第02話 龍 (修正)
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第02話 龍
「な…なんとか勝った…」
真理雄は重たい体を持ち上げ立ち上がった。
空腹感に似た嫌な感じがする。
すごくおなかがすいた時に胃のあたりにある痛みを、薄めて全身に広げたような感じだ。
それでも臍の下あたりに暖かい『玉』のようなモノがあり、そこから広がる温かさが全身に広がり少しずつその空虚な感じを埋めてくれる。
身体の中を循環するエネルギーも戦闘中のような激しい物では無く穏やかな物に変わってゆったりとしたものが全身を包んでいた。
それは多分、真理雄の中にある生命力的なエネルギーだろう。
「つまり消費が減ったから回復が進むと言うことか…」
とりあえずは回復傾向にあると言うならそれでよしとする。
体のダメージも見回した感じ問題ないようだった。
「あれだけ激しい戦闘だったのに大きな傷は受けていないな…細かい傷も見える範囲ではないし…」
幸運だったと真理雄は思った。
衣服がボロボロなのは最初からだからこれはもうどうしようもない。
「ほかの問題としてはいろいろ謎があふれたところかー」
そもそもブレスを吐く人間などいやしないのだ。
少なくとも真理雄の常識ではいないし、今までも聞いた事もない。
いや、それ以前にあんな怪獣と戦える人間がいるのか?
となると『僕はいったい何なのさ?』ということになってしまうのだが、少し考えてこの考えを頭から追い払った。
考えたくなかったということもあるが、生きるための努力を優先し、あとは助かってからにしようと腹をくくったのだ。
「完全に死んでいるな」
鬼の死体のそばにしゃがみこんで状態を確認する。
エネルギーの抜けしまった鬼の体はもうピクリとも動かない。
つまり抜けて行ったあれは生命力のようなモノなのだろう。『根源なりし力』とか『存在の力』とかそういうものだろうと思う。
こういう言葉が思いついてしまうあたり真理雄も結構毒されている。
もう一つ思いついた単語があるそれはあえて使わないことにした。なぜかは知らないが使ったら負け、もう取り返しがつかないという気がするのだ。
それでも鬼の身体には何カ所か残り火のようなモノがあって、そこがほんのり光って見えた。
一つは胴体、心臓の当たり。もう一つは首筋だ。
「何だろ…」
真理雄は迷った。
さっきまでの戦闘は言ってみればハイ状態だった。
ここまで極限状態が続けはそれも仕方がない事だと思うが、思い返すとかなり好戦的な気分だった。
だがそれも過ぎ去り、ひとまず落ち着きを取り戻すと死体というはものやはり恐ろしい物だった。
自分で作った死体と思えばなおのこと目をそらしたくなる。
ただ、見たくはないと思ってはいても、たとえばここでこの死体に背を向けてここを離れてどうにかなるのか? と考えると、どうにもならないことは明白だった。
もちろん調べた所でどうにもならない可能性もあるのだが。
「す、少なくともここで逃げちゃだめだよな…」
ここで『鬼の死体を調べる』と言う行為は同時に逃げないと言う選択と同義だった。そしてそれは生き延びるためにおそらく必須なのだ。
結局真理雄は調べてみることを選んだ。
背中を押したのは『逃げたら負けだ』『逃げたら終わりだ』という『恐怖感』だった。
ここで逃げたらもうここから無事に抜け出すことはできない。そう思えてしまったのだ。
真理雄は右手を手刀の形にしてエネルギーでくるみ、それを鬼の胸に突き入れた。
ドスッという音が響き、指先に肉を裂く感触が伝わってくる。
刃物など持っていないから当然自分の力を使うことになる、つまり鬼のまねをして手の周囲に物を切り裂く力場を形成したのだ。
勇敢な行動だったが…顔が逸らされていたのはご愛嬌である。
おまけに指先で内臓をかき分ける感触はそれはもう背中をゾワゾワとした怖気が這い回るなかなかすごいものだったのだ。
だが逆に『それ』を探すのは簡単だった。
真理雄には肉の中に埋もれるそれがぼんやりとした光として見えていたから。
それはちょうど心臓の位置にあるごつごつした全体としては『玉』と呼べるような形のもので、何かの結晶のように見えた。大きさは二〇cmを越える。
さっきまで心臓だったものが鬼の死と共に結晶になってしまったような…
そしてそれは先ほどまで会った鬼のエネルギーと同質のものだった。
「あの鬼の力が固まったものか?」
真理雄がその結晶を矯めつ眇めつしているとその一角にはまっていた石がころりと落ちた。
「わっ」
それは大きさ数mmほどの小さな石で、鮮烈な赤と濃い緑のマーブル模様をしていた。
真理雄が声を上げたのはその小さい石ころが残された大きな結晶と同じぐらいの存在感を放っていたからだ。
だがそれが何かと聞かれたら当然わからない。
「なにかの結晶なんだろうけど…」
大きな玉が鬼のエネルギーの塊ならばこの小さなものは?
