第42話 工作魔法
第42話 工作魔法
「すごいなこりゃ…」
夕べのユーリア同様、マリオンも草原の惨状を見てため息をついた。
土砂の縁に添って進んでいくと『くえっ』と声を上げてドリーが走り寄ってくる。
「そうか…お前ずっとここにいたのか…」
マリオンは視線を山側に向けると、そこは崩れた土砂に埋まり、そのどこかにリンドブルムにやられたドリーの相方が埋まっているのだ。
残ったドリーは相方を偲んでずっとここにいたようだった…
「済まんな…そこまで気が回らなかった」
ドリーはそのままマリオンにすり寄ってくる。
動物だって仲間の死を悲しむのだなあ…と少し胸が熱くなる。
『魔力探査』
マリオンがコマンドを入れると魔力が放出され全天球状に広がる。
そしてその範囲内にあるものが次々に脳裏をよぎる。だが…
「だめだ…見つからない…」
せめて場所だけでも分かれば…と思った。
さらにはもとの泉の位置を特定できれば…そう考えての探査だったがやはり見つけることはできなかった。
サーチによって放出される魔力波は空間属性魔力に加えて根源魔力も混じっている。
性質の違う二つの力の波、透過性を持つ二つの波の、反射ではなく触れる物を知覚するという形でマリオンは外界を知覚する。
外部を立体的に観測するその感覚も、生き物の体内や魔力に干渉する物質の中には届きにくい。そして地中深くにも…
崩れた土砂の中からドリーの遺体を見つけ出すことはできなかった。
「まあそれでも気は心だ…」
マリオンは桶を出し水を注ぎ、その脇に飼い葉と飼料を出して手をあわせた。
こういうことが意味があるのか分からないが少なくとも救われたような気にはなる。
その場に腰を下ろしたドリーを残してマリオンはまた歩き出す。
今度は土砂の上だ。
「うあっとと」
ずりっと滑ったのですぐに魔力をつかって姿勢制御を掛ける。
この状態なら危険な土砂の上も普通に歩ける。
マリオンはそのまま進んで土砂の中程まで進むとそこで一つの丸太のようなモノを拾った。
見た感じ腐った丸太というか、長いこと地面に埋まっていた木というかそんな見かけなのだが、マリオンのサーチに激しく反応した。
サーチで帰ってきた感触がとでも重たくて硬い感触だったのだ。
物理的にではなく魔力的に。
「なんだべ、これ」
表面を叩いてみるとポロぼろと落ちる。だがその奥から出てきたのは黒っぽい光沢のある石のような芯だった。
ふとさは三〇㎝くらい長さが六〇㎝弱と言うところか…
「よく分からんけど…多分高級素材だ…」
しかもこれからはシムーンの気配がする。
長らく彼が所有していたような…そんな気配が染みついているのだ。
「土砂に埋まってないところを見ると…あの後シムーンが運んで来たかな…」
そんなことあるんだろうかと思うが…考えるとありそうな気がしてくる。
お詫びとか、ご褒美とか、選別とか、そういうものかもしれない。
マリオンの頭の中でシムーンがにやりと笑ったような気がした。
もちろんマリオンのイメージなのだがなんかありそうだ。
「でもまあ泥だらけだから一回、洗おうか…お次は…」
マリオンはその丸太を引きずりながらもう一つ、サーチに引っかかったもののある場所に。それはどうやら土に埋まっているようで…
「たいして深くないな…」
マリオンは地中に見えるそれに手を伸ばす…様な感じで魔力を伸ばす。そしてしっかりと捕まえたところで魔力を実体のあるロープのような感じで引っ張った。
ずぼっと音を立ててそれが姿を現した。
「魔力の結晶か?」
魔石とは違うものだった。
魔力知覚に帰ってくる情報はあれよりもずっと細密で力強い。存在が強固なのだ。
色は明るい茶色でほんのりと光っている。暖かい感じのするモノで、形は完全な球形、大きさは一〇cm強。
「これは…あれだな…見たことある…長柄剣を作ったときにできた、魔力の固まりと同じものだ…」
あの時も魔力を何時間もかけてぶち込んでひたすら圧縮し続けたのだ。これはそれと同じもののように見えた。
