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1-8 劣等生はスペシャリスト

魔物:正式名称は異形生命体。魔獣、モンスターと同義。二つの世界を繋ぐ特異点から一方の世界から現れてくる。魔物にはランク付けがされており、低位の個体ほど知性を持たず、高位では人類と対等以上に会話ができる。




 静かな街中を僕らは一斉に走り抜ける。

僕を除いて皆は魔術で身体能力を強化して、車と遜色ない速度で移動ができる。しかも車と違って無理に道にそって移動する必要もないから実際には遥かに迅速に目的地に着くことができる。

塀を蹴り、屋根を飛び越えて僕ら六人は夜空を飛び回る。煌々とした灯りを眼下に従えて、数キロ離れた目的地へあっという間に近づいていく。


「ちょっと待ちなさい! ワタクシを置いて行く気!?」


 元々運動能力が低いタマキが少し遅れた後方から叫んでくる。魔術で筋力とか防御力とかは著しく向上するけれども、流石に体の動かし方が上手くなったりはしない。どのタイミングで、どういった角度で力を加えれば上手く動けるかは言葉で説明するのは難しいし、そこら辺は運動神経の問題になることの証明例といえるかもしれない。

タマキの声が聞こえてないのか霧島さんは振り向きもしないし、雪村さんはわざわざスピードを落としてタマキの横に並んだ後、「ハッ!」って鼻で笑って先に行ってしまった。どうしてそういうことが出来るんだろうか、とあの人の神経を疑いたくなるけれど、それを言っても詮なき話だ。大体が「魔術師たるもの知力・体力・魔力ともに優秀たれ」みたいな考えを持っててそれを当たり前で疑ってない人たちだからな。


「タマキ」

「ん。悪いですわね」


 代わりという訳じゃないけれど、僕が速度を落として彼女の手を掴んで引っ張っていく。

一体どういう構造になってるのかは分からないけれど、僕は魔術を使わなくても問題ないくらいに運動能力が高い。勿論人体の構造的に全くの身体能力だけで魔術師と同程度の動きが出来るはずが無くて何らかの魔術的要素が体に作用してるんだろうけれど、今のところその原理は我が体ながら不明だ。気にならない、と言ったら嘘だけれどもたいして不利益がなくてむしろご利益が多いから文句はない。ただし、魔技高専を辞めさせてもらえない点に関しては閉口する。


「どうやら到着したみたいだよ」


 スバルの声に意識をタマキから証明に戻すと、霧島さんが手を上げて停止の合図を出していた。その合図にならって僕らもまた地面に降り立つ。


「……着地の補助をしてくれるのは紳士として立派とは思うのですけれども、この体勢は如何かと思いますわ」

「失礼」


 ネコの様に首筋を掴まれた格好で手の中のタマキを下ろし、音を立てない様に静かに霧島さんの元に近づいていく。


「あそこだ」


 霧島さんが声を殺して指差す。その先に僕らは視線を送る。

眩いばかりに過剰な灯りをバラまく街灯が立ち並ぶ細い路地。けれどもその一角に薄暗い領域が存在した。たぶん電灯が切れてしまったんだろう、夜間ということを考えれば十分明るいけれども光を失った街灯の下にたむろする様に固まって蠢く幾つかの影がそこに居た。


「どうするんスか?」

「そうだな……」


 霧島さんは腕を組んで数秒考え込んで僕らの方に向き直った。


「この程度であれば彼らに退治してもらおうか」

「へっ? コイツらだけでやらせるんスか?」

「そうだが、何か問題が?」

「いやいや! 三尉だってコイツらの話は聞いてるでしょ!? この出来損ない連中だけじゃ無理ですって!」

「何故そう思う? 君は彼らが実際に戦う所を見たことがあるのか?」

「見なくたって分かりますって!」

「優秀な君は見なくても分かるかもしれないが、残念ながら私は君ほど優秀では無くてね。実際にこの眼で見てみたいんだ。なに、もし彼らが上手く行かなかったら我々がフォローしてあげれば問題ない。優秀な君の事だ、それくらいは朝飯前だろう? それとも自信が無いのか?」