結局謎が増えてしまった。
さらに鬼の体を調べるために体をひっくり返す。
鬼の死体はかなり重いものだった。
それに死体という物はグニャグニャとして動かしづらいものなのだ。
「まてよ…エネルギーの流れで石を動かすことか出来るなら…」
気が付けば手を触れるまでもなく、真理雄の周りを包むエネルギーが鬼の死体にも影響を及ぼし、簡単にくるりとひっくり返してしまった。
そしてうつぶせにした鬼の背中に登り、首筋を確認しようとしたら…
ペチョ
と、鬼の首筋から何かが飛び出して顔に張り付いた。
ヘチャかもしれない。
『ムゴムゴー(何じゃこりゃ)?』
顔を覆われているから声が出ないが、何かすべすべしたものが顔に張り付いて真理雄のエネルギーを吸い取っている。
『むごー(はなさんかー)』
掴んで引きはがそうとするがぴったり張り付いていて、しかも引っ張るとビニョーンと伸びるのでうまくいかない。
しかも結構貪欲で、ずるずるとせっかく回復した力を吸い取られてしまう。
これは明らかに何かの生き物。それもほかの生き物からエネルギーをすいとる類の生き物だ。
おそらく鬼に寄生していた…
(あれ? やばい?)
一瞬冷や汗を流した真理雄だったが、幸いある程度で腹いっぱいになったのか吸収が止まる。
そのあとは軽く引っ張るだけで『それ』は簡単に引きはがすことができた。
ちゅぽんという冗談みたいな音と共に。
それは最初グニグニした延ばされたパイ生地のようだったが、見る見るうちに縮んで一か所に集まり、まん丸になってしまった。
いや、正確には直径四cmほどの大福のような本体に短い脚をぐるりとつけたようなそんな物体に変形した。
これを引き延ばしたのがさっきのパイ生地状態だったのだ。
「結港可愛い…」
それが真理雄の第一声だった。
それは光沢のある金属の質感で少し金色がかった銀の色、そして眼のようにも見える黒い点が…
それが真理雄の手のひらの上で激烈短い脚を動かしてモコモコ、ニョコニョコと動いてる。
何かにズッキュンと打ち抜かれたような気がした。
真理雄ははっきり言って可愛いものが好きだ。
育ちのせいもあるのだが赤ん坊などはもう無条件で可愛い。子犬や子猫も大好き。そしてぬいぐるみも…
この時の感覚は町で見かけたやたらかわいいぬいぐるみに一目ぼれしたような感覚というのが近いかもしれない。
何となく気になって、無駄は承知なのだがどうしてもあきらめきれずに買ってしまうあの感覚だ。
「いやいやいかんいかん…これは怪獣だ…」
真理雄はそれをわきに放った。
確かにこういうわけのわからないものとかかわるのは現状では危険すぎる。
それは鬼の手にあたりそのまま下に…落ちなかった。
また再びビニョーンと広がり、まるで水の膜のように広がり、上に載っている真理雄は無視して鬼の死体だけを包み込んだと思ったらあっというまに元の姿に戻ってしまった。
つまり鬼の死体が消えてしまったのだ。
「!…ぬわっ」
鬼を飲み込むとその大福はいっぱいある短足のうち二本をシャツと伸ばし真理雄のシャツを掴むとひゅっ自分を引っ張って胸に縋り付いた。
「なんにゃー!」
変な悲鳴である。
だが今度は簡単に手に取ることができた。
そしてそれと同時に頭にイメージが送られてくる。
それは『鬼』であり『なにかの木』であり『何かの骨』であり『水』であり『いろいろなガラクタ』だった。
それが頭に浮かんだとき真理雄は『うわーいらないな、ガラクタ』と思った。それほどぐちゃぐちゃな何かだったのだ。
まあ普通に考えれば腐った木や、肉片の付いた骨など嬉しくはない。
