第一話 行商人レイの一日
二つの太陽が砂漠に照りつける。気温は52度。今日は涼しい方だ。
永遠に続くかのような波打つ砂漠を、六隻の“船”がひた走る。この砂漠では比較的よく見られる、フローティングエンジンを搭載して極低空を滑走するサンドシップである。
その後ろを、巨大な芋虫のような怪物が追っていた。
「くそったれ! よりにもよって、クイーン・サンドワームかよ!」
「総員、砲戦用意!」
ブリッジの船長席に座っていた男が通信機を手に取り、船団に命令を出す。
命令と同時に、六隻の甲板にわらわらと船員が出て、船尾のレーザー砲に取りついた。他の船員たちは、固唾を呑んでサンドワームを見ている。
「撃ち方、始め!」
号令と共にレーザー砲が火を噴き、サンドワームのぱっくりと開いた口の中へとレーザーが吸い込まれていく。
サンドシップなら一撃で大破炎上させてしまうレーザー砲だが、巨大なサンドワームにはそれほど効果がない。せいぜい、怯ませるのが関の山だ。
「ギュオオオオオ!」
「うおっ!」
痛みを感じたのか、サンドワームが咆哮し、船員たちはそのあまりの大きさに耳を塞ぐ。
船長席に座っていた男は驚いて椅子から転がり落ちながら、マイクを手に怒鳴った。
「砲撃を続けろ! サンドワームに攻撃をさせるな!」
船団からは雨あられとレーザーが放たれるが、サンドワームは一向にそのスピードを落とすことなく、船団に近づいている。
「まずい! 強酸を吐くぞ!」
サンドワームがぱっくりと開いていた口を閉じた瞬間、甲板に出ていた船員の一人が真っ青な表情で叫んだ。
「総員、船室に戻れ! 隊列を解除、散開しろ!」
船長席に座っていた男が叫ぶ。船員たちは蜘蛛の子を散らすように船室へと駆け戻り、船団は一気に散開した。
次の瞬間、サンドワームは黄土色に濁った液体を吐き出す。
液体が避けきれなかった一隻に命中し、レーザー砲のあった船尾が一瞬で溶け落ちた。攻撃を受けた船の速度が目に見えて落ちる。
『こちら、ハーティー号! エンジンがやられた! 墜ちる!』
悲鳴のような通信が船団に響き、強酸を受けた船が着砂する。ズザーという轟音が響き、船が砂丘で擱座した。
擱座した船を引き戻すには、多数の船でこれを引っ張らなければならないが、そんな余裕があるはずもない。
『た、助けてくれ!』
着砂した船からは悲鳴のような救援要請が入るが、船団はこれを無視して突き進んでいく。
やがて、バキバキッという異音と共に、通信が途絶えた。サンドワームが、船丸ごと船員たちを飲み込んだのである。
「サンドワーム、追ってきません」
「総員、戦闘配備解除。ただし、警戒は解くな」
男がそう言うと、ようやくブリッジにはホッとしたような空気が流れた。
砂丘で擱座しないよう、必死に舵を取っていた操舵手に至っては、緊張の糸が切れたのか、腰を抜かしている。
「ハーティー号以外に被害は?」
「ありません。積荷も大丈夫です」
男が問うと、地図を見ていた航海士が答えた。男は頷き、船長席に深く座り込む。
「あーあ。……ったく。これじゃ儲けがパーだぜ」
仲間が死んだことを悲しむのではなく、船を喪失した事による損害を嘆く男。
一見、非情にも思える男の感想は、この星に住む者ならば誰しもが共感できるものである。
二つの太陽に照らされた惑星アーキア。
この砂の惑星は、正しく弱肉強食を体現する世界であった。
五百年ほど前、銀河の外縁部に位置する惑星ナルインから植民船団が旅立った。一隻の人口がおよそ五万人となる植民船が十隻の船団を組み、新たに見つかった居住可能な惑星への長い旅路に就いたのである。
ところが、その内の二隻が宇宙嵐に遭遇し、運悪く自然発生していた転移ゲートに突っ込み、見知らぬ惑星へと不時着した。
