第41話 ドラゴンスレイヤー
第41話 竜を下せし者
それを『マリオンの力がシムーンのそれを凌駕した』と言うには無理があり過ぎる状況だった。
シムーンは全く本気ではなかったし、ブレスの出力も本来の物よりずいぶん控えめであったから…
だがそれでもこれはマリオンの底力ではたしかにあったし、マリオンのブレスがシムーンのブレスを突き破りシムーンを直撃したのも事実だった。
太いエネルギーの奔流となったシムーンのブレスはさながら大口径のビーム砲のようで、そのただ中にマリオンの撃ち出した針のように研ぎ澄まされたブレスが突き刺さる。
その瞬間接点が爆散した。
シムーンのブレスがマリオンのブレスにはじき返されるように四方に拡散する。
そしてそのままマリオンのブレスはシムーンのそれを押し切って、ついには突き抜けシムーンに届いたのだ。
シムーンは顔を伏せるようにそらし、斜に構えることでマリオンのブレスを事象源理の鎧ではじく。
ブレスは確かに事象源理の鎧を削り取ったが突破することはできなかった。
シムーンはこの攻撃を受けて雄叫びを上げる。
その場にあるすべてを圧倒するような雄叫びだったがマリオンにはそれはとても楽しそうに聞こえた。
『見事!』
マリオンの意識に称賛の思念がと届く。
身体能力、魔力、それらすべてにおいてシムーンより劣るマリオンだが、ひとつだけ勝っている物があるとしたらそれは科学知識。
これだけはシムーンを上回っている。
マリオンはこの時自分の使うブレスの構造を理解できた。
(属性魔力じゃなくてその前の根源魔力…それを加速して射出して、そのすべてをエネルギーに変換する投射型のまほう…)
極めて純粋なエネルギー砲、それがこのブレスというモノの正体だ。
できるだけ収束し、できるだけ加速してやればそれだけ威力が上がる。
そして空間構造に干渉するマリオンにとって収束も加速も得意技だ。
そしてこれが魔法なら何も口の前に術式を展開する必要はないのだ。
巨体を持つ竜なら体内の魔力炉から直通で口の前にエネルギーを凝縮し打ち出すやり方は非常に効率がいい。
そう言う呼気の使い方もできるように生まれついている。
だが人間型のマリオンにはそのやり方はあまり効率がいいとはいいがたい。
マリオンは指を伸ばし手を伸ばし、シムーンを指し示し、その向こうに魔力術式力場を展開した。
術式が顔の前に来るのは変わらない、これは術式力場が大きく展開し、マリオンの前に広がるような形になるからだ。
力場の真後ろに自分が来る方が制御も魔力の供給もしやすい。
しかも腕の長さ分、立体的な構造が組める。強いていえばドラゴンの長い首を力場で再現したようなものだろうか…
もちろん自然に指し示すことのできる範囲なら方向も変えられる。
キュイィィィィンと音を立ててエネルギーが収束し、ドウッと撃ち出される。
マリオンの組んだ力場に導かれて加速し、収束し、撃ち出される。
「食らえー!」
前面に構えた大型の砲台を使うような感覚だった。
人間のマリオンが使うのならこれが正解だろう。
シムーンはまた頭を下げ事象源理の鎧を強化してその攻撃を受けた。
マリオンのブレスビームは数秒間継続し、シムーンを押し込む。
だがそこまでだった。
ビームは事象源理の鎧に弾かれ拡散し、散ってしまった。
もしもっと魔力に余裕があったなら一太刀浴びせるくらいのことはできたかもしれない。
『よくぞ致した』
だがシムーンから帰ってきたのは実に楽しそうな思念だった。
「あーっ、やっぱこいつ遊んでる!」
マリオンはつい脱力しそうになる。
『なら、これはどうだ』
荘厳な思念がひびく。
もういい加減にしてほしいというのが正直なところだ。
シムーンは一度大きく跳び退り、体勢を立て直した後で再び魔力術式力場を展開する。
今度は顔の少しした、胸のあたりに魔力が集中する。
ブレスよりもずっと大きい魔力術式力場体が展開し、『土属性』の魔力が集まり、ドンドン凝縮して行く。
今度は属性魔力だ。
マリオンも負けじと同じ構造の術式を展開する。
なぜ同じかというとそれがシムーンの思惑だと理解できたからだ。
同じことを自分にやらせることがシムーンの目的で、その範囲においてシムーンは自分が対応できる程度の攻撃をしてきている。
マリオンはそう考えていた。
ならば別な方法でこれを乗り切ってもこの戦闘は終わらないのではないか?