真理雄のその思いに反応したのか『大福(そのまま名前になった)』は今度は広がるのではなくふくっふ大きく膨れ、大きなドーム状になり、その一部が開いたかと思ったら今度は逆回しのように縮んで元の大福にすぼまった。
そしてそこには大福の中にあったもろもろがゴテッと残されていた。
ピンときた。
「あー、これはあれだ…亜空間ポケット…みたいな?」
この大福は自分の中にかなり大きな空間を持っていて、そこに物をしまったり出したりできるのではないか?
そして最初に入っているもののイメージが浮かんだことから、そして真理雄のエネルギーを吸っていたことから推測して、ほかの生き物に寄生してエネルギーを分けてもらう代わりに亜空間ポケットみたいな役割を担当するのではないだろうか…
しかもかなり自由に出し入れできそうな気がする。
その証拠にいらないと思わなかった鬼と水はまだ中に入ったままだ。
「えっと…」
真理雄は試しに何度か鬼の死体を出したり入れたりしてみる。ついでに白獣の死体も。
大福に触れて出したいものを考えるとそれが出てきて、入れようとすると飲み込む。しかも入っているものはイメージとして頭の中に投影されるようだ。
そして出し入れするたびにわずかに体内のエネルギーが吸い取られるように感じがする。
「さーてどうすっかな…」
これはわけのわからない生き物ではあるが…あまりに便利だった…
そんなことを言う真理雄だったが、どうすっかなも何もこのまま行くしかないのである。
だって体から離そうとするたびに触手のように足を伸ばし真理雄に取りつくから…
真理雄とこの大福の付き合いはこの後も長く続くのだが、この時の動機の一番は大量の水が収納されていたことにある。
消した大福がかわいかったからではない。
試しに少量出してみたらかなりきれいな水だった。
変なにおいも味もない。
つまり飲んでみたのだ。
量は少なくしたが、歩き始めてからここまで飲まず食わずだったし、しかも戦闘でひどく喉が渇いていたから飲まないという選択肢はなかった。
「海で遭難した人間が飲めば助からないと知りつつ海水を飲む気持ちがわかってしまった…」
ということだ。
空腹はある程度我慢できる。だが渇きを我慢するのは本当につらいのだ。
「もしこれで水当たりとか起こして死ぬようなら…どのみちここらか生きて帰ることなどできないってことだからな…腹をくくるしかないか…」
極限状態というものが実は選択肢がなくなる現象なのではないか…そんなことを思う。
そして真理雄はもと来た道を戻って行った。大事なことを思い出したのだ。
○●○●○
真理雄は急いで目を覚ましたクレーターまで戻りその真ん中で草と土に半分埋まった卵の殻の様なものに手をかけその様子を観察した。
「間違いないな…あの時のものだ…」
クレーターの中央にあるこれは何かの獣の卵ではなく真理雄自身を包んでいた物だった。と今は思い出すことができた。
真理雄は一瞬ためらってから指先にちょっと傷をつけ、流れる血をそのままに卵の殻に触れてみる。
ズズズと血が吸い出されるような感覚があり、それと同時に卵の殻はふやけたように膨らんで、その部分が粘土のように柔らかくなった。
「うん、あの時と同じだ…」
おそらくではあるが超高高度からの隕石のように墜落し、莫大な衝撃と熱から真理雄を守ってくれた殻が、真理雄の血を与えることでグニグニと指の力で変形する。
真理雄は自分の中から血と一緒にエネルギーが吸い出されているのを感じた。
だが、同時に「あの時ほどじゃないな…」とも感じていた。
あの時、真理雄はいきなり空中にあった。
目の前に大地が広がり、真下に森の緑が見え、高い山々、つまり山脈があり、白い雲が広がり、遠くに海の輝きがみえ、更に丸い水平線と別の大地が見えた。
