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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
一章・気がつけば異世界
16/59

第16話 新装備を作ろう(修正)

修正しました。

 第16話 新装備を作ろう


「おう、初めましてだぜ、俺がライス・トーレだ。この騎士団の装具士をやってる。話は聞いているぜ…まあ安心しな、俺が最高の防具をつくってやっからよ」


 部屋に入るなりがっしりと握手を求められた。

 ライスの頭は既に真っ白で顔には深いしわが刻まれている。けっこうな老人なのだろう。だが体格はがっしりしていて老人特有の小ささというものはなかった。


 彼の後ろに広がる部屋は大きく、火を噴きあげるかまどがあったり、蒸気を吹き出すプレス機のような機械があったり、金床かなどこや大きなハンマーが並んでいたりと、工房というにはちょっと大がかりで工場という印象さえある。

 だが、やはり騎士団全員分の装備を整えるとなるとこういう設備が必要なのだろう。


 今も10人近くの職人が槌を振るい金属を鍛え、何かの殻をブレス加工している。


 ライスはここの責任者で、いかにも親方という言葉が似合う男だった。


「ライスどの…客人にその挨拶はないだろう?」


 オホンと咳払いして案内をしてくれた騎士が注意をする。それに対するライスの返事は効果的だった。


「かてーこというなよプラクト、後で飴玉おごってやるからさ」

「じ、爺さん、俺はもう子供じゃないよ」

 何とか保っていた威厳のようなモノが一瞬で崩れ去った。


「二十歳そこそこなんざまだまだ子供だぜ、なあ坊主?」


 こっちに振られても困るのである。


 どうやらこの二人、昔からの知り合いらしい。しかもプラクトが子供の時からの…

 そうしている間もライスはプラクトの子供の頃の話を繰り出している。その表情はとても楽しそうだ。


「では、マリオン殿、私はこれで仕事に戻ります、詳しいサイズの調整とかありますので、あとはこのライス殿と進めてください。話はすべて通ってますから」


 たまらなくなったのだろう、頭を抱えて首を振っていたプラクトは、ついに立ち上がりそそくさと部屋を出て行ってしまった。


「逃げたな」


「ガハハ、まったくあいつはからかいがいがあるぜ」


 確信犯だった。自分の子供のころを知っている年長者というものはやたら始末が悪い。なんといってもどこまで行っても子ども扱いなのだ。

 しかも子供のころの話を持ち出されると勝ち目がないと来ている。

 しかもこのライス、そういうものをネタにして人をからかうのにためらいがないらしい。プラクトが逃げ出したのはまあ当然だろう。


「さて、坊主、こっちに来な、どんな鎧を作るか決めようぜ」

「ええ」


 マリオンは苦笑しながらライスの後に続いた。


 ◆・◆・◆


「さて、ここにあるのが騎士達がふつう使っている鎧だな…」


 ライスはまず最初に一揃いとしてディスプレイされた鎧のセットをマリオンに見せた。


「さっきプラクト殿が使っていたのと同じものですね」


「まあそうなる。今回は神殿装飾ははずすようにと言われているからこういったごちゃごちゃした飾りはなしだサイズはきっちり調整してやる」


 神殿装飾というのは鎧全体に施された装飾で、記憶をたどれば騎士も神官も同系統の装飾がほどこされたものを使用していた。

 神殿特有の所属を表すものなのだろう。


「かっこいいね…」

 それがマリオンの、鎧を見た感想だった。


 そこに飾られていたのは革鎧とプレートメイルを合わせたようなつくりの鎧だった。


 たとえば籠手は皮のグローブで指の外側、手の功、腕の外側に装甲版を組み合わせたようなつくり、内側は丈夫でしなやかな革で作られている。


「この作りは買ったものと同じだな…鎧の標準なのかな?」


「おお、そう考えていいだろうな、基本は皮の鎧で、要所要所に硬質プレートを使って強化するってやり方だ。このあたりの装備の定番だな…基本的に構造はあまり変わらないぜ、素材の質で性能が変わって来るってこった」


 ライスはそういったが、ここに飾られている鎧は明らかに買ったものよりも硬質プレートの割合が高い。しかもその構造が複雑だ。


 以前の物は皮の服やブーツに装甲版を貼り付けて強化したという感じだったが、ここに飾られているものは最初から装甲版と革鎧を組み合わせて作ることが前提に設計されたもに見える。