その惑星は砂に満ちた惑星で、水はほとんどなく、生き物が住むには過酷な環境であった。
当然、不時着した船の人々は宇宙への脱出を試みるが、宇宙嵐に遭遇した際か、はたまた転移ゲートをくぐった際か、それとも不時着した際か、とにかく宇宙船は完全に沈黙していたのである。
宇宙における座標が分からなければ、量子通信を行うことすらできない。量子通信ができなければ、近隣の惑星――どれほど近くにあるか分からないが――に助けを求めることすらできない。
すなわち、この砂の惑星に漂着した人々は、この星で生きるしかなくなったのである。
宇宙に浮かんだこの砂の方舟で、五百年もの間、人々は厳しい生存競争を戦っていた。
サンドワームの襲撃をくぐり抜けた五隻の船団は、周囲を船の残骸で囲まれた集落へとたどり着いた。
外周の内、一つだけ入り口のように開けられたスペースに船団が近寄っていく。
集落は十軒ほどの小さな石造りの家と、オアシスの周囲に開墾された農場から形成されている。
惑星アーキアにおける、典型的なオアシス集落だ。
サンドシップが着陸し、船長席に座っていた男が船を下りると、集落からぞろぞろと人が出てきた。
「レイの旦那、お元気ですかい?」
人々の群れから50歳くらいのはげ上がった男が出てきて、親しげに話しかけてくる。
船から下りた男は、ニヤリと笑って手を挙げた。
「よう、村長さん。この前来たときに言ってた耕耘機、持ってきたぞ」
「そりゃありがてぇ。毎度感謝してますよ、レイの旦那」
レイ・アブネリ。六隻――今では五隻の船団を率いる砂漠の行商人だ。
彼は街で作られた機械や衣服などの品物をこのようなオアシス農場に運び、見返りとして農場で生産された食料品を街へ運んでいる。
この惑星ではとても重要な役割を担っているのだが、彼の同業者はそれほど多くない。
理由は簡単。先ほどのような危険が砂漠には満ちているからだ。
凶暴な原住生物や改造したサンドシップを使う砂賊などの直接的な危険はもちろん、GPSの故障で砂漠を彷徨ったり、巨大な砂嵐に巻き込まれたり、といった危険がある。
「こいつだ。売値は8000クレジットでどうだ?」
「旦那、そいつはぼったくりってもんですぜ」
機械を見せ、値段交渉を始める。ちなみにこの耕耘機は500クレジットで調達したものなので、村長が言うように完全なぼったくりだ。
「せいぜい3000クレジットってとこでしょう?」
「おいおい。俺たちゃ、サンドワームに襲われながらここまで来たんだぜ? 3000クレジットじゃあ、手間賃にすらならねぇよ」
レイが肩をすくめる。
「4000クレジットまでなら払えますぜ」
「7000」
ニコニコ笑いながら、二人は腹の探り合いを続ける。
「もうちょっとまけてくれませんかねぇ。……4500」
「サンドシップが一隻やられてんだ。まけらんねぇよ。……6500」
「そりゃ同情しますがね、こっちにも生活ってもんがあるんですよ。……4800」
揉み手をし始める村長。ここからが値段交渉の本番だ。ここまでは、軽いジャブに過ぎない。
「6200だ」
「5000でどうです?」
「いーや、駄目だ。6000」
「5200。これが限界ですぜ、旦那」
村長が両手を挙げる。どうやら、限界なのは本当のようだ。
と、レイはニヤリと笑ってこう言った。
「しょうがねぇなぁ……。1000で良いから、代わりにこの村の優先権を俺にくれ」
破格の値段で提供する代わりに、便宜を図れ、というレイの言葉に、村長が渋い顔をする。
「優先権、ですかい? レイの旦那には世話になってるから、そうしたいのは山々なんですがねぇ……」
村長の言葉は歯切れが悪い。
「ん? 何かあったのか?」
