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遺跡好きのティセリさん

「あの、私……ティセリ=イセリカントと言います」


 長い階段を降りながら、少女が名乗る。

 扉から射し込む太陽の光も、そろそろ届かないような深さになっており、その顔は窺えない。


「ハルゾー。明かりをお願い」


 そんな闇の中から、フユイチが俺へ催促する声が聞こえる。


「勇者ハルゾーさんなのですか?」


「いや、ハルゾーは俺ね。魔法ならシュージに頼めよ」


 暗闇の中で勘違いしたらしい少女――ティセリの勘違いを正しながら、俺はシュージへと役目をポイする。

 明かりをつける魔法なら俺にも使えるが、こういうのはリソースが余っている奴がやるべきだろう。


「勇者シュージさんなのですか?」


「誰が勇者などというしちめんどくさい役割を請け負うか。仕方ない……」


 魔王扱いも嫌だが勇者扱いも嫌らしい。そんな暗闇の中シュージが指を頭上に掲げるのが見える。

 次の瞬間、その指先に銀色の球体が出現した。

 鏡を無数に貼り付けたような外見のそれは、奴が左右に腰を振るたび光を増し、上昇していく。


「フィーバー!」


「うるせぇよ。普通に出来ないのかお前は」


「詠唱を省いても良いが、その場合全員の目が眩しさで潰れるぞ」


 シュージが身振りや詠唱を必要とする魔法は、大抵こいつの魔力がでか過ぎて普通に使うと制御できない代物である。

 だからってその詠唱は無いだろう。


「はぉぉ」


 少女が感嘆の息を漏らす。

 これで良いのか……まぁ良いか。


、とにかく俺は、彼女にまとめて自己紹介をすることにした。


「俺がハルゾー。こっちがシュージ。んで伝説の勇者フユイチ」


「や、やっぱり貴方は伝説の勇者フユ様だったのですか……」


 すると少女は、目をキラキラと輝かせてフユイチを見る。


 やはり勇者という生き物の憧れられ度はおかしい。


 一方で自身にかけている認識錯誤の魔法のおかげか、それともこんなガラの悪い奴と王様を結びつけられないのか。

 少女はシュージの名前を聞いても、奴の正体に気づくことはなかった。


「うぬぬ……」


 納得いかない。と顔に書いたシュージが、自らの顎に手をやり認識錯誤の魔法を解こうとする。


「やめとけ。虚しいだけだぞ」


 仮に正体が分かったとしても、勇者以上のリアクションはもらえないだろう。

 俺は若干同情しながらシュージを宥めた。


「それで、ティセリはどうして遺跡を調べてたの?」


 一方で、俺達のやり取りに構うことなくフユイチがティセリに尋ねる。


「私、遺跡が好きなのです」


 対する彼女の返事は、非常にシンプルな物だった。

 しかし明かりに照らされたその顔は、まるで恋人のことを話しているかのように紅潮している。


 ……さっき、その大好きな遺跡を爆破しようとしていなかったか。

 そんなつっこみは野暮なので、俺は控えることにした。


「それで、いつか遺跡に入りたいと文献を調べていたのですが……一緒に遺跡に入ってくれる方はいなくて」


 この世界には、遺跡と呼ばれるものが数多く存在する。

 それは魔物の前身――魔族が神の起こした大洪水によって流される以前に建てた物であったり、今回のように女神自身が造ったとされる物だったりする。


 どちらにせよ中には現代には無いお宝が眠っている場合があり、これを漁って生計を立てる『冒険者』なるものも見事に存在する。

 遺跡の中はそれをシェルターのようにして生き残った魔族や、侵入者撃退用の罠が溢れ大変危険だ。


 宝をなるべく少ない頭数で等分するためにも、冒険者達のメンバーは非常に厳選されるのであるが……。


「お嬢さん。自分の身は守れるのかな?」


「ぁあぅ……ごめんなさいなのです。私、研究ばかりで戦闘は……」


 あくまで穏やかにフユイチが尋ねると、少女は申し訳なさそうに縮こまった。

 そう、自分で自分を守れないものは、よほどの報酬でも積まない限り冒険者とは探索できないのだ。


「どうしても、一緒に行きたいの?」


「は、はい! どうしても行きたいのです!」


 俺達と一緒にいたって、危険なのは変わらない。