 単に装甲板を貼ったわけではなく、パーツ分けされきっちり成形された装甲が組み合わせるように形を成している。


 膝まである足鎧、前腕を覆う腕鎧、

 胴鎧は貫頭衣のようなつくりで、胸を覆うくらいの幅の帯を頭からかぶるようにして身に着ける。この胴鎧の胸と背中、腰のところに補強が施されていて、これをベルトで留めるようになっている。

 前は股間の下あたり、後ろは膝のちょっと上くらいまでの作りだ。


 これにズボンとシャツを組み合わせて一つの装備になる。


「すごいな…動かしやすい」

 マリオンはその籠手やブーツを手に取ってグニグニ動かしながら感心する。

「装甲がしっかりしているのに可動範囲が広いし…しかも動かして邪魔にならない…皮も上質なような…」


「当たり前だ。俺たちが何年この鎧を使ってると思ってるんだ? 大昔から改良に改良を重ねた逸品だぜ?」

 彼の話によると大昔から基本的に同じ構造の鎧を使っていて、代々の使用者や職人が少しずつ改良をつづけ、現在の形、動きと防御力を両立させる鎧になったのだということだった。

 鎧の改良者として名を残すのは職人の名誉なんだとか…


「そりゃたしかにすごいわな…うん…ただ欲を言えば…」


「なんだ? 何かあるか?」


 マリオンの言葉にライスが気色ばんだ。


 マリオンが気にしたのは靴底のことだった。

 厚手の、ゴムのように丈夫な革の靴底だった。ただ日本の革靴と同じようにその靴底には溝がない。材質的に摩擦は高そうだがまっ平らだ。

 その代りにビスがうちこまれている。つまりスパイクということだ。

 マリオンの以前の靴も同じような作りだった。

 森や草原を歩くときはこれでいい、だが石畳や、岩の上を歩くときは違和感が強いし、かえって滑る場面もあった。

 明らかに欠点だし、そして改良の方法を実はマリオンは持っている。


 マリオンは左手前にリングを展開し、中から片方だけになってしまったスニーカーを取り出した。


 このリングは今朝、トゥドラが渡してくれた魔道具だった。

 『クラインズゲート』と呼ばれる魔道具で、形状は平型のリングだ。表面に精緻な紋様が描き出されたリング。


 一つが指輪サイズ、一つが直径50センチ、幅5センチほどの大きさの対のリングだった。


 トゥドラは指輪の方をマリオンの左手薬指にはめさせた。


 別に深い意味があるわけではない、この世界にエンゲージリングの習慣がないため、利き腕ではなく一番邪魔にならない指というとそれになるのだ。


 ただ、はめただけで指に合わせて吸い付くように形を変え、指を動かしても気にならなくなってしまったからどの指にしてもあまり変わらないかもしれない。


 一方で大きなリングの方はクライン、つまり大福に飲み込ませるものだった。


 一つを宿主、一つをクラインに持たせることで両者の間にパスがつながり、離れていてもクラインは魔力の供給を受けられるようになり、尚且つリングをゲートとして使用することで、左手のひらに展開した穴から大福の中に格納されたものを取り出すことができるようになる。


