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勇者と魔王と……

「二人とも遅かったね」


 追いついた俺達に対して、フユイチが放った第一声がこれであった。


 人気のない村中の奥の奥。高い壁に囲まれた堅牢そうな門の前で、奴は菩薩のように笑う。


「ぶん殴るぞお前」


「俺達を待っていたことだけは誉めてやる」


 それを同じような半眼で睨んだ俺とシュージは、奴と並んで正面の門を見上げた。

 雨は上がり、空には抜けるような青空が広がっている。


「それにしても凄い格好だね、シュージ」


 隣のシュージを見て、フユイチが今度はくすりと笑った。

 フユイチの笑い方というのは、辞典を作れるほどの種類がある。


「うるさい。まだ服が乾いていなかったのだから仕方がなかろう」


 それに対して眉間の皺を更に深くするシュージ。

 こいつの場合は大体いつも不機嫌そうな仏頂面だ。 


 奴は着流しの上に黒マントという犯罪者ギリギリの格好を、マントの前を閉じることで隠した。


「マント自体着てくるなっての。で、どうする?」


 赤ん坊のおしゃぶりか。

 マント依存症のシュージを呆れた目で見た後、俺は編み笠のひさしをいじりながら二人に尋ねることにした。


「どうするって……」


 すると戸惑った様子を見せるフユイチ。

 だが、ここまで来ておいて何も思いつかないからこんな態度を取っているわけではない。


「もちろん正面突破だ」


 その隣のシュージが、胸を張ってそう言い出した。

 フユイチの奴は、それに力強く頷く。


 そう、こいつらは他に手段を知らないのだ。


「……ま、分かってたけどな」


 ここにいるのは二匹のゴリラだ。

 自らにそう言い聞かせ直し、俺はため息を吐いた。

 キングコングとか、怪獣とか、そういうもっと物騒な単語に置き換えても良い。


「……話は終わったか?」


 目の前の男が、どこか優しげな調子で尋ねてくる。

 ただし人相はいかつい。

 

 さっきからこの門の前に立っていながら、俺に一切の描写をされなかった男。

 いわゆる門番が、その場所には立っていた。


「あぁ、という訳でここを通してくれ」


 男に対し、俺はなるべく穏便にそう告げた。

 

