見えなかった。
ただ人は良さそうで、いかにもトゥドラの気に入りそうな若者だ。
彼はお茶の仕度を始めると自分とユーリアという少女を街道側に、さらに石獣とドリーをさりげなく街道脇で休ませ、その奥にイストを始めティファリーゼという少女、アルビスという子供を配置した。
つまり自分が中心になって盾となりその奥に仲間を配置する形だ。
つまりマリオンはまだこの集団が視界に入らないうちに警戒態勢を敷いていたと言うことになる。
(これは見た目通りの少年ではないかもしれんな…)
そう思い、次いでイストはマリオンと話をするリーターらしき男を観察する。
(まあ、普通の冒険者かね…実力はありそうだ…だが特に険があるようにも凶があるようにも見えんが…)
マリオンがギルバルトと呼ぶその男は普通の冒険者、普通の戦士に見える。
まあ人間関係というものはわからないもの。
警戒し合う二人のウチどちらかに必ず問題があると決まったものでもない。
過去にすれ違いがあったり、たんに性格が合わなかったりするということも考えられる。
ギルバルトはマリオンに礼の言葉を言い。マリオンもそれを普通に受けている。
そしてギルバルトがひとまずの話を終えて乗っているドリーの騎首を返したときにそれは起こった。
通り過ぎていくパーティーの中の小男というような印象の周りよりもみすぼらしい格好をした男が、ギルバルトが背を向けた瞬間にマリオンにむけて腰の険を抜きはなった。
「ぬおっ」
剣の軌道はマリオンをかすめるような軌道だった。だが腕が悪いのだろう、完全に剣を制御し切れていない。
いや、し切れていたとしても、単なる威嚇のようなものだとしてもこれは許されない暴挙だ。
イストは立てかけた剣に手をかけて立ち上がった。
「よけろ!」といいながら。
だがその瞬間には事態は収束していた。
振り抜かれた剣はマリオンの下からの掌底を受けて大きく跳ね上げられた。
マリオンがツイッと少しだけ後退し、明らかに警戒していた反応で軽く剣の腹を打ちあげたようにみえた。
ただこういった攻撃は剣の軌道を変えるには有効だが、弾くとなるとそれなりの威力が要求される。
イストの目にはその打撃はとても軽いのに見えた。
なのに…
「うわぁぁぁぁっ」
大きく剣が弾き飛ばされ、よほどしっかり握っていたのか剣を持っていた小男もつり上げられるようにして大きくバランスを崩し、ドリーの上から落下した。
ドリーの鞍は馬とたいして変わらない高さにある。
乗馬中の死亡事故などというものがあることでも分かる様にこれはとても危険なことだ。
小男は肩から地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
倒れたときにブギとか言っていたから死んではいないだろう。
周囲が一瞬で騒然として、そこからギルバルトのパーテイーの行動は二通りに別れた。
イストの声に反応して振り返ったギルバルトや、最後尾にいた地位の高そうな冒険者は当然小男の暴挙を見ていた。
「クレメル」という叱責の声が漏れる。
だがか割を食ったのはクレメルのすぐ前を歩いていた二人の冒険者だった。
彼等はクレメルが先に手を出したところまでは見ていなかった。
当然仲間がいきなり攻撃を受けたように見えたのだ。
「貴様! 何をするか」
冒険者が怒鳴るが、これはマリオンの方にこそふさわしい台詞だろう。
魔鋼の剣を抜き放ち斬りかかる冒険者。だがさすがに今回は十分なタイムラグがある。
その剣は割り込んできたユーリアの盾にくいこみ、その直後ユーリアの持っていたメイスの一撃を受けて砕け散った。
『なんと…魔鋼の剣が砕ける!』
イストは勢い込んで立ち上がったがすでに観客である。
剣を打ち砕かれた男はそのままドリーから転げ落ち、自分の右手首を左手で押さえのたうち回ることになった。
さらにもう一人剣を抜こうとした男が居たがこちらはギルバルトに殴り飛ばされて鞍からずり落ちた。
そこからはてんやわんやだった。
先行していたメンバーは状況が全く見えていないし、後にいたメンバーは気を失ったクレメルに容赦なく蹴りをくれているものもいる。
副官のトビアスがクレメルを縛り上げ。
リーダーのギルバルトがマリオンやユーリアに頭を下げる。
その騒動を見ていたイストはぽつりとつぶやいた。
「出番がなかったわい…」
●○●○● ●○●○● ●○●○●
おまけ・設定資料『依頼』
冒険者ギルトのクエストにはいろいろなものがあります。
『魔物の討伐』商人や調査隊の『護衛』『荷物の配達』『何らかの調査』等々、平たく言ってしまえば何でも屋ですね。
依頼は過去にギルドがため込んだデータを勘案し難易度が設定されることになっています。『難易度一級』のきわめて困難なものから『難易度一〇級』の初心者でもできる簡単な物、までいろいろです。
難易度一級
難易度二級
難易度三級――Bクラス以上の冒険者。
難易度四級
難易度五級――Cクラス以上の冒険者。
難易度六級
難易度七級――Dクラス以上の冒険者。
難易度八級
難易度九級――Eクラス以上の冒険者。
難易度一〇級―Fクラス以上の冒険者。
という感じです。あくまでも目安であって絶対ではありません。
ただ前述の通り実力のな冒険者に依頼をしたい人間もいないのでだいたいこの表の通りで推移しているようです。
46話をお届けします。
ご意見、ご感想などありましたら是非お寄せ下さい。お待ちしています。
次回更新は二週間後の8月2日になるかと思います。
間が開いてしまいますがご容赦下さい。
それでは今日もお越し下さいました皆様に心からの感謝を。
トヨムでした。
 