 ただ制限はあり、取り出せるのは大きなリングを潜る大きさの物、つまり直径50センチの穴を潜れるものに限られる。


 既にインターフェイスは『霊子情報処理能力りょうしコンピューター』に取り込まれ、マリオンの意思で制御可能になっている。使用感は万全だ。


 脳裏に浮かぶ品々から取り出したい物を指定してやれば、左手の前にリングが展開し、その中に空間的な穴が開いてそこから欲しいものが出てくる。


 大福の利便性200パーセントアップである。

 そして取り出されたのがスニーカーだった。


 そのスニーカー〈片方だけ〉を見るなりライスの顔色が変わった。


「なんだこれは? こんなものがあるのか?」


 ライズの目を奪ったのはスニーカー靴底の構造だった。元がオフロード用のがっちりしたスニーカーで、かかとの下に滑り止めのスパイクがたたまれているタイプだ。


 その構造は一瞬でがっちりとライスの心を掴んだ。鷲掴みである。


 ライスは靴をひったくると地面にかがみ込み、それを押し付けて右に左に縦に横にとぐりぐり力をかけ、床との摩擦を確かめる。


 さらに脇に置かれた箱の角に擦り付けグリップ力を確認し、スパイクを起こして石の床に押し付けて具合を確かめる。


「すげーぜ、こいつを作ったのは天才だ…なあ坊主、これどこで手に入れたんだ?」

「え?」


 その質問が来る可能性は考えていなかった。


「ああー、えっと実は迷宮で拾ったもので…片っぽだけでしたし…結構壊れてましたし…」

「うーん、捨てられたってことなのか…いやこんな…でも…」


 ライスは自分の思考に沈んでしまった。


 このまま放置するとまずい方向に話が流れるかも…そう思ったマリオンは、悪魔のようにささやきかける。


「この靴を参考にしたら…新しい靴が生まれるんじゃないかと思ったんですけど…」


 その瞬間シャキーンとライスは立ち上がった。


「そうだ…今重要なのはそっちの方だ…これを参考にすれは新しい靴が作れる…待て待て、何を使う? 靴底は甲皮を使えばいいな…そうだあれがいい…十分な厚さと強度がある…」


 ぶつぶつ言い始めたライスを見て、マリオンは心でガッツポーズを決めた。


「これで普通の靴が手に入るかも…」


 この世界の靴は職人が丁寧に仕上げただけあって、履き心地はいい。だが性能は満足とはいいがたい。

 その点スニーカーのような靴ができれば状況は劇的に良くなるはずだ。


「坊主、この靴を譲ってくれないか? 金はいい値で出す…ってわけにはいかないができるだけ用意する」

「ああ、いえ、お金はいいです、そのかわりボクの鎧をそういうのにしてみてくれません? きっとすごくいいのになると思うんですよ…」

「おお、その通りだ。きっとすごい靴になる、革命になるぜ、わかった任せな…坊主の装備は俺が全力をあげてスゲーものに仕上げて見せるからよ…」

「はい、お願いします」


 ライスは靴の所有権を受け取ると嬉々として解析にかかった。靴を確認しながら一つ一つ丁寧にばらしていく。

『素人のボクには分らないけど、きっとあの中から役に立つような情報を見出しているのだろうな…』

 この状況は願ったりかなったりだ。いや、目論見もくろみよりもずっと良い状況だといえる。


 ただマリオンはいきなり暇になってしまった。

 ライスがスニーカーに夢中になってしまったわけだが、まだ詳しい寸法とりも終わってないので勝手に帰るわけにもいかかない。


「ああなってしまうともうしばらくは無理ですよ…少し気長に待ってください。多分全部ばらし終わったら一段落しますから…」


 工房で働いている職人の一人がそう教えてくれた。どうやらタイミングを間違えたらしい。


「まあ仕方ないですね…あのペースならそう時間はかからないでしょう…それよりそのプレートって…」


 マリオンはとりあえずライスのことはあきらめて、彼らの作業に注目した。

 まず目に付いたのは彼らが蒸気で加熱しながら成形しているプレート、おそらく何かの殻だ。黄色でシマシマでまるでスズメバチのような…


「これはキラービーという大型魔虫の殻ですね…丈夫でよい素材なんです…」


 それには明らかに見覚えがあった。これによく似たものを見たことがある…


「そうなんですか? 実は僕もこの殻によく似たものを持っているんです…ひょっとして使えますか?」

 マリオンの言葉に彼は大きく目を見張った。

「本当ですか? ぜひ見せてください」


 弟子その一の言葉に従ってマリオンは大福から魔獣の森の奥で倒した蜂型の魔物の死体を取り出す。

 物が大きいのでどさっと床に落ちる。

 マリオンが見るところ職人たち加工している殻と、この魔物大型蜂の腹部のデザインはとても似ている。もっとも彼らが加工しているのは黄色と黒でマリオンが持っていたのは青と白という違いはあるが…


「!」


 息をのむ音が聞こえた。

 マリオンと話をしていた弟子その一の他にも周りにいた数人があっけにとられてこちらを見ている。

「これは…ワプスか…」

 弟子が声を漏らす。


「な、なんだと、ワプスだと…」

「あっ、復活した」


 靴を解体していたライスがその声に反応して飛び起きる。別に寝ていたわけではないがそんな感じで飛んできた。


「ま、間違いねえ…ワプスだ…」

「そ、そうですよね…」

「これは…なあ坊主…これはどうしたんだ?」


 まさか自分で倒しましたとは言えない。


「だ、大福の中にもともと入っていた物です…大体二〇匹くらい…」

「んなあ!」


 どたっと音が響く。

 ライスは興奮続きだったことが響いてついに眼を回してしまった。


「親方―しっかりしてくだせー」

「う、うちわだ、いや水もってこい…」

「誰か神殿司さまを呼んで来い」


 …大騒ぎになってしまった。


 ◆・◆・◆


「我々が使っている鎧はこの大型蜂の殻を使って作られているんです。蜂型魔獣は下からキラービー、ベスパ、ワプスと強力になっていって、普通は良いものでベスパの殻が使われます。この町でワプスの鎧を使っているのは神殿騎士団長のヒルメス様だけです」


