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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
二章・気がつけば迷走
27/59

第27話 急使(修正)

2015年7月22日一部修正。おまけ設定追加。

 第27話 急使 


 翌日マリオン達は早々に村を後にした。


「もうちょっとのんびりしたかったけどねぇ」

「仕方ありません…緊急ですから」


 ティファリーゼの言うとおりだった。


 朝、起きるとすぐに村長のパムとノダ老神官が訪ねてきて、手紙の緊急配達を頼まれた。


 行先もくてきちは村から東に街道を進んだ町『ゾラ』。

 クラナディア帝国の中枢であるから続く街道のまず『タンタ』という町までのびる。

 タンタはこの周辺エリアの中心となる町で、周辺に中継点となる衛星都市をいくつか持っている。

 その衛星都市の周辺に開拓中のムラや町が広がるのだが、ゾラはこの衛星都市の一つに当たる。

 

 セタ村などの周辺の村々の流通はこのゾラにいったん集まり、そこからタンタに移動し、クラナディア帝国の中心部へと伸びる形になる。

 そのためこのゾラの町は宿場町であると同時に周辺の村落の盟主都市のような意味合いを持ち、大都市とはとても言えないのだがそれなりに大きく、一通りの施設はそろっている。


 マリオンの目的地はここの責任者。

 そこに村長から預かった手紙を届けることが依頼だった。


 仕事の依頼と言うことなので断るという選択肢もあったのだが、まあ、とてもそんな事が出来る状況ではなかった。


 村での話し合いの結果…というわけでもなく、当然の帰結として大きな町に急を知らせ、救援を頼むという話しにおちついた。


 村の人たちが話し合っていたのは、事態が終結するまでどうするかと言う事で、これは周辺の畑以外には出かけないと言う結論で落ち着いたらしい。


 これに関してはマリオンが持ち込んだ『肉』が大いに役に立った。


 野菜と穀物だけでも十分生きてはいけるが狩人などと言うものがいる事で分かるように肉もやはり必要なのだ。


 二メートル×二、五メートルの巨大な肉の塊が三つ。これに周辺の畑からとれる野菜。備蓄の穀物類が加わり、そして井戸は村の中にある。

 引きこもってもしばらくは問題なく暮らせるだろう。

 こういう不測の事態には年貢ぜいきんも軽減されるので村の経営が破綻する心配も必要ない。


 結果として引きこもり決定なのである。

 全員が『自宅警備員』ならぬ『自村警備員』…いや冗談でなく…


 この緊急事態にやはりのんびりするのは無理だった。


 一月ひとつきぶりの人里なのだが性格的に無理だった。

 すがるような目で『何とか頼む』と言われて断れるような性格ではマリオンはなかった。


 村としても本当は早馬でも出したいところなのだろうが、村のすぐ外で村人が肉食大猪ダイオドンに襲われた直後ではそれもためらわれる。

 その点襲ってくる肉食大猪ダイオドンを平気で狩ってしまう冒険者なら安心ということになったのだ。


 朝一番に出れば石獣の足でも夕方にはつくだろうということなのでマリオン達は絶賛急ぎ旅の真っ最中だった。


 テッタもいつもより軽快なスピードで走っている。


 マリオンはギャラの上乗せというかご飯を豪華にしてやるつもりでいた。『ギャラが同じ』では可哀そうだ。そのくらいの苦労はさせているのだ。

 そして苦労が姿を現す。


「やっはり来たな…思ったより状況が悪いかな…」


 マリオンは獣車くるまを操るティファリーゼの隣に立って周辺への警戒をつづけていたが、周囲を見回すマリオンの眼には大き目の魔力の反応がいくつか見てとれた。

 そちらに意識を向けると肉食大猪ダイオドンが歩いている。

 そう言う状況だ。


「けっこういるな…だいぶ離れているけどこれで四匹目だ…こいつは進行方向だから仕留めてしまった方が早いな…証拠品としてもちょうどいいだろ…まあこれだけ魔物がいればいい加減、異変に気が付いているかもしれないけどね…」

