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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
一章・気がつけば異世界
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第17話 魔力修行と古代文明の影(修正)

修正しました。

 第17話 魔力修行と古代文明の影


「マリオン君いいかね?」

「はい、お願いします」


 教導騎士と呼ばれる指導役の騎士、アルティオという名の男の言葉に従いマリオンは背筋を伸ばした。

 ここに集まった神官や騎士たちも一斉に整列する。


 ここは神殿に所属する者が修行をする場所で、みんな仕事の前の早朝訓練のためにここに集まった。一斉に挨拶をしてそれぞれが修行に向かう。

 自主練習ではなく組織としての活動だ。


 中にはベテランもいるが基本的に若手がほとんどで、平たく言うと新人の習熟のための集まりだ。

 神殿に入信して三年以内の者は、用がない限り参加することに決まっているらしい。

 中には完全に習慣化し、一〇年たっても朝練に参加しないと調子が出ないという人や、毎朝同じ時間に飛び起きて挨拶する人なども出るらしい…じつに体育会系である。


 マリオンの知人であればタニアやスィトナは当然参加している。


 新人はやはり出なくてはいけないという雰囲気があるのだろう。

 先日二人はみんなが早朝練習をしている時間に、マリオンのベッドの中でぬくぬくしていたわけだが、その日は妙に落ち着かなかったらしい。

 こういうのも職業病というのだろうか…


 参加者はみな真面目で、彼らの中にはあまりサボるという発想はないように見受けられる。

 それは神殿に入るということが、そのまま自分の人生を選択するということと同義だからだった。

 『うまくいかなかったらやめて他を探せばいい』というような自由はここにはあまりないのだ。


 法律的にという事ではなく、現実的に難しいのだ。


 大概の人は成人の時に行く道を決め、そして一生その仕事に従事する。生まれたときから進むべき道が決まっている人も多い。農夫の子は農夫として、商人の子は商人として…そうでないと生きていくのが難しい。そういう世界なのだ。


 神殿というのは冒険者や軍人のように自分で選ぶことのできる仕事のひとつで、言ってみればここに集まったのは不退転の決意で軍隊に入隊した新人の集団のようなモノだ。怠ける=身の破滅である以上、真剣にならざるを得ない。


 もちろんそのルールは客人であるマリオンに適応されるものではないが、タニアからこういうものがあると聞いたマリオンは参加を願い出て、本来ならば神殿の人間しか参加できないというこの修行に特別に参加することを許された。


「さてまず最初は魔力の練り方からだ。まず楽な姿勢で座ってくれ」


 マリオンの周囲の人たちは既に修行に慣れたもので何かに腰かけたり、正座をしたりと思い思いの形で集中し、背筋を伸ばして規則正しい呼吸を繰り返している。

 耳をすませば広場中から『すおぉぉぉぉぉぉ』『ふおぉぉぉぉぉぉ』という音が響いてきて…ちょっと怖い。


 マリオンも彼らにならってとりあえず正座をする。

 マリオンの準備ができたのを見てアルティオが細かく指示を出してくれる。


「ゆっくりと体を倒しながら息をすべて吐き出す、そうだ…ゆっくりだ。そして次に息を吸いながら体を起こす。

 呼吸というだろ? まず吐いて、次に吸う…これが基本だ。体の中に余計なものが残っていると新しいものが入ってこないからな」


 なるほどである。


 この呼吸法はマリオンも聞いたことが、というか日本の文献で読んだことがある。


 マリオンは乱読家で、大量の本を、ジャンル無節操に読む人間だった。そうして読んだ文献の中にこの呼吸法もあった。確か瞑想に関する本だったはずだ。


へそのした三cmほどの所のある『丹田』の所に暖かい光の球を思い浮かべるんだ。呼吸と共に体内に取り込まれた魔力がそこで練り上げられ、輝きだす。その輝きが君の魔力だ」


