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第四話 死の谷を越えろ

「お初にお目にかかる。私はルー=タンという者だ。以後、よろしく」


 蛇のような笑顔を見せたタラーレの男。犯罪王ルー=タンを見たレイとモアーナは、表情を固くした。

 挨拶の際、手に持った葉巻を再び(くわ)えたルー=タンが笑みを深くする。


「キャプテン・アブネリ、こちらのお方があなた方の力を必要とされておられるのですよ」


 ニヤニヤと笑うシャーロ。

 人を苛立たせるための笑み、と言っても過言ではないその表情を見ても、二人の感情が波立つことはなかった。


 それだけ、ルー=タンの迫力は凄まじかった。


「頼みたい仕事とは何だ?」


 笑顔の奥にある意図を探るようにレイが尋ねると、ルー=タンは顎をしゃくってシャーロに指図した。


「フェルナーナという農園集落が、ラス・タバルカの近郊にある。お前たちにはそこからある商品を運ぶ仕事に就いてもらう」


 先ほどまでの丁寧な口調はどこへやら、シャーロは傲慢な性格を露わにして、高飛車な態度でレイたちに説明した。

 正しく、虎の威を借る何とやら、である。


「あんなところに集落があったのか……」

「商品というのは何だ? あの辺りに何か特産があったとは記憶してないんだが」


 モアーナの呟きを遮るようにレイが質問すると、シャーロは肩に下げていたショルダーバッグから小袋を取り出した。中には何かの葉が入っている。


「お前たちに運んでもらうのはこれだよ」

「これは……! マリッド草じゃないか!」


 モアーナが珍しく驚きを顔に表したマリッド草。その正体は、惑星フェローニアを原生地とする麻薬の原料だ。

 単純にマリッド麻薬と称されるこの麻薬は非常に強力な常習性を持っており、一度服用すれば抜け出せない、とまで言われている。

 誰が持ち込んでいたのかは分からないが、アーキアでは植民船が不時着した五百年前からすでにマリッド草の栽培が始まっていた、と言われており、各地の都市当局はこのマリッド麻薬の駆除に頭を悩ませていた。


 危険度の高いマリッド麻薬は、栽培や売買はもちろんのこと、所持しているだけでも死罪となり得る。

 儲けは莫大なものになるが、その分以上にリスクの高い商品であった。


「こらこら、誰が聞いているか分からないのだぞ。声を抑えろ」


 シャーロの笑みを見て、レイとモアーナはようやく今回の騒動の裏側を理解することができた。

 すなわち、莫大な懸賞金額に釣られた商人たちに融資をして、その商人たちを再起不能に追い込み、債権を盾にしてこのハイリスクな取引を行わせることこそが、シャーロやルー=タンの目的だったのだ。


