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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
一章・気がつけば異世界
11/59

第11話 冒険者たち(修正)

修正しました。

 第11話 冒険者たち


 3日後、『大角大鹿ビックホーン集団狩猟クエスト』は怒濤の勢いで始まった。


 そもそもこのクエストは大角大鹿ビックホーンと呼ばれる魔物を狩るために行われる。

 この魔物は大型のシカのような動物で分類としては『魔獣』と言う物になるのだが、草食のために人間を捕食したりはしない。


 しないのだがこの時期、どういうわけか大量発生し、森の草や木の皮などを食い散らかす。


 それだけならまだ良いのだがこのビックホーン。たりないと見えて人間が耕した田や畑を荒らし作物を根こそぎ食い尽くしてしまう。


 今これを討伐しないとかなり広範囲に被害が出てしまうイナゴの大発生のような非常識な魔物だった。


 しかしこのビックホーン。良質の毛皮がとれるうえ、内蔵は生薬に、肉は食用に、骨や角は薬や道具の素材にとかなり有用な魔物だったりする。


 だからこのクエストは討伐ではなく狩猟クエストと呼ばれるわけだ。


 毎年百人以上の人員を投入して行われるこの狩りだが、冒険者単体に出される独立クエストではなくギルド主催による集団クエストとなるのは、ひとえに放置することのリスクが大きいからだ。


 ビックホーンは狩猟対象として優良だが、それでも冒険者の自主性に任せて必要なだけ間引かれるかというとその保証はどこにもない。


 そしてこのビックホーン草食のくせに攻撃的で気が荒く、その大きな体格と角で人間に襲いかかってくる。


 体格が二m、角を含めれば三mもあるもある魔獣だ、蹴られるだけで人間は大けが間違いない。頭の大きな角で剣を持った相手とも見事に鍔競り合いを演じたりもする。


 つまり実入りもそこそこあるけどリスクもそこそこあるのだ。


 冒険者というのは自分の実力をかんがみて、リスクをコントロールできる範囲で仕事をするものだ。


 これができない冒険者は大概早死にする。

 だったらギルドでイベントとして処理してしまった方が効率が良いし安全を確保できる。と考えたらしい。

 集団戦となればリスクは分散するし、大きな利益が見込めるから支援体制も十分に取れる。


 さらにこのクエストにはマリオンのような新人が何人も投入されている。


 もちろんこんな危険生物に新人をいきなりぶつけたりはしない。あくまでも雑用係だ。

 獲物の皮(はぎ)や解体、さらには掃除やキャンプなどでの雑用、見張り番などを効率よく賄うために、平たく言うと安くこき使うために彼等は集められた。

 受付の女性がわっるい笑顔をしていたのはこのトラップを知っているからだ。


 ただ新人の側にメリットがないかというと決してそうではない。

 皮剥の実践や、解体、内臓つまりモツの洗い方。調理の仕方、武器の手入れ、テントの張り方、火のおこし方、狼煙の上げ方、救難訓練と、ここで学べることは大量にある。


 それらのことを教わり、練習しながら成果次第ではあるが少なからず賃金が手にはいる。しかも参加している一〇日あまりの食費はギルド持ち。新人にとっては十分な利益といえるだろう。


 作戦開始前にそのような薫陶くんとうを受け、気合をいれていた新人もかなりいたのだが、それが甘かったと思い知るまでには、わずかな時間しかかからなかった。


 作戦は始まると同時に大騒ぎとなった。


 魔物というのは人間を見かけると襲ってくるものが多い。このビックホーンも御多分に漏れず人間を見かけると嬉々として(?)喧嘩を吹っかけてくる。

 捕食するわけでもないのに襲ってくるのだ。


 マリオンは縄張り意識が強いのかな? と思ったがどこにいても出くわせば襲ってくるそうなのでまた別の話だろう。

 性格が悪いのかもしれない。


(思い出してみると魔獣の森でであった危険生物はみんなる気満々だったよな…)

