第31話 風雲急を告げる(修正)
2015年7月28日。誤字修正しました。
第31話(迷走編) 風雲急を告げる
「どうだった?」
「へい、残骸しか残っていやせんでした…それもごくわずか…ほとんどが食い散らかされてて何が何やら…」
「ということはやはり全員食われたか…まあ、いい。逃げた女の始末がつけばいいんだ…ただ、あの女はもったいなかった。本当にいい体をしていたからな…」
盗賊のカシラはそう言ってあごの無精ひげをなでた。
いかにも野蛮人という感じの、暴力だけが取り柄の男ですという見た目の人物だ。
いくら盗賊だからと言って、もう少しひねりがあってもいいのじゃあるまいかと思うが、『盗賊』という暴力を旨とする集団のリーダーとなると、それをまとめられるだけのインパクトと暴力は必要なのだろう。
どうしてもパターン化してしまうと言うわけだ。
毛皮の装備を身につけたその姿は人間というより野獣と言った方が似合いそうだが、回りの盗賊たちは良く男の言う事を聞いている。
カシラは朝になると同時に、もう一度、確認のために手下を送りだした。だが結局何も分からなかった。
カシラはつまらなそうに唾を吐くと、椅子に座って酒をあおり始めた。
だが一方でその姿を見て冷や汗を流している者もいた。
『おい、どうする?』
『バカ野郎…どうしようもないだろう』
現場を確認に行った盗賊たちだった。彼らは気づかれないようにひそひそと言葉を交わす。
彼らが調べに行ったその場で見たものは、肉食大猪の食事の後、つまりかつて人間だったもの。かつてドリーだったものその痕跡…
だがその場にあったものはそれだけではなかった。
地面に残ったかすかな足跡。
もともとがむき出しの荒れ地で、しかも肉食大猪に踏み荒らされていてその現場自体には何も見つけることができなかった。
だがたまたま移動した方向。ゾラという街がある方向に、ドリーの走った後と思しき足跡が残されていた。
確かに残されていたのだが…
「あれが逃げたドリーの足跡だとは限らないだろ?」
盗賊たちは今一つ確信が持てなかった。
それがドリーの足跡であることはまず間違いない。
だが現場から10メートル以上離れた場所から始まっている。
となると昨日付いたものとは限らないのではないだろうか?
さらに昨日のドリーの足跡だとしても、ドリーが乗っていた人間をふり落として逃げたことは間違いない。もし女がそれに乗っていたと考えるならば、肉食大猪に驚いて逃げ去るドリーに飛び乗り、そのまま逃げたことになる。
ありえないことのように思えた。
盗賊たちは結局『逃げたのはドリー一匹。人間は全部食われた』と判断した。
だが人間というのは念を押されると不安になることがある。
このことをカシラに話すべきかどうか彼らの中に迷いが生じた。
もし彼らのカシラが『人の話を聞く人間』であったなら彼らはその話もしたに違いない。
そうすれば少しは状況も変わっただろう。
だがカシラは気に入らないことがあれば腕力で返事をするタイプだった。
わざわざご注進をして痛い思いをするのは誰だっていやだろう。
その逡巡は結果的に彼らから貴重な時間を奪い取った。
致命的な手遅れを招いてしまったのだ。
ピューと音がした。
続いてトストスという音。
大した音ではない、だがそれに続いて悲鳴が上がった。
「くわっ、くせえ!」
「煙矢だ!」
「がさ入れだ!」
盗賊たちに混乱が広がった。
盗賊のかしらのそばにもピュルルルと音をたてながら『煙矢』は落ちてきた。
音がするところは鏑矢のようだが、音を出すことが目的ではない。
矢の先端が方錐形の籠になっておりそこに香草を詰めて火をつけて撃ちだすもので、効果は催涙弾に近い。
