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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
二章・気がつけば迷走
35/59

第35話 竜神さま

毎月5、10、15、20、25、30日更新(目標)でお届けしております。

 第35話 竜神さま


「ところで村長さん、いくつか聞きたいんですけど…」

 とマリオンは切り出した。


「なんですかの?」


 当然一つ目は山を越える方法だ。


「この村から東に抜けて、分かれ道を左に左に進んでいくと大きめの山道があるだ。山脈の低くなったところを進む道で自然にできた峠だで、整備はされてないけんども結構大きいだから、マリオンさんの獣車くるまでも通れるはずですだよ…というか、他に車が通れる道はないだね」


 西山脈と東山脈の間のみち。

 いくつもの山が複雑に組み合わさってできた谷間の道で、標高の高い場所にある曲がりくねった結構広い道だった。

 勾配も緩やかで、歩きやすいが大きくうねっているために距離が長くなり通り抜けるのに日数がかかる。


 この道を行かない場合。いったんクラナディア帝国中心部に抜けてから街道を進むと言うのが一番の近道になる。

 そこからは公共機関。驚いたことに『飛空船そらふね』や『走陸船』と言う大きな乗り物があり、これを使えばかなり速く着けるそうだがこの場合は獣車くるまはおいていくしかない。


(飛空船か…話には聞いていたけど…一度は見たいけど…今回はだめだな…)


 獣車の放棄は論外だった。


 山越えのルートは村から山道の入り口まで三日。山越えに入ってから山を抜けるまで、これはかなり個人差が出るか大体二十日前後もかかるらしい。

 その間十分な宿泊施設などない山道を進むことになる。


「それは難所ですね…」


 マリオンは唸った。


「途中何カ所か広い場所、泉のある場所、屋根のある場所などがあるだが、この山道をうまく超えるコツは、こういう休めるところさ確実に抑えて、決して無理をしないことですだよ」


 村長に念を押されたが当然だろう。


「あと、マリオンさんは獣車くるま連れだで心配はいらんと思うだが、途中どんなに近道に見えるところがあっても、決して本道から外れちゃなんねえよ…この山で遭難するのは大体がそれだでね…あと余裕をもって二十日分の水と食料は持っていくこと、それで途中採取ができる時も必ずやった方がええだ。物資が不足せなんだらまず安全に向こうに抜けられるでね。

 向こう側に出れば後は普通の街道だで。また十日も進めばスミシアにつくだ。ただ向こう側はこっちと違って魔物が出るで、気を付けるだよ」


(そうそうそれだよ。それが聞きたかった)


 二つ目の質問。


「ああ、竜神さまのことだかね…あの山にはシムーン様という名の地竜ランドドラゴンがおるだ。古竜エルダードラゴンでね、あの山はシムーン様の縄張りなんだわ」


 そう聞いてマリオンは自分がドラゴンに関してほとんど何も知らないことに気がついた。

 この世界に着くなりいきなりドラゴンと激しい接触を持ったために何となくドラゴンに馴染んでいるような気がしていたらしい。


「それって、大丈夫なんですか? 人が襲われたりとか…ここに来る前にヤギ飼いの人にも会いましたが…」


 マリオンはとりあえずそこから聞いてみる。


「ああ、ユルゲンに会っただか、大丈夫だべ、シムーン様は人間も人間の飼っている家畜も襲わないだよ。ちゃんとお祭りして年に一度ヤギだの酒だのお供えもしているでね…」


(ええっ?)


 マリオンは内心驚愕していた。

 いや、露骨に顔に出ていた。


 それを見て興が乗ったのだろう、村長はこのあたりに伝わる伝説を話してくれた。


 なんでも昔はこのシムーンも人間、周辺の獣、お構いなしに襲っていたらしい。

 ずいぶん昔の話しになるが、このあたりを治めていた領主のお姫様が、家畜、人間お構いなしに出るドラゴン被害に心を痛め、このシムーンの所まで険しい山道を越えて直談判に行ったのだそうだ。


 シムーンはその姫の努力に感心し、自分と引き替えに人を襲うのをやめてくれるようにと願う献身に感動し『人間も我と同じ知性ある存在ものであったか、頓着せずに襲って食ったは我が過ちであった』と考えを改め、年に一度シムーンをたたえる祭りをすること、その時にヤギをはじめとしてお供えをすることを条件に、人間と人間の飼育する家畜には手を出さないと約束したのだという。