 最後に霧島さんがいたずらっぽく笑って雪村さんを煽ると、雪村さんはムッと顔をしかめて渋々首を縦に振った。穏やかでいい人な雰囲気を醸してるけれど、意外と霧島さんもいい性格してるのかもしれない。まあ、単にいい人ってだけだとあの世界で生きるのは辛いのかもしれない。


「というわけだ。早速準備に取り掛かってくれ」

「二人が話してる間にもう準備出来てるよ」


 スバルが応えた様に、僕らはただ突っ立って話が終わるのを待ってたワケじゃない。僕とスバルは腰に下げてたプログレッシブ・ソードにバッテリーを装着していつでも起動できる様にしてるし、ユキヒロは魔銃に魔弾を挿入し終えてる。タマキの「イチハちゃん人形」は魔素励起がいつでもできるようアイドリング状態になってる。いつ戦闘に突入できても問題は無い。タマキの人形のせいでどこか緊張感に欠けるのは無視だ。


「そうか。ならまずは君たちだけでやってみてくれ。もちろん危険と判断したら我々がバックアップするから自分たちの判断で動くように。ただし、建物に被害が及ばないようそこだけは気をつけてくれ」

「心遣い感謝しますわ。もっとも、霧島三尉たちの出番は無いままでしょうけれど」

「そーそー。黙って安心して見といて大丈夫だよ」

「それは頼もしいな」


タマキが自信満々に応えるけれど、それも過信とかそういったものじゃない。僕らなら何の問題もなく達成可能だという当たり前の事を当たり前に述べてるだけだ。個人的には何度戦っても不安が残るけれども、だからこそタマキやスバルの自信が頼もしい。視界の端で忌々しそうに舌打ちしてるあの人は無視だ。

僕らは四人、影に向き直って並び立つ。どれだけ霧島さんが期待してるのかは分からないけれど、スバルにタマキ、ユキヒロの足を引っ張らない程度には期待に応えないといけないな。

「ヒカリ。敵の姿はどれだけ見える?」


 魔銃の引き金に指を掛けた状態で、ユキヒロがメガネのレンズに光を反射させながら僕に尋ねてくる。その奥から覗きこんでくる眼差しに乗り込んで向かってくるのは確認だ。薄暗くておまけに奥の街灯のせいで逆光になってて、普通なら影にしか見えないけれど僕になら見えるだろう、という信頼だ。だから僕は当たり前の様に答える。


「数は四匹。体のサイズはタマキが好きそうな大きさ。見た目は猿だけど、猿にしては手足が不自然に長いし、手にも脚にも鋭い爪が付いてる。外見からの情報はこれくらいだけど、分かる?」

「俺をバカにするなよ、ヒカリ。それだけ分かれば十分だ。

 ――恐らく相手は悪猿鬼。群れで現れる事が多くて仲間意識が強い。純粋な膂力は他の魔獣に比べれば強くは無いが、動きの重心が低くてすばしっこい。爪は鋭いが魔術で強化した肉体を貫く程には硬くないから、精々引っかき傷くらいしかつかないだろうな。ただし小猿鬼と似てるが、小猿鬼と違ってコイツらは気づかない内に精神感応魔術を使ってくるから要注意だ。前後不覚に陥ってコッチに攻撃してきたら迷わずお前らの頭を撃つからな。精々気を付けてろよ」

「ふふん、ユキヒロ、誰に対してそんな事言ってるのさ? ボクを誰だ思ってるのさ?」


 スバルの後ろに仄暗く誰かの顔が浮かび上がった。スバルと全く同じ顔をした黒髪のソイツは実体のスバルとは違って気弱そうにオドオドとしていて、けれどもそれこそが僕の知るスバルだ。

ドッペルゲンガーのスバルが現れると同時に周囲の魔素が励起されて動きが活発になる。そして、スバルの目の前の何もない空間上に膨大な数の魔法陣が一瞬で描かれていく。

一つ一つが複雑怪奇な模様であって、だけどもよく見れば、遠目には単なる線に見えるその一本一本が魔素方程式となってる。詠唱に依る言霊の補助も無くて頭の中だけでこれを描けるスバルは、やっぱり凄い。