「はい」


 戦闘で時間を無駄にすると言う考え方もあるが、この肉食大猪ダイオドンを放置すると、ひょっとしてまた新しい犠牲者が出るかもしれない。

 減らせるなら減らすべきだ。


 マリオンは今度は時間を短縮するために銃を手にとった。

 一頭の肉食大猪ダイオドンが斜め前の方向からこちらに突っ込んでくる。当然向こうも気が付いたのだ。


 石獣の最高速度が時速三〇km。肉食大猪ダイオドンは優に五〇キロは出す。見つかれば戦闘は避けられない。


 マリオンは魔銃を構えた。

 すでに戦闘モード、視界はクリアだ。

 肉食大猪ダイオドンの頭に照準を合わせる。視界の中で獲物が浮き出るように大きく見える。

 実際に拡大されているわけではなく取得される情報量の違いが対象を鮮明に詳細に把握させ、それが相手を『大きくなっているように感じさせる』のだと最近分かってきた。

 野球選手が『ボールが止まって見えた』『ボールが大きく見えた』などというときがあるがそれと同じようなものだろう。


 銃を向けると自分の攻撃意志が針のように伸びて肉食大猪ダイオドンの頭部を指向しているのが分かる。


 タアァァァァァン!

 シュバッ!


 二つの音が重なるように周囲に響く。

 眉間〔ちょっとずれ〕を打ち抜かれた肉食大猪ダイオドンはそのままばたりと倒れた。いかに魔獣といえども脳を破壊されて動けるほど非常識ではないらしい。

 そしてすれ違いざま大福に回収する。

 今回は残念ながら血抜きをする時間はなしだ。


「こりゃ、結構手間がかかる道行かもね…」


 マリオンは周辺マップを立ち上げる。

 サーチを繰り返しながら周辺を確認し、得られた肉食大猪の位置情報を確認しながらぽつりとこぼした。


 マリオンの行く手には、まだいくつもの肉食大猪ダイオドンの反応があるのだ。


 ◆・◆・◆


「あーくそう。こいつ硬すぎる」

「泣きごと言ってんじゃないよ、まだゴールの治療は終わらないのか?」

「もう少し」

「くそっ、こんなにしぶとい肉食大猪ダイオドンは初めてだ」


 一頭の肉食大猪ダイオドンを八人のパーティーが…いや1人脱落して一人が治療に当っているから六人が取り囲んで攻撃を繰り返している。


 肉食大猪ダイオドンの肩の高さは一六〇cmくらいで、決して大きな個体ではない。

 本当ならもっと簡単に仕留められるはずの獲物なのだ。なのに今日の肉食大猪ダイオドンは妙にしぶとい。

 男達はそう感じていた。


最近肉食大猪ダイオドンが多くなっていい稼ぎになってるって聞いたのに、こんなに手ごわいとなんか詐欺にあった気分だぜ」

「Dクラスに上がったばかりで死ぬなんていやー」

「おいおい、縁起でもないこと言うなよ。村人やE、Fクラスじゃあるまいに、肉食大猪ダイオドンごときに後れを取ったりしないだろ」

「えへへ」


 攻めあぐねてはいるようだが軽口を叩く余裕はあるようだ。


 肩高二メートル弱もある魔獣相手になぜここまで余裕があるかというと、それは肉食大猪ダイオドンが魔獣とは言いながら下位存在だからだ。


 魔獣も猛獣もどちらも獣、ならどこにその違いがあるのか? というと魔力に寄って強化されているかどうかが分かれ目になる。

 具体的には体内に魔石を持っているかどうか、それが境界線になるのだ。


 魔物の定義は『魔力に寄って強化された存在もの』あるいは『魔力によって特殊な能力を獲得した存在もの』と言うことになっている。

 仕留めるとその遺骸から魔石が取れるのが共通する特徴だ。


 そして魔獣にも当然ランクというか、強さの段階がある。

 一〇段階に分けられていて一級から一〇級まで、そして魔物のカテゴリーを合わせて『魔獣・八級』とか『死霊・六級』とか『樹魔・七級』というように分類されている。