それに感情の問題もある。
(ここまで来たら意地でも逃げてやんない…絶対に逃げない)
マリオンの方も何か変なスイッチが入ってしまっていた。
それにもう逃げても意味がない。
さっきのブレスで魔力の備蓄をほとんど食いつぶしてしまった。アレは本当に乾坤一擲の攻撃だったのだ。
できる攻撃はせいぜい後一度。
マリオンは両手をつきだし、その手のひらで囲んだ空間に魔力を集める。
肝心なのはシムーン攻撃を理解することであって、まねすることではない。
人間には人間に適した戦闘スタイルというモノがある。
シムーンの魔力塊が銀色に輝きだす。
そして魔力の集中に合わせて徐々に灼熱していく。
マリオンの魔力はわずか数ミリの小さな塊になる。その魔力魁は周囲の光を捻じ曲げ、飲み込み、直径一〇Cmほどの影のような球体を形成する。
シムーンの胸の前の球体は数メートほどの大きさに成長し、あまりの熱量に白く白く輝いている。
マリオンの手の中で魔力魁はさらに大きさをまし、芥子粒のような漆黒の核と濃い影の外郭を持った球に成長した。
そして対決の時。
シムーンの雄たけびと共に魔力球が打ち出された。
ゴパッ!
白く輝く球体はまるで水しぶきのように飛び散り、一つひとつが紡錘形の針のようになって一気に噴出した。
長さ数十センチの鋭く尖った針。
数万本、いや、下手をすると数十万本にも及ぶ何千度にも加熱された。しかも超音速で飛来する鋼鉄の雨。
こんなものを受けて無事にすむ者があるとはとても思えない。
マリオンは両手で魔力球を押し出すように腕を伸ばし、『いけー!』と声をあげた。
マリオンの手から離れた魔力は決して早いものではなかった。
だが手を離れると同時に一〇メートル近い影の外郭を展開しその範囲内に入るものすべてを飲み込み、捻じ曲げ、その中心の核に落し込んで押しつぶすものだった。
マリオンの超重力の球は正面から襲いくる灼熱の針を、その効果範囲、シュバルツシルト半径の中に入り込むすべてを飲み込みながら突き進む。
そして、その進路上にあるすべてを飲み込み、ついに灼熱の雨を突き抜けた。
そして爆発。
『魔法』の効果が尽き、重力場が無くなれば圧縮されたものは通常の物理法則の中に放り出される。
この超重力場は疑似的なもので本来自分自身をブラックホールとして維持できるほどの質量は持ち合わせていないのだ。
飲み込まれた大気やエネルギーを放出しながら大爆発を起こす。
「きゃーっ」
「あう」
みんなの悲鳴が…
(まずい…)
マリオンは後ろにいたティファリーゼ達に覆いかぶさった。
何とか衝撃を和らげる防御力場を展開して…
(もう、魔力が残ってない…)
そして衝撃が…衝撃が…衝撃が…?