「家の方へ逃げられたら面倒だからね。アイツらの目の前に獲物が居るように幻覚を見せてコッチの方に誘導するから、ヒカリとタマキで攻撃宜しく」

「分かった」

「夜更かしは乙女の肌には毒ですわ。さっさと終わらせてしまいますわよ」


 スバルの言葉通り悪猿鬼たちが僕らの方に向かってくる。小柄な体躯を一瞬屈めて、けれどもそれは一瞬。一斉に、まるでバッタが跳躍するみたいに瞬きも許さないくらいの速さで近づいた小さな猿たちは鋭い爪を振り下ろす。

けれどもそれは幻想。

何も無い空間を僕らの居場所と認識していた彼らは、突然消え去ったであろう僕らの姿に驚いて体勢を崩す。もっとも、僕らには彼らの表情なんて分かりはしないけれども。


「さて、派手に行きますわよ。今日のワタクシは機嫌が宜しくなくってよ」


 隣に立っていたタマキが詠唱を開始した。使い魔「アイドル・イチハちゃん」人形から高密度の魔素が供給されて、それがタマキのドッペルゲンガーによって指向性がもたらされていく。同時に、スバルよりは数は少ないけれどもより一層複雑な魔法陣が魔素を使って描かれて夜の街に怪しい光を発し始めた。

そして僕は跳躍する。

タマキは優秀な魔術師だ。それは誰もが認めるところで、仮に悪意を持った誰かがそれを否定したところで僕は彼女が優秀だと認める。だけどもそんな優秀な彼女を以てしても彼らモンスターに対して威力を発揮する魔術を行使するにはしばしのタイムラグが生じてしまう。普通の魔術師であれば強化された身体能力で敵から距離を取りながら詠唱を続けるのだけれど、元々の運動能力が低いタマキだとラグは単なる隙となってしまう。

その隙を埋めるのが僕の役割。手に持ったプログレッシブ・ソードのスイッチを入れて大気中から取り込んだ魔素を刀身に供給する。刃渡り一メートルに及ぶ狂気を手に僕は脚に溜め込んだエネルギーを一気に解放した。


「んなっ!?」

「ほう……!」


 背後からの声を聞きながら僕の体が風を切り裂いていく。僕と猿鬼の距離は高々十数メートル。その距離は僕にとって無いに等しい。


「ギュエアァァァッ!!」


 未だに僕らの正確な位置を把握できて居なかった猿鬼たちに剣をかわす術は無い。一体の鬼を一刀のもとに袈裟に切り捨てて、斬り裂かれた鬼は耳障りな断末魔を上げて光の粒子となって消えていく。


「ギャギャギャギャッ!!」


 ようやく僕の居場所を認めた悪猿鬼の長い手を使った攻撃が僕の頭に襲いかかる。街灯に照らされて反射する爪は、ユキヒロは大したこと無いみたいな事を言っていたけれど、どう見ても凶悪。殺傷力を有するのは明らかで、だけども。


「当たらなければどうという事は無いんだ」


 スウェーでかわして、目の前を鋭い爪がゆっくり(・・・・)通り過ぎるのをじっくり見て、僕は右足を思い切り蹴り上げた。

脚に掛かる軽い反動。左から着た悪猿鬼が上空に直角に消えていく。そして僕は残る一匹を視界に捉えた。

無言のまま空中に展開されていくデタラメな方程式の類。でもそれはあくまで僕ら人類から見た時の話。魔獣たちは僕らとは違った法則の中で生きていて、だから式を理解できなくても仕方がなくて、しかもそれは重要ではなくて、大切なのは今猿鬼は魔術を行使しようとしているその事実。


「ユキヒロ!」


 僕の呼び掛けにユキヒロがすぐさま反応した。構えた銃の照準は猿鬼の口で、瞬時に放たれた魔弾は猿鬼の口に寸分違わず吸い込まれていく。


「フリーズ」


 ユキヒロの短い詠唱が響き、同時、魔弾に込められた加工された魔素が弾けて悪猿鬼の口元を氷で縫い付けた。

 そして僕もまた駆け抜ける。魔弾はその弾速と詠唱不要というメリットはあるけれどもその威力は魔術に到底及ばず、例え相手が耐久力と防御力に乏しい猿鬼だとしても致命傷足り得ない。単に猿鬼の口を封じただけに過ぎなくて、でもこの場合はそれで十分。

