第25話 セタ村 (修正)
2015年7月7日修正
第25話 セタ村
ダイオドンという魔物はその不細工な見た目に反して一応食べられるということだった。
一応という言い方はマリオンの感情がさせる。
見た目は凶悪、しかも醜悪。グロテスクなモノほど美味しいという人もいるが、やはり引いてしまう。
まして、おそらく、大量の、『人間』を捕食しているのだろうと考えれば、『わーい、やったー』と喜べるような獲物ではなかった。
「ふつう腐肉を食らうような動物はあまり食用に向かないはずなんだけどな…」
マリオンは往生際悪く愚痴をこぼした。
これはカラスや禿鷹を食べないのと同じ理由だ。
腐敗や細菌に強くできている彼らは、体内にその手の物が残留している可能性があるので食用には向かない。
「ダイオドンは確か雑食のはずです…えっと…口にはいるモノなら何でも食べという意味で…」
それも嫌だ。
「だけど食べられるというのであれば無駄にはすまい……自分で食べるかどうかはともかく近くの村で物々交換に使えるかもしんないし…」
「そ、そうですね…今は食糧一杯ですものね…」
小さくつぶやくマリオンの声を受けてティファリーゼはくすくすと笑っている。言い訳がましいのは見え見えだ。
だが考えてみれば確かにその通り。
マリオンの亜空間倉庫である『大福』の中には結構沢山の食材が入っている。
大蜥蜴メガライアの尻尾肉〔5m強〕これはでかい。
走翼豚二頭。これは血抜き、解体済みで樽に入ってしまわれている。
クラインの便利なところは収納されたモノの変化がゆっくりになるところだ。
冷蔵庫のように低温によって雑菌の繁殖を押さえるのではなく、時間経過がゆっくりになるような保持機能がある。
時間凍結とでもいうのだろうか…
肉にしても普通であれば塩漬けにしたりしないと保存できないところ、入れ物に入れてそのまましまっておけばかなり長持ちする。
そして噛裂兎の燻製10羽分。これは燻製にしておく方が美味しいので加工してきた。
魔獣の森でとってきたワイヤーツリーの木の実。いまだに健在。
他にも今まで取った様々な獲物がしまわれていて、マリオンはとりあえずしまっておいて悪くなったら捨てればいいやという、小市民的感覚で持ち歩いていた。
ちなみに記念すべき最初の獲物であるところの鬼と白獣は、ティファリーゼもまったく知らない魔物だそうで、処理のしようがなかったため残念ながら肉は諦めざるを得なかった。
ギルドに持って行けば買い取ってくれたのだろうがそれでは多分大騒ぎになる。
金が手に入ってもその後の身動きがとれなくなってはまずいと判断し、断念したのだ。
まあ、あまり食べられるような気もしなかったからいいだろう。とマリオンは思っている。
たた使いみちがあるだろうとティファリーゼが言った毛皮と骨だけば取っておくことにした。
骨はきれいに洗ってしまってある。
きっと地球の博物館に持っていったら化石〔じゃないけど〕標本として人気を博したに違いない。
そして学会をパニックに陥れてくれたことだろう。
意味のない想像だが何となく楽しい。
皮はもっと利用価値がある。
おそらく防具としてとても、衣類としても優秀だから…マリオン達はできるだけ質の良い鞣し剤を手に入れ、町で買った大きな樽につけ込んでいる。
鞣し作業である。
本来は外に置いておく物なのだが、さすがに馬車での旅の途中のため、大福に収容されて運ばれているのだが、前述の通り、大福の中では時間が凍結されていると思われるためその手の化学変化も遅くなる。そのため少し時間がかかるが、腐敗と違い確実に進んでいる様子ではある。
いずれは完成するだろう。
白獣の魔石もかなり大きいもので、この魔石からもやはり『魔導核』が見つかった。
この二匹の魔導核と魔石できっとひと財産だと思われる。