 等級は過去のデーターから導き出された『危険度』からくる。


 魔力によって強化される以上、魔力の濃度の高いところに暮らす個体の方が強くなるのは当たり前で、また、魔力の影響を強く受けた個体の方が強いので長く生きた個体の方が強化されるのも常識と言っていい。


 であればこの等級というものも一応の目安という以上の意味は持ち得ないのだが、逆に言えば『大概は目安で判断できる』という意味でもある。


 魔力のもっとも濃厚な場所が『迷宮』の最奥であり、迷宮外縁や魔境になってくるとその濃度は下がり、それに合わせて生息する魔物の強さも下がってくる。 

 ではその領域外、人間の生存圏に入る『荒野』などはかなり魔力の薄いエリアと言うことができる。

 当然こういった場所に暮らす魔物は魔物としてはかなり弱いものになる。

 等級で言えば『一〇級』『九級』というところだろう。


 そして肉食大猪も『第九級魔獣』という分類がなされている。

 ちゃんとした準備をすれば駆けだしの冒険者パーティーでも倒せるレベルということだ。


 勿論それは油断していいということではない。

 人間というのはなかなかに脆弱な生き物で、素手で戦うなら、そして相手が本気なら、そこら辺を歩いている中型犬にだって勝てるはずもない生き物なのだ。


 だから冒険者はパーティーを組み、役割分担をして集団戦を挑む。

 それが一番安全だから。


 ただ今回このパーティーは、弓などで先制する前に不意打ちを食らって一人脱落という状況になってしまって一時戦線崩壊したという訳だ。


「よし、俺、復活」

「おお、ゴールまってたぜ」


 治療術師しんほうかんの治療を受けていたひと際体の大きい若者が戦斧を取って立ち上がった。最初に体当たりを食らい、怪我をした男だった。

 ゴールと言う名でこのパーティーの攻撃の中核だ。


 彼らは前衛の戦士四人、支援の弓戦士二人、斥候一人、神官一人の八人パーティーで全員が二〇代後半の男。小規模パーティーながらDクラスに昇格し、『いっぱし』と認められるようになった冒険者たちだった。


 マリオンの考えた通り、肉食大猪ダイオドンをはじめとする周辺地域の魔物の異常は既に多くの人たちの知るところとなっていた。

 だがそれは危機感を持って迎えられたのではなく、残念ながら『今は肉食大猪ダイオドンが楽に狩れておいしい』とか『草原角狼の毛皮が楽に取れる』という人間の側に都合のいい噂話としてだった。


 彼らのパーティーも肉食大猪ダイオドンを仕留めてここで大きく稼ごうと狩りに出たパーティーだった。


 狩りにおいてまず大変なのは戦闘ではなく獲物を発見することだ。


 森であれ、荒野であれ、広大な空間の中から獲物となる動物、魔物を見つけて攻撃位置まで接近し一気にしとめる。あるいは攻撃をかける。

 言うのは簡単だが、足跡や糞から痕跡をみつけ居場所を探す。簡単ではない。


 RPGの様に適当に歩いていたらいきなり警告音が鳴って魔物との戦闘に突入する…等と言う便利な現象は現実にはないのだ。

 まあ獲物を一切選ばないというのであれば魔物の場合結構遭遇率は高いのだが、やはり狩りで生計を立てる冒険者、効率のいい獲物がうれしいに決まっているのだ。


 肉食大猪ダイオドンという獲物はそこそこの実力があれば駆ることはできるし、しかも頭の作りがお粗末で一度戦闘に入ると絶対に逃げたりしない。

 しかも買い取り価格は皮、肉、魔石合わせて1万リヨンほどになる。


 わりと美味しい〔食べても美味しい〕効率の良い獲物なのだがやはり広い荒野の中から見つけて狩るのはそれなりに運が必要だ(いる)


