田舎娘としけこむ
シュージ達が去った後、酒場内は3つのグループに分かれた。
突然現れた英雄フユイチを囲んで盛り上がるもの達。
そんな彼をそこまでは信じることが出来ず、テーブルに盛られたマシュマロを黙々と処理するもの達。
そして彼らをどうしたもんかという気分で眺める俺である。
「本当にこの村を守ってくれるのか!?」
「あいつらの横暴を止めてくれ!」
「センセイ! とにかく一杯奢るぜ!」
周囲にはやし立てられ、フユイチは困ったような笑顔を浮かべている。
「すごいわねぇ、あの人」
俺の隣に座ったウェイトレスが、頬杖をついてぽつりと呟く。
「あいつはどこでもあんな調子だ」
何でここに座る? 思いながら、俺はウェイトレスに答えた。
「いいなぁ。あたしにもあんな特別な力があったら、こんな村パパーッと飛び出しちゃうんだけどなぁ」
ウェイトレスは聞いているのかいないのか。
手を組み合わせ、うっとりと夢見がちな少女の眼差し。
「あんまりいいもんじゃないぞ。特別な力なんて」
それを横目に見ながら、我知らず暗い声になり俺はアサムをすすった。
一概に特別な力なんて言うが、例えば発動条件が超面倒かつ白眼視されるようなもので、持っているだけで周囲から疎まれるような物もあるのだ。
むやみやたらに憧れたってしょうがない。
「荷物持ちのくせに知った風なこと言うわね」
ハードボイルドにグラスを傾ける俺。
それに対し、少女の反応は冷淡かつ無慈悲だった。
「だ、誰が荷物持ちだ!? 俺は……えーと、君人ハルゾーという者ですよろしくお願いします」
少女の言葉に憤慨した俺だが、それを撤回させるような称号が思いつかず自己紹介するに留まる。
「あ、どうも。ミスカ=ニオルムです」
目を丸くした少女は、困惑した顔で名乗り返してきた。
割と良い娘だ。それを確認し、俺は先ほどの失礼な発言を水に流してやることにした。
「……嫌いなのか? この村」
で、世間話の一環として彼女に尋ねてみる。
「嫌いよ。煤だらけだし何も無いし。鉱石だって尽きかけてて、いい加減別の仕事とか、特産を見つけなきゃいけないのに、大人たちは意固地になって掘り続けてるし」
すると彼女の口から、半分呪詛になりかけた愚痴がつらつらと溢れ出た。
「美味いラーメンじゃ駄目か?」
俺がマスターを見ながらそう返すと、聞こえているはずもないのにマスターが自慢げな表情をする。
「村おこしに使えるほどじゃないわね」
が、少女改めミスカが答えると、彼はがっくりと肩を落とす。
やたらノリがいい住民……も特産品にはなりえないだろうか。
俺がそんなことを考えていると、初対面の旅人に話しすぎたと思ったのか。ミスカはふっと息を吐いて微笑む。
……ま、しかし、行きずりの人間にじゃないと話せない話題ではあっただろう。
こんなもん村の大人に話したところで「ありふれた悩みだ」とか「そんな事考えてないで働け」などと言われるだけだし。
俺がこの世界に召喚される直前、バリバリの中学生だった頃には彼女のようなことを考えていた気もする。
かと言って、彼女に有用なアドバイスが出来るかと聞かれればノーなのだが。
どうしたもんか。
俺が考えていると、酒場のサルーンがカランカランと開いた。
まさか商人が戻ってきたのでは。酒場の人間が一斉に注目する中、腰の曲がった小柄な老人が店内へ入ってくる。
「なんだ爺さんか」
おっさんの一人が、ほぉっとため息を吐く。
周囲を見ると、他のおっさんもそんな調子である。
どうやら商人の新たな刺客とかではなく、本当に近所の爺さんらしい。
よたよたと、しかし杖も持たずに歩いているので危なっかしい。
どれ、少しは敬老精神みたいなものを発揮するか。
「大丈夫ですか、お爺さん?」
しかし、そう思った俺が腰を浮かしかけるその前に、老人の傍らには微笑を浮かべた優男、フユイチがいた。
先ほどまで奴を取り囲んでいたおっさん達が、目を丸くしている。
美女の前だと急に張り切るような男はいるが、ご老人に対してここまで超反応をする人間は珍しいのではなかろうか。
「お、おぉすまんね」
老人はといえば、急にフユイチが現れたのも自らの感覚が衰えたからだと解釈したのか。さほど驚く様子もなく腰と手に添えられたフユイチの補助を受け入れる。
そうして奴は、彼をここまで誘導すると俺の向かいに座らせた。
何故ここ? と俺が疑問の視線を向けると、奴は口の中で「お願い」と言って男達の輪の中に戻っていく。
まぁ、あの中に老人を放り込むのは厳しかろう。
だからってなぁ。と隣を見ると、俺と同じく腰を中途半端に浮かしたミスカと目が合った。
妙な照れくささと気まずさを感じながら、同時に着席しなおす。
「ほっほっほ。とりあえずエール」
そんな俺達を孫でも見るような目で眺めてから、爺さんが慣れた様子でミスカに注文を出した。
「ちょ、ダメでしょお爺ちゃん! お酒は先生に禁止されてるんだから!」
それを受けてまたも立ち上がりかけたミスカだが、はっと思い出したように爺さんを叱る。
「そ、そんな殺生な! あだだ。腰が……」
彼女の言葉に爺さんが体を浮かす。が、すぐに腰を抑えて蹲った。
ミスカが慌てて彼に近づき、その腰をさする。
「ちゃんと先生の所は行ってるの?」