だが属性が違う…あれはうっすら金色の透き通った結晶だったがこれは暖かみのある土色だ。
「なるほど…これってシムーンの魔法が僕の重力場で圧縮されたモノか…」
おそらく間違いないだろうと思われた。
シムーンの最後の灼熱徹甲ブレスを超重力場が押し固めたモノだ。爆散したものの他に芯の部分で固まったものがあったのだ。
「まあ、魔力の塊なら使い道はあるだろ」
マリオンはその二つを持ってキャンプの方に引き返していった。
◆・◆・◆
「おはよう、ユーリアさん」
「おっはよー」
ティファリーゼとアルビスに声を掛けられてユーリアはびくんと跳ね上がった。
「どうしたんですか? 変なかっこうして?」
ユーリアは獣車の陰から周りをうかがうようにこそこそと歩き回っていた。
「どうもしないよ…マリオンさんを気にしてなんかないよ」
「? なんで旦那様を気にしているんですか?」
相変わらず良い味出してるユーリアだ。
「気にしてなんかないよ…いろいろ変なところを見られたとか…気にしてないから…」
かなりてんぱっているらしい。
それを聞いてティファリーゼはなるほどと納得した。
昨日のあれやこれやは確かに人にお見せしたくないモノだろう…ユーリアも年頃の娘。男性の前でお漏らしなど恥ずかしくなって当然。ティファリーゼはそう考えて納得した。
実のところユーリアの醜態はそれどころの話ではなかったのだが、ティファリーゼは寝ていて知らないからいいのである。
ユーリアがここで言葉に詰まってしまったのは彼女にとって幸運だった。
もししゃべれていたらもっとたくさんの墓穴を掘ったに違いないから。
(だめよ…だめだめ…しっかりしなくちゃ…これじゃ自分のドジを宣伝しているようなモノだわ…)
(そうよ…自然に振る舞うの…あ…あれは事故だわ…くらかったし…見えていなかったかも…)
(ああっ、だめ、むり…たき火にお尻を向けてたし…マリオンさんかたまってた…完全見られた…もうお嫁に行けない…)
(そうだ…だったらマリオンさんにもらってもらえば…ってだめよ…それじゃハーレム加入じゃない…陸妖精族の掟に反するわ…)
口べたな彼女もこころの中ではちゃんといろいろ考えている。
ちなみに陸妖精族の掟などと言う物はない。
「ユーリアさん?」
「うっ、ううん何でもない…マリオンさんは?」
「旦那様でしたら草原の方にいってます。すっかり元気な様子で良かったです」
ティファリーゼにとってはマリオンの回復は嬉しいことであり、それ以外はどうでもいいのだった。マリオンの回復力が異常だとしてもティファリーゼには関係ないのだ。
ユーリアは思う。
(このままま…顔を合わせないようになんて…無理よね…)
と……
まあ無理なのである。
「やっ、やあユーリアおはよう」
「おはようござ」
ゴンという音がユーリアの声を遮った。
腰をかがめたまま頭をスイングさせて振り返るのはとても危険です。
どうもこの娘は頭に血が上るといろいろなことを置き去りにするらしい…
ドジっ子モード搭載型であった。
◆・◆・◆
「旦那様、今日はどうします…出発しますか?」
今日の予定を聞いてくるティファリーゼにマリオンは首を横に振った。
「今日はもう休み…動くのやだ…風呂入ってうまいも食ってのんびりする」
その言い方が面白かったのかティファリーゼがクスリと笑う。
だがユーリアはそうも行かなかった。
「大丈夫? 他の魔物とか?」
これだけ大騒ぎがあったのだ。何かよってきてもおかしくないと思ったのだ。
だがマリオンの答えは否定だった。
「心配ないよ…シムーンを畏れてこの辺りの魔物も動物もあらかたいなくなっちまってる…何かがでてくるというのはないと思うな…移動する方が帰って出くわしやすいかも…」
これは本当のことだ。
先ほどのサーチで周辺の状況はだいたい把握できたが、周囲の動物があらかた逃げてしまっていた。
今現在ここは動物空白地帯である。
ただ恐れられたのはシムーンではなく戦闘その物で、原因の半分が自分にあることにはマリオン気付いていない。