どこかで換金できればいいのだが、あまりに珍しいものだと人目を引きすぎるので今のところめどが立っていない。
もちろん剣造りの時にできた魔力の結晶体も処分に困るアイテムではある。
物持ちという言葉もあるが、処分できない物ばかり増えるのはどうなんだろうと思うマリオンだった。
◆・◆・◆
それからさらに三日。
「前方にダイオドンだな…」
「これで三頭目ですね」
「うん、まさかこんな効果があろうとは…」
マリオンはそう言って獣車の後ろに繋がれた、リヤカーを改造して作った急造の荷台に乗せられ、獣車に牽引される二頭のダイオドンの死体を振り返った。
『このお肉は少し熟成させた方がいいですよ』
というティファリーゼの言葉に従って荷台に載せて引っ張っていくことにしたマリオンだったが、その匂いにつられて別のダイオドンがよってくるという状況が発生してしまった。
もちろんどこからともなく現れるというわけではないのだが、近くに肉食大猪がいると匂いに気がついて向こうからやってくるようになってしまった。
いや、まあ、魔物なので当然こちらを見つければ襲ってくるのだが、相手により早く見つかるようになった感じがする。
おそらく鮫ほどではないにせよ血のにおいや腐敗臭を敏感に感じ取っているのだろう。
面倒なのでサーチをかけながら避けているのだがどうしても避けきれないものもでる。それがいま、進行方向から走ってくるやつだ。
マリオンは長柄剣を手に持ちゆっくり進む馬車の上でダイオドンが近づいてくるのを待った。
石獣は草食獣なのに肝が据わっていて、姿勢を低くし、緊張感をみなぎらせてはいるものの、自分よりも一回り大きい凶暴な肉食獣にひるむことなくしっかりとした足取りで進んでいく。
「本当にこいつはいい石獣だな」
マリオンは良い石獣を世話してくれた神殿の人たちに感謝した。
ただティファリーゼには別の見解がある。
彼女は過去に何度か石獣を見る機会があったが、ここまでしっかりした石獣は見たことがなかった。
幼いときの記憶だが、大きな体と厚い装甲、大きな角という武器を持っているので臆病ではないのだか、ここまで、まるで軍用獣のように闘志をみなぎらせて敵に向かっていくような勇猛さは持っていなかったように思うのだ。
そしてティファリーゼは自分自身もあの凶暴な獣に対してまったくひるんでいないことを感じていた。
十分に距離が近づくとマリオンは獣車を飛び下りて肉食大猪に向かって駆けていく。
それを見送る一人と一頭は闘志を漲らせて躊躇うことなくそれに続くのだ。
ティファリーゼが獣車を駆ってたどり着く頃には、ダイオドンは前の二頭と同じように切り倒され、凶暴な魔獣からただのお肉に変身しているのだ。
マリオン自身は気が付いていなかったが、この旅で彼は群れのリーダーとして絶対的な信頼を勝ち取っていた。
二人と一頭の小さな群れだったが、マリオンは間違いなくその群れのリーダーで、残りの一人と一匹はリーダーを信頼して粛々と後に続く。
マリオンが先頭を駆ける限り彼らは恐れを知らない戦士のようだった。
まあ闘うのはマリオン一人なのだが…
◆・◆・◆
「旦那様、今度こそちゃんとした村です」
ティファリーゼがそんな声を上げたのはその日の昼過ぎのことだった。
「うーん、ほんとだ。人がいるなー、わらわらいるなー」
少し前から周囲に畑が広がっているために多分近くに村があるかなと思ってはいたのだ。
この世界の農村は日本のそれと決定的に違う。
日本の農村というのはまず家があり、その敷地内に農業に使う道具をしまう物置や、作物を入れる蔵があり、その周囲にその家の田畑が広がる。
少し離れると同じ構造で家があり田畑があり、また少しは慣れて、とかなり分散して集落が作られる。
農業に従事するモノにとって田畑は作業場だ。朝起きて作業に行くのに片道三時間かかりますなどと言ったら仕事にならない。