流れる雲は遥か眼下に見える。
そこから考えると現在高度は一万とか二万とかの高さではきかないのではないだろうか。
「え? え? あれ? 何で? なんでこんなところにいるんだっけ?」
その時、真理雄は少しだけ混乱した頭でさっきまで自分が何をしていたのか思い出そうとした。そしてそれは簡単にかなった。
その日、真理雄は徒歩で買い物に出た。
普段乗っている車は車検に出していてその日は使えなかったのだ。
休日であるから仕事に行くわけでもなく、車も必要あるまいと思ってディーラーに預けてしまったが、結局暇を持て余して表に出ることにした。
たまにはのんびりとした買い物もいいだろうと思ったのだ。
社会人になると、しかも男の身としては買いものは必要なものをピックアップし、買うだけ買ったらすぐ帰るというやり方がどうしても主流になってしまう。
社会人は忙しいのだ…独り身だとなおの事。
だからたまには趣味に走ってみるのもよいかもと思った。
真理雄は平たく言うとオタクである。
アニメ大好き。マンが大好き。小説大好き。
だがグッズなどにあまりお金をかけるようなことはなかった。
広く浅く、ソフトなオタク。楽しいのが一番そういうスタンスだ。
それに社会人などやっているとお金はあっても遊ぶ時間がない。
大作RPGなどどうせクリアできないからとずいぶん前に手を出すのをやめたていた。
今でもゲームが嫌いなわけではないが、一本クリアするのに半年もかかるようでは感動も薄れるというものだ。
だがその日は久しぶりに『RPG』を買ってもいいかなという気になった。
綺麗な絵柄の大作RPG。昔はよくやりこんだシリーズのものだった。
たまたま見かけて懐かしくなったというのもあるのだが、何よりも特典が気に入った。
キャラクターや武器、防具などのイラスト集がついてくる。もちろん対談なども乗っているが…これは興味がない。
オタクの人にありがちだが真理雄もイラストなどをたしなんでいた。まあ下手の横好きとまではいかないがプロになれるほどではない。
そのイラスト集は真理雄の絵心の、その琴線に触れたのだ。
そのゲームを購入し、ホクホクでそのまま食材のなどを買い足し、店を出たところで高校時代の友人に会った。
これも珍しい事だった。
そいつは平たく言うとオタク仲間でよく一緒にバカをやったものだった。たとえばとんでもない行列に並んだりとかだ…黒歴史である。
「どこに行くんだ?」
という問いに車がなく買い物に歩いていることを告げると。
「なんだちょうどいいじゃないか…久しぶりに遊びに行こうぜ? 見せたいものがあるんだ」
彼はそういってニカッと笑った。
見せたいものというのは大体わかる。モデルガンだ。
世にオタクという人種がいて、そいつがコレクターの性癖を持っていたらまず間違いなく自分のコレクションを見せびらかすことに快感を覚えるタイプの人間だ。
そしてこいつはガンオタというやつだった。
案の定、車に乗るなりそいつは一丁のモデルガンを手渡してきた。
「ほうかっこいいな」
「そうだろう、そうだろう」
実にうれしそうな声が響き真理雄は苦笑した。
モデルガンは銀色のリボルバーで、武骨なデザインでありながら緻密でスマートないでたち。四四マグナム弾を使う太いバレル。スコープをマウントするための溝、なかなか美しかった。
(真理雄の主観です)
モデルガンが嫌いな男の子というのもあまりいない。真理雄もやはり嫌いではない…ただこれがなんという銃なのか理解できるような知識はなかった。
だがそれを語りまくる男が隣にいる。
「この銃はな、暴発を防ぐために撃鉄と撃針が分離していてさー、トランスファーバーが…」