 そういう意味で確かに今は肉食大猪ダイオドンが狩り時だった。


 町を出て街道の脇にキャンプをさだめ、一時間ほどうろついたら向こうから肉食大猪ダイオドンがやってきたのだから。


 計算外だったのは獲物の抵抗が思いがけず激しかったことだろう。


「そりゃ」


 刺突専用の片手剣、エストックを持った斥候が鋭い突きを放つ。肉食大猪の動きは思いがけず鋭く、なかなか攻撃が当たらない。

 まあ野生動物というのは大概動きが鋭いものだ。


 まず軽装の戦士が動きを止め、重装の戦士が大技を叩き込む、これが基本になる。

 『魔法使いがいたらな…』と思ったりはするが無いものねだりはしてもしょうがない。回復魔法を使える治療術師が仲間にいる分、彼らは恵まれているのだ。


 やがてエストックの攻撃は肉食大猪の太腿ふとももにあたり、見事に刺し貫いた。


「やった」


 と思ったのもつかの間、相手の筋肉が収縮し抜くことができなくなってしまう。


「しまった」

「いやいい! ナイスだ」


 エストックを取られたのは予想外だったがこの場合は逆に役に立った。太ももに突き立ったままのエストックが邪魔で肉食大猪はその分動きが鈍った。


「うおりゃー!」

 ゴールの渾身の一撃が頭に決まる。

 ガツッという手ごたえと共に大きなダメージが…肉食大猪がふらつく。


「いまだ!」


 一度動きを止めてしまえばこちらのもの、全員で囲んでタコ殴りだ。


 皮に大きな傷をつけないように頭部に攻撃を集中し、殴る殴る殴る。とはいっても持っている武器は剣なのだが…


 ズンという音を立てて肉食大猪ダイオドンが倒れ伏す。首筋に鉈を打ち込み掻っ捌けばこれで決まりだ。

 頭部を破壊され、首筋を切り裂かれては魔獣といえども死はまぬかれない。


「「「「うおーーーっ」」」」


 歓声が上がる。


「やったな…」

「Dクラスに上がってから初めての獲物が大物ダイオドンというのは幸先がいいな…」

「ああ」


 彼らは口々に互いの健闘をたたえ合った。


「この調子で後二、三頭取れれば御の字だな…しばらくは遊んでいてもいいくらいだ」「やっぱりDクラスに上がるというのはそれなりに実力がついているということ…」


 みんなが高揚していた。

 一万リヨンでこれが売れれば共同生活をしているこの八人ならば数日は暮らせる額だ。

 もし、あと、三頭も仕留められれば日本の感覚では一ヶ月分の収入になる。

 これは歓声も上がろうというモノだ。


「おっ、おい…あれ……」


 だが良い気分で話していた男の言葉は仲間の引きつった声で遮られた。


 フラグという概念がここにあるわけではないのだが、噂をすれば影という言葉はどこの世界でも通用するモノのようだ。

 そんなような話をしていると、そんなようなことが起こるというのはままあることだったりする。


 彼ら八人の前に三頭の肉食大猪ダイオドンが姿を現した。

 これは倒された肉食大猪ダイオドンの血の臭いに引かれたもので、習性としてはおかしなものではないのだが、やはりこのあたりの肉食大猪ダイオドン密度〔何それ?〕が異常に高いのがおかしい。


「おい、嬉しいだろ…」

「アホ抜かせ」

「お、おい、逃げよう…」

「無理だ…」


 冒険者たちの顔は蒼白だ。


 逃げるのは無理だろう。四足獣の走行速度というのは早い。日本の猪でも四五キロほどで走ることができる。これは一〇秒で一二五m進む速さだ。

 これらはトップアスリートの全力疾走よりも早い速度で、しかも彼らは人間と違ってこの速度で走り続けられるのだ。


 鎧や剣を装備した人間が、しかも走ることに特化していない人間が逃げ切れる相手ではないだろう。


「装備を外しながらゆっくりさがれ…何とか街道沿いのキャンプまで逃げれば結界で何とかなる…」


 彼らは即座に戦うことを放棄した。

 こういう見切りが彼らを生き残らせてきたのだ。

 一対一〔パーティー〕で互角なら、三対一なら?