 マリオンは記憶をたどって嘆息した。


 つまり魔物というのはそういうものなのかもしれない。


 だがおかげで狩りに関しては獲物を探すという苦労をしなくてすむわけだ。

 大きな声で騒ぎながら物音を立てて進めば向こうの方で人間を見つけて出てきてくれるのだ。


 ちなみにこの大声で騒ぎ、物音を立てるのもマリオン達『見習い』の仕事だ。


 冒険者にはクラスというものがあり、冒険者は過去の功績によってランク分けされている。

 AクラスからB、C、D、Eの五段階と、これに初心者のためのFという一クラスを加えて分けるものなのだが、Fクラスはポイントを一定量ためるとEクラスになる。

 そして一年以内に昇進できないと除籍処分になる。


 それ以降は『○年間冒険者として仕事をし、ギルドポイント○○ポイント以上取得』という条件を満たせばクラスが上がっていく。


 これが意外と重要なもので、例えば、誰かに仕事を依頼したいと思っても、冒険者になりたての、実質二週間しかやってない新人に大事な仕事を頼みたいと思う人間はいないだろう。


 さらにクエストには報酬があるわけだが、これはクラスごとに基準が決まっている。

 クラスの高い冒険者はお高くなるわけだ。


 冒険者の側にも、依頼人の側にも目安として有効な指標となる。


 マリオンの様に魔物相手のハンティングを目指しているものにはあまり影響はないのだが、公的な決まった評価というのはどこにおいても尊重を受けるもので、高いと便利という側面は確かにあるのだ。

 これは本当にこまごまと便利だったりする。


 今回のクエストでは魔物と戦う冒険者はDクラス以上。パシリ役がFクラス限定という縛りがあるわけだ。


 ◆・◆・◆


 作戦が始まってすぐにビックホーンは仕留められ始める。


 見事な連携でビックホーンに縄をかけ、動きを止めて急所を突いていく。

 他にも農作物に被害をもたらす魔獣や獣もついでに狩られていく。


 マリオンたちは車輪と紐の付いた台車にそれを乗せ、近くの川辺まで引っ張って運んでいく。ちんたらしているような暇はない。とにかくダッシュだ。


 川辺に着くと組まれたやぐらに獲物を吊るし上げ、首を切って血抜きをし。そこから足の方に切れ目を入れ皮を引きはがす。

 それはもう力任せに本当に引っぺがすのだ。


 次いで内臓を取り出し、これを仕分ける。


 生薬として使うモノと、モツとして食用に回されるモノがあり、モツは川を使って洗われる。

 それは調理を担当しているグループの仕事だ。


「心配いらないよ…どうせすぐに僕たちもやらされる」


 何となく調理班を眺めていたマリオンに近くにいた一人の少年が声をかけてくる。ひょっとしたらものほしそうな顔をしていたのかとちょっと気恥ずかしくなるマリオンだった。

 ただおいしそうだなと思っていただけなのだが…


 内臓を取り出すと次は肉を切り分け骨を外し…と指導役のギルド職員の指示の通り、場合によっては見本を見せられたとおりにコマネズミのように働き続ける

「体育会系万歳」

 である。


 その後も肉を燻製にするためのかまどを組んだり、剥いだ皮を鞣したり、キャンプのための薪を割ったり、怒濤の作業が続いたのだが、どういうわけかキャンプの支度が陣地設営になっていた。