思ったよりもずっと小さいものだった。一瞬強風が叩き付けられたくらいの感覚だった。
意識がもうろうとして、身体の芯が氷のように冷たくて、起きていられない、
完全な魔力切れだ。
そのマリオンの意識にまたシムーンの思念が響く。
『よくぞ致した。よくぞ示した。楽しかったぞ…精進しろよ』
地竜シムーンはすぐ側に立っていた。マリオン達を爆風から庇うようにたっていた。
そして踵を返して走り去る。
高らかに思念を上げながら…
その思念は間違いなく笑い声だった。
迷惑な話である。
(し…仕方ないからあいつのことはこれから師匠と呼んでやってもいい…)
それだけを思考してマリオンの意識は闇に沈んでいった。
◆・◆・◆
「ううっ…ひどい…」
ユーリアは戦闘の後を見てため息をついた。
なかなかひどいありさまだったのだ。
先ず泉のあった崖側はマリオンとシムーンのブレスの衝突で崩れ、草原を半分ほど埋めてしまくっている。
かなり高い崖だったが見る影もない。これぞ環境破壊である。
そこに持ってきて反対の谷はシムーンの魔法で大きく崩れている。
石槍投射の魔法でずたずたに引き裂かれて崩落していまっていた。
つまり階段状だったのものが斜面に近くなってしまったのだ。
おまけに残った土地もシムーンの最後のブレス。灼熱徹甲ブレスでまるで耕されたようなありさまだ。
ユーリアはこの世に地形が変わるほどの戦いがあろうとは夢にも思わなかった。
いや、もちろん過去の伝承の中にはある。
ここは何と何が戦った出来た氷原である…とか、
ここは何と何が闘って出来た砂漠である…とか、そういう伝承はいくつか知っている。
ここもそんな風に語られるようになるのかもしれない。
そう思うとため息が出た。
ここはすでにキャンプ地として機能を失っているだろう。
獣車が通れる程度の平地は残っているが泉はつぶれ、広々とした草地もない。
旅人がここにきても水の補給できないし家畜を休ませることもできはしない。
そんな感じだ。
「こ…これは人に言えない…」
まあその方が無難である…だいいちこの原因は一方的に攻撃をしてきたシムーンにあるのであって自分たちには何の責任もない…と思う。
ユーリアの頭にチラリとマリオンの姿がよぎる。
どくんと心臓が跳ねた。身体の深いところが熱くなるような気がしたが、努めて意識をそらす。
そうしないとちょっとまずいのが分かっていた。
あの後…
マリオンが倒れた後はちょっと大騒ぎだった。
◆・◆・◆
倒れて意識を失ったマリオンは氷のように冷たくて、その腕に触れたティファリーゼがまずパニックを起こした。
しっかりした娘さんだと思っていたが、そういう所もあるというのは微笑ましい。
だがユーリアもマリオンのことを心配していた。もちろん仲間としてと言う感情もあるが、今のマリオンの状態が魔力切れだと分かっていたからだ。
必要以上に魔力を使いすぎて倒れる。
これは魔力の元になる『根源力』が、その人の持つ様々な『力』、生きていくための『力』であることを考えれば危険なことだと理解できるだろう。
そして極度の魔力の枯渇が命に係わることも。
「魔力回復薬はある?」
魔力回復薬は文字通り魔力を回復する飲み薬だ。この状態なら最適の薬だといえる。
だがティファリーゼは首を横に振った。
魔力を回復する必要性というモノを今まで全く感じていなかったマリオンは、魔力の回復をないがしろにする傾向があった。
最初に買った薬の中にはあったのがこれはもう期限切れ、地球の薬のように消費期限が切れたと言うだけではなく、溶け込んだ魔力の揮発によってその効力を失っている。
そしてもう一つこういう時に使える体力を回復する『滋養薬』は先日ユーリアにすべて使ってしまった。
ユーリアは天を仰いだ。
「ならあとは休ませるだけしかない…少しでもゆっくり休めるように獣車の中に運ぼう…」
テッタが連れてこられてマリオンがその背中に乗せられる。
そして獣車まで運んで寝かせた。
この時活躍したのはユーリアだった。陸妖精族は力の強い種族だ。
獣人であるティファリーゼも力は強いのだがいかんせん体格差というモノがある。それでも二人がかりなら大した苦も無く作業はできた。
この時にユーリアは変なことに気が付いた。
マリオンの躰が温かみを取り戻しているのだ。
ひょっとしたらそれほど危機的な状況ではなかったのかもしれない…そうも考えられる。
呼吸も安定しているし、それらは安心材料だった。
ここまで来るとティファリーゼも落ち着きを取り戻した。
「このままじゃアルが可哀そうだし、ご飯にしましょう…すぐに温めなおします」
食事が後回しになっていたことを思い出したティファリーゼはすぐに食事を整えた。
人間ちゃんと食事をとることは基本だ。お腹が膨れれば落ち着きも出る。
その結果ティファリーゼもアルビスも落ち着きすぎて眠ってしまうことになるのだがこれは仕方のないことだ。
よほど疲れていたのだろう。マリオンの横に潜りこんでそのまま深い眠りに落ちていく。
こうなるとどうしてもユーリアは起きている必要がある。
さすがにこの大騒ぎの後で見張りもないに眠る気にはなれなかった。
それに…
(うううっ…なんであんな…)
あんなというのは戦闘中にさらしてしまったあれやこれやの醜態のことだった。
一人になって落ち着くと、もう身も世もないほどに恥ずかしい。
じたばたじたばたとのたうち回ってしまう。
少しの間、のたうち回った後でユーリアは身支度を始めた。
さすがにお漏らししてしまったパンツは洗わなくてはならないことを思いだしのだ。
貫頭衣もせっかくの超高級品。綺麗に汚れを落とす。
ユーリアは周囲を見回し手早くその作業を進めた。
ユーリアのパンツは一枚でズボンと下着を合わせたような機能を持ったもので、つまり脱ぐとスースーする状態になってしまう。
貫頭衣の手入れとなればその間、ブラジャーと結晶鎧で体を覆っただけの、女の子として大事な部分が丸出しの状態で作業を住めることになる。
この格好は――すでに『も』かも知れないが――人にお見せできものではない。
見られたら恥の上塗りである。
(もしこんなところを見られたら…)
急いでぱたぱた動くのでフルフルとかえってえっちいことになっているのだが、隠れながら作業するのと一気にやって終わらせるのと、この場合どちらが恥じらいに叶っているだろうか?