「ふざけんな!」


 男の反応は、乱暴かつ模範的だった。

 彼は門番の仕事を果たすべく、手に持った棒を掲げる。


「どけ、ハルゾー」


 それに対し、俺の後ろからシュージがぬっと手を伸ばす。


「わ、バカお前!?」


 それだけで、俺は奴が何をしようとしているか察することができた。

 慌てて門番を引き倒す俺。


「お、俺にそんな趣味は……!」


「そういうの良いから!」


 小ボケまでこなすマルチな才能を俺が庇うのと、重厚な門が内側から破裂するのは同時だった。


「ひぃぃぃぃ!」


 破片が飛び散り、門番が悲鳴を上げる。


「何でこっち側に爆発させんだよ!?」


「阿呆ぅ。門のすぐ外に人質がいたら困るだろう」


 俺の抗議に、それをやったシュージが事も無げにそう答えた。

 いや人質を気にするならそもそも正面突破なんてするなと言いたいが、そのような場合ではない。


 爆発で起きた煙が晴れ、扉の内側の光景が明らかになったからだ。


 そしてそこは中庭となっており、その場所に縄で縛られた少女と腹の出た全裸のおっさんがいらっしゃったからだ。

 ……全裸のおっさんがいらっしゃったからだ。


 周囲には鎧を着た男達がずらっと並んでいたが、その中央があまりに衝撃的であったため、俺がそれに気づくまでは数秒を要した。


「んー! んー!」


 猿轡を咬まされた少女が、おそらく俺たちに助けを求める声を出す。


「そこまでだ!」


 その声に硬直からとけ、いち早く声を上げたのはフユイチだった。

 この場所で何が進行しているのか俺にはさっぱり分からなかったが、ともかく止めた方が良さそうなのは同意である。


 門番を庇っていた俺も慌てて立ち上がった。


「な、何者だ貴様ら! ええい、ぎ、儀式の邪魔をするとは」


 おっさんが狼狽した声を出しながら、周囲に何かを求めるような視線を投げかける。

 それに気づいた鎧の男達の一人が、奴にタオルを渡した。

 頷いたおっさんは、それを手早く腰へと巻く。

 きっとあの部下らしき男は出世することだろう。


 おっさんが、明日まで権力を保っていればだが。


「儀式か。どう見ても若い女を手篭めにしようとしているようにしか見えなかったが」


 シュージがずかずかと、中庭へと入り込む。

 まぁ扉をぶち壊したのだから、今更遠慮もあるまい。


 儀式……確かに更によく見れば、おっさんの足下辺りにベタな魔法陣が描かれており、その周囲には蝋燭が立っている。

 そのまま考えれば、少女はこれから生贄に捧げられるところだったということだろう。

 

 何か特殊なプレイの直前にしか思えなかったが、それは俺達の勘違いだったらしい。

 まぁどちらにせよ、止めることには変わりないが。


「や、奴らをつまみ出せ!」


 激昂したおっさんが、部下達に指示を出した。

 鎧を纏った男達は戸惑った様子ながら頷くと、一斉にこちらへと向かってくる。


「スケさんカクさん。懲らしめてやりなさい」


 自分が煽ったくせにシュージは歩調を緩めると、ご老公のような口調でこちらを見る。


「誰がスケカクか」


 門番が頭を抱えて震えたままであることを確認し、俺はシュージの横に並んだ。


「あ、僕印籠持ってる方が良いなぁ」


「スケさんな!」


 呑気なことを言いながら、スケさんことフユイチは俺達より前へと進み出た。

 そうして奴は、爺さんから借りた着流しの内側へと手をやる。


 迫る鎧の男達。対するはぺらっぺらの着流しを身につけた優男。

 しかし俺は、一切心配などしていなかった。


 男達が武器を振り上げ、それに合わせてフユイチが一歩踏み込み、懐から手を抜く。

 その瞬間、周囲が眩く光った。


 ――光が収まったとき、そこには唖然とした男達の顔があった。

 彼らの鎧全てに、定規で刻まれたような真っ直ぐな線が無数に走る。

 そして次の瞬間、男達の体から鉄くずとなった鎧が、そしてその下に着込んだ鎖帷子までもが剥がれ落ちる。


 残るのは、例外なくパンツ一丁にされた無惨な男達の抜け殻だ。

 誰もが自分の身に起こったことを理解できず、立ち尽くしている。


「またつまらぬ物を……ってやつかな」


 フユイチはと言えば、いつの間にか男達をすり抜け、城内へと入り込んでいた。

 刀身輝く光の剣をブォンと鳴らしながら、こちらへと振り向く。


 あれこそが奴の聖剣。斬りたい物は鋼鉄の鎧から相手の意識まで何でも斬り、他は一切を傷つけないという断罪の名刀グラヌセイバーだ。

 

「な、何者だ貴様は!?」


 と、今さらっと言ってやったが、もちろんこんな物そこらにごろごろしているはずがない。


 おっさんが至極もっともな問いかけをする。

 ただ、裸のおっさんに存在を問われるという点は割と理不尽に感じるかもしれない。


「僕は……」


 名乗ろうとするフユイチ。

 だがその前に、奴はもう一度剣を振るった。

 