ピュルルルと音がするは構造上のおまけみたいな物だ。
盗賊のかしらはその矢が近くに落ちた瞬間に地面に身を投げだした。そしてそのまま壁際まで転がって壁にぶつかったところで丸くなって息をひそめる。
野生の勘とでもいうのかものすごい反応だった。
一方手下の盗賊たちの方はそうもいかず、もろに煙に巻かれてもがいている。
煙自体はすぐに流れてしまうのだが、この煙、かなり凶悪な香草を詰めたらしく、一度吸い込んでしまうと激しい目の痛みと咳き込みはすぐには止まらない。
盗賊たちが右往左往する中に、三〇騎もの強鳥騎兵がなだれ込んできた。
◆・◆・◆
ヘラルドたちの奇襲は完全に成功した。
煙が張れた頃、三十騎の騎兵が突入してくる。
目と喉の痛みにもがく盗賊たちに、走り抜けざま容赦なく武器を叩き込む。
ハンマーが盗賊の頭を叩き潰し、剣がたたき割る。
「ぐわっ」
「ぎゃー」
「ひーっ」
盗賊のアジトはあっという間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
悲鳴と泣き声がこだまし、武器を打ち鳴らす音がかぶる。
この場面だけ見ると盗賊の方が一方的な被害者だ。
だがこれは当然報いというものだろう。
今まで数多の人間をなぶり殺しにしてきた盗賊たちの、今度は殺される番が回って来たと言うだけの話だ。
ヘラルド達の目的は『盗賊の殲滅』であったから、盗賊たちは容赦なく殺されていった。だがそれも彼らに殺された人達に比べればまだしもマシな死に方だったのではないだろうか、盗賊は冒険者達にとって『狩るべき獲物』ではあったが『嬲るべき玩具』ではなかったのだから。
少なくとも盗賊たちは楽に死ぬことはできたのだ。
「一人も逃がすな…殲滅しろ! ああ、投降する奴は捕まえろ!」
ヘラルドの微妙な檄が飛ぶ。
この盗賊たちには一人いくらで賞金がかけられていて、たとえ死体でも十分に利益が上がる。
盗賊を皆殺しにするだけで、集めた部下に給金を払っても十分おつりがくる程度にはこの盗賊たちは迷惑な存在だったのだ。
さらに生かして捕縛すれば犯罪奴隷として売却できるかもしれない。極刑になるとしても捕獲の方が賞金が高くなる。
だが今はそれを目指すべき時ではない。
今回、目指すべき目標は別にあるのだから。
「これが要石だな…この下に結界石が…」
ヘラルドは地面に降り立ち、最近動かされたばかりと思しき大きな石をなでた。
この下の結界石さえ手に入れば帳尻などどうでもいい。いや、どうとでもなると言うべきか…
「少し心配したがこのサイズなら輸送部隊が来れば動かせるな…」
ヘラルドはうんうんと頷いた。
あまりおおぜいの人間を投入して結界石を掘り返すという事態はさけたかったのだ。
ここに連れて来たのは信頼できる。しかも自分よりも格下の冒険者達だ。まず問題はない。
自分が狩猟団を結成するときにはぜひ参加してほしいとすら思っている。
だが人間社会はしがらみが多い。
ヘラルドの足を引っ張りたいもの、出し抜きたいもの、いろいろいる。
そういう連中の介入を許す隙を作りたくはない。
『狩猟団。ひとまずは三〇人規模…』
迷宮の中で安全を確保して大きなキャンプを張れる。十分に資材を投入して腰を据えで狩りができる。
こんな人類圏の真ん中でも冒険者の需要はある。だが冒険者になった以上は魔物の跋扈する迷宮、魔境で華々しく活躍したい。
ヘラルドもそう思っていた。
ヘラルドの脳裏には三〇人の精強な戦士たちが大きな魔物を囲み倒し、そして勝どきの声を上げる姿がよぎっていた。
魔物は強い。浅いところにいる魔物であれば数人のパーティーでも十分に戦える。だが迷宮深くに生息する強く、大きく、希少な魔物を狩るためには十分な人数と日数が要求される。