 塹壕を掘りながら首を捻るマリオンだった。


「なして?」


 一日の仕事が終わった時には、見習い組は精根尽き果てて掘り起こされたジャガイモの様に眠りについていた。寝ている場所が塹壕の中だから本当に芋状態だ。

きっと全員が甘い言葉に乗せられたことを後悔し、来年の新人のためにこのことは絶対に秘密にしようと心に誓うに違いない。伝統というのはこうして作られていく。 


 ◆・◆・◆


「なんだ、また余裕のありそうなのがいるな…」

「あはは、すいません」


 マリオンはただ一人塹壕を抜け出してふらふらと歩いていた。

 疲れはほとんど感じていない。

 確かに仕事中はしんどいと思ったし、そのあとも疲労感も感じていたのだが少し休むとかなり回復してしまった。

 その分腹が減っていたので寝床を抜け出して、良いにおいのする方にふらふらと吸い寄せられてしまったのだ。


 そこでは上級の冒険者たちがキャンプを囲んで飲み食いしていた。


 彼等は狩りから帰ると休息に入って、食事もマリオン達の作った焼き肉だのもつ鍋だのを食べてそのまま宴会のようなモノに突入していたのだ。

 そんな気力すらなく朽木のように倒れて行った駆け出したちを尻目に…


 そんな所にマリオンはふらふらと出てきた。


「どうした若いの?」


 見た目が十代であろうとも中身は二〇代後半のマリオンは明らかに二十ぐらいの若いのから若いの扱いされると苦笑せざるを得ない。

 だがそれはこの場合何となく余裕の姿に見えたようだ。


「いゃー、すいません…ちょっと腹が空いて…」


 というマリオンの言葉にその場の冒険者たちはどっと沸いた。


「わははっ」

「眠気よりも食い気か? そいつは頼もしい…良いさ良いさ混ざれ混ざれ」


 実際、腹の減っていたマリオンは呼ばれるままに車座に加わり、肉のご相伴にあずかった。

 ただその感想は…


(こいつら野菜の重要性をまったく理解してねえ…肉しか食わねーんなら生でくえ…)


 と言うものだった。


 とにかく肉、肉、肉、肉、肉ばかり、野菜などどこにもない…あまりに自身の欲望に正直で健康に悪そうな食生活だ…

 こいつら絶対早死にするぞとマリオンは確信した。


 冒険者の寿命が短いというのは仕事が危険という以前に不摂生が原因ではあるまいか。


 そうは言いながらも混ざって肉を食うマリオンなのだ。

 だって、野菜は後で一人で隠れて食えばいいから…


 ◆・◆・◆


「おーい、人数が増えるぞ…ちっと焚火を増やしてくれ」

「おう」


 しばらくすると雑用をしていた責任者クラスの冒険者やギルドの指導員が、手が開いて宴会に加わって来たために焚火の数が足りなくなった。


 複数の冒険者が立ち上がり薪を積み上げる。マリオンも肉のお礼に当然のように手伝う。

 こういうことをすると先輩というのは『えーぞえーぞ』とはやし立てたりする。どこの世界でもこういうことは変わらないらしい。


 そこに一人の女冒険者がやって来て、一本の杖を構えた。


 なかなかの美人で装備もかっこいい。

 体のラインが分かるぴったりした革のズボン。上半身は厚手のシャツ。その上から皮と甲殻でできた部分鎧を身につけている。

 全体に的にラフに見えるのは鎧の一部を外しているからだろう。


 冒険者というのは装備が雑多で統一性はないが、それなりにちゃんとしたものを着ていて、この世界の服飾関係の技術が決して低くないことを物語っている。


 ただ露出が多いのは男で、女は肌を出さないのがちょっと残念である。

 まあ女性のに身としては体に傷などつけては将来に差し障るのだから仕方がないのかもしれない。

 逆に男は立派な筋肉や立派な傷跡を固辞しているものが多い。

 ビジュアルが付いていたらお見苦しくてごめんなさいと謝らないと行けないところだ。


 ただ杖を持って出てきた女冒険者はぴったりしたズボンの所為でお尻のラインがはっきり分かってなかなかよろしかったりする。


 しかしマリオンの眼は彼女ではなく彼女の持っている杖に吸い寄せられるように移動した。その杖のまわりを魔力がゆるやかに旋回していたからだ。


「何だ?」


 それは意識せずに口を突いた言葉だった。


「なんだ少年、魔導器コンダクターを見るのは初めてか?」


 隣に立つ冒険者が口にした言葉はマリオンの記憶を呼び起こした。


「あれが魔道器ですか?」

 ギルドで一度聞いただけの言葉。

 魔導核を使って作られる魔法のための道具。魔法を使えない人間が魔法を使うための触媒。


(これがそうなのか…)