「だからのんびりしよう」
「はい」
ティファリーゼが元気に肯定する。彼女も確かに疲れのせいか、だるさを感じていたのだ。
マリオンは拾ってきた丸太を地面に放って腰を下ろす。
「…えっ?」
まだ納得できていなかったユーリアだったが、投げ出された丸太を見て目を見張った。
震えるように丸太ににじり寄り、矯めつ眇めつし、そして…
「う…嘘…アダマンタイト…」
マリオンはいくら何でも大げさ過ぎじゃあるまいか…とは思った。
だが、自分が無知なのは承知しているのでひょっとしてものすごいものかもしれない。そう思って『それ何なのか知ってるの?』と言うに止めた。
ユーリアの驚愕は続いていた。喋りながら手がフルフル震えている。
「こ…これは大地の結晶と言って…この…この世で最も優れたモノの一つ…」
「それはチョットすごいな…」
いくら何でも『もっとも優れた物』は大げさ過ぎじゃあ…
「冗談ではなく…」
マリオンのちょっとあきれたような声に思わず声を荒げたユーリア。
マリオンはすぐに『分かっている』と降参した。
マリオンやティファリーゼにはそれがどれほどのモノなのか分からなかったが、ユーリアがここまで狼狽するのだ。それは大したものに違いない。
「『大地の結晶』は大昔の始まりのころの木が大地に埋もれ、長い長い時間大地の魔力にさらされてできる木で出来た石。
太陽王金には負けるけど真銀よりは遙かに強靱で、大地の力の結晶でもあり、自己修復機能も持っている…
陸妖精族にとっては太陽王金より価値がある…かも…
…すごく相性が良い…
…魔法も使いやすい…」
口べたなユーリアがここまで語るのだからやはり大したもののようだ。しかも以前聞いた太陽王金よりも好ましいという。
「なるほど…これは多分シムーンがくれたモノだ…あの後届けてくれたみたいだな…」
この説明はユーリアもティファリーゼも仰天した。互いに顔を見合わせる。
アルビスは分かってないからよじよじとマリオンによじ登っている。可愛い。
「そうだ、もし良かったら少し上げようか? 触媒に使うんなら指輪を作れるくらいあればいいんだろ…」
ひょーっ
とユーリアが息を飲んだ…口が三角形で面白い顔になっている。
そしてそのままぺたりと座り込んでしまった。
腰が抜けるほど驚いたらしい。
「あのあの…それ…それ…」
ユーリアは『それじゃ町に着いたら分けてください』と、そう言いたかった。
普段のユーリアなら遠慮するところかもしれない。だがこの大地の結晶は陸妖精族であるユーリアのとって遠慮するには魅力的すぎた。
本当に目がくらむほど貴重なのだ
そしてなぜ町についてからかというと、これはきわめて強靱な物質だったからだ。
一部を切り落とすにしても簡単にはいかないはずだった。
せめて真銀で作られた工具を魔法で補強して何とか…欲を言えは太陽王金で作られた工具が欲しいところだ。
ユーリアにしてみれば町に着いて工房に持ち込んで数日はかかる作業…そう思ったのだ。
だがマリオンはそんなことは当然知らない。
早速切ろうとしている。
「ありゃだめだ…切れないや…」
マリオンがやろうとしたのは白獣の皮を切ったときにやった方法だ。魔力を浸透させ、力場に変換することで断層を造り切断しようとしたのだ。だがこの大地の結晶ではうまくいかなかった。
「それはものすごく固いから…」
無駄ですよとユーリアは言おうとしたのだ。
なのにその間にマリオンはゲートから長柄剣を取り出して結晶の切断にかかる。
「端っこの突き出た部分、五㎝くらいを切り取れば指輪には十分だよね?」
ユーリアから見てその始めてみる剣は変わった剣をしていた。
まず柄が長い。その先に鍔と刀身が付いているが長柄の武器にありがちな、小さい刀身ではなく普通の剣と同じくらいの長さがある。
幅が広くわずかに後に反る曲刀で、前側の刃が波のようにうねっていて、後側には刃がない。