 ガチン。という音がして、二つに折れた矢が床へと転がる。


「うぐっ」


 それを見、おっさんが呻く。

 どうやら屋敷の方から狙撃されたらしい。

 相変わらず尋常ではない目の良さと反射神経だ。


「無駄だよ、僕は……」


 フユイチは静かに告げる。その声音は狙撃されたからか名乗りを邪魔されたからか、冬の湖のような冷たさを覗かせている。


「き、貴様は無事でも後ろの奴らはどうかな!?」


 だが、再びの自己紹介を遮って、おっさんが片手を上げる。

 まずい。俺がそう思うと同時に、庭の奥にある高いお屋敷から一斉に弓を構えた男たちが現れる。


「やれ!」


 そしておっさんが手を下げると共に、俺達へ向け一斉に矢が放たれた。


「くっ!」


 俺はそれを、手に持った杖を高速で動かし叩き落とす。


「バーリアっ」


 矢を弾きながら横目でシュージを見ると、奴は見えない壁をなぞるように腕を動かす。

 するとシュージの頭上に半透明、半球状の防御魔法が出現し、矢をカチンカチンと防いでいく。


「ちょ、俺もその中入れろ!」


「男と合い傘をする趣味はない」


「傘じゃねぇだろそれ! あぶっ!」


 矢を弾き終えたと思った俺は、シュージにツッコミを入れた。

 が、直後に矢がもう一本飛んできたので、それを片足立ちで何とか避ける。


「飛んできた矢を、全て撃ってきた奴に叩き返すぐらいのことはできんのか」


 俺の(ザマ)を見て、ガラスの半球を手で持ち上げゴキブリのように這い出て来ながら、シュージが呆れたような声を出す。

 

「いやいやいや、普通の人間はまず矢を叩き落とせないから! ていうかそんな格好してる奴に文句言われたくねぇよ!」


 何もないところから出したバーリアっなのに、同じようには消せないのか。

 呆れながら俺がシュージから正面に視線を向けなおすと、矢を放たせたおっさんは頬をひきつらせていた。


「僕の連れも普通じゃないんだ。……まだ続ける?」


 ニコニコと人をオプション扱いしながら、フユイチはおっさんに問いかける。

 だがその言葉に、おっさんは痙攣させていた頬をぐっと吊り上げ脂ぎった笑みで応えた。


「ふっふっふ、追いつめられているのはどちらかな? 城内に入った時点で貴様らは無数の兵達に包囲されているのだぞ」


 そうして、笑みの理由を明かす。

 俺がぐるりと見回すと、確かに俺達がくぐってきた門の脇にも見張り台があり、その窓からうかつな狙撃兵が顔を覗かせていた。


 先ほどは準備が間に合わなかったのかも知れないが、また全方位から射かけられてはたまらない。

 そしてあの中や屋敷に待機しているのは、何も弓兵だけではないだろう。


「ほう、無数か」


 だが、そんな脅しはどこ吹く風と、笑う男がここにいた。

 シュージはおっさんの言葉に、一発でその性格の悪さを見抜かれるような笑いで返すと、二歩三歩と前に出る。

 都合三人の男が笑いあっているので、一見和やかな雰囲気にも見える。


「ならば見せてもらおう」


 そんな中、シュージが前方に構えた手を何かこねるように回しだした。

 すると、奴の手の間に水晶のような球が現れる。


「はっ、占いでも……!」


 するつもりか。今更魔法などで驚くものかと、おっさんが嘲るような声を出しかけた瞬間。


「ふんぬっ!」


 シュージはせっかく作り出した水晶を、いきなり床へと叩きつけた。

 だがその瞬間、砕け散った水晶がペキペキという音を立てながら地面へと爆発的に広がっていき、水晶の床を作る。


 いや、床だけではない。

 水晶の浸食は建物にまで広がっていき、ガラスハウスの如くその内部を露わにしていく。

 窓の奥から弓を構えている男達。伏せながら機会を窺う暗殺者達。騒動を知らず食事の用意をしていたコック達。その全てをだ。


 足下を見ると……こちらは鏡のような構造になっているようで、着流しの奥にある自らの股が見えて気分が悪くなった。


 ともかくシュージの魔法によって、周囲は一瞬にして何も隠すことが出来ない恐ろしい風景となった。


「無数、というには少ないようだな」


 それを実行したシュージは、隠れていた兵達をひぃふぃみぃと数え、涼しい顔で笑う。

 自らの黒衣と着流しの下から何が見えようとお構いなしだ。


「お前はやることが一々大げさなんだよ……」


「ふっふっふ、いずれ服まで透けさせてやる予定だ」


「男は省けよ」


 俺の抗議も聞かずに含み笑いをするシュージに一応の注意をして、俺はため息を吐いた。

 

「き、貴様! 一体何者だ!」


 元々隠す面積の少ない領主のおっさんが、先ほどした質問を今度はシュージへと叫ぶ。

 

 にやり。それを受け、待ってましたとばかりにシュージが口を歪めた。


 そうして奴は、矢が飛んでこないのを確認すると自らの頬へと手をかける。


 べりべりべり!