 マリオンの見ている前でその女冒険者は杖を構え、『ファイヤーボール』とのたまう。


 その言葉に合わせて杖の先に赤い火の玉が生まれ、彼女が杖を振る動作に合わせて組まれた薪に飛んでいき、そのまま大きなかがり火になった。


 マリオンは食い入るようにその魔力の在り様を観察した。


 魔導核というのは結局のところ使用者のいろいろな力を特定の性質を帯びた魔力に変換する変換器のようなものだ。

 つまり目の前の女性の持つ魔導器コンダクターは火属性の魔力を精製する触媒と言うことになる。


 そしてその魔力を制御しているのは聞いた話の通りだとすると本人のはずなのだが…マリオンの目には杖そのものに細工があるように見えた。


(補助具と言う事なのかな?)


 それは正しい観測といえる。

 あらかじめ魔力がどう流れるか杖にプログラムが仕込まれていて、使用者はその回路の中に魔力を導いている。そう見えたのだ。


 魔導器コンダクターによって魔力は杖の回りで規則正しく踊りだし、一つの流れを創り出す。これはマリオンのやっていることと同じことだ。ただこの魔力の流れが精巧で精密で光のラインで描かれた図形のようで、これをマリオンは『魔法陣』あるいは『術式』であると理解した。


 この術式によって特定の効果を付与された火の魔力は火の玉となって目標にぶつかると言う魔法になってこの世界に発現したわけだ。


(これが魔法か…)


 マリオンはある種の感動と衝撃を持ってこれを見ていた。

 自分と同じように魔力を動かすことである種の効果を物理的に発現させるという意味では同じ事なのに、魔力の動きの精密さと効率がずいぶん違う。


 マリオンのそれは力強く大きい代わりに大まかで、魔道器のそれは限りがあるから精巧で無駄がない。

 たとえるならば、大きなエネルギーを使った力技と、限られたエネルギーを効率よく使った精巧な技という所か…


 焚火ができあがったあと、マリオンはお肉の礼を言ってテントに引き上げた。

 先輩冒険者たちは『またな』『明日も来いよ』と口々に声をかけてくれた。マリオンはそれににこやかに答えてはいたが頭の中はたった今見たばかりの魔力の美しい流れに占められていた。


