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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
二章・気がつけば迷走
26/59

第26話 魔獣被害(修正)

2015年7月22日一部修正

 第26話 魔獣被害


「旦那様」


 マリオンはそばに寄ってきて服の端を掴むティファリーゼの背中を叩きながら周辺にサーチを展開する。


(魔物とかはいないな…)


 周囲にある反応は人間や家畜の物だけ。魔物らしき反応は存在しない。脳裏に映し出される一瞬のイメージ。

 村人は今の悲鳴を聞いてきょろきょろしているものが多いがこれと言って…


(いや)


 一人だけ突っ伏して泣いている中年の女性が見えた。その周囲に人の塊ができている。


(僕等が持ってきた肉食大猪ダイオドンの所だ)


 村の水場の近くにやぐらが組まれ、そこに一頭の肉食大猪ダイオドンが吊るされている。すでに革は剥がされ腹が裂かれて内臓が地面に置かれた桶の中に出されていた。

 女性はその桶に出された臓物に手を突っ込んで泣きわめいていた。


 その場に移動してみると村長も青い顔をしてその女性の背中をさすっている。


「いったい何が…」


 マリオンは近くに立っていた人に小さな声で聞いてみた。かえってきた声には苦い物が混じっていた。

 その人はこう言ったのだ。


「あの肉食大猪ダイオドンの腹の中から、テーラの亭主の腕輪が…」


 テーラというのは泣きわめいている女性のことだろう。

 ほかにも何人か呆然としている女がいる。


「テーラの亭主はルネというんじゃが…腕のいい狩人でな…昨日…いや、一昨日から村の見習いを連れて狩りに出たんじゃ…」


 つまりその狩人のしていた腕輪が肉食大猪ダイオドンの腹の中から出てきたということだ。

 想像したら怖気が走った。


「若い者の訓練もあるでな…早ければ今日、遅くても明日には戻る予定じゃった…」


 村長の言葉はマリオンに向けたものだった。


 村人たちは仲間の死に沈痛な面持ちをしている。


 この重苦しい雰囲気はなかなかいたたまれない物がある。『ひょっとして食われたのは腕輪だけで本人は無事かも…』そんな気休めが喉まで出かかって、マリオンはそれを抑え込むのに結構苦労した。

 それは言ってはいけないことだ。

 この村の人たちは既に仲間の死をゆるぎない現実として受け入れているのだ。そして…


「ほかの連中もんはどうしたべ?、逃げたべか…」

「・・・・・・」

「いんや、あの消化の具合からして、ルネが食われたのは村を出てすぐだべ、もうまる二日たっとる。望み薄だべ」

「んだな…無事なら…いんや、無事でなぐとも狼煙くらいはあげられべ…」


 こういうときの手順というのも決められていて、出先で何かあれば村に戻る。戻れないときは何とか連絡をする。狼煙と言うのは結構確実な手段で、村を出た男達もそのための準備はしていった。

