表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

変身願望

 おっさんと別れた俺達は、お代を払いなおして帰路へとついた。

 先を行くミスカはどういう風の吹き回しか荷物を半分受け取っており、これはこれで気まずい。


 ついでに、ずんずん進む彼女の背中はどうも俺達の泊まっている宿屋へは向かっていないようだった。

 

「宿屋に行くんじゃないのか?」


「先に家へ寄っていくわ。お爺ちゃん達の荷物は一旦置いていかなきゃ」


 尋ねると、振り向かないままミスカはそう答える。

 理に適っている気はするが、しかし彼女の不機嫌はどういうことだろう。


 手に抱えた荷物の重さがちょうど偏っていたので、首を反対に傾げてバランスを取る俺。

 そのままの姿勢でしばらく歩いていくと、やがて彼女は二階建ての家の前で足を止めた。


「ついたわ」


 鉱山都市特有の煤にまみれた周りの建物に比べると、手入れの行き届いた白い壁が目を引く。

 そして二階にある硝子窓は、裕福層の象徴である。


「立派な家だな」


「一応、村長の家ですから」


 とりあえず囃してみると、ミスカはなんでもないという風にそう応えた。


「村長?」


 ということは……と俺がミスカを見ると、挑みかかるような視線を返される。


「似合わないって言いたいんでしょ」


「いや、んなことない」


 村長の娘がミニスカートを履いちゃいけない道理も無いだろう。

 答えると、ミスカはまだ疑っている様子でふっと息を吐くと、家の中へ入っていった。


「お邪魔しまーす……」


 若干の躊躇があったものの、俺もその後ろに続く。


 良いのだろうか。知り合って二日の人間の家に上がりこんでしまって。

 もしかして家に誰もいなかったりするんじゃ……。


「やぁミスカ、おかえりなさい」


 そんな俺の甘酸っぱい胸の高鳴りは、温和そうな中年男性の登場によって打ち砕かれた。

 別に何かを期待していたわけではないけれど。うん。


 玄関口に立っていたのは、ミスカと比べればいかにも村長といった感じの、丸い腹を持った口ひげの似合うミドルである。


「ただいま」


 それに対して、ミスカの挨拶は暗い。

 反抗期という奴だろうか。そういやあっちの世界に残してきたうちの妹たちもそんな年齢である。

 無視されないだけマシなのだろうかなんて俺が考えていると、村長の目が後ろに俺へと留まった。


「む、その男は……?」


 いきなりその男呼ばわりだが、年頃の娘が若い男なんぞ連れ込んだら気が気でないだろう。

 しかも俺の風体はこう……長旅のおかげであまり真っ当な職業には見えづらくなっている。


「勇者様の連れよ」


 村長疑惑の視線を受けたじろぐ俺に、ミスカから助け舟が入った。

 勇者様って……あいつもう正体バレてんのかよ。


「あぁ、お付きの方でしたか」


「お付の方ではないです」


 勇者の名前は効果があったようで、村長の態度は明らかに軟化する。

 しかし娘と同じ勘違いをかますので、そこはしっかり訂正しておいた。

 こんな所で血の繋がりを証明しなくても良い。


 俺の返答に「訳が分からないことを言われた」風に目を丸くした村長だが、胸に手を当てると長く息を吐いた。


「そうかそうか。すみません。てっきり宝を狙ってきたのだと……」


「宝?」


 最近頻出したワードが出、つい聞き返してしまう俺。

 

「い、いえ、何でもありません!」


 すると村長は、わざとかと思えるほどわざとらしく慌てた素振りを見せて前言を打ち消そうとする。

 ここまでくると追求したほうが良いのだろうか。


「行きましょ」


 などと俺が逡巡していると、ミスカが村長の脇をすり抜け歩き出してしまう。


「え、あ、あぁ」


 気にはなったが、そうだ。俺はこの件に関して積極的に関わる気はないのだ。

 そう思い直して彼女の後に続く。


「あんなの、宝物じゃないわよ……」


 だというのに、娘のミスカまでそんな言葉を口にするのだからたまらない。

 

