第43話 レベルアップ
第43話 レベルアップ
そんな創作的な1日のあとマリオン達は破壊された(した?)草原を後にした。
ドリーも元来た場所を振り返りながらも付いてきている。
なかなかに情の深い動物である。
マリオンとしても何か思わない訳ではないのだが、やはりできることもない…命を落としたものに対しては安らかなれと祈ることしかできない。
留まってはいられないのだ。
そこから先の旅はより快適なものに変わった。
なんと言っても木々の間に隠れるようにして休む必要が無くなった。休息中広い場所に出ないというのはこれでなかなかストレスだったようだ。
ルート上にあるキャンプ地を利用しながら旅を進める。
と言ってもせいぜいが近くに水場があったり、少し広場があったりという程度で、あの草原のような場所は一つもなかった。
してみればやはり重要拠点が潰れたと考えるべきだろう。
「まあ、元々通る人が少ないというのが救いだよね…」
そうでなかったら大迷惑である。
ただこれでこの山脈越えのルートの難易度が上昇したことは間違いない。
旅の間、ユーリアは毎日大地の結晶を削って指輪を加工していた。
一週間が過ぎるころには一応指輪として使用できる状態にまで持って来てしまった。
「すごい…半年はかかると覚悟していたのに…」
現在のところ味も素っ気もない平リングで、これから装飾を入れるのはユーリアの腕とセンスの見せ所なのだが、『地精結晶装甲』の基点としてはすでに使用に問題がない。
この指輪が使えるようになると彼女はすぐに指輪を付け替え、装甲を展開し直した。
そして披露。
是非見て欲しいという感情を彼女にして抑えられなかったのだ。
黒っぽくさらさらした光沢のある装甲と、白獣の革で作った貫頭鎧衣は見事なコントラストだった。
鬼の革をベースに作ったブラジャー型の胸鎧も黒が基調なので良く合っている。
そして装甲の構造がより繊細に、より有機的に変わっていた。
「これは大地の結晶が陸妖精族の魔力とすごく相性が良いから…すごく動きやすい…」
強固な装甲であるという性質と、自分の体の延長であるという性質がより強くでると言うことだろう。
「うんうん…かっこいいね…」
マリオンはそんなことを言いながら頷いたりする。
そんなときに…
「それからここも変えたんですよー」
と言ってティファリーゼが彼女の貫頭鎧衣の前をめくった。思いっきり、丸出しである。
「!」
ユーリアは大慌てて裾を押さえるが…マリオンは見た。
ユーリアの下着――じゃなくてパンツも変わっていた。
「これってイロンの木っていう木から作るんですって」
ユーリアが恥ずかしそうに身もだえして逃げようとするのをかまわずにティファリーゼは話を続ける。
無理に逃げると剥かれてしまうのでユーリアも思うように逃げられないらしい。
恐ろしい子である。
そのティファリーゼか指したのはゴムのように伸び縮みする部分のことだ。
イロンの木というのは皮が伸縮する性質のある木で、この革をほぐした繊維にこの木の樹液を混ぜて固め、溶液で溶かすときわめて伸縮性の高い繊維の塊が残る。
これを布状にしたのが伸縮するパンツの秘密だった。
これにチヂミのように織られた布を組み合わせて作ったのがユーリアのパンツなのだが、これが越中褌のような構造に改造されていた。
「陸妖精族の人のパンツって(ゴム部分があるために)脱いだり着たりが簡単なんですけど結局私たちと同じ欠点があるんですよね」
ティファリーゼはじたばた逃げようとするユーリアに下半身にからみついて解説を始める。
元々裁縫スキルが高かった娘なので、そして最近はいろいろ作るようになったのでユーリアが装甲を見せたかったように自分で改良したパンツを見せびらかしたかったのだ。
元々のパンツと手持ちの布をつかって上手に数枚の褌型パンツを造りあげていた。
この世界の下着というのはスカートをはくのならズロースのようなゆったりしたものを使うのが普通だ。
腰と膝の上辺りをリボンのような紐で縛って使うもので。股間に大きなスリットが入っていて、はいたままでも用が足せる。
スカートがロングでおとなしめであれば腰巻きという選択肢もある。
足を出すなら革や丈夫な布を使った紐パンが普通だ。これには当然防具としての役割もある。