 この話自体が本当かどうかは分からないらしい。


 彼らの記憶ではこのあたりに『領主』がいたというような記録は存在しない。領主がいなかったのに領主のお姫様というのも変な話だ。


 ただ、かなり昔から今にいたるまで、このあたりの村はヤギを飼い、乳を搾り、酒を造り一年に一度山に運んで竜神シムーンをお祭りする。

 竜神の加護に対する感謝と収穫の祭りとしてそれを続けているのだ。


 そして現実にこのあたりでは魔獣災害というものがほとんどない。

 他所から魔獣が入り込んできてもシムーンに駆逐されいつの間にかいなくなる。

 そして伝承の通りシムーンは人間の飼っている家畜や人間は襲わない。


 ここは竜と人が共存しているエリアなのだ。


「へー、それは是非あってみたいですね…」


 マリオンは大いに興味を引かれた。


「とんでもねえだよ。マリオンさん、確かにシムーンは話の分かる竜だと言われているだども、儂だってあったことはないだ。万が一怒らせでもしたら…」


 だが村長はそう言って身震いをした。


 どうやらこのあたりの竜神信仰は『触らぬ神にたたり無し』という意味もあるらしい。


 いつの間にか話に加わったヴァーゴ神官を交えてドラゴンの話に花を咲かせたが、竜という幻獣のことは実のところよくわかっていないらしい。


 ドラゴンには『幼竜』『成竜』『古竜』の区別があり、幼竜の時にはどの個体も大きな差異がみられない。

 すべてのドラゴンの幼生体が同じなのだ。


 そして竜は脱皮を繰り返しながら成長する。

 そして脱皮をするごとに得意な属性に力が傾倒し、属性的な個性と形状的な個性を得るようになる。


 ドラゴンの脱皮というのは環境適応、つまり個体進化のようなものらしく。最初は鱗のある身体。四本足、短い首と長い尻尾、どちらかというと鈍重な動きと言った共通の特徴から、たとえば翼をはやしたり、蛇のような長い胴体になったり、四肢が発達して素早い動きを手に入れたりとドンドン変わっていく。

 この変化が収まって姿が安定すると『成竜』と考えられる。


 成竜は形固定のまま脱皮し成長し、大きくなる個体もいれば力がつよくなる個体もいる。

 そしてだんだん知能が高くなることが知られている。


 そして人間と意思の疎通のできるほどにまで成長した個体を『古竜』と呼ぶらしい。


 現在確認されている『古竜』は、ここにいるアルダマ山脈の王『地聖竜シムーン』

 海を自由に泳ぎ回る大海の覇者『大海竜ロエー』

 巨竜山脈の主、翼と手足を持たない『轟炎竜イフェスティオ』

 魔獣の迷宮の奥深く天衝山に君臨する巨大な鳥に似た『暴風竜ブラストフェザー』

 の四体だ。


 シムーンはこの通り人間と共存の姿勢をとっている。

 ロエーも基本的に人間は襲わないし、気まぐれに遭難した船を助けたりすることもある。

 そのためやはり海神として祭るところもあったりする。


 対してイフェスティオは縄張りを守り、入ってくる人間は容赦なく襲う。

 ブラストフェザーはごくまれに人の世界に足を延ばして人間を襲ったりもする。


 知性があるから人間と共存できるというものではないらしい。


 ほかにも古竜ではなく成竜であればこの世界の何カ所かで、縄張りを持っている個体も確認されている。ほかにも人跡未踏の地というのはかなりあるわけだからもっといろいろなドラゴンがいるのでは? と言われているが、全体を把握するのは無理というものだ。


 ただドラゴンスレイヤーの伝説はいくつか残っているらしい。


「初代様は竜を倒しその牙を持って剣を作り国を開いたといわれておりますだ」


 初代様というのはクラナディア帝国の初代皇帝のことだ。


「ほかにも人の領域に彷徨さまよい出てきた竜を倒した『英雄ディーン様』の話などもあるだ、このお二人の相手は古竜だったと言われているだ」


 ほかにも成竜を倒した天空の騎士の話、大賢者の話、南の英雄王の話。今でも語り継がれる物語で、あまりに有名過ぎで、何人もの吟遊詩人が語るものだから装飾過多でどこまでが本当か分からなくなっている。

 ただ竜を倒したことだけは間違いないようだ。その証拠にクラナディア帝国の宝物庫に竜牙剣とか竜鱗鎧とか残っていたりするらしい。


 どちらにしても竜という存在と戦うとなれば、国を挙げて戦力を結集しての総力戦となるのは間違いなく。その意味でも『竜に手を出すべきではない』というのは常識らしかった。