もちろん恥じらいの対象はマリオンだ。
ティファリーゼは、まあ女同士ということで気にしないであろう。
アルビスはまだ子供だ。
見られてまずいのはマリオンだけである。
そこまで考えてユーリアは自分の体の芯がキュンとうずいたのを感じた。
もちろんユーリアも十七歳の健康な女の子、こういう感覚が何なのか分からないほど初心ではない…
「私…発情してる…の?」
表現は直裁であったが、つまりそういうことだと分かってしまった。
ただマリオンに恋をしているというのとは違う。
好きだから性欲を感じるのではなく、まず性欲が先に立っている。
命の危機に際して、あの激して戦闘を目の当たりにして生存本能がユーリアに何とかしろと命じているのだ。
「だめだめ」
ユーリアは自分の頬をパッチンと叩いて気分を変えて草原の方へ歩き出した。
身持ちの硬い陸妖精族としてはセックスがしたいから男性を求めるなど許されることではない…とユーリアは思っている。
しかもユーリアは自分がマリオンに魅力を感じているのを認識していた。つまりハードルは低めなのだ。
「しゃきっとする」
そして草原で見たのがあの光景だった。
◆・◆・◆
マリオンが起きだしたのはユーリアが草原に出かけて行った頃だった。
「腹減った…」
眠っているティファリーゼ達を起こさないように獣車の外に出て、残っていたスープとパンをかじる。
ちゃんと一人分残されているのがありがたい。
そんな色々端折った食事をとりながら自分の手を見つめる。
「事象源理の鎧か…」
シムーンとの戦いで発現した魔法の鎧を意識してみる。
サッ。
という感触で体の表面に魔力が走り、隅々までそれが意識される。
自分の内と外にある魔力の流れが本来あるべき姿に整えられ、安定駆動していることが分かる。
「魔力炉があって…」
マリオンは自分のへその下あたりに手のひらを当てる。丹田と呼ばれるあたりだ。
霊子というのは世界を循環する大きな力だ。
今も周囲に満ちていて呼吸するかのようにマリオンの体に取り込まれ、魔力炉で練り上げられ、力として全身を巡り、外に放出されて、ほどけて霊子に戻って世界に溶けていく。
体内を循環する魔力は上質で、すがすがしい。
そして事象源理の鎧。
魔力の流れる回路で作られた力場の鎧。
いくつもの術式をくみ上げて作った全身鎧。
それはすでに力場としての機能する魔法その物であり、同時にその魔法を支える術式、いや、魔法を構築するサーキットパターンと考えれば魔力回路によってこう構築された高性能の戦闘補助機構と言える。
そして霊子情報処理能力はこの事象源理の鎧と連動し、制御している。
つまりこの事象源理の鎧はマリオンの意識の下に組み込まれているのだ。
まるで自分の手足のように…
「あいつほどじゃないけど…すごいな…」
マリオンが言っているのはもちろんシムーンのことだ。
同じことができるとは言っても今もってまったく勝てるような気がしない。
(あんなのがいっぱいいるって、いったいこの世界はどないなっとんねん)
とつい突っ込みたくなる。
シムーンは本当に本気ではなかったのだ。
どういう理由かはわからない。
ひょっとしたらおとりに使ったマリオンに対するお礼だったのかもしれないし、自分と同様の存在であり、自分よりもずっと弱いマリオンに少しおせっかいを焼いたのかもしれない。
あれは大人が子どもの相手をするような感覚だったに違いないとマリオンは思っている。
遊びながらちょっと『こういうことができるんだよ』と教えるようなその感覚だ。
だがそれは、マリオンの力の在り様というものが、他の何よりもシムーンに近いものだ。という言うことに他ならない。
自分はなんなのか?