 神殿騎士の鎧はかなり高性能なものなのだそうだ。この蜂型魔獣というのは個体数が多く、数を確保しやすい。


 ただ手ごわい相手なので冒険者には人気がなく、大概は神殿から良い報酬でギルドに依頼を出したり、騎士が直接討伐に向かったりという形になる。


 それでも普通は黄色と黒のベスパが主流で、ワンランク上のワプスはなかなか確保できない。

 ベスパ相手なら普通に効く斬撃をワプスの殻は弾いてしまうのだ。


 彼らも二〇匹ものワプスが山と積まれているのを見るのは初めての経験だということだった。

 そりゃー騒ぎにもなるはずだ。


 親方がひっくり返ったあと、弟子の一人が事務方に連絡に走り、神殿の責任者である『リネア大神殿司』と『神殿騎士団長ヒルメス』を呼んだ。『トゥドラ』も呼ばれ、今はこのワプスの死体を検分けんぶんしている所だった。


「すごいですね…大きな傷もありません…どのワプスも体に小さな穴があって、そこから内部を焼かれています…どんな魔物とたかったのか…いや、恐ろしいですわ…」

「まったくです、ワプスをこんなふうに殺せる魔物とはあまり闘いたくないですな」


 マリオンは非常に居心地の悪さを感じだ。


「結論から言って鎧の素材としてきわめて上質です、一体で一組の鎧が加工できます、多少の欠損を考えても二十二は行けます…」

「魔石も無傷でとれますね…ワプス…二十三匹分の魔石…」

「かなりの価値ね…」


 そこまで言って彼らは黙り込んでしまった。

 ものすごく空気が重い…

 なぜだろう。


「トゥドラさん…なんでこんなにお通夜みたいな雰囲気に?」

 マリオンは一番身近な彼のそばに移動すると小声でこっそり聞いてみた。


「魔物の買取りはギルドの専権事項でしてね…神殿は魔物の直接買い取りはしないことになっているんです」

「あれ? 他のところに売っても良いと聞いていますけど…」

「商取引は自由ですからね、ギルドポイントがいらないのならよそに得ることを禁止する法はありません」


 だが実際魔石の利用価値は限られているためにギルドに売る方が効率が良く、結果的に専売状態になる。

 ところが魔石の利用と言うことに関してギルドに負けていない組織がある。それが教会だ。

 つまり魔石の売買を教会が行うと、ギルド専売という必要なシステムが崩れてしまうのだ。そのため神殿だけは魔石の買い取りをしない決まりになっている。


「魔物の素材も同様ですね…教会は買い取りはしないという決まりなんですよ…」

「なるほど…教会が買い取りまでやったらギルドがつぶれてしまいますものね…」


 だからといって教会にそういうものを持ち込んではならないと言うことではない。

 教会でも利用価値の高い魔石や、教会で使われる魔物素材はありがたいし引き取っている。

 だだその対価がお金ではなく『神のご加護』になってしまうと言うことだ。


 つまり教会が相手の場合、マリオンはこれらを『寄付』という形で引き渡すことになってしまうのだ。

 だからといってこれだけの価値のあるものを『寄付して欲しい』とは言いづらい。

 彼らの苦悩はそこにある。


「ちゃんとした手順を踏むのであればこれはギルドに持ち込んで買い取ってもらうのが筋だね…あとそれがどこに回るかは君の関与するところではないのだが…」


 ワプスの殻は高級で、ワプスからとれる魔石も上質だ。それだけにこれを欲しがるのは神殿だけではない…

 冒険者の集団も、領主も欲しがるだろう。

 教会の彼等が手に入れられるとは限らない。


(うわーい、みんなの期待が重いぜ…)