 どうやらアルティオも『魔力』という力と、その元の存在、『霊子』の区別をしていないらしい。

 だがマリオンから見るとこの二つは結構違う。


 霊子、霊子力というのは世界を支える力だ。

 最初から世界に満ちていて、全ての存在の中にあり、世界を循環する大きな流れを形作る存在するための力だ。


 世界その物の『生命』と言っていい。


 対して魔力というのは、マリオンに言わせればこの霊子力をもっと明確なエネルギーに変換したものだ。


 人間が物を食べて物理的なエネルギーを作り出すように、全ての存在の中に霊子は巡り、存在の中で何らかの力となる。

 これが『根源力』。

 これをさらに燃料として生成される性質を持った魔法的なエネルギー。それか『魔力』だ。


 当然人間の中にも『根源力』はあり、魔力を作り出せる下地は存在する訳だ。


 こうして魔力を練る人間を周囲に見ると、かつてタニアから聞いた話が本当の意味で腑に落ちる。


 回復魔法というのはこの『根源力』を使用した魔法であるわけだ。

 まだ属性を持たない人間の『生命力』として存在する『力』


 万能細胞というのは未分化であるが故になんにでもなれる細胞だ。それと同じように、人の体に浸透していろいろな能力を発揮する未分化の『万能魔力』というべき『力』。


 それによってのみ機能する魔法が回復魔法だと考えるといろいろ説明がつく。


 そして未分化であるゆえに魔導器コンダクターという触媒を使い変換コンバートしてやると、ふつうに属性魔法として効果を発揮する…

 これが普通の魔法だ。


(こういう理屈かな…なかなか良い仮説かもしれない…)


 案外詳しい人には常識だったりするかもしれないが、そういう人の教えを受ける訳にも行かないので自分で考えるしかない。


 だが一般の人らにとって、この区別はどうでもいいことなのだろう。


 魔導器コンダクターを使えば魔法が使える。

 体に直接術式を刻めば回復魔法が使える。

 魔力を練る練習をすればいろいろ良い影響が出る。


 重要なのはこれらの『現実』であって理屈ではない。理屈をこねるのは学者の仕事なのだ。


(ならどうでもいいのか?)


 マリオンはそのことを指摘する無意味さを悟った。

 短絡したともいう。


「その魔力は君自身の全身に送り出される。それを感じ取るんだ。君の全身の隅々に魔力が送られ、循環していくさまを感じ取るんだ」


 丹田で練り上げられた『魔力』が背筋せすじに沿って上昇し、心臓の所から血流に乗って四肢、頭部、指の先、細胞の一つ一つに送られそして戻ってくる。そんなイメージだ。


「そうそう、その感じだ。なかなか筋がいいぞ」


 アルティオはマリオンの姿を見てうんうんと頷いた。

 彼には魔力や霊子力を見る力は当然ない。彼が指摘するのはマリオンの呼吸や体の動きだろう。


「今日はとりあえずそれをつづけなさい」


 アルティオの言葉に『はい』と返事を返し、マリオンは一度立ち上がり座りなおすことにした。


 やることがまず瞑想である。そしてこれに気功の要素を加えると丁度良いもののように思える。

 であればそれにふさわしいスタイルというものがあるだろう。


 マリオンそれをいくつかの文献で知っていた。ならばやり方を忠実になぞってみるのも良いのでは? そう思ったのだ。

 まあうろ覚えではあったのだが…


『まずは…』


 と、マリオンは段差を使い、お尻を一段高くおき、足をくみ上げる、左足を右太ももの上に、右足を左太ももの上に。結跏趺坐というやつだ。

 ついで両手をへその下に構え、手のひらを重ね親指を使って輪を作る。このとき上に来るのは足と同じ側だ。つまりこの場合は右手の平が左手の平に乗る。


 肩の力を抜き、息を吐きながら前屈、体を起こしながら息を吸い、姿勢を整える。

 ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、魔力の流れを意識する。


 魔力の流れはもともと自分の中にあったものだ。

 丹田の位置にある『魔力炉』というべき器官。そこで生成された根源的な魔力は心臓を基点に全身に送り出されていく。


 ただ最初はどうしてもガチャガチャしてしまう。

 戦闘中には気にならなかったがこうして落ち着いてやってみると、流れの経路は荒削りで整っていないし、魔力の流れは激流でまるで暴れ馬のようだ。


 それでも言われた通りにゆったりとした呼吸に合わせ、全身を魔力がよどみなく流れるイメージを作る。


 イメージ構築と、呼吸の制御、そして魔力を感じ取ること、意識して一度にやろうとすればやはりどこかに齟齬が出る。一つ一つの行動に『思考する』という無駄が入るために滑らかにいかないのだ。