(話を聞く限り…僕が出会った奴はこの四体の中には居ないな…あれは少なくとも古竜ではあるよな…)


 マリオンは色々な話を聞いて最初に出会った竜を思い出した。

 その顔というか、お互い目が合った時の瞳の輝き。


(あれって絶対知性があったよな…)

 何かを語っていたような…なにか…何か思い出しそうな…


「マリオンさん?」


 村長に呼び掛けられてマリオンは飛び上がった。


「ああ、すみません…ドラゴンをいろいろ想像していて…」


「ものずきですなー、ただ竜というのはめったに出会うようなものではないです…もし近くにいてもシムーン様のように分かりやすい縄張りを構えておりますからの、人間の側が無茶をしなければあまり危険はないですだ」


「危険なのはむしろ亜竜の方でしょうな?」


 ヴァーゴはいう。


「亜竜ですか?」


 竜でない竜。


「亜竜といいますのは、竜に似て非なるものですな…竜と魔獣の間に生まれた魔獣と言われていますがこれは本当にいろいろなものがいます」


 亜竜の出自に関しては眉唾としても、亜竜がドラゴンと魔獣のあいの子のような姿をしているのは確かだった。

 そして強力な魔獣であることも。


「それならおら見たことあるだよ」


 その時マリオンの後ろから声が上がった。

 声の主は先ごろあったヤギ飼いのユルゲンだった。


 ◆・◆・◆


「おおユルゲンもどっただか」


「やあ、今朝がたはどうも」

「オー、兄ちゃん無事村についただな…えがっただ」


 ユルゲンはマリオンの謝意ににこやかに答えた。


「それでユルゲンさん、見たことがあるというのは? 亜竜を見たということ?」


 マリオンが問う。


「んだ。間違いねえだ」

「ユルゲンいい加減なこと言うでねえだよ」

「い、いい加減な事でねえだよ…」


 村長ににらまれてたじろぎながらもユルゲンは話しをつづけた。


「ほれ村長、何日か前にヤギが一頭変なのにやられただと言ったでねえか? あの時の魔物は…今の話を聞いてみれば…はあ、きっと亜竜というやつだよ。確かに絵物語で見る竜に似ていただ、だが全然違っただ」


 なんじゃそりゃ。


「おめえのいうことはほんどによぐわがんねぇだよ。聞いてやるだからゆっくりと話すだ」

「おう、わかっただ。まかせとけ」


 なんともほのぼのした雰囲気だが話の内容は結構緊迫したものだった。


 その日ユルゲンはいつもと同じように、日の出の前にヤギを集め、放牧に出かけた。

 天気のいい日で。


「こりゃーきっと弁当がうまいだなー」


 などとのんびりしたことを言いながらピュンピュン鞭を鳴らし、ご機嫌で草原を進んでいった。

 いつでもどこでも能天気で幸せそうなのは彼の長所である。


 だがその日はちょっと様子が違った。


「空は青いのになんかどこかでゴロゴロ雷みたいなもんが聞こえるだ…稲光みたいなものを見たような気もしただが、目を向けたときには不思議なもんで何もないだよ」


「当たりめえだゴロゴロなった時にはもう稲光は消えとるだ、見えるはずがねえだ」


「あれ、そうだったのけ、おら知らなかっただ」


 ユルゲンが話し始めると周囲の手の空いた村人たちも手にジョッキを持って集まってくる。酒を飲みながら話に参加するつもりのようだ。

 どうもこのユルゲン、結構、村人に好かれているらしい。


 ユルゲンは首をひねりながらもそのまま放牧をつづけた。


 日が少し傾くまで放牧をするのが彼の日課であり、仕事である。毎日毎日彼は変わることなくこれを繰り返す。


 だがこんな変な日は初めてだった。

 青空のどこかでゴロゴロ音がする。なのに空には何もない。

 そんな時だ。いきなりズビシャ! と大きな音がした。

 メーというヤギの悲鳴が上がった。普通の泣き声ではない。本当に大きな断末魔。

 音に驚いてうずくまっていたユルゲンが、今度は悲鳴に驚いて顔を上げるとそれはいた。


 その魔物、頭は竜のように長細いものだったらしい、そして鱗におおわれた長く太い尻尾があり、その先端は瘤のように膨らんで鋭くとがっている。胴体は獣のようで前足が鳥のよう、背中に大きな黒い翼…