「装備はもったいないな…」

「だが走るのには邪魔になる…何とか生き延びることを考えよう」


 冒険者達かれらは装備の留め具を外しながら、それでもまだ装備は捨てずに後ろに下がり始めた。


 幸い肉食大猪の興味は撒き散らされた血と同胞の死体に向いているようで、人間よりもそちらに向かっていく。

 助かるかもしれない…彼らの中に希望が広がった。


 三頭の肉食大猪は転がった死体にかじりつき、かみ砕き、引き千切り、飲み込んでいく。


「今だ。はしれ」


 リーダーらしき男の号令で全員が走り出した。装備はつけたままだ。

 装備品の値段はバカにならない。そのまま逃げられるのであればその方がいいに決まっている。


 ガチャガチャと音が響くが肉食大猪ダイオドンは食うことに夢中で気にも留めていない。しかしそれは同時に食うものが無くなればこちらにやってくるという意味でもある。


 斥候が振り返った時には肉食大猪ダイオドンは豆粒のようになっていた。だが同時に置かれた餌を食いつくし、周囲を探ってるところでもあった。

『こっちに来るなよ…』

 そんな願いが通じるはずもなく、遠目に魔物がゆっくりと走り出すのが見えた。


「くそ、あの大食らいどもめ。みんな走れ…全力だ」


 追いかけっこが始まった。


 街道の脇にとりあえず荷物置き場(キャンプ)をもうけてある。そこには簡単な結界。つまり魔物避けが施してある。

 そこがゴールだ。追いつかれる前にゴールできれば賞品として自分の命が拾える。ひどいマラソンもあったものである。


 ◆・◆・◆


 マリオンがそれを見つけたのは偶然だった。

 タイミング的な偶然だ。


 街道のすぐわきで数人の男たちが肉食大猪ダイオドンと対峙していた。

 肉食大猪の数は三頭。

 一定の距離を置いて男たちの周りをまわる肉食大猪ダイオドンという構図は見たことがある。


 獲物をうかがう魔物と結界の関係だ。


 ただ問題だったのは七人の男が冒険者風で、武器を持って肉食大猪と対峙していることだ。


(ひょっとして結界を背にして狩りをしているとか?)


 そう言う戦い方もありかもしれない。


 魔物に一撃を与え、結界の中に引き返せば無傷で戦えるだろう。マリオンはそう考えた。


「旦那様、それは無理です」

「ほへ?」


 マリオンのその考えにティファリーゼが訂正をくれる。


「結界は別に壁があるわけではないんです。魔物は結界の中にはどういうわけか入りたがりませんが、入れないわけではないんです。手負いで興奮しているときなんかは結果を無視します」


「なるほど…とすると…」


 マリオンはもう一度彼らを詳しく観察する。


 よく見ると囲まれたいる男達は武器を構えてはいるが攻撃はしていない。

 あれはつまり結界の中に魔物が入ってきた場合の対処で、狩りをしているのではなく、追い詰められている?


