第34話 妖精族の少女
2015年8月7日/誤字修正
しました。
第34話 妖精族の少女
「ねえ、エヌマ…あれは何かね?」
スヴェン村の入り口で洗濯物を抱えた一人の女が街道をやってくる人影に気がついた。
体格のいい、平たく言うとお太り遊ばしている女性だ。いかにも農婦、村の主婦という感じに見える。
問いかけられた方も同様の女性で、こちらは少しほっそりしている。ただあくまでも少しだ。
「ありゃあ…人のようだね」
エヌマと呼ばれた女は目を凝らすようにして遠くを見た。テレビもない、本も少ない。見えるものは自然環境だけ…こういう人たちは現代の日本人からは考えられないほど目がいい。
まだ一〇〇mはある遠方の様子がエヌマにはかなりはっきり見て取れた。
そこにいたのはフード付きの外套を頭からすっぽりかぶった小柄な人影だった。
外套をすっぽりかぶっているので判然とはしないが、裾から足鎧が見える。
「遭難者かね…」
「そうだね…このまえもあったしね…いってみよう…メイ」
エヌマは太った女、メイにそういうと洗濯物のタライをわきに置いて、その人物に向けで歩き出した。
走ったりはしない、歩きながらその時間で様子を確かめるのだ。
本当は誰か男手を呼びたいところだが、今は忙しい時間で人手が余っていたりはしない。この状況で、人を呼ぶのはいろいろ迷惑になる。
それにこのあたりは魔物の少ない土地でめったに危険な動物などもでない。無理をしなければまあ大丈夫だろうという感覚がある。
それでも二人一組で行動するところはやはりこの国の人間なのだろう。
◆・◆・◆
スヴェンの村はアルダマ西山脈と呼ばれる山々の連なりのふもと近くにある村だ。
標高が高く、広い土地がなだらかに傾斜しているのだが、傾斜が南向きであり、日当たりも良く雨も多いために農耕、そして牧畜が盛んで割と豊かな村だった。
アルダマ山脈というのはオルトス大陸の中央部に横たわる東西に延びる山脈で、西と東に分かれ、中央部が低くなっている。
この部分に南北をつなぐ街道がある。
うねるように続くなだらかな坂道の連続で獣車も通れるような道がちゃんと存在している。
とはいっても標高は二〇〇〇mを超えるし、距離も長く日数もかかる難所であることは間違いなく、それほど頻繁に人の行き来があるわけではない。
ではなぜこんな道があるのかというと一獲千金を狙って『冒険』を、ギャンブル的な意味での『冒険』をする人間がいるからだ。
北には『鍛冶の町スミシア』があり、当然ここでは金属加工が盛んにおこなわれている。
ところが南には金属加工に適した場所がなく、南で使われるのは魔物由来の甲殻製品が主流だ。
そのため北の金属製の武器防具を南に持っていくとかなり高値で売ることか出来たりする。
仕入れ値の三倍から五倍と言われている。
これは正規の輸送ルートが山を迂回する大回りルートであることが第一の原因だった。
となると『なら自分で山を越えて剣を運んだら?』と考える人間が当然出たりする。
危険な賭けである。
そしてさらに一つ悪辣な罠が存在する。
この峠の街道は大きくうねっていて、スミシアから来るといったん西側に伸びて、そののち東に戻って裾野に続いている。
北側から来るともうすぐ裾野だ…と思えるあたりからいったん山の中に引き返し、しばらく東に進まないといけないルートなのだ。
山道というのは実はこういうのが結構ある。
ここをまっすぐいければすぐなのに…そう思える場所があるものなのだ。
そして中には軽装で獣車なども持っておらず…『自分の足でならいけるのでは?』という誘惑に負けてしまう人間もいたりする。
そういう人間は高い確率で遭難することになる。
そして彼らが、運よく助かった一部の人が、命からがらたどり着くのがこのスヴェン村の西の街道というわけだ。