「てめぇら……それが目的で……!」

「マリッド麻薬は最近警戒が厳しくなってな。人手がいくらあっても足りんのだ」


 シャーロはそう説明しながら、ショルダーバッグから今度は紙を取り出した。

 紙には以下のようなことが書かれていた。


 一、レイ・アブネリ、モアーナ・ロフトーの両人(以下、A)は、プレアスタン商会の専属契約商人となる。

 二、専属契約を結んだ時点で、シャーロ・プレアスタン(以下、B)は両名に対して有する債権の全てを放棄する。

 三、AはBとの契約を破棄することはできないものとする。Bは随意、Aとの契約を破棄できるものとする。

 四、契約によってAが被った損害について、Bは一切の弁済責務を免れる。


「これにサインしろ。そうすれば、債権は放棄してやる」


 契約書を突きつけるシャーロ。

 二人にとっては非常に厳しい内容であり、普通であればとても受け入れられるものではない。レイは沈痛な表情で目を閉じ、モアーナは苦虫を噛み潰したような表情で唸った。

 だが、これを受け入れるほかにないのだ。諦めたモアーナが契約書を受け取る。


 その時だった。

 レイが目を見開き、モアーナから契約書を奪い取った。


「おい、何を――」


 抗議するようなモアーナの言葉が途切れるが、無理もない。レイが、奪い取った契約書をびりびりと破り捨てたのである。


「な……! お前、どういうつもりだ!」


 モアーナがレイの胸倉を掴む。


「どういうつもり? こういうつもりだよ。俺はこんな条件、受け入れねぇって言ってんだ」


 決意の籠もった、それでいてどこかすっきりしたような表情で語るレイに、モアーナは毒気を抜かれてしまう。


「受け入れねぇってお前……」


 そんなことできるはずがないのだ。債権はシャーロが握っており、すなわち主導権を握っているのもシャーロなのだ。

 その彼の意向を無視することなど許されるのか。


 いや、シャーロだけならまだ何とかなるだろう。

 しかし、彼の後ろにはアーキア最大の犯罪王ルー=タンがいるのだ。


 そう思ったモアーナは、高笑いし始めたルー=タンの様子に、心臓が止まるような思いをした。


「フハハハハ! これは愉快! この状況で、まさかそんな口を叩けるような奴がいるとは!」


 ルー=タンは笑っているが、これが本当の笑いなのか、それとも怒りから来る笑いなのか、モアーナには判別することができない。シャーロも呆然と事態を見守るばかりだ。


 ルー=タンはひとしきり笑った後、蛇のような眼光をレイへ向けた。その迫力ある眼光に、自分に向けられた訳でもないモアーナは思わず後ずさった。

 しかし、眼光を向けられた当の本人は、挑戦的な眼差しを犯罪王に注いでいる。


「退屈な奴ばかりと思っていたが、そうでもないようだな。お前のような馬鹿は嫌いではない」

「そうかい。そりゃ、ありがとよ」


 吐き捨てるようにレイが返事をすると、シャーロがいきり立って、


「無礼者! 口の利き方に気をつけないか!」


 と叫んだ。

 それを見たルー=タンは、途端に不快な表情になる。


「シャーロ殿、彼は私と話をしているのだ。余計な口出しは謹んでもらおう」


 ルー=タンの不興を買ったことに気がついたシャーロは、傲慢な態度をがらりと変えて、平身低頭するような勢いで謝罪した。


「も、申し訳ありません!」

「もう良い。……話の腰を折ってすまんな、キャプテン・アブネリ」


 シャーロが手振りで追い払われ、ルー=タンが前に出てくる。

 ルー=タンは大柄なタラーレの例に漏れず、2メートル近い巨漢だ。目の前に立ったルー=タンの迫力に、さすがのレイも内心でたじろぐ。


「それで、キャプテン・アブネリ。聞きたいことがあるのだがね」

「何だ? もったいぶらずに言えよ」


 こうなりゃヤケだ、とばかりにぶっきらぼうな口調で尋ねるレイ。ルー=タンはますます満足そうな笑みを浮かべ、こう言った。


「私の依頼を断るのは結構だが、借金はどうするつもりかな? まさか踏み倒すつもりでもあるまい?」


 葉巻を咥えたまま顔を近づけ、生半可な答えならばこの場で殺してやる、とばかりに殺気を滲ませるルー=タン。

 レイはそれに怯むことなく、こう答えた。


「決まってるだろ? もう一回、デス・キャニオンに挑むのさ」


 レイの答えに、ルー=タンは表情を保ったままだ。今のところは及第点、といったところだろうか。


「資金はどうする? 物資は? そのボロボロの船で挑むつもりか?」


 ルー=タンの質問は、ある意味当然のものだ。レイには先立つ資金がなく、物資もなく、デス・キャニオンを越えるための武装もない。

 しかし、レイは不敵な笑みを浮かべる。


「俺に投資してみないか? 金持ちのあんたを、もうちょいとだけ金持ちにしてやるぜ」


 レイたちを罠にはめ、その財産を握った黒幕に対するには、あまりな放言だ。シャーロはおろか、モアーナまでもが驚きに目を見開いている。


 だが、ルー=タンは再び呵々(かか)と笑い、拍手をし始めた。