「いえ、実はウチの村の優先権は、こないだシャーロの旦那に売っ払ったばっかりでしてねぇ」
「シャーロがここの優先権を買った、だと?」
今度はレイが渋い顔をする番だった。
優先権、というのは、村が生産する農産物などを優先的に――独占的に、ではない――買い取る権利のことだ。
優先権を得た商人はその村の生産品の半分を無条件で押さえることができ、他の商人がその分の商品を買うには、優先権を持った商人への優先権使用料が必要となる。
この優先権は、多くは大商人が希少な産物を生産する村を押さえ、利益を上げるために買い取ることが多いのだが、この村は特筆すべき名産品もなく、優先権もこれまでは押さえられていなかったのだ。
「俺と村長さんの仲だから言うけどよ、この村は確かに農産物の質は良いが、それほど珍しいものを作ってるって訳でもねぇ。それがどうしてまた、優先権をあのシャーロが買うんだ?」
「あたしの知ったことじゃねぇですよ、旦那。でも、シャーロの旦那はここら一帯の優先権を買い占めようとしてるみたいですぜ。こないだ来た別の商人が言ってました」
レイが腕を組んで唸る。
「シャーロが何を考えてるのかは分からねぇが、厄介だなぁ……。このままだと商売あがったりになっちまうぜ」
「すいやせんねぇ。まあ、旦那には世話になってますし、残りの半分でできる限り融通効かせますんで」
村長の愛想笑いに、レイは仕方ねぇなぁ、と一言呟いて、
「まあ良い。とりあえず優先権がもらえねぇなら、こいつは5500が限界だ。これ以上は、1クレジットもまからねぇ」
「しょうがないですねぇ……。じゃあ、5500で買いますよ」
村にとって、レイが持ってきた耕耘機が必要不可欠なものであることは確かなのだ。
村長は渋々といった表情で、レイが出した契約書にサインした。
契約書は銀河共通の公証用電子ペーパーを使ったもので、二人の虹彩と指紋を登録した後は改竄ができないようになっている。
この電子ペーパーに記録された内容は、通信衛星を介して――通信衛星の機嫌が良ければ、だが――レイが所属する商人組合のマザーコンピュータに保存され、仮に契約書を紛失したり、破壊されたり、といった事態が起きても、再発行が可能だ。
「ん。確かに。代金はいつも通り、売上金から差し引いておくぜ」
「へい。いつもありがとうございます」
レイが腕に巻いたデバイスを起動させると、ホログラムディスプレイが表示される。
「……よし。これで取引終了だ」
レイは手早く銀行口座にアクセスし、売上金からの差し引き手続きを済ませた。
これで街に戻れば、彼は耕耘機の販売代金を口座から下ろすことができる訳である。
「もうすぐ日も暮れます。今日は泊まっていくんでしょう?」
「おう。そのつもりだ。宿は空いてるよな?」
「こんな辺境に、好きこのんで来る旅行者なんかいませんよ」
村長がそう言うと、レイは苦笑しながら、それもそうだ、と返し、二人で笑い合った。
「おい、お前ら! 今日の仕事は終いだ! 積み込みは明日になってからで良い!」
レイが叫ぶと、船員たちが歓声を上げた。
「村長、酒場を開けてくれよ」
「当然ですよ。皆さん、何もねぇ村ですが、楽しんでいってくだせぇ!」
ヒュー、と盛り上がる船員たち。
村や街に寄港した際の、どんな船にも見られる光景だった。
船員たちが酒場で大いに騒いだその翌朝、レイの船団は手早く農産物を積み込むと、村長たちに見送られながら砂漠の大海原へと出港した。
照りつける太陽の中、船団は真っ直ぐと目的地へ航行する。目的地は、彼らが母港とする砂漠の街ラス・クアークだ。
各地での取引で手に入れた貨物を満載した五隻のサンドシップはゆっくりと砂漠を進んでいく。