 という音がし、奴の顔から何かが剥がれる音がする。

 しかし、その下から現れたのは何一つ変わらず傲岸不遜なシュージの顔だ。

 

「貴様! いや、貴方様は!」


 だが、領主は驚愕の声を上げる。

 やっこさんからすれば、おそらく本当にシュージが覆面を取ったように感じられただろう。


 認識錯誤の魔法。

 自らの容姿を変化させないまま、その正体を周囲に気取られなくさせるという魔法だ。

 目には見えない覆面型の魔法を、シュージは自らへと常にかけているのだ。


 そして、それを解いたシュージがあの男からどう見えるかと言えば……。


「魔王シュージ!」


「魔王と呼ぶな!」


 悲鳴に近い声を上げたおっさんを、シュージが怒鳴りつけた。 


 ――2年前、勇者によって倒された魔族の王。

 これが一番有名な魔王である。


 だがこの男、シュージがそれというわけではない。

 

 この世界の一番広い大陸、フォズンランドは現在二つの帝国によって支配されている。

 東を治めるは 強大な武力を持つ軍事帝国オーヴェスパ。

 そしてその王は、武に優れた王、武王と呼ばれる。


 反対にここ、俺たちがいるエストマは魔法研究が盛んな魔法国家だ。

 そこでこの場所の王は、武王の反対でこう呼ばれている。


 魔王、と。


「な、何故このような辺境に上様が!?」


 おっさんが悲鳴を上げる。

 いち地方領主がいくら権力を持っているとしても、それらを数十まとめ上げている王に適うはずがない。


「ええい黙れ! 貴様の悪行しかと見たぞ!」


 シュージが吠えた。その背後に、大口を開けた黒い獅子の幻影が顕れる。

 地を治める金鬣の黒獅子。それがこいつの魔力の源。五年前誰かからこいつに与えられた反則級の力だ。


 奴はこの怪しげな力を使って、短期間で根無し草から王へと上り詰めたのだ。


「ズルいなシュージ。自分だけ」


 時代劇のお約束を一通りこなしてご満悦顔のシュージに、フユイチが口をとがらせる。


「お前も名乗れば良かろう」


 普段ニッコニコしているフユイチにそんな表情をさせたのが嬉しいのか。

 シュージは意地悪い笑みを更に深くすると奴へそう言った。


「えーと、僕は……」


 そしてそれを受けたフユイチが、若干気まずそうにしながら名乗ろうとする。

 その時――。


 カン。という音が鳴り、フユイチの手前に折れた矢が落ちる。


「は、ぁ?」


 今度こそ奇襲に成功したと思ったのだろう。目の前にいるおっさんが理解不能という声を上げる。


「まったく……」


 フユイチが深いため息を吐いた。


 どうやら、奴の自己紹介中に再び矢を射かけた命知らずがいるらしい。

 フユイチは目にも留まらぬ早さで抜き打ったグラヌセイバーを地面へと無造作に投げ捨てると、再び懐に手をやる。


 そうして次に奴が取り出したのは、炎の意匠を象った剣の柄であった。

 もっともそれが柄だと判別できたのは、俺がそれの正体を知っているからで、周囲の人間にはオブジェか何かに見えたに違いない。


「やっ」


 短い呼気と共に、そのオブジェ(仮)をフユイチが縦に振るう。

 次の瞬間、ボゥッ! という音がして、奴の前に人間大の火球が出現した。


「なぁっ!?」


 裸のおっさんを初め、城内の全員があんぐりと口を開ける。

 一方振るわれた柄からは炎が噴出しており、それが刃を形作っていた。


「とうっ!」


 そしてその場にいる大体の人間が唖然としている間に、フユイチは火球を横へ薙ぐように剣を振るう。

 すると目の前の火球が半分に割れ、中から火の粉が散った。


 その火の粉が小鳥の形へ変化し、それらがぴよぴよと可愛らしい声を上げ、空へと飛んでいく。