「素晴らしい! その度胸、大いに買おうではないか! シャーロ、キャプテン・アブネリの望むもの、全てを与えてやれ。代金は私が持つ」

「し、しかし――」


 反対しようとしたシャーロに、ルー=タンは瞬時に射殺すような目線を向ける。捕食者の眼光を向けられたシャーロは、蒼白になった。


「私の言葉に逆らうつもりかね? シャーロ・プレアスタン?」

「め、滅相もない! 仰せのままにいたします!」


 恐怖に顔を歪ませたシャーロを鼻で笑った後、ルー=タンは再びレイに目を向けた。


「キャプテン・アブネリ、当然だが失敗した時、どうなるかは分かっているな?」

「無論だ」


 腕組みをして不敵な笑みで答えるレイ。その隣で、モアーナは天を仰いでいた。


「よろしい。これが正真正銘、命を賭けた大勝負だ。君の運に期待しているよ」


 葉巻を持った手を上げ、去って行くルー=タン。その後をシャーロが追う。

 一方、それまで黙りこくっていた装甲服の男が、歩き出してすぐに立ち止まり、レイの方を振り返った。


「次は、殺す」

「こっちの台詞だ、クソ野郎」


 古くから伝わる“クソ喰らえ”のジェスチャー、中指を立てた手の甲を装甲服の男に向けたレイは、舌を出しながら相手を挑発する。

 男はその挑発に何の感銘も受けなかった様子で去って行った。


 三人が去った埠頭に、再び静寂が戻る。彼らの背中を睨みつけていたレイの肩を、モアーナが思いっ切り引いた。


「おい、レイ! お前、自分が何やったか分かってんのか! あの犯罪王から借金したんだぞ、俺たちは!」


 本気の焦りを見せるモアーナ。

 レイはそんなモアーナを見ることなく、こう答えた。


「今度こそ成功させるんだ。ルー=タンが繰り出してくる兵隊共を蹴散らして、今度こそデス・キャニオンを越える……!」


 一人盛り上がるレイに対して、モアーナは諦めたように肩を落とした。




 一週間後、レイは再び船上の人となり、デス・キャニオンへの旅路に出ていた。


 今度はイージー・マニー号一隻だけで突破することになる。一隻だけでは積める物資には限りがあるため、船を動かすのに最小限の人数だけが船に乗っている。

 船長のレイ、航海士のラフマン、操舵手のギナエ、機関士のオナカー、通信士のロメーロ、そしてサンドリザードに食われたアーヴァに代わって砲撃手の役目を与えられたモアーナ。

 この六人が、無謀な冒険に挑むこととなった勇者たちである。


 前回の探索行で大いに損傷したイージー・マニー号は、金に糸目を付けない修復作業で新品同然に修理されており、船首と船尾の艦載砲も新調されている。治安部隊の巡視船が搭載する最新式のレーザー連装砲だ。

 さらにブリッジの上には二基のセントリーガンが据え付けられている。20ミリ弾を毎分三百発以上連射できる優れものである。


 これらの改修作業によってレイとモアーナの借金は倍近くに膨れ上がっており、今回の捜索は必ず成功させなければならない。

 そんなプレッシャーを感じて、船員たちには緊張が走っている――のだが、レイだけはいつものようにお気に入りのタバコを咥え、船長席でボーッと天井を眺めていた。


「おい、レイ! 暇ならお前も見張りを手伝ったらどうなんだ? え?」


 ブリッジに顔を見せたモアーナが不満げに唸る。レイは椅子にもたれかかったまま、頭だけをモアーナの方へ向けた。


「そう、カリカリしなさんな。落ち着きのねぇ男は女に嫌われるぞ」

「女に逃げられたお前が言うと、説得力もひとしおだな」


 モアーナが皮肉ると、レイは痛いところを突かれた、とばかりに苦い表情になった。再び天井を見ながらこう言う。


「ザハが逃げちまうのはいつものことだ。なーに、成功すれば戻ってくるさ」

「……ま、それもそうだな。ザハはお前が無一文になるたびに逃げてるから、今回で四回目か?」


 レイが首を振る。


「いや、レマダ・カルテルのレイバに絡まれた時にも逃げてるから五回目だ」

「ああ、そういやそんなこともあったな」


 シガレットケースを取り出し、タバコを咥えながらモアーナが答える。


「どうぞ」

「ああ、すまんな」


 モアーナの近くに座っていたロメーロがライターを取り出し、タバコに火を付ける。


「それで? デス・キャニオンまで後どれくらいだ?」

「前回来た時はザルジスを出てから三時間くらいでデス・キャニオンが見えたはずです」


 ボーッとしているレイに代わって、ラフマンが答える。


「なら、一時間くらいで見えてくるか……。そろそろじゃないか? レイ」


 ルー=タンは気前良く融資してそれで終わり、となる訳がない。これは命を賭けたギャンブルなのだ。あの男は、必ず刺客を放ってくる。


「んー……。リコ、レーダーに反応はあるか?」

「いえ。ありませんが、これ中古ですからね。壊れてるかも知れませんよ」


 イージー・マニー号を改修する際、レイは武装だけでなく、この星ではほとんど生産されていないレーダーを購入し、ブリッジの上――二基のセントリーガンの間に設置していた。