単に下半身が見えなければいいというのではなくある程度、大事なところを守れるようにと言うことだ。
冒険者なども服の下に使う人がいる。
人間ならこれでいいのだが、獣人の場合この紐パンは使えない。
使えないことはないが使いづらい。
シッポをよけようとするとものすごいローライズになってしまうし、シッポを通す穴を開けると今度は服を着たまま下着が脱げなくなってしまう。
一回下半身を丸出しにしないと用が足せないのだ。
その意味で越中褌型の下着は画期的な発明だとティファリーゼは思っている。
当て布の部分だけをずらすことができるからだ。
陸妖精族も装甲を展開してしまうとパンツの一部が装甲に取り込まれ、脱ぐことができなくなってしまう。
その意味でもやはり褌型は良いらしい。
デザインがこっているのは二人の努力のたまものだった。
「下着じゃなくてパンツ込みの防具ですからね…やはり見た目も大事です.それに」
「もういやー!」
さすがにティファリーゼが見せて解説しようとしたためにユーリアは逃げてしまったが、おそらく中側にも無駄に高度な技術が使われていたりするのだろう。
そういうところティファリーゼも凝り性なのだ。
しかもティファリーゼの裁縫スキルは高く、伸縮性のある布――この場合は不織布でいいのだろうか?――とフルオーダーメイドの立体裁断でお尻のラインがとてもかっこよかった。
「目の保養だったな…」
とても良い日だった。
◆・◆・◆
「あれ~誰かくるな…」
それを最初に見つけたのはマリオンだった。
進行方向に生命体の反応が見えたのでサーチを使うと、それは二〇人ほどの多分冒険者のパーティーだ。
皆それぞれが武装していて、武装の種類もよさげである。
見た感じメンバーは男が中心で、三〇代から四〇代と言うところだろう。全員がドリーに跨がっていて、中には若いのも何人か混じっている。
こんな山奥を歩くには軽装で、ドリーに登山リック程度の荷物をくくりつけただけで、かなりのスピードでとことこやってくる。
(何日も山の中に居るには荷物が少ないよねえ…)
そう思ったマリオンはもう一度今度ははっきりとしたイメージを持ってサーチをかけた。
(やっぱりいた…クラインだ…)
パーティー全体で二匹。クラインの反応がある。
個々の荷物をドリーにくくりつけ、大きな荷物はクラインに入れているのだろう。
「たくさん来ますね…なんか殺気だってるみたい…」
となりにいたティファリーゼが話しかけてくる。
「そうだな…チョットぴりぴりしてるか…何かを警戒しているみたいだけど…」
マリオンは首をひねった。このシムーンのテリトリーで…ろくに魔物もいない場所で何をそんなに警戒しているのか?
と言うことだ。
「まあ聞いてみればいいさ」
マリオンはそうつぶやいて少し道幅に余裕があるところで獣車を脇に寄せた。
そして相手が近づいてくるのを待つ。
パーティーのほうも前から来る獣車に気がついて隊列を一列縦隊に直してマリオンの脇を走り抜ける。
その光景をみてマリオンはなかなか大したものだと感心した。
かなり訓練された人達だろう。
「少年、済まないが少し話良いか?」
「ええ、かまいませんよ」
四〇絡みの男が話しかけてきた。
なかなか貫禄のある身なりの良い戦士だった。ひょっとするとこのパーティーのリーダーかもしれない。
「失礼する。私は『鋼の牙』のリーダーでギルバルトというものだ…少年は向こう側から来たのか?」
「そうです」
男の質問にマリオンが答える。
「だったら途中で何か気がつかなかったか? 例えば魔物とか…」
マリオンは彼が言っているのはおそらく『リンドブルム』のことだろうと当たりをつけた。
「ひょっとしてリンド…じゃなくで空飛ぶ亜竜のことですか?」
知らん顔してやり過ごそうかと思わなくもなかったが、いくつかの事情を考慮して話をすることにした。
「少年、やはり何か見たのか? いや、その通り、俺たちはその亜竜の討伐のために来たんだ」
「ああ、それは無駄足でした。もしあなたたちが探しているのが僕の見た魔物ならそれはもう死にましたよ」
ギルバルトは一瞬驚いたような顔をした。
そして少しまってくれと言うと行き過ぎたメンバーの内何人かを呼び戻した。
(おそらくこの人達が主要メンバー?)