そして切っ先は鋭い刃ではあるものの平らに丸まっていて、尖ってはいない。
先のとがった諸刃の直刀が主流のこの世界では珍しい形だ。
マリオンはその剣の刃の根元を『大地の結晶』に当てるとスッと後に引いた。
「えっと…」
ユーリアが言いよどんでいる内に作業は進む。
のこぎりの様に引かれた長柄剣は、切れるはずのない『大地の結晶』に、波刃の振幅にあわせるようについっ、ついっと潜り込みストンと端を切り落としてしまった…
『っ!!!』
ユーリアの驚愕は最高潮だった。
ミスリルの剣を軽々と弾くはずの大地の結晶が…太陽王金ですら簡単には切れない大地の結晶が、まさか木の枝のように切れてしまうなんて…
ユーリアは落ちたかけらに走り寄り、ひろい上げしげしげと眺め回す。
「間違いない…ほんもの…」
に見える。
「これなら…」
それでも――ユーリアにとっては――現実離れした光景に納得しきれず、ものは試しと指にはめた魔鋼の指輪でこすってみる。
だが結晶には傷も付かず、指輪の方が負けてしまった。
「…熱…でそう…」
ユーリアはそう言うとバタリと倒れてまた気を失ってしまった。
「どーっ!」
マリオンの悲鳴が響き渡った。
◆・◆・◆
ユーリアとの魔法使いに関する会話はマリオンに取って一つの転機であった。
『魔法が使える人間が異常でないのなら…僕も無理に魔法を隠す必要はないよね…』
という感じで吹っ切れたのだ。
ただ魔法使いの希少性というものが半端無いことも分かったので人前で見せびらかすことはしない。
それは今までと変わらない。
だが今のように気心の知れた人間しかいない状況や、人のこない荒野や魔境なら無理して魔法を隠す必要もない。
妥当な結論だろう。
そうして一番最初にやったのが『お風呂沸かし』というのはじつにマリオンらしいことではあるまいか。
大きなたらいに水を張り、フーと息を吐くようにブレスをかける。
ブレスが使いづらいのはやはり口から吐くというイメージと結びついてしまうからだ。
どうしても一緒に息を吐いてしまうし、息継ぎの時にはブレスが途切れるようなイメージを持ってしまう。
理屈としては『魔法なんだから問題ない』と分かっていてもイメージに引きずられる部分がある。
人間の身としては高出力のブレスを『吐く』というのはイメージしづらいのだ。
だから伸ばした手の先に術式を展開し『砲台』のようなイメージを作ったのだが、弱くていいのなら、息を吐くような感じでいいのならその限りではない。
吐き出された魔力粒子は水の内部に浸透し、そこでエネルギーに変わる。この場合は熱エネルギーだ。
根源魔力というのは魔力の上位存在であるらしくエネルギー純度が随分と高い。
つまりエネルギーに変換すると『火の属性魔力』よりもずっと効率的に対象を加熱できるのだ。
ほとんど瞬間湯沸かし器である。
「よっしゃー!」
こういうことですごく喜べるマリオンのことが結構スキです。
アルビスを裸に剥いて風呂に連れ込み、ワシャワシャ洗う。石鹸などはないが十分にすっきりする。
昨日のあの騒ぎだ、みんな結構ほこりまみれである。
ゆっくりとつかった後、水を足して沸かし直してティファリーゼを入れる。
ティファリーゼは相変わらずマリオンよりも先にはいることはしないし、入浴中のマリオンの世話はしても、自分がされるのはだめという徹底してマリオンの従僕であるという姿勢を崩さない。
ただ恥じらいという物はないらしく、マリオンがそばで見ていても堂々とすっぽんぽんでお湯を使う。
ティファリーゼはマリオンの女になりたがっているがこういうあけすけな態度が二人の関係からエロ成分を取り除き、ほほえましい空気を作ってることにティファリーゼは気付いていない。
本人はいつでもウエルカムなつもりであるのに不憫なことである。
マリオンがもとから全く気にしていないからなおさらだ。
そしてマリオンはさらに料理にも魔法を使う。
特にうどんなどを作るときはこの力強い力場は大活躍である。
