第04話 異世界 (修正)
01-04
異世界
快進撃は始まったー! とか思ったのだがその快進撃、移動しながら敵をバッタバッタと…と言うようなものではなかった。
快進撃は確かにあったがそれは静かなモノだった。
「何事も練習、何事も経験」
そう考えた真理雄は積極的にこのあたりに生息する怪獣もどきと戦闘を行った。
真理雄が『銃』と言う新しい力を手に入れて調子こいていたことは事実だが、なにも性格が好戦的と言うことではない。
わざわざ回避しなければいくらでも出てくるのだ。
そして大きい生き物も小さい生き物も積極的に向かってくる…正に危険生物である。
しまいにはいい加減にしろと言いたくなった。
よくよく観察するとここにもちゃんとした生態系がある…ような気がした。
植物があり、その植物を昆虫が食べる〈ただしその昆虫の大きさは三〇㎝ぐらいある〉その昆虫を小動物が食べる〈ただし大きさは一mくらいある〉そしてその小動物っぽい大動物を食べるもっと大動物がいる〈これは二m以上ある〉そしてその大動物を襲って食べる肉食植物などもいる…
「見事に生態系の輪が出来ているね…ってそういうもんじゃねーだろ」
のり突っ込みの一つくらいしたくなる真理雄だった。
特に問題だったのが肉食植物だろうか…
肉食植物は樹木型と雑草型がいて、雑草型は動いているモノは襲わないようだった。
そこに死体があるとワサワサと寄ってきて、その死体に根を下ろして養分を吸い取っている。冬虫夏草アクティブ派という感じだ。
真理雄の仕留めた動物に根っこを足のように使って、集りつき、あっという間に苗床にしてしまった光景にマジで引いていた。
だがまあこれは良い。いや良くはないのだがまだかわいい方だ。
問題は樹木型だ。
本当の木のように――別に偽物ではないのだが――その場にずっと立ち止まっていて近くを動物や植物が通る(?)と何本もの触手を繰り出して絡め取ってしまうのがいたのだ。
「うわっなんだこれ…スゲー」
獲物を捕らえたばかりの肉食樹(仮名)に出会った真理雄はもっと思い切り引いた。
その触手は二メートル以上ある鹿を捕らえていた。
そして触手はその鹿の口や排泄口から体内に侵入して内部でのたうち回っていたのだ。
毛皮の上から内部で動き回るその触手の影が見える…
「うきゃー…リアル触手プレイ」
地球のメディアでこの手の絵柄を見たことはあるが…これはいただけない…はっきり言ってグロすぎる。
そんなとき真理雄を新しい獲物と思ったのかその肉食樹、新たな触手を伸ばして来た。
真理雄はその触手をうち払い飛び退ったのだが、地面にぱたりと落ちた触手はそこにいたムカデ〈小〉を溶かしてしまった。
「げっ」
これで大体この肉食樹の生態が分かった。
獲物の体内に触手をねじ込み溶解液で内部を溶かして養分を吸収するわけだ。
真理雄は幹に向けで銃を撃ち込む、そりゃーもう思いっきり。完全に動きが止まるまで打ち込んだ。
◆・◆・◆
「最初に見たのがこれで良かった…」
そんなことをつぶやきながら真理雄は木をバラバラにしている。
肉食樹の中にも熾火のような力の塊が見えたためだ。
結果として木の中心部から三〇㎝ほどのごつごつした棒のような結晶が取れた。
「いい勉強をしたな」
と思う。
最初に見た肉食樹がたまたま獲物を抱え込んでいたからこれが危険せい…植物だと理解できたがもしそうでなかったらうっかり自分がつかまっていた可能性がある。
いかんせん経験のたりない真理雄にはこの異常な木も、『ちょっとエネルギーの強い普通の木』に見えたのだから。
だがもう大丈夫。
「一度解析してしまえば判別できるからな…」
エネルギーが見えるのだ。一度覚えてしまえばこの手の怪物を見つける事は難しくない。