 そう言う姿の魔物がいたのだ。


「そいつはおらを見てニタアと笑っただ、これほど怖いものは…怒ったかーちゃん以外に見たことがねーだ」


 どんだけかーちゃん怖いんだ。マリオンは思った。


 だがユルゲンが見た魔物がただ事ではないことは間違いない。


 牛と同じくらいの大きさのヤギを口でくわえていたというのだから…


「おら、もう食われると思っただ…しっこもらしただよ」


 村人たちはああそうだったなと思い出した。

 確かにその日ユルゲンはズボンを汚して帰ってきた。そして件のかーちゃんにこっぴどく殴られていた。


「だがそん時だ、今度はぐおぉぉっとすごい声がしただよ。おらぶったまげて、また丸くなって顔をあげたらなんもいなかっだ…」


 場は静まり返っていた。もはやしっこもらしどころの話ではない。


「どう考えるべきだべ?」


 村長の声は低く抑えられていた。

 村長は内心失敗したと思っていた。あの日ユルゲンは『化け物が出ただ』と大騒ぎをしていた。

 ヤギが一頭へっていたのも本当だ。


 逃げたとは考えなかった。ユルゲンは決して嘘はつかない。はっきり言ってしまうと嘘をつくほどのおつむがないのだ。

 だから化け物にヤギを取られたというのは本当のことだろうとは思った。

 だがこの通り物事をうまく説明することができない男だし、根が臆病だ。小動物の影だってユルゲンには化け物だろう。だからそちらの方は大して気にもとめなかった。


 痛恨のミスである。

 そして幸運であった。

 そんな魔獣がいるのに今まで被害が出なかったのだから。


「今の話をまとめると…またどこからか魔獣がやってきて、シムーン様さ追い払われたということだべ」


「んだな、後から聞いた声っちゅうのがシムーン様だべ、まず心配なかんべ…」


「うんだな…すでに追い払われておるんなら問題ないだろ」


 マリオンは彼らの話を聞きながら楽観論が過ぎるのでは? と思ったが、何も言わなかった。いや、いえなかった。

 ヴァーゴがマリオンの肩を押さえ、静かに首を振ったからだ。


 このあたりの治安はクラナディア帝国でも冒険者でもなく竜神さまが守っている。ここでは討伐隊が組織されるようなことはなく、冒険者を雇うようなこともない。

 竜神さまが何とかしてくれる。

 それがこの村、この地方なのだ。


「んだどもしばらくは警戒をするべ。その魔獣がどんなんだかわかんないだが、すでに竜神さまにやられたか…そうでなくてもじきにやられるにきまっとるだ。

 しばらくは注意深くしておって大丈夫なようじゃったら普通に戻せばいいだ。

 後一〇日くらいか?」


 それが村長の判断だった。


「ユルゲンももういいというまでは近場でヤギの面倒さ見るだぞ」


「分かっただ。任してくれろ」

「ん。ちゃんと気を付けるだぞ。お前は物わかりはいいだが物覚えが悪すぎる。いくらわかってるつっても寝て起きたら忘れてしまったでは意味がないだ」


「任してくれろ」


 村長は軽くため息をついた。

 どうやら深刻な話はこれで終わりのようだった。

 結局のところその地竜シムーンが何とかしてくれるだろう…そういう話なのだ。


(スゲー、シムーン信仰スゲー…)

 マリオンは唸った。


 ここは間違いなくドラゴンが頂点にある土地なのだ。


 ◆・◆・◆


 そんなことをしているうちにあの少女の手当ても終わり。ティファリーゼが戻ってきた。

 どういうわけかけっこう急いで戻ってきた。


 そして手に握っていたものをマリオンの手に押し付けた。


「旦那様見てください、これすごいんです」


「なにこれ? ぶっ!」


 手に取って広げてみると、それは紛れもなく女物のパンツだった。

 いや、パンツとい言うのは適切できはないだろう。布一枚等ではなく、かなり厚みのある生地で作られている。

 生地とは言ったがその素材もなんだか分からない。

 少なくとも布ではない。

 布というのは織物なので縦糸と横糸があるものだがこれにはない。


 イメージとして近いのはビキニのボトムだろうか・・・確かに形もほぼそれだ。


(いや、これが陸妖精族ノームの少女の持ち物だとしたら、そのいでたちから下着ではなく『ズボン』のような役割と考えるべきかもしれない)

(そうだ…これは防具の一種だ)