ちなみに、レイが使用しているサンドシップは正式名称を、MEAK-7000キャリアーといい、元々はラス・クアークの治安部隊が使用していたサンド・キャリアーが払い下げられたものである。
製造から七十年近くが経過しており、その間の酷使によって船体は老朽化が進んでいるが、頑丈な作りが自慢のマドベ・エンジニアリングが製造しただけあり、未だに各地で現役として働いている。
レイが運用するサンドシップはそんな老嬢たちの中でもかなりの古株であり、エンジンを積み替えたり、船尾にレーザー砲を設置したりと、かなりの改造を加えることで新造船に負けないスペックを誇っていた。
それはさておき。
村を出て三時間ほど経った頃、ブリッジでぷかぷかとタバコを燻らせていると、甲板に出ていた見張り員が駆け込んできた。
「船長! 4時の方向から何か来ます!」
「何かって何だ、もっとはっきり報告しろ!」
レイが口を開く前に、地図を見ていた航海士のラフマンが怒鳴った。見張り員がビクつき、頭を下げる。
「す、すいません!」
「まあまあ。んで、お前は何に見えたんだ?」
レイがラフマンをなだめながら、見張り員に尋ねる。見張り員は、おそるおそるといった感じで、
「船団、だと思いました」
と言った。
「船団か……。おい、リコ!」
腕を組んだレイが名前を呼ぶと、若い男が顔を上げた。
「何です、船長?」
「付近に商船団がいるような通信はあったか?」
若い男――通信士を務めるロメーロがヘッドセットを外しながら、天井を見上げる。
「うーん……。なかったと思いますよ。ただ、さっきから通信機に雑音は入ってます」
「雑音、か。この辺に磁鉄鉱はあったか?」
レイがラフマンを見ると、彼は首を振る。
「そんな話は聞きませんね。ティミカ商会がこの辺は徹底的に調査してるはずです」
「だよなぁ……」
磁鉄鉱が多い場所では、通信に雑音が入ることもある。アーキアでは、通信に影響を与えるほどの磁鉄鉱が存在する場所がいくつか確認されていた。
ただ、あの村とラス・クアークを繋ぐ航路で、レイがそのような現象に遭遇したことはほとんどない。
唯一あるのが――
「砂賊か……。行きはサンドワームに遭ったってのに、帰りもかよ」
こちらに敵対的な意図を持って接近している船団ならば、ジャミングして通信を妨害しようとする。
レイはうんざりした表情で、シートにもたれかかった。
砂賊。とかく、秩序があってないようなもののアーキアにあって、なお無法者のレッテルを貼られる集団。
高速艇で船団を襲撃し、その積荷を奪うことで生計を立てている者たちだ。多くはそのような盗賊家業主体だが、稀に奪った品物を売りさばく半商半賊の者たちもいる。
「ちっ……。面倒だがやるか。総員、砲戦用意!」
行きと同様、レイの通信と同時に船員たちが忙しく駆け回り始めた。
『こちら、イントレピッド号! 接近する船団にドクロの旗を確認!』
「こりゃまたベタな奴らだねぇ」
レイが苦笑する。賊がドクロの旗を掲げるのは古代からの習慣であるが、今時それを律儀に守る賊もなかなかいない。
「敵船団、こちらに直進してきます!」
「そっちの方が楽だな。さっさと片付けるぞ」
レイの船団が砂賊の船団に船尾を向け、横並びになる。船尾にあるレーザー砲を効率よく運用するための陣形だ。
「撃て!」
レイの号令と共に、レーザー砲が発射される。
レーザーは発射とほぼ同時に敵船団に着弾するため、発射されてしまえば避けようがない。
砂賊の船団の内、先頭を走っていた三隻のサンドシップが爆発し、縦回転しながら吹き飛んだ。
「おーおー、いつ見てもすげぇ光景だな、おい」
ブリッジを出て、後ろを眺めながら、のんきに言うレイ。
それを窘めるように、見張り員が叫んだ。
「敵船団、まだ七隻います!」
「撃ち続けろ! 近寄らせるな!」
