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三匹の男たち

 かつて、三人の少年がこの世界――ミスガリアへと召喚された。


 一人は言った。「授けられた力を使い、魔物に支配された世界を救おう」

 そうして彼は、勇者となった。


 一人は言った。「授けられた力を使い、この世界を自分の物にしてやろう」

 そうして彼は、王となった。


 残った一人は言った。「こんな力はいらない。俺は家に帰りたい」

 そうして彼は……。



 ◇◆◇◆◇



「まだ、着かんのか……」


 夏のあぜ道。両脇では緑の草原が青臭い匂いを振りまく。

 そんな中で、この爽やかな風景に少しもそぐわない黒髪黒衣の男が呟いた。


「んな格好してっから暑いんだよ」


 反射熱でこちらまで焦げてしまいそうな男から距離を取りつつ、俺はそいつに言ってやる。


 立っているだけで汗が吹き出るこんな陽気の中、男は真っ黒なマントまで羽織り、髪を肩まで伸ばしている。

 とても正気の沙汰とは思えない。


「うるさい……これは俺のポリシーだ」


 そのポリシーとやらで死にそうな声を出しながら、奴はこちらを睨んでくる。


 目つきは鋭いが、普段からそんな表情なので今更ビビる訳もない。


「へいへい。んじゃ頑張れよ」


 肩をすくめてそう言ってやると、編み笠のひさしを上げた俺は空を仰ぐ。


 遠くの空には積乱雲を一直線に横切ったような痕――通称竜の尾が刻まれている。

 一雨来そうだった。


「ほら、もうすぐ村だからがんばろう!」


 俺たちより少し前を歩く男が、後ろにいる干からびたゴキブリみたいのとは対照的な、やたら爽やかな声で励ましてくる。


 こちらも黒髪。しかし、うぐいす色の服と紺色のマントのおかげか、それともやたら白い歯のせいか、まるで暑苦しくは見えない。


 優男風な外見のせいで、こちらに爽やかな風まで運んできそうな案配だ。


 しかし、その笑顔を見ると余計に疲れるのは何故だろう。

 俺は背後の男と顔を見合わせた。


「どうしたの? 二人とも」


 アイコンタクトでお互いの感情を共有し合った俺たちを、爽やか男は不思議そうな顔で見る。


「何でもねぇよ勇者さま」


 そいつにそう返してから、俺は歩調を強めた。

 呼ばれた男は、困ったような顔で「その呼び方はやめてよ」などと笑っている。


「おら、置いてくぞ魔王さま」


 それに構わず、俺は後ろでヘバっている男にも呼びかけた。

 すると奴は、「魔王言うな」とでもいうように口をひん曲げる。


「……って、あ、こら待て、ハルゾー!」


 しかし俺たちがさっさと先に行くのを見ると、マントを絡ませながら慌てて追いかけてきた。


 奴が呼ぶのは、特に称号のない名前。

 この異世界ミスガリアではちょっと変わっている程度である俺の名前だ。


 これは新聖歴2年目の夏。


 俺たち3人が異世界に召還されてから、5年後の話である。



 ◇◆◇◆◇



 予想通り、村につく頃には大雨が降っていた。

 舗装などされていない土むき出しの地面に雨が撥ね、所々に水たまりができている。


「くそ、これだから田舎は!」


 うっとおしい髪とマントを体に張り付かせた男。

 もはや妖怪濡れ鼠といった様相を呈している男が、服の裾をまくり上げながら叫んだ。


 これを地雨シュージという。

 俺とは十年以上の付き合いだ。


「地方をないがしろにした王政の怠慢だな」


「うるさい! 安定した政権のためにはまず周囲の地盤を固めなければならないのだ!」


 俺が雨の先を見渡しながら呟くと、皮肉ととってか奴はこちらに唾を飛ばしてくる。

 いや皮肉ではあるんだけれど。


「片田舎の地盤は緩みまくってるけどな」


 それに辟易して、俺は編み笠のひさしを下げた。

 まったく、こいつは昔からまるで変わらない。


「ならばこの道を今すぐ水晶で固めてやる!」


 そんな俺のため息に、シュージが両手を構える。


「まぁまぁ。とりあえず宿を探そう」

 