 こういうものは意識せずにできるようになるまで地道に繰り返すことが大事だ。頭で考えるのではなく反射としてできるようになるまで繰り返すのだ。


 どのくらい時間がたっただろう。ゆったりとした呼吸は魔力炉を安定させる効果があった。今までは心臓のように早鐘を打ったり落ち着いたりしていた魔力炉が安定するようになってきた。


 それと共に暴れ馬だった魔力の流れも力強いのだが整ったものになってくる。


 魔力の流れは川のようだった。人が水路を作るのでなく、水の流れが川の形を作るように、魔力の流れは自然に流れる道を作り、道が整うことで流れはさらに安定する。


 そしてその澱みない流れは泥のように濁っていた魔力を押し流し、透き通った清流のような流れを全身に広げていく。


 全身をめぐる魔力の道が、今、形になったのだ。

 それと同時に額のところに涼しい風が吹くような感覚があり、閉じた目の向こうに鮮烈な世界が広がった。


 いつしか魔力の流れはまるで血流のように全身を巡り、細胞の一つ一つを充足していく。細胞の一つ一つまでもが意識されていく。


 頭、手、足、指の先…体がぽかぽかしてきてその魔力の流れを感じることができる…そして尻尾…尻尾………尻尾?


(何にゃ?)


 マリオンは自分の背中から尻尾のように伸びる二本の魔力の流れがあるのに気が付いた。


 もちろんマリオンには物理的な尻尾はない。それは物質的なものではなく、魔力の流れとその流れが創り出す力場によって構成されたものだった。


 肉体ではなくもう一つの自分の体、エネルギー体に付随する器官…それがマリオンの意思に反応してゆらゆらと動いている。


(動く…触れる…これはいったい…)


 感覚としては腕を動かすのに似ている。


 そこにあるものに触れ、感じることができる。そこにある魔力に干渉できる、たぶん物をつかむことも、持つこともできるだろう。

 尻尾というよりは触手フィールドアームというべきかもしれない。魔力でできた触手フィールドアーム


 ただ、細かく動かすためにはかなり集中しなくてはならないようで…


「こら、まがっているぞ」

 パチーン!

「にゃー!」

 悲鳴である。


 肩を警策〈座禅の時肩を叩く棒〉のようなモノではたかれマリオンは目を開けた…どうやら力が入りすぎて身体が斜めになっていたらしい。どんだけ力んでんだという話だ。

 一度は整った魔力の流れもこの力みの所為ですっかり乱れていた。

 どうやらまだまだ修行が足らないらしい。


「すいません…」

 マリオンは謝って姿勢を正した。アルティオ笑って首を振った。


「なに最初からうまくできることなどありはせんよ、今君の中では魔力が循環している。練習の成果、その余韻だ。

 これはいずれ薄れて滞るものだが、明日またやる時には今日よりもずっと良い流れになっているだろう。毎日毎日この練習を続けることで君の中に良い魔力の流れが定着する。それは君の体や精神に良い影響を与えてくれる。重要なのは継続だ」


 アルティオはそう言ってマリオンの肩をバンバンと叩いた。なるほど歴史や伝統というのは確かに一つの真理なのだ。マリオンはそう思った。

 同時に警策でバンバン叩くのはやめてほしいとも思ったのだった。


 ◆・◆・◆


「武術訓練?」


 周りを見回すと他の人たちは既に最初の魔力訓練を終え、思い思いに武術の訓練をしていた。


「うむ、魔力の鍛錬と肉体の鍛錬はセットだからな…両方毎日繰り返す。こいつは昔からずっと続けられている鍛錬法でな…普通は戦闘をしない神官も武術の基礎は修めるし、回復魔法を使わない騎士たちも魔力を練る訓練はするのだ。

 中には後で才能に身ざめる者もいるって寸法だ…

 さあ休んでいる暇をないぞ…マリオン君もさっそくチャレンジだ」


 この人は何か変な漫画に感化されでもしたのか?