 だがどんな言い訳をしても女性が下半身に着ける物である事は間違いないだろう。


 『イヤー』とか言わないでほしい。


 世の中には女性のパンツに興奮する男もいるが、そうでない男も結構いるのだ。というかマリオンにはパンツで興奮できる人間の感性が理解できなかった。

 パンツは所詮布の塊だし、ただの洗濯物なのだ。子供のころからお手伝いをして洗濯物を干したりたたんだりして来たマリオンにとってそれはやはりただの洗濯物でしかない。


 まあデザインが秀逸であるとか刺繍が見事とかそういうことは思う。


 マリオンはパンツの中身は好きたが特にパンツが好きというような嗜好はないのだ。


 つまりこういうときは構造に興味が行ってしまう。


「ここですここ」


 そしてティファリーゼが指し示す場所は…


「あれ、ゴム?」

「ねっ。旦那様のパンツと同じようでしょ」


 生地自体は厚みのあるチヂミ状の何かで、柔らかく肌触りが良い。しかも地球の綿織物のように伸縮性も持っている。

 さらに腰の横に来る部分はかなり高い伸縮性を持った別の何かで作られていて、本当にゴムのように延び縮みするのだ。


 これなら地球で一般に市販されている下着のように自由に脱ぎ着ができるだろう。


「こ…これは…(地球で売ってるような)パンツだね」

 はやりパンツだった。

「ですよね、もしこのビニョーンがあれば旦那様の見せてくれたのと同じのも作れるんじゃないですか?」


 それは以前参考にとティファリーゼに見せたブリーフのことだ。

 現在はティファリーゼの作った越中ふんどしのような下着を使っているが、ブリーフが手に入ればそれはとてもありがたい。

 マリオンはブリーフ党なのだ。


「はっ!」


 だが『これはまずい』ということにマリオンは気が付いた。周りに村人たちも白い目で見ている。ような気がする。


 一番の問題はこの持ち主であるあの少女だ。


 マリオンにとってただの布きれ(?)でも持ち主にとってはそうではあるまい。

 自分の下着ではなくズボンかもしれないが、こういうものを男にいじられてうれしい女性はいないはず。


「ティファ、良く見つけたね…あの子の持ち物だろ…でも…」


 ちゃんとして戻すようにと言いかけたところでティファリーゼのアホの子が炸裂した。


「はい、あの陸妖精族ノームの女の子が穿()()()いたものです。脱がせてきました」

「あほかー!」


 ズパーンとハリセンが唸った。


 つまり脱ぎたてのパンツをしげしげと観察した挙句、手触りとかしっかり確かめてしまったわけだ。

 これでは変態さんになってしまう。


 マリオンは『ハリセンではなくスリッパを作るべきか』と真剣に悩んだ。多分ハリセンでは攻撃力が足りないのだ。

 ダメージ一〇である。すごく悲しい。


「すぐに返してらっしゃい」

「でも洗いませんと…そのために持ってきたんですし…」

「分かった、洗ってから返しなさい」

「はーい」


 村人達があっけにとられてみている中、マリオンはこのことは内緒にしなくてはと心に誓った。


 ◆・◆・◆


 魔法薬というのは本当に大したもので、翌日には陸妖精族ノームの少女はかなり回復していた。


 もともと傷自体はそれほど深くはなく、骨折などの大きな怪我もなかった。

 ふらふらだった主な原因は遭難してからこっちの飲まず食わずと疲労によるものだったので、魔法薬で体力を回復し、ちゃんとしたベッドで睡眠をとり、目覚めてからの温かい食事で、あっという間に元気に…とは言わないが普通に歩けるくらいにまで回復した。


 昼すきごろに彼女が起きてくると村の人たちは彼女の前に進み出て昨日の無礼を謝罪した。


 特に最初に勘違いをしたエヌマは平謝りに謝って、最後には彼女の方が『もういいから気にしないで』とフォローに回る始末だった。


 はたで見ていたマリオン達にはかなり微笑ましい光景で、マリオンはその様子を脇に置いてある椅子に座って眺めていた。


 その少女は今日は村の女たちが用意した普通の服を着ていて、鎧も装着していないために普通の娘さんに見える。

 ちょっと表情が乏しいのは疲れているせいだろうか。


(普通の美少女だな…)


