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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
一章・気がつけば異世界
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第15話 神殿と一つの道(修正)

修正しました。

 第15話 神殿と一つの道


「ふえーっ、疲れた…」


 マリオンは案内された部屋に入るなりベッドに転がり大きく息を吐き出した。

 上流階級とのおつきあいがこんなに疲れるとは知らなかった。

 それにまだ終わっていないらしい。


 豪華な部屋だった。


 宿屋の有料の部屋が四畳半程度だったのに比べてここはその四倍は優にある。


 しかも壁は白壁で柱には装飾が施されていて、そこに配置された家具はどれも丁寧に仕上げられた一級品だと分かるものばかり。

 ただこういう物を見慣れていないマリオンには良い物だとは分かっても本当の価値は理解できないのが悲しかったりする。


 ベッドも高級品で適度にスプリングの利いた寝心地の良いもので、布団は丁寧に干された物らしくお日様の臭いがした。

 横になるとまるで疲れが溶けていくようだ。


「あー、今日は忙しかったな…」


 出先から帰って来るなり衛士達につかまり、閉じ込められ、取り調べられたり、神殿の人たちに助けられたり、宴をしたり、歓迎されたりと、いろいろなことが起こりすぎた。


 マリオンは宴を思い出す。

 その料理はすばらしいモノで、おそらく日本のそれなりのレストランにもひけは取っていないと思う。

 美味しくいただきはしたが、上流階級の慣れない感じが疲れを誘ったという感は否めない。わずかばかりのお酒もけだるさを加速している。


 つまり現在くたびれているのは必然ということだ。


「それでもお風呂は良かったな………って良くねーよ」


 お風呂の気持ちよさを思い出そうとしたら別の、肌色をしたイメージが脳裏をよぎり、マリオンは慌てて身を起こした。

 あれこそまさにぐったりと疲れる体験だった。


 身体を洗われて、表に出る逃げ道をふさがれて、結局湯船に逃げ込むしかなかった。

 湯船に飛び込むと自分の裸は見られないようになった。主に元気になってしまっている『パオーン』を隠すことはできた。

 だが、マリオンの知覚は水の中まで及んでしまうようで、彼女たちがお湯につかることにはあまり意味がなかった。丸わかりなのだ。

 さすがにこの状況では意識をそらすというのは無理だったのだ…若いから…


 タニアは胸が大きく、スィトナはおしりがかっこよかった。


「いやいやそうじゃない、思い出すな、思いだすな」


 忘れよう忘れようと意識すると言う事は、それだけ鮮明に記憶に残っているということだ。しかも霊子情報処理能力りょうしコンピューターはマリオンの見たものを正確に記憶ではなく記録してくれている。いや、してしまっている。


 そしてあの二人にはそもそも隠そうという気がまったくなかった。

 やはり魔力知覚で把握することと、肉眼でしっかり見ることはリアリティーが違う。写真などのデーターと生の違いだといえる。

 つまり今回は詳しいデーターの上に肉眼で見たリアリティーが加わっている。

 とてもまずいのである。


「大体女の子があんな格好とかこんな格好とかするか?」


 二人ともお湯につかるマリオンをからかうように、マリオンに引っ付いたり、そばで立ち上がったり、変わったポーズをとったり、いろいろなことをやらかしてくれた。

 マリオンとしては口までお湯につかってぶくぶくしている以外になかった。


(獣人の猫しっぽがお尻の上であんなに自由に動くものだとは…)

(大きな胸があんなにやわらかそうに揺れるものだとは…)