そしてそういう魔物は魔石も大きく、魔導核でも出れば一匹で三〇人の狩猟団が一年楽に暮らせたりするほどの金になることすらあるのだ。
『一流の冒険者の仲間入りだ』
夢が膨らむ。
そんなヘラルドの妄想を打ち破ったのは、ズドンという腹に響く轟音だった。
「があっ」
ヘラルドの隣に立っていた男が胸を押さえて吹っ飛んで倒れる。その胸は大きく陥没し、口からはピンクの泡が、コポコポとあふれていた。
「ちっ」
さすがに経験豊富な冒険者。ヘラルドはこれが何かやばいものだと察し、舌打ちをする間にも岩を回り込み音源の反対側に回って身を屈め、耳を澄ませた。
「お頭。ドリーです」
「よし、ここはもうこれまでだ。ずらかるぞ」
さらにズドン! という音がし、再び悲鳴が上がって人が倒れる音がする。
時折、ヴウォォンという虫の羽ばたきのような音も聞こえる。
それが何かは分からなかったが、その音が響く度に仲間の絶叫が上がる。
『魔物でも飼ってやがったのか?』
ありえない想像だ。
だが、状況は理解できた。盗賊のかしらとおそらく腹心が何か奇妙な武器で反撃してきたのだ。ただ運がいいことに奴らは逃亡するつもりであり、こちらを殲滅するつもりはないらしい。
クエッ、というドリーのなき声が響き、待てーっ。逃げたぞー。という声が聞こえた。
ヘラルドはドリーの足音が十分離れたのを確認してから要石の影から外に這い出した。
ちょうど四頭のドリーが草原の中を走って行くのが見えた。
「ヘラルドさん、無事だったか…やられたよ…ボスと何人か逃げられた」
声をかけてきたのはもう結構長い付き合いの冒険者だった。
「ヘルマン。ありゃー何だったんだ? 見たか?」
「何かの魔導器…じゃないかと思うんだが…長い棒のような物で、それを向けられたやつがいきなり吹っ飛んで倒れてた…
少なくとも今まで見たことは無いな…」
「ちっ、そんなものをもってやがったのか…何人やられた?」
「六人くらいやられたな…だが奴らの目的がドリーを奪うことだったからその程度で済んだ…でなきゃ全滅…なんて事もあったかもしれないぜ…」
三十人中六人。けっこう大きな被害だった。
盗賊など所詮は烏合の衆、人数は三十数人と聞いてはいたが、奇襲をかければ苦もなく殲滅できる…そう思っていた。目算が甘すぎたようだ。
だが全滅の可能性はなかっただろうとヘラルドは思う。
もしこちらを殲滅できるなら盗賊が逃げ出すはずはないのだ。
「状況は?」
「かなり混乱している…だが、残った盗賊の始末はついただろう…、投降したのは女を中心に九人、後は切り捨て。まあ、作戦は成功…と言っていいのかな…うちのパーティーからも被害が…」
ヘルマンの表情は悔しさに歪んていた。だがヘラルドはそこで話を打ち切ってしまった。
「よし、後は手筈通りだな…
盗賊の首を切り落として、持ち帰らなくてはならんし、このアジトにある武器防具も整理しなくちゃならん。
生き残った盗賊を町に連れ帰り、役所に売り飛ばし、
そして何よりこの岩をよけて結界石を掘り出さねばならねえ」
ヘラルドは舞い上がっていたのだ。逃げた盗賊のことも、死んだ仲間のことも、もう彼の頭には残ってなかった。
混乱する戦闘の中、本来ならば自分が適切に指揮をとらなくてはならなかったことも…それを全くしなかったことも、結界石に気を取られていたヘラルドは気づくことはなかった。
その自分を見る友人、ヘルマンの眼が不信感に曇っていることにも、当然気が付かなかった。
ヘラルドは生き残った仲間に指示を出しながら、こみ上げてくる笑いをとめることができずにいた。
◆・◆・◆
「よしよし、これで十一匹目と」
マリオンに斬撃で獲物が地に倒れる。