 しかもこの数日は風もないし天気も良い。

 それがないということは一緒に行った全員。四人の人命が失われたことになる。


 そしてこういう小さい村で一度に4人の働き手を失うことはとても大きなことなのだ。


「時にマリオンさん…あの肉食大猪ダイオドンをどこで仕留めたか覚えとるだかね?」


 女を家に帰らせ、村長と主だった者は村長の家に移動する。マリオンは聞きたいことがあるからとその場に招かれた。

 村長はまだ青い顔をしていたが気丈にマリオンに必要なことを確認してくる。


「覚えてます…あれはこの村から獣車で西に…そうですね…二時間くらい行ったところだったかな…荒野の真ん中に大きな枯れ木が立っていたあたり…」

「その枯れ木なら分かるだ」


 二頭目はその一日ほど先としか言いようがなかった。

 三頭目は…


「最初に仕留めたのはここから馬車で三日ほどいった森の脇…大きな流民の集落があったあたりだ…」


 流民の集落のことを言ってもおそらく知らないだろうとマリオンは考えていたが反応は思いがけずあった。

 別の所から。


 ガチャン

 と素焼きのツボがおちて砕ける音が響いた。


 村人たちが一斉にその方を見る。

 そこではまだ若い。二十歳過ぎくらいの女が床に落ちた食器の破片を拾い集めている所だった。


「まーたこのどんくさ奴隷が」

「こら、セッタ、そんただこというでねー、これはよぐやってるべ」

「んだ、奴隷は村の財産だ、手荒に扱うんでねー」


 セッタという男が激高しかけて周囲から一斉に非難されて縮こまった。


「す、済まねえだ…ちょっと気がたっちまって…」

「おめえはいい男だが気が短くていげねーだよ」

「んだんだ」


 どうやら悪い男でもないらしい。この状況だ、腹の中にやり場のない憤りを感じていても不思議はない。


 村人がいい感じにまとまり、女もいたわられて何となく雰囲気が和んだのだが、マリオンは奴隷という言葉を聞きとがめた。

 彼女奴隷なんですか? と聞くマリオンに…


「この女は三カ月ほど前に町の奴隷市場で買って来たんじゃよ。あの日は良い出物が沢山あったで…まあちょっと村で金を出し合って二人ばかり…もとは流民だっちゅうんで…まあちょっとは心配したんだけんども、まじめに働くし、健康だし、ええ買い物だったべ」


「つまりロアはその集落にいたわけじゃね…」


 さすがにパム村長は察しが良かった。ロアと呼ばれた娘は黙って頷いた。


 流民としてつかまった娘。

 壊滅した流民の集落。

 気が付けば何があったのか想像するのは難しくない。


「はい、あの村で暮らしていたんですが…ある日盗賊が襲ってきて…私たちはさらわれて…」

 そのまま町に連れていかれて役所に引き渡され、奴隷商人に渡され、市場に出されたというながれだった。


 ほかにも何人もの女がさらわれていったが、見目良い娘はほとんどが娼館に買われていった。ロアがこの村に買われたのは娼館と言えどもこんな地方ではそう何人も娼婦を抱えることはできないという事情があるからだ。


 容姿の優れた者から数人が娼館に売られ、後は普通に商家や大家の奴隷として売られていった。その中にたまたまこの村の代表がいたということらしい。


「マリオンさん、その集落はどうしたね…流民は見つけたら一応報告をすることになっているんじゃがね」


 マリオンはゆっくり首を振った。


「残念ながら流民は一人も見なかったよ…あそこにあったのは廃墟と少しの人骨くらいだった。人間にやられたような痕跡もあったけどほとんどは魔物の襲撃っぽかったな…」


「そんなあそこには一〇〇人近い人がいたのに…真ん中に結界石だって…」


 ロアは眩暈を起こしてドスンと座り込んだ。


 ◆・◆・◆


 その集落がいつごろから始まったのかそのロアも知らないということだった。彼女が来たときにはすでにあった。

 だが村の中心に簡素ながら結界石がおかれ、魔物がよってこないとなれば、集落は安定する。流民の隠れ里が長続きしないのは結局のところ魔物や危険生物の襲来が原因だからだ。

 荒野で暮らす彼らにとって爪も牙も硬い皮膚もなく、そして本来の武器である文明に裏打ちされた集団の力を持たない人間は格好の獲物でしかない。


 結界石がどこから来たのかもロアは知らなかった。


 最初のそれを持ってきたのがどこかの神殿の関係者だったのか…それともたまたま結界石を持っていた冒険者のなれの果てなのか…

 ただその村は森と水とに恵まれて何とか自給自足ができるレベルであったらしい。


「そんなある日、数人の流民のグループが村にやってきました。彼らは落ち着き先を探しているのだといって…仲間に入れてほしいといってきました。わたし詳しいことは知りませんが村の長老たちはそれを断ったようでした。

 数日滞在した後、彼らの姿は集落からいなくなっていました。

 それから一か月ほどしたある日盗賊が襲ってきたのです」


 おそらく村を追い出されたその流民たちが盗賊と合流し、隠れ里のことをおしえたのだ。五十mほどの範囲の効果がある結界石…荒野で暮らすものなら喉から手が出るほど欲しいものだった。


