おっと、今回はエッセイ? ぽいぞ、でも怒られそうなので、皆は無視してくれ!
個人的な妄想なので怒らないでください。
今回はちょっと、エッセイぽくしようと思うので、のっけから爆弾発言します。
『これからの小説はもう、面倒な情景描写も、地文もいらない』
これはなんという暴論、こいつ馬鹿かと鼻で笑ったあなた、そして、お前みたいなやつがいるからなろうは、馬鹿にされるとお怒りのあなた、まずはサブタイトルを見てください。
お願いだから無視してよー。
えーと、ここからは真面目に話を進めます。
実は私は結構な歳ですね。たぶん、このなろうで活動されているお若い方の、倍ほどでしょうか。
そのため、読書歴はかなり長いです。
小学生のころは図書館の本を全読破を目指していましたね。
中学生のころは少しグレタので、数年は読書から離れていましたが、今まで読んだ量はかなりです。ジャンルは問わず読んでいました。
実家には今でも、ちょっとした本屋さん並みの蔵書があります。
それで何が言いたいかというと、昔に比べると今の書籍はかなりライトになってきました。
私はなろうと出会う前は、時代小説にちょっとはまっていまして、それも剣豪物や捕物帖などです。
そして、そういった時代小説には顕著にライト化が、現れていましたね。
昔の時代小説には、難しい情景描写など使われていましたが、いまではライトノベルとあまり変わらない描写の、時代小説もチラホラあります。
昨今の若い人達は、読み解く力がなくなり、活字離れが進んでいると聞きますが、実際にはおじさん達にも、及んでいるのですよ。
前にどの局かは忘れましたが、朝の情報番組で、確か手帳などに自筆で予定などを書き込んでいる人は、20代が一番多いといった調査を見ました。
どういった調査だったか、詳しいことは忘れましたが、活字離れは逆におじさん達の方が、進んでいるといった結果です。
私も昔、10代のころに読んでいた小説などを読むと、意外に読みづらく感じたりすることが、たまにあります。
これは何なのだろうと考えていて、ひとつ思い当たることがあります。
それは、その情報を私がよく知っていて、頭の中で簡単にイマジネーションできるということです。
そのためもう知っている事をくどくどと、説明されているようで、その情景描写がうざく感じるのですよ。
そして、それを突き詰めて考えると、私のイマジネーションした情景と、作者の書く情景とにズレがあるのですよ。
作者の創造する世界と、私の想像する世界にズレが生じるとそれがまた、いらっとさせるのですよ。
うざいのと、いらっとするのと二つで、読む気もなくなるというものですよ。
たとえば中世ヨーロッパの街並みといえば、それがあってるかは別にして、何となく皆さんは頭に、想像できるのではないですか。
それはアニメで見たのかも知れませんし、テレビの情報番組で見たのかも知れませんが、頭の中に想像できるはずです。
これは数10年前の人達には出来なかったことです。そんな情報を知らなかったのですから。
今の世の中は、これだけの情報が溢れています。いろんな情報が知らず知らずのうちに、頭の中蓄積されていってます。
現代の人は読み解く力が低下したのではなく、想像力が進化したのですよ。
それが昨今の書籍のライト化に、つながっているのではと思えるのです。
そこで冒頭の言葉です。
『これからの小説はもう、面倒な情景描写も、地文もいらない』
まぁ、これは極端な話です。
私も情景描写を書いていますしね。
でも50年先や、100年先の小説界では、当たり前の言葉になってるかも知れませんよ。
えーと、今、鼻で笑ったあなた、そして頭から湯気をあげて怒ってるあなた、サブタイトルをもう一度見てくださいね。
今回は少し、エッセイぽくしました。
それではまた。