「あんなヤブの老いぼれ当てにできんわい。そもそも遠くて歩いていけん。あたたたた……」
「酒場に来といて何言ってるのよ……」
意地を張る爺さんに、呆れ顔のミスカ。
地方集落の抱える問題というのに異世界も何も関係無いらしい。
そういったものの解決にこそ行政の力が必要なわけだが、その王様は先ほどチンピラ引き連れて退散していったのでいない。
こういう場合はしょうがない……よな。
「あー、爺さん。俺で良かったらちょっとまじないしようか?」
見ていられなくなった俺は、爺さんに提案した。
「まじない?」
突然出てきた怪しげな単語に、ミスカが目を瞬かせる。
「おぉ、按摩でもしてくれるのかいお若いの」
爺さんのほうは苦痛に顔を歪ませながら、笑い顔を作って俺に応えた。
さっきから思っていたが、なかなかロックな御仁だ。
「似たようなもんだ」
そう返して、俺はミスカに場所を変わってもらう。
爺さんの後ろへしゃがみ込んだ俺は、そこに手をかざしてゆっくり息を吐いた。
意識を集中する場所を呼吸器から掌へと移していくと、赤ん坊の眠気サインのような、暖かな熱がそこに集まっていく。
「わ……」
ミスカが小さな声を上げる。
おそらくそれは、俺の手が薄黄色の柔らかな光を放ち始めたからだ。
俺が爺さんの背中にその手を当てると、光がその腰へと染み入っていく。
そのまましばらく経つと、爺さんの顔に刻まれていた皺が、加齢による物以外取り除かれていった。
――俺の中に宿っている駄馬、ユニコーンは乙女を守る為でないと本気を出さない。
だがそれでも、1割程度の力は常に垂れ流しのままになっている。
その一端が、この癒しの力だ。
とはいえ対象が乙女でない場合、小さな傷の治療や痛みの緩和しか出来ず、発動に時間もかかる。
使ってみると魔法というのは非常に面倒くさいもので、シュージの奴はよくもまぁポンポンと訳の分からない魔法を使えるものだと感心する。
「おぉ、楽になった! これなら明日も酒が飲める!」
だが、爺さんには一応の効果があったようだ。
俺の魔法が終わると、彼は勢いよく立ち上がり両手を掲げる。
「一時しのぎだから無理だって。こいつが効いてるうちに医者のところ行けよ」
そんな大したもんじゃないんだけどなぁ。
苦笑しながら、俺は爺さんに釘を刺した。
借り物の力を使って行ったこととはいえ、こうも喜ばれると少しは嬉しい。
「何でそんな頭してるのかと思ってたけど、ハルゾーは僧侶だったのね」
俺が思わず頬を緩めていると、丸い目をしてミスカが呟いた。
「まぁ……似たようなもんだ」
どうして異世界人に発音させるとはるぞうの「う」の部分が消えるのだろう。
疑問に思いつつ、俺はあいまいな答えを返す。
この世界で人を治療する術を持つものは、大抵僧侶などの宗教関係者だと目される。
最初に癒しの奇跡を使ったのが神の信奉者だったとか、魔族は治療の魔法が使えないだとか理由は様々。
そして僧侶には剃髪をしている人間が多い。
理由は日本の坊さんと同じく煩悩を払って身を清める意味だとか、髪を呪いに使われない為だとかこちらも様々。
この二つを結びつけ、ミスカは俺を旅の坊さんだと思ったらしい。
俺が髪を剃っている理由は見栄えの問題であり、人をこんな頭にせざるをえなくした神様なんぞには絶対に仕えるつもりはない。
が、説明のめんどくささは大体のことに勝つ。
「便利じゃのぅこりゃ。なぁ兄ちゃん。アンタこの村に住まんか?」
久々の快調な体のおかげか。上機嫌になった老人が俺の背中をバシバシと叩く。
まるで酔っているような絡み方だ。
「いや、俺は旅の途中なんで……」
シュージの親父さんが酔うと大体こんな感じだった。
それを思い出すとちょっと苦手意識が沸いてきて、俺はぎこちない返事をしてしまうのだ。
「何ならこの娘もおまけにつけるぞ」
「勝手におまけ扱いしないで!」
爺さんのセクハラはさらにエスカレートし、ついには隣の娘まで褒賞扱いしだす。
マジ? と視線を送ると彼女から思いっきり睨まれたので、若干揺らいだ俺の気持ちはすぐに大人しくなった。
「私は、こんな村なんかに骨を埋める気はないんだから……」
それからミスカは、ぷいと視線を逸らして呟く。
彼女の発言を聞くと、「またこんなこと言っておる」というような表情で爺さんが俺を見た。
いや、そんな視線をこちらに向けられても困る。
若者が都会に憧れるのは当然の事だ。
それに何より、「こんな世界出て行ってやる!」と公言してはフユイチとシュージに呆れられている俺が言えることなど何もない。
しかしどうやら彼女の田舎脱出願望は周知の事実のようで、しかも真剣には受け取られていないらしい。
なんだかシンパシーを感じなくもない。
実際に出て行くまで、こういうのは本気にされないものなのだ。
「……何?」
そんな事を考えながらミスカを見ていると、彼女は唇を尖らせたままそれをぶるると震わせ俺を見返した。
共感する部分は確かにあるが、こんな得体の知れない男に励まされても彼女は嬉しくないだろう。
「ええと、その、頑張れ?」
「バカにしてるでしょ」
試しに応援してみたが、やはり睨まれた。
やはり関わらないのが一番なんだろう、多分。
考えながらも、そうは行かないのだろうだろうなという予感も俺はひしひしと感じていた。