確かにその銃の撃鉄は先がとがっておらず平たくなっている。
よくはわからないがいいものなのだろう。手に取ってガチャガチャとその銃をいじって…
「そのあとあたりから記憶がないな…それで気が付いたら空の上だった…と…」
状況は不可解で、危機的ではあったが、あの時、真理雄はパニックは起こさなかった。
あまりに現実感がなかったせいか、それとも目の前の景色に見とれてしまったからかはよくわからないが、冷静に周りを観察し、考える余裕があった。
だから目の前に広がる大地が地球ではないこともわかった。わかってしまった。
見たことのない大陸、ありえない形状の山。
別の惑星… 真剣にそう思った。
真理雄は白い尾を引きながら地上に向かって落ちる一個の彗星だった。
真理雄の周りには球形のシャボン玉のようなモノがあって、風圧や摩擦熱などから真理雄を守ってくれている。
変な話だが真理雄の周りに存在するそれは世界だった。
此処とは違う世界。
真理雄がもといた世界の残滓。だろう…
雰囲気とでもいうのだろうか、この自分を包むシャボン玉の中が懐かしい世界であり、そしてその外側が知らない世界なのだと、なぜかそう納得してしまったのだ。
勢いよく水に飛び込んだ時、自分と一緒に周囲の大気を巻き込んで水に潜る。
それと同じようにここに落下した時に巻き込まれた元の世界のかけらが、今、真理雄の周囲を包みこんでいる。
そしてそれだけが真理雄と元の世界、地球と…日本とのつながりのすべてだった。
普通ならあり得ないだろう冷静さで周囲を観察し、その結果解ったことは基本的にできることが何もないということだいことだった。
着ていたコートの裾を掴んで広げ、翼の代わりにしてバタバタ羽ばたいてみてもこのバリアの中では全く意味がなかったし、平泳ぎもクロールもしてみたが当然無駄だった。
ただ空中で平泳ぎというのは子供のころに好きだったアニメのシーンのようで何となく楽しかった。
ただ体をぐっと傾けることで少しだけ方向を変えられることは分かった。
目の前に『それ』が現れたのはそんな時だ。
真理雄は最初は目の中のごみのようなものだと思ったが、それは徐々に大きくなって行き、少しずつ形が見えてきて飛行する何かだと分かった。
真理雄から見て右側から左側にかなりの速度でかなりの高度を飛行している。
しかも真理雄とその飛行物体の位置関係は微妙に変わらないで固定されているように見えた。
落下と移動とが釣り合ってしまっているのだ。
「あれ? ひょっとしてこのままいくとぶつからないか?」
ぶつかりそうな気がした。
「まずいな…」
ずんずん近づき大きくなるそれを避けるために真理雄は精いっぱい軌道を上にずらした。
誰も皆覚えがあるだろうか誰かと正面衝突しそうになったとき、避ける方向が被るというのは実によくあることだ。
善意の正面衝突。
真理雄がよけた方向にそれも舵を切った。
本当にみごとなタイミングだった。
そして相対速度は桁外れに早かった。
やばいと思った時には手遅れ。
目が合った。真理雄はその美しい生き物に見とれてしまった。ドラゴンと呼ばれる生き物に…
水晶のように透き通った鱗を持つドラゴン。
形は日本の龍に似て長細く、しかし肩のあたりから巨大な翼が生えている。前足は人の手に似ていて、 後足がない代わりに胴体とは別に二本の尾がある。
長い蛇体をうねらせ高速で空を飛ぶ龍…ドラゴンとしか呼びようのない生命体。
その美しさに魅入られた。
そしてその美しいドラゴンも魅入られたように真理雄を凝視していた。
一瞬お互い見つめあい、硬直し、引き寄せられるように接近し、そのまま…
パンッ!
