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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
一章・気がつけば異世界
13/59

第13話 誤認逮捕?(修正)

修正しました。

 第13話 誤認逮捕?


「本当に良かったのかい?」

 マリオンはとなりを歩いているクロードにそう聞かれた。

 大角大鹿ビックホーン集団狩猟クエストにおいて同じ組になりそれなりに付き合いのあった相手だ。


「まあ仕方がないよ…良い話かもしれないけど…ボクにはやらないといけないことがあるからね」


 マリオンはギルドの職員から受け取った小袋の中身を数えながら新しい知人(友人未満)のことばに応えた。


 袋の中には今回のクエスト報酬八四〇〇リヨンが入っていた。

 行き帰り合わせて十二日間の収入と考えると日当七〇〇リヨンでおそらく七〇〇〇円くらいの価値がある。


 だが、この世界は物価も安い。

 一日に必要な金は諸経費込みで三〇〇リヨンくらい。マリオンはホテル暮らしなので一概には言えないが結構な実入りと言える。


 一般参加つまり上達組に最後までは入れなかった連中は今回のクエストの報酬として一律、一〇〇〇リヨンしかもらえなかったのでこれはかなり良い待遇というモノだろう。


 それに加えて冒険者の何人かは参加していたベテランからパーティーに誘われるという特典まで付いてきている。

 マリオンにも…


「あーでも本当にもったいない。せっかく一流パーティーに誘われたのになー俺だったら絶対にことわらないのに…」

 クロードの言葉はそのことだ。


 クロードと一緒に参加した終盤のパーティー――『アディア・トルム』と言うチーム名だったが――のリーダー、トルム氏はマリオンにパーティーに加わらないかと誘いをかけた。

 しかもトルムはCクラスの冒険者、将来有望な若手だ。


 これから帝国の東を目指すつもりでいたマリオンなので丁寧にお断りをしたが、それがどうもこの一緒に参加した新人クロード君にはどうしてももったいなく感じるらしい。

 まあこういう世界で冒険者を目指すのであれば当然だろう。


 彼等は失われた故郷の消息を求めているマリオンとは違い、この世界で冒険者としてのし上がることを望んでいるのだ。

 一流バーティーに誘われて断わるというのはあり得ないことなのだろう。


「さて、行こうか…もうすぐ昼だし、せっかくだから飯食おうぜ?」

「おっ、いいねーいいねー、んじゃマリオンのおごりな…」

「仕方ないな…ここらで貸しを作っておくのも良いかもだし、ここはおごってやるよ、そのうち大きく育ってかえってくることに期待している」

「なんだそりゃー」


 マリオン達は食べ物屋の屋台を回りながら食事を開始する。


 この国では朝飯と晩飯はちゃんと食べる習慣があるが、昼は軽食が常識だ。

 自分の好みの屋台で好きなものを買ってそこらへんで食べるそれがここのスタンダードだ。

 二人が選んだのは肉とピーマンに似た野菜と玉ねぎのようなものを串に刺して焼いた単純なもので、味付けが味噌なのがミソだ。


「ほんとにこのに世界の人間は食物繊維をないがしろにしているよな…みんなガンで死ぬぞ?」

「な、なんだよ…ガンって? 魔物か?」

「ああ、そんなものかもしれん…だがまあ、目にすることはないよ…」

「そ、そうか…ならいいけど…」


 クロードは安心したように肩の力を抜いた。

 