 フユイチが念押しのように尋ねると、彼女は力強く頷いた。


 そんなティセリに体ごと振り向くと、勇者フユイチはその顔をじっと見つめて尋ねた。


「君は、処女?」


 全員の足が止まり、沈黙が訪れる。


「え、ひゃ、はっ!?」


 ワンテンポ遅れてサバンナに住む小動物のような声を上げたティセリが、混乱に混乱を重ねた後、何かに気づいたような表情になる。

 

 ……そう、よほどの報酬を積まないと、冒険者とは探索できないのだ。

 なれば自分が捧げなければならない報酬とは。


 彼女の思考は、おそらくそこに行き着いたはずである。


「は、はい……」


 顔を赤らめながら、小さく、ティセリは返事をする。

 なんだろう。俺の胸がドキドキする。


「じゃぁ君はハルゾーの隣ね。僕が前で、シュージは明かりを持ってるし僕の隣」


 満足げに頷いたフユイチは、俺達にささっと指示を飛ばした。


「うむ、俺様の前に人はいない」


 シュージが尊大に頷いて、フユイチの横に並ぶ。


「彼女を頼んだよ。ハルゾー」


 それを確認したフユイチは、まるで邪気の無い笑顔で俺に彼女を託した。


 ……もちろん、フユイチが報酬の代わりに彼女の体を要求する訳は無い。

 ようするにこいつは、彼女がユニコーンの能力を引き出せるなら俺に守らせ、そうでないなら別の方策を取ろうとしただけだ。


「それじゃぁ行こうか」


 しかしそんな事は露ほども説明せず、フユイチはさっさと進んでいってしまう。

 仕方なく、指示された通りの隊列で奴についていく俺達。


「と、とんでもない人についてきてしまったのです……でも遺跡の為だし……ちゃんと約束したわけじゃないし」


 ティセリは呪文のようにぶつぶつ呟きながら、俺の横を歩いている。


 今の彼女にユニコーンの力がどうとか話しても、聞き入れてはもらえないだろう。

 別に、勇者フユイチの好感度が著しくダウンしたのをちょっぴり嬉しく思っている訳ではない。


 俺は決してフユイチの横でニヤニヤと笑っている気持ち悪い男の同類などではないのだ。


 そうしてしばらく下ると、ようやく広間らしきものが見えてきた。


「ここからは罠もあるだろうから気をつけて」


 フユイチの警告が飛ぶ。

 俺は遺跡に潜ったことなどそう何度も無いので詳しくないが、確かにこういった場所には罠が仕掛けられていると聞いたことはある。


「い、行くか」


「は、はい」


 俺とティセリがそろそろと階段を降りきると、そこは正方形をした小部屋となっており、中央には教壇、もしくは祭壇のような物が備え付けてある。

 そしてその上に置いてあったのは、黄金に輝く趣味の悪い兜だった。


「オーナイスカブートー」

 

 それを見た瞬間、何故かエセ外人のような口調をしたシュウジがずかずかと部屋の中へと踏み込む。


 当然のように奴の足元から「カチリ」という音が鳴り、部屋の奥から矢がひゅんと飛んできた。


 しかも作動させたシュウジではなく、俺に向かってだ。


「うお!?」


 咄嗟に叩き落すこともできず、後方へ倒れこむ俺。

 もちろん、そんな動きで矢を完全にかわすことは出来ず……。


「はうあうあうあう……」


 グサリ。

 矢は、俺の目の鼻先、被っていた編み笠をぶっすり突き刺して止まった。


 隣のティセリが、そのバイオレンスな光景に卒倒しそうになっている。


「お、お、お……」


 女性が隣にいようが、彼女がピンチにならない限りユニコーンは力を発揮しない。

 俺の生命の危機だろうが、一歩も譲らず発揮しない。


「お前人の話聞けよ!」


 自らの身で改めてそれを実感した俺は、シュウジに叫んだ。


「ぬ、メッキだなこれは」


 が、奴ぁ人の話なんぞ聞いておらず、拾った兜を持ってぶつぶつと呟いている。


「大体、何で作動させた奴じゃなくてこっちに来るんだよ!?」


「まぁ作動させてくれるようなおっちょこちょいは残して、他の人間に被害が出るほうが効率的だからね」


 腹立ちが収まらずに食らった理不尽その2につっ込むと、フユイチは中々辛らつなことを笑顔でのたまわった。


「誰がおっちょこちょいだ!」


 そういう言葉はちゃんと聞こえるらしく、黄金の兜を抱えたシュウジは憤慨してこちらに戻ってくる。

 