しかも農業は大変な作業だ。田畑が自分の家の周囲にあるのは自然な要請というものだ。
だがここには魔物がいる。農村周辺にも人間を襲って捕食する動物がいるのだ。
人間は当然一カ所に集まり身を守らなくてはならなくなる。
その結果、結界の中に村を作り、その村から通える範囲に田畑を作るしかなくなる。
これ故に村の人口というのはある程度決まってきてしまう。
自分たちで耕せる畑、飼育できる家畜、その範囲内で生きていける人数。これが村の人口だ。
マリオンは村が見えてきた時点でサーチをかける。
前回の集落のようなことがないように、状況を把握するためにだ。
脳裏に映ったその光景は、のどかな農村という印象だった。
町の中央に要石が置かれている。先日の集落で見たような小さいものではなく三mもあるテーブル状の石だ。
これだと確かに掘り返すのは無理だろう。動かすのだってきっと何十人がかりだ。
その周りは広場になっていて、子供達が遊び、その脇で女性達が藁のような乾燥した草を木でできた丸いハンマーで叩いて柔らかくしている。
「ああ-昔見たことがあるな…縄を作ってるんだ…」
それは確かに日本の農村にあるその光景に似ていた。
広場の外は居住区画のようで、広場から放射状に家々が配置されている。
町と違い家と家との間隔はわりと広く、薪を置いた小屋や、農具をしまう小屋なども散見される。
中心から広がる魔力の気配、魔物を退けるフィールドは村の外にも広がっているが、特に村の囲いの中が濃い。
この囲いも物理的なモノではなく魔法的な意味合いがあるのだろう。
おそらく柵の内側は魔物や魔獣が絶対入ってこない安全地帯。周辺の田畑は魔獣があまり出ない準安全地帯というところだろう。
人口は、建っている家の数から、各家に四人ずつ暮らしていると考えて……百六十人くらいだろう。
それがマリオンの観測だった。
『××××××!』
『〇〇×、〇×』
その村の周囲で働いている数人の女性がマリオン達の方を指さして何か叫んでいる。
「なにが叫んでいますね…」
「そうだな…」
「あっ、一人村に駆け込みましたよ」
「うん、どうやら若い女のようだな…」
ティファリーゼがジト目になった。マリオンにはそんな意図はなかったのだが…
「あっ、奥から人が出てきました」
「うーん、物々しい雰囲気だ…あまり歓迎はされてないな…」
「はい、鍬とか鎌とか持ってますね…ずいぶん警戒されているみたいです…どうしますか?」
「まあ行くだけ行ってみよう…話をしてみないことには何も分からない…」
マリオン達の久しぶりの人里は、先ず、にらみ合いから始まるらしかった。
◆・◆・◆
「あ、あんたら…この村に何のようだね…」
意外にも話しかけてきたのは初老の女性だった。
その後ろに男たちが武器を持って並び、その向こうで女たちが心配げにこちらを見つめている。
その様子からこの女性が村の代表であるらしい事は分かる。
彼らの眼はマリオンと隣に立ったティファリーゼ間を行ったり来たりしている。
そして、なぜが少しだけ警戒を説いたのが分かった。
(なぜかというのは正確じゃないか…)
どんな旅人であれ、子供連れというのはあまり警戒すべき相手には見えないものだ。
ティファリーゼが年相応に十五才くらいに見えるのであれば、村の人たちももっと警戒したかもしれないが、彼女の見かけはどう見ても十才前後。良くて十二才という所だ。
黒髪黒目のマリオンと、金髪碧眼のティファリーゼでは兄弟には見えないだろうが、この世界、変わった組み合わせなどいくらでもある。
夫婦だなどと変な誤解はしないだろうが、何かの理由で連れ立って旅をしている。そんな事があってもおかしくはないのだ。
そして目の前に立った男が武器を持っていたとしても――武器を持っていない旅人などいないのだが――その回りで子供が走り回っていたら、それはやはり警戒感も下がろうという物だ。