 神殿の人たちはきっとこのワプスを寄進してもらいたいと思っている。ただそれがむちゃな要求であることも熟知している。

 それがこの重たい空気の正体である。

 マリオンはそう洞察した。


「ああ、ええっと…そうですね…たとえば…お金でのやり取りができないというのは分かりました、でも、この僕が作ったもらう鎧は霊符のお礼ということじゃないんですか?」


 マリオンの質問にトゥドラが答えた。


「いやそれも少し違うのですよ…単にモノのお礼ではなく、これは命を助けてもらったことに対する感謝のしるしですね…それに形の上では衛士隊の弁償ですから」


 そう言えばそうだったとマリオンは思い出した。


「え~、そうですね…では全部はやはりきついので…半分寄進ということで…」


 マリオンの申し出に彼らは少し胸をなでおろした。半分でもギルドとやり取りするよりずっと効率がいい。

 マリオンの側としては、本当は全部寄付してしまってもいいのだ。どうせ金になることを期待していたわけではない。棚から牡丹餅ぼたもち的な話だ。それに現在はお金に余裕がある。


『それに神殿勢力が超広域巨大組織であるのなら…恩を売っておく方が後々便利…』


 なんてこすっからい計算もあった。


「あのー、ちょっと待って下さい…」


 そんなときに声を上げたのはプラクトだった。

 ずっといたらしい。


「現在マリオン殿にはフィネ様をお助けいただいたお礼を『検討』している最中ですよね…これはご主人であるトゥドラ様が御礼をすると言うことなわけですが…何を御礼にするかは決まっていませんよね…」