というか徐々にデーターが増えてきて、ただのオブジェクトとクリーチャーの区別がつき始めている。
そんな形でこの脅威と驚愕に満ちた森をズンドコ進んでいるのだからこれはもう、快進撃と言っていいのではないだろうか。
そしていつの間にか倒した怪獣はできるだけ回収、あるいは解体調査してみると言うルールができあがっていた。
ひょっとしたら食べられるかもしれないし、何か役に立つものが採取るかもしれない。
事実この肉食樹は大きな木の実をぶら下げていた。
かなり大量に…
真理雄はその木の実も採取する。
「こいつが肉食なら獲物を引き寄せる餌が必要なはず…餌がこの実なら…」
おそらく毒物ということは無いだろう…そう考えたのだ。
釣り餌にわざわざ毒を仕込む必要は無いのだ。釣り餌はあくまでも獲物を呼び込むためだけのもの。そして近くに来ればこの木は触手で効率よく獲物をとれる。
洋なし型をしたスイカほどの大きさの実を割ってみると中身は緑のゼリーに似た果肉が一杯で、もともと強かった甘くて良いにおいが一層濃くなる。
「どんなハイブリッドだ…」
と言う感じはあったが一口囓ってみるとかなり甘くて美味しい実だった。
「ホントにゼリーだな…」
果肉入りゼリーみたいだった。
真理雄はあっという間に一つをたいらげ、そして気がついた。
撒き餌に毒を混ぜてはならないという法はないのだ。
獲物をおびき寄せる役割を果たしさえすれば毒だろうが腐っていようが別に良いのだと言うことに。つまり毒である可能性もあったのだ。
間抜けである。
だが、そのおかげで真理雄は腹をくくることができた。
これでもし食中毒で死ぬようなことがあたらもうそれはそこまでの寿命と諦める。
どんな奇蹟によってかもげた手や足も元に戻り、こうして生きている。だったらこれ以上恐れるモノがあるだろうか…
まあたぶんあるのだ…人間だから…それでも以前に比べてずいぶんと思い切り良く行動できそうな気はする。
どちらかというと優柔不断なところのある真理雄だったが、ここでは優柔不断の出てくる余地があまりない。
これは人間のたくましさと考えて良いのではないだろうか。
だが人間がいかにたくましかろうと問題は次々押し寄せる。
真理雄はその夜一つの問題と直面した。
「寝ているひまがねー」
というものだ。
常時戦闘が続いているわけではない。
ないのだが、それでも一時間に一回とか、早ければ三〇分に一回とかのペースで『怪獣』とエンカウントすると当然寝ている暇がない。
これは地味に応えた。
この世界に存在するものは真理雄が感知できるエネルギーのようなモノを持っている。
無生物なら極めて微弱に、動物ならばそれなりに強く持っている。
そして石や木がたたずむように静かなエネルギーなのに対して動き回るものは外に向けでエネルギーを強く発信している。
真理雄はそれを感知できるらしいことに気が付いた。
この気配はそれぞれに感触があり、変な言い方だが硬かったり柔らかかったり、暖かかったり冷たかったり、痛かったり優しかったりする。
気を付けて観察していると『痛い』感触を放つものは間違いなく危険生物だった。
だからそういうものが近づいてくると頭の中にピリリとした警戒感が走り、すぐに目が覚める。
それはいいのだ。
実にありがたい。
ありがたいのだか現実問題として一時間に一回たたき起こされてはたまらないのである。
「うう、ダメだ…とりあえず安心して眠れる場所を探してからでないと眠れない…」
その日の夜、真理雄は何度か睡眠を試みては失敗し、そして最後には睡眠をとるのを諦めた。
となると、やりようとしては強行軍で脱出を目指すというのが現実的だろう。