 アルティオはマリオンの肩を抱き、まだ低い位置にある太陽を指さした…何とも言えない脱力感を感じる。疲れた顔で両手をだらんと下げるマリオンの姿と相まって、ここで終わればギャグとしていい感じなのだが現実にエンドマークはない。

 そう、終わりではなかった。


「そうだぞ。君は冒険者だろ? むしろ戦闘訓練にこそ力を入れるべきだ」

 体格のいい、ちょっと年長の騎士が近づいて来てそう言った。


「何、まずは基礎からさ…武術の訓練というのは自分の体を上手に使う訓練だからね…この基礎をしっかりやっておくと、あとで何をやるにしてもつぶしが利く」

 少し細身の騎士が近づいてきてそう言った。


「君は客人だからね…最初に一通りの型を教えてあげるから。しっかりと練習していくといい。型っていうのはその武術の動きと技をすべて盛り込んだ動きの連続だ。これを繰り返すだけで体に武術の動きを覚えさせることができる。きっちりやれば体の可動範囲も広がっていくし、動きもしなやかになっていく。敵に対した時の対応も体が覚えてくれるぞ」

 ずいぶん丸い体の騎士が近づいて来てそう言った。


「それが終わったら組手だな…今度は実際に撃ち合って、型で覚えたことを実践していくんだ…応用編だ。ここでビシバシと打ち合えるようになったらひとまずは合格かな?」

 背の高い騎士が近づいてきてそういった。


 ほかにもちらほらと屈強な男たちが…

 全員顔が楽しそうに笑っている。


「あれ~?」


「まあ、心配するな…こいつらは新しいのが来ると兄貴風を吹かせたくて寄って来るのさ…気のいい奴らだから付き合ってやってくれ」


「あれあれ~?」


 アルティオはその背中をたたいてマリオンを送り出した。マリオンの体がよたよたと前に進み出る。背の高い騎士が右手を抱え込んだ。丸い騎士が左手を抱え込んだ。首に回される手もある。マリオンはそのままずるずると引きずられて行く。


「あれあれあれ~?」


 タニアが遠くで自分に向かって手を合わせているのが見えた。その表情は少し心配そうに曇っている。


 マリオンが解放されたのは実に昼を回ってからのこと、日の出の直前から太陽が中天に来るまで徹底的にしごかれることになってしまった。


 チーン。と、どこかで鳴ったおりんの音がマリオンに耳に届いた…ような気がする…


 線香は高いのにしてください…


 ◆・◆・◆


「すいません…ええー、冒険者の本会員証を取りに来たんですが…できてますか?」


 マリオンはギルドの窓口で見知った顔を見かけ、わざわざそこに並んで声をかけた。


 相手の方もマリオンを覚えていたらしく。すぐに担当者を呼びに行ってくれた。

 喚ばれて出てきた人も知った顔、シスイだった。


「いらっしゃいマリオン君。久しぶりね…会員証はちゃんとできているわよ…説明もあるからラウンジの方に行こうか?」

「はい」


 マリオンはすぐに返事をしたのだが、シスイは返事を待たずにラウンジの方に歩きだしていた。すでに規定路線のようだ。


 ラウンジというのは冒険者ギルドの一角に設けられた食堂兼喫茶スペースで、ここに出入りしている、あるいはたむろしている冒険者にくつろぎのひとときを提供している。


 今まで何となく足を向けなかったが行ってみてその理由がよく分かった。

 たばこ臭いのだ。


 この世界には普通にタバコが存在する。とは行っても日本で売られているような紙巻きたばこではなく、パイプを使う缶入りの刻み煙草か、さもなくば葉巻になる。

 どちらにせよけっこうにおいのきついものだ。


 マリオンには元々喫煙の習慣はなかったが、ここに来てから空気が澄んでいてうまかった所為か、妙に臭いに敏感になっていた。それが無意識にここを避けさせていてらしい。


 それでもラウンドにいる者すべてが煙草を吸っているわけではない。マリオンはシスイをにおいの来ないあたりに誘導してそこに陣取った。


「何か飲む? おごるわよ」

「ありがとうございます。でしたら何か果汁系の飲物を」


 シスイに進められ飲み物を注文する。メイドというわけではないが給仕のおばさんがいて、注文を聞いてカウンターのほうに持っていく。


 彼女達もギルドの救済措置として雇われている人間なのだそうだ。


 シスイが渡したくれた本会員証は、クレジットカードほどの大きさで、厚さ五mmほどの板状のアイテムで、本体は透明で反対側が透けて見える様になっている。

 中心にギルドの『翼を広げた鳥』が意匠化された紋章が浮き出ていて、その上にマリオンの名前や生まれ年、性別、種族、そして冒険者のクラス等が浮かんで見えるなかなかすてき仕様のカードだ。