ティファリーゼには不本意だろうが、彼女見た目は非常に役に立った。
「あー、僕らは旅のもんです。タンタの町を目指しているんだけど…」
マリオンは老婆にそういった。
「うーむ、タンタの町に行く街道は南から来てこの村の東を通っている。西側には荒野しかねーはずだが…」
老婆の疑問は当然のものだ。だがマリオンとしても本当のことを言うしかない。
「いや、だからね、コーベニー伯爵領からその荒野を突っ切ってきたんだ…経費節減のためにね…」
マリオンの話を聞いて老婆は目を見張った。
「なんと…補給もなしにか…食いもんはどうして…」
話している間にその場にいた全員の眼が獣車の後ろに引かれる肉食大猪に自然に吸い寄せられる。
「まあ食いもんには困っとらんようだの…」
老婆はオホンと一つ咳払いをした。照れ隠しだろう。
「身なりも立派じゃし…盗賊には見えんか…」
マリオンは聞き咎めた。
「盗賊?」
「んだ。最近この周辺でよく旅のもんが襲われたりしとる。村で被害の出たところもあるそうだ…今このあたりの村はみんな警戒さしとる…」
マリオンは首をかしげた。その盗賊というのがあの集落を襲った奴らだろうか…
だがそういう事情があるのなら村人の警戒振りも納得がいく。だがそれは同時に村人達が本来は排他的な人たちではないと言う事の証明でもあるのだ。
旅人相手に普通の対応を、普段は取ってくれる人たちであれば話とか交渉とか出来るかもしれない。
「見ての通り旅の途中で、肉には事欠かないんだが野菜がなくてね…もしよかったら後ろの肉食大猪と交換で、分けてもらえないかな?」
村人たちはだまって顔を見合わせている。
肉食大猪は彼らにとってもごちそうだ。できればほしい。だが素性のよく分からないやつを村に入れる危険は冒したくない…
そう考えているのが見え見えだ。
「えっと、ちょっと失礼」
「はにゃ?」
いつの間にか隣に来ていたティファリーゼがマリオンの腰のベルトに括り付けられた一つのメダルを彼らから見えるようにひらひらとかざして見せた。
ちなみに『はにゃ』はマリオンの声。
ほとんどの村人が何のことかと首をひねりながらそのメダルを見る中、老境と言っていい一人の男が転び出てきてそのメダルをしげしげと観察する。
そして大きくため息をついて村人を振り返った。
「村長、大丈夫じゃ…この御仁は教会の認めた『中権使』じゃ、大神殿司の信任の証しをもっとる。彼の身元はわしと教会が保障するわい」
そう言った老人の格好は確かによく見ると聖職者の着る服のようだ。
たくし上げられ、その下にもんぺのようなモノを着ているのでそうは見えなかったが、神官…かなにかなのだろう。
「あーびびったわい。言われてみればその鎧は神殿の騎士の物を改良したもんじゃね…ワシはノダと言うんじゃ、このセタ村の神殿で神法官をやっとるで」
ノダ老神法官はそう言うと握手を求めて手を差し出してくる。マリオンは自然にその手を取った。
ノダ神法官の保証が利いたのだろうみんなが武器を下ろして胸をなで下ろしている。
「ふぇー、助かったわい…盗賊だったらどうしようかと…」
「いやー、えがった、えがった」
なるほどとマリオンは納得していた。神殿司は『これを教会関係者に見せれば便宜を図ってくれる』そう言っていたが、それはどうやらこういうレベルでも効果があるらしい。
冒険者ギルドの会員証がイマイチ役に立ってない気がするが、これには一つ理由がある。
ギルドの支部がない村はいくつもあるが、教会のない村というのはまずない。
これは三王神教会が医療を独占しその勢力の基盤としているからだ。
つまり神殿関係者というのは医者であり、神殿というのは病院でもある。
すべての村に回復魔法を使える神法官を配置できるほど余裕があるわけではないが、その場合でも医術の心得のある徳道士を『医師』として配置するなど神殿の対応は徹底している。