 ロメーロが通信士としての仕事だけでなく、このレーダー観測任務を与えられていたのだが、彼の言うようにレーダーは中古品だ。

 治安部隊の哨戒用サンドシップに搭載され、長年酷使されてきたらしいレーダーが本当に役に立つのかどうか半信半疑だったのである。


「まあ、引っかかったら儲けもん、ってとこか。仕方ねぇ。俺も見張りに参加すると――」

「――5時の方向、レーダーに反応!」


 レイが腰を上げようとしたところで、噂のレーダーが何かの反応を捉えた。中途半端に腰を上げたレイががっくりと滑る。


「早速かよ。……戦闘用意! ロメーロはレーダーを見続けてろ!」

「アイ・サー!」


 勢い良く指示を出したものの、戦闘要員はレイとモアーナの二人だけだ。後の面々はやらなければならない仕事がある。


「イマイチ締まらねぇな、おい」

「うるせぇ。さっさと準備しろ」


 ニヤニヤと笑うモアーナの尻を蹴り、レイは船長室へ向かう。お気に入りの狙撃銃、“リェム・モデル3・スナイパーカスタム”を取るためだ。

 船には様々な手を加えたレイだったが、狙撃銃に関しては新しいものを買うことはせず、せいぜいスコープを最新式のものに替える程度のことしかしなかった。


「モアーナ、見えてきたか?」

「おう。わらわらいるぞ」


 モアーナが指す方向を見ると、確かにかなりの砂埃が上がっている。数は多そうだ。


「前回より増えてねぇだろうな……?」

「知るかよ。まあ良い。とりあえず砂賊かどうか確認しねぇと」


 そう言いながら双眼鏡を取り出すモアーナを、レイが制止した。


「必要ねぇよ。こんなところまで出てくるのは、俺たちを追いかけてくる砂賊以外にあり得ねぇ」

「……それもそうか」


 そう言うと、モアーナはレーザー連装砲に据え付けられた座席に座った。


 レイが新しく購入した船尾のレーザー連装砲は、20ミリ機関砲クラスの威力を発揮する、という触れ込みの治安部隊向け仕様だ。

 連装砲の左側に砲手用の座席が設けられており、砲撃手はここに座ってヘッドマウントディスプレイを装着し、操作することになる。


「む……。おい、レイ。これ、入らないんだが」


 ヘッドマウントディスプレイを上手く装着できず困惑顔のモアーナ。レイは苦笑いしながらこう言った。


「後ろに調節用のベルトがついてる」

「ああ、これか。……ったく。ソリシアン以外がつけることも考えて、フリーサイズにして欲しいぜ」


 ぶつぶつと文句を言いながらもベルトを調節し、ヘッドマウントディスプレイを装着する。

 途端、モアーナの視界に様々なデータが表示された。バッテリーの残量や敵の情報はもちろん、大気の状態なども視界の隅にデータが出ている。


「ん? レイ、この拡大表示ってのはどうやれば良いんだ?」

「そいつは拡張角膜(AC)と連携しなきゃならんから、お前にゃ無理だ」


 レイが答えると、再びモアーナは不満そうな顔つきになる。


「面倒だな……。何でこんなもの買ったんだよ?」

「今時、拡張角膜もニューロジャックもインプラントしてねぇ奴の方が珍しいだろうが」

「そりゃそうだけどよ」


 フンと鼻を鳴らし、モアーナは前方を向く。ひとしきり文句を言ったことですっきりしたのか、鼻歌交じりで敵に照準を付けていた。


「んー……このくらいか? 大気による減衰は……まあこんなもんか」

「おい、お前感覚でやってねぇか? 一応、それは精密機械なんだぞ」


 ガチャガチャと適当に照準を合わせていくモアーナは、レイの苦言に耳を貸すこともなく砲撃準備を進めていく。


「砲撃準備完了だ。いつでも良いぞ」

「本当に大丈夫なんだろうな……。まあ良い。用意!」


 胡散臭そうな眼差しを注いでいたレイが頭を振り、双眼鏡で敵の船団を見据える。

 接近してくるのは、砂賊がよく使用している高速型のサンドシップだ。こんなところまでやって来る物好きは、それこそレイたちを狙うルー=タンの刺客以外に考えられない。


 自分の中でそう結論づけたレイは、勢い良く手を振り下ろし、


「撃て!」


 と、叫んだ。モアーナが座席に設置されたトリガーを引く。

 連装砲から放たれたレーザーはコンマ一秒で敵の船団に襲いかかる。先頭を走っていたサンドシップが凄まじい爆発を起こして砕け散った。


「な……! 一発で当てたのか!」

「まあ、こんなもんよ。見てろ」


 そう言うと、モアーナは機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、次々に砂賊船を(ほふ)っていく。