 それは片時もマリオンの目の前から消えずに、揺らぐことなく再現されていた。それこそ夢に見るほどに。

 本当に脳裏に刻み込まれてしまったのだ。


 ◆・◆・◆


 翌朝はかなり早い時間に目が覚めた。

 といっても6時間ほどは寝ている。ろくな照明のないこの世界は夜がとても長い。

 つまり睡眠時間が長いのだ。

 だから夜更かしをして尚且つ早起きをしてもこのくらいは眠れる。


 見習い組が起き出してくるまでまだ二時間はあるだろう。

 そして宴会組はもっとゆっくりかもしれない。


 まだ観測途中ではっきりしたことは言えないが、この世界の一日は二十四時間より三〇分くらい長いと思われる。

 二十四時間という時間単位をつかっているから多分一時間がマリオンの時計よりも長いのではないだろうか…


 普通に人間が仕事を始める時間まではまだそのくらいはあるはずだった。


 マリオンはまた寝床から抜け出し、周辺を観測しながらだれにも気づかれないように森に向かった。


 いくつか思いついたことがあり、せっかく誰もいない状態で目を覚ましたのだから試してみようと思い立ったのだ。

 不思議と眠気も疲れも感じなかった。


 全力で二〇分ほど森の奥に進む。距離としては数kmほど奥に入ったことになる。


「よし、ここまで来れば人に見られることはないだろう…」


 そう言うとマリオンはゆっくりと指をピストルのかたちにしてその指先に魔力の流れを作った。


「属性のというのは仕方がないよな…僕の使えるのは多分空間属性の魔力だけだ…それでも…」


 それでも昨日見た魔力の流れを再現できる。そういう確信があった。


「魔法名とかは意味がない…直接魔力の流れを制御するんだ…」


 空間属性を操るのに『ファイヤーボール』とか叫んでも仕方ないだろう。

 ファイヤーボールとか言って水でも出たら笑いが取れるが見物人もいない所ではこっぱずかしいだけだ。


 流れの正確なかたちは霊子情報処理能力りょうしコンピューターが観測、記憶してくれている。


 先日マリオンは能力に『名前』を付けることでその対象を定義し、そうすることで制御がしやすくなるということに気が付いた。

 そして自分の中にあるコンピューター的なシステム全般を定義するために考えたのがこの『霊子情報処理能力りょうしコンピューター』という名前だった。

 ネーミングがノリだけなのはご愛嬌である。


 このシステムよってマリオンの脳裏には昨日見た魔力の流れが再現されている。

 それと同じように自分の体からあふれる魔力を動かせばいいのだ。

 そのはずだ…

 なのだが…

 だが…


「うまくいかないな…」


 出来ると言う確信はあったがそれほど簡単な物では無かったらしい。


 それはそうだろう。術式というのは魔力の流れを規定したプログラムのようなものだ。それをイメージで再現しようというのだから手間がかかって当たり前だ。


「良し、それじゃ少しずつ行くか…」


 マリオンはいきなり精密な制御をするのを諦めてまずおおきく、緩やかな流れを造る事からはじめることにした。


 これは昔の授業で聞いた事だ。


 まず最初はゆっくりとおおらかに大きな動作で動き。次に無駄をそぎ落として威力を落とさずに小さく早く完成させていく。

 これを思いだしたマリオンはそれを実践してみようと思ったのだ。


 だがこれは全くの失敗だった。


 魔力の流れの構築に成功しても魔法は効果を発動させなかった。

 まったくと言う訳ではない。魔力が動き、そこにフィールドが発生する以上そこには力が生まれる。

 主に空間の歪みという力が…だがそれは明確な形になってはくれなかった。


 この日は結局時間切れだった。


 翌日も練習に出てうまくいかず。

 さらに翌日。これ以上思いつくことがなくてもう一度あの魔法を思い出してみた。


「ファイヤーボールだよな…こうやって魔力の塊があって…それが飛んで行って目標にぶつかると…魔力が一気にフィールドを展開して属性の…あれ?」


 マリオンがイメージしたのは魔力の流れではなく出来上がった魔力の球の方だったのだが、そのイメージにこたえるようにマリオンの魔力は規則正しい流れを描き、魔力球を構成している。


「できてる…でもこれじゃ今までとおんなじなんだ…この魔力の流れをもっと洗練…そうか…そういうことか…」


 マリオンは勘違いに気が付いた。

 魔法というものが、使用者、つまりマリオンのイメージを実現するために魔力が発生させるフィールドであるとするならば、そのフィールドを構成するために魔力の流れがあるとするならば、まず先にあるべきは結果のイメージであって経過のイメージではなかったのだ。


 ただ力の流れをまねて繰り返すだけではその場その場でフィールドが乱れ咲くだけで意味のある形にはならなかった。


「自分の魔法を使うんだ…その結果生まれる魔力の流れを繰り返し練習して洗練して効率化していくんだ…」


 マリオンが魔法というものの一端を理解し、曲がりなりにも自分中の力を掌握した瞬間だった。


 目を閉じればファイヤーボールの魔法が目に浮かぶ。

 それと同じように魔力球をイメージし、それによって発生する魔力の流れを何度も何度もなぞり、細く精密に細密に練り上げていく。


 一度それが完成するとあとは効率的だった。

 とりあえず完成したこの魔法は、使おうとすれば即座に魔力の流れが再現され、魔法の形でその手の中に発言した。


「これってやっぱり練習が大事ってことだよな…」


 つまり練習を繰り返すことで、魔法を身に着けたという状態になったわけだ。それを使おうと思えば自分の手足を動かすように魔力が動く。魔法が動く。


 そして実行。


 マリオンはたまたま近くを通りかかったビックホーンの近くに移動し、右手を突き出す。

 キン! というかすかな高い音と共に開いた掌の先に魔力球が生まれる。

 その魔力球はバシュッという音と共にマリオンを見つけて突進してきたビックホーン向けて射出され、そしてその胸のあたりに着弾した。

 

