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そして旅は続く

 カァー。カァー。

 カラスの声が響く。


「商人のイサール=リブンドルが吐いた。確かに奴は怪盗マグロックの息子だそうだ」


 夕暮れ。頬を押さえて黄昏ている俺の横にはいつの間にかシュージが立っており、そんな事を呟いた。


「狙いはやっぱり財宝?」


 同じく反対側にはいつの間にかフユイチが立っており、シュージに尋ねる。


「いや、父の遺品を整理していたところ、犯罪の証拠を例の隠し部屋に遺していたとの記述を発見したらしい」


「それに慌てて鉱山ごと買い取ろうとしたんだね」


「ま、買い取った分の費用は財宝で回収する算段だったらしいがな」


 村長と商人の安全は、こいつら二人で確保したらしい。

 で、シュージが自分の正体を明かし、おっさんらに何もかも白状させたそうだ。


「だが、財宝は長年熱湯に浸されていたせいでほとんどが劣化してしまっていた。時効を迎えた後宝を回収しようとしていた村長の目論見もパァだな」


 自らの目論見もパァになったからだろう。不機嫌な様子でシュージは語る。


「それじゃ……この村は」


 二人の会話をぼんやりと聞き流していた俺だが、さすがに気になって、シュージに尋ねた。


「あの後地質調査をしてみたところ、この村には宝物庫の他にも複数の源泉があることが発覚した」


 すると奴は、鼻息を吐きながらそう答える。


「……この短時間でよくそこまで調べたな」


「ふっふっふ、この俺の調査能力を侮るな」


「お前のじゃなくて忍者の彼を褒めたいんだが」

 

 調査をしたのも100パーセント彼だろう。

 案の定、シュージは例の紙束を取り出してふむふむと読み始める。


「この村の湯は、治癒の効力を高める鉱石であるハテロダイアンが年月をかけゆっくりと水に溶け出したものだそうだ。美肌や神経痛の緩和、その他あらゆる傷に効果があるようだな」