他のメンバーも一旦停止して待っている。見た目に魔術師あり、神法官あり、重戦士あり、剣士ありといろいろな戦闘職の組み合わせだ。
二〇人もいると本当に軍隊である。
マリオンが彼等のことをすごいと思ったらのは、まず魔物の特徴のすりあわせから入ったことだ。
ワニのような頭、獅子の体、とがった尾。
それらの特徴をあわせてマリオンが話している魔物が間違いなく自分達の探している魔物だと確認をする。
話し合いはその上で始まった。
「まあ、だからといって、話すこともあまりないです…その魔物ならこの山脈の主、地竜シムーンにやられて死にました。
というかブレスで燃え尽きました。
ぼって」
実にわかりやすい説明だとマリオンは自分をほめてやりたかった。他に話すことはない。
だが…
「嘘だ…嘘をつくな!」
離れて聞いていたメンバーの一人が声を上げた。三〇くらいだろうか、ちょっと背が低く無精ひげのおっさんという感じの男だ。
「いや、嘘だって言われてもねえ…」
「どういうつもりだ! 報酬を横取りする気だろ」
さすがに訳の分からない言いがかりはムッとくる。
報酬と言われても何のことだか分からないから完全な言いがかりだ。
マリオンはその男を観察し『かなり低級のバカ』と認識した。
「やめんかクレメル」
「しかし隊長…」
「俺は行ったよな…今度やったらクビを切ると…」
(斬首という意味ではなくて解雇の意味だよな…)
何を『やったら』なのか分からないがちょっと冷や汗の流れるマリオンだった。
ギルバルトの話は続く。
「そもそも向こう側から来たやつが報酬の話など知っている訳はあるまい…嘘をつく理由もない…そうはおもわんか…」
まあ当然のことだ。
クレメルといわれた男は口の中でゴニョゴニョと何か言いつのりたいことがあるようだったが、それ以上は口を挟んでこなかった。
マリオンはその間に少し離れたところで見ていたティファリーゼ達に合図を出して箱獣車の中に引っ込むように指示する。
「済まないな少年…この仕事の報酬であの男の武器防具を新調する予定になっていてな…あいつは結構この仕事にかけているだ」
マリオンのしかめ面を見てそのまま流すのは無理だと考えたのだろうギルバルトは簡単に事情を説明した。
(つまりリンドブルムの討伐依頼がすでに出ていて、その討伐は実入りのいい仕事で、あの男がその恩恵に浴するはずだった…リンドブルムが死んでいるとそれが出来ないからとち狂ったと…本当にバカだな…)
結構容赦がない。
「だが私も信じられないのは同じ思いなのだ…何の証拠もなしで標的が死んだなどと言われてもな…」
「まあ、そうでしょうね…僕も気持ちは分かります。ですが僕がそれを証明しないと行けない義理はないのでは?」
「うっ」
マリオンはつい内心の不機嫌さが表に出てしまった。
まだまだ若いと言うことだ。
そしてギルバルトは言葉に詰まった。
言っていることはマリオンの方が正しい。それにマリオンが不機嫌になった原因も分かる。
ギルバルトが顎をしゃくるとパーティーの仲間はクレメルをマリオンから見えないところに引きずっていく。
また何か言おうとしていたのだ。
「一応、親切心からお話はしましたが、後どうするかはあなたたちが決めることですよ…納得がいかないなら納得がいくまで山を調べるといいでしょう…
ただシムーンを起こらせるのはやめて下さいね…みんなが迷惑しますから…」
ギルバルトは苦笑して頭をかいた。
「済まなかったな少年…確かに情報は情報…それをどう生かすかは俺たちの問題だ…謝罪する」
「…いえ」
マリオンは素直に謝罪を受けた。
さすがにあのクレメルという男は不愉快に感じたが、この目の前のギルバルトはそれなりに好感がもてる。
油断はできない感じだが…
「それで少年、これは聞き込みなんだが…他に何か知っていることはないか?」