「にょわ――っ、誰か何とかしろ――」


 何とか意識をそらしたいのだ。そうしないとこのままでは眠ることもおぼつかない。

 しかもお客様として歓待してくれるよそ様のお宅でへたなこともできない。


 だが、救いの手〈?〉はすぐにもたらされた。


「「はい、お任せください」」


 マリオンはガバッと入り口をふり向いた。そして脱力して崩れ落ちそうになった。

 そこには夜着に着替えた美少女二人が立っていた。


 ◆・◆・◆


「なっ、なにしてんの?」


 まあ想像はつくがそう聞かずにいられなかった。そして返事は直裁だった。


「夜伽をしに参りました」


 彼女たちは恥じらいながらそう言うと、簡素な作りの夜着をすとんと床の上に落とした。すでに全裸である。マリオンは固まった。


 お客様を歓迎するために女の子が夜のお供にやってくるような話はたまに見るが、まさか自分が現実にそれに出くわすとは…


 理性というか倫理として、彼女たちを追い出すのが正しいのは分かっている。少なくともマリオンの常識ではそうだ…だが行動がついてこない。


 お風呂場で見せつけられた彼女たちの裸が脳裏から離れない。

 トゥドラから聞いた話が理性を押しのけようとする。

 そして若干のお酒がその理性の強度を下げている。


 二人が近づいてくると良い香りがして頭がくらくらするような気がする。

 マリオンが理性を保てたのはここまでだった。


 若いから…


 ◆・◆・◆


 目を覚ますと最初に認識されたのは、両側から押し付けられるしっとりした柔らかい感触だった。


 いとおしいというのとは違うが、ひどく安らぎを感じる。


「そっか…結構ストレスたまってたのか…」


 マリオンは昨日の情熱的な夜を思い出してちょっと自己嫌悪を感じた。


 ここに来てから知り合いもなく、頼るものない。

 故郷は分からず、手がかりもあるや無しやという状況で、自分がひどく心細かったのだということに気が付いた。


 お酒やもろもろに背中を押されはしたが、結局のところマリオンは縋すがり付く何かが欲しかったのだ。

 あるいは誰かが…


 だから際限なく、彼女たちに縋り付いた。

 必死にしがみついた。そうせずにいられなかった。


 だが彼女たちは別にマリオンの恋人ではない。


 昨日聞いたトゥドラの話のように優秀な遺伝子を求めてというわけでもない。彼女たちは仕事としてここに、このベットの中にいる。


 そしてその二人に必死に縋り付いてしまった自分在り様に落ち込んだりするのだ。


 だがいつまでも落ち込んではいられない。今はまだそんな贅沢はゆるされない身の上なのだと思う。

 二人を起こさないように、静かに布団から抜け出した。


 スィトナは熟睡しているらしく起きる気配はなかったが、タニアは『ううん』と身じろぎをした。その拍子に布団がずれで彼女の肢体があらわになる。


 昨晩は夢中でそこまで気を回す余裕がなかったが

「これって…クエストの時の治療術師の入れ墨とおんなじだよな…」


 タニアの体には大きく精巧な入れ墨のようなモノが刻まれていた…暗がりだと見えづらいのだが、その入れ墨は淡いピンク色で、背中を起点に始まりお尻から太ももに、二の腕にと繊細に美しく広がっている。


「はい、おなじですよ」

 期待していなかった返事に振り向くとタニアがうっすらと目を開け、マリオンを見つめていた。


「あっ、ごめん、起こしちゃった?」


 マリオンは謝ったが、まあ普通指先で体をなぞられれば目を覚ますだろう。


「これは回復魔法を使うための術式ですから…彫る人によって多少の違いは出ますけど基本は同じはずです…これは旦那様に…トゥドラ様に彫っていただいているものです」


「クエストで聞いたよ…回復魔法は人の体に直接術式を刻むんだって…それで使えるんだって…」


「はい、わたしも詳しいことは知らないんですけど…回復魔法はこうして体に直接術式を掘って使います。

 普通魔法は魔導器コンダクターを使って魔法を使いますけど、回復魔法ですとか…ほかにもいくつか、直接体に術式を刻むことで使えるようになる魔法があるんだそうです」


「ほほう…そんなことが?」

「はい、えっと…トゥドラ様にきいた話なんですが…人間族は属性魔力を生成できないんだそうです」


 その話は聞いた。


「でも、魔導器コンダクターがあれば魔法が使える以上、魔力自体はもっているそうなんですよ…で回復魔法というのは人間の持っている魔力をそのまま直接使える…そういう種類の魔法なんだそうで…」