「ふんふんふん、っと。何だ、ずいぶん簡単じゃねぇか」


 モアーナは瞬く間に十隻以上のサンドシップを撃沈している。

 一発目の命中を見て、モアーナに砲撃手の才能がある、と思ったレイだったが、あまりに順調な戦闘に疑念を感じた。


「待て。お前が凄腕のガンナーだとしても、だ。いくら何でも呆気なさ過ぎる」

「ん? そうなのか? こんなもんだと思ったんだが」


 だったらこんなに借金抱えてねぇよ、とレイがモアーナの頭を叩く。


 モアーナは基本的にラス・クアークから出たことがなく、都市内部の取引でのし上がった商人だ。

 故に砂賊がどれほど脅威なのか、今ひとつ理解し切れていない部分があった。


「……っ! まさか!」


 レイがそう叫んだ瞬間、イージー・マニー号の近くにあった砂丘が突然吹き飛び、甲板が砂を被った。


「ぶへぇ! 何だ!」


 盛大に砂を被ったモアーナが、口の中に入った砂を吐き出しながら席から飛び降りる。


「11時の方向、船影を確認!」

「モアーナ、前に行け!」


 走り出すレイをモアーナがドタドタと追いかける。

 前部甲板に出た二人が目にしたのは、三隻のサンド・コルベットで構成される、治安部隊の哨戒隊だった。


「くそったれ! 腐った役人共め!」


 ルー=タンに買収された治安部隊だと分かったモアーナが吐き捨てるように罵倒する。


「ぶつくさ言っても仕方ねぇだろ! 応戦するぞ!」


 モアーナが今度は前部のレーザー連装砲の操縦席に座る。レイは再び双眼鏡を手に、こちらへ近づいてくる治安部隊のサンドシップを見据えた。


 三隻のサンドシップはトライアングル型の隊形で接近しており、その間隔を徐々に広げつつある。おそらく、こちらを半包囲するつもりだろう。


「エニ! 旋回しろ! このままだと三方向から滅多撃ちだ!」

「アイ・アイ・サー!」


 ギナエが叫び、舵を右へと切る。船体が大きく傾き、イージー・マニー号は右へと旋回を始めた。


「モアーナ、やっぱり後ろだ! 走れ!」

「ああ、面倒くせぇ!」


 文句を言いながらも、モアーナはレイの後ろに続いて走っていく。再び至近に着弾し、砂を被った。


「おい、レイ! 俺にもゴーグルを寄越せ!」

「サングラスで十分って言ったのは、お前だろうが! お前のサイズに合うゴーグルなんてねぇよ!」


 攻撃を受けていることも忘れ、口論する二人。その間を、弾丸が通り抜けた。


「うおっ!」

「伏せろ!」


 レイがモアーナの肩を押して無理矢理伏せさせる。


「今のは間違いない、奴だ」

「あの装甲服の男か? あの絶好のチャンスを逃すなんて、大したことないじゃねぇか」


 モアーナの言葉にレイが首を振る。


「わざとだろうよ。俺を挑発してるのさ」

「本当かよ?」


 モアーナは半信半疑だったが、レイには確信があった。あの男は正々堂々と一騎打ちを挑んでくるような戦闘狂タイプの男だ、と。


「とりあえず、レーザー砲のとこまで行くぞ」

「お、おう」


 匍匐(ほふく)前進で後部甲板へと戻る二人。その間に、イージー・マニー号は方向転換を済ませていた。


「おい、今気づいたが、椅子に座ったら撃たれるんじゃねぇか?」

「よく気づいたな。一瞬で良いから、敵を引きつけてくれ」


 そう言ってサムズアップするレイにモアーナが詰め寄る。


「ふざけんな! 頭撃ち抜かれて一瞬でさようならだろうが!」

「だから、ちょっと頭出したらすぐに引っ込めてくれれば良いんだよ」

「大丈夫なんだろうな? 信用して良いんだな?」


 モアーナの言葉に、レイは二週間近く前のことを思い出していた。


 同じように、信用して良いのか、と聞いたモアーナにレイは大きく頷き、財産のほとんどを失って帰ることとなった。

 それでもモアーナはレイを信じ、ここまで一緒に来ている。