意外と軽い音と共に衝撃が広がった。
(あっ、やばい…これはまずいよ…)
真理雄は砕け散る自分の姿を見た。
真理雄を包んでいた殻が砕けて飛び散って行く…その飛び散る欠片。そのきらきらと光る欠片の中にちぎれた人間の腕が見えた。
(あれ…ボクの腕か?)
左手と右足はちぎれ右手はあり得ない箇所と角度で曲がっている。
(これは死んだな…)
血の気の引いた冷めた頭で錐もみしながら落ちていく自分を確認しながらそんなことを考えたていた。
そして自分と一緒に落ちていく龍の一部。
龍の本体はまだ空中にあって真理雄を見下ろしていたが龍のダメージも大きかったらしい。
左側の翼と腕がちぎれ飛び、顔の一部が傷つき角が折れている。
それらの部位は今真理雄と一緒に落下していくのだ。
真理雄はちぎれた龍の腕にぶつかった。
龍の血と真理雄の血が混ざりあいブクブクと泡立ち、真理雄を包んでいく。
(あっ、血が…)
傷口から血が吸い出されていく感覚がして、血と一緒に生命力も吸い取られ…それを吸ってあわぶくは一層激しく増殖し真理雄を包む。
世界の殻の代わりに今度は竜の血や肉がほどけた泡が真理雄を包んでいった。
「あーっくらくら…なんか気持ちいい…」
真理雄が最後に考えたのはそんなことだった。全身にしびれが広がり感覚がマヒしていく…貧血だろう…血を失いすぎた真理雄の意識はそこでぷっつりと途絶えた。
○●○●○
そしてその結果が現在だった。
分厚い卵の様なものの殻、凄まじい強度を持ち、真理雄の血と生命力を吸って変質する物質。
「これは持っていくしかないよね…」
真理雄はそういってその卵の殻を『大福』に収納した。
ごちゃごちゃと言い訳しているが実は貧乏性で役に立つかもと思えるものを捨てられないだけだったりする。
そして真理雄は周囲を観察するように意識を広げた。
変な言い方だが戦闘中に目覚めた感覚は今なお続いていて、しかも結構馴染んできている。
それはエコーロケーションに近いもので、体内で精製されるエネルギーを外部に放射してその反射で外界を知覚する能力だった。
まず全方位が知覚範囲になる。
人間の眼というのは実は死角が多い。
目を向けた先に大きな丸を書いて、その範囲ぐらいしか人間の眼は物を見ていない。
広い範囲が見えるような気がするのは脳による補正の結果なのだ。
ところがいま真理雄は全方位をぼんやりと認識できるようになっている。
真後ろでもそこにある『物質』や『エネルギー』をぼんやりと知覚しているのだ。
その上で意識の焦点を合わせたところはかなりはっきりと認識できるようになる。
これはまさに手に取るように、その形、質感、隠れた空洞、そしてエネルギーの流れのようなものまで認識できる。
最初はこの感覚になれずに困惑したり、頭痛を覚えたりしていたが馴染んでくると凄まじく便利だった。
たとえば普通に歩いているときも地面の中に何かが見えるような気がして、そこに意識を集中すると竜の牙が出て来たりとか………
「便利だな…これ…」
真理雄は周りの地面を掘り返しながらそう呟いた。
その周辺から出てきたものは『薄汚れたリックサック』『銀色のモデルガン』『大きな角』『数本の牙』『巨大な虹色の羽毛多数』『大小の鱗多数』『大きな骨』『鋭い爪』『何かの鉱石』だった。
これらは真理雄と一緒に落ちてきた龍の体の一部だろう。
そしてモデルガンは友人の持ち物だ。
それは思い出した記憶が事実であることの証明になる。
これらはかなり深いところにあったが真理雄は簡単に掘り出した。
質量を制御する能力。
それが埋まっている所に意識を向け、両手で包み込むようにしてごっそり持ち上げる。そんなメージだ。
それで現実に地面がぼこりと浮き上がり、それをガックンガックンゆすって固まっている土をほどいてやればあら不思議。
簡単に地中の品物が取り出せる。
「もんのすっごい便利!」
しかも埋まっている場所があらかじめわかっているのだからなおさらだ。