という疑問がまたぞろ頭をもたげてくる。
だがその答えはすぐにもたらされることになった。
◆・◆・◆
「マリオンさん…もういいの?」
「ああ、おかげさまで…すまなかったね…運んでもらってしまったみたいで…」
「ううん、みんなだから…」
草原から帰ってきたユーリアはマリオンを見つけ、声をかけた。見た感じ普通に見えるが内心かなり驚いていた。
マリオンが倒れてからまだそれほど時間が立っていない。
こんなに早く回復するとは思っていなかったのだ。
「それにしても驚いた…まさか古竜と戦える人間がいるなんて…」
だがユーリアが持ち出した話は別のことだった。
「いや、あれはできて当然だと思うよ…シムーンの奴、全然本気じゃなかった…僕が対応できるレベルでしか攻撃してこなかったし、ユーリアたちも巻き込まないように気を使ってたみたいだ…
本気だったら今頃みんな消滅しているよ」
それはマリオンにとっては当たり前のことだったが、ユーリアにはさらなる驚きだった。
「…あれで本気じゃないの?」
「ないね…」
「おまけにそんなに知能が高い?」
「高いね…少なくとも僕達人間と同じょうに物を考えてるみたいだ…いや」
マリオンはあの戦いを思い出す。
ユーリアたちを巻き込むように位置取りし、マリオンがどうしても逃げられない状況を作り、その上でユーリアたちに被害が出ないようにマリオンの攻撃を引き出した。
そう言う正確な計算は人間でもなかなかできるものではない。
「本当に古竜というのは化け物だよね…」
『・・・・・・』
ユーリアは何も言わずにマリオンを見つめていた。
『それと戦えるあなたはどうなの…』
ユーリアは小さくつぶやいた。
シムーンが考えていたよりももっと強大だったとしても、マリオンに対する驚愕が薄れるわけではない。
少なくともユーリアはそんなことのできる人間をマリオン以外に知らない。
ユーリアから見ればマリオンも十分に驚くべき存在なのだ。
「マリオンさん…魔術師じゃないのね…魔法つかい…よね…それも高位の簒奪者」
「やっぱそういうの分かるもの?」
「分かる…魔術師があんな魔力の使い方をしたら死んでる…私たち妖精族にもあんな無茶ができる人はほとんどいない」
魔力というモノが生きていくための本質的な力をもとにしている以上魔力を持たない人間はないと言える。
だが当然に使用できる量には限界がある。
限界を越えれば命にかかわる。
「それにマリオンさんは魔力の回復が早すぎる…人族が魔力が底をつくまで魔力を使ってしまったらふつうは10日や20日は寝たきり…妖精族でもよい環境で休まないと回復には時間がかかるはず。つまりあなたは魔法使い。しかもスキル持ちの上位種」
なるほどとマリオンは思う。生きているから普通の魔術師ではない。すでに回復しているから普通の魔法使いでもない、もちろん妖精族でもない。消去法で高位の魔法使いとなるわけだ。
「なるほどね…ただ魔法使いとか、魔術師とか…どういう違いがあるのかよくわからないんだよね」
これは正直な告白だった。
「妖精族の魔法も見たし、魔術師の使う魔法…じゃなくて魔術っていうのか…あれも見たことがあるよ、魔法使い《ユーサパー》ってのにもあったことはあるんだけど…はっきり言ってよくわからないというのが本当のところだね…」
マリオンは焚火をつつきながらユーリアに話しかける。
「今まで見た中で、一番僕自身に近いものって…さっきのシムーンなんだよね」
ユーリアはゆっくり頷いた。
「これ…あの亜竜の物…」
そう言ってユーリアが出したのは魔石と魔導核だった。
シムーンに撃ちおされて黒焦げどころか消し炭になったリンドブルムからたった今採ってきたものだった。
「これが魔法使い…」
「はにゃ?」
よくわからなかった。
「魔法使い《ユーサパー》は魔物と同じことができる人間」
「!」
マリオンはっとした。
(竜と同じことができる人間…)
それは自分だった。
「魔法使いは魔物を倒し、その力を簒奪した人間のことを言う」
心当たりが…結構ある。
◆・◆・◆
ユーリアによるとなぜそんなことが起きるのか、どうすれば起きるのか、はっきりと分かってはいないらしい。