「宝って……何か知ってるのか?」 


 正直ずっこけそうになりながら俺が尋ねると、彼女は背後にいる父を窺ってから言った。


「知らないわよそんなもの」


 父親ごと俺の前で戸を閉ざしたような調子である。

 結局二の句も継げず、荷物を降ろすとその日は解散となった。



 ◇◆◇◆◇





「何で勇者だって知れ渡ってるんだよお前は」


 部屋に帰った俺は、早速勇者フユイチを問い詰めた。

 するとベッドに腰掛けた勇者は、のほほんとした口調で返す。


「隠すのが面倒だったから」


 ……そうか。隠す努力をしなきゃ自動的に顔バレするんだなこいつは。


 今度からはフユイチにも、シュージがかけている認識錯誤の魔法をかけてもらわねばなるまい。

 面倒が増えるのもそうだが、毎回付き人扱いされたら俺の心が死ぬ。


 これからの日々を想像して俺がげんなりしていると、フユイチはニコニコ顔のままこちらに尋ねてきた。


「それで、デートはどうだったの?」


「デートじゃねぇよ!」


 いつも通りの笑顔に見えるが、付き合いの長い俺には分かる。

 こいつ完全に冷やかしてやがる。


 それでもつっこみを入れざるを得なかった俺に対し、フユイチはニコニコ顔を満足げなものに推移させた。

 もちろん変化は微少だ。


「買い物袋山ほど持たされるわシュージのところのチンピラに絡まれるわ散々だった」


 さすがに不安になって、俺は言葉を足した。

 ちゃんと説明しておかないと、こいつの素性と同じように俺が宿屋の看板娘とデートしていたなんて誤解が広まりかねない。


「え、襲われたの?」


「いや、襲われてたところを助けたって言うか……」


 あのチンピラは別にシュージの配下じゃないだろう。

 小さなボケはスルーされ、恥ずかしくなりながら俺は言葉を濁す。


「なるほど。やっぱりお目当てはお宝って奴なのかな?」


 助けた、の言葉に対して何かコメントするかと思われたフユイチだったが、それに対しても特に何も言うことなく首を傾げる。

 ……もしかして、気を回されたんだろうか。それとも、こいつにとって人助けなんて当たり前のことなのか。


「そんな感じだったな。結局そのお宝とやらが実在してるかも分からんかったけど」


 どっちにしろ、ありがたいことには変わりない。

 フユイチが件のお宝へと興味を移したのを幸いに、俺は奴にそう答えた。


「早く真偽を確かめないと、村にも被害が出そうだね……と」


 それに対し、相変わらずお人よしな言葉を返すフユイチだが、その台詞の途中で唐突に立ち上がる。

 どうしたのかと俺が奴の目線を追うと、バサバサっという音と共に、夜闇の中からより黒い影が現れた。

 鳥だ。寝ぼけた鴉か。などと寝ぼけた事を俺が思っている間に、鴉は窓枠へと優雅に着地すると前後に揺れてバランスを取った。


 そうして口を開いてカァと鳴く。

 確かにカァと鳴いたはずなのだが、俺の耳にはこう聞こえた。


 『情報交換の時間だ』と。


「シュージの使い魔だね」


 鴉の顎を撫でてやりながら、フユイチが呟く。

 懐から何でも出すとは思っていたが、まさか生き物まで飼っているとは。


 感心している俺の前で、鴉が突如後ろへ飛ぶ。

 そのまま奴は一階に降り立ち、身を乗り出した俺達を見上げた。


「ついて来いって言ってるみたいだね」


「自分が来いよあのアホ」


 あいつなら、人に見つからずこの部屋に来るぐらい楽勝だろうに。

 愚痴ってもしょうがないので、結局俺達は宿を出て鴉の後に続いた。



 ◇◆◇◆◇



 とっとっと。跳ねるように鴉が前進する。

 そうして鴉の案内で村外れの茂みまで辿り着いた俺達は、そこにいるカラスよりもなお真っ黒で不吉な男、魔王シュージを発見した。


「ようやく来たか」


 シュージは如何にも待っていましたというような態度でふんぞり返る。

 が、こいつは昔から、待ち合わせになると大抵五分かそこら前に来てこのセリフをぬかすのだ。

 気にしても仕方が無い。


 カァ。


 俺達を導いてきた鴉はバサバサと飛ぶと、シュージの肩へと止まる。

 そして奴が持っていたマシュマロを嘴で受け取ると、そのまま闇に溶けるように消えていった。


「鴉ってマシュマロ食べるんだね」


 フユイチがズレたことを呟く。

 それでもう今の現象にはつっこむ気力を無くして、俺はシュージに尋ねた。


「で、情報交換って何だよ」


「無論この村に眠るお宝の情報に決まっているだろう」


 するとシュージの奴は、指についたマシマロ粉をハンカチで拭いながら答える。


「シュージには宝の正体が分かったの?」