 肉食大猪も直径五メートルくらいの円の外周を回りながら獲物を狙っているように見える。


「なるほど狩っているのが肉食大猪ダイオドンで、狩られているのが人間か…となると…ほっとくわけにもいかないか…」

「とめますか?」

「いやこのままでいい、少しスピードを緩めてくれ…始末してくる」


 マリオンはクラインズゲートから長柄剣ロティオンを取り出すと獣車くるまからひらりと飛び降りた。そして男たちの方に走りだす。

 マリオンは勢いよく魔獣の群れに踊り込んだ。


 ◆・◆・◆


 その少し前。


「やれやれ、ここまでかな…」

「しっかりしろバリー、リーダーのお前が弱気になってどうするんだ」


 ついこぼれたバリーの弱音はゴールの叱咤によってさえぎられた。


 しかしバリーにはここからどうしたものか、皆目見当がつかない。


 獲物運搬用の荷車を横倒しにしてバリケードを作り、その後ろに荷車を引くために連れてきたロダという『ロバに似た家畜』をかくまっている。暴れられるとまずいのでそこにある木に手綱をしばりつけてあるのだが、不安げに身を寄せ合い震えている大きな体が不憫ではあった。


 この肉食大猪ダイオドンという魔獣は強いがバカだった…口にはいるモノはとりあえず食べてみるし、しかも絶対にあきらめない。

 今はある程度腹が膨れているせいで結界によって退けられているが、時間が立って腹が減ってくれば狂暴になって結界も踏み越えるに違いない。

 それに結界もそう長いことは持たない。


 彼らが使っているのはマリオンが持っているような恒久的な結界石ではなく、魔物の嫌うにおいを出す魔物よけの匂い袋だ。

 口を開けてにおいを強めているが、いずれは薄まり、効果をなくしていく。


(結界の中にひとまずは逃げ込んだが…)

(ここまでくれば何とかなると考えたが…)