 そして流民はそれなりに高く売れる。


「村にいたのは何人くらいだね…」


 村長が聞く。


「一〇〇人くらいはいたと思います」


 ロアが答える。


「何人くらい捕まったのかね?」

「女子供ばかり二〇人ほど…」


 その質問を聞いて村長は深く深くため息をついた。

 マリオンにはその溜息の意味は分からなかったが村長の言葉がすべてを解説してくれた。


「その隠れ里には一〇〇もの人間、けが人も死人もいただろうが、残っていたわけだ…マリオン殿のいう通りならその集落に人はいなかった。

 そして周辺の村で流民が助けを求めてきたなどという話は聞かなかった…

 盗賊の仲間になったものもいるにはいるだろうが…」


 つまり残された死体と生き残った流民、そのほとんどが現在どこにいるかわからなくなっているということだ。

 そして荒らされた廃墟…魔物に食い尽くされた人間の痕跡。


「一〇〇人近い人間が魔物に食われたとなると魔物はずいぶん狂暴化しているじゃろう…一度人間を食った魔物はドンドン人間を襲うようになる…」


 これは初耳だったが分からないこともない。

 地球でも人間を襲った獣は『処分』が基本方針だ。放せばまた人を襲う。

 いわんやや魔物に於いておや。

 そういうことだろう。


 難しい顔で頷くマリオンにティファリーゼが寄ってきてそっと耳打ちをする。


『魔物は人間を食べるとぐっと強くなると言われています。なぜかは知りませんが人間を食べたことのない魔物と、人間を10人食べた魔物ではその強さは段違いだそうです』


 そういうことだけではなかったらしい。


 マリオン達は最初に情報を提供してからこっち、村の話し合いに参加するわけにもいかないので部屋の隅っこで控えている。

 だからこんな話もできるのだが、話を聞く限り、ちょっと異様な話だった。


 魔物というのは一言でいうと『魔力で強化された獣』と言うことができる。

 それ故に迷宮や魔境で暮らすものはほぼ魔物だ。そこには魔力が満ちているから。

 だからこういう魔物が人間を食べても何も怒らない。


 中心に近付くに従って魔力の濃度が濃くなることが知られていて、それ故に魔物は迷宮の奥深くの方が強くなる。

 逆に魔力の薄い外縁部や、魔球の外などで暮らす魔物は魔物としては弱いと言っていい。

 彼等には自分を強化する十分な魔力が与えられないからだ。


 だが彼等が大量の魔力を取り入れる方法が一つある。それが『生きている人間を捕食すること』だった。


 一人二人ならそれ程影響はない。

 せいぜい『こいつ強い』という程度だろう。

 強さ『二』は倍にしたところで『四』にしかならない。


 だが『四』が『八』。『八』だ『十六』となっていけばこれはしゃれにならない。


 十人も食われれば倍ほども強くなる。

 二十人も食われればほぼ別物と言っていい。


 しかも一度そうなった魔物はとにかく人間を求めて行動するようになる飛び抜けて危険な存在ものだ。


 それがこの世界の人間達の常識だ。


 犠牲者をだすような魔物は、普通の同種の魔物よりも倍も大きくなっていたり、魔法を使えないはずの魔物が魔法を使えるようになったりと、話を聞くと成長の一言で片付けられないものがある。

 まるで進化だ。


(あるいは…レベルアップ?)


 現代人ならではの発想でマリオンはそんな事を考えた。

 昔そんな話を見たことがあるような気がする。

 人間を食べてパワーアップ。新しい能力が目覚め、知恵も付いたりする。

 もちろんフィクションだ。

 マリオンは『馬鹿な想像だ』と苦笑した…


「どちらにせよ、それだけの犠牲者が出たんじゃ…今回の一件でかなりの数の人食い魔獣が生まれたのは間違いない…中にはずいぶん強うなったもんもおるかもしんね。こまったのぅ」


 もし百人近い人間を食った魔獣がいたとしたらどれほど強くなっているだろう…辺境に暮らす人たちにとってはこれは死活問題になってしまう。


「くそっ、盗賊どもめ…」


 それは村人全ての思いだったろう。自然災害では怒りのぶつけようがないが、人間がかかわっていれば恨みようがある。

 自分の生命の危機だ。文句のひとつも言いたくなって当り前だろう。


 ◆・◆・◆


 これ以上は村の話なのでとマリオンとティファリーゼはノダ神官の口添えで先に引き上げることになった。

 すでに日は暮れていてほとんどの村人が自分の家に引き上げているが、村全体が重苦しい雰囲気に包まれている。

 案内はロアで、これから村の方針を決める話なのでよそ者や、奴隷は出る幕がないのだ。


「それでも解体はすんでいるんだな…」


 水場を通りかかたとき、件の肉食大猪ダイオドンがすべて解体され、3匹分の皮が干してあった。肉などもすべて処理された後のようだ。

 自分の村の仲間を食った魔獣を今度は村の人たちがバラバラにして食べる。バランスが取れているというのか、帳尻があっているというのか…ここでは人間は食物連鎖の例外ではなく、万物の霊長でもないのだ。


 それでも何とも逞しく、生きることに真摯な人たちだろう。


 それに逞しいといえば…とマリオンはカンテラを持って案内をしてくれるロアを見た。奴隷と言う言葉からもっと薄汚れて、くたびれていて、夢も希望もないような感じで生きているのかと思いきや…