 なるほど。こうやってパーティーに不和ができれば万々歳というわけだ……。

 この遺跡を造ったのは女神ティンダロッドとか言っていたか。

 物凄く良い趣味してやがる。


「どうしてくれんだよ、これ」


 矢の刺さった編み笠を外し、俺は嘆いた。

 矢は中途半端な刺さり方をしており、無理に外せば編み笠のほうが壊れてしまいそうだ。


 ため息を吐く俺に、シュウジが拾ったばかりの兜を差し出した。

 その目は何故だか藪睨みである。


「これでも被っていろ。反射が眩しくていかん」


 ……どうやら頭上の光魔法が、俺の頭に反射しているらしい。

 いやそれでもそんな光り輝かねーよとティセリのほうを見ると、彼女も何やら目を細めへちゃむくれな顔をしている。


「呪われたアイテムだったら恨むからな」


 これ以上議論を重ねても自分が傷つくだけだと判断して、俺は光る頭を金メッキで光る兜で隠すという屈辱に甘んじた。


「に、似合ってるのですよ」


 矢の襲撃から今の今まで硬直していたティセリが、体内の勇気を絞りきった様子で俺をフォローする。

 フォローだと分かりきっていて、正直あんまり嬉しくはない。

 フォローじゃなかったとしたら俺はこの金メッキ兜が似合うような人間だということで、それもまた嬉しくない。


「おう、ありがとう……」


 が、つついたら倒れてしまいそうなティセリの様子を見て、俺はおばあちゃんの選んでくれた服を受け取る孫のような気持ちで彼女に礼を言った。


「とにかく、シュージは後ろにいたほうが良いね。ハルゾー、その棒貸してくれる?」


 同じく孫を見守る爺さんのような笑顔を浮かべたフユイチが、シュージを後ろに追いやると俺に手を差し出す。


「はいよ。賢者の杖」


 そんな奴の手に、俺は普段から使っている木の棒を渡した。


 いつも草を払ったり道に迷ったときに倒してみたり粗雑に使っているこの棒。

 飾り気も無くつるんとしており一見はただの棒に見えるが、異世界に召喚されたときには手の中にあったことから考えるに、おそらく俺を召喚した奴からのサービス品である。

 何度か失くしたことがあるがその度に戻ってきたので、これこそ呪いのアイテムかもしれない。


 能力は……特に無い。

 あるのかもしれないが、普段は特に恩恵を感じず、ユニコーンの力が発揮されている状態だとどれがこの杖の能力か判別もつかないので無いのと一緒だ。


「け、賢者の杖?」


「そう彫ってあるんだよ」


 では何故そんな大層な名前がついたかというと、それはこの杖に彫刻刀で彫ったような荒さでそう刻まれているからだ。

 フユイチの持つ鳳凰剣滅悪刀も柄に暴走族のような書体で名前が書かれているが、何でこすろうと消えないらしい。


「ありがと、それじゃ待ってて」


 そんな俺達のやり取りを気にもせず、賢者の杖を手にした勇者フユイチは部屋の中に入るとコツコツ床や天井を叩いていく。


「このパターンだと……これでこの部屋の罠は解除されたと思わせておいて……ほら、ここにあった」


 壁の隅まで丁寧に調べていく様は、勇者より盗賊……もしくは汚れ落としに執念を注ぐ掃除夫のようだ。


「勇者様、何か楽しそうなのですね」


 何故かほのぼのとした表情で、ティセリが呟く。

 彼女は自分の純潔があの野郎に予約されたことなど、すっかり忘れているようだ。

 まぁ、そもそも勘違いなのだけれど……。


「あいつ、本来は迷宮とか大好きだからな」


「え、じゃぁ私と一緒なのですか!?