 それはマリオンの推測を裏付けるモノだった。

 回復魔法は根源魔力で使う魔法だったのだ。


「じゃあタニアも神官なんだ?」

「見習いですけど…修法官といいます」


 彼女ははにかみながらこたえた。彼女の話によるとやはり才能というのは重要で、トゥドラのように冒険者として前線で戦えるほどの力は彼女にはないのだそうだ。


「で、私たちみたいなのは神殿にやってくるちょっと怪我をした人とかに回復魔法をかけて差し上げるとか…そのくらいが精いっぱいです」

 それが彼女たちの神殿での活動であり修行ということになる。


 タニア達見習いは徒弟制度のようなもので育成される。

 タニアはトゥドラについて神法官の修行をするのだが、一人前になるまでの間、トゥドラが衣食住、学習その全てに責任を持つ。

 その代わりにタニアはトゥドラの侍女のような役割も持つと言うことだ。

 この方式は全ての部門で共通で、徳道士も騎士も似たような制度で新人を教育している。


「それはとても立派なことだよ…きっとみんな、頼りにしてるんだから」

 マリオンはタニアの地道な活動を賞賛した。

 回復魔法で人を癒し、社会に貢献する。その立派さは魔法の強弱ではないだろう。


「そ、そうですよね…やっぱり回復魔法はわたしたち神殿の人間しか使えませんし…役に立ってますよね」


 マリオンの言葉にタニアの表情は花が咲いたようにほころんだ。それはどきりとするくらい良い笑顔だった。


 マリオンは真剣な顔で彼女に頷いてみせる。


 そして頷きながら『やっぱりそうなんだ』とマリオンは思った。


 つまり神殿は回復魔法を独占しているということだ。


 ただ話を聞くとこの回復魔法の術式も時間をかけて少しずつ刻んでいくもので、タニアもここまで彫るのに2年もかかっているということだった。しかもこれを掘るためには上質の魔石が必要になるとか…


(ある程度は適性のある人間に手間暇かけて施術して、しかもそれにはコストもかかると…そう考えると神殿がこれを独占するのはやむを得ない部分もあるのだろうな…)


 少なくとも誰彼かまわず施せるようなモノではないのだろう。

 ただもし医療を独占しているのだとしたら、それはただの偶然ではなく計画的なものだとは思う。


「するとスィトナは?」

 マリオンは隣でまだ寝息を立てている少女を見るが、彼女には入れ墨のようなモノはなかった。


「この娘こは神方官ではなくて修道士…徳道士の見習いですね…獣人は回復魔法は使えませんから。その代りに体力も力も人族よりも強いので力仕事のとかは彼等の方が実は有能だったりします。それに強化ブーストも使えますし…」


「強化?」

「あっ、知りませんか? 体内の魔力を使って一時的に身体能力を上昇させることができるんですって…ですから騎士にもむいているんですけど…タニアは優しい子だから…」


 それは獣人固有の特性で、彼らは気合いを入れて身体能力を上昇させることができるらしい。

 それも結構大きく。


 神殿には回復魔法を使う『神法官』

 労働奉仕を主にする『徳道士』

 そして『騎士』がいるが、どの職もある程度の戦闘技能と医学知識は身につけさせられる。

 獣人は神法官以外なら何をやっても優秀で重宝されているのだそうだ…


 回復魔法は人族だけしか使えないが、徳道士の中には優れた医者もいるらしい。 

 スィトナが目指しているのはそこなのだそうだ。


(つまり…神法官と言うのが医者だとすると、徳道士は看護師、介護士、その他いろいろ…という感じか…それで騎士は警備員…)


 ずいぶんな端折り方だがまあそんなものなのだ。


 ◆・◆・◆


 そんな話を聞いているうちに時間が過ぎ、タニアは朝の仕事があるからとスィトナをゆすり起こして帰って行った。


 どうも夜伽などの仕事があったからといって休みになったりはないらしい。


「悪いことをしてしまった」

 と、そういう気がする…遠慮とか配慮とかがなかったようなそんな気が…


 一人になったマリオンはそんな思いを吹っ切って風呂場に向かった。少し気分を入れ替える必要を感じたのだ。

 風呂は事前にいつでも入れるといわれている。


『しかしこんなに格差があるんだな…』

 マリオンは建物の瀟洒な通路を歩きながら庶民と富裕層の格差のことに思いをいたす。


 町では風呂自体がなかった。なのにここでは二十四時間入り放題。建物も調度品も雲泥の差がある。驚いたことにこの屋敷には蛍光灯に負けない魔力燈という照明器具まであるのだ。魔力で動く道具だから『魔道具』というらしい。