 こうなると大体の人間は脳が処理限界を迎える。

 周囲の人間が硬直する中、炎でできたひよこ達は、先ほど俺たちが射掛けられた辺りの屋上へと姿を消す。

 少々間があって、屋上から煙と悲鳴が上がり始めた。


「な、何だあれは!?」


「何が起こった!?」


「ひよこ!? ひよこが飛んだ!?」


 あまりに唐突な出来事に、俺とシュージ以外の全員が恐慌状態に陥る。

 猿ぐつわをされた少女も、丘に跳ね上げられた魚のごとくビタンビタンとのた打ち回っていた。


「大丈夫。燃やすのは武器だけのはずだから」


 そんな彼らを安心させるように……いや、誰も理解が追いついていないのでそんな心配すらできていないのだが、ともかくフユイチがにっこりと笑う。

 奴が持った炎の刀を振ると、じゅっという音を立てて刀身が消えた。


 ――鳳凰剣滅悪刀。

 名前は最悪だが、一振りで視界内のあらゆる物を消し炭にする、最凶の聖剣だ。

 フユイチが与えられた力。天舞う暁の鳳凰の力の象徴である。


「怒ってます? フユイチさん」


「いや、別に怒ってはいないんだけど。ただ、名乗りの途中で射かけらてられるのって行列に割り込んでくる人並みに許せないんだよね」


 恐る恐る俺が聞くと、フユイチが笑顔のまま妙に早口で答える。

 そういうのを怒っているというのだ。とは薮蛇になりそうなので言えない。

 まぁ、名乗りを3度も邪魔されればこうなろう。まさに仏の顔も三度まで、ということ。


「さすがは勇者様だな」


 口の端をひんまげ、シュージが皮肉げに言う。

 自分より派手な事をしたのが気に食わなかったのかもしれない。


「勇者だと!?」


「まさかあの、勇者フユ!」


「いや、あの剣! 間違いない!」


 と、そんな奴の言葉に、周囲の人間達が一斉にざわめき出す。 

 それもそのはず。勇者フユといえば、この世界では魔王シュージより知らぬ者がいない有名人だからだ。


 この世界では約500年前から人間と魔族の戦いが続いており、人類は常に劣勢であった。

 

 その戦況をほぼ独力でひっくり返し、魔王を倒して戦争を終わらせてしまったという眉唾反則創作確定しかし実在人物が、勇者フユである。

 そしてそれは、間違いなくこのニコニコスマイルの放火魔であった。


「結局名乗れなかったなぁ」


 自分の正体が名乗るまでもなく知れてしまったのに気づき、フユイチが不満そうな顔をする。


 名乗るまでもなく正体を知られているほうが凄い。

 俺などはそう思うのだが、こいつの場合ただ時代劇ごっこがしたかっただけで、自分がどれだけ認知されているかには興味が無いのだろう。


 実に嫌味な話である。


 城内の人間が、唖然とした様子で二人を順に見る。

 そうして奴らの目は、自然と俺へと向いた。


「勇者、そして魔王……」


 と、くればお前はなんだ。

 彼らの視線は絶望というより、やけっぱちの期待が込められているように見える。


「言ってやれ、ハルゾー」


 にやりと、意地悪く唇を歪めたシュージが俺へと語りかける。


「やれやれ……」


 それを受け、俺は一歩前に出る。


 ごくり。悪人どもが固唾を飲んで俺の言葉を待つ。

 そんな彼らに、俺は言ってやった。


「俺の名は、ハルゾー! 君人ハルゾー!」


 勢いよく名乗ると、周囲の人間がお互いの顔を見る。

 ざわざわと交わされる言葉は、「知ってる?」「いや……」だ。


 そのざわめきを余裕の笑みで楽しんでから、俺は更に告げてやる。


「……以上です」


「えー……」


 誰とも知れない落胆の声が、観衆の中から漏れ出た。

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