 そう、普通の綺麗な女の子に見えるのだ。

 妖精のような美しさという言葉があるが、マリオンは妖精族と聞いたときに『エルフ』的なものをイメージしていた。


 つまり『耳が長くて尖っている』『とても小柄』『スレンダー』『貧乳』『男女の差があまりない』とこんな感じだ。

 だが彼女は確かにきれいだが耳は尖っていないし、女性らしい体型をしている。ちょっと小柄だからきれい+可愛いが良いバランスで混じっている。


 人族との一番の違いは躰の表面に走る朱色のラインだろう。

 首筋や七分の袖、そしてひざ丈のスカートから覗く素肌に見える朱色のライン。

 繊細で流れるようなラインと幾何学的な図形を組み合わせた文様が躰に刻まれていて幻想的に美しい。


 背中から首、両肩から腕、腰の脇から太ももの脇を通って膝下と、文様があるのは昨日装甲が覆っていた部分だ。


 服の下になっているのではっきりした形は見えないが、その紋様に沿って魔力が流れているのが見えるためにマリオンの霊子知覚にはその大まかな形が見て取れた。


「あの…お助けいただいたそうでありがとございます。ユーリア・アルタイルと言います…あの…ありがとう…です…このご恩は陸妖精族ノームの名にかけて…必ずお返しします」


 ユーリアと名乗った少女はちょっとたどたどしい喋り方でそう感謝を述べた。

 これに対してマリオンは大げさな、と思う。


「あまり気にしないでください。こちらも行きがかり上助けたようなもので、特に何かしたというようなことではないんですから…君の運がよかったんですよ」


「いえそういうわけには…いきません…妖精族としてうけた厚意を返さないのは…許されません…どんな形であれ、必ずお礼はします…

 えっと、でもエッチはだめです。

 エッチなお礼はできません…妖精族は身持ちが硬いんです」


 そう言うとユーリアは自分の体を抱くように腕を組んだ。


「あるえ?」


 なぜ彼女は僕にエロいことをされるような流れを前提にして話しをしているのだろう? マリオンは真剣に疑問に思った。


 だが、見たところまだ若いお嬢さんだ。成人してすぐくらい。多分一六、七歳という所だろう。

 このくらいの年ごろなら自意識過剰というか、男はそういうことを求めてくるものだと思い込んでいる可能性もあるのではなかろうか。

 昨日のパンツの一件が耳に入っているとは考えにくい。


(ああっ、そうか、この、思春期な娘だ)


 年下の、しかも大して面識のない女の子にセクハラまがいのからかいをかけるようなアホなことをするマリオンではない。

 マリオンは努めて紳士的に。


「そうですよね…そういうことはやっぱりちゃんとしないといけないですよね」


 同意してみた。


「そっ、そんな…『ちょゃんとる』だなんて…」


 ユーリアは衝撃を受けてよろめいた。


「あの…人族が一夫多妻制なのは知ってます。

 ティファリーゼちゃんのような子をどうこうするのも、本人の合意があるなら私が何か言うようなことじゃない…と思います…でも嫌がる人と、というのはだめだと思います…何か別の形で必ず恩返しはしますからそれだけは堪忍して…」


 これでは襲ってる男と襲われてる女の子の図だ。いやむしろ借金のかたに身売りを迫られている女の子の図か?


 だが大体事情は分かった。


「ちょいと、ティファリーゼさん。ここにいらっしゃい」


 マリオンは大きな声でティファリーゼを呼んだ。


 彼女が何か言ったのだ。多分自分のことをマリオンの所有物とか情婦とか夜のお供とか…奴隷であることは間違いないがそこに性的な意味合い(がんぼう)が混じっていたに違いない。


「はーい」 という声がして。

 ズパーンという景気のいい音がして。

「あうっ」 とティファリーゼが呻いた。


「虐待! なんてことを!」


 事態が悪化してしまった。


 いつものやり取りであり、凶器はハリセンなのでダメージとかはないのだが、どうやらユーリアはその攻撃音に驚いて、更に誤解を深くしてしまったらしい。


「あるえ~?」


 この誤解を解くためにマリオンはティファリーゼと一緒にこれは虐待ではなくコミュニケーションであると懇々と説明をする羽目になった。

 その途中、ハリセンが音ばかりでたいしていたくないことを証明するためにティファリーゼがユーリアのお尻を叩くシーンがあったりして、結局誤解は解けたが、マリオンは世の不条理を真剣に嘆いたりしたとかしなかったとか…


トヨムです。

35話をお届けします。


感想などございましたらぜひお寄せください。

誤字や脱字などもございましたらご一報ください。

お願いします。


それではまた次回。

お相手はトヨムでした。

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