 本当によく調べてある。感心するが、何故かまたこの男が図に乗るのだろうと予測して俺は仏頂面を貫いた。


「これを使って村おこしでも出来たら良いね」


 フユイチはと言えば、どこか遠くの未来でも見つめながら呟く。


 しかしここは、爺さん婆さんと無骨な炭鉱夫のおっちゃんらが集う村だ。

 湯があったとしてもそれを整備して商売なんぞできるんだろうか。


「今回の件、それに怪盗マグロの正体に目を瞑ることを条件に、イサールはこの村の支援を行うと約束した」


 そんな俺の不安を見透かしたように、シュージが呟く。


「約束させた、だろ? あんまり追い込んでやるなよ」


 確かにあのおっさん、部下のチンピラを制御できなかったり町人の不安を煽ったりはしたが、破産だの破滅だのさせられるほどの罪ではないはずだ。


「成功する見込みがあるからこそ支援させるのだ。国でも手を貸す」


 するとシュージの奴は、ふんと息を吐きながらそう答えた。

 一転つっけんどんな様子になったのは、この村に肩入れしていると思われたくないからだろうか。


 『シュージもあんなことを言って、人助けがしたいんだよ』という何時だったかのフユイチの言葉がリフレインして、俺はげんなりとした。

 男のツンデレというのは間近で見ると気持ち悪い。知り合いだとなおキツい。


 げんなりした俺は、よっこらしょっと立ち上がった。

 聞きたいことは大体聞いた。


「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」


「はい、行ってらっしゃい」


「しっかり責任とってこい」


 行き先を告げた訳でもないのに、奴らは問いただすこともなくむしろ囃し立てる。

 ありがたいんだかムカつくんだか……。

 ともかく俺は、奴らの元から離れある場所へと向かった。



 ◇◆◇◆◇



 シュージ達と別れた俺は、一人町外れの泉へと向かった。

 約束をしていた訳ではない。

 ただ、ここ以外に彼女が行く場所を、俺が知らなかっただけだ。


「脱がないのか?」


 俺が声をかけると、彼女――ミスカは丸い目をして振り返る。


「残念でした。これを捨てに来ただけよ」


 それから微笑んで、胸元に仕舞ってあったペンダントを見せた。


「不法投棄は良くないぞ」


「大丈夫よ。これだってハテロダイアンなんだから立派な温泉の素になるわ」


 なんだか入浴剤のような扱いだ。

 それはそれで問題になるのではと思いながらミスカを見ると、服を着ている以外にも少々おかしいことがあった。


「何その木刀」


 彼女の手に、割としっかりとした作りの木刀が握られていたのだ。


「人の入浴を覗く不埒者を退治する用」


 尋ねると、ミスカはそう返して木刀を振り上げる。


「ちょ、ちょっと待てストップ! ……えーと、その、色々悪かった」


 彼女を探していた理由を思い出した俺は、その凶器が振り降ろされる前にミスカへ謝った。

 するとミスカは素直に木刀を引っ込め、「冗談」と力なく笑う。


「私こそごめんね。村を助けてくれたのに、叩いたりして」


 いやしかし、裸を見たのは事実な訳で……。

 ていうか村を洪水の危機に曝したのはうちの阿呆どもな訳で。


 気まずい気持ちになって、俺はミスカに叩かれた頬に手をやる。

 腫れはすっかり引いていた。


「私、やっぱり力が欲しいと思って」


 一方ミスカはあらぬ方向を見ると、木刀で素振りを始めた。


「力……?」


 ウェイトレスをする時にトレイを持つのが辛いとかそういうことだろうか。


「村の皆が大変な時、私は、何もできなかった」


 首を傾げる俺に、彼女は木刀を振りながらそう答える。


「いや、あれは……!」


 あんな時、何か出来る奴のほうが稀だろう。

 言いかけて、俺は口をつぐんだ。


 借り物の力とはいえ、何とか出来てしまった奴が言っても嫌味でしかないからだ。


「だからやっぱり、ハルゾーが羨ましい」


 どう言おうか俺が迷っていると、ミスカはこちらを向いて笑った。

 その笑顔は、泉の反射が作り出す逆光のせいか少し翳って見える。


「私、貴方は自分と一緒だと思ってた」


 そして、彼女は顔を伏せ語りだす。


「凄い人達を羨んで、でも、自分に特別な力がないことを理由にして、今のままに甘えてる……同じ人種だと思った」


 その内容には、色々とつっこみたい箇所がある。

 否定したい部分もある。

 だが、あいつらを羨む気持ちが俺の中に有るのも事実だ。


「でも、貴方はそんなことなかった」


 思い出し、凹んでいる俺にミスカが笑いかける。

 調子の良い俺は、そこで、お? と思ってしまう。


「本当は特別な力を隠してて、私にお説教なんかして。しかも裸まで見て。そう思ったらカッときてぶっちゃった。ごめんなさい」


 が、彼女から降ってきたのは、更なる追撃であった。

 どうやら俺の株は、結構な状態まで下がりきっていたようだ。


 それを知った俺は、がっくりとうなだれる。


「あー……その、調子に乗って本当にごめんなさい」


 そうしながら、俺は彼女に心から謝った。

 やはり説教などするべきではない。


「ち、違うんだってば! その、それは誤解だって分かったから!」


 だが、そんな俺に対してミスカが慌てて手を振る。

 誤解って何が? 俺が視線を送ると、彼女は息を整えて、それから微笑んだ。


「だって貴方は、あの場から動かなかったじゃない」


 その笑みに俺は少々の間硬直し、それから、あの水押し寄せる坑道前での事だと気づく。


「あ、あぁ……あぁ?」


 が、それが何の証明か分からず、曖昧な声を出した。


「貴方の力って、その、お、乙女がいないと使えないんでしょ?」


 やはり自分を乙女呼びするのが恥ずかしいのか。どもりながらミスカは俺に問いかける。


 誇ることではないが、恥ずかしいことでも無かろうに。

 胸の中のユニコーン先生が「よしよし」と頷いている気配がするが、その辺は思いっきり無視する。

 