この罠の悪辣なところは、まれに成功する者があることだろう。
たとえ一〇〇〇人が行方不明になろうとも、成功したたった一人の自慢話の方が、語られることのない悲惨な結末よりもずっと人の口の端にのぼるのだ。
死んでしまったマジョリティーは、きっと『やめておけ』と言いたいだろう。だがまさに死人に口なしなのだった。
今歩いてくる人間もそういった無謀な、運のいい人間の一人だとエヌマとメイは考えた。
◆・◆・◆
「ちょっと、あんた、大丈夫かい?」
二人がその人影に接触したのは村から五、六〇mくらいの所だった。
声をかけられた人影はその場で立ち止まりふらふらとしている。
「あんた?」
人影からの返事はなかった。
気力が尽きたのかがっくりと膝をついてしまう。
これはいけない、かなり状態が悪そうだ。二人はそう判断して目配せをしあう。
どちらかが村に行って助けを呼んで来ようという合図だ。
その間、外套の人物の近くにいたエヌマの耳にはヒューヒューという呼吸音が聞こえている。
その音は、まるで山から吹くおろしででもあるかのようにエヌマに形容しがたい寒気を覚えさせた。
いやそれ以前に外套の上から触った体が妙に硬質だ。
鎧だと思っていたが本当にそうだろうか…
以前見たことのある鎧とは違うような気がするのだ。
あの時の鎧はこんなに起伏に富んでいなかったし、もっと大きかったように思える。
この感じではまるで子供に鎧を着せたような…
エルマの顔は少しずつ青ざめて行った。
深くかぶったフードからは、顔や体は見えない。金属質の足鎧が見えているが鎧というには妙に有機的でまるで鉄でできた生き物のようで…
「×××…」
フードの人物が何か喋った。だがエヌマには聞き取れなかった。
フードの右手が持ち上がり、エヌマの腕をつかんだ。
「ひっ」
エヌマはすくみ上った。
それはやはり銀色に輝く指だった。そう鎧ではなく指…
ガントレットをしているようには見えなかった。そういうごつごつした感じはなく、細くて繊細な、まるで鋼のような硬い、それでいで温かいもので指を作ったような…
こういう情報僻地の人間というのは大概迷信深いものだ。
その迷信深い女がまず想像したのは『アンデット』と呼ばれる魔物だった。
動き回る死体、戦士が山の中で死に、死にきれずに彷徨って、いつしか骨になり、それでも何かを探してさ迷い歩く…
おとぎ話でしか聞いたことがない。もちろん見たことなどない魔物…だが自分の腕をつかんでいるその指はまるで鋼でできた太い骨のようではないか。
エヌマはひきつった顔で相手の顔を見ようとした。
恐ろしいものから目をそらせない。そういう感情だった。
フードで隠れた顔を覗き込む。
高い太陽の所為か目深にかぶったフードの中は見えなかった。ただ熾火のように輝く二つの光が…
「ひいぃぃーっ」
魂切る悲鳴がエヌマの口からほとばしった。
「放してくれろー」
放しても何もエヌマが手を振り回しただけで相手は地面に転がってうずくまっているのだが、パニックを起こしているエヌマにはわからない。
エヌマは大慌てで助けを呼びながら村に駆け戻っていく。
先に村に向かったメイも後ろから突進してくるエヌマの鬼のような形相に驚いて普段からはあり得ないスピードで村に駆け戻った。
倒れた外套の下から『たすけて』というかすかな声が漏れたがそれも届くものではなかった。
◆・◆・◆
「旦那様…何か騒ぎが起きているみたいです」
前を走る獣車からティファリーゼの怒鳴り声が聞こえる。
「んん?」
マリオンはティファリーゼの声を受けてその獣車に飛び移った。
こういうことができるのはマリオンが操っているのがテッタの獣車だからだ。
頭のいいこの石獣は少しくらい手綱を放しても問題なく動いてくれる。
箱車の上に飛び乗り、屋根を歩いて御者台に…