「おおっ」


 思わず声が漏れる。


 名前はもちろん『マリオン・スザッキ』で、これに関してはもうどうでもいいやという気分だ。


「裏側にはギルドポイントとか、どこまで更新が済んでいるのかとか記されているわ。ほかにも見えないけれど、ギルドでの仕事の履歴が詳しく入っているわ…魔物狩りでどのくらい稼いで、クエストでどのくらい稼いだとか…外からは分からないけどギルドで仕事をクリアするたびに更新されるから、リアルタイムで成績が伸びていくわよ」


 そうして成績が伸びるにしたがってクラスも上がっていくのだそうだ。


 ギルドにはこの会員証に情報を記録し読み取るための機械が設置されていて、この機械を使えば様々な情報を記憶することができるのだとシスイは自慢していた。


(これって…ほとんど記憶チップじゃ…)


「それでね、この会員証は本人にしか反応しません。ほらね…」


 そう言ってシスイはその会員証をとってマリオンに掲げて見せる。そこに見えたのはクリスタルな透き通った本体と中心の紋章だけだった。

 シスイにハイと渡されて、自分の手の上に置くと、メダルの全体がうっすら青く変色し、その中に文字が浮かんで見える。


 このメダルは本来の持ち主の手にあるときだけ、会員証としての情報を表示するのだ。逆に言うとこのメダルを見せたときに、ちゃんと氏名や年齢が表示されれば間違いなく本人だということが確認できる。


(ちょっと、これっていくらなんでも変じゃないか…)


 マリオンは衝撃を受けた。なぜこんなモノがあるのか…あまりにこの世界にそぐわないような気がしたのだ。


「えっとすごいですね…いったいこれってどういう仕組みなんですか?」

「うん、知らなーい」


 マリオンの疑問をシスイは一蹴してしまった。


「このカードってば大昔に作られた遺跡からの出土品でね、なんでそうなるのか実は誰も知らないの…でも知らなくても使えるし、大昔から使ってきたから問題ないよ」


(うわーい、ものすごいアバウト…)


 シスイの話によるとこの会員証に使われているカードはもとは古代の遺跡から、かなり大量に出土したものらしい。

 それを帝国の研究所が研究し、同じものを造り、世界中に普及させた。


 ギルドや役所にはこのカードに情報を刻むための道具が配置されている。


 これは大きめの板状のアイテムで。

 指定位置にカードを載せるとカードの内容が拡大表示される。


 この板の下側には単語の表示されるエリアがあり、職員はそこから単語を選んで記載内容を作っていくことになる。


 記載内容は決められていて、それに沿った文章なのでそれ程単語数が必要な訳でもない。


 数字などの部分はテンプレート化されてい、その部分をクリックすると数字のみが入力できるようになってる。


 しかも表示される単語はフリックするとスライドして変わるので…


『・・・・・・』


 マリオンは目の前で業績を書き込んでくれるシスイの様子を絶句して見ていた。


 このカードを利用して過去の業績を確認できれば冒険者がどこの町で仕事をしても間が抜け落ちるということがない。


 つまりこの会員証のおかげで冒険者は帝国やその外ですら一貫した仕事をまっとうできるということになる。


 だがマリオンはそれらの話を上の空で聞きながら呆然と自分の思考に沈んでいた。


 マリオンの見るところそのカードは魔法道具で。持ち主の魔力を動力として起動する。

 そして使用する魔力のパターンを記録することで、本人認証を可能にしているのだろう。

 つまり他人が持っても『動かない』のだ。


 思い起こしてみれば一番最初にこれを作るときにそういうようなことをやらされた。

 きゅーっと握ってそのまましばらく持っててという様な事だ。あれが魔力の記憶だったのだろう。


 そして記載の仕方などはまるで高度なデジタル技術。

 ただ決められた文章を入力するために簡素化されたインターフェイスといえる。


『完全にオーパーツ…じゃなくて…この場合はオーバーテクノロジーじゃないか…ここの人達は使い方がわかるから理屈がわからなくてもいいや使っちゃおう…という発想でこれを使っているわけか…すごいな…』