 その姿を見ながら心底『キャベツが食いたい』と思うマリオンだった。


「ところでこれからどうするんだ? どっか行くんだろう?」

「ん? ああ、帝国の主要都市だなとりあえずは…冒険者の町とか鍛冶の町とか…」

「うーん、だったら鍛冶の町が近いかな…」

「ああ、そのつもりだ…地図で見る限り…そういうことになっているよ…他に何か知っていることってないか?」


 マリオンはくだんの地図を思い出して苦笑する。あの地図だったらおそらく人の話の方が役に立つにがいない。


「そうだな…俺もほかの土地はよく知らん…でも鍛冶の町のうわさは聞いたことがあるかな…なんでも金属製の武器防具が沢山売ってるんだと…」

「うん、まあそうだろうな…」


 そうでなけりゃ鍛冶の町ではないだろう。だがマリオンが聞きたいのは…


「うーんそういうことじゃなくて…」


「おい、お前、ちょっと一緒に来てもらおう」


 そんなときにいきなりかけられたその声にマリオンは振り向いた。

 そこに立ているのは見慣れた鎧兜を着、棍棒を持った衛士だった。

「はにゃ?」

 思わず変な声が出てしまった。


 ◆・◆・◆


「キール先輩」

「なんだピジョン後輩」


 ピジョンと喚ばれた若い兵士はため息をついた。

 この先輩は外連味けれんみが強いというかまじめさを欠くと言うか、ノリと勢いだけで行動する性質ところがある。


 キール先輩という普通の呼びかけにもいちいちくだらない返事を返してくる。本人は楽しいのだろうが付き合わされる方はたまらないものがある。


「僕らいつまでこんな事やらされるんですかね…本当は今日だって非番のはずなのに…」

 ピジョンの口からつい愚痴がこぼれてしまう。


「いつまでって…犯人がつかまるまでだよ…当然だろ? 犯人様が捕まってくれるまで俺たちは通常業務のほかに非番の度に犯人捜しをしなくてはならんのだよ、これは神殿騎士に対して貸しを作る良い機会なのだ…と、あいつが言っていたのを聞いていただろう?」


 そう言われてピジョンは仕事開始前の隊長様のありがたい薫陶を思い出した。


 今から十五日ほど前に町で一つの事件が起きた。

 被害者は神殿のえらい人の奥さんであり、自身、神殿のえらい人らしい。

 

「神殿の神官達のポカで初動捜査が失敗し、犯人にまんまと逃げられと聞いたろ?

 神殿の連中がポカやって見失った犯人を俺たち衛士が華麗に捕まえる。すばらしいじゃないか…俺たちの手柄はでっかいぞ」

「はあ…でも…捕まえられれば…ですよね…」

 もっともである。


 ただピジョンはどちらも馬鹿な話だと思う。

 神官達は何を思ったのが被害者の救助を優先してそれ以外の行動を一切しなかった。

 刺された、しかもほぼ治療の終わった被害者を回収することを優先したのだ。


 これが魔境、迷宮の中であれば安全確保のために犯人を放置というのも分からなくもないのだが、ここは安全な街中だ。いったい何を考えていたのか全く分からない…


 これに喜んだのが普段から神殿騎士を目の敵にしている衛士たちだ。


 あいにくなことに彼らの部隊を指揮する隊長もその一人だった。


 彼は神殿でさんざん相手の失敗をあてこすってきたらしい。


 なぜそんな事が分かるかというとその神殿から帰ってすぐ。隊長様からさんざん神殿騎士をバカにした言葉ととっとと犯人を上げで思いっきり鼻を開かしてやれと言うような趣旨の薫陶――ピジョンに言わせるとわめき散らし――を受けたからだ。


「いやしかし隊長殿もわかりやすい。日が経つにつれて話の内容が怪しくなってくるもんな…」


 犯人の特徴は黒目黒髪の若い男。

 この町では黒髪黒目というのはいないわけではないが珍しい。しかも中肉中背で若い男となればおそらく町中を探しても十人といないだろう。

 であれば黒髪黒目の人間をすべてしょっ引き、目撃者である神殿の侍女達に面通しさせればあっという間に見つかるだろう。そんな甘い事を考えていたこともその後の話で明らかになった。