そう言った直後、今度は砂賊からの反撃が来た。観測機が警告を発する。
「船長、フォノンメーザーです!」
「どこまでもベタな奴らだな……。適当に散開しろ!」
フォノンメーザーはいわゆる音波兵器で、音波によって対象を振動させ、加熱させる装置だ。
音波故に音速程度でしか目標に到達せず、大気中ではあまり実用的な兵器とは言えない。
主にこの兵器を使うのは、水が豊富な惑星の水中船なのだが、レイの船団を襲う砂賊はこのフォノンメーザーを主力兵装としているようだ。
それもそのはずで、砂に満ちたこの星ではフォノンメーザー砲の需要が低く、非常に安い値段で手に入れることができるのだ。
さらに、実際に目標を破壊するまでに時間がかかる、というフォノンメーザー砲の特性は、船を乗っ取る必要がある砂賊にとっては好都合でもある。
そんな理由から、フォノンメーザー砲は砂賊が使用する兵器として、実にポピュラーな武器なのであった。
「各船は、自身の判断で攻撃をしろ。幸い、奴らはそんなに速くない。よく狙って撃て」
レイがそう言うと、船団は思い思いに攻撃を始めた。
砂賊は原住生物と違い、知能がある点が厄介なところである。
頭の良いリーダーに率いられた砂賊は、強固な護衛を傭っている行商船団すらも軽々と襲撃し、その積荷を根こそぎ奪っていくという、非常に驚異的な存在だ。
しかし、今回レイの船団を襲った砂賊は、有能なリーダーには恵まれなかったらしく、ただこちらへ向かって一直線に突き進んでくるだけだ。
一直線に突き進んでくる程度の敵であれば、熟練した砲撃手の敵ではない。
レイの船団が放ったレーザー砲は次々に砂賊のサンドシップに命中し、戦線から脱落していく。
そんな中、器用にも砲撃をくぐり抜け、近づいてきたサンドシップが二隻いた。このサンドシップの操舵手は少し知恵が回るようで、不規則に揺れ動きながら接近しており、砲撃手は狙いを付けられずにいた。
「二隻近づきます! 白兵戦、用意しますか?」
ラフマンの言葉には応えず、レイは船長席から立ち上がって外に出る。出る間際に、タバコを灰皿に押しつけた。
額に手をかざし、接近するサンドシップを睨む。一つため息をつくと、側にいた船員を捕まえた。
「おい、あれを取ってくれ」
「は、はい!」
船員が船長室に走り、レイにライフルを渡す。渡されたライフルは、レイの身長ほどの長さがある。
M3S3ライフル。アーキア随一の名工と謳われたロー・リェオムが設計した、“リェオム・モデル3”シリーズの狙撃銃だ。過酷なアーキアの環境に耐えるだけの性能を持った、信頼の置けるボルトアクション・ライフルであり、これを愛用する者は多い。
レイはその長い狙撃銃を手すりに置くと、近づいてくるサンドシップのブリッジに狙いを定めた。スコープを覗き込み、砂賊の頭をレティクルの中央に合わせる。
待つこと数瞬、レイが著しく目を細めた。
「……ここだ」
操舵手の右目をレティクルの中央で捉えた瞬間、レイは引き金を引く。
放たれた銃弾はサンドシップを操る砂賊の眉間に吸い込まれるように命中した。
「おお!」
船員たちがどよめくのも無理はない。
操舵手を失ったサンドシップが右に急旋回し、もう一隻のサンドシップと衝突。二隻のサンドシップは大破し、数瞬遅れて大爆発を起こしたのだ。
「相変わらずすげぇ……」
「さすが、船長」
船員たちは尊敬の眼差しでレイを見ている。
「大したことねぇよ。おい、隊列を組み直させとけ! さっさと帰るぞ」
レイは照れたように頭をかくと、ブリッジではなく船長室へと入っていった。
日が沈もうとする頃、レイの船団はようやくラス・クアークの街に帰り着いた。五隻のサンドシップが、街の南東に設けられた“港”へと入港する。