 マリオンがそれでも緊張しすぎることなくここを使っていられるのは利便性という意味で平成日本に軍配が上がるからだろう。


 そう言う不便さが、高級品に対する感動を半減させている。そのために割と平気でいられるというわけだ。


 その屋敷の高級な風呂に足を踏み入れると、そこには当然のように屋敷の主であるトゥドラがいた。

 考えてみれば風呂をいつでも使えるようにするということは、利用する人間がいるということであり、それが屋敷の主人であるところのトゥドラである可能性は考えるまでもなく高い。


 トゥドラはマリオンを見るなり『やあ』と気さくに声をかけてきた。


 ◆・◆・◆


 高神法官というのはそもそもこんな屋敷に暮らせるくらいに裕福な立場ではあるのだが、それでも二十四時間風呂を沸かしているのは彼くらいのもので、それは彼が冒険者時代にそれはそれは大きく稼いだからなのだそうだ。


 それは巨万の富という意味でもあり、また、沢山の魔道具という意味でもある。


 この屋敷で常に風呂が沸いているのはそういう魔道具を彼が保有しているからにほかならない。実に羨ましい話だった……もちろん魔道具のことではなくお風呂のことだが…


「いや、ちょうどよかった、ひょっとしたら会えるかなと思っていたんですよ…やっぱり裸の付き合いというのは大事だからね…」


 そんな日本人みたいなことを言うトゥドラにマリオンは一瞬首をひねり、そしてあの二人を自分の閨に派遣したのが彼だったことを思い出した。

 タニアたちが仕事に向かう時間がわかっていればきっとマリオンがここにくる時間も予測がついたに違いない。


 ただそれはタイミングを計っていたというだけの話で、風呂にはきっと放っておいても入ったのだろう。

 彼の体のキスマークが、風呂に来る理由がマリオンと同じであることを物語っていた。


 マリオンは湯船につかっている彼の姿をしげしげと観察…ついしてしまった。

 キスマークが気になったわけではなく、その筋肉質な体型に眼がひきつけられたからだ。


 彼の体はやはり昔とった杵柄というのだろうか、多少貫禄〈おなかのあたりとか〉はあるものの、たるんだ感じが全くなく。タイプとしてはプロレスラーを思い出させる。とてももうすぐ五〇歳とは思えない鍛えかただ。


 そして同時にトゥドラの方もマリオンを観察していた。


「ふーむ、不思議な体型ですね…太っていない、痩せてもいない、腕や足も太くも細くもない。それでいてまるで彫刻のような見事な肉付き…調和というんですかね…タニアたちがほめるわけです」

「あー恐縮です」

 かなりほめ過ぎではないだろうか? マリオンは気恥ずかしくなった。確かに地球にいた時より体が締まっている。さらに激動のクエスト10日間でかなり鍛えられた。そういう自覚がある。だが面と向かってほめられるとくすぐったいものがある。


 幸いなことに男同士の気遣いとでもいうのか、タニアとスィトナについて直接聞かれたりはしなかった。

 昨日の明け透けさからするとそういう話も出るかなと警戒していたのだ。だがどうやら取り越し苦労だったらしい。

 もし『お気に召しましたか?』なんて聞かれたらもうお湯に潜る以外になくなってしまう。


 ただその質問がでなかったのは別の所に意識が向いたせいかもしれない。トゥドラは別の質問を口にした。


「マリオン君、それはクラインですか?」

「は?」

 マリオンはそう聞かれて首をひねった。当然何のことだかわからない。


「その首に巻きついている魔物ですよ」


 トゥドラの指摘にマリオンはぎょっとした。彼が言っているのはつまり大福のことだ。

 いつもへばりついているのでこの頃は存在を忘れることがある。


 何か首を絞められているようにも聞こえる表現だったが、実際はペンダントのように感じで張り付いている。もとがメタリックな奴なので微妙にかっこいい…のではあるまいか…


「ああ、えっと…」

 しどろもどろのマリオンを見てトゥドラはうんうんと頷いた。

「なかなか大したものです…マリオン君は魔術師ですか?」


「い、いえ、そんな御大層なものではないです…これは以前森の中で懐かれて、へばりつかれて…それっきりいつもくっついてくるやつで…やっぱり魔物だったんですか?」

「なんと、知らずにつれていたんですか? それはなおすごいですね…とても豪気です」

「そういうことを言われると不安になります…」

 何か連れているとやばいようにも聞こえる。


「いえいえ、そんな危ないものではありませんよ。魔物といっても危険なものではありません。けっこう連れている人もいますよ…実は私も一匹もっています、これはですね…」


 この大福…じゃなかったクラインという魔物は取り付いた相手の魔力を吸う代わりに宿主に亜空間倉庫というか○次元ポケットというかそういう機能を提供する魔物だということだった。