ギルバルトはそう言って一〇〇〇リヨン硬貨を握らせてくる。
この金額だと『食事代』プラス『お詫び』程度の感覚だろう。
マリオンとしてはお金が欲しい訳ではないのだが、ここは黙って受け取り、そしてその代わりというふうを装って、もう一つの話すべきことを話す。
「そうですね…ここから七日ほど進むと大きな高原があるの知ってますか?」
ギルバルトは頷いた。
「シムーンとその魔物が戦ったのがそこなんですけど…
戦闘の余波で高原は潰れてしまいました…もうわずかな平地が残るのみです。あれを見れば多少は納得いくかも…」
「何だと! あの平原が無くなったのか…あれはここを越える者にとっては重要なキャンプ地なんだぞ…」
「うん、困ったもんですよねー」
マリオンはすっとぼけた。
少なくともあの草原が吹っ飛んだ攻撃は半分はマリオンのモノだ。
だが原因の多くは、あそこで戦いを仕掛けてきたシムーンだということも確信している。
だからすっとぼけていいのである。
腕を組んでうんうんと頷くその姿は少し芝居がかったいたがギルバルトにはそれどころではなかった。
「おい、斥候を出せ、ローグとノノルだ、全速で確認にいけ」
隊長の鋭い声に撃たれて男が二人ドリーでかけだした。
石獣ならば一週間、マリオンは早かったから普通は一〇日かかる道もドリーで駆ければ二日で着く。
二足歩行逆関節のドリーはとにかく悪路に強いのだ。
「済まなかった少年、こちらから呼び止めておいていやな思いをさせた」
「いえいえ、たいしたことじゃありませんよ…」
礼儀正しく頭を下げるギルバルトにマリオンも少し大人げなかったと反省した。
二人が全速で駆けて、ギルバルトたちは巡航速度で進むらしい。
つまり今までのような周囲を徹底的に警戒する様な進み方ではないのだ。
それはとりもなおさずギルバルトがリンドブルムが墜ちたことを確信していると言うことだ。
「旦那様?」
「僕が戦ったなんて言ったって誰も信じやしないさ…頭のおかしい人だと思われるだけさ…実際リンドブルムを殺したのはシムーンだし…あの平原はシムーンのブレスで壊れたんだ」
ふんすと息を吐きながらマリオンは力説する。
ティファリーゼ達も苦笑するしかない。
「僕達は漁夫の利をえた幸運な冒険者だよ」
離れていく冒険者達を見送利ながらマリオンがそう宣言する。
嘘はついていない嘘は…
「分かった」
ユーリアはクスリと笑って同意した。
いつもの手口ではあるがこれが一番穏当だ。
Eクラスの冒険者が強い魔物を倒しましたなどと言っても誰もまともに相手にはしてくれないのだ。
◆・◆・◆
それからさらに一週間が過ぎるころにはマリオン達も麓にたどり着くことができた。
入り口から出口まで実に三週間(この世界にそういう単位はないのだが)二一日間の旅路だった。
シムーンの縄張りはどうやら向こう側を主にしているらしく、山も麓に近づくと次第に魔物が出てくるようになった。
だがここは迷宮でも魔境でもないエリアだ。出てくる魔物はやはりたかがしれている。
「今度は切裂角兎の群れだね」
魔物を最初に見つけるのは探知範囲の広いマリオンであることがほとんどだ。
今見つけたのは切裂角兎の群だった。
ドーラの町で良く狩りの対象にした噛裂兎によく似ているが、一回りから二回り程小さく、家族単位なのか数匹で群を作る習性がある。
自分の縄張りを持っていて、縄張りに入ってきた獲物を集団で襲う一般の人にとってはやはり危険な魔物だ。
「ティファリーゼは中に隠れてな…」
「はい」
ティファリーゼとアルビスが箱獣車に入って内側からしっかりとドアを閉める。
ドスンという音がして振り向くとドリーも飛び上がって箱獣車の上に乗っかっている。なかなか頭が良い。
石獣はこの相手なら心配はない。