 地球で言えば空から落ちてきた宇宙船を『ラッキー』とかいって使っちゃうレベルだ。

 後で本来の持ち主と戦争になったりしないんだろうか…


 だが考えてみれば世の中そんなのばっかりな気がしなくもない。


 日本にいたときマリオンの回りは機械がいっぱいあった。

 マリオンはそれが何なのか知ってはいたが、だからといってその物を理解していたわけではない。

 むしろ使い方以外を理解していない物ばかりだった。

 わかんなくても使えるから問題なしという発想はここの人達と同じだ。


 だがこのことでこの世界の文明のガチャガチャ感というものが少し納得がいった。


 この世界の人は自分たちの身の丈に合った技術とオーバーテクノロジーをごちゃまぜにして暮らしているのだ。

 それが結果として文明にアンバランスな印象を与えている。


 そしてこのオーバーテクノロジーは遺跡から出てくるのだと…


(つまり遺跡の探索というはそういうことなのか…)


 今までそういう冒険者がいるという話は聞いていた。だがマリオンは考古学的な意味合いをイメージしていたのだ。

 たとえばエジプトにあるようなファラオの墓のようなイメージだ。


 きっと学術的に価値のあるものがいっぱいあり、他にも金銀財宝が山のようにでてきたり…と、テレビの見過ぎと非難されそうなイメージだが、そんな印象を持っていた。


 だが遺跡から出てくるものがオーバーテクノロジーならまったく話が変わってくる。


(つまりここにはかつて、現在とはくらべものにならない高度な文明が存在して、それが何らかの理由で滅び、そのあとに現在の文明が成り立った)

(その文明の断絶の部分が暗黒時代と呼ばれる、かつての魔物に席巻された時代ということなのではないかな…)


 どうやらここは単なる魔法文明のある異世界とは違うらしい…いや、その可能性が出てきたというべきか…


 そしてもし、ここに大昔に高度な文明が存在し、それが現在も何らかの形で残っていたのなら、それは地球の消息をたどる手掛かりになるかもしれない…いや、その文明がどのレベルなのかわからないが、もし超文明と呼べるほどのものだったら、それ自体がマリオンがここにいることの原因である可能性も…あるのではないか…


 マリオンは興奮のあまりガタンと立ち上がった。


「どうしたの?」

「あっいえすみません…ちょっと…」


 あわててすわりなおした。


 オホンと咳払い一つ。


「ところでシスイさん…今日はせっかくなので遺跡探索のことをお聞きしたいんですが」

「うん、まだ時間あるから良いよ」


「以前遺跡探索の冒険者がいるという話を聞きましたけど…たとえば遺跡ってどんなものが出てくるんですか?」


「うーん、興味があるのは理解できるけど…まず最初に言っておくね…遺跡探索というのは当たりを引けば一生かかっても使い切れないほどのお宝が手に入るけど、今見つかっている遺跡はずいぶん調査が進んでいるし、あまりいい実入りは期待できないよ?」


 どうやら親切心から忠告してくれているらしい。


「いえいえ、単にどんなものが出てくるのか興味があるだけです…」

「そう? それならいいけど…やっぱり冒険者の基本は魔狩りハンターよ、花形だし…

 でもそうね…興味があると言うことなら…」


 そう言って彼女が列挙したモノはマリオンの予想を超えて凄まじいモノだった。


 まずギルドで使う会員証カード。その制御装置は前述した。


 魔導器コンダクターと呼ばれるアイテムのオリジナル。

 これは現在つくられる物よりもはるかに高性能で、高威力であるらしい。


 強力な魔法の武器、魔法の防具、聖剣や魔剣。

 特殊な能力を持った魔法道具。


 こまごまとした日常生活に役立ちそうなアイテム。水の湧き出す水筒や、携帯用の魔力コンロ。ライターや照明など。

 ほかには様々な魔法を記した書物。人間族が使用する魔法陣はこれらを参考にしたものだということだ。

 ほかにも貴重な金属のインゴットや、様々な技術書などが発掘される。


「こういうものはギルドでも引き取るけど、帝国の賢者の学園なんかに持ち込むと高く引き取ってくれるわ、それを研究して解析して、人々に還元するのが彼らの仕事だしね…たとえば自走車見た」