『なぜだ、貴様ら無能か? なぜこんなに特徴のある犯人がみつからんのだ?』

『くそお前らしっかりしろ…神殿の連中の鼻を明かすどころか鼻で笑わせるぞ』

『くそ、いい加減にしろ、神殿の連中が進捗を聞いてきたぞ! くそ、犯人捜査がどんなに大変か知らないくせに…』


 もはや末期である。


「最初に嫌みなんか言わずに礼儀正しくしてれば良かったのに…」

 ピジョンは本気でそう思う。


 それでもこれも仕事、行けと言われれば行かないわけにはいかない。

 ピジョンはため息を漏らした。


「おい、あそこ見ろ…あいつ初めてみるやつじゃないか?」

 そんなときにキールに肩を揺すられ、ピジョンは我に返った。


「あっ、本当だ。黒髪黒目、年の頃は二十前、中肉中背。うん条件に合ってますね」

「よーし、よし、あそこまで条件に合うやつは今までで始めてだな…考えてみれば事件から十五日だ。隠れているにしてもそろそろしびれをきらすころだろ…それに最近は町中で派手な取り締まりもしてないしな…油断がでたのかもしれないぞ…」

 キールは楽しそうに笑った。


「てことは犯人ですか?」

「俺はそう見るね…見てみろ、まだ新しい鎧のひとそろいだ。あんな若造に買いそろえられるようなモノじゃねーぞ」

「確かに…確かにそうですね…」


 ピジョンは隣にいるキールを見上げた。

 何かニヤニヤしながらぶつぶつと小さい声で独り言を漏らしている。

 切れ切れに聞こえる言葉は『報償』『賞金』『女』『もてもて』『出世』等景気の良い言葉ばかり。どうやら犯人逮捕の後の栄光を夢見ているらしい。

 

「行くぞピジョン」

「はい、先輩」

 二人は肩をいからせて路肩に座り込んで肉を囓っている二人に向けて歩き出した。


 ◆・◆・◆


「タニア、どこに行くんですか?」


 トゥドラ高神法官は神殿の廊下をばたばたと駆けていくタニアの姿を見て声をかけた。


 これが巡り合わせというモノだろうか、トゥドラは気配りのできる人間で、普段から自分の同僚や、部下に対して声かけを怠らない人間だが、それでも忙しく立ち働いている者に対して話しかけたりはしない。

 もしそんな事していたら空気読めない人になってしまう。


 だがこのときは忙しそうなタニアになぜか声をかけてしまったのだ。


「トゥドラ様…じつは衛士隊の方から面通しの依頼がありましたので…これから行ってこようかと…」


「面通しですか…二日…え、三日振りですか…これも大事な仕事ですから仕方がないんですけど…いい加減にしてほしいですよね…前回など五十過ぎの老人でしたよ? 黒髪黒目ではありましたが…」


 タニアは自分のあるじの文句を笑いながら聞いていた。


 彼が本気で悪態をついているのではないことはよく分かっていた。こういう所で場を和ませる会話を好むのも彼の長所だとタニアは思う。それに事態は文句よりも苦笑が出るような局面だ。


「分かりました私も今手が開いていますから…一緒に行きましょう…いい加減衛士隊の方も煮詰まっていますからね…」


 トゥドラが何かを心配したかというと、ここ数回衛士隊の人間が似ても似つかない人間を連れて来て『こいつが犯人ではないのか?』と言うような詰めよりかたを侍女達にしているという報告があったのだ。


 それほど強い調子ではなかったと言うことだったが、話の内容から彼らがかなり追い詰められていることは見て取れた。


 前回の面通しから三日。この三日間は犯人らしいモノの片鱗すらなく、面通し自体が無かった。

 そこにこの話だ。衛士隊が何が何でも犯人を上げなくてはならないと思い詰めていることは想像に難くない。

 

 衛士達にしてみれば犯人が挙がれば事件は解決という様な気分になっているのだろうが、被害者であるフィネが健在で、最終的には彼女の証言が一番なのだからそういう犯人の検挙のしかたは意味がないのだ。

 だが、どうも人間というのは追い詰められるととんでもないポカをやってしまうものらしい。


 そもそも最初の段階で持ち金全部かけるようにメンツをかけたのがまずい。

 政治や駆け引きには玉虫色の会話というものも重要なのだ。

 後でどうとでもいいわけできるように…


「さあ行きましょうか…」

「トゥドラ様お支度は?」

「かまいませんよ、すぐそこまでです。さあ、行きましょう行きましょう」

 すでに中年だというのには実に軽快な人物だった。


 ◆・◆・◆


 衛士隊の詰め所に着くとすぐに隊長たちが出迎えてくれた。

 