 今度こそ、彼の信頼を裏切る訳にはいかない、と、レイは笑みを収めて真面目な表情でこう答えた。


「信じてくれ。俺は必ず、奴を倒す」

「……」


 レイの言葉に、モアーナはしばらく黙りこくって目を見つめた。エンジンと風の音が響く。

 たっぷり五秒が経過した時だった。


「……はぁ。分かったよ。どのみち、あいつをどうにかしなきゃ一方的にやられるだけだからな。早く死ぬか、遅く死ぬか程度の違いしかない。お前に賭けよう」

「ありがとう。モアーナ」


 拳をぶつけ合う二人。

 そして、後方へ向き直ると、手すりに開いている穴から敵の様子をうかがう。


「あれだ。間違いない」

「あの先頭の船のあれか。明らかにこっちを狙ってるな」


 二人の視線の先には、こちらへ狙撃銃の銃口を向けた装甲服の男がいた。間違いなく、ルー=タンの側にいたあの男だ。


「あの装甲服が厄介だな……。当たりどころが悪けりゃ、弾かれる」


 前回はそれを意識しすぎる余りに外してしまった。どうするべきか、と悩むレイに、モアーナが耳打ちする。


「あの目の部分。あそこはどうだ?」

「ん?」


 モアーナが言う目の部分。装甲服のヘルメットの部分だが、視界を確保するために透明になっている。強固な装甲の中で、確かにあの部分は弱点と言えるだろう。


「ありゃ防弾ガラスだぞ? 一発当てたくらいじゃヒビしか入らん。せめて二発、欲を言えば三発は当てたいが、そんな神業ができるはずが――」

「――できるさ。俺は信じてるぞ」


 思わずレイはモアーナの方を向く。


「信じてるって、お前……」

「言っただろ? お前を信じて外したことは一度もねぇって」


 ニヤリと笑うモアーナ。それを見たレイは呆れたような表情でこう言った。


「盛大に外した結果がこれだろう? 自分で言うのも何だが、本当に良いのか?」

「俺たちの賭けはまだ終わっちゃいねぇ。まだ俺たちは生きてるだろ? それに、有り金を全部持って行かれた訳でもねぇ。まだ俺は賭けに負けてねぇさ」


 モアーナの口ぶりからは、レイへの絶大な信頼がうかがえた。


「何でそんな……」

「長い付き合いだからな。どうしようもねぇ状況になったら、もう信じるしかないだろ。……準備ができたら言え」


 そう言ったきり、モアーナはレイの方向を見ようとせず、真っ直ぐ敵の姿を見据えていた。


 レイは目を閉じ、深呼吸した上で、まずは手にしているスナイパーライフルの調子を確認する。毎日、時間をかけて手入れをしている銃だ。異常があるはずがない。


「……」


 風はそれほど強くなく、狙撃には好条件だ。ただ、距離がある。おそらく、2000メートル近くはあるだろう。

 そんな長距離で、三発もの狙撃を成功させることができるのか。


 不安になったレイは、隣にしゃがみ込むモアーナを見た。

 彼はレイが見ていることに気づかず――あるいは気づかないふりをして、敵の方を見据えている。


「……今だ、って言ったら椅子に座ってくれ。すぐに奴を始末する」

「おう」


 モアーナの口調にはそこには、何の気負いも感じられなかった。あるのは、レイへの信頼だけだ。

 信頼に応える。そう決意して、レイは手すりに狙撃銃を置いた自分の姿をイメージし始めた。


 風の強さを考え、レティクルと目標の位置関係を調節。距離があるので、少しずらすくらいで十分だろう。

 そして、発射された弾丸が描く弾道も計算する。放物線をイメージしつつ、弾道を計算するのはなかなか困難な作業だ。

 あとは反動が問題だろう。一発目は良いとして、二発目、三発目は反動を修正しつつ撃たなければならない。


「できるか……?」


 ぼそりと呟いたレイの腰をモアーナが蹴った。


「何を――」

「――できるか、じゃねぇ。やるんだろ?」


 挑発的な笑みを見せたモアーナに、レイは言葉を飲んだ。

 死ぬかも知れない、というこの状況で、こいつは本当に賭けを楽しんでいる……!