こんな密林の中で安心して眠れる場所をさがして彷徨うというのはいくら何でも効率が悪い。
真理雄は決断し即座に実行に移した。
昼も夜も飛ぶような速さでまっすぐに進み、森からの脱出を試みた。
比喩的な表現ではない。
真理雄のまとっているエネルギーの所為だろう。一度トンと地面をければその勢いでかなりの距離を跳躍できる。重力が軽減されているらしい。そして行きたい方向に自然と体が流れていく。
空中での姿勢制御、ある程度の方向転換もできる。
空を飛ぶと言うにはほど遠いが、その移動速度はなかなか大したものだった。
人間が徒歩で旅をした場合、一日八時間歩いて三〇kmというが一つの目安になると以前聞いた事があった。
だが真理雄は休憩をはさみながらではあったが、ほぼ二四時間一日中歩き、進み続け、実に一五〇キロ以上を進んでいる。人間がジャングルの中を移動すると考えればこれは驚異的なスピードだといえる。
移動速度も高いが、移動し続ける体力も驚異的だった。
ろくな睡眠もとらずに進み続けるのにへたばるということがない。確かに疲れる感じはあるし、それに伴う痛みもあるがいくらでも動けるのだ。
真理雄は思った。
「これがランナーズハイかー」
…睡眠不足になると妙にテンションが上がる事がある…
三日目の昼に川に出くわした。
「やった!」
真理雄は大福をつかって、水の補給をする。
大福に水を取り込んで貰うのだが、やり方は簡単、大福を水に漬ければいい。
それでも少しでもきれいな水が欲しかったので大福をハンカチで包み、それを水につけて水を取り込んで貰う。
ハンカチを通り抜けてきた水であれば少なくとも大きいごみはない。少しは綺麗だろう。
「できれば濾過とかしたいけど…まあ無理だからな…ゴミがよけられればよしとしよう…」
このときに古い水はすべて捨てた。
あれもかなり綺麗に見えたが一体いつから収納されているのかまったく分からない。新しい水のほうがいいだろう。
そこから川に沿って下流を目指すことにする。
山で遭難した時にやってはいけないのがこの『川に沿って進む』ことなのだが、真理雄はあえてそれに踏み切った。
「人間は水のあるところに住むものだからな、この川を下ると文明があるかもしれない」
川も幅広で流れも穏やか、水もかなりきれいだからその可能性は高いのではないだろうか…この世界に人間が存在しない可能性は…怖いから考えないことにした。
どっちにせよ、そのときは終わりだろうから気にしてもしようがない…
そして真理雄の飛び石を飛ぶような今の移動方法なら、途中に滝があって道が途切れることがあっても問題にならない。
沢の足場の悪さも気にならない。
となるとあと気をつけるべきは鉄砲水なのだが、今なら水の上でも歩けそうだからまあ良いかと考えた。
この川に沿って下る判断は正解だった。
翌日になるとまだ日が高いうちに木々の間隔がまばらになり、森全体が明るくなってきた。
そのまま全速で進むと日が傾き始めたころにとうとう真理雄は森の端にたどり着くことができた。
真理雄はついに森を踏破したのだ。
「ひょっ、ひょっとして抜けられたのか?」
サーチをかけて周囲の様子を確認する。
確かにここを少し進むとそこは森ではなく平原のようになっている。
「やった!」
それで助かると決まったわけではないのだが真理雄は既に砂漠でオアシスを見つけた旅人のような心境だった。
我を忘れて駆け出した。
とにかく走ることに全力を傾けた。
そして森が終わり、光が降り注ぐ出口に出たとき思いっきり大地をけった。
真理雄の心は歓喜で満たされていた。
…自分がどのくらいスピードを出しているのかとか、自分の現在のジャンプ力とかは…まったく考慮されなかった。
バキィッ!