「いや、まだだ」


「なんだよ……ていうか本当に宝なんて存在するのか?」


 肩透かしなセリフにがっくりときながら、俺は自らの疑問を口にする。


 思い出すのは昼間の、宝の正体を問い詰めるチンピラと、その態度を見て宝の存在に確信を持つおっさんの姿だ。

 本当は宝なんて存在せず、あんな風にお互いがお互いを刺激することで、ありもしないお宝を共同作業で作り上げてしまっているのではないか。

 俺はそう考えていた。


「そのおかげで町は混乱してるし……つうかお前部下の管理はちゃんとしとけよな」


 巻き込まれて被害をこうむった俺としては、愚痴の一つも言いたくなる。


「……あれは俺の部下ではないし、奴の独断専行だ。どうやら宝を横取りしようとしたようだな」


 するとシュージは苦い顔でそう釈明した。


「きっちり責任追及をしておいたから安心しろ」


 で、ついでのようにそんな言葉を付け加える。


「それなら安心だね」


 フユイチが笑顔で頷くが、果たして本当に安心して良いのだろうか。

 いや、責任追及とやらが果たされたかどうかではなく、あのチンピラが生きているかに関して。


「で、何故あのチンピラが先走ったかと言えば、やはりイサールが宝の存在を確信していることが大きいようだな」


 俺の心配を他所に、シュージが大きく股を広げて腰を落とす。


「誰だよそれ」


 それに倣って、俺もコンビニ前に集う不良の如きポーズをした。


「例の商人だ。イサール=リブンドル。現在は山一つ向こうの街で店を経営している。規模は中といったところだな」


 俺の問いに、シュージは当たり前だろうと言いたげな表情でそう答える。


「経営は順調。特別あくどいことにも手を出していない。妻一人子一人」


 それから、つらつらと件の商人についてプロフィールを並べ立てた。


「よくそんなに調べたね」


「草の者に調べさせた」


 そして目を丸くしながら俺たちと同じポーズを取るフユイチに、シュージの奴は他力本願であることを自慢げに話した。

 草の者……おそらくこの前の忍者だろう。

 とはいえあの格好はシュージの趣味のようだが。


 苦労してそうなあの顔を思い出し、ご苦労様と俺は心の中で呟いた。


「そして肝心の宝に関してだが、イサールには一つの噂がある」


 顔を突き合わせ円陣を組む俺たち三人。

 そんな中、おそらくあのご苦労様な忍者さんが収集してきた情報を、シュージは更に開示していく。


「噂?」


「奴の親、マクロ=リブンドルが怪盗であったという噂だ」


「ちょっと待て、怪盗ってなんだ」


 少々ぶっ飛んだワードの出現に、俺はシュージに聞き返さざるをえない。


「そう、神選怪盗マグロック。神の代理人を自称し、役人や王族、民を苦しめる様々な人間から宝を奪って民草に与えたという人物だ」


 すると奴は、重々しい顔で頷いて勇者や魔王などというものよりも眉唾モノの人物像を語っていく。


「美味しそうだね」


 フユイチがズレたコメントを寄せるが、なんかもうめんどくさいので無視。


「その盗みは正確無比。あらゆる隠し財宝、裏帳簿、へそくりまでをも盗み出した」


「……最後スケール小さいな」


「情報を総合すると奴は、予知(ディビネーション)の力を持っていたらしい」


 俺のつっこみもさらりと無視される。

 そうしてシュージの奴は、予知などという元いた世界ならば胡散臭いことこの上ない単語を出した。


「占い師ってことか?」


「あぁ、しかも本物のな。魔法にも占術の類はあるが、マグロックはへそくりの額まで当ててしまうほど、正確な予知能力を持っていたらしい」


「なんでへそくりに拘るんだよ……」


 眉唾も甚だしいが、魔法の国の王様こと魔王シュージにそう言い切られては反論も難しい。


「その予知を、マグロックは神のお告げだと話していたようだ。神が自らに、盗むべきものを指定したのだとな」


「それで神選って訳だね」


「んで、そんだけ派手にやらかしたのに、噂で終わったのか?」


 あのおっさんの親の代ということはもちろん俺達がこの世界に来る前だろう。

 王族の物を盗んだ嫌疑をかけられて商人なんぞ続けていられるのか。

 などという疑問を口にした俺に対し、シュージは懐から紙を取り出す。

 そうして軽く息を吸うと、一気に喋った。


「マグロックは民からの信頼厚く、その正体を追求しようとすれば必ず邪魔が入りま……入った。おまけにマクロは、店舗規模の割に商人連合重鎮からも重用されており、そのおかげでマクロを怪しいと睨みながらも、当局は奴の逮捕に踏み切れなかった……のだ」