村の人にとって、特にこういった魔物の少ない地方の村の人にとって、冒険者ギルドは直接関わりになる機会の少ない組織だが、神殿は子供が生まれたときに祝福を貰い。怪我をしたとき、病気をしたときに治療という形で世話になり、死んでからは葬式という形で世話になる。
国家、ギルド、教会と、なくてはならないのは三大組織どれも同じなのだが、身近さと信用は神殿が群を抜いている。
村人達は神官の保証がでた段階ですでに事態が解決したモノと考えてそれぞれの仕事にもどって行ってしまった。
「よくやったな、ティファ。ぐっじょぶだ」
「はい、旦那様」
マリオンの言葉にティファリーゼは良い顔で微笑んだ。
◆・◆・◆
「いやーすまんかった。勘弁してくれ…魔物は結界のおかげで寄ってこんが…結界も盗賊にはきかんでな…」
老婆はパムと名乗った。
元々は彼女の亭主がこのセタ村の村長を務めていたらしいのだが、数年前に流行病で亡くなり、その後彼女がその役割を引き継いだらしい。
母系社会のこの国でも村長のような表に出て踏ん張る職務は普通、男が就任く。
ただそれとは別に『娘組』という村の女のコミュニティーがあり、これが大きな影響力を持っている。
本来であれば村長が亡くなった時点で別の村長をこの娘組が中心になって選定することになるのだか、このときはやはり同じ流行病で村のナンバー2。ナンバー3までもが倒れていて、適任がいなかった。
そのため、村長の奥さんであり、娘組の長老であったパムが村の代表を代行し、それがいつの間にか既定路線として定着してしまい現在に到るという経緯があった。
「気にしてませんよ」
マリオンは彼女の謝罪を快く受け入れた。
「それで、その盗賊というやつの話を少し聞かせてくれますか? 僕も旅の途中なので、やはり気になります…」
「もっともじゃね…おやすいごようさ」
そう言ってパムは話し始めた。
「最近大きな盗賊団ができてのぅ…街道の行商人などを襲いよる。ここはへんぴな村だで噂を聞くくらいだけんど…近くの町から来る商人の話だと、物騒で外もよう歩けんちいう。荷も値上がりするしのー」
彼女の口調からは本当に困っている様子が見て取れた。
こういう村で暮らす以上ほぼ自給自足はできるのだが、塩や砂糖などのどうしても生産できないモノはある。そういうものが滞ったり、値上がりするのは頭の痛い問題なのだ。
「大きい盗賊団って…どのくらいです?」
「さてのぅ、ワシも見たことないんではっきりとは…ただ五人くらいの護衛ではしょうことないというはなしは聞いたわ」
パムはゆっくりと首を振った。
知らないの意味ではなく困ったもんだと言う意味だ。
マリオンのイメージだが五人の護衛と後は隊商のメンバー。こちらもある程度の戦闘はできるとして、それを殲滅できるレベルというと…
ぶつぶつ言っている声が聞こえたのか、隣でティファリーゼが手の指を全部広げで十を二回出している。
これはおそらく『二十人規模の盗賊』と言う意味だろう。その後に『ではないでしょうか?』が続くのか『だと思います』が続くのかは判然としないが、少なくとも突き押しではないだろう…多分…
妙にかわいくてそんな風に見えてしまう。
「それで…その肉食大猪じゃが…野菜と交換してくれるというのは本当じゃろうか? 交換と言っても村には大したもんはないんじゃがねぇ…さっきの盗賊のせいで町からの荷がすくなくなってのぅ、野菜はとれるしミソは自分で作る。醤油は備蓄があるじゃが…最近肉が手に入らんでね。
つい昨日も、村の猟師を狩りに送り出したところだで…譲ってもらえるんなら助かるんだわ」
話は終わりとばかりにパム村長が話を肉食大猪の方に戻してくる。
どうやらこれ以上は聞けることもなさそうだ。