 衛士隊というのは領主旗下の官憲で、町の治安維持を主任務とする警察に防衛軍の要素を組み込んだような職だ。


 一番偉いのは領主本人で、ここではコーベニー伯爵が衛士隊の総隊長となる。

 もちろん騎士団の総長も伯爵がやることになる。

 領主というのはなかなか忙しいのである。


 この総隊長の下に九人の隊長がいて『第一衛士隊』『第二衛士隊』て別れている。

 このドーラの町には『第二』『第五』『第七』の三隊が配備されていて、警察業務の他、町の門の門番などいろいろな仕事に従事している。

 出迎えてくれたのはこのこの三隊の隊長プラス一人だった。


「トゥドラ高神法官殿、お越しいただけるとは光栄です」


 一人の身なりの立派な衛士が丁寧に優雅に腰を折る。


『この人は確か伯爵様の縁者の方で…男爵様だったっけ?』

 タニアは自分の記憶をたどってそこまで思い出したが、名前は出てこなかった。いや、名前自体は聞いたはずなんだが顔とセットで出てこない。それはほかの隊長二人も同様だった。


 今までタニアの身分ではこのような偉い人たちと言葉を交わすような機会はなかったのだからしかたない。


 さらにここにはもう一人の町の『太守』という役割の偉い人がいた。

 言ってみればの町の執政官で伯爵の名代だ。


 こういう人が出てくるのもこのドーラの神殿の英雄であるトゥドラが来たからだろうとタニアは思う。

 だがその脇でトゥドラは別の見解を持って彼らの出迎えを受けた。


「トゥドラ様、ご期待ください、今回の男はまず間違いないと存じます」


 そう言ったのは隊長の一人だった。


「ほう、それは…自白でもしましたか?」


「いえそれはまだ、ふてぶてしい男でして何を聞いても傲然としております。ですが特徴は完全に一致しております。黒髪黒目で中肉中背。背格好もあっていますし、この男、事件の後すぐにギルドのクエストに参加して町を離れていました。

 帰ってきたところを押さえたのですが、ギルドに入ってまだひと月もたっておらぬのに高価な鎧兜を持っていました。盗んだ金で買ったものかと…」


 トゥドラの言葉に勢い込むその男は、いかにこの男が、つまりマリオンが怪しいかを力説する。それはなかなかに滑稽な姿だった。


 結局のところ彼が説得したいのは自分自身なのだ。

 自分は犯人を捕まえた。これで面目がたもたれた。これで恥をかかなくて済む…誰もそれを言ってくれないから自分で自分に言い聞かす。


 彼は願望を叫んでいるだけだ。


 だがその話はちょっとおかしいところがある。そもそも盗んだ金で装備の新調などできるはずがないのだ。


「私も報告を聞いて安心しております。神殿とギルドと我々は三本の柱。トゥドラ殿の奥方が刺されたと聞いた時には本当に心を痛めました。

 それが捕まったとなれば私も神殿に対する義理を果たせるというものです」


「恐れ入ります。わたしも早く犯人が見つかってくれることを望んでおります、いまだに妻も悪夢にうなされるようで…」


「左様でしょうとも…か弱いご婦人の身です…ましてフィネ様は深窓の令嬢…ご心痛お察し申しますぞ。ではこちらに…」


 トゥドラとタニアは衛士達に案内されていつもの部屋に入っていく。


「タニアあまり緊張しなくてもいい…今回もひょっとしたらはずれかもしないよ…本当にわたしが付いてきてよかった」


 トゥドラはタニアにそうささやいた。


 タニアは一般人だ。神殿で侍女などしている関係でまったく機会がないわけでもないが、それでも偉い人と会うことに慣れているわけではない。


 そしてやはり衛士達の煮詰まり方はかなりひどいようだ。

 行く先々で見かける衛士達は期待に目を輝かせている。

 今度の男が犯人だといいな・・・そう思っているのが見え見えだった。


 太守がここにいるのもおそらく衛士隊の先走りだろうと思う。へたをすると早とちり…

 ひょっとしたらこの隊長の誰かが呼び集めたのかもしれない。


『もし私が来なかったら、一般人でしかないタニアは思うようにしゃべることもできなかったかもしれませんね…』 

 トゥドラは口の中で小さくつぶやいた。

 

