人助けとデートとハゲ
「んで、どうすんだよ」
あてがわれた宿屋の一室で、俺はフユイチに問いかけた。
普段ならば部屋は別々に取るのだが、今回は相談もしやすいように同室である。
「どうするって?」
窓を開け、夕暮れの風を楽しみながらフユイチが問い返してくる。
この世界にもあの忌々しい蚊という生き物が存在しているのだから、むやみやたらに開けないでほしい。
「この村のことだよ! ったく、思った以上にがっつり関わりやがって」
その辺の苛立ちも兼ねてフユイチに叫んだ俺は、続いて虚しくなり愚痴った。
二人がかりでここまで引っ掻き回してしまったら、今更立ち去るわけにも行かなくなってしまう。
どうやら村人と商人の対立を、余計に深めてしまったようだし。
「シュージもあんなことを言って、人助けがしたいんだよ」
続いて襲ってきた頭痛に俺がもだえていると、勇者様はさりげなくシュージ一人の責任にしてのほほんと笑う。
「そうかねぇ……」
その辺突っ込んでも無駄だと知っている俺は、諦めてほんやりとした返事をフユイチへ返した。
あいつの場合、自分の知らないところで人が金儲けをするのが気に食わないだけだろう。
「ハルゾーだってそうでしょう?」
俺が自分の考えに頷いていると、フユイチはこちらに矛先を向けてくる。
「お前みたいな底なしお人よしと一緒にすんな」
シュージは生贄にささげてやるとして、俺までそんなお花畑連合に巻き込まないで欲しい。
「でもお爺さんが元気になって嬉しそうだったじゃないか」
「あ、あれは……」
などと部外者を主張していた俺だが、フユイチの目ざとい指摘に言葉を詰まらせる。
こいつはいつもニコニコと目を細めているくせに、実に細かいところまで見てやがるのだ。
まるでお釈迦様である。
「俺は手が届く範囲で満足してるから良いの! お前らみたいに手当たりしだいじゃないんだから!」
そのお釈迦様は、その手の届くところどこまでも助けようとするから困る。
確かにこいつの能力なら、大抵の事は何とかなってしまうだろうが……。
半ば強引に俺が言い返すと、フユイチはふっと息を吐き、それから少し寂しそうな顔で呟いた。
「僕は、欲張りなんだ。多分シュージより」
「んな事知ってるよ」
シリアスな顔で何を言うかと思えば。呆れてため息が出る。
素面で勇者なんかやってる人間が、謙虚であるはずがない。
お人よしと欲張りは矛盾せず。だからこそ巻き込まれる側としては最悪の人種なのだ。
「ははは……」
フユイチが力なく、しかし嬉しそうに笑う。
「ったく、今日はともかく寝るぞ」
その笑顔の意味は分からない。
俺はこいつのことを何だって知っているわけではないのだ。
◇◆◇◆◇
次の日である。
「ちょっとー、早く来てー!」
青空の下、振り向いた少女が俺を急かす。
彼女は今日も短いスカートを履いており、それが翻ったときに見える太ももは眩しかった。
「つうか、何で俺が……」
だからといって、朝早くから引っ張り出され、荷物持ちにされるのを役得とは思えない。
俺は両手で抱えた紙袋を揺すりながら、少女――ミスカへと近づいた。
「どうせ暇でしょ?」
「むっ……」
愚痴った俺の声が聞こえたらしく、ミスカが悪戯っぽく笑う。
まぁ俺は今回の件に積極的に関わる気もなかったし、シュージ達を置いておくわけにもいかない。
暇といえば確かにそうなのだが。
「買出しって一人じゃ大変なのよね。男手がいると助かるわー」
「その男手がそろそろ容量限界なんだけどな……」
聞こえよがしに、しかも思い出したように俺を持ち上げるミスカ。
さすがにそれで発奮する気にはなれず、俺は呆れた顔を作って返した。
「ごめんごめん。次で最後だから」
軽く手を合わせて誤ってから、ミスカはくるりと回れ右する。
そのスカートのひらめきを確認してから、俺はミスカに続いた。
……別に、ミニスカートにほだされて付き合ってるわけでもないからな。
「これと、これと、これと……」
雑貨屋の商品を、ミスカが容赦なく選んでいく。
誰に容赦ないかと言えば、もちろん俺に対してだ。
今は彼女が手に持っているが、これが俺の上へと更に積み上げられる事を思うと憂鬱である。
「これって、宿屋で使うにしても多いよな?」
そんな訳で、さすがに買いすぎだろう。というニュアンスをこめて俺は彼女に尋ねる。
するとミスカはちらっとこちらを振り返り、それから前を向き直して答えた。
「昨日のニノ爺さん見たでしょ。あぁいう……動くのが辛い老人ばっかりだから、この村」
「配って歩くのか?」