「ええかまいません。交換は野菜でも穀物でもかまいません。荒野を進んでいると肉はいくらでも手に入りますけど野菜はどうにも…」
「あいよ、分かった。野菜は好きなだけ持っていきなっさい。だけんど、肉はいくらでも手に入るっちゅうのは…剛毅な話だぁねぇ…」
突然やって来た肉食大猪三匹分の肉。
これは村人に取っても結構なごちそうなのだ。
周囲から『新鮮なのもある今日はもつ鍋だな』『焼いてくってもかなり食えるぞ』『明日から燻製作りね』
いろいろな声が聞こえてくる。
子供達が獣車の後を付いてきてわあわあと歓声を上げている。
良い光景だった。
広場で荷物を降ろし、獣車はそのまま小さな神殿の裏手の空き地にとめる。『お肉』の塊三つはあっと言う間に運ばれていってしまった。
それと同時に停車場に村中から野菜の束が届けられる。
泥付きの大根。カブ。白菜。ちょっと知っているモノと違うような気がしなくもないが、多分そんなものだろう。
そして大豆や小麦粉。
無造作に置いていくわけではなく、数人の女がチェックをしている。
だれが何をどのくらい持ってきたかを調べて、肉の割り振りを決めるためだった。
しかし。
「村長、肉食大猪三頭分の野菜なんぞすぐは集まらんが…どうするね…」
積み上がった野菜はすでに獣車に満載するくらいの量になっている。長さ二メートルの肉の塊三つと言う存在をマリオンは甘く見ていたらしい。
中には何かの古漬けのようなモノや、味噌の入った樽。干した野菜などもある。もう十分な量だ。
「やっぱり町中とちがって野菜が豊富だな…」
きっと町で暮らす人よりも農村で暮らす人の方が長生きなのに違いない。
町の人間は肉しか食わない(偏見)
「村長さん、魔石はどうすんだ?」
「魔石かい? そうじゃな…それがあったの」
魔物の素材は魔石を含めてギルドに売ることがふつうになっている。
不文律のようなものがある訳でも、法で明確に定められている訳ではないが、利便性の問題でどうしてもそうなってしまうのだ。
だから買いたい人が他にいれば売っても別に文句を言われるようなことはない。
だが…
「魔石なんて村でもらっても使い道が無いんですよ」
「んだな、使い道のないものをもらってもシャーないし…肉だけで代金分が大変なのに石までもらっては困るばかりじゃ…悪いがこれはお若いのが引き取って下され」
「ああ、はい、分かりました」
「すまんの、この村じゃ蓄魔筒も井戸のポンプくらいにしかつかわんでね…」
蓄魔筒というのはクラナディア帝国が独占して作る魔力電池のようなものだ。
この世界の基本動力で魔法道具は大概これで動く。
逆に言うと魔石を魔石のまま持っていても利用価値がないのだ。
中には大きな魔石をステータスとして持ちたがる好事家もいるのだが、これはやはり全体としては微々たるもの。大概の者は魔石を手に入れると扱いに困ってギルドに売ってしまうのが普通だ。
「それじゃ、魔石は教会の方でお納めください。寄進と言う事で…」
だがマリオンはそう言ってノダに視線を移した。
「ええんかね?」
ノダは眼を細めて喜んだ。
「ありがとう。さっすがに信心深いおかただ。『中権使』に任じられるだけのことはありますだよ。
なんと徳の深いことですじゃろ…神々もお喜びになります。ありがたい事じゃ」
「いえいえ、神殿の方々にはいつもお世話になっていますから…」
信心深いというのは誤解も良いところだが、お世話になっていると言うのは間違いではないと思う。
ドーラの町の神殿のみんなに対する恩返しと考えれば各地の神殿に寄進するくらいどうと言う事もない。
まあ、現在は余裕があるから出来る事ではある。
そして一件無駄に見えるこういった行為は巡り巡って自分の所にもどってきたりする。
情けは人のためならず。
マリオンは経験則としてそれが真実であることを知っていた。