小麦粉がこねられ、押しつぶされるように伸ばされ、件の切断方法で一気にうどんに変身する。
しかも手でやっている訳ではないので手が汚れることも気にしなくていいし、衛生面も問題ない。
もし餅米があったらすっごくいいお餅がつけそうな気がする――とはマリオンの言である。
ちなみに昼にはふたたび起きて来たユーリアは何かから逃げるように脇目もふらずにうどんを食べていた。
現実逃避だね。
◆・◆・◆
「ユーリアさん、何してるんですか?」
食後、アルビスを遊ばせていたマリオンはティファリーゼの言葉で視線を上げた。
「いただいた大地の結晶の加工…すこしでも進めておこうと思う…これは多分年単位で時間がかかるから…」
「そんなにですか?」
「今は工具もないし…本格始動は町に着いてから…」
マリオンが意識を集中するとユーリアは結晶鎧の指先をとがった形に成形し、その先端に魔力を集めてお祭りの『絵抜き』のように少しずつ少しずつ大地の結晶を削っていく姿が確認できた。
(あれでは本当に大変だな…年単位で時間がかかるのも無理はないな…ここにはグラインダーもルーターもないから………ん?
魔法でできないか?)
ちょっとした思いつきだった。
マリオンは魔法を使って剣を磨いたこともある。
なんかできそうな気がした。
マリオンは足下から石を一個拾い上げ。そして小さな魔力の球を作りそれを回転させる。
シャーと回転する魔力の球を石に近付けるとチュイィィィィという音とともに石がどんどん削れていく。
魔力を微細な粒子と考えればこういうこともありだろう。
細かい力場の流れが物質を削っているのだ。
(なるほど…こういう理屈か…)
シムーンとの戦い以降、マリオンは感覚も鋭敏になっている。周囲をより細密に観測できるのだ。
実際に石を削ってみてその現象も細かく理解できた。
(魔力が力場を発生させる粒子なら、これは素粒子サイズの砂のようなものと考えることができる訳だ…)
それが高速で動いている。大概のものは削れるやすりと言えるだろう。
このやり方ならきっと作業効率は向上する。
ただそれだけで彫金ができるかというと話は別だ。
ルーターがあれば誰でも上手に彫刻ができると言うのであれば苦労はしない。
あれにはやはりセンスと訓練が必要だ。
だが元々できる人間に優れた道具を与えると考えれば…
「ユーリアこういうのやってみないか?」
マリオンは早速ユーリアに声を掛けた。
◆・◆・◆
「すごい…こんなに簡単に…」
ユーリアは自分の指先で確実に削れている大地の結晶をみて感嘆の声を上げた。
「よしよしうまくいったね…それじゃ次の段階に行こうか…ん? 移行か?」
ここまでくるのにはちょっと紆余曲折があった。
最初ルーターを見せてこういうのやってみな? とやらせて見たが全くうまくいかなかった。
『なーぜーだー』
と頭を抱えたマリオンだったが、地道に観察するとなんとなく原因らしいものが分かってくる。
「そうか…ユーリア達は魔力を一つの流れてしてとらえていて、その前の粒子の集まりという認識がないんだ…」
「粒子って何ですか?」
「うーん…魔力っていうのは………そうだ…魔力を半分に分けて、それを半分に分けてってしていくとものすごく細かい粒になるだろ? その状態でもまりょくはちゃんの機能するんだよ…その集まりが大きな魔力と考えるんだ…けど…」
「………無理…」
ユーリアはしばらく難しい顔で自分の手のひらを見つめていたがやがて顔をあげて悲しそうに首を振った。
「ですよねー」
魔力というのは水に似ている。
所有者の意思のままに自由に動く水だ。
だが水というのは水分子、『H2O』の集合体である。
彼女たちには『物質が分子の集まりである』という常識が存在しないのだ。
これと同じ理由で『魔力は魔力粒子の集まりで、粒子一つでもちゃんと魔力として力場を展開できるんだよ』
といわれたところで、なんのこっちゃになってしまうのだ。
マリオンがそういうことを理解できるのもそれが『常識』の世界で育った所為だ。