見るところ村まではまだ少し距離があったが、風向きの関係で彼らの声がティファリーゼの耳に届いたらしい。
「本当だ…何かもめてるな…」
マリオンは聞くことはできないが、見ることはできる。
頭から外套をかぶった小柄な人物がふらふらと村の方に進み、村人たちが棒やクワや鎌をもってその人物を威嚇している。
「何をやっているんだあれ…」
マリオンが意識を凝らすと取得される情報量が増え、よりはっきりと見えてくる。
その人物は頭からすっぽりとフード付きの外套を被っている。その外套もかなりボロボロだ。
「女の子?」
マリオンのサーチで脳裏に映し出されたのは外套の下に鎧を着こんだ女の子だった。もちろん外からは見えないがマリオンには外套の下も把握できてしまう。
まだ若い女性のようだった。
少女と言っていいかもしれない。
鎧が壊れたのか胸の部分の装甲がなく、胸が、形の良いおっぱいがむき出しになっていてそれを外套で隠している。
ここら辺が透視てしまうのはやむを得ないところと思ってほしい。
「あっ、倒れた」
マリオンの見ている先でその少女が倒れた。
「今のうちにぶちのめせみたいなこと言ってます」
ティファリーゼの耳にはそんな物騒な言葉が聞こえている。
「え? マジ? まずいじゃん」
マリオンはアルビスをティファリーゼに預けて獣車を飛降り駆け出した。
「なんか、こういうのが続くとカタパルトから打ち出される起動兵器の気分だよ…」
まあ、わからなくもない。『いっきまーす』の世界だった。
◆・◆・◆
「た、倒れたぞ…」
「『動く死者』なら、今は動きづらいのかもしれん…」
「こ…これは山で死んだ人間がたまたま彷徨い出てきたのかもしれんな…」
「神官様…浄化か何か…出来ませせんか?」
「いや儂はそんな高度な魔法は…骸骨系なら細かく砕けば止まるはずだ…そのあとで水に流せば…」
それ吸血鬼じゃないのか?
何か勘違いしているような気もするが、村の男たちは神法官の言葉を信じて、棍棒を手に進み出る。
ただし、おっかなびっくり、そろそろと…
人間か魔物かぐらい見ればわかるのに…というようなことは言い切れない。
彼らが勘違いしたように『動く死体』というアンデットモンスターには見た目、人間そっくりなものもいるのだ。
確認するべきだというかもしれないが、相手が危険な魔物であった場合、その確認で人死にが出るかもしれない。
村人の中にも、うずくまって動くことのできないその外套の中身が、ひょっとしたら人間なのでは? と思う者もいるにはいたが。彼らにとって大事なのは見ず知らずの他人の命ではなく、同じ村で暮らす隣人の命なのだ。
だからその倒れ伏す人物を攻撃しようとした農夫たちが攻撃を躊躇したのは疑問ゆえではなく恐怖のためだった。
だがその逡巡がマリオンに時間を与えた。
◆・◆・◆
「ちょーっとまったー」
土煙を上げて制動をかけつつ、いきなり滑り込んできたマリオンに、村の者たちは心の底から驚いた。
それだけマリオンの動きが速かったということであり、それだけ村人たちがフードの人物に意識を持っていかれていたということだ。
「なにしてんだあんたら、よってたかって」
「邪魔しねーでくれ、ま、魔物は倒さにゃならんだろ」
「んだ」
「動く死者など、のさらばしておいたら、ろくなことになんねー」
マリオンの言葉に村人たちが一斉に反応する。
マリオンは最初、彼らが何を言っているのかわからなかった。
「なに言ってんの? この人生きてんじゃん」
それはマリオンの側からすると当たり前のことだ。マリオンはその人物がまだ若い女性であることを知っているのだから。
だが村人たちはその少女を『アンデットモンスター』だと決めてかかっている。