「当局って何処だよ。ていうかアンチョコ使うな」


 おそらく忍者さん謹製の報告書だろう。もうもったいぶらずその紙だけ渡してはくれないだろうか。

 ともかくマグロックとやらの正体が疑われながらも逮捕に踏み切られなかったのは、そうした事情があるらしい。


 もしかしたら予知の力とやらで、周囲の商人を助けていたのかもしれない。

 などという考察めいたことを思い浮かべてから、俺は頭を振った。

 何で俺が怪盗事件なんぞに考えを巡らせなければならないのだ。


「……つまり、そのマグロさんが盗んだ宝が、あの鉱山に隠されてると?」


 一方でフユイチの奴は辛抱強く、というかお喋りを楽しんでいるような風情でシュージに尋ねる。


「この場所は奴の出身地らしいからな。不思議ではあるまい」


 それに答え、シュージはうむうむと頷く。

 俺にはどうにも憶測の上に憶測を積み重ねた憶測タワーが積みあがっているように思えるのだが、今のところ反論できる材料はない。


「それを、あの商人さんが何らかのきっかけで知ったと」


 フユイチも話の流れに疑問を持っていないようで、平然と憶測ジェンガを積み重ねる。


「問題は宝の正体だが……」


 だがそう、結局はその肝心な物が判明していないのである。

 そもそもその正体なんて知っていそうなのは件の商人と……。


「あ」


 村での出来事を思い返していた俺は、ある事に気づいてふと声を上げてしまった。


「何か知ってるの?」


 耳ざとく、フユイチがそれを聞きつける。


「いや、昼間ミスカがあんなの宝物じゃないって言ってたから」


 その混乱のせいで更に口を滑らせた俺に、ギラリとしたシュージの眼光が突き刺さった。


「ミスカというのは、酒場の小娘か」


 自分だって若造のくせに、シュージはそう呟いて俺へと迫る。

 うるせぇお前の目力夜中は余計キツいんだよ。

 思った俺が、奴の顔を除けようとしたその時である。


「ん?」


 フユイチがあらぬほうを向き、そちらをじっと見る。

 まるで人間には見えないものが見えるうちの猫のようだ。

 いまだ元気にしているだろうか。尻尾が二股に分かれたりしていないだろうか。


 しかし、奴が幽霊などを見ている訳ではないことはすぐに分かった。


「ミスカ……?」


 暗い夜道の奥から、俺が昼間買い物に付き合った少女、ミスカが歩いてきたのだ。

 鉱山用の流用だろうか。彼女は少し大きめのランタンを持ち、俺達に気づかないまま傍を横切っていく。


「結界を張っておいたからな。俺達が気づかれることはない」

 