(あまり村の娘達と見分けがつかないな…しっかりしてるし…)


「そうですね…私もびっくりしています。町に住んでいたときは奴隷に落とされたら人生終わりなような気がしていたんだす。けど…こんな農村で働いていると村の女の人たちと大して変わりません」


 マリオンは頭をかいた。どうやら声に出てしまったらしい。


「見ての通り着ているものはお古ですけど、村の女たちの来ているものもみんな同じようなものですし、仕事の内容もみんなと一緒に畑に出て畑を耕し、村で家畜の世話をして、夜になったら仕事は終わり。これもみんなと同じです」


 ロアは村の労働力として買われた来た女だ。まず働かなくてはならないが、朝から晩まで働くのはこういう村ではだれも彼も当たり前のことだ。

 奴隷だからと行って過酷な労働を強いられるわけではない。

 みんなが大変なのだ。


 労働力なのになぜ男ではなく女かというと、先行き村の人口を増やすためということが考えられているからだ。

 男の奴隷は力はあっても子供を産んだりはできない。それどころか厳しい仕事を与え、しかも抱くべき女もないと言うのではトラブルの元にしかならない。

 制約ギアスの魔法で行動を制限できると言っても本人のモチベーションまでは維持できない。

 ひたすら働き、楽しいことも何もなく死んでいく、それでは奴隷もふてくされない方がおかしい。


 それと同じ理由で村の嫁のいない男達のモチベーションも問題になる。

 この村に睦み合うべき女がいなければ男はいずれ村を出て行ってしまう。子孫を残すために女を求めるというのは男の本能だからだ。


 町であれば娼館もあるが、こんな村では無理なこと。

 そういう男の相手をする女も必要なのだ。


 現代から見ればとんでもない因習ということになるのかもしれないが、昔は村というのはそういう性に関するバランスもコミュニティーで考えられていた。

 それが村というコミュニティーが生き残る方法だからだ。


「でも結婚の相手を自由に選べないのはだれでも同じです。この村の女達だって自分の好きに男を選べたわけじゃありません…小さい村ですから、だれとだれを妻合わせるとかは長老達の決めることです。

 私の場合は相手が複数になってしまいますが、若いのが難点なだけでみんなまじめな働き者です。悪い相手じゃありません…それに子供ができればちゃんと産ませてくれるそうですし、生まれた子供はちゃんと村の子供として育ててくれるそうです。

 そしてその子供のためにも私の扱いは村の女達と変わらないモノにするって…

 私はかなり幸運なのだと思います」


 ロアの言葉は前向きだった。本当にそう思っているらしい。


 部屋に帰ったあとマリオンはつらつらと考える。


従僕サーバント…奴隷といってもいろいろあるんだな…)