 俺が答えると、案の定というかティセリは目を輝かせて手を合わせる。


「あいつが好きなのはダンジョンを攻略することだ。歴史的価値になど興味はない」


 せっかく下がったフユイチの株価が持ち直してきたのが面白くないのか。

 シュージが口を尖らせ呟く。


「昔持ち回りGMでTRPGとかやらされたよな」


 その言葉で思い出し、俺は思わず遠い目をした。 


「お前の持ちキャラはよく死んだな」


「お前らのシナリオがガッチガチすぎるんだよ!」


「よく分からないけれど、皆さんは仲良しなのですね」


 地球での話題に俺達が華を咲かせていると、ティセリが少々困った顔で笑う。

 よく考えればTRPGなんて地球でもマイナーな遊びの話題で盛り上がられても、彼女は入って来れないだろう。


「いや、別にそういう訳じゃ……」


 地球にいた頃にもこうやって、俺達だけで盛り上がってフユイチ目当ての女子が閉口したことがあったな。

 などと思い出しつつ、俺はティセリ向き直る。


「まぁ勇者時代はストレスの溜まる探索ばかりだったろうからな」


「遺跡でストレス……なのです?」


 そうして俺が呟くと、ティセリは理解が出来ないことを聞いた、とでもいうように首を傾げた。

 この娘は本当に遺跡が好きらしい。


 まぁ置いておくとして。

 確かに地球では、フユイチもミニチュアを使って迷宮にもぐる時、非常に楽しそうにしていた。

 こういうのを現実でもやってみたいね。なんてアホな事も言っていた覚えがある。

 しかし……。


「でもこの世界であいつがそういうところに潜るってことはつまり、世界の命運とか掛かっちまう訳で……しかもあいつについていける奴なんてそうそういないから」


 実際に迷宮へもぐる身となったフユイチに襲い掛かったのは、厳しい現実だった。

 迷宮に潜る理由は、大抵人間を脅かす魔物の退治。

 しかもそこに「勇者様を一人で過酷な迷宮になど行かせられない」とばかりに従者達が集う。

 だが、勇者フユイチの無茶苦茶な強さに比肩する人間などそうそういない。


 断れば良いと思うのだが、勇者界にも色々としがらみがあり、無下にするわけにも行かなかったそうだ。


 で、結局奴はダンジョンの脅威よりも、味方の安全に心を砕くことになる。

 だからこうやってダンジョンを堪能できることなど、ほとんどなかったのだろう。


「ハルゾーさん達は大丈夫なのですか?」


「俺様は無敵だからな!」


 ティセリが俺の顔を覗き込むようにして尋ねると、何故かシュージのほうが胸を張ってそう答える。

 まぁお前はどんな罠踏み抜こうが平気だろうが、こちとらあの程度の罠でも余裕で死ねるのである。


「信頼されてるのですね」


「信頼ってより雑に扱われてるだけだろ」


 薄々気づいてはいたがこの娘、大概頭がお花畑である。

 何故か我が事のように笑う彼女ティセリの視線がくすぐったくて、俺はそっぽを向いてそう答えた。


「もう大丈夫みたいだよ。行こう」


 そうこうしているうちに、罠探索を終えたフユイチが戻ってきて俺達を促す。


「結局いくつあったんだ?」


「見つけられたのは10個。あ、そこの床踏まないようにね」


 その笑顔はいつもよりご満悦ムードに溢れている。

 そしてその表情のまま奴が恐ろしい事を告げるので、思わずつま先立ちになって俺は広間を歩いた。


「って、そこダメだってよ」


 隣のティセリが、注意された床を豪快に踏み抜こうとしているのを制止するのも忘れない。


「あ、は、はいごめんなさいなのです!」


 我に返った様子のティセリが、あたふたと俺に謝る。


「どうした?」


 マイペース二人組はとっとと前に進んでいる。

 遅れないようにしながら、俺は彼女に尋ねた。


「やっぱり、その……遺跡を探索するなら、仲間に見合う実力を持っていないとダメなのでしょうか?」