 魔力を吸われるため宿主にはある程度の魔力が必要となる。


 容量は個体によっても差があるし、所有者によっても差がでるらしい。

 おそらく魔力が影響するのではないだろうか。

 それでも今までの記録では最低で家一軒くらいの荷物は入るのが普通なのだとか…


 そしてさらにこのクラインの中にしまわれたものはどういうわけが保存がきく。つまり痛みにくい。腐りにくい。という効果が確認されているのだそうだ。


 完璧にというわけではないらしいが、一〇〇倍くらいは長持ちするらしい。つまり一〇日で腐るものなら一〇〇〇日はもつということだ。これも個体差があるらしいが地味にすごい…


「欲しがる人間はたくさんいるんですけどね…なんといっても魔物ですし…」


 家畜と違い手に入れる方法は魔境、迷宮の中で見つけてくるのが基本となる。そして相性があるのか見つけたからといって飼い主、あるいは宿主しゅくしゅになれるとは限らない。取りつくかどうかはクラインが決める。


 他人のクラインをいくら羨ましがっても奪い取ることなどはできないと言われているそうで、所有者を殺しても中身を手に入れることはできないのだとされている。

 そうでなかったらきっとこれを巡ってのたくさんの悲劇が生まれたに違いない。


「迷宮で魔物を倒したときなどに運がよいと取り付かれるんですよ」

「運が良いと取り付かれるというのは…面白いですね」


 つまりはレアドロップのようなものなのだろう。

 クラインの付いている魔物を倒すとドロップして、相性が良ければ手に入る。


 冒険者垂涎のアイテム〈扱いの魔物〉なのだ。


 比率的には冒険者の一〇〇人に一人くらいはクラインを持っているだろうとトゥドラは教えてくれた。


「クラインを連れているというのは、それ自体が得難い才能なんですよ」

「そ、そうなんですか?」


 マリオンは考える。


(つまり、クラインを連れているということはたくさんの魔力を持っているということで…だとしたらその人は、神法官や魔術師に向いた人ということだよな…)


 そういう意味だろうか…と…マリオンは考える。

 だが彼の指摘はもっと直截で身もふたもないものだった。

 物入れなのに身もふたもないとはこれいかに…


「クラインを持っていると迷宮に潜る時でも大量の物資を持っていけますしね、奥地でたくさんの獲物をしとめてもすべて持って帰ることができます。自分が戦闘力がなくてもきっとどのパーティーでも引く手数多ですよ」

「あーーーっ」


 マリオンはいきなり納得した。言われてみれば確かにそうだ。自分が大福を便利と感じるのもまさにそこにあるのだから。


「それに商人もクライン持ちを求めています。大きな容量のクライン持ちがいればキャラバンを仕立てずに大荷物を目的地に運べるんです。

 自分で商売をするときも便利ですし、商才がなければやとわれ運搬屋としても十分に暮らしていけますよ」


 クラインを持っているということは大きな運搬能力という才能が証明されたということであり、それは利便性が高くて希少な『技能』の持ち主であるということなのだ。そしてそれはこの世界において安定した収入をもたらす。