「大収穫ですね。多分個人参加では記録ですよ」
肉食大猪討伐クエストは大々的に始まりすでに一〇日間が過ぎていた。
以前は少しうろつくと出くわした肉食大猪も今はもう丸一日うろついて一頭見つけられるかどうかというところまで来ている。
マリオンが魔力知覚とサーチを使ってである。
他の冒険者に至っては二、三日収穫を得られず、肉食大猪狩りを主眼から外すパーティーも出始めていると聞く。
つまり冒険者が通常営業にもどりつつあると言う事だ。
この間に狩られた肉食大猪の数はじつに三〇〇に及ぶ。
マリオンも以前に仕留めた物を合わせて総数で十五匹を売却し、金貨二十二万リヨンを稼いでいた。
今、目の前に転がっているので二十三万リヨンだ。
マリオンの成績は単独で狩りをする冒険者としてはかなり異常な稼ぎと言える。
普通冒険者は狩りの対象に合わせてチームを組むものだ。
その都度組み替えるという意味ではなく、チームに見合った獲物を狩るという意味で。
このあたりは人類圏の只中なのであまり多人数の狩猟団というのはない。それでも五人から一〇人前後のパーティーを組むのが普通の冒険者と言える。
その規模があれば、肉食大猪や草原角狼を安全に狩ることができるのだ。
安全マージンというやつで、これをちゃんとやらない冒険者はあまり長生きしなかったりする。
マリオンのように単独で活動する冒険者はそういう人間を殺せるような危険な魔物は狙わないのが普通で、もっと小型の動物を弓矢のような武器で狩るのが普通だった。
単独冒険者スタイルというヤツだ。
それってただの狩人では? という意見もあるだろうが、そう、ただの狩人なのだ。
その単独冒険者が肉食大猪のような魔獣を仕留めればそれなりに目立つ。
おまけにそれが十五匹、いや、これで十六匹。こうなるともう異常としか言いようがない。
その証拠にこの一匹を治めにいったギルドで、受付にあたったお嬢さんの表情は微妙に引き攣っていたような、いなかったような…
ただ本人だけが『こんなものだろう』と思っていたりするのだ。
◆・◆・◆
「警戒レベルが下がったんですね」
マリオンは掲示板に張られた注意書きを読んでギルドの職員にそう確認をした。
そこには『町の外厳重警戒』としてあったものが『注意してください』に差し替わっていた。
「はい、盗賊もアジトをつぶされて逃げたのはわずかに四人、この人数では何もできないでしょう…魔獣の方もかなり気長に探さないと見つからなくなっています。もう町の外を動いてもまず心配ないというレベルだと思いますよ。
ただ事態が解決して、まだ間がないのでもうしばらく警戒をつづけるようにしようと…そういう意味で『要・注意』です」
「なるほど…」
とは言っているが実はよくわかっていない。
「旦那様、要・注意というのは普通よりもちょっとだけ多めに警戒してくださいという意味です」
いろいろ察してティファリーゼが解説を入れてくれる。
『通常』『要・注意』『厳重・注意』『要・警戒』『厳重警戒』『非常事態』とあるらしい。
ギルドの人が補足してくれるが初めて聞く区分けだった。
試しに脇に立って一緒に話を聞いていた知らない男を見るとその男も首を振っていたのでおそらく知らないのだろう。
多分『ニュアンス』的なものなのだ。『なんとな~くで』ある。
「それで旦那様、どうしましょう…まだ続けますか? 狩り…」
「いや、もう潮時だろ」
ティファリーゼの質問にマリオンは即答した。ギルドでも事態は収束したと判断しているようだし、きっかけになったセタ村の方も大過なく過ごしいるのは確認できた。このままここにとどまってももう、できることはないだろう。
「そろそろタンタに向けて出発しようと思う」
「はい、承知いたしました」
