ニートがニートをすることについて
「と、いうわけだった」
ミスカとの会話を終えた俺は、帰りを待っていたフユイチとシュージにその内容をざっくり説明した。
体は元の――人間の俺に戻っている。
戻すついでに髪の毛も生やしておいてくれると助かったのだが、気の利かないシュージのせいで頭もそのままだ。
「水浴びのくだりをもっと詳しく」
エロ助平シュージがアホな要求をしてくるが黙殺。
そもそも水浴びしてたなんて事言わなきゃ良かったのだが、どうしても文句を言いたいことが俺にもあった。
「ていうかなんだよあの変身魔法!? 二度とやらないからな!」
シュージが仕掛けた変身魔法とやらについてだ。
姿形はともかく、思考までユニコーン化するなんて聞いていない。
その辺りを問いただすために、俺はミスカの水浴びについても軽く触れていた。
「……ただ単にお前の本性が出ただけではないか?」
だが、いたいけな俺の抗議に対し、シュージの奴はじとりとした疑いの眼を返す。
「うん。ハルゾーって女の子に神秘感じ過ぎな部分はあるよね」
しかもフユイチまでそれに乗って在らぬ属性を俺に付与しようとする。
「ねーよ! うち姉ちゃんもいるし!」
この世界に飛ばされる前の俺の家には、弟を自宅内宅配員にしたあげく罵倒し、手に持った電話では猫が発情したような声を出すような生き物がいたから、その類の幻想は持っていない。
今も姉上は健在だろうか。風呂上りのマッサージは下の弟へ引き継がれただろうか。
「まぁ、お前がユニコーンなのは今更だからどうでも良い」
俺がそんな事を考えていると、シュージの奴は本っ当にどうでも良さげに吐き捨てると話題を変えようとする。
「だからあの害獣と一緒にすんな」
俺にとってはどうでも良い話題などではない。
「……指定期日まで財宝を持ち出してはいけないというのは、おそらく追跡魔法の効力が切れるのを待っているからだろうな」
「追跡魔法?」
厳重に抗議しようとした俺だが、次にシュージが出した単語につい反応してしまう。
「高額の宝物にかけられる保険のようなものだ。これがかけられた品物は、術者にその在り処が感知されるようになる。程度が低いものなら解呪できるが、高いものならば妨害魔法を施した場所にでも隠しておくしかない。術者が死ぬまでな」
すると、シュージはまるで自分が開発したかのように誇らしげな調子で、その魔法について語った。
なるほど異世界人も色々考えるものなのだな。
妙に感動する俺。
「つまりそういう重要な宝を保存した場所があるって事だね」
そして、フユイチも同じように頷いてシュージの意図を汲んでしまう。
「そういうことだ! これは俄然期待値が高まってきたぞ!」
おかげでシュージの奴のテンションはうなぎ登り。鬱陶しいことこの上ない。
「……んで、本気で宝を横取りする気か?」
そんなシュージに冷水ぶっ掛ける意味も篭めて、俺は奴に最終確認をすることにした。
義賊マグロックとやらがどう考えたかは分からないが、寂れた鉱山村であるこの場所に金が必要なのは事実だ。
それを余所者の俺達が強奪してよいのだろうか。
「人聞きの悪いことを言うな。マグロックの財宝は元々不当に盗まれた国の財産イコール俺の金なのだ。取り返して何が悪い」
「いやお前の金じゃないだろ」
つっこみは入れたものの、一理あることは確かだ。
その辺どうなんだよ正義の勇者。
と、フユイチに視線を向けると、奴は人を安心させるための少々大げさな笑顔で頷いた。
「僕も財宝のことは、一度日にさらした方が良いと思う」
「布団かよ」
俺がつっ込むと、「そういう意味じゃないよ」と奴は首を横に振る。
それから、いつもより真剣な顔で言葉を足した。
「今は小競り合いで済んでるけど、この様子じゃ噂が町の外に広がるのもすぐだと思う。そうなれば他の商人や、性質の悪い地上げ屋までやってくるかもしれない。町の人達の中でだって、派閥ができたり争い事が起こったりするだろう。これは大げさな話じゃないよ。昔、秘密の財宝を巡って一つの村が壊滅した事件も……」
「分かった分かった分かった! もう良い」
長いし悲惨な話になりそうだしで、俺は慌ててフユイチの言葉を打ち切った。
まさか実体験なのだろうか。
いや、問うまい。
「とにかくこのまま宝を隠していたら、もっと大変なトラブルが起こってしまうかもしれないってことだな」
俺が強引にまとめると、フユイチはご満悦の表情で頷く。
勇者云々はおいても、こいつには一生勝てる気がしない。
そもそも宝の封印期限まであと十年だしな。
それまで村が持つとは限らないだろう。
全ての宝は俺の物、なシュージはともかく、勇者フユイチがいるのだ。
こいつは村が滅びるような結果にはすまい。
……宝の問題が何とかなれば、ミスカもちょっとは楽になろうだろうしな。
「では、村の宝は掘り出すという意見で一致したところで本題だ」
もやもやっと先ほどのミスカを思い浮かべる俺に、シュージがずずいっと近寄る。