 もし今つかまっている者が無実でもタニアの証言があれば犯人にされかねない。


 ただそのあと当然のようにフィネによる確認があるのだ、そこで犯人ではないことは分かるだろう。そうなると犯人逮捕ができないことが、さらに神殿の失策の所為にされかねない。

 タニアの立場も、神殿の立場も少々まずくなる。


 意識的に神殿を貶めようと思っているわけではないのだろうが、行動がナチュラルに迷惑である。組織というものが煮詰まるとこういうことになったりする。

 

 衛士の一人が壁のカーテンを開けるとそこに黒い覗き穴が開いていて、隣の部屋を覗けるようになっている。

 そして隣の部屋は当然に取調室。マリオンのいる部屋だ。


「さあ、タニア」

「はい」


 ここしばらく繰り返したことなので、覗くこと自体は大した手間ではない。それよりも問題は偉い人たちから発せられる期待感というか妙なプレッシャーだ。

 トゥドラに導かれたのでなければ、混乱していたかもしれない。


 ただ、その妙なプレッシャーを感じたのも穴を覗き、マリオンの姿を見るまでだった。

 思わず声が出た。


「ああっ、あの人です。間違いありません」


 トゥドラにとってその返事は意外だった。

 衛士達にとってその返事はしてやったりだった。顔がにんまりと歪む。


 だがそれは次の瞬間、タニアの言葉の続きを聞いて愕然に変わった。

 隊長の中にはあんぐりと口を開けて固まったものまでいた。


「間違いありません…フィネ様を助けてくださった方です。そっか…町にいなかったんだ…道理で見つからないはずだわ」


 後半のセリフは誰も聞いていなかった。


 ◆・◆・◆


「まったく、なんなんだ?」


 タニアが隣の部屋で声をあげる暫く前、マリオンは石で造られた丈夫さだけが…取り柄です…という作りの部屋に通され、正直クサっていた。


 ついてこいといわてマリオンは仕方なく衛士達についてきた。


 平成日本で育ったマリオンには官憲に喧嘩を売るという発想はなかなかにハードルが高い。

 日本であれば喧嘩など売らなくても堂々と抗議するという形が取れるし、そもそも警察であれば逮捕状なしで人を拘束できない。

 おまけに逮捕時にはその理由を述べなくてはならないことになっている。


 だがこういう所の官憲はやはり問答無用だった。


 それでもやはり喧嘩を売ることはできずに仕方なく従うあたり、やはりマリオンの中に長年培った警察に対する常識というようなものがあるためだろう。


 もちろんここの衛士が警察でないことは理解しているが習い性というやつだ。


 もう一つ習い性というか思い込みがここで発揮されている。


 建物に対する信頼というやつだ。


 現在のマリオンの力であれば壁の破壊も可能と思われるが、『建物』と『破壊できるもの』という二つの概念がどうしても結びつかなかった。

 建物は壊して通り抜けるようなモノではない。その思い込みが『いざとなれば此処を壊して逃げればいい』という発想を邪魔し、それが閉じ込められたという感覚を加速し、マリオンは結構不機嫌になっていた。


 そしてさらに装備品を取り上げられたのもそれに拍車をかけた。


『まあ剣は仕方ないよな…』


 そう思う。日本でも刀を腰に下げたやつをそのまま取り調べたりはしないだろう。まあこの世界において剣が『武士の魂』みたいな扱いというなら話は別だが、今まで過ごした感じだと武器は道具という扱いで魂扱いはされていないようだ。普通は取り上げるだろう。

 だからそこまではよしとする。

 