 なるほど欲しがる人間が多いのもわかる。


「そうだ、後でよいものを譲りましょう…わたしの友人が使っていたものでね便利なアイテムですよ…」


 トゥドラは上機嫌でそう言ってくれた。何をくれるつもりなのか知らないが、そろそろいろいろ申しわけなくなってくる。

 こんなに良くしてもらっていいのだろうか…そう思ってしまうのだ。


 だがせっかく会えたのだ聞かなくてはならないことがある。


「トゥドラさん、込み入ったことをお聞きしますが…ひょっとして神殿というのはこのせか…国の、医療を独占していたりします?」

「おや」


 いきなりの質問に、トゥドラはマリオンじっと見つめた。空気も変わってしまった。

 それでどうやらこのことが『あたり』なのだなとマリオンは確信を持つに至った。


「マリオン君は頭がいいですね…その通りです。この国において神殿の役割は信仰と医療ですね…町医者というものいないことはありませんがもぐりです。

 本格的な医学知識と医療行為は神殿が『独占』しています。すべての医者は神殿で学び、神殿で魔法を授かります」


 トゥドラは『独占』という言葉をあえて強調した。マリオンの考えていることが分かったからだ。


「つまりこのせ…国は『帝国』と『冒険者ギルド』と『教会』によって成り立ってているということですか…三大勢力のような感じで…」


「まさしくそうなりますね、帝国は土地と、土地に定着した人を治めています。

 ギルドは逆に土地に縛られない人と魔物素材という経済活動を。

 神殿はマリオン君が考えた通り『医療』全般と『信仰』を独占しています。

 勿論この三者は強固な協力関係にありますよ…そうでないと世界が成り立ちませんから…三つに分かれているのは逆にこのどれかが暴走するのを押さえるためでしょうね」


 つまりこの三者はこの国を物理的ではない形で分割統治しているのだ。

 そして協力体制を崩さないためかどれか一つでもこけることができないようになっている。


 この三王神教会というのはかなり巨大でかなり大きな力を持った組織であるということだ。

 とりあえず彼らと友好的な関係を築けそうなのはありがたいことだった。


「マリオン君、今すぐというわけではないんですけどね…人間、向き不向きというものがありますから…冒険者としてやっていくのがもし辛くなったならぜひ神殿を訪ねてください。

 クラインを維持できるくらいに魔力があって、しかもある程度、戦闘ができるのなら神官で戦士という道もあります…マリオン君なら喜んで推薦させていただきますよ…」


 その申し出は唐突だったが、だが確かにそういう人生もありだろう…そう思えた。もし、地球の消息がつかめなかったそのときは…


「ありがとうございます。ただ、今は果たさなくてはならない約束がありまして、とりあえず大江戸伯爵領という所に行かなくてはならないんです…やらなくてはならないことがあるんです」


「オオエド伯爵領ですか…帝国の反対側ですね…何か事情がおありなんですね………勿論それでかまいません…約束は果たされなくてはならないものですからね…マリオン君がやるべきことをすべてやって、そのあとでも構いませんよ…その時に私のことを思い出したらぜひ訪ねてください」


 きっと力になりますから…彼は話をそう締めくくって風呂を出て行った。


 その後姿を見送りながらマリオンは感動していた。


「とりあえずこれで一つ…進んでいい道ができたわけだ…」


 トゥドラの誘いはつまりそういうことだった。

 五里霧中であった世界の中に一本だけ、確かに進める、進んでいい『道』ができた。それはマリオンがここにいてもいいという意味でもある。


 今はその道を選ぶ気にはなれないし、そういう事態が来ない方がいいのだとは思う。だがそれでも自分の手の中に未来があるのだという事実はマリオンを救ってくれる。

 少しだけ肩の荷が軽くなった様な…そんな気がするのだ。

 湯船に湯気ではない水滴がおちた。


 自分の呼び方がマリオン殿からマリオン君に変わっていたのに気が付いたのは少し経ってからだった。





 ●○●○● ●○●○● ●○●○● 

 おまけ・設定資料『領主軍・騎士団』


 騎士団の役割というのは『軍隊』に相当します。

 魔物の勢力を削るために冒険者という存在がいるのですが、彼等は経済活動として戦闘をしています。

 つまり実入りの悪い仕事はしないのです。

 冒険者に任せればたちの悪い魔物ばかりが残ってしまうことになります。


 そのために領主は討伐依頼などを出す訳ですが、それだけでは追いつかない部分は出てきます。

 そこで騎士団が活躍します。

 つまり彼等の仕事は『攻めること』なのですね。

 彼等は領内を監視し、魔物の被害が領民に及ばないように魔物を駆逐していきます。

 組織としては、領主の直属で必要に応じて投入されるものです。


 そのときは衛士隊は輜重部隊のような活動をします。騎士団の方が一段上のような扱いになります。

 衛士隊で活躍した戦士などがスカウトされたりとかするようです。

またお会いできました。トヨムです。


いつもいつも目標として6000字くらいを目指して書き始めます。なのに気が付けばなぜが1万字に…


なのに思うようにストーリーが進みません。本当に難しいです。


次回は2月11日の更新を目指しています。


誤字脱字の発見、感想などございましたらお寄せください。お願いましす。


トヨムでした。

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