村人達の暴走は一人の女の思い込みが原因なのだが、その場面を見ていないマリオンにそんな事分かるはずがない。
マリオンはいろいろ疑問を感じながらも倒れた女性を助け起こした。それと同時に外套がはらりとはだけ、フードが落ちる。
「ひい」
「?」
村人たちはマリオンの行為に、そして現れるであろう恐ろしい何かに恐怖して悲鳴を上げた。
だが、村人たちの予想に反して、そしてマリオンの予想通りに、現れたのは普通の人間の顔。いや、擦り傷などがあり汚れてはいるがとても美しい少女の顔だった。
「・・・・・・・」
「「「女の子でねーか!」」」
村人たちの声がそろった。
「やっぱり遭難者だったのか…」
「怪我しとるで」
村人達は一様に拍子抜けして、互いの顔を見合わせ、次いでその視線は最初に騒いだ女や、攻撃を指示した神官向かうのだ。
「だっ、だって変な指してたし…」
ばつが悪そうに抗弁するエヌマだが、マリオンだけが勘違いをしても無理はないかも…とそんな感想を抱いていた。
抱き起したことで外套からこぼれた彼女の左手は装甲でおおわれていた。
それは『鎧』を『着ている』のではなく、体の動きに合わせて作ったパーツ分けされた装甲板を直接腕に貼り付けたような、そんなものに見える。
しかも見た目はそのまま鋼の質感で、皮膚表面が装甲になっているために手袋やガントレットのような『装備』っぽさがまるでない。
鋼鉄で作られた腕のように見えるのだ。
(確かにこの腕でいきなりつかまれれば驚くかもねえ…)
人間だと思っていた相手がのばした手が金属製だったら自分でも驚くだろう。マリオンはそう思ったのだ。
(だけどそうするとこれは何?)
その答えはすぐにもたらされた。
「この方…陸妖精族のお嬢さんですね…」
獣車を駆って追いついたティファリーゼがその女性を見てそう断定したのだ。
マリオンの頭に『?』が浮かぶ。
「ノーム?」
「はい、妖精族の一種族で…大地の妖精族と呼ばれる種族です。自分の魔力を編みあげて体に鎧のような装甲を作れると聞いています。この格好はそれだと思います。
鍛冶種族とも言われていて、確か金属加工とか、石材の加工とか…とにかくものづくりにものすごく適正のある人たちだったと…」
「妖精族?」
「はい」
「へー、妖精族ってこういう人たちだったんだか…」
意外だった。
なんというか『妖精族』という言葉からイメージとしては当然普通の『エルフ』的なものをイメージしていたのだ。
マリオンの中にある妖精のイメージは『耳が尖っている』『ずいぶん小柄』『スレンダー』『貧乳』『男女の差が少ない』
とこういうものだった。
だが今腕の中で気を失っている少女は体格は少し小柄だが普通の女性と変わらないし、耳元がとがっていないし、そうスレンダーでもない。
ウエストは細いが、腰は女性らしい曲線を持っているし、なんといってもおっぱいが立派だ。巨乳ではないが、立派。これは大事。
能力や陸妖精族という名前からはドワーフも連想できるが、こちらとも見た目の共通点はないようだ。
「ゲッ、妖精族って…」
「エヌマの勘違いかよ?」
「鍛冶師様? まずいんしゃねえべかこれ…」
この様子を見ていた村人たちの方からもひそひそと声が上がる。
マリオンが水を用意して差し出すとその少女は、ガバッ! という表現がふさわしい勢いで飛び起き、マリオンの手から器をひったくるとぐびぐびと飲み干し、本当に妖精のような笑顔でにっこりと笑った後にパタリと倒れた。
「うわー死んだー」
いやいや死んでねえから…
泡を食っててんやわんやする村人たちを尻目にマリオンはその陸妖精族の少女を見つめた。
髪の色は白、と言っても白髪とは違ってクリーム色がかった柔らかでつややかな色だ。瞳はエメラルド色で、肌の色はどちらかというと色白。
かなりレベルの高い美少女だ。