展開されていた魔法陣と魔素が拡散していく。接近した僕の腕が真っ二つに割れた魔法陣の間に入り込んで、その奥にいる眼の真っ赤な猿の顔を掴み、そして空へと放り投げた。


「グギャゲッ!?」

「スバル!」

「分かってるよっ!」


 僕が投げた個体が、さっき蹴り上げた個体とぶつかり合ったところで、また新たな魔法陣が取り囲んでいく。


「クオド・バインド」


 スバルの声が響き、光の輪が二体をそれぞれ空中で縛り上げた。

――さあ、仕上げだ。

お膳立ては全て終わった。なら最後は彼らを魔素へと返すだけ。

振り返って朗々と唄い上げるタマキを見る。両手を広げて楽しげに笑った彼女は、発動を決定づけるフレーズを宣言した。


「イグニス・バースト」


 瞬間、眼も眩まんばかりの閃光が僕の瞼を焼いた。

地面のアスファルトに描かれた最終魔法陣から真っ直ぐ空へと炎の柱が伸びていって、瞬時に猿鬼たちを灰へと戻していく。夜空はまるで昼間みたいに明るく照らされてさぞかし遠くからも目立ったことだろう。相変わらず本気のタマキの魔術の威力はえげつない。どう考えても猿鬼たち相手だとオーバーキルだ。にも関わらずタマキは額の汗を拭きながら「ふぅ……」と満足気だ。ストレス発散ができて気持ち良かっただろうな。


「さて、こんなものだけれどこれでもまだ不満かな?」

「いや……正直驚いたよ」呆然としてる雪村さんを放っておいて霧島さんが手を叩きながら褒めてくる。「まさかここまで出来るとは思わなかった」

「一人で対処しろ、と言われると困ってしまいますが」

「ワタクシたちは一芸に秀でてるから仕方ないですわ。だからこそ組む相手を選ばないといけないのですけれども」

「まったくだ。君らはいいグループだと思う。私としても正直侮っていたが、謝罪させてもらうよ。雪村も見直したことだろう」


 名前が出てようやく我に返ったらしい雪村さんは最初羨望に近い眼差しを僕らに向けていたけれど、つい今しがたの光景を作り出したのが散々バカにしていた僕らだってことを思い出したらしく、すぐに忌々しそうに顔をしかめてそっぽを向いてしまった。たぶん、この人は単純に強くかったりだとか凄い事ができる人が好きなんだろうなって思う。さっきの気を抜いてた表情は完全に悪意は消え去ってて、純粋に楽しそうな表情だったし。意外と雪村さんも分かり易い性格なのかもしれないな。


「周囲の民家に影響を及ぼさないようにする心配りもあったし、互いが互いの役割を理解していて連携も完璧だ。本来、我々もこうあるよう訓練すべきなんだろうが……」


 言いながら霧島さんはチラ、と雪村さんを見遣ってため息を吐いた。言い方に苦労してる感が滲み出してて、訓練の様子が眼を閉じればまざまざと浮かぶようだ。その想像が合ってるかは別として。


「だが、やはり我々のフォローは必要みたいだな」

「……ワタクシたちの戦い方にご不満でもお有りですの?」


 口を尖らせてタマキが抗議する。タマキの不満ももっともで、今までの霧島さんのコメントっぷりだと特に問題はない様に思えるんだけどな。

と思ってると、僕とタマキの肩をユキヒロとスバルがトントンと叩いてきた。何事、と揃って振り返る僕らに向かって奥を親指で指し示した。


「あれ、どーすんだ、お前ら?」


 言われて見た先にあったものは。

僕が踏みしめたことで砕けたアスファルト。タマキの魔術で煤けてしまった家の塀に、蹴り飛ばした猿鬼がかすった事とタマキの魔術で焼き切れて垂れ下がった電線。複線供給のおかげで消えてはいないけれど、明らかに周囲よりも光量の落ちた街灯が時々チカチカと点滅してた。

こうなってはできる事は限られてくるわけで、タマキと僕はお互いに顔を見合って、どちらともなく小さく頷く。


「申し訳ございませんでした」


 二人揃って丁重に土下座で霧島さんに頭を下げました。




お読み頂きましてありがとうございました。

お気づきの点がありましたらご連絡をお願い致します。

また、ポイント評価して頂けると嬉しいです。

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