もともとはわずかばかりの知り合いを危険だと承知で放置できずに参加した肉食大猪討伐ミッションだ。
肉食大猪がいなくなり、そのもととなった凶賊もいなくなったのであればそろそろ旅立たねばならないだろう。マリオンには本来の目的があるのだ。
それでは最後のゾラの町の夜。と思って車を停車場に向けるとすぐに前方からやってくるフェルナンのキャラバンに出くわした。
「マリオン君」
「こんにちわ、フェルナンさん…ひょっとしてもう出発なさるんですか?」
「そうなんだ…もう魔物もほぼ退治されたという話だしね」
「まだ終息宣言は出ていないはずですが…」
「今ギルドによって聞いたら警戒レベルは念のためというレベルまで下がっているそうだ…私も商人だからね、いつまでも商売にならない状況に甘んじているわけにもいかないんだ」
確かにそうなのだ。
事態が収束すれば止まっていたあれやこれやは動き出す。
この一〇日、仕事にならずにフェルナンたちは節約に節約を重ねていた。それは自分の眼で見て知っていた。
「そうですか…せっかく知り合いになれたのに残念です」
「そう言ってもらえるとうれしいよ、ことらこそいろいろ世話になったね」
「いえ、こちらはついでですから」
町にいる間マリオンはアルビスと遊びがてら良くフェルナンの食事に招かれ、そのたびに肉や野菜を提供していた。
半分共同生活のようだった。
「おにいちゃん」
マリオンの声を聴いてアルビスが車の窓から顔をだした。
「ほら、ご挨拶なさい」
後ろでそんなこえが聞こえてくる。アントニアの声だ。
「じゃあなアルビス。またあそぼうな」
「うん、おにいちゃん、またあそぼうねー」
「おお、また絶対あそぼうなー元気でおっきくなれよー」
本当はこれが一番こたえる。一〇日というのはもともと子供好きのマリオンにとって情が移るには十分すぎる時間だ。
だがこの子にはこの子の人生がある。
マリオンにできるのは胸の中にある寂しさの分、彼らに幸多かれと祈ることくらいだ。
いつかまた会いましょうと固く握手を交わし、去っていく車をマリオンはしばらく見送った。
マリオンの眼には獣車の中、母親であるアントニアに甘えるアルビスの姿が見えている。それを目を細めて眺めていた。
はたから見れば獣車が見えなくなるまで見送っているように見えただろう。
ひしっと右手に縋り付いたティファリーゼの感触にはっとする。
「どうした?」
「だ、大丈夫です。私が絶対かわいい赤ちゃん産みます。生理まだですが…」
マリオンはがっくりと肩を落とした。
一瞬ティファリーゼがふらつき、自分の腕に縋り付いたように見えたのだが…気のせいだったらしい。
「ありがとうよ…だがそういうセリフはちゃんとおとなになってから言ってくれ」
マリオンがハリセンを取り出すのを見てティファリーゼは逃げだし、走っていく。楽しそうな悲鳴を上げて。
その光景を見てマリオンは肩をすくめてため息をついた。
当然ティファリーゼなりの気遣いなのだろう。
「まあ、僕には僕の家族がいるということだ…」
ドーラに残してきた女とそのおなかにいるはずの子を思い出す。
ケツをけ飛ばされて出てきた以上、帰るという選択肢はまだない。
それにマリオンは地球の消息を求めている。
それがどういう感情なのか自分でもわからない。
――帰りたいのか…
――ただ知りたいだけなのか…
探し回った結果帰る方法はないという可能性もある。
伝説を紐解けばその可能性の方が高いかもしれない。
だが少なくとも今、マリオンは地球の消息を得たいと、そう考えていることは確かだ。
そして自分が責任を負うべき幾人かの人に対してその責任を果たさなくてはならないとも考えている。
なかなか心というのは思い通りにならないものだった。