さすがにサイズが違いすぎて攻撃対象にはならないのだ。
こいつ等のが襲うのは大きくて人間サイズまでだとユーリアが教えてくれた。
人間の脚にかみついて倒れたところをクビを狙って攻めてくる。
マリオンは魔銃を抜き、素早く照準を合わせて引き金を引いた。
バシューーンッ、パシューンと空気が震えるような音がして走ったのは透明の力戦。
陽炎のような透き通った揺らめきだった。
夜であれば光として見えたかもしれないが昼間では陽炎のような大気の揺らぎとしてしか見えない。
マリオンが銃に使用する魔力をブレスから属性魔力に切り換えた結果だった。
そう、マリオンの魔銃も、あの後大きく改良されていた。
まず使用魔力が根源魔力から空間属性魔力に変わっている。
この方がエネルギー効率が良いのだ。
思い起こせば何とか飛び道具を作れないかというところから始まった武器だった。
当時唯一の遠距離攻撃手段であるブレスの効果的な使用というコンセプトと融合し何とか実現し、改良を経て実用レベルになった。
魔銃はそうやって生まれたのだ。
あの当時は空間属性魔力を撃ち出すという発想は存在していなかった。
だがエネルギー粒子を加速して撃ち出せば粒子ビームだ。
そんなことは分かっていたはずなのに、最初に定めた方向性が思い込みに変わり、今までずっと、銃に使うのは根源魔力と頭から決めてかかっていた。
シムーンとの戦いでその呪縛が解かれた結果だった。
根源魔力というのはより『純粋な霊子』に近い『力』で存在レベルが高いエネルギーと言っていい。
高密度で純粋なエネルギーだ。
属性魔力はこれを変換して作られるのだが、高位から下位にエネルギーをシフトさせる際にエネルギー量が増えることになる。
ものの例えだが一粒一ミリ四方だったエネルギーの粒子が一〇ミリ四方のエネルギー粒子に変わると考えればいい。
エネルギー量は実に一〇〇〇倍だ。
同じだけのエネルギー砲を撃つのに必要な魔力量が一〇〇〇分の一になるということでもある。
暴論ではあるが『例え』としてはそんなものだろう。
圧縮するエネルギー量を増やせば攻撃の威力ははね上がる。当然だ。
しかも戦闘継続能力も飛躍的に上がる。
圧縮量を一〇倍にしても今まで消費していた量より消費魔力は格段に少なくなるし、体の中心から導かなくてはならない『根源魔力』とは違い、『属性魔力』なら事象源理の鎧を通していくらでも供給ができる。
一発撃ってもシリンダーが一回転する間に次のエネルギーの圧縮が終わるのだ。
ほぼ無限に連射できるビームガンだ。
それに加えて射程も飛躍的に伸びる。
根源魔力と言うものは世界の根幹に近いエネルギーで世界そのものとの親和性が高いらしく、素早く解けて世界に帰ってしまう。つまり減衰が早いのだ。
それに比べて属性魔力は安定性が高く。同じ状態でも長くここに留まる。つまり有効射程が伸びることになる。
ただ実際使うことができるマリオンだからこそ分かることだが、欠点もある。
根源魔力というのはほとんどの属性魔力に対して優位性を持っている。
先ほどの比率で言うなら、例えば根源魔力の銃撃を属性魔力で相殺しようとすれば一〇〇〇倍の出力が必要になると言うことだ。
根源魔力は大概の防御に対して優性なのだ。
ドラゴンのブレスが最強の名をほしいままにするのはそういう理屈でもある。
両者を比較し普段使いをするなら属性魔力の方が効率的。
マリオンはそう結論した。
撃ち出される空間属性魔力のビーム。
それは一直線に進む高密度の重力乱流とそれが生み出す衝撃波だ。
切裂角兎はそれに打ち抜かれと倒れていく。
ある程度殺やられたら危険を察知して逃げるのが普通の動物なら、そんなことを全く気にしないのが魔物だろう。
切裂角兎との距離が近づいてくると今度はユーリアが大剣を振りかざして駆けだした。