 実際その段になると次の展望が見えなかった。


 パーティーメンバーの疲労も問題だ。

 全員が武器を構えて警戒をしている。

 とりあえず結界の内側には入ってこないのだから別に座り込んでいてもいいのだが、うす壁一枚なく対峙している魔獣にそこまで豪気にふるまうことは彼らにはできなかった。


「おそらくあと数時間…それが過ぎればこいつらは結界を踏み越えてくる…ほかの肉食大猪ダイオドンが現れる可能性もあるし…いっそ同士討ちでもしてくれないかな…」


 パーティーの一人からそんな声が漏れ聞こえる。


 気持ちは分かる。だがバリーはそれが意味のないことだと知っていた。


 確かにここに肉食大猪が集まれば同士討ちが始まるだろう…一匹を軽く傷つけるだけで血の臭いに狂って同士討ちを始めるに違いないのだ。

 だが全部が同士討ちで全滅などという都合のいい展開があるはずもない。


 興奮して人間側に突っ込んでくるやつも出る。必ず出る。

 そうなれば乱戦だ…

 何人か逃げられるものもいるかもしれないがほとんどはやられるに違いない…


 そしてそれはあまり遠い未来のことではないかもしれない。先刻一頭の肉食大猪が食いつくされた場所はここからそうはなれてはいない。

 肉が食いつくされたとしても地面にしみこんだ血はどうしようもない。その血の臭いはほかの魔獣を呼んでしまうに違いないのだ。


「みんな…残念だがここまでだ」


 バリーの言葉を全員が神妙な面持ちで聞いた。


「ロバに一撃入れて、ロバたちが食われている間に一か八かの脱出を図る…うまくすれば全員逃げ延びられるかもしれない…」


 ロバというのは地球のロバをそのまま大きくしたような生き物で、レンタル家畜として荷車を引くために貸し出されている。

 無事連れて帰れないとそれなりの額の補償金を失うことになるのだが、背に腹は代えられない。

 金はまた稼げばいいのだ。


「それで逃げ切れる保証もないが…助かる確率が一番高いのがこれだろうな…あとは力の限り町に向かって走るだけだ」


 ゴールが了解の意を示した。


「あのー」


 そんな時に発言を求めたのは一番若い男だった。半年ほど前に仲間に加わった、まだ二〇歳かそこらの若者だった。


「結界を荷車に積んでそのまま移動するっていうのはどうですか?」


 もっともな提案だった。

 事情を知らないものならそれで何とかなるような気になるだろう。


「この結界は風に流れるからな…一つ所においておくと効果があるが移動しながらだと大してやくに立たない…石版型の結界と違ってな…」


 それが臭いというものの欠点だった。


「いや、まて、いけるかもしれない…この結界の中身を水で溶いて体に塗りたくろう…それで逃げればさすがに効果があるはずだ」


 誰かが賛同した。

 一度だけでも臭いで敵を退けられるなら、生存確率は格段に上がるはずだ。と…


「だがこれはみんな毒草だぞ…どんな影響があるか…」

 臭い袋の中身は匂いの強い毒草らしい。


「いやいい考えかもしれない」

 だがこれを支持したのは治療術師だった。


「確かに毒に犯されることになるが命を落とすほどじゃなかったはずだ。だが時間がかかれば毒が回ってくる。動きに影響は出るはずだ…その前に町に逃げ込むのが条件だ」

「一か八かだな…」

「神殿に駆け込めば魔法で回復してもらえるだろう…まあ、それなりにお金はかかるが…」

「治療費か…まあそれもいいか…どうせしばらくは借金生活だ。なんでもやってみよう」


「そうだな」


 意見はまとまった。


 パーティーはさっそくに結界の麻袋の口をほどき、中身を桶に出し水を混ぜぐちゃぐちゃとかき回す。

 臭いが強くなったために肉食大猪ダイオドンが少し距離を取った。


 これを体に塗りいざ…という所で助けが来れば劇的だったのが、マリオンがここに駆け込んできたのはまだそこまで行く前だった。

 あまりドラマチックではないが毒を被らなくて済んだ彼らには幸運なことだった。


 彼らは絶望的な敵のはずの肉食大猪ダイオドンが簡単に切り倒されていくのを呆然と見守ったのだ。


 ◆・◆・◆


「ハッ!」


 と、呼気を吐き出し、肉食大猪ダイオドンの注意を引く。

 一頭が気付き後ろを振り返ろうとしている所に駆け込んで大上段から長柄剣ロティオンをふり下ろす。


 肉食大猪の動きが良く見える。高密度な情報とそれに追いつく処理速度。まるでコマ送りの分解映像のようだ。

 動きも、その動きの作る流れも良く見える。

 それでいて周囲の人の話は普通に聞こえるという奇妙な世界にマリオンはいた。


 ゆっくり動いて感じられる相手に対してマリオンの動きは通常時間の感覚を失っていなかった。

 ただ大気の密度が濃くなっているようで、水の中を動くようなゆったり感がある。これはマリオンの動きが客観的には早くなっているからだ。


 首筋をぱっくりと切り裂かれ肉食大猪が目の前でゆっくりと倒れていく。


 自分の方に向き直りつつある肉食大猪に対し、くるりと体を回転させ、長柄剣ロティオンの石突き近くを持って低く薙ぎ払う。

 二m二〇cmの剣に腕のリーチが加わった三m強の長さだ。

 肉食大猪の間合いの外からの攻撃。リーチの長さというのはここに最大の利点がある。


 その肉食大猪は振り返ったところを両前足を切断されて地に倒れた。

 もはやまともに動けまい。


 残る一頭はいきなり出現した強敵に警戒を…するほど賢くは見えないが、一応慎重に地面を掻いている。

 そして一気に大地を蹴り、フェイントをかけ、左右に小刻みにフットワークをかけて迫りくる。


「「「ああっ!」」」


 マリオンの耳に悲痛なあるいは驚嘆の叫びが届いた。


 結界の中からこちらを見ていたバリーたちが肉食大猪ダイオドンの動きを見てもらした悲鳴だった。

 だがマリオンの口元は微笑みの形に歪んだ。


(見える。見えるぞ!)