 いわれてマリオンは記憶をたどる。


「あの馬もなしに勝手に動く獣車ですよね?」

「そうそう、あれも元々は遺跡の中から発掘されたものを研究して再現したものよ…ほかにも空飛ぶ船とかも見つかってるんだけど、これはまだ再現できないんですって…でも使えるから普通に使っているけどね…」


 空中艦や、超大型の陸上艦、そんなものも数隻見つかっていて、今それは普通に大陸を走り回り飛び回っているらしい。

 これらは一応詳しく解析はされたが、理解できない所があり、ただそのまま使うことにしたのだそうだ。

 ちなみに使用者は帝国やギルドや神殿だということだ。

 やはりこういうものを個人が保有するのは難しいのだろう。


(なるほど…つまりこの世界は、現在暮らしている人たちが作ったオリジナルのというか身の丈に合った文化と、古代の遺跡から引きずり出された超絶魔法技術。そしてその中間にある古代文明を研究再現したが中間的な魔法文明が混じっているわけだ…)


 そう考えればいろいろ納得がいく。


 いやもちろんマリオンは研究者ではないからそういった判断ができるわけではないのだが、この町で暮らしていると納得のいく古めかしい街並みの中に、時々未来的な技術が見え隠れするようなことがあり、このガチャガチャ勘がどうにも違和感だったのだ。


「こういう話はしない方がいいのかもしれないけど、この世界のどこかに『ギンヌンガガプ』という所があるんですって、そこには古代文明の遺産がたっくさん眠っていて、探索者エクスプローラーの夢はこのギンヌンガガプを見つける事なんだそうよ」


 シスイは苦笑しながらそんな話をしてくれた。

 おそらく彼女自身信じていのだ。


 だがこのギンヌンガガプという名前も気になるものだった。


「ギンヌンガガプ…ね…確か北欧神話に出てくる巨大で空虚な裂け目…のこと…だったよな」


 マリオンは記憶を掘り起こしてみる。

 乱読家のマリオンはこの手の本も目を通したとがあった。ただ良く覚えてはいない、守備範囲が広い分一つ一つの知識は深くはないのだ。


 このギンヌンガガプだが北欧神話において世界が始まる前からあった深淵とされていたモノだ。

 世界の始まりにおいて、ニブルヘイムの冷気と、ムスペルヘイムの熱気がこのギンヌンガガプでぶつかり、毒の雫となり、そこから霜の巨人ユミルが生まれ、後にこのユミルの死体から世界が形作られた…かなり端折ったがそんな話だったとマリオンは記憶していた。


 古代の超文明と現在の文明の間に横たわる深淵、そして古代文明の遺産が眠るとされる遺跡の名前がギンヌンガガプ…世界の始まった場所ギンヌンガガプ…今の世界が始まった?


(何か意味があるんだろうか…)


 マリオンはひどくこのことに引き付けられる自分を感じていた。





 ●○●○● ●○●○● ●○●○● 

 おまけ『ギンヌンガガプ』について、


 ギンヌンガガプ というのは北欧神話に登場する世界の創造の前にあった巨大で空虚な裂け目のことといわれています。


 ギンヌンガガプの北からニヴルヘイムの寒気が、

 南からはムスペルヘイムの熱気が吹きつけていて、世界の始まりの時に寒気と熱気が衝突し、毒のしずくとなり、ユミルという巨人が生まれたそうです。

 ユミルは全ての霜の巨人たちの父となるのですが、のちにオーディン達によって殺され、その肉体から世界が形作られたと言われています。


 このときにこのギンヌンガガプは流れ出るユミルの血で満たされたそうです。


トヨムです。またお会いできました。


17話をお届けします。感想などございましたら是非お寄せください。お待ちしております。


活動報告の方に今月の更新予定を上げてありますのでよろしければ。


それではこのひとときおつきあいいただき感謝でございます。


トヨムでした。

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