ただ強大な魔物と戦い、生きて帰った人間の中に魔法を使えるようになった人間がいる。それだけだ。
口さがない人間は言う。――魔物を倒してその生き血を飲むのだ――あるいは――魔物を殺してその心臓を食らうのだ――と。
魔法使いというのはこの世界におけるあこがれの存在だ。
魔法使いや魔術師の活躍は伝説となって歴史に残っている。
彼等は皆強大で、栄華を極めたと伝わっている。
もちろん彼らの強さはそれだけではないはずだ。だが伝説などというモノは輝かしい部分にのみ脚光があたるモノなのだ。
魔法さえ使えればその彼らと肩を並べられるかもしれない。
それはとりもなおさず王者への道と同義なのだ。
多くの人間が不確かな情報をもとに魔物に挑み、そして屍の山を築いた。
問題はその中に成功例があったことだろう。
それがなければいつかはみんなつまらない与太話と相手にしなくなったはずだ。
だがわずかな成功例は人間の欲望を掻き立て続けた。
クラナディア帝国は当然にこの流れに歯止めをかけようとした。
魔物と戦って勝った優秀な冒険者がそのあと魔物の血を飲んで死んでいく。『なにやってんねん』という気分だったろう。
だがいくら『ほとんど成功確率がない』という情報をまいてもこの流れをとどめることはできなかった。
この時代はマリオンがいる今よりもずっと人間が生きていくのが大変な時代であった。
どうせ死ぬなら一か八かと考える人間は後を絶たなかったのだ。
当然どうしたら魔法使いになれるのかというような研究も盛んにおこなわれた。
もちろん非合法である。
そんな中で一つの可能性が提示された。
魔導核を体内に取り込めば魔法使いになれるかも――というモノだ。
このころになると発掘品だけだった魔導器も少しずつつくられるようになってきて、魔法の原理も少しずつ解明されてきた時代だ。
魔導核という属性魔力の変換器。
魔導器本体という魔力の伝導体。
この伝導体の代わりに人体を使ったら? という仮説が提唱されたのだ。
多くの人間がこの仮説に飛びつき、そしていくつかの成功例を出した。
そう成功例が出てしまった。
魔石は効果がなく、魔導核でなければ無意味である事。
上質の魔導核ほど成功率が高く品質が悪いと成功例がない事。
被験者が高い魔力を持つ方が成功率が高い事。
付与されるのはあくまでも属性魔力を精製し行使できる能力であること。つまりこのやり方では能力は継承されないことなどの事実が明らかになっていく。
明確な形が出たことで一時狂乱状態と言っていい騒ぎが起きたがそれも直に下火になった。
理由はいくつかあるが、まず高品質の魔導核などめったにない事が一つ。
おまけに高品質の魔導核があれば魔法などなくても王侯並みの生活ができるほどのお金が手に入ることが一つ。
その上でなお無理をする必要はないということだ。
そして魔導器がそれなりに認知され、危険を冒さなくても魔法を魔術という形で使えるようになったこともある。
それでも魔法使いという能力、そしてステータスは圧倒的でチャレンジャーが無くなることもないのだろう。
ユーリアはそう締めくくった。
「マリオンさんはスキルを持っている。最低でも魔力回復能力は持っている…ならば恣意的に作られた魔法使いではなく、本当の簒奪者のはず」
「なるほどな…つまり僕の力はあの龍の力ということなのか…」
マリオンはぽつりとつぶやいた。
「やっぱりドラゴンスレイヤー…」
それは竜から力を簒奪した人間に与えられる称号だった。
「いや、龍殺しって別に殺してはないと思う…たぶん相手は健在だよ」
あの時彼の龍は確かに生きていた。衝突の衝撃で腕や翼、角などを失いながら笑っていた。
竜って本当にいろいろ規格外。
「なら竜を下せし者」
「ふむ…そうなるのか…」
「血は命、命は力、そのみなもと…」
そのユーリアの言葉にマリオンははっとした。
「妖精族に伝わる言葉…」
「なるほど納得いった…僕が助かったのはやっぱりあの龍の血肉なんだな…」
今でもはっきり覚えている。
空に散った赤い花、透き通った金の花…