 だが手甲や鎧を取り上げられたときは納得行かないモノがあった。

 それに加えて小物入れや、足鎧、つまり靴を取られた時には完全に頭に来た。礼節をかくにもほどがあるのではないだろうか…

 彼らは大福の存在には気が付かなかったので、大勢に影響はないとはいえるが、冷たい石の床にはだしているのはなかなかに不愉快だ。


 そして不機嫌をぶつける相手は目の前に偉そうに立っている衛士隊の隊長しかなかった。


 『貴様がやったんだろう』と偉そうに怒鳴り付け、テーブルを殴りつけるその衛士…たぶん偉い…をマリオンは傲然と見下ろした。


 立ち位置的にはマリオンが座っていて、その男が立っているのだがそんなことは関係ない。プレッシャーでつぶれろとばかりににらみつける。


 空気がキシッとなった。ような気がした。


 その後も隊長はいろいろとまくし立てていたが話は完全に無視。ひたすら睨みつける。

 彼の声はだんだん尻つぼみになって来て、いつしか胸を押さえ、しだいにあえぐように息をし始める。


 マリオン自身は気が付いていなかったが、マリオンの周囲で魔力が反応し、彼に対して精神的なプレッシャーのみならず、物理的な圧迫をかけていた。

 隊長は世界が敵に回ったような不快感と、体が重くなったような圧迫感に打ちのめされていたのだ。


 最後には冷や汗の流れる顔でマリオンの顔を見つめ、そしてそよろよろと部屋を出て行ってしまった。


『勝った』

 

 マリオンは小さくつぶやいて内心快哉を叫んだ。

 