『はあぁぁぁぁっ』とかいってる。
「またか…」
「またですね…」
「って、ティファリーゼ、なぜここに?」
「いえ、隠れるまでもなさそうなので…アルはあそこで見てます」
ティファリーゼの指さす方を見ると獣車の窓の透明板に張り付いたアルビスが見えた。
顔を変なふうにゆがめて喜んでいる。
子供って本当にしょうもない遊びをする。
まあそれを見て『ぎゃーかわいい』とか悲鳴を上げいるマリオンはもっとしょうもないかもしれない。
ユーリアと切裂角兎の戦闘は結構良い勝負になってしまう。
鋭くとがったナイフのような角も、カミソリのような牙も、ユーリアの新しい結晶装甲には歯が立たない。
ユーリアの細い足首に噛みついた切裂角兎はかえって牙が欠けているぐらいだ。
「すごく丈夫ですね…いいなあ…」
「さすが大地の結晶の鎧と言うことか…」
ユーリアの指輪はすでに完成していた。
本来なら一年はかかる作業を魔法で再現した工業機械による加工はこんなに短期間で完成させてしまったのだ。
その装飾も少なくともマリオンの目から見れば『見事』とうなるほど精緻で美しいものだった。
これはユーリアのセンスと技術だ。
現在展開しているのはその指輪を触媒とした結晶装甲だ。
魔力で作った結晶装甲というのは、ユーリアが体を包むように広げた防御力場に、指輪を模倣させて疑似的に実体化させた鎧で、本物の大地の結晶の性能をほぼ引き継ぐために、以前の魔鋼の鎧よりはずっと性能が良い。
ある程度使用者の意志の強さに引きずられるという欠点はあるが、もとが大地の結晶であればかなり高度な鎧となる。
ユーリアは切裂角兎の攻撃をものともせずの大剣を振り回している…
本来ならば、圧倒的と表現したいところなのだが、これがほとんど当たらない。
だから結果として良い勝負になってしまうのだ。
ただ魔法の方は確実に成長しているといえる。
ユーリアの魔法の威力は以前に比べてかなり上がっていた。
ここ最近の修行の成果だ。
ユーリア達、陸妖精族にとって魔法というのは練習して上達するもので、工夫して性能を上げるものではなかった。
だからマリオンの有り様ははっきり言って衝撃だったのだ。
ユーリアは、マリオンから聞いた『何とか飛び道具が欲しくて魔銃を開発した』という話には、ほとほと感心させられた。
マリオンが教えてくれた『工作魔法』はマリオンの『創作魔法』だというのにも驚いた。
魔法にはもっともっと可能性があるんだ…
ユーリアはそれに気がついた。
それは青天の霹靂だった。
そしてシムーンが見せた土属性を基調とした魔法の数々。
それはユーリア達の使う土属性魔法の理想型でもあった。
シムーンの魔法はユーリアにとっても優れた見本となったのだ。
今ユーリアの周囲には何本ものとがった石槍が浮かび、それは今までとはひと味違う硬度を持ち、一段上のスピードで飛んだ。
『強くなりたい』
今ユーリアを突き動かしているのはその思いだ。
口数が少ないだけで、すこしと暗めに見えるがユーリアは本質的に前向きな性格なのだ。
シムーンと対峙した時の無力感は、『シムーンのような化け物に会って生き延びたんだからもう怖いものなどない』というポジティブな思考に変わり、克己心となって彼女を動かしている。
『強くなりたい』
その思いでユーリアは剣を振るうのだ。
◆・◆・◆
「はっきり言ってだめ…ユーリアは大剣にむいてない…というか剣自体にむいてない、はっきり言って才能がない」
ガーン…と衝撃を受けてユーリアは青ざめた。
マリオンも達人などと言えるような物ではないが、一応の基礎は教わっている。
それに加えて事象を観測する能力は極めて高い。
そのマリオンが見た結果、まずユーリアは致命的に刃すじを通すと言うことができていない。
剣の進行方向に対して剣の軸線がぴったり重ならずに少しずれてしまうのだ。