 と、


 ティファリーゼに関してはマリオンは保護者を自認しているのであまり奴隷という扱いはしていないと思う。

 一緒に働いて、一緒に食って、一緒に寝る。役割分担はしているが彼女に負担がかかっているということはないだろう。


 この村で暮らしているロアもあまり過酷な環境というわけではない。大変なのは奴隷も村人も大して変わらないという印象だ。


 少なくともこの二人に関しては奴隷になった場合と、ならなかった場合の未来予想図を比較すると、ならなかった場合の方がより悲惨であるように思われる。


 だがすべての奴隷がそうでないこともまた事実だ。


 ドーラの町にも奴隷はいたが、待遇はピンからキリまでだったように思う。

 規則正しい仕事に従事する者もいれば、休みなく牛馬のように働かされるものもいた。

 高度な技能を持ち、立派な仕事に従事する者もいれば、ただひたすら肉体を酷使する奴隷もいた。


 この国の犯罪奴隷システムは地球でいう所の『懲役』に相当するもので、なしでは国が維持できない。


 よく国のために人か存在するのか、人のために国が存在するのかと言う話があるがこれは鶏と卵のような物だとマリオンは思う。

 国は人間が生きて行くためのシステムだ。それを考えれば人のために国が存在するように思える。だが国という物は維持されるために国民の力を必要とする。

 国民が国のために奉仕しなければ国民に奉仕する国という存在が維持できないのだ。


 何だかなーである。


 そのシステムの一つとして奴隷制度が存在するこの国において、マリオンにはそれを否定するだけの根拠を持たない。

 正しいことなのかどうなのかの判断もできない。


「それでも自分の手の届く範囲くらいは納得のいくものを目指してもいいよな…」


 世界を変えられるなどとは思っていない、だがまったく無力だとも思っていない。

 やはりマリオンは中身が円熟というほどではなくても大人だということなのだろう。


「旦那様…私は幸せですよ。旦那様が御主人さまになってくれて…」

「うん、まあ、ティファ一人の人生くらい面倒をって…なにをやってる?」


 いい話をしているつもりだっだマリオンはジト目でティファリーゼをみた。

 彼女はその言葉を受けて、しれっととんでもないことを言ってのけた。


「はい、夜伽の準備です」


「のあー」


 マリオンは実際にのけぞって布団に倒れ込んだ。マリオンはわざとずっこけて見せるとかそういうことが結構好きだったりする。


「ああ、ひどい、旦那様、月が替わって豊穣の季節に入りましたから私も15才です。成人です、合法です。タニア様がいない今、旦那様のお相手をするのはわたししかありせん」

「うん、無理、絶対無理」


 マリオンは断固たる意志を持って却下した。

 それは水が上から低くへ流れるように、そして下から上には流れないように、そんな不動の意志だった。


 ちっこい身長。べったんこのむね。完璧なまでのずん胴。細い手足、ポッコリしたおなか、完璧なまでに子供だった。

 赤ちゃんと言ってもいい。

 昔、お風呂に入れてあげていたちっちゃい弟妹がちょうどこんなだった。


(そういやーあいつらもすっぽんぽんで平気で走り回ってたなー)


 懐かしい思いでだった。

 現実逃避とも言う。


 そう思った時点でティファリーゼのヌードは性的な要素を全く持たない微笑ましいものになってしまった。

 もしこれに反応する男がいたらそれは変態だから排除するべきです。

 もちろんマリオンはまともだった。


 マリオンは完全におにいちゃんモードに入っていた。


 だが理性もある。どんなに子供に見えても本人は成人した女性のつもりでいる。これを子ども扱いするのは失礼じゃなかろうか…


 だがこれを女扱いするのは色々無理だった。マリオンは昔から子供を面倒を本当によく見てきたのだ。こういうのは見慣れている。


 妥協案を思いついた。レディーとして扱うことだ。


「あのー、旦那様?」


 腕を組んで難しい顔で考え込んでしまったマリオンをティファリーゼが覗き込んだ。


 オホンと咳払いをしてからマリオンはおもむろに話だした。


「ティファ、まあなんというかそういうのは必要ない…あー、タニアに関しては正式に求愛があってな…そのうえでまあ子供を作ろうと、そういうことでな…別にこう…性的な欲求に従ったというようなモノではないのだ。

 少なくとも身近な人とそういう関係になる場合は、そのくらい真剣な関係であるべきだと僕は思っているのだよ…

 ティファは確かに奴隷だけど…それは変わらないんだ」


 人それを口先三寸という


 ティファリーゼの表情がちょっと驚きに満たされた。


「それにこの旅空だ。ここで子供なんぞ出来ても旅に差し障るし、子供も大変だしな…子作りなどというのはもう少し収入が安定して、拠点も定まってからでないといけないだろ…だから今日の所は必要…ない…聞いてる?」


「あっ、あの! それっていつか、私が旦那様の子供を産んでもいいということですか?」

 ティファリーゼが目を輝かせて詰めよってきた。


「あ、うん、まあ将来的にね…もっと先にね…そういうときも来る…んーじゃないかな?」


 ティファリーゼの顔がぱあぁぁぁっと輝いた。

 人これを墓穴を掘るという。


「わっかりました。すみませんでした…その出しゃばったことして…」

「いや気にしないで…今はどちらにせよ準備期間だよ…先のことを考えると実力をつけるのが優先だね」

「はい」

 ティファリーゼは元気に返事をして服を着込んでいく。と言っても寝間着なので簡単なものだ。

 その光景を見ながらマリオンは内心、冷や汗を流していた。


 ――まあいいか…先送りにはなったし、たぶん一年二年は時間が稼げるだろう…


 そのころにはティファリーゼも守備範囲に入ってくる可能性もある…可能性なら何にだってある。

 気分的には小さな女の子に『お嫁さんにしてー』とせがまれてその場限りの『いいよー』という返事をするようなものだ。

 ただ小さい子ども相手ならどうせ忘れるからという見込みが、この場合は当てにならないだろうということは問題か…

 でも先のことは先になってから考えればいいのである。


 ドンドン棚上げが得意になってくるマリオンだった。


26話をお届けします。

トヨムです。


誤字脱字など見つけましたらお知らせください。

また感想などいただけましたら幸いです。


それではまた次回。

トヨムでした。

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