と、大きな音が響き、頭が揺さぶられ、真理雄の世界はぐるんぐるんと回転した。
ジャンプしているときに、横に張り出した木の枝に思いっきり頭をぶつけてしまったのだ。
「ぎゃふん」
まさか自分がこの言葉を口にするとは…真理雄は愕然とするほどのショックを受けたまま意識を失ったのだった。
●○●○●
だがそれでどうにかなるというような事もなく、翌日、日が昇ったころに無事目覚めることが出来た。
「ずいぶん経ってるな…こんなに長い間、伸びてて何にも襲われなかったんだから運が良いんでないかな…」
確かに最初は気絶していたはずなのに、どうやらいつの間にか睡眠に移行していたようだ。じつにすっきりした目覚めだった。
「うん、こうしてみると僕もなかなか丈夫じゃないか…」
そして顔を上げた草原の向こうにかすんで何かの影が浮かび上がっているのが見えた。
目をこらす、目をこらす。全身全霊を込めてそれを確かめる…
「おおーっ、町だ…町だ…あははっ町がある!」
真理雄は清澄な朝の空気を思いっきり吸い込んで町に向かって走り出した。
町はアッという間に近づいてきた。
朝靄にかすんでいたが大した距離はなかったらしい。
外側から見る町は城郭都市の構造で、見上げるくらいはある壁が町をぐるりと囲んでいる。
行く手に門が見え、門の周囲だけ城壁が高くなり、門自体もかなり頑丈な作りになっているようだ。
すでに人の出入りは始まっていて、大きな門から人が入って行き、小さな門から人が出てくる。
入り口は門番が護っていて、入る人を監視しているだけだが、出る人は一人一人門番の兵士が話をしている。
真理雄は遠目にそれらの光景を観察しながら急に不安にとらわれた。
(どうしよう…言葉が通じるのか?)
この異世界で同じ言語を使用している可能性はどのくらいあるだろうか…
(最悪身振り手振りで意思の疎通を図るしかないか…)
さらに自分の格好がある。破れ、ほつれ、泥に汚れた今の格好…いかにも『何かありました』という風情だ。
こういう格好で町を訪ねて果たして中に入れてもらえるのかどうか…
さらにはここに暮らす人たちの文化レベルも気になる。見たところ中世くらいの文明は持っているらしいが、彼等が友好的だと決まったわけではない。
…門番がこちらに気がつき指をさして何かを話している。
…走り寄ってくる…
『どうした君…大丈夫か?』
その言葉が耳に入ったとき真理雄は安心感から脚の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
言葉が分かる…そして…どうやら彼等は真理雄を助けようとしてくれている…僥倖というモノの姿を真理雄は見た気がした。
●○●○●
「災難だったな…」
タウラ・イスカと言う男は本当に心配そうに、気づかわしげに真理雄を見つめた。
彼は『衛士』と呼ばれるこの町を護る役職の人であった。
「森で遭難とはな…だが運がいい。本当に運がいいぞ君は」
この町はドーラと言う町だった。
町の西に広がる森はしばらくの間は普通の森だが、ある程度行くと魔獣の森と呼ばれる恐ろしい森になる。
たくさんの凶悪な魔物が生息する森だ。とタウラが教えてくれた。
つまり真理雄が進んできた所だ。そういえばある場所から危険生物の数がぐっと減ったような気がする。気絶していて無事だったのもそのあたりに危険生物がいなかったせいだろう。
町の入り口で倒れて助けられ、そのまま衛士の詰め所に連れてこられた。
暖かい飲み物を振る舞われ、真理雄はやっと一息つくことができたのだ。
(なーるほど…あれは怪獣ではなく魔物だったのか…なんか怪獣の方がしっくりくるけどな…)
そんな真理雄の内心には気付かずにタウラはちょっと興奮気味に真理雄の偉業をたたえた。
タウラはこの町の衛士なって十五年のベテランだった。
そのタウラから見れば旅の途中で何らかの事故に遭って投げ出され、命からがら町にたどり着く人間は結構いる。そしてたどり着けずにそのままになる人間はもっと沢山いるのだ。
町の外に広がる草原はけっして安全ではなく、その向こうの森はさらに危険で、その向こうの魔獣の森はとんでもなく危険なのだ。
その森を抜けてきた真理雄はかなり希有な存在というわけだ。
彼が興奮するのも仕方がないことだろう。