「力があってもなくても、あなたはこの村を助けようとしてくれた。それって凄いことだと私は思う」


 俺が胸の中の邪悪なる力を押さえている間に、ミスカはそう呟いた。


「そんな、大したもんじゃねぇよ……」


 彼女の前向きな解釈に後ろめたくなり、俺は思わず目を逸らす。


 あの時はただ考え無しだっただけだ。

 もう一度同じ状況に立たされたら、即座に逃げ出す自信がある。


「大したことよ。だって貴方は、私の考え方を変えてくれたんだもの」


 そんなことを思っている俺にミスカはふっと微笑みかけた。


「俺が、変えた?」


 どういうことかと彼女の顔を見ると、ミスカははにかんでスカートを揺らす。


「力があるとか無いとかで、やりたいことを諦めちゃダメなんだって」


 それから、目を伏せ呟いた。


「でも、やっぱり俺は……」


 俺は、そんな意図を持っていたわけでもない。


「いいのよ。私が勝手にそう思っただけなんだから」


 再び否定しようとする俺を遮って、ミスカはそう言い切った。


「私、まずこの村を復興させる。それで、それが終わったら、世界を見に行くの」


 そうして彼女は泉の方を向くと、力強く語った。

 方法は曖昧。それでも彼女に迷いはない。


「だって、どっちも私がやりたいことなんだもの」


 再び振り返り、ミスカが俺に笑顔を見せる。

 彼女の笑顔は曇り無く、俺にはひどく眩しく見えた。


 俺の思いがどうであれ、結果がこの笑顔ならまぁ良いかという気分にすらさせられる。


「これ、やるよ」


 そう考え直した俺は、ポケットから取り出したある物を彼女へと放り投げた。

 

「何これ?」


 手のひらに乗った巻貝のような物を見、ミスカが首を傾げる。


「ユニコーンの角……の、欠片だ」


 そんな彼女に、俺はちょっと気まずく思いながら答えた。


「え? え!?」


 するとミスカはユニコーンの角を手の中でぽんぽんとお手玉し、床に落としたら祟りがあるとばかりに必死な表情でキャッチする。


「……勝手に人を突き刺して回ったりはしないから安心してくれ」


 複雑な気分でそれを眺めながら、彼女に告げた。


 ユニコーンの角は硬い。非常に硬い。己の全力を持ってしても、普段なら傷一つつけられない代物だ。

 だがしかし、力を使い終えて角が引っ込むその一瞬を狙えば、さきっちょを摘んで捻ることで稀に採取することができるのだ。


 そして、この角にはユニコーンの力の一部が宿ったままになっている。

 

「この小ささでも一回ぐらいなら大体の怪我を治療できるし、持ってるだけで魔を寄せ付けない効果もある。温泉に入れれば、もしかしたらユニコーンの湯なんかも出来るかもしれないな」