 てなもんである。


 気負うことなくマリオンは長柄剣ロティオンを突き出した。相手の動きに合わせてその頭部にねらあやまたず。

 トスッと長柄剣ロティオンが吸い込まれるように深く刺さった。

 肉食大猪ダイオドンの突進を受け止めるように鍔元まで。


 肉食大猪が静止する。

 長柄剣は肉食大猪の眼の内側に深々と突き刺さっていた。

 眉間の位置から六〇cm程深く…

 マリオンが引くと長柄剣ロティオンは何の抵抗もなくスルと抜け、そして肉食大猪ダイオドンはどたりと地面に崩れ落ちた。


 バリーたちは結界のなかでその光景を呆然と見つめていた。

 どう見ても二十歳はたち前の若者が乱入してきたとおもったらあっというまに肉食大猪ダイオドンを倒してしまったのだ。


「おっ、おい…君…」

 バリーはマリオンに声をかけようとしたが…

「あー、いかん…急いでいたんだった。すまないが行かせてもらうぞ」

「あっ、いや」

「礼には及ばん…私もここを通る理由があっただけだ。さらばだ」


 とかいっては見たが、まさかじぶんが『さらばだ』などと口にする機会があろうとは、夢にも思っていなかった。

 妙に顔が熱くなる。背中を向けていて正解だ。


 マリオンはスチャっと手を上げると後ろからやってきた獣車に飛び乗り、そのままこの場を後にした。


 後に残されたバリーたちはしばらく茫然としたままマリオンを見送る。


 彼らが再起動するのまでには幾ばくかの時間を必要とした。







 ●○●○● ●○●○● ●○●○● 

 おまけ・設定資料『結界』


 マリオンの持っている結界石は『魔法道具』です。魔物を退けるフィールドを周囲に展開し、範囲内に魔物が入り込まないようにします。

 強力な魔物や興奮状態にある魔物には効かないことがありますが、普段の効果は抜群です。

 魔物の種類に関係なく一定以下の魔物を退けると考えていいでしょう。


 動力は世界に満ちる『霊子力』で、石版に刻まれた術式がそれをエネルギーに変換して結界を構築します。

 つまり放って置いても周囲の『霊子力』で動き続ける性質があります。

 また魔力を注ぐことで効果をブーストできたりもするかなりの優れものです。


 マリオンのものは効果範囲が五から一〇mというところですが、これは個人用で、少人数のグループ用。軍隊用。村落用。都市用といろいろなタイプがあります。


 クラナディア帝国の魔術研究機関『賢者の学院』で解明された魔法道具で希少ながら現在も製造が可能な魔法道具で、人類種族を守る最上の盾といえます。


 たいして本編で冒険者達が使っていた結界というのは魔物よけのにおい袋のことを言います。

 いしこいなどと言ってはいけません。

 特定の種類の魔物に合わせた調合がなされているために効果はかなり強力です。

 欠点は時間経過で効果が薄れること、風などに流されて効果範囲に影響が出ること。そして人間にも結構くさいことでしょうか…


 複数の臭いを混ぜると効果が阻害されたり、どの程度、解放するかで効果時間が変わったりするので使い方に習熟が必要なものです。


 そのまま持っていても魔物よけとしては効果がありますが、水をかけて成分を揮発させることで効果を強めることもできます。


 取扱説明書はありませんので先輩などから使い方を教わることを推奨します。


またお会いできました。トヨムです。


ここに拙作を投稿させていただくようになり四ヶ月。

評価や感想をぼちぼちといただけるようになり感激しております。

思いがけずたくさんのかたに読んでいただけているという事実と合わせて本当に励みとなっております。


これからも地道に更新していきますのでよろしくお願いしいたします。


現在までの更新速度に鑑み、当面は0の日、5の日の更新を目指すことにいたしました。

末尾が0の日、5の日は更新があるとお考えになり、お寄りいただけると幸いです。


そして改めて皆様に感謝を。

トヨムでした。

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