照れているのだろうか。商品を運ぶ手が少々早くなる。
「ちゃんと代金はもらうわよ。手間賃だってもらっちゃう。それで……」
「村を抜け出す?」
「あぁ、そういう手もあるわね」
尋ねると、彼女は今思いついたような声を上げた。
てっきりその為の金だと思っていた俺は、なんとなく肩透かしを食らった気分になって抱えた荷物を揺らす。
その気配に気づいてか。ミスカは再びこちらに目線を向けると唇を尖らせて言葉を足した。
「準備も無しになんとなく都会に行ったって、失敗するだけでしょ。騙されて騙し取られて怪しげな店で働かされちゃうんだから」
「まぁ、それもそう、だな」
現実的なんだかふわふわしているんだかよく分からないミスカの展望に、俺も曖昧に頷く。
彼女が言っていることは多分正しい。
しかし何だろう。この釈然としなさは。
「えーと、後何だっけなぁ」
気まずさを誤魔化すように、ミスカがことさら大きく声を上げる。
とはいえ完全に探すふりではないようで、彼女の手は何かを求めるように彷徨っていた。
ミスカが買い込んでいるものは、近所の老人に配る……もとい売りつけるための物。それに加えて、宿屋の買出しだったはずだ。
「アカジタとか」
「あ、それよ」
思いついて言ってみると、正解だったようでミスカは俺を指差す。
アカジタはこの世界特有の実で、粉末にすると消臭や汚れ落としに使える便利な実だ。
価格も安く、宿屋でベット下を見ると大体これが袋に中に入っている必需品である。
その辺で簡単に採れ、干して持って行くとおばちゃんがお小遣いをくれるという、子供たちには格好の小遣い稼ぎの手段でもあるが、今は置いておこう。
「よく分かったわね」
魔法を見せた時よりも感心したような顔で、ミスカが俺を見る。
「昔……宿屋で居候してたことがあったからな」
思わず遠い目になりながら、俺は語った。
異世界にいきなり放り出され、直後様々な災難に遭った俺は、ほとほと疲れてとある村の宿屋で世話になっていた時期があるのだ。
「ヒモ?」
「今居候って言っただろ!?」
が、俺の意識はミスカの心無いセリフで即座に現実へと引き戻された。
誰がハゲでヒモでニートだ。
確かに女手ひとつに養ってもらっていたが、俺だって皿洗いぐらいはしたっての。
……こんな事を話したら余計に誤解が深まりそうだ。
釈然としないまま俺が口をつぐんだその時、雑貨屋の壁の向こうから何か声が聞こえた。
「何だ?」
「何が?」
俺がつぶやくと、ミスカは不思議疎な顔をする。
どうやら聞こえていないらしい。
外の声は、何やら争っているように聞こえた。
「ちょっと持っててくれ」
ミスカに手一杯の荷物を押し付けると、俺は雑貨屋の外へと早足で出る。
「ちょ、ちょっと!?」
視界の隅で中腰になるミスカが見えたが構ってはいられない。
買い物は自分が持てる分量だけ買うべきだ。
ともかく雑貨屋から出た俺は、その裏へと回った。
すると今度は、声がはっきりと聞こえてくる。
「オウ、本当は知ってんだろ!?」
「し、知らない。本当だ!」
ガラの悪い声、そして怯えた声の二種類だ。
見事に堂々巡りなやり取りをしているだけなので、何が原因かは分からない。
ただ、見覚えのあるチンピラ風の男が中年男性の胸倉を掴んでいる様を見たら、普通はチンピラの方が悪いと判断するだろう。
どうしよう。俺は逡巡した。
勢いよく駆けつけておいてなお逡巡した。
助ける対象が中年男性の場合、俺の力は全開状態の約一割程度にまで落ち込む。
聞こえない振りをしておけばよかったのだが、ここまで来てしまうとそうは行かない。
「人助けがしたいんだ」などというフユイチの言葉が頭でリフレインする。
別にそんなんじゃない。ただ、見捨てるのが後ろめたいだけだ。
「おい、あんた」
結局俺は、足音を立てながら男へと近づいた。
俺たちを召喚した神様とやらが見ているのなら、予定調和な俺を今頃大爆笑しているだろう。
男が「あぁん?」とチンピラ丸出しの顔で俺を見る。一方掴まれているおっさんは、縋るような視線をこちらへと向けた。
「その辺でやめておけよ」
気の利いた文句が思い浮かばず、無難な言葉で相手を宥めにかかる俺。
するとチンピラはおろか、おっさんまでもがちょっと気の抜けた顔をする。
なんだ白馬の王子様でも待っていたのか。角は生えてるが一応白馬の化身ではあるぞなどと内心で愚痴りながら、毒気を抜かれたチンピラがそのまま帰ってくれないかなと祈る俺。
そう、俺は平和主義者なのだ。
しかしチンピラはそんな俺の想いに反し、すぐに俺をねめつけると口泡を飛ばしながらこう罵倒した。