通りすがりにしとめた肉食大猪でこれだけの利益が上がれば御の字というものだ。
◆・◆・◆
「それにしても結構種類も量もあるなあ、どうしよっかなあ。
とりあえず大根、ニンジン、ジャガイモはだしと醤油で煮込んで…おでんかな…草原の夜は冷えるからねえ…
葉っぱもいっぱいあるし…味噌ももらったから味噌汁はいいねー、漬物もあるのか…
山芋もあるからうどんでも打つか…ずっとパンは辛いしな…
そうだ、小麦粉があるからお好み焼きも…」
マリオンは目の前に積み上げられた食料を眺めて楽しい想像に身をゆだねていた。
中には草鞋や蓑傘まで置かれているが、まあ良いのである。
ただ残念ながらここにもお米はなかった。
一応聞いてはみたのだが、やはりこのあたりでは見たことないと言う事だった。
ここでは日本と同じ調味料が手に入る。
ソースやケチャップも含めてだ。
だから日本で作っていた料理は普通に作れるのだが、なぜかおコメが手に入らない。
いい加減お米がほしいのだがまだ見つからない。
「だけどまあ帝都とか言うところに付けばあるだろ…それまでの我慢だ」
なぜなら日本酒が飲まれていることは確認できたから。
その原材料であるお米がないはずはなく、多分ここら辺で見つからないのは環境の問題だろう。
この周辺は水に困るような土地ではないが、大きな水田を造れるほど豊かとは言い難い。
だからここら辺の主な生産物が小麦になるのだ。
そして流通がそれほど発達していないから、お米を作る地方からの流入もない。だからこのあたりでは見かけない。
多分そんな所だろう…
ならば、これから帝国中央部を抜けて東に行く課程できっとお米が食べられる地方を通るだろう。
「それまではうどんで我慢かな…そばの方が好きだけど、そば粉は見かけないし…うどんも悪くはない…うん、悪くはないぞ…悪くない」
良いようである。
マリオンの目の前には小麦粉と山芋もある。
「そうだな…今のぼくならすごいうどんが打てそうな気がする…」
魔法に裏打ちされた自信でマリオンは言った。
力場によって質量や圧力を操れるのならうどんも楽に打てそうな気がしたのだ。
「超重力うどん…とか…」
……大丈夫なのかそれ?
◆・◆・◆
「ひぃぃぃぃっ!」
絹を引き裂く…にはちょっとおばちゃん声の悲鳴が響いたのはそんな時だった。
●○●○● ●○●○● ●○●○●
おまけ・設定資料『身分制度・教会』
教会は国の身分制度から外れた組織で貴族や平民という考え方はありません。
ただ教会の聖職者は見習いを過ぎて一人前になると『士族身分並み』の礼遇が約束されます。
もちろん位階があがっていけばもっと上位の貴族相手でもため口が聞けたりしますが、基本は『誰に対しても平等』と言うことで、貴族並みに偉いと言うことではありません。
この教会ですが管区をまとめる『大神殿司』以上の聖職者は、教会に対して功績のあった人間に『大権使』『中権使』『小権使』の称号を下賜することができます。
小権使は名誉程度のものですが中権使は士族身分相当。大権使は貴族身分相当の礼遇で迎えられる称号です。
マリオンがもらったのはこの『中権使』。ただの平民に士族待遇を約束するものですので滅多なことで発行されるものではありません。それだけドーラの人達がマリオンを高く評価してくれたと言うことです。
マリオンはよく分かっていませんが、これがあると騎士や衛士に強制的に命令されることもありませんし、貴族への面会を求めることもできるようになります。
もちろん町への出入りはフリーパスです。
準貴族のような立場といえるでしょう。
またお会いできました。
25話をお届けします。
誤字脱字などございましたらお知らせください。
また感想などございましたら是非お寄せください。
お待ちしております。
それではまた次回、お会いしたく思います。
トヨムでした。