 それに気づいたレイは、ようやく凝り固まった表情を緩ませ、いつも通りの自信家の笑いを取り戻した。


「ああ、そうだったな。俺たちは、この賭けに勝つ!」


 もう迷うことはない。イメージトレーニングも終わっている。後は、絶好の機会を待つだけだ。


 一秒が一時間にも感じる沈黙の中、レイとモアーナはひたすらチャンスを待ち続ける。

 好機は突然やって来た。


 イージー・マニー号が少し大きめの砂丘を乗り越えた直後、後方の至近距離にレーザーが着弾。凄まじい勢いで砂が舞い上がったのである。

 全く見えない、というほどではないが、さりとて敵の動きをはっきり確認できる訳でもない。


「今だ、モアーナ!」

「おう!」


 レイが叫ぶと同時に、モアーナが立ち上がってレーザー連装砲の砲手席についた。立ち上がり、スコープを覗いた視界の先に、装甲服の男がモアーナを狙う姿が見えた。

 イメージと同じ位置に装甲服の男を捉える。引き金を引こうとしたその時、直感がレイの指を止めた。


「違う、こっちだ!」


 舞い上がった砂がわずかに風で流される方向。それは、先ほどレイが確認した方向とは反対だった。

 レティクルの左側に装甲服の男を捉えていたレイは、とっさに反対側へと銃口を動かす。


「――ここだ」


 直感の命じるまま、レイは引き金を引く。瞬時にコッキングし、薬莢を排出。次弾を装填し、再び引き金を引いた。


「くそっ……!」


 だが、無理な連射は精度を落とすものだ。二発目は撃った瞬間に外れたことが分かった。


 しかし、敵もこちらを攻撃するには至っていない。

 レイの放った一発目は、見事に装甲服の目の部分に当たっており、さらにモアーナによるレーザー攻撃が僚船に命中、凄まじい爆発を起こしたことで、装甲服の男はよろめいていたのだ。


「よし! 一隻撃沈!」

「次は当てる!」


 三発目を装填し終えたレイは、あの男がこちらを向く瞬間を狙っていた。こちらに気づき、銃を構えた瞬間に引き金を引く――。


 決着は一瞬だった。

 よろめいていた敵は、それが嘘だったかのように即座に銃を構え、引き金を引いた。それと全く同じタイミングで、レイも三発目を放つ。直後、レイは甲板に思い切り倒れ込んだ。


「当たって……ない! あっちはどうだ!」


 体をまさぐり、自分に命中弾がないことを確認したレイ。起き上がって敵船の方を見ると、装甲服の男は甲板に倒れ伏していた。


「やった……のか……?」


 呆気ない、と言えばあまりにも呆気ない幕切れ。

 レイはなかなか事態を飲み込めずにいたが、僚船がやられたためか、はたまた装甲服の男が死んだためか、離脱し始めたサンド・コルベットの姿を見て、ようやく実感が湧いてきた。


「やった……。やったぞ! おい、モアーナ! 俺たちは賭けに買ったんだ! ……モアーナ?」


 珍しく喜びを露わにして、跳ね回るレイ。しかし、モアーナの反応が全くないことを不審に思い、座席を見た。


「嘘だろ……」


 そこには、大量の血を流すモアーナの姿があったのである。


「おい、モアーナ。しっかりしろ、おい!」


 必死な表情でモアーナを揺さぶるレイ。と、モアーナが目を開けた。ずいぶんとぐったりした様子で、右肩を押さえている。


「おう……さすがは、レイだな……。本当に、やりやがった……」

「ああ。やったさ。だから死ぬな、モアーナ!」


 モアーナが鼻を鳴らして笑う。


「ざまぁねぇな。珍しく砂漠に出たと思ったら、これだ……。つくづく、俺は外回りに向いてねぇ」

「今すぐ手当てする。もう黙ってろ」


 肩の傷口を見て、弾丸が貫通していることを確認し、ポシェットから包帯を取り出すレイ。

 モアーナは、肩に包帯を巻かれながら、まるで最後の力を振り絞るかのようにこう言った。


「良くやったぜ、レイ……。お前は俺の最高の戦友だ……。ちと、ヘマしたのは、まあご愛敬って奴だな」

「良いから黙ってろ」


 包帯を巻き終え、モアーナを座席から下ろそうとするレイ。それを、モアーナが押し止めた。


「少し、疲れた。ここで寝かせてくれ」

「おい、モアーナ? おい、しっかりしろ。おい!」


 ぐったりと座席にもたれかかるモアーナ。まるで死人のようなその表情は、しかし安らかな笑みで彩られていた。




「――で、終わってたらお涙頂戴の良い話、だったんだがなぁ」

「うるせぇ。俺にも恥ってもんはある」


 ラス・クアーク市立病院の一室。ベッドの側でニヤニヤと笑うレイに、吐き捨てるように答えたのは他でもない、モアーナその人だった。


「まさか、本当に寝ただけとは思わなかったぜ。完全に、もう逝っちまうって表情してやがるんだからよ」


 モアーナが崩れ落ちた後、涙を堪えてモアーナを運びだそうとしたレイは、すぐさまいびきをかき始めたモアーナを見て、それまでの感動やら何やらを全てどこかへ放り投げ、モアーナを船長室のベッドへと叩き込んだのである。