 ちょっとしたセールスマンのようになりながら、俺はミスカに説明をした。

 最後のは憶測だが、かつて風呂の中でユニコーンの力が発動した際それが全部聖水になって販売されたこともある。

 充分起こり得る事態だろう。


「こ、こんな物……」


「いらないか?」


 もちろん、そんな大層なものを渡されたミスカは戸惑う様子を見せる。

 だが、俺がわざとらしく首を傾げて問うと。


「……もらう」


 と、小さな声で返事をした。

 それでこそだ。

 彼女の素直さを、俺は尊く思う。


 俺も涙目になりながら角を折った甲斐があった。

 つうか俺の一部のくせに、俺が使っても一切効果を現さないので、持っていてもしょうがないのだ。


「ありがと……」


 礼を言ったミスカだが、手の中にある角をじっと見て、不安と、ほんのちょっとの期待に揺れ動いているようだった。


「ハッハッハ、いきなり手に入った力って戸惑うだろう」


 その緊張を吹き飛ばしてやるため、俺は大げさに笑って彼女に問いかけた。

 少しはこの特別な力とやらの厄介さを噛みしめればよいのだ。


「見てなさいよ。これを使って凄いことしてやるんだから」


 すると彼女は上唇を突き出してこちらを睨み、気丈にもそう言い放つ。

 本当に、こういう娘にこそ力を与えてやればいいのに。


「あぁ、楽しみにしてる」


 思いながら俺が答えると、ミスカもふっと微笑んだ。

 こうして約束を交わした俺たちは、ひとまずお別れを告げあったのだった。



 ◇◆◇◆◇



 翌日である。


「おら、さっさと歩け!」


 朝靄の中、死にそうな顔で歩くシュージに俺は叫んだ。


「うるさい……俺様は昨日深夜まで村人と村おこし計画を練っていたのだ……少し休ませろ」


 コンディションはすこぶる悪そうだが、俺はあれが寝不足のせいではなく二日酔いのせいだと知っている。

 しかも自身の飲酒ではなく、周囲の酒気に当てられての二日酔いだ。

 同情するにはバカバカし過ぎる。


「最終的に、シュージ印の温泉マシュマロを売り出すことに決まったんだよね」


 俺の隣でのほほんと話すフユイチの証言も、そんな気持ちに拍車をかける。


「うぅ、こんな放牧的な景色の中、何を急ぐ必要がある」


「三日も使っちまったんだ! 急がないと間に合わないだろ!?」


 急に自然主義に目覚めたシュージを叱りつけ、俺はずんずんと前へ進む。


「でも、無駄な時間じゃなかったでしょ?」


 それに早足で追いついてきたフユイチが、中々見透かしたようなことを言った。


「……まぁな」


 多くは答えず、俺はそのまま歩く。

 無駄だったなんて言ったら、きっと彼女に蹴っ飛ばされるだろう。


「無駄な時間、か」


 背後を歩くシュージが、何か考え込むような調子で呟く。


「何だよ」


 また何かろくでもない事だろうと思いつつも、このまま置いていくわけにもいかず背後を振り返る俺。


「マグロックは予知の力を持っていた。奴があの場所に宝を埋めたのは偶然だと思うか?」


 するとシュージは、難しい顔のままそんな事を尋ねた。


「温泉が湧くのが、分かってたってことかな?」


 なんのこっちゃと首を傾げる俺を他所に、フユイチの奴がシュージに応える。


「しかも、俺達が来て湯を食い止めることもだ。俺達がいなければ少なくとも村長は犠牲になっていたのだからな」


 正解だったらしい。シュージの奴は唇を歪めて皮肉げな笑みを浮かべた。

 湯を食い止めたのは俺だけだ。と言ってやろうと思ったが、どうせ聞きやしやがらないので俺はとっとと話の続きを促してしまうことにした。


「つまり?」


「だとすると、今回の俺達の行動は全てマグロックとやらの……いや、もっと言えば、奴にその予言を授けた何者かの予定通りだったということになる」


 すると不愉快そうな表情でシュージはそう言い、鼻から息をぬく。


「考え過ぎじゃないかな? 温泉が沸くことを予測してなかったのかもしれないし」


 少々困り眉になって、フユイチがそれに反論。

 確かに50年も使って仕込んだ計画にしては、色々と杜撰かつしょっぱい気がする。

 一旦はそう考えた俺だが、すぐにいいやと思い直した。


 人を異世界から勝手に連れ去ってくるような輩だ。

 それぐらい出来てもおかしくない。

 そうだ、きっと奴は俺達を監視して楽しんでいるに違いないのだ!


「良いか!? 俺は絶対この世界から逃れて、元の世界に戻ってみせるからな!」


 考えを改めた俺は力強くシュージ達にそう宣言した。

 その為にも、俺は一刻も早く聖都ガラムランについて例の資料を調べる必要がある。

 のんびりなんてしている暇はないのだ。


「次に行くバモンって町では、パン保守派とラーメン革新派に分かれて紛争が起こってるらしいよ」


「よし、両方叩き潰して新興ご飯教を建ててやろう」


 だが、奴らの興味は既にそんな話題からは離れており、次の町での怪しげな争いに移っていた。


「人の話聞けよお前ら!」

 

 そこでもきっと、こいつらは自らトラブルへと突っ込んで行くことだろう。

 そして俺は、それに巻き込まれてしまうのだろう。


 ……うん、負けないからな、俺。

 後方にある村に誓って、俺は再び歩き出したのであった。

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