 着弾点を中心にして球形に力場が展開する。

 渦を巻くようにその一点に向けてビックホーン自身の肉や骨はもちろん周囲の大気まで巻き込んで一瞬で押しつぶす力場が発生した。

 そして次の瞬間、圧力に耐えられずに粉々になったそれらが逆に一気に開放され周囲に飛び散った。


「嘘…爆縮?」


 マリオンは始めての魔法らしい魔法に呆然とつぶやいた。


 空間と重力と質量は密接な関係にある。

 巨大な質量が存在するところでは空間が歪むことが知られている。この歪みが重力と考えられるわけだが、例えば、大きなスポンジの上に細かいビー玉を撒き、最後にボーリング玉を落す。

 するとスポンジは大きくたわみ、周囲にあったビー玉はボーリング玉つまり大質量の作った勾配つまり重力に引き寄せられて一点に集まるわけだ。


 ならば大質量がなくても空間の歪みを作ることができれば巨大な重力を発生させることはできるわけだし、それは疑似的な大質量として作用する。


 逆に大質量がある場所のスポンジをたわむことのない強固な物質に置き換えれば上にボーリング玉を置いても周囲に影響は出ない。

 つまり重力を打ち消すこともできるわけだ。


 空間としての性質を持つ魔力を制御するというのはそのまま空間の構造あるいは形状の制御であり、質量と慣性を制御できるという意味でもある。


 そして爆縮というのは爆発の反対の現象だ。

 内側から外に向かう爆発と違い。周囲から中心の一点に向けて存在が押し潰される現象。


 魔力弾は開放されると同時に一点で周囲を巻き込む高密度の歪んだ空間として作用し、高重力場を発生させ、影響範囲にあるモノを飲み込み押し潰してしまった。


 だがそれは一瞬のことだ。

 次の瞬間、魔力は力を放出し終え、力場が消失し押し潰す力がなくなった事で復元力を持つ空間や大気などが一気に開放され、押しつぶされて崩れたビックホーンの肉体もその動きに合わせて爆散してしまった。


 見た目にはビックホーンの胸を中心に黒い影のような球体が発生したように見えた。

 それはぎゅるぎゅると周囲をねじ曲げ、外から見るとビックホーンが歪んで縮み、その直後に一転して轟音と光が発せられて、ビックホーンの上半身が消失したように見えた。

 角すら粉砕され、残ったのは胴から後ろ、そして前足の膝のあたりから下だけだ。


 マリオンはその効果におののいた…

「ううっ、怖い、怖すぎる…これじゃ狩りには使えない…」


 獲物が爆散してはだめだろう。


 マリオンが粉砕してしまったビックホーンのモモのあたりは大福に収容することにした。

 これは食べられることがわかっているのだ勿体ない。


 大福がどういうモノなのが正確な所は分からなかったが、マリオンにとっては唯一の仲間(仲魔?)であるし、驚いたことに大福内部に格納されたモノはほとんど痛まないということがわかっていた。


 あれから…森の奥で鬼や白獣と戦ってから結構日数が立っているので森の奥に来たついでに処分をしようと考えたマリオンだったが、大福内部に格納された鬼や白獣の死体はほとんどまったく痛んでいなかった。


 それがどの程度か分からないが中身の保持能力もあるらしいと分かった以上はさらに利用価値が上がったと言っていい。


 すでに大福はなくてはならない存在になっていた。

 もっとも可愛いのでマリオンには手放すつもりなどまったくなかったのだが…


 ◆・◆・◆


 一方、クエストの方も順調に消化されていった。


 習ったことこともずいぶん様になって来ていた。

 皮の剥ぎ方、鞣し方、獲物の解体の仕方、燻製の竈の作り方、燻製に使うチップの作り方などにもだいぶ慣れてきていた。


(まあズルのような気がするけどね…)