 傷そのものは、レイであれば致命傷となりかねないものだったのだが、バスカーという種族の丈夫さが発揮されたのか、モアーナは一眠りすると、もう何事もなかったかのように動き始めたのである。


「念のため検査入院を、ってことで入れてもらったが……いらなかったんじゃねぇか?」


 レイの言葉に無言を貫くモアーナ。その表情は、何百匹もの苦虫を噛み潰したように歪んでいた。


「それで? 結局、奴らは助かったのか?」

「ああ。全員無事さ。一日でも遅けりゃ、アウトだったらしいが、な」


 あの戦闘の後、レイは船をデス・キャニオンへと進め、父親の残した調査日誌の記録に基づき、無事に静かの砂漠へと到達した。

 そして、そこから三十分ほどの地点で、墜落した宇宙船と思わしき残骸に遭遇したのである。


 十二人の船員は皆が衰弱しており、レイがイージー・マニー号でザルジスへと運び込んだ時にはもう駄目だ、と誰もが思った程であった。

 しかし、彼らは無事に回復し、今はモアーナが入っているのと同じ病院の一室で、市当局の取り調べを受けている。


「やっぱり銀河連邦の市民だったらしくてな。航法士も通信士もいるから、五百年ぶりの連邦復帰だ、って街は大騒ぎだぜ」


 遠からず、この星には銀河連邦からの正式な使者がやって来るだろう。そうすれば、この孤立した惑星の住人は、銀河社会へと参入することになる。

 レイのような商人にとっては、大きなビジネスチャンスだった。


「それにしても、ベールマン市長が急死、ねぇ……。これ、どう考えてもあれだよな?」

「ああ。間違いないだろう。ルー=タンだ」


 レイを襲ったサンド・コルベットの哨戒隊。あれは、明らかにベールマン市長の差し金であった、と言って良い。

 懸賞金を出したことと言い、ベールマン市長はルー=タンの忠実な犬だったのだろう。


 だが、彼はレイを殺すことに失敗し、市当局は莫大な懸賞金をレイに支払うこととなった。

 失敗したベールマン市長は、用済みとして処分されたのだ。


 帰ってきた時の、蒼白なシャーロと対照的な、愉快なものを見た、と言わんばかりの上機嫌なルー=タンの姿が目に焼き付いている。

 そして、彼はこう言ったのだ。いずれまた、と。


 惑星が開かれることで、ルー=タンを取り巻く状況も大きく変化するに違いない。閉じた世界で王様だった彼が、銀河でもその地位を維持するとは限らない。

 しかし、あの表情を見たレイは、ルー=タンが銀河でも名の知れた犯罪王になることを疑っていなかった。


「おい、レイ、どうした? 眉間に皺が寄ってるぞ。俺たちは金持ちになったんだ。何を悩んでるか知らねぇが、そんなことは後でどうとでもなるだろう」

「それもそう、だな。……その金を、この豪勢な個室で浪費してやがるお前が言うと、説得力もひとしおだぜ」


 レイがからかい、モアーナが渋い顔をする。やがて、二人はどちらともなく顔を見合わせ、盛大に笑った。




 ……統一暦(U.C.)1505年。惑星マラフアから出発した星域探査船クバルト・アーロは、強力な宇宙嵐に遭遇し、未知の惑星にたどり着いた。

 そこは一面、砂に満ちた惑星であり生命の痕跡を全く感じさせない、死の惑星であると思われ、クバルト・アーロの乗員たちは絶望に打ちひしがれていた、という。


 そんな彼らを救ったのが、かの大商人レイ・アブネリとモアーナ・ロフトーの二人だったのである。

 銀河の歴史に名を刻んだ二人の大商人は、まさにその時をもって、銀河の表舞台に姿を現したのであった。


『砂漠の商人―レイ・アブネリとモアーナ・ロフトーの軌跡―』第一章より

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