 するとティセリは、顔を伏せながら俺に尋ねる。

 俺にそれを聞くかと思わないでもないが、フユイチやシュージに聞いても尚しょうがない質問ではあるだろう。


「ダメってたないだろうけど、お互いに苦労は増えるだろうな」


 結局俺は、彼女にそんな煮え切らない言葉を返した。

 というか、そんな事しか言えなかったというほうが正しい。


「そう、なのですよね」


 案の定、ティセリは余計に落ち込んでしまったようだ。

 綺麗ごとでも慰めたほうが良かっただろうか。

 

 長い長い通路を歩きながら、俺達はしばらく無言で歩いた。



 ◇◆◇◆◇


 

 それからしばらくは、右へ左へと曲がる通路が続いた。

 ティセリは相変わらず浮かない顔をしている。


 先ほどの俺の返事も原因だろう。

 罪悪感を抱えた俺は、彼女に尋ねた。


「ティセリは、遺跡のどこが好きなんだ?」


「え、あ、うぇ!?」


 すると、ティセリはまたぼぉっとしていたようで、面白い声を出しながら俺のほうへ顔を向ける。


「あ、いや、ちょっと不思議に思ってさ」


 唐突な質問だっただろうか。彼女の反応に俺のほうまで動揺しながら、言葉を足す。


「……お爺ちゃんが、遺跡学者だったんです」


 すると、ティセリはぽつりとそんな事を呟いた。


「爺さんの時代の遺跡って、ほとんど魔物の巣窟だったはずだよな」


 今回みたいに封がされている遺跡は別として、前述の洪水シェルターだった遺跡には魔物が大量に住み着き前線基地となっていたはずだ。

 それを調べるとなると、相当な苦労があっただろう。


「はい、でもお爺ちゃんは遺跡を調査したい一心で魔物たちをバシバシとやっつけて、王様からも表彰されるほどの学者だったのです!」


 過去形だからきっと故人だろうし。

 少々話し辛い話題かとも思いながら俺が尋ねると、ティセリからは思いのほかファンキーな答えが返ってきた。

 しかも、彼女の表情は今までにない誇らしげな物である。


 表彰されたっていうのは、遺跡調査の功績でだろうか。それとも魔物をバシバシやっつけた部分だろうか。


「お爺ちゃんは中々帰ってきませんでしたが、帰ってきた時は遺跡のお話しをいっぱいしてくれたのです」


 考える俺を他所に、ティセリは懐かしそうに語る。


「へぇ、良い爺様だな」


 うちの爺様なんか、ボケているわけでもないのに俺の名前を間違えてくれてばかりだったというのに。

 思い返しながら相槌を打つ俺。


「のですのです!」


 するとティセリから、中々個性的な肯定が返ってきた。


 ……忘れがちだが彼女の言葉は、俺達に理解できるよう日本語に翻訳されているわけで。

 その翻訳が何かバグっているのだろうか。


「だから私も、ずっと遺跡に憧れてて……」


 ともかく嬉しそうな返事をし、ティセリは初恋を思わせるような口調でぽつぽつと語った。 

 しかしそんな彼女の顔が、段々と翳っていく。


「でもダメなのですね。憧れだけで遺跡に入ろうだなんて……」


「――じゃぁ念願の遺跡な訳だ」


 気がつけば、後半のセリフを無視するようにして俺は呟いていた。 


「そう、なのですね」


 きょとんとした顔で、ティセリが頷く。


「それなら、楽しまないとな」


 そんな彼女に、自分の無意識の行動を誤魔化すようにして俺は笑いかけた。


 遺跡の楽しさを教えた爺さんも、初遺跡で孫に暗い顔をされては浮かばれないだろう。


「は、はい! そうなのですよね!」


 ティセリにも俺の気持ちが伝わったようで、彼女は笑顔で頷く。

 半分は俺に気を使ってくれたものだろうが、笑顔は笑顔だ。


 やっぱり女の子は笑顔でないとな。

 などという臭いセリフが頭に沸いて、俺は慌ててそれを打ち消したのだった。

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