人の妄想を阻害する鬱陶しいその顔を退けて、俺はため息をついた。
「俺は手伝わないけどな」
そうして、奴にきっぱりと告げる。
ミスカには悪いが、俺はこの件に関わる気はない。
いやむしろ、特別な力云々彼女に語った後だからこそ関わるわけには行かないのだ。
俺の力はおそらく、俺を呼びだした某かに与えられた物だ。
そいつに反発して自らの世界に帰ろうとしている俺が、その力を揚々と振るっては説得力もなにもない。
ミスカへの説教も、ただの詭弁へと落ちるだろう。
落ちるはずだ、多分。
自らの理論にうんうんと頷く俺。
「……まだ地球に帰るなどという寝言を言っているのか」
するとシュージの奴から、突拍子もない糾弾が降ってきた。
「ね、寝言とはなんだ!?」
突拍子は無くとも長年の悲願を寝言扱いされては黙っていられない。
裏返った声で俺が問うと、今度はシュージがため息を吐く。
「せっかく力を手に入れたのに、どうしてそれを使ってエンジョイしようと思わないのだお前は」
嘆かわしい。そう言わんばかりの態度だ。
「そんな力、いつ取り上げられるか分からないんだぞ!?」
勝手に連れてこられて勝手に埋め込まれた力だ。
勝手に回収されてポイっと捨てられてもおかしくない。
何故そんなあやふやな基盤に頼っている男が、俺に説教なぞかますのか。
「その時の為にこうやって権力を積み上げているのではないか」
俺が指摘すると、シュージは当たり前のように答えた。
……こいつの場合、権力を積み上げるのはただの趣味と自己顕示欲だと思っていたのだが、そうではないらしい。
いや、この男には今考えたことをさも昔から暖めていたアイディアのごとく話す特技がある。
騙されてはいけない。
思い直して、お前はどうなんだよ。と、俺は権力にまるで興味が無さそうなフユイチに目を向けた。
「その時は隠居をしてひっそり暮らそうかなぁ」
すると、放牧的なんだか退廃的な答えが帰ってくる。
世界を救うだけ救わされて、用が済んだらポイされても構わないというのかコイツは。
なんと都合の良い勇者様であろうか。
確かにこいつなら、この世界だろうが力なんぞなかろうがのほほんと暮らしていけそうだが……。
「そもそもだ」
俺が農家フユイチに心を馳せていると、シュージの奴がふっと呟く。
そちらに視線を戻すと、奴はこちらをじっと見て言った。
「お前が無事に帰れたとしても、小卒ニートで空白期間ががっつり五年以上だ。この世界でしっかり実績を積んで就職口を見つけたほうが堅実だと思わんか?」
「やめろ。そういう話はやめろ」
暗い熱を篭めてそう語るシュージを俺は早口で止めた。
俺だってその辺考えなくもない。
しかし、損得ではないのだ。
そういう人を理不尽に連れ去ってきておいて大人の選択をさせようとする奴にこそ、俺は反逆したいのだ。
「お前だって本当はその辺り分かっているのではないか。ニートを続けたいが為に地球に帰るなどと嘯いてフラフラしているのではないか」
「んな訳ねぇだろ!?」
とうとう人をニートの為のニート扱いしだしたシュージの言葉を、俺はようやく全身全霊で否定した。
それはない。それは絶対にない。
そもそも何故俺がこいつに説教をされねばならないのか。
お前は俺の親か何かか。
ミスカに説教なんぞしたから、バチが当たったのか。
「では話を戻すぞ」
俺がつらつらと考えている間にも、その原因であるシュージは何事もなかったかのようにそう言った。
いや、よく見ると口の端がニヤケている。
……こいつ、俺をいたぶるためだけにあんな話題出しやがったな。
そう思えば最後のも、分かり易く逃げ道を作られた気がする。
「肝心の、宝物の場所はどこなのだ?」
思わず唇を突き出す俺の表情を見てニヤリと笑ったシュージが、そう問いかけてきた。
こいつ……完全にイニシアチブを握ったつもりでいやがる。
先ほど言ったように、こうなると逆らってやりたくなるのが俺という人間だ。
宝の場所など絶対に教えてやるものか。
そう、あの場所は俺の心の中にしまって……。
「あ」
考えていた俺だが、ふと思い出して声を上げた。
ミスカに見せてもらった紙片には、確かに地図のようなものも書いてあった。
が、色々な衝撃が重なって内容なんぞまるで覚えていない。
俺の表情でそれを悟ったしく、シュージがため息を吐く。
「覚えているのは女の裸だけか」
「裸だってちゃんと覚えてねーよ!」
その言葉に大きな間違いがあったので、俺は彼女の名誉のためにきちんと訂正しておいた。
俺だっていつまでも婦女子の裸を脳に刻んでおくような悪漢ではない。
その証拠に目を瞑っても……あ、まだ浮かぶな。
「……まぁ良い」
思い出した俺が悶々としていると、再び息を吐いたシュージがそう言った。
「場所を知っている奴が分かれば、色々とやりようはある」
そうして奴は、ニヤリと笑う。
その笑顔を見、どうしても俺は悪い予感しかしなかった。