目を引くのが件の装甲で、喉から両肩。そして腕全体。背中、脇腹、腰から太もものかけての外側、そして膝から下が魔鋼のような質感の装甲でおおわれている。
単なる板金鎧と違って有機的な曲線で作られた左右非対称の装甲だ。
そして顔や胸の前面からお腹にかけて、そして下腹部からお尻にかけては装甲が存在しない。
鎧をつけている今だから、直観的に『これは性的な意味合いだ』と理解した。もっと言うと『生物学的な理由』だ。
つまり子供を産み、そして育てるという行為の邪魔にならないように、女性として大事な部分には装甲が存在しないのだ。
彼女の身につけている衣類はビキニの下のような面積少な目のパンツと、刺繍などで補強された革の貫頭衣型のサーコート(鎧の上に着る防具)だけ。
貫頭鎧衣は帯状で、頭を通し、前後に垂らして脇を縛る構造だ。
けっこう破れている。
不思議なことにパンツは装甲板に溶け込むように一体化していて、これも、彼女の身にまとっているこれが、鎧ではなく魔法的な何かであると物語っていた。
(おそらく胸の所にも別の防具があったんだろうな…)
貫頭鎧衣の幅はあまり広くなく、体の前面は隠せても側面はカバーできない大きさだった。
破れていることを抜きにしても形のいい胸を隠しきれるようなものではない。
防具と考えるなら下に胸当てか何かないと十分な防御力を確保できないだろう。
(げっ、なにこれ?)
そんなことを考えているうちに、彼女が完全に意識を失ったせいだろうか鎧が空気に溶けるように薄れて素肌が見え始めている。
「いかん!」
マリオンはあわてて外套の前を合わせ、彼女の体を隠した。女性に対するマナーである。
そのマリオンに一人の男がおずおずと近づいてきて話しかけてきた。
「あのー、わしは、この村の村長を務めておりますトミといいますだ…それでそのー…悪気はなかったといいますか…その…」
そう言って話しかけてきたのは小太りの背の低いおじさんだった。見事に頭が剥げている。
「いや、悪気はなかったではすまんでしょ…危うくアンタラ人殺しだよ?」
マリオンの言葉に村長はばつが悪そうに頭をなでてぺこぺこしている。もともとは善良な人のようだ。
負い目があるから腰が低くなり、マリオンの文句にも腹が立つより恐縮してしまったらしい。
この瞬間マリオンと村人の力関係が定まったといっていい。
「はあ、面目ないことで…ヴァーゴ様が砕いて水に流せというもんで…」
村長の言葉を受けて飛び上がったのは当の聖職者だった。神官衣を着ているのですぐにわかる。こちらはやせぎすの老人だ。
「村長、わしは死者系魔物の対処法を答えただけで…決してこの人を攻撃しろと言ったわけでは…ないのですよ?」
喋っているうちにどんどん言葉が力をなくしていく。
「いやでもですな、ヴァーゴ様…」
「しかしですよトミ村長…」
この二人の対応を見て村人たちも心配になったのだろう。いや誰が悪い、彼が悪いと始まってしまった。
一番の槍玉にあげられたのは当然最初に騒ぎ始めた二人の女だ。
二人は既に涙目になっている。
「いいからー! とにかくけが人の手当てをする。ほらちゃっちゃと動く、この子がちゃんと治れば問題ないんだから!」
マリオンは少女を抱え上げて大声をあげた。
「「「はははい」」」
マリオンの大声で村人たちはビクンと跳ねて、途端に右へ左へ駆けまわり始める。
ハチの巣を突っついたような騒ぎというのはこういうことを言うのだとマリオンは納得した。
この瞬間、マリオンはこの一件に関する責任者に任命されてしまったのだ。
◆・◆・◆
「ほら、けが人をどこかで休ませる」
「へい、ほんじゃとりあえず村長の家さ…」
「薬を持ってきてくれ」
「はい、すぐに…」
「女たちはお湯を沸かして、彼女を拭いてやれ」
「はいな」
村人たちは何をどうすればいいのかいちいちマリオンに聞きに来る。