 大いに溜飲が下がる。


 ◆・◆・◆


 しばらくする隣の部屋で人の気配が動いた。


 マリオンの知覚は隣の部屋が隠し部屋になっていて、そこからこちらがのぞけるようになっていることをとうに把握していた。


 その中にいくつが新しい気配があり、その内のひとつが隣からこちらの室内を覗いている。

 だからといって驚かしてやろうなどとは考えなかった。いや一瞬考えた。

 たとえばこちらから壁にかけられた仮面の眼をじっと見つめてやるとか…だが考えただけで実行はしなかった。そんなことをすると事態が悪化しそうな気がしたからだ。

 そしてそれは正解だった。すぐに向こうの部屋の気配は動き出す。マリオンのいる部屋に向けて…


『やれやれ、やっと解放か…』

 マリオンはその先頭をやってくる人間に見覚えがあった。だからやっと推測ではあるが状況の把握ができたのだった。


 ◆・◆・◆


「失礼します」


 そう言って入ってきたのは衛士の格好をした人間ではなく可憐な少女だった。

 先頭は茶色い髪をツインテールにした若い女の子。しばらく前に町であった女の子だ。


 その後ろから一人の中年男性。

 こちらは物腰の柔らかい感じの人で、人の好さそうな。それでいて強靭そうな男の人だった。年相応に恰幅が良く。丁寧な仕立てのロープを着こなしている。


「きみは…先だっての…ひったくり事件の時の…」


 マリオンの言葉に少女は花のように微笑んだ。


「はい、先日はありがとうございました。タニアと申します。おかげさまをもちまして奥様も大過なく…あの時はお礼も言えずに失礼しました」

 そう言ってタニアは深々と頭を下げた。


 マリオンはその姿に気圧されてしまった。教育というのだろうか、そのお辞儀は色々なものにかなっていたからだ…礼節とか美しさとかそういうものに…


 これが教育のさか…そういう衝撃を受けたのだ。そしてその衝撃は次の人物のあいさつで眩暈レベルに上昇した。


「マリオン殿、お初にお目にかかる。私は先日貴殿がお助けくださったフィネの夫でトゥドラと申します。

 実はあなたのことをずっと探していたのです。本当にありがとうございます。

 もし貴殿がおりませなんだら私は愛しい妻を失う所でした。

 どれほど感謝の言葉を重ねても足りません…こうしてお会いできたうえはぜひ私どもにいくばくかの恩返しをさせていただきたい」


「あー、いえ…お役に立てて光栄です…」


 マリオンも一応は社会人として、商売人として立居振舞の教育は受けていたが、やはりレベルが違いすぎる。

 生活の中でゆるぎない礼節を叩き込まれて生きている人間というのは土台からして違う。

 彼の礼儀は立派なお城であり、マリオンの礼儀は舞台の書き割りだった。それほど圧倒された。


 せめてみっともなくならないようにと心がけるのが精いっぱいのマリオンだったが、彼らはおそらく『ちゃんとしよう』ということすら考えずにそれをしている。


 彼から見るとさぞかし無礼者に見えるのではないか? 自分の振る舞いが気にかかる。

 本物(●●)の前では人間は恥じ入ることしかできないのだと初めて分かった。

 それでも気分を建て直しマリオンは質問をする。


「えー。トゥドラ様でしたか…申し訳ないんですが、まず状況の説明をお願いできますか? いきなりここに連れてこられて、よく状況がわからないんです」


 マリオンは気圧されながらもそう言って、トゥドラとタニアの向こうに立っている数人の男たちを見た。


 男たちは気まずそうにしているもの、苦虫をかみつぶしたような顔をしているもの。状況がわかっていないのかきょとんとしているものなど様々だ。


 妙に場が気まずい。空気が重い。


「なるほど分かりました。それは私がしましょう」


 そんな空気をものともせずに一歩進みでたのはこの中で一番いい服を着た…といっても物の良しあしなどそうはっきりと分かるわけではないのだが、見た目に金糸銀糸の刺繍をほどこされた豪華〈そうな〉服を着た男だった。

 この男の態度も泰然自若としていて揺らぎがない。


「良いことをしたね、少年、君のような少年が私の町にいると思うと心躍るものがあるよ」


 ―――私の町?

 

 いきなりの爆弾発言だった。この町を自分の町呼ばわりできる人間はいったいだれだろう?


「ええとあなた…様…は…」

「おお、これは失礼した。わたしはこの町の太守を務め織るカデラ・ノルトム男爵だ」


 やっぱり大物だった。

 マリオンは自分の頬がひきつるのを感じつつ頭を下げた。つまりこの町の一番偉い人だ。たぶんだが…


『畜生、日本人には男爵だの貴族だのはハードル高すぎんだよ』


 泣きたくなってくる。普通の日本人にとって目上の者に対する『礼儀作法』などは身に着けることはおろか見る機会だってめったにない。

 敬語は分からなくもないがさすがに謙譲語は心もとない。


 そんな内心の悲鳴に一切かかわらずカデラ卿は状況の説明を始めた。

 マリオンの態度など、細かいことは気にしていないようだ。周囲の空気も一切無視である。

 空気読()ないだってここまでいけば立派な才能だ。場は彼の独壇場だった。


『すげえな…貴族…』

 マリオンは心の底から感嘆した。





 ●○●○● ●○●○● ●○●○● 

 おまけ・設定資料『領主軍・衛士』


 領主軍は『騎士』と『衛士』に別れます。

 騎士は軍隊。衛士は警察(武装)と考えればいいでしょう。


 今回はコーベニー伯爵領の衛士の話を。


 まずトップは領主本人です。肩書きは『総隊長』でも『総司令』でもOK。どうせ呼ばれ方は『伯爵様』だから。

 

 その下に『第一衛士隊』から『第九衛士隊』までの九つの部隊があり。各隊に当然隊長がいます。『第一衛士隊隊長○○』という感じですね。

 その下に『中隊長』さらに『小隊長』がいて、『平』がたくさんいます。


 騎士よりも衛士がずっと多いです。まあ雑用多すぎますしね…

またお会いできました。トヨムです。


前回よりちょうど一週間、新しいお話をお届けします。

誤字、脱字、それとトヨムの願望ですが感想などございましたらお寄せください。ものすごく喜びます。


次回は遅くても同様に日曜日にはアップしたいと思っております。

よろしくお願いします。

トヨムでした。

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