「「「その手があったか!」」」

 全員が意表をつかれたように手を打った。


「そういえばそうね…装備一式は衛士隊からの弁償ですものね…考えてみたら神殿(こちら)からはまだ何のお礼もしていなかったわ…

 お金は払えないけどいろいろと御礼の方法はあるわね…」


 リネア大神殿司が嬉しそうにほほえんだ。

 物をもらってお金や品物を返すのは禁止。それは売買と同義で社会システムに喧嘩を売ることだから。


 だがマリオンには奥さんを助けてもらったトゥドラが何か形のある御礼をすることは問題がない。

 それがかなりグレードアップしてもそれはトゥドラの気持ちの問題なので問題ないのである。


 また協会関係者でも親交のある人間に自分の所有する何かを譲ることは別に禁止などされていない。


「マリオン殿、これからあなたへの感謝をどう形にするか決めなくてはならないわ…それを踏まえて…」

「ああ、それはありがたいです。謹んでお受けします。

 あと、それとは別にこのワプスはすべて神殿の方に寄進させていただきます」


 腹芸万歳。


 リネアは高齢の婦人に似合わない力強さでマリオンの手を取った。男前である。マリオンも彼女の手を取ってぶんぶんと振った。


「よし話は決まったな…それじゃ坊主の鎧にはこのワプスを使っていいな…ちょっと試したいこともあるんだ」

「ええ、かまいませんよ、ラトラ絹の使用も許可します」

「おほっ、ありがてえ、坊主見てろ、すごい鎧を作ってやるからな」

 マリオンはそっと頭を下げだ。


 ラトラ絹というのは『ラトラ』という昆虫いもむしの分泌する糸を加工し織り上げた布で、とても丈夫で着心地が良く、織り方を変え厚く織ると高い防御力を持つ。

 リネアやトゥドラの上級神官着はこれでできている。

 これをマリオンの鎧の下に着るスーツに使用してくれるということだ。


 結果マリオンの鎧は靴底の試作、スーツを合わせてのすべて新調ということで工房総出で10日程度はかかる予定になってしまった。

 試作がうまくいかなかったらもっと日数が伸びるだろう。


 そうなると滞在期間も問題になるのだが、そちらは神官や騎士たちの住居のうち空いている部屋を無償で、一年間貸与してくれるということになった。

 しかも食事などを世話してくれるメイド付きでだ。


「ほかにも神殿の宝物庫からいくつか魔道具を譲りましょう」

「私も個人所有しているものをいくつかプレゼントするよ」


 もちろん表向きはトゥドラからの感謝の品と言うことになる。


 神殿に対する寄進などに対するお礼は『即物的』であってはならない。

 だから金銭のやり取りはしないし、物品のやり取りもしない。

 権威や名誉、あるいは魔法での奉仕という『神の恩寵』が望ましいわけだ。


 だが教会関係者が何か恩を受けたときに個人的に『御礼』をすることを禁止するほど偏狭ではない。


 そして今回はお詫びの品〈装備品〉を神殿が用意することになっている。それが大幅に増量されても、衛士隊への請求が変わらなければ問題ない。

 元々渡すものが豪華になっても目録上が変わらなければいいのだ。

 ワプスの寄進とは別の話なのである。

 そう言うことなのである。


 めんどくさい…


 ◆・◆・◆


「くそう…なんでこんなことに…」


 キール・ドランは焚火を前に1人、毒づいた。


 場所は森の奥、もう少し進むと魔獣の森に入るあたりだ。


 傍らには背嚢はいのうが置かれ中にはぎっしりと荷物が詰まっている。


「あのボケの所為だ、あのボケの所為だ」


 キールはもっていた剣を鞘ごと振り回し、そこらにあるものをガシガシとたたいた。


 キールは英雄のはずだった。

 長い間、行方のわからなかった引ったくりの犯人を捕まえ、神殿の連中の鼻をあかし、ぎゃふんと言わせた衛士隊の英雄、それは彼の上司であるエルバネスの望んだ最上の未来のはずだった。