千切れてしまった自分の手足、千切ってしまった竜の腕。
二色の血が混じり泡となりマリオンを包み込んだ。
ちぎれた腕も泡となってマリオンを包んだ。
マリオンの血肉と龍の血肉、それが混じってマリオンを守り癒す殻を作った。それがあの卵の殻の様なもの…いや、機能を考えれば卵というよりさなぎと考えるべきかもしれない。
壊れたマリオンの躰は竜の血肉を受けて再生した。
その時に一緒にあの龍の能力がマリオンの中に根付いたのだ。
(つまり僕は魔法使いと呼ばれる生き物で間違いはないわけだ…珍しい生き物でも…この世界の生き物のひとつなんだ…)
マリオン胸をなで下ろした。かねてからの懸念が一つ、本当の意味で解消したのだ。
◆・◆・◆
それ以来マリオンは黙ってしまった。黙って焚火を枝でつついている。
すでに周りは真っ暗だ。焚火に照らされたマリオンの姿を幻想的だとユーリアは思った。
まるで自分が竜殺しの伝説の登場人物になってしまったような…そんな錯覚をユーリアにもたらした。
(ずっとこうしてみていたい…)
そう思ったがそれはかなわなかった。
マリオンが物思いから復帰してユーリアに声をかけたから。
ユーリアにずっと無理をさせていたことに気がついたのだ。
「さあ、ユーリア…もう大丈夫だから少し眠った方がいいんじゃないか? 僕はこのまま見張りをしているから」
「…わかった。しばらくしたら起こして、交代する」
少し考えてからユーリアはマリオンの進言に従うことにした。たしかに酷く疲れていた。
「それじゃ…」
立ち上がって踵を返してマリオンに背を向け獣車の方に行こうとして、そして足をもつれさせてそのままこけてしまった。
足が限界に来ていたのだ。
そして今まで座っていた所為で貫頭衣に不自然なしわが寄ってしまっていた。
本来お尻を隠してくれる後ろのヒレが見事に捲れてしまった。
ユーリアは自分が一張羅を洗って干していることにすぐに思い至った。
「あっあっあっ…」
ユーリアの顔がみるみる赤くなる。
シャキーンと立ち上がって後ろを振り向くとマリオンが変なポーズで固まっている。
倒れたユーリアを助け起こそうとして走り寄り、あまりの光景に固まってしまったのだ。
「しっ、失礼しました…その、おみ…お見苦しいものをお見せましまって…」
「ひっ、ひへっ、大変結構なものを…」
マリオンの言葉にユーリアの片がビクンと跳ねる。
マリオンは自分の失言に気が付いたが…他に何か言いようがあるわけでもない。
「ごめんなさーい」
ユーリアは獣車に駆け込んで頭から毛布をかぶった。
マリオンはばつが悪そうに頭をかくと焚火の所に戻って火の番を始めた。
今見た光景はなかなかマリオンの目の前から消えてくれなかった。
男の子だからね。
●○●○● ●○●○● ●○●○●
おまけ・設定資料『魔法使い』
魔法使いの存在が明らかになりました。
強大な魔物と戦い、生き残ることができると魔法を得ることがある。これが本当の魔法使いです。
マリオンの経験からなんとなくイメージがつかめます。
それの模倣として『魔導核』を飲み込んで魔法使いになった者も居ます。
成功確率が低く割のいいかけとは言えませんが、こういう世界ではたとえ百人に一人しか生き残れなかったとしても、チャレンジャーはきっと後を絶たないのでしょう。
本編でユーリアは能力を手に入れることは不可能と話していますがだいたい本当で、少し外れです。
魔導核の取り込みに成功すると大きな魔力が得られたり、身体能力が上がったりしますからこれは能力と言って良いものかもしれません。
魔術師は魔導器を使いますがバカにしてはいけません。遺跡から発掘された魔導器の中にはとんでもない高性能なモノもあります。
彼等の魔術は半端ないようです。
それに来訪者も魔法が使えるという情報(出所は酔っ払いの爺さん)も…
41話をお届けします
いかがでしたでしょうか…
感想などございましたら是非お寄せください。
こころからお待ちしております。
次回は6月21日(日曜日)更新を予定しております。
また次回もお会いできますように。
トヨムでした。