「そうだ! これなら行けるかも…ユーリア、今のは忘れていい、魔力を小さな球の状態にすることはできるだろ?」
「できる」
「それを高速で回転させることは?」
「ええっ…とできる」
ユーリアは実際やってみて、できることを確認した。
「ならその球の中にこの粉になった大地の結晶を取り込むんだ…それでそれをこっちの塊に押し付けてご覧」
「わかった…」
ユーリアは今回も半信半疑だったが言われた通りに実行する。
魔力で球を作ること。
それを回転させること。
その中に粉を入れること。
どれもユーリアに理解できることだから実行することも可能だった。そしてそれは劇的だった。
ダイヤモンドの研磨にはダイヤモンドを使う、地球でやっているそれと理屈は同じだ。
「すごい!」
シャーーーーッと音を立てて大地の結晶の表面が確実に削れていく、最初はゆっくりと…これは粉状の結晶が少ないからだ。だが削れ始めれば早い。
新たに粉になった結晶を取り込み魔力のルーターはその性能を上げていく。
素材が大地の結晶だと言うのも良かった。これは土属性の魔力と相性が良く、陸妖精族にとっては最も相性の良い物質だ。
しかも分子の一つ一つが魔力によって強化されている。
削られる側よりも削る側の方が硬いやすりなのだ。
「じゃ次は…」
そう言ってマリオンが次に教えたのはこのやり方のバリエーション、『グラインダー』だ
魔力球の大きさを大きくして固定し、これに結晶を押し付けて削る方法。
ある程度結晶粉末が増えたからできる方法だった。
やすりとの接触面積が広がる分、研磨速度は格段に上がる。
そしてもう一つ『ドリル』
魔力の形を紡錘型にして回転させ、とがった部分をまっすぐに推し進めるやり方。
三角錐のドリルではなく、歯医者のドリルに近い…できれば考えたくない。
チュイィィィィィィンという音とともに削れていく結晶体。ついでに自分の正気値まで削れていくような気がする。
ほんといやだよね、あの音。
「すごい………こんなに早く削れる…」
これは魔法によって大概の作業ができてしまうからこそ生まれなかったものだろう。
必要は発明の母。必要がなければ生まれない。
魔法がこういったものの加工にも有用であったがために、純粋な工作機械というのは生まれなかったのだ。
「そうだ」
ユーリアはそれらをいったん脇に置き、少し大きめの石を拾って削り始めた。
何をしているのかと見ていると石は半分に切断され、内側をみるみる削られ、蓋付きの器になってしまった。
それを綺麗にふいた後、ユーリアはその上で作業を再開する。
削った粉が器に落ちてたまっていく。
つまり結晶粉末を入れておく器と言うことだ。
ユーリアは練習をかねてこの後も何度か器を作り直す。
数日後にはしっかりとした蓋付きの宝石箱のような見事な石の器が完成した。
そしてその中にしまわれた大地の結晶の粉末は彼女の宝物になる。
ユーリアはやはり本質的に『職人』なのだった。
●○●○● ●○●○● ●○●○●
おまけ・設定資料『世界の金属』
この世界にも普通の金属はあります。
アルミニューム(ボーキサイト)も存在しますしチタンもあります。もちろん普通の鉄も。
ただ元素レベルで魔力粒子と結合し、同じ金属でありながら本来の物と性質を異にする物質も確認されています。
それの有名所が魔鋼であり真銀であり、太陽王金です。
これらがどうやって取れるのかまだ分かりませんが、有用な金属であることは確かです。
それと同じように魔力が浸透して変質した物質もあります。
今回出て来た大地の結晶がそうですね。
アダマンタイトは『征服されざる物』という意味で本当はダイヤモンドの古い呼び方なんですが、この世界では違うようです。
2015/06/21日投稿
42話をお届けします。
ご意見、ご感想ございましたらお気軽にお寄せください。
お待ちしています。
次回更新は6月28日(日曜日)を目標にしています。
それでは来て下った皆様に感謝を。
トヨムでした。