一方真理雄の側はそんな事に思い至るような情報は持ち合わせていない。それどころかここがどういう場所なのかひっしに情報を集めなくてはならない状況だ。
彼等衛士の着ている物は厚手の布と鞣した革を組み合わせた服。その上に部分鎧を身につけたようなスタイルで、装備は手に持った槍と腰の剣。
他に文明的な物はもっていない。
銃であるとか他の電子機器の様なものは一切ない。
着ている鎧は金属ではなく、何かの殻の様な硬質なプレートと革を組み合わせたもので、ヘッドギア、胸当て、ガントレット、装甲ブーツという組み合わせだ。
デザインはかなり洗練されていて、割とかっこいい。
地球で昔使われていた板金鎧や日本の具足よりも、映画やアニメに出てくる鎧の方がデザイン的に近い。
これだけ見るとこの世界は中世から、良くて近代くらいまでの文明を持っているように見える。剣の時代だ。
だがこの詰め所からは門の開閉装置が見えるし、それが何かの動力で動いているのが見える。しかも分厚いガラスがはまった窓もある。
門の所では馬車が…いろいろな動物に引かれた馬車(?)が往来し、出入りする人たちも普通に剣を腰に下げていたり盾や甲冑を着込んだりしている。
そんな中を動物にひかれていない自走する箱馬車のような物が一台だけ走り抜けていく。
理屈はわからないが間違いなく『機械』である。
(と、するとこの世界は中世から明治の文明開化のころまでのいろいろが点在する世界と考えて良いのかな…機械類もかなり単純な物みたいだし…)
考えてみれば文明の進歩が、地球のそれに準拠すると決まっているわけではない。
真理雄から見て新しい物古い物が混在している状況は当たり前なのかもしれない。
真理雄がまわりをきょろきょろと観察している様はほほ笑ましいらしくタウラ達はその姿を笑いながら見ている。
つまり真理雄は端から見ると遭難したお上りさんに見えるのだ。
「さて、君はどこの出身だね?」
改めてなされたその質問に真理雄は素直に日本と答えた。
ひょっとして日本のことを知っているだろうか…そんな一縷の望みをかけて…
「ニホーン? 聞いた事がないな…」
その答えは予想道りで真理雄は思ったよりも落胆していなかった。
「どういう状況だったか教えてくれるかね?」
というタウラの質問に真理雄はどう答えた物かと首をひねった。
最初ははっきり異世界から来ましたというようなことを言ってみようかと思わなくもなかったが、それはまずかろうと思い直した。
なぜって、もし逆の立場で、目の前でそんなふざけたことをほざく人間がいたら、110番に電話するか、119番に電話するか、回れ右してかかわらないようにするかどれかだろう。だったらここでそれを言うのはまずいのだ。
「すみません実はよくわかって無くて…気が付いたら…森の中で…それ以前はその…どこかから落ちたような…」
顔をしかめながらたどたどしく言葉を紡ぐ真理雄の姿は、タウラ達にはいかにも救出されたばかりの遭難者に見えた。もちろん彼等の思い込み補正のおかげでもある。
「ひょっとして冒険者の家族か何かか? よく覚えていないのは事故のせいかもしれんな…それならわたしの質問に答えてもらえるかな?」
いくつかのやり取りの後、タウラは質問の仕方を変えた。
国名や地名や人物名を順繰りに並べ、どれか知ってるものはあるか? と聞いてきたのだ。
もちろん聞いたことのあるものなどほとんどない。
だが、おかげでいくつか分かったことがある。
言葉がどうやらちゃんと通じること。
彼らの話している言葉は少なくとも日本語に聞こえる。
そして彼らの使う単位はmやgなど真理雄の使うものとほとんど変わらない。
なのに存在するものの名前は少しずつ違っている。
表を走るのは馬車ではなく獣車というらしい。動物無しで動いていたのは自走車だ。ガラスという言葉はなく透明版というらしい。
だがこれも奇妙な話だ。明らかに違う世界で、同じ言葉をはなし、同じ単位を使う。なのに存在の名前が違う。
(これは…どういうことだろう…彼らの使っているのが本当に日本語なら…ここと日本の間には、何かしらの接点があるのでは?)
真理雄はそう考えた。
たとえば以前にも日本人がわたってきていて、彼らの言葉が標準語になってしまったとか…
(いや、待て待て、そう言った場合何らかの影響を受けるというのは考えられる…だが言葉自体が変わったりするか?)