何度か注意したがなおる徴候がない。
刃すじが通らないというやつで、この状態だと剣もただのに金属の棒だ。
威力も落ちるし剣も痛む。
さらに大きな剣の重さに負けてしまっている。
「え? でもちゃんと持っていますけど…」
ティファリーゼが不思議そうに首をかしげた。
ユーリアがつかっているのは柄まで入れると全長が一五〇を超える大剣だ。しかも幅広で肉厚。重さは六キロを超える。これを振り回せる時点で彼女の膂力は確かにすごい。
だが高速で剣を振ればそこに慣性が働く、この運動エネルギーは莫大なものになる。
ユーリアは女の子で体重も軽いため、発生する慣性や反動を吸収できるだけの質量を持っていない。
だから剣をブオンブオンと扇風機みたいに振り舞わすことになる。
どんな強力な攻撃も当たらなければ意味がないのだ。
「だからユーリアの武器はメイスやハンマーが良いと思う。リーチが短くなると、魔物との距離が近づくけど、そこは盾を持つことでカバーしたい。
聞けば土属性の魔法には武器防具の強度を上げるものもあると言うし…ユーリアの戦い方ならかえって良いと思うよ」
マリオンが提案したのはスターメイスと呼ばれるものだ。丸い球体のハンマーヘッドから四方八方に尖った棘の生えたあれである。
マリオンは力場を使って地面の砂を集め、形作りその立体模型を見せてあげる。
「これはなかなか凶悪そうですね…」
「いいかも…」
凶悪な形にティファリーゼはおっかなびっくりだがユーリアは気に入ったらしい。
これなら刃すじも関係ない。とにかく当たればいいのだ。
「よしじゃあこれでいいのなら取りあえず作ってみようか…」
「ここで? でも材料は? 町に行けば魔鋼とか手に入るけど…」
そのユーリアの言葉にマリオンはにっこり笑った。
「大地の結晶があるじゃん、あれでハンマーヘッドを作ればいいよ」
ユーリアの体がびくんとはねた。
「でででででででででも、あれはものすごい貴重品…」
面白いことになってしまった。
「まあいいよ…比重も大きいし五キロくらいのハンマーヘッドを作るくらいはできるさ…後はグリップも一緒にとろうか…」
そう言いながらマリオンは目の前に浮かんだ立体模型を調整していく。
デザインを決めるためだ。
「まって…柄は別に木でとったほうがいい…大地の結晶は丈夫でしかも自己修復機能がある。だから多少の傷は問題にならない、だけど絶対に折れないわけじゃない…さすがに折れたらなおらない…普通の木材を使えば折れそうになったら取り替えてしまえばいいから…それにこの辺りの木はナナカマドと言って、とても丈夫で目が詰まっていてそういうのにむいている」
「なるほど…そういう考え方もありか…それにしてもナナカマド…まあいいや…じゃあ柄は木材にしてヘッドとグリップを大地の結晶で作るか…」
「グリップ?」
ユーリアは当然グリップも一緒に木材でと思っていた。
だがマリオンはグリップのところに護拳を付けようと考えていた。接近戦なら護拳で相手を殴れるように。
何度かのデザインの調整の結果、柄を雄ネジ、ヘッドとグリップを雌ネジにすればしっかり固定できるだろうと言うことになった。
その上必要なときは交換もしやすい。
しかもヘッドとグリップはどういう理屈なのか多少欠けても元に戻るのだそうだ。
これなら長さの調節も含めて長く使えるだろう。
その晩からマリオンとユーリアは協力してスターメイスの制作を始めた。
(なんかこういうの作るのって…面白いな…)
銃の改良と言い、戦い方と言い、一つ前進したように感じるマリオンだった。
お越し下さいました皆様に感謝を。
感想などございましたら是非お寄せ下さい。お待ちしています。
次回更新は7月5日日曜日を目指しております。
是非またお越し下さい。
トヨムでした。