 と、マリオンは思っている。


 いろいろ教わる事々はマリオン自身が覚えると同時に霊子情報処理能力りょうしコンピューターによって記録される。

 実際の経験が体に染みつくには反復練習が必要だ。だが、マニュアル的な情報は一度で記録される。


 例えばチップに使う木や葉はすでにデータ化されて同じモノを判別できるようになっているし、その手順も記録されている。

 ただ聞いただけではただのデーターだが自分で一度でも知識を利用するとチャート式に手順が頭に浮かぶようになる。


 これにたいして『お前要領が良いな』とか『物覚えが良いね』とか『才能があるぞ』などと言う評価をいただくことになるためになかなか申し訳なかったりするマリオンだった。


 マリオン以外の見習い達もこの四日目くらいになるとずいぶん仕事に慣れてきて、半分ぐらいが夜の酒宴…というほど上品ではないから酒盛り…に混じるようになっている。

 毎年のことらしく、加わってくるものには気前よく肉が、酒が振舞われた。もちろん酒は半ば強制だったりする。

 これも試練とかで、酒に飲まれるような奴に酒宴に加わる資格はない。などとでかいことを当の酔っ払いがのたまうのだからしょうもない。こういうことはどこの世界でもあることらしい。


 そういうハッチャケた部分はあるにせよ、先輩冒険者達が後輩達にいろいろな話をしてくれて、これがじつにためになるものであったりする。


 今日、焚火の前でマリオン達に話をしてくれているのは先日の魔法を使った女冒険者だった。

 話の内容は『魔法』について。


「この世界で魔法が使えるのは妖精族だけだわ」


 とその彼女は切り出した。


「妖精族だけが、生まれながらに属性魔力を精製することができるの」

 と。


 彼女の話によると、ひとくくりに妖精族とは言っても獣人が尻尾のかたちで性質が違うように、妖精族も民族的な差異があるらしい。


 それによって得意とする魔法も違ってくる。と教えてくれた。


 妖精族と言うのが厳密にどういうモノなのか話を聞くだけなので分からないが、話の、その範囲内で判断する限り彼等の『魔法』と言うのはマリオンの使う『魔法』に近い物のようだった。


 天性で魔力を動かし、こうあってほしいと言う意思の力で魔法の有り様を定める。つまり魔力を自由に制御できると言う事だ。


 ところが人間の魔法と言うのはここまで自由にとは行かない。

 触媒によって魔力を作り出せ、そしてその魔力の流れに干渉できるとしても『自由に制御』と呼べる域には達し得ないらしい。


 だから術式というものを組み込む。

 これは呪文や魔法陣という特殊な図形によって組み込まれる。

魔力は組み込まれた『プログラム』にしたがって魔法を発動させる。

 と言うことだ。


 だから魔導器コンダクターにあらかじめ魔力の流れる回路を組み込んで補助具とする…と言うこともできる。

 事前に確立された術式に従ってしか魔法が使えない代わりに、一定の条件を満たせばだれでも同じ魔法が使えるということになる。


 逆にイメージが相克を起こすために妖精族にはこの手の魔導器コンダクターは使えないのだそうだ。

 これによって回復であれ攻撃であれ、人族と妖精族の使うモノは似て非なるモノということになる。

 この非なるものを一緒くたに魔法と呼んでしまうあたりがおおらかというかいい加減というか…聞いていると混乱してくる。


 どちらにせよ魔力という存在は使用者の意思、人族の場合は固定されたプログラムに導かれて、特定の属性を持ったフィールドを発生維持するモノで、それが火の属性であれば対象を燃やす。冷気であれば冷やすという力として現実世界に作用する。


 魔力というのはそれそのものとしてその場に影響するフィールド特性を持ったエネルギー粒子であると言え、火の魔力粒子であればそのフィールドは火や熱そのものとしてそこに存在する訳だ。


 こういうものであるとするならば、本来電磁波つまり電場と磁場の振動であるはずの『光』や、その光が存在しないことによって発生する反射的な現象である『闇』が魔法の属性として定義されているのだという話も納得がいく。つまり魔力の発生させる力場においてそれらは実在し得る存在なわけだ。