◆・◆・◆
「なんだ…またか…意外と落ち着かない町だな…」
出発のために一通りの買い物を済ませ、テッタを引いて町の門の所に戻ってくると、またその周辺に人混みができてざわめきが起こっていた。
「なにがあったんでしょうか?」
ティファリーゼもマリオンの袖を掴んできょろきょろと周囲を見回している。
「XXXXOOXX」
「XXOXOX」
ちょうどギルドの前に差し掛かっていたマリオンは、ギルドの職員と、武装した兵士のような男がはげしく言い争っているのを見つけた。
いや、言い争っているのでなく、話をしているだけらしい。近づくにつれてそんなことが分かってくる。
彼らはかなり興奮して、激しく言葉を交わしているので争っているように見えたのだ。
マ魔力知覚は大気の震動にはあまり敏感ではないので、耳を澄ませたところで聞こえてくるのはきれぎれの言葉くらい。
その言葉は『全滅』『斥候』『肉食大猪』などとかなり不穏な言葉が繰り返されている。
そして放たれる意思の波動はかなり焦っていて、居ても立っても居られない様な焦燥感で満ちていた。
「ティファ、聞こえないか?」
「はい、任せてください」
獣人である彼女は視覚、嗅覚、聴覚、すべでが人間族よりも優れている。
視力は魔力知覚で物を見るマリオンには及ばないが、耳と鼻はマリオンよりもずっといいのだ。
「えっと…周辺確認に出た斥候隊が…全滅した…そうです…えっと…ものすごく大きな魔物に襲われたって…タンタ方面の街道で…いきなり…キャンプを襲われて…二〇人以上…やられたって…凶獣だって…言ってます…こっちの方に向かってきてるって…」
なるほどな…とマリオンは思った。
ギルドの職員がギルド本部の屋根に設置された半鐘を鳴らし始める。
非常事態宣言というわけだ。
「つまり凶獣化したダイオドンのすごいのが来たってことか…
やれやれ、事態の収束と考えるのはちょっと気が早かったか…」
いわれてみれば、以前にキャラバンが全滅した時も、襲ってきたのは肉食大猪の群れと言っていた。
だがここまで『群れ』と呼べるようなものにはあったことはないし、そんな話もついぞ聞いたことがない。
三頭ぐらいの集団はいたが、それは単に同じ場所にいただけのように見えた。
群れというからには統率役がいてしかるべきだろう。
「つまり本命は別にいたわけか…」
「旦那様…それで魔物が出たのは多分アル君の行った方です」
マリオンはぎょっとしてティファリーゼをみた。
「マジ?」
「? はい、まじです。多分」
地理に疎く、方向音痴なマリオンはこういうことに気がつきにくい。
「行くよ、ティファ」
「はい」
マリオンはクルマに乗り込むと大声で叫んだ。
「いけっ、テッタ」
テッタはそれを受けで全力で走り出す。
非常事態を受けて閉まりかけた門扉を触手で押しのけ、テッタと獣車ですり抜ける。
すでに御者と使役獣を超えた見事な連携だ。
返せー、止まれーという声が聞こえてくるが当然無視である。
そして街道に…
「旦那様、そっちじゃないです。こっち! こっちの道です」
「うわあっといかん」
あわてて方向転換する。
お約束はちゃんと守るマリオンだった。
トヨムです。31話をお届けします。
小説を書くのは楽しいですが、自分の未熟さを痛感させられたりもします。
今回は納得が行かずにずいぶん書き直しました。
毎回完全に納得した話をお送りできるというのはないのですが、精いっぱいやっております。
つたない作品を読みに来てくれる皆様には感謝でございます。
余談ですがさんざん書き直した挙句にふと気が付くと文字数が8888文字。
びっくりでございました。
それではまた次回。お相手はトヨムでした。
 