「んだこのハゲ!?」
「誰がハゲだテメェ!」
……誰しも許せない一言というのはあると思う。
穏便に済ませようと思った俺の気持ちは、その言葉で完全に霧散した。
「なろっ!」
こちらに掴みかかろうと、男が手を伸ばす。
俺はそれを素早く取ると、チンピラの肘間接を極めてやった。
「あだだだだ!」
一割ユニコーンとはいえ、俺はその辺のチンピラになら余裕で勝つことは出来る。
ただその辺にいる達人(この世界には素手で岩を割れるような奴がごろごろしているのだ)と相対すると分が悪いのだが。
「とりあえず落ち着け。ついでに人の身体的特徴をあげつらうのは良くない」
力加減を間違えないようにしながら、俺は男を諭す。
後半ちょっと力が篭ってしまったのはご愛嬌だ。
「ぃひぃ! 分かった! 分かったから! 降参だ!」
嬌声のような気味の悪い悲鳴をあげるチンピラ。
まったく……ため息を吐きながら俺が力を緩めると。
「ありがと、よっ!」
余裕を取り戻した男は、思いっきり俺の靴を踏んだ。
瞬間、抗いようの無い痛みが俺の脳天まで駆け上がる。
「ぃぐ!」
思わず悲鳴を上げ、更に拘束の手を緩める俺。
「へっ、いつまでも握ってんじゃねーよ!」
調子こいた男が振り返り、俺へと拳を振り上げる。
が――。
「あがっ!」
ガツン!
それが到達するよりも早く、俺の頭突きが男の額へと炸裂した。
男が仰向けになって倒れる。
「……角が生えてないときで良かったな」
解けてしまった頭布で手を拭いながら、俺は呟いた。
ユニコーン状態で頭突きなんぞしたら相手の頭蓋骨に丸穴空いてしまっていただろう。
絡んだ相手がおっさんだったことに感謝して欲しい。
「意味わかんねーよ!」
だが男のほうは口泡を吐いて体を起こすと、まだこちらに向かってくる気概を見せる。
おのれ、余計な根性見せやがって。
圧倒的な差が無いほうが手加減って難しいんだぞ。
などと俺が内心早口で愚痴っていると――。
「こっちです! 来てください!」
少女の声が路地裏に響いた。
「ちくしょ! 覚えてやがれハゲ!」
それを聞き、男が俺に背を向け逃げていく。
その捨て台詞によっぽど石でも投げつけてやろうかと思った俺だったが、それはさすがにぐっと堪えた。
「ふぅ、ありがとうな」
代わりに背後の少女――重い紙袋を抱えてひーひー言っているミスカへと礼を言う。
あの呼び声はブラフだったようで、他には誰もいない。
なるほど。普通に人を集めるって手があったな。
あの二人と旅をしているせいで、俺も脳筋に近づいているのだろうか……。
「どういたしまし、てっ」
「うおっ」
密かに落ち込んでいる俺へ、ミスカが買い物袋を投げた。
危うく取り落としそうになった俺だが、がに股になってまで何とかそれを阻止する。
「もっとこう、パパッと片付けられないの?」
俺の醜態を見、ミスカの奴は呆れた口調でため息を吐いた。
全力で抗議してやりたいところだが、それでは大人の男としての矜持に欠ける。
「君が後ろに居てくれたなら、ささっとやってやったんだけどね」
考えた結果、俺は気障なセリフを使って余裕を見せてやることにした。
乙女さえ背後にいれば俺だってあいつぐらい余裕なのだ。
いやまぁ、この娘をユニコーンさんが気に入るかは不明だけれど。
「目つきがやらしい」
そんな事を考えていたせいか。それともがに股のままだったせいか。ミスカには冷たい目を向けられるだけで終わってしまった。
「あ、あの、助かったよ」
俺がアメリカンに肩を竦めていると、おどおどとした声が背後からかかった。
さっきチンピラに絡まれていたおっさんだ。
「結局あいつは何が目的だったんだ?」
存在を忘れていたことを悟られないよう気をつけながら、俺はおっさんに尋ねる。
「わからないんだ。ただ、坑道の奥にあるお宝はなんだって聞かれて」
するとおっさんは、腕を組み首を捻りながらそう答えた。
背後でミスカが身じろぐ気配がして振り向くが、彼女は何でもないと首を振る。
「その様子だと、あんたもそれが何かは知らないんだな」
三者三様の首の動きが収まっても沈黙が続くので、俺は分かりきった事をおっさんに尋ねる。
「あぁ、だが……」
俺の問いにおっさんは予想通り頷いた。しかしすぐにまた考え込むような姿勢に戻る。
「だが?」
「あんな必死になるってことは、やっぱりお宝はあるんだな……」
促すと、彼は自分の中で何か答えを見つけたような様子で呟いた。
それが根拠で良いのだろうか。
嫌な予感がしながらも、何も言えずに俺はおっさんと別れた。