ラス・クアークは五百年前に不時着した植民船の一方をベースとして築かれた、人口十万人を誇るアーキア最大の都市であり、港は埋もれた植民船の船尾部分の格納庫に相当する部分にある。
地表に築かれた建造物は人口に比して少ないが、これは植民船が砂に埋もれたことを利用して、地下に都市機能の大部分を置いているからである。
それもあって、植民船の地表露出部分は外壁の一部を除いて解体されており、上空から見た時に、わずかにその面影が分かるのみとなっている。
レイの船団が港に入ると、早速通信が入った。ポート・コントロールからだ。
『こちら、ラス・クアーク・ポート・コントロール。応答せよ』
「こちら、イージー・マニー号及びその船団」
ロメーロが答えると、ややあって再び通信が入る。データベースを照会していたのだろう。
『確認した。登録者レイ・アブネリで間違いないか?』
「間違いない」
『了解。二十七番ポートへの入港を許可する』
ポート・コントロールからの通信が終わると、ガコンという音と共にサンドシップが揺れ、何かに引っ張られるかのように、サンドシップが自動で動き始めた。トラクタービームによる誘導が始まったのだ。
トラクタービームに捕捉されれば、後はエンジンを切っても自動で埠頭まで連れて行ってくれる。
「機関停止。下船準備!」
船員たちが慌ただしく準備を始める。甲板の扉が開かれ、多数の貨物を積んだ貨物室が姿を現した。
サンドシップの動きが止まり、タラップがかけられる。埠頭に設置されたクレーンが動き出し、貨物の積み出しを始めた。
『貴船の着岸を確認した。ようこそ、ラス・クアークへ』
「誘導に感謝する」
定型化したやり取りをした後、レイは船長席に深々と座り込んだ。船員たちがガヤガヤとタラップを降りていくのを、のびをしながら眺める。
「あー……今回も疲れたなぁ……」
「お疲れ様です、船長」
「おう。サタジットもご苦労だったな。また明日会おう」
手を振りながらラフマンを見送るレイ。胸元のポケットからシガレットケースを取り出し、一服する。宇宙との交流が途絶えているこの星では、高価な嗜好品だ。
「……ふぅ……」
危険極まりない砂漠から帰ってきて、ブリッジの扉を開け放って一服するのが、レイにとってのささやかな楽しみの一つである。
ぼんやりとタバコを吸っていると、二本目に入ろうとしたところで、開け放ったドアがコンコンとノックされた。
ドアの方を見ると、ゴリラのような顔立ちをした、背の低い男が立っていた。
「よう、レイ。お疲れさん。一隻減ってるが、何かあったのか?」
「おう、モアーナか。サンドワームに襲われちまってな。それもクイーンだぜ」
彼の名はモアーナ・ロフトー。バスカーと呼ばれる、ゴリラによく似たヒューマノイド種族の出身で、ラス・クアークで五番目に大きいロフトー商会を経営している商人だ。
彼はレイが組織する船団を専属の運送会社として雇っており、二人は都市間交易による莫大な利益を共有するビジネスパートナーである。
ただ、二人の良好な関係は利益によるものだけではなく、お互いに身一つでビジネスを起こし、協力して成長させてきた、という一種の戦友意識によるところが多かった。
モアーナはレイの言葉を聞いて、表情を歪ませた。ただでさえ怖い顔つきが、より凶悪なものになる。
「そいつは、災難だったなぁ。今回の儲けはパーじゃないのか?」
「全くだ。最近はサンドシップも高くなってきやがったってのに、厄介だぜ」
レイが芝居がかった様子で肩をすくめると、モアーナが笑った。
よく見れば、モアーナの眉がわずかに下がっており、彼の笑いが苦笑であることが分かる。
当然ながら、長い付き合いであるレイには一目瞭然であった。
「そうそう。厄介な話と言えばな、お前がここを出た後くらいから流れ始めた話があってな」