 ひょっとしたらこの世界には『恐怖』とか『苦痛』とか『死』などの概念すら実態を持ち得るのかもしれない。


 彼女によれば妖精族のそれは『曖昧で感覚的で融通が利き』人間のそれは『画一的で細かく定められていて融通が利かない代わりに精密な効果を期待できる』

 と言うことらしい。


 さて、この魔導器コンダクター。これだけ聞くと万能兵器のように聞こえるがけっしてそうではない。


 まずそのものの数に限りがある。


 これは魔導核が希少であるという理由が一つあり、そして魔導器コンダクターに術式を刻印する事が大変難しい事にもよるのだそうだ。

 誰でもできることではなく専門家がいるのだとか…


 さらに才能の問題もある。

 魔法の使用には魔導器コンダクターをもって起動キーつまり魔法の名前を叫べば良いのだが、動力は人間の体内にある魔力だ。


 そして呪文を唱えてしまえば魔導器コンダクターは必要な魔力を使用者の生命力を消費することで勝手に賄ってしまう。


 保有魔力の少ない人間が魔導器コンダクターを使えば、そして魔法が多くの魔力を必要とするモノであればそれだけで生命力を根こそぎ奪われて即死という事もありうるのだ。


 残念ながらそれを避けるためのリミッターのようなモノは存在しないらしい。


 それゆえに魔法も安全のため、その魔力使用量に合わせて、一級から十級までに分類されている。

 これは自分の使える魔法を理解するための目安になる。五級を二回使えるとか、六級なら四回だとかそういうふうに理解すればいい。


 そんな話を聞きながらマリオンは一つの衝撃を受けていてた。


(あれ~っ? それじゃボクって何なんだ?)


 この話の流れだとマリオンは妖精族ってことになってしまう…


(うーむ、妖精族というのも見たことがないけど…)

(今まであった人間がみんなぼくの事を人間と断じているんだから、たぶん人間なんだろうけどな…)


「すいません…ボクの気のせいかもしれないんですけど…以前魔法を使っている人間族を見たことがあるようなないような…本当に魔法を使える人間っていないんですか?」

「そんな事ないわ。極まれにだけど魔法を使える人間族もいるわ…」


 マリオンの思い切った質問に彼女はあっさり答えてくれた。


「おおーっ」

「そんな人が?」


 まわりの聴衆が声を上げる。その中にはベテランのはずの人たちも混ざっている。

 この情報はあまり一般的ではないらしい。


「私も詳しいことは知らないんだけどね…人間でも魔法を使える人はいるのよ、あったことはある…でもなんでそうなるのかは…私も知らないわ…魔法使いと喚ばれる人たちで…これは参考になるかどうか分からないけど、ユーサパーとも呼ばれているわね…」


 でも私が知っているのはそこまで…

 彼女はそう言って苦笑した。


(ユーサパー? なんでそんな呼ばれかたを?)


 意味深だった。周囲はざわめいていたがマリオンは黙って考えていた。

 妙に引っかかるのだ。簒奪者ユーサパーという言葉が…


●○●○● ●○●○● ●○●○●

おまけ・設定『冒険者ギルド②』


 ギルドでは専門分野を分かりやすくするために職種の区別をしています。

 魔狩人ハンター――魔物を狩ってその素材を売る人たち。

 探索者エクスプローラー――遺跡を調査して、大昔のアイテムや資料をさがす人。

 請負者コントラクター――仕事の依頼を受けてそれを果たし、報酬を得る人

 広域商人トレイダー――行商人かな?


 かぶっている部分があるためにその区別はあまり厳密ではないが一応分かれていて、各分野ごとに優遇される部分が違います。


 他にも冒険者はランク分けがされていて、上から『A→伝説級』『B→超一流』『C→一流』『D→一人前』『E→見習い』とあり、入ったばかりの右も左も分かっていない初心者が『F』で、見習い。というところでしょうか。

またお会いできました。トヨムです。

今回も無事お会いできまして大変喜んでいます。

と言いますのも今回『インフルエンザ』の襲撃を受け、寝込むことになりました。

『インフル』にかかるのは10年ぶりでした。

やむなく病院に行き。インフル用の薬が存在することに驚きました。

すごいですね-。

投稿時点ではすでに回復しております。


皆様もどうぞ『インフル』にはお気を付けください。


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