 事実エルバネスは『報償は思いのままだ。期待していろ』とまで言ってくれていたのだ。


 キールから見れば雲の上の人と行って良いほど身分の違うエルバネスが満面の笑みで、キール肩を抱いてそう言ったのだ。

良い気分だった。


 実際思いのままとは行かないだろう。そんな与太話は信じていない。

 所詮エルバネスだって宮仕えだ。

 だがなんと言っても衛士隊の隊長様ではある。昇進は確実だと思えたし、賞金ぐらいは出るはずだった。


 平衛士と小隊長では俸給も待遇も段違いになる。あの調子ならさらにもう一段上、中隊長も夢ではないかもしれない…『自分の未来は明るい』キールはそう信じていた。

 なのに…


 キールは自分の身に着けている装備を見下ろした。

 キールの安月給ではなかなか手に入らない良い品だ。だが出世できれば手に入るだろう――そういうレベルの品でもある。


 この国の男にとって強くあることは一つのあこがれだ。高性能の装備もその一つに入っている。


 キールがマリオンの装備を手に取ったのはちょっといい品を確かめる。それ以上でもそれ以下でもなかった。


 不幸だったのはその足鎧がぴったりとキールの足にあってしまったことだろう。


 体格が似ていたから鎧などが合うのは分からなくないが、足鎧がぴったり合ったのは奇遇といっていい。


 ぴったりとあった足鎧に気分が高揚し、籠手を着け、胴鎧をつけ、腰鎧をつけてみた…非常にかっこいい気がした。


『ちょっと表に行ってみるかな…』


 そんな考えが頭をよぎった、そしてエルバネスの様子を思い出した。


 エルバネスは小躍りして喜んでいた。『ヤッターヤッター犯人がつかまったー』とバカみたいに喜んでいた。


 もちろん自分でもその気でしょっ引いてきた。だが『ほんまかいな』と多少の疑念は抱いていたのだ。

 だが周りから『よくやった』『間違いなく犯人だ』といわれているうちに完全にその気になってしまった。


『どうせ犯人のモノだ。少しぐらい借りても良いだろう、取り調べは多分数日はかかるしな…夜までに返せば問題ない…』

 キールは自分で自分に免罪符を発行した。


 喜び勇んで町の外に飛び出し、森のなかで剣を振り回して一人、悦に入った。

 まさに英雄気分だった。


「俺にも運が向いてきたな…小隊長になれれば給料も上がる…嫁だってきっと手に入る…小銭を貯めて娼館に通う必要もなくなるぜ…」


 自分の女房を手に入れて、家庭を築く。自分の子供をもって育てる。それは勝ち組の証…気分はどこまでも明るかった…なのに…


『そのあげくがこのザマだ』


 満足するまで遊び、意気揚々と町に引き上げたら一転してキールは神殿関係者の装備品を盗んだ犯人として手配されていた。

 まさに青天の霹靂だった。


 手配とはいっても神殿と衛士隊の話し合いで、キールの身柄は衛士隊の裁量にゆだねられるとになっていたので、捕まったとしても大した事にはなるはずはなかった。

 だがここでもキールを不運が襲う。


 事情をよく知らない平衛士に出会ってしまったのだ。そしてその衛士は中途半端に事情を知っていたが故に、ひどくキールに同情していた。


『キール…逃げろ…このまま捕まればどうなるかわからんぞ…』


 まさかと思いながら彼は自分たちの上司、エルバネス隊長殿を思い出した。感情的でプライドが高く、保身に一生懸命な男…

『あり得る…あの男なら自分の保身のために部下を売るくらいはやる…』

 そう思ってしまった。


 そのまま大急ぎで自分の部屋に忍び込み、金目の物や必要なものを背嚢に詰め込み。町から逃げ出した。

 そしてたどり着いたのが森の中というわけだ。


「このまま別の町に行っても…無理だな…伯爵領じゃどこ行っても同じだ…いっそのこと余所の領地に抜けて…冒険者になって…」


 キールは計算を巡らせる。


 ギルドは出自を問わない。

 ギルドに指名手配が回る前に別の名前で登録をしてしまえば冒険者としての立場が手に入る、あとはまじめに冒険者をしながらできるだけこのコーベニー伯爵領を離れればいい。


 犯罪者といえども窃盗犯、となりの領地に行けば支配違いと言うことでここから追っ手がくることはないだろう。

 それでも知り合いに会う危険もある、ならばもっと離れれば問題はまずない。


 全国指名手配などされるのはよほどの大物か凶悪犯なのだ。

 この世界、情報の伝達速度は決して早くはなく、管理も紙媒体だ。大量の指名手配など出回ったところでわけがわからなくなるだけなのだ。


「うん、何とかなりそうだな…そうと決まれば明日の朝一番でここを出るんだ…何とか隣の…」


 ガサリ。


 隣の領主の治める町まで…そう言いかけたところで物音が響き言葉が中断された。


『な、何かいるな…丁度良い、飯の予備は必要だからな…』


 振るえる小声でそう自分を鼓舞する。


 ここは魔物少ない普通の森だ。危険な動物がいないわけではないが、衛士として訓練を積んだ自分ならやれる。少なくともキールはそう考えた。

 食料の備蓄は多ければ多い方がいい。


 キールはゆっくりと腰を上げ、そして忍び足で移動する。焚火の火が作る影に身を潜めるように…

 動物というのは以外と好奇心が旺盛で。少し知能があると焚火の明かりにひかれて調べに来ることがある。


 動物は火を怖がるというのは火が見えれば逃げるという意味ではない。火は触れさえしなければ恐ろしいものではないのだ。

 逆に人間だって火を押し付けられれば大慌てで逃げるだろう。


 動物が焚火を確認に来たところを隠れた闇の中から一気に飛び出し切り付ける。光が作る影は深い。明るい炎に眼を取られた動物に見つかる可能性は低くなる。そこそこの動物ならこれで仕留められるはずだ。


 剣は既に抜かれ、臨戦態勢。マリオンの甲殻剣だ。

 この剣は余計な光を反射して目立つことがないのが良い。


 ぬっと光が陰った。


(いまだ!)


 キールは影から飛び出しその獲物に思い切り剣を振り下ろした。

 ザクッという感触が…伝わらない…

 ゴツッというまるで岩でもたたいたような感触がして手がしびれる。


 枝葉に囲まれた暗闇から息をひそめて様子をうかがっていたので全体を見る機会がなかった。

 そこにいたのは頭の大きさだけで一、五mを超え、肩の高さがやはり一、五m近くある巨大な…


『う、うそだ…なんでこんな…化け物が』


「ひっあぁぁぁぁぁ!」


 キールは振り返り脇目もふらずに走り出した。理屈じゃない、本能だ。

 だがこれはむなしいな行為だった。大概の獣は人間よりもずっと早い。たとえ小型の犬や猫だとしても本気で追いかけられれば人間が逃げ切ることなどできはしない。


 どんと背中を押されて地面に転ばされる。あっという間だった。

 振り返ったキールが見たのは自分の下半身がその巨大な口に咥えられるその瞬間だった。


 森に悲鳴がこだました。

 だがそれを聞いていた人間は誰もいない。いなかったのだ。

トヨムです。またお会いできました。


16話をお届けします。

誤字、脱字、はたまた感想などございましたらお寄せください。トヨムは大変喜びます。


活動報告の方に更新の予定を乗せるようにいたしました。更新の準備ができた段階で予定を更新したいかな? と思っています。

よろしければご覧ください。


本日もありがとうございました。

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