モアーナの意味深な言葉に、レイは火をつけたばかりのタバコを灰皿に押し付け、前のめりになった。
「何だ何だ? ルー=タンが死んだか?」
「それなら良い話だろう。まあ全く関係ない訳でもねぇんだが……」
モアーナの言葉は歯切れが悪い。
考えなしに言葉を放っては、問題を引き起こしているモアーナを知っているレイからすれば、実に珍しい光景であった。
「シャーロの商会が、な。どうもここ最近、あちこちの優先権を買い漁ってるらしい。小さい商会の中には、取引先を全部奪われたところもあるそうだ」
「シャーロだと?」
シャーロとは、この街で一番――すなわち、この星で一番のプレアスタン商会を経営するシャーロ・プレアスタンのことだ。
彼はラス・クアークの犯罪王と名高いルー=タンとの関係が噂される商人であり、レイはその噂が事実であることを知っていた。
シャーロの名前は、レイが懇意にしているあの村長も口にしており、優先権を買った、と言っていた。
「その話、俺も出先で聞いたぜ。村長は馬鹿高い値段で売り払ったって言ってたな」
「本当か? あいつ、何考えてるんだ?」
シャーロの評判は決して良くはない。商売敵に対して、横柄な態度を示すことが多いからだ。
しかし、優先権を買い漁る、というのは話が全く別のものだ。
小さな商会では、優先権をどこかが押さえているような場所で取引することはできないので、優先権がどんどん買い占められていくと、自然と取引先が減少していく。
先ほどのモアーナの言葉は過剰でも何でもなく、事実を示しているのだ。
如何に最大の商会で、犯罪王との関係もあるとはいえ、敵が多ければ商売に支障を来たすはずだ。
それを、今のシャーロは恐れていない、ということになる。
「不気味だな……」
「ああ。まあ、幸いウチは取引先も多い。優先権が握られても、何とかなる」
モアーナ商会は手広い取引先が強みの一つで、多種多様な品揃えによって拡大してきたところがある。
そのため、全てを握られる訳ではない優先権の買い占めならば、それほど商売に影響は出ないのだ。
とはいえ、多少窮屈になることは否めない。取引先で優先権が押さえられていれば、自然と他商会との競争が激しくなる。
「面倒な話はここまでにしよう。モアーナ、飯でもどうだ?」
「良いね。というか、すっかり忘れちまってたが、俺は元々、お前を飯に誘おうと思って来たんだよ」
顔を見合わせ、二人は笑う。
「お前の悪い癖だぜ、モアーナ。お前と来たら、いつも本題を忘れて別のことに夢中になっちまう」
「俺のせいじゃねぇさ。俺の生まれが悪いんだよ」
バスカーは頭が悪くて集中力に欠ける、というのは、他種族がバスカーに対して持つ偏見として有名なものだ。
もちろん、これは全く根拠のないデタラメである。
「大学出てるお前が言っても根拠はねぇよ。……さ、冗談はこのくらいにして、さっさと飯に行こうぜ」
モアーナの頭をぱしんと軽く叩き、レイはブリッジを出てタラップを降りていく。
港の中では小型のホバートラックが縦横無尽に走り回っている。行商船団が遠くから仕入れてきた商品を積み替え、行商人が提携する商会の倉庫へと運んでいるのだ。
レイが運んできた商品も同様に、バスカーの労働者たちがホバートラックへと積み替え、ロフトー商会の倉庫へと運んでいた。
「はぁ……。どっかに儲け話でも転がってねぇもんかねぇ……」
「その辺に転がってるような儲け話に価値がある訳ねぇだろ」
そりゃそうだ、と笑うレイ。
そんな話をしながら港を後にした二人だったが、翌日の朝、彼らは思わぬ形で儲け話を拾うことになる。
しかもそれは、プレアスタン商会の優先権買い占めの謎への解答、というおまけ付きであった。