 そのまま『魔法』を使おうとした奴を、雨の中でも微笑みを絶やさない爽やかな男が宥めた。

 その笑みは、まだ雨も止んでもいないのに虹か後光が差しているようであり、こんな場面で使うべきではない慈愛に溢れむしろ若干胡散臭いぐらいである。


 それに当てられ、シュージの奴は鼻から息を吐きながら不承不承という表情で手をマントの中に引っ込める。


 溢れるオーラで人を鼻白ませ大体の諍いを解決する。

 これが天城フユイチという男であった。


 まぁ慣れれば掛け値なしの善人なので、こいつとの付き合いも同じく十年以上続いている。


「……つうか水晶なんかで道を固めたら、大事故になるだろうが」


 それでもシュージの発想の突飛さに、俺はぐちりと言わざるをえなかった。

 石畳ならまだしも水晶て。


「反射で下着も見え放題だぞ」


「……そりゃ嬉しいけど」

 

 うん。一応お互いが分かりあえることを確認した俺たちは、フユイチの言うとおり宿を探すため早足で歩き出した。


「しかし寂れているな」


 開き直ったのか、雨を受けたままにしているシュージが呟く。

 その様は、まるで蠢くゴミ袋のようだ。


「軒先に人もいないしね」


 それに同意して、フユイチがすこし困ったような笑顔で頷く。


「確かにおかしいわな」


 俺も賛成し、周囲をぐるりと見回した。


 いくら雨が降っているからとは言え、確かに人っ子一人見あたらないのはおかしい。

 壁の薄そうな木製の家から喧噪が聞こえるということもなく、雨音だけが聞こえる。


 田舎と言ったが、この村タートは王都エステマから十日ほどの位置にある紡糸で発展した都市であり、それなりに栄えていたはずである。


 雨で霞んでいるにしても、もう少し見栄えに気を使って良いと思うのだが……。


「あ」


 俺がそんな風に思考していると、不意にフユイチが声を上げた。


「なんだ?」


「お、おいちょっと!」


 そして何事かと俺たちが問いつめるより先に、奴はバシャバシャと泥水を跳ねながら走って行ってしまう。


「何なんだ……」


 俺が半ば呆然としていると、シュージがパンと両手を合わせる。

 それから奴は人差し指と中指を立ててピースを作ると、今度は親指で丸を作り自分の目に当てた。


 パン、ツー、マル、ミエを詠唱とした遠見の魔法である。


「かなり先で老人が一人座り込んでるな。しかも往来の真ん中だ」


 そうして、傍目には間抜けにしか見えない姿勢でフユイチの走っていった先を見ていたシュージ。

 だが奴はしばらくして、俺にそんな報告を寄越した。


「どんだけ目が良いんだよ、あいつ」


 俺も雨の先を見つめてみるが、そこには既にフユイチの姿すら見えない。

 おそらくフユイチは、その老人とやらに手を貸しに行ったのだろう。


「ついでに底抜けのお人好しだな」


 シュージもまたその事に感づいて、呆れた調子で毒づいた。


「勇者だからな。あいつは」


 まるで皮肉かのようにそう返して、俺もフユイチを追って走り出す。


「お人好しはお前も大概だ」


「馬っ鹿! タダ宿にありつけるチャンスだろうが!」


 背中にシュージからそんな言葉が投げつけられるが、それを一蹴して走るぺースを上げる。


 あんな聖人勇者と一緒にされては困る。俺は常人だ。



 ◇◆◇◆◇



 さて、タダ宿タダ飯を狙った俺の目論見は、ある程度は成功した。


「すみませんなぁ、こんなボロ屋で」


「いえいえ。助かります」


 薄い布団に寝かされた爺さんに、フユイチがニッコリ笑いかける。

 ポタポタと雨漏りのする家の中で、俺とシュージはそれを苦い顔で眺めていた。


「この惨状なら、いくらか金を払って宿を取った方が良いのではないか?」


「惨状言うな。ていうか老人の生活保護は、国の役割じゃねぇのかよ」


 雨宿りをさせてもらっている分際で失礼な事を言うシュージ。

 それを窘めてから、俺は家の中をぐるりと見回した。


 家自体は狭い。老人が寝ているベッドから俺たちのいる玄関。そして濡れた服がかけてある台所が一望できるほどだ。


 俺たちは一様に、老人から借りた着流しのようなものを着ている。

 だが、これもかなり年季が入っており、ツギハギだらけだった。


「年金制度は導入が難しいのだ。……くそ、俺が何故こんな地味な服を」


 自らの袖を見ながら、シュージがまたも不満を漏らす。


「全身真っ黒よりは、趣味が良いんじゃねぇの?」


 手ぬぐいで頭を拭きながら、俺は奴に答えた。


 どうやらシュージは服の古さや汚れ具合より、派手さにかけることの方が不満らしい。