 俺が不思議に思っていると、シュージがさらりとそう口にした。


 んなこと出来るならこんな場所まで来る必要ないだろうが。

 イマイチその結界とやらを信じることができずに目で抗議するも、シュージは堪えた様子を見せない。


「お前にも話題の人間召喚能力があるようだな」


「ねーよ、んなもん」


 あまりのタイミングの良さに、奴は代わりに皮肉げに唇を歪めて見せた。

 俺にそんな能力があるのなら、地球に帰る方法を知っている人間の噂を四六時中してやるところだ。


「彼女、何処に行くんだろうね」


 一方我関せずのフユイチは、ミスカの後姿を見ながら呟いた。

 確かにあちらは彼女の家でも働いている酒場でもない。


「よし、ハルゾー。あの娘から宝の場所を聞きだしてこい」


 俺もぼんやり彼女のひざ裏を眺めながら考えていると、シュージが唐突にそんな事を言い出した。


「はぁ!? 何で俺が……」


「デートしてたしね」


「だからしてねぇよ!」


 抗議すると、フユイチまでシュージ側に加わる。

 奴の流言は否定し、俺はふぅと息を吐いた。


「そもそも、彼女は特別な力って奴に憧れてるって言ってたぞ。お前らのほうがいいだろ」


 なりゆきで買い物はしたが、本来彼女がお近づきになりたいのは俺ではなくフユイチやシュージのはずだ。

 俺なんかが行っても、素直に秘密を打ち明けてくれるとは思えない。


「まぁまぁ、いじけないで」


「いじけてねーよ!」


 フユイチの野郎が馴れ馴れしく肩を叩くので、それを跳ね除けて否定する。

 俺は別に、彼女にモテたい訳ではない。

 ただ時々、こいつらと自分との差に……引け目のようなものを感じるのだ。

 

 もちろん原因の半分は、この世界で活躍しようとしなかった自分自身だと分かっている。

 もう半分は俺達を強制的にこの世界へと招き、俺にだけこんな能力を与えた神っぽいものの所為だ。

 ていうか8割はソイツのせいだ。


「特別な力か。ハルゾー。ちょっと目を閉じろ」


 俺が神への恨みを頭の中で並べていると、ふと思いついたようにシュージがそんな事を言い出した。


「何だよ」


「良いから早くしろ」


 男に目を閉じろと言われても、あまり良い予感はしない。

 露骨に身を引いた俺をシュージがせっつく。


「ったく、何だってんだ」


 結局、言われたとおりに俺は目を閉じた。

 前後の文脈から察するに、シュージは俺へ特別な力とかそれに類するものを与えようとしているのではないかと予想できたからだ。


 自分の思い通りになって、使っても白眼視されないという条件付ならば、俺も特別な力というものには興味がないわけでもない。


「しゃらんらしゃらんらー」


 俺が乙女のように目を閉じ胸を高鳴らせていると、その心をいささか萎えさせるようなシュージの呪文が聞こえる。


 なんだその体がむずむずするような呪文は。

 つっこみを入れようとした俺だが、気づいてみると実際に体が何やらむず痒い。


「な、なんじゃこりゃ!?」


 堪え切れずに目を開けた俺は、自分の体が魔法少女の変身シーンの如く光り輝いているのを発見した。

 変身――いや、俺の体は光に包まれ輪郭までをも無くし、何か別のものへと急激に変形していく。


「ただの変形呪文(ポリモーフ)だ。落ち着け」


 落ち着けるか! 言い返そうとした俺だが、その間にも俺の腕が伸び胴が伸び首が伸びていく。

 変形を終えた俺は、前脚を上げると大きく嘶いた。


「ヒヒーーーン!」 


 そう、十秒足らずで俺の体は一匹の馬と化していた。

 しかもただの馬ではない。見る限り体は真っ白だし、頭は妙に重くて何かが生えている感触がする。


「ふっふっふ、今のお前は聖獣ユニコーンだ。さすがに大元の力を宿しているだけあって、かなりの出来栄えだな」


 ユニ……コーン?

 俺が頭を剃るはめになったり、謂れ無き処女厨の烙印を押されたりした原因である。

 あの忌々しい生き物に、今の俺は姿を変えてしまっているというのか。


『なんじゃそりゃ!?』


 怒りと共に、俺は叫んだ。

 喉が再びヒヒーンと鳴るが、自分が確かに人間の言葉を発し、それがシュージ達にも伝わったのが分かる。

 おそらく先ほどのカラスと同じ状態だ。


「ば、馬鹿者! その頭で暴れるな!」


 たてがみを振り乱し暴れる俺を、ぎょっとした様子でシュージが制止する。

 その横ではフユイチがどーどーと宥めるような仕草を見せていた。


『も、元に戻るんだろうな!?』


 いっそ突き殺す勢いでシュージに迫る俺。


「大丈夫だ。用が終われば元のハゲに戻す」


『ハゲ言うな』


 迫る俺の角を指でついと逸らして、シュージはまるで安心を得られないようなことを保障する。

 要するに、とにかくミスカと接触して来なければこのままということではないか……。


「いいからとっとと行ってこい。後でにんじん買ってやるから」


『いらねぇよ!』


 追い払われた俺は、仕方なくミスカを追うことにした。


 パカラッパカラッパカラ。

 蹄の音が思いのほか気持ち良いだとか、そんな馬鹿なことを考えながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