掘り出されたもののうちリックサックは真理雄の私物だった。
デイパックではなくリックサックである。
三〇リットル入る登山用のリックサックで真理雄がふだん鞄代わりに愛用していたものだ。
箱型で、腰のところにウエストハーネスというベルトが付いていて、中に入れる物の重さを、肩ではなく腰で支えるようになっている大変使いやすいものだった。
さらに胸のところにも横に渡すベルトがあり、走り回ってもリックサックが跳ねたりしないように作られている。
これもかなり傷んでいたが泥を落とすとまだ使えそうだった。
そのリックの中から緑茶の入ったペットボトル。チョコレート、スマートフォン。システム手帳とソーラー電池で動く計算複合機などが出てきた。計算機にも時計にもアラームにも使えるやつだ。
「スマートフォンは死んでるか…完全に電池ないな…電卓はまだ動く…まあこんなところで計算機が役に立つとも思えないけど…時計もついているし…」
食材もいくつかあったが肉や野菜は土に埋まっていたせいか完全に溶けてなくなってしまっている。かろうじてカレー粉が健在だ。
そして『何かの鉱石』。大きさはまちまちで小さいものは握りこぶしぐらい。大きいものは五メートル以上。真っ黒い鉱石でその中に金色のキラキラした金属が見える。
普通ならただの石と気にもしないところなのだが、この中に含まれる成分は真理雄の知覚をはじくような性質があるらしく、他の石なら見える内部構造がうまく認識できない。
だからそれが逆に気になって掘り出してしまった。
それに妙に存在感がある。なんというか自己主張しているのだ…
「石が自己主張とか…ハハッ…頭おかしくなったかな…」
真理雄はそれでもこれらをすべて大福に飲み込んでもらい。そして大福をリックのポケットに入れる。
大福はある程度、真理雄の身の回りに置いておけばおとなしくしているらしい。体から二m位は離れても平気だった。それ以上離れるとピニョーンと縋り付いてくる。
ほかに何か目につくようなものは一つもなかった。
地球の消息を示すようなものは何も見つからなかったのだ。
「とりあえずわかっていることは、ここが地球ではないっぽいことか…さすがに地球に怪獣はいないしな…上から見た景色も地球ではなかったし…
あー、もう、どうしたものかねー」
それでもここが地球であってくれればという思いは捨てられない。
だが、同時にここが地球ではないどこかであることが腑に落ちてしまっている自分がいる。
そのうえで生きる努力をしようとしている自分が…
ほんとうにわかり過ぎることが幸せとは限らないのだ。
こんな時に現実逃避をしてわめき散らしたりできれば楽なのだろうが真理雄にはちょっと難易度が高い。
さすがにこの時には日が傾き、あたりが暗くなり始めている。もうここで休む以外にない。
穴を掘り、ブレスの炎で焼き払う。危険な虫とかいると嫌だから…そのうえで、押し固め、真理雄はそこに横になった。
「とりあえず今日はここで休むしかないな…日が暮れるということはここにも太陽があるってことだ…んで、惑星が回っているということだ…決して理不尽世界とか、あの世とかじゃないだろう…何とかなるさ…きっと」
そうは言いつつも、目が覚めたらいつものアパートでありますようにとかなりの真摯さで祈ってから、真理雄は眠りについた。
間違えました間違えました。
私はソフト系があまり得意じゃありません。前回の投稿の際、予約投稿をしたつもりで気が付いたらそのまま投稿してしまっていました。
タイトルとか主人公の名前とかまだまだいじるつもりだったんですがね…いきなりですよ…
しかしやってしまったものは仕方ありません。かなり見切り発車の様相を呈していますが行ってみようと思います。
まあこういうことでもないと私の性格上、いつまでもグダグダしてて投稿なんて始まらない可能性も高かったので…うじゃ…
この第二話も予約投稿するつもりです。