 まぁ人に服を借りておいて前者を愚痴るよりはマシだと思うが、いかんせんこいつのファッションセンスは理解しがたい。


「申し訳ありませんなぁ。孫娘がいれば、あの子の服をお貸しできたのですが……」


 床に伏した爺さんが、シュージの呟きを聞いて申し訳なさそうな口調で謝る。


「いやいやお爺さん。色んな意味でそれはどうかと……」


 この世界において、女性の普段着と言えば大抵ロングスカートである。

 そんな物渡されてもありがとうとは言えないし、知らん男に自分の服を着られたら娘さんも嫌だろう。


 更に苦い顔になったシュージを見、俺が代わりにツッコミを入れた。


「それで、その娘さんはどこに?」


 その様子を何が嬉しいのかニコニコと眺めてから、老人のそばに控えていたフユイチが彼に尋ねる。

 家には玄関の他にもう一つ扉があるがそこは閉まりっぱなしとなっており、俺たちがどかどかと入ってきても開く気配がない。


 フユイチの問いに老人はしばらく逡巡していた様子だったが、やがて何かを諦めたかのように息を吐くと、答えを返した。


「さらわれました……」


「はぁ!?」


 いきなり出てきた物騒な言葉に、思わずひっくり返った声を出してしまう俺。

 しかしフユイチとシュージは慌てる様子もなく、老人の言葉をじっと聞いていた。


「お前等何落ち着いてんだよ。すぐ探しに……」


「いや、場所は分かっておるのです」


 一人焦った俺が二人に訴えかけようとすると、上半身を起こした老人が俺を制してそんなことを言う。


「ならなおさら今すぐ助けに行かないと」


「孫をさらった……連れて行ったのは我が町の領主なのです」


 老人の言葉に戸惑いながら俺がもう一度急かすと、彼はゆっくりと首を振ってそう言った。


「……おたくの領主は、山賊でも兼任してんの?」


「いえ、そういうわけではありません」


 虚を突かれて若干切れ味が落ちた俺のジョークに対し、老人は振り子時計のように更に首を振る。


「田舎領主の暴権か」


 苦々しい顔で、シュージがそう口にする。


 勇者によって魔王が倒された現代、人類は同類苛めを再開するにまで回復していた。

 いや、魔物と人間が戦争をしていた頃にも同属争いはあったのだが、それがより大規模で大っぴらに行われるようになったのだ。


「はい。それが魔王が討伐されたのをキッカケに、税を重くしならず者を囲い気に入った女はさらうといった有様で」


「孫娘さんも連れて行かれてしまった、と」


 フユイチが重々しく爺さんの言葉を引き継ぐ。


 返事の代わりにうなだれる爺さんを見て、俺はシュージにちろりと目線を送った。


「お上の怠慢だな」


「王というのは広い視点で物を見ねばならんのだ。配下の暴走に対応が遅れることはある」


 すると奴はじろりとこちらを睨んでそう答える。

 

 対応が遅れる、ね。ということは改善の意志はあるようだ。

 その言い回しに苦笑してから、俺は玄関へと体を向けた。


「んじゃ、遅まきながら対応に行こか」


「……俺様の金を勝手に使う輩を懲らしめなければな」


 するとシュージも組んでいた腕を解き、そんな風に呟く。


「あの……」


 爺さんが戸惑いの声を上げ、俺達を引き留めようとする。

 それに対し、俺はひらひらと手を振って大丈夫だと示して見せた。


 俺はともかくシュージとフユイチが揃っていれば、大体のことは何とかなる。

 何せこいつらは――。


「フユイチはどうした?」


 そんなモノローグを俺が浮かべていると、シュージが急に声を出した。

 そうして奴はきょろきょろと周囲を見回す。


「あれ?」


 俺も同じようにしてみたが、俺達がどれだけぶんぶんと首を振ってもフユイチの奴は出てこない。


 ……娘さんの部屋に勝手に進入して、下着を漁っているというわけではないだろう。


「あの……」


 俺がそんな想像をしていると、病床の爺さんがおずおずともう一度声を出す。


 俺達は二人して首の動きを止め、彼を見た。


「もう一人のお方でしたら、話を聞いてすぐ外へ行かれました」


 すると爺さんは提灯を縦につぶしたような。どんな心境か非常に分かりづらい表情でそう言った。


 その報告を聞いて、しばし無言で見つめ合う俺とシュージ。

 そして――。


「「早ぇよ!」」


 息を合わせて既にいない男へとツッコミを入れた俺達は、急いで外へと飛び出したのであった。

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