「なにかがはげしく間違っている気がする…理不尽だ…」
確かにその通りなのだが、『好きにしろー』とか『自分で考えろー』とかいうわけにもいかない。
そんなこと言って助けた女の子に何かあったら目も当てられない。
マリオンは眉間をもみながら村人たちに指示を出していった。
とはいっても村の詳しい状況が分かるわけではないので、ああしろこうしろと命令するだけで、後は村人に勝手にやってもらうしかない。そこまで聞かれていたらさすがにマリオンも切れただろう。
「マリオン殿、申し訳ないのだが村には薬が…」
すこしするとヴァーゴが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「ないのですか?」
「はい、先日大量の遭難者がありまして」
大量の遭難者…なんかいやだな…
「そのときにずいぶん使ってしまいまして…補充は手配しているのですが…まだ届きません…最低限は残してあるのですがこれを使ってしまうと…」
つまり村人の分が無くなってしまうということだ。
ヴァーゴは教会に所属する神法官で、一応回復魔法は使えるらしいが、魔力がよわく、初歩の魔法を何度か使えばしばらく休まなくてはならなくなってしまうらしい。
もともとこういう辺境の村に配属される神法官は、修行中、駆け出しの若手か、引退間際の老人というのが相場だ。
回復魔法がしっかり使える神法官は中央でも引く手あまたでこんな平和なところまではやってこない。
この村の医療は、ヴァーゴのささやかな魔法と、神殿から送られてくる魔法薬で賄われているわけだ。
ヴァーゴは自分の魔法がどの程度当てになるのか知悉しているために、村人のためにある程度の魔法薬は残しておきたいというのだ。
そう言われてはマリオンとしても無理にということはできない。
そしてマリオンの手持ちの薬は、先日大量に消費してかなり減ってはいたが、それでもまだ少し余裕がある。
陸妖精族の少女の怪我の具合にもよるがやってやれないことはない。
「分かりました。じゃあ僕の手持ちを使いましょう…」
「助かります」
マリオンは最初村の人に薬を渡そうとして考え直し、ティファリーゼを呼び出して、薬の袋を渡した。
彼女の怪我を見るのは医者でもあるヴァーゴ神官だが、他の男は遠慮するべきだろう。であれば当然のようにマリオンも彼女が運ばれた部屋には入れない。
だがティファリーゼは女の子だ。薬を提供するマリオンの代理で、薬の内容も知っているのだから同席してもおかしなことはない。
マリオンが心配したのは村人が薬を盗まないように、ということと、無駄使いされないようにということだ。
せこいなどと言ってはいけない。
マリオンが社会人になって、会社に勤め始めた頃、上司に言われたことがある。
『机の上に100万置いてあればだれでも盗む。それが当たり前なんだ。だから盗めるように金を置く方が悪い』
と…
必ずしもそんな人間ばかりでないことをマリオンは知っている。
だが人間である以上、迷いや葛藤が生じることはあるだろうし、見つけてしまえは放置もできずに扱いに困ることにもなるだろう。
管理責任者が盗難などが起きないようにきっちり管理する。それが誰のためにもなることで、必要なことなのだ。
貴重品を扱うときの心構えの話だ。
◆・◆・◆
「さて、けが人が女の子である以上もうできることはないな…村長さん…いくつか聞きたいことがあるんですけど」
「ホイ、なんでしょうかの」
「実は…」
マリオンは確認せねばならないことを一つ一つ頭の中で整理しながら話を切り出した。
トヨムです。
34話をお届けします。
感想などございましたらぜひお寄せください。心待ちにしております。
それではまた次回。
お相手はトヨムでした。