おそらくないだろう…
だがそうすると状況が分からなくなる。
(まあいいか…結論を急いでもしょうがない…とりあえず今は…)
考えなきゃいけないことが多くてくらくらする。
とりあえずわからないことは棚上げするというのはここでの基本方針になりつつあった。
情報を集め、行動するための前提条件を設定して、それをもとに行動し、間違っていたら補正していく、それしかやりようがない。
今できるのは可能性を検証し、仮説を立てることだけだ。
タウラは質問に対して知らないと答えるとそれに補足の説明をしてくれた。
おかげで自分の置かれている状況が少し見えてくる。
ここが『オルソス』と呼ばれる大陸であること、その中の大きな人類種族の国『クラナディア帝国』というのがこの国の名前であるということ、などだ。
このオルソス大陸には大小様々な国があるが帝国はその中の最大の国で、このドーラの町は帝国に所属する『コーベニー伯爵』の領地にある比較的大きな町だった。
(どうやらここは専制国家みたいだな…あと貴族がいる…と…)
「余所の国の人間なら帝国の名前くらいは知っているだろうからな…他国から流れてきたというわけじゃなさそうだな…となると帝国の辺境の出身か…森暮らしの難民か…隠れ里の人間か…」
どうしてそうなる? という感じだがこの国の教育水準は実のところあまり高くはない。
そういう環境下では辺境の村の出身者などが自国の名前を知らないのはそう不思議なことではない。
そういった環境で暮す人にとって、自分の世界というのはせいぜい『領主』までが認識対象でそれ以上は関わる必要のない(訳の分からない何か)でしかない。
へたをすると自分の土地を治める領主の名前すら知らない農民もいるだろう。
だが逆に他国からこの国を目指してやってきてこの国の名前を知らないということはあり得ない。
その結果、この国で暮す人間の多くが自分の国を正しく認識していないと言う皮肉な状況が生まれるわけだ。
そういう環境で暮らしていて、何らかの理由で森の奥に迷い込み、ここまで流れてきたのではないか。それがタウラが考えた真理雄の背景だった。
「まあそういうことなら遭難者で問題ないな…身分証のことも知らんし…そっちはどうだ?」
「はい手配書にも犯罪記録にもそれらしい物は全くありませんね」
裏で書類をめくっていた一人の男が答える。
どうやらそちらで犯罪者の手配書などと照合していたらしい。
「よしきた。まあ、この歳で手配書が回るようじゃ世も末だがな」
(? 変なことを…)
「それじゃこの後どうするかってことだが…」
とタウラが切り出した。
「マリオン君って言ったよな」
言ってない。真理雄と言ったがどうしてもマリオンと聞こえるらしい。
「お前さんみたいなのはこの国じゃ、流民っていうんだ。まあもともとは町から逃げ出した奴らのことなんだが、残念ながらお前さんも同じに呼ばれる。まあ犯罪者だ」
「げっ」
真理雄はかなり驚いた。遭難した挙句に犯罪者ではなんかたまらない。
「普通流民は捕まるとそのまま奴隷に落とされるんだが、自首してきた奴らには温情がある。寄場に送られて二年間、労働すればまた町の市民権がもらえるようになっている。町でなくてもいい、どこかの村で農民になるのもありだ。そのための技術は寄場で教えてくれる。
まじめにやれば真っ当な暮らしができるようになる」
(ふむ…寄場というのはどうやら強制収容所プラス職業訓練所の様なものらしい。多分ドロップアウトした者の内、やり直せそうなものを教育する施設だろう)
「そうですか…それは…」
だが真理雄の反応は微妙だった。はっきり言って奴隷も刑務所もありがたくない。
真理雄としてはぜひとも避けたいルートだ。
そんなことをしていては地球や日本を探すことなど覚束ないし、いろいろな謎もそのままになってしまうだろう。
「だがほかにも道はある」
困惑する真理雄にタウラはニカッと笑っていった。
「真理雄君よ…君ならいっそのこと冒険者になっちまった方がいいと俺は思うね」
「冒険者…」
定番だな…と真理雄は思った。
本当に難しい。何度も何度も書いたり消したりしていると何を書いて何を書かなかったのか分からなくなってきます。