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1-7 前触れ

魔技高専:国立防衛魔素技術高等専門学校。歴史の浅い魔素技術を扱う人間を増やすために設立された学校で、特任コースには将来を嘱望される人間のみ所属が許される。


「遅いっ!! 貴様ら一体何時だと思っている!?」

「……時間通りのはずですが?」


 ポケットから携帯を取り出してみれば、デジタル表示は午後八時前を示してる。指示された集合時刻は八時だから全然問題ないはずで、僕らは皆互いの顔を見合わせて不思議そうな顔を浮かべるしか無い。


「何を言っとるんだ、貴様は! 七時半に集合だと伝えただろうがっ!」


 その言葉を聞いた瞬間僕らは以心伝心、一心同体とばかりに一斉にため息を吐いた。

こうして嘘の集合時間を伝えられるのは今に始まったことじゃない。見回りで騙されるのは初めてだけど、何かイベントがある毎に、事もあろうに教師が僕らを陥れようとするのは如何なものかと思うけれど、どうにかして教師連中は僕らを退学に追い込みたいらしい。全く、理不尽だ。ちょっとばかし魔術が使えないだけじゃないか。そこまで嫌う必要無いとは思うし、嫌いならば徹底して無視してくれればコチラの心の平穏も保てるというのに、敢えて構おうとしてくるなんて全く以て非生産的でお暇な事だ。


「まあそこまでにしておいてください、時津教諭」


 なおもガミガミと、まるで日常のストレスをこの時の為に発散もせずに溜め込んでるんじゃないかとばかりに説教という名のストレス発散行為を実行しようとしてた時津先生(名前は今思い出した)だったけど、彼にとっては不幸にも、僕らにとっては幸運にも今回の指導員らしき女性の自衛隊員が止めてくれた。


「しかしですな……」

「もう時間も押しています。彼らへのお叱りは私たちが引き継ぎますから、どうぞもう辞して頂いて結構です」

「分かりました……おい、お前らっ! 絶対に迷惑を掛けるんじゃないぞ!」


 最後まで何か言いたげだったけど、時津先生は渋々と言った感じで僕らの方を何度も振り返りながら路地の向こうに消えていった。


「べーっだ! 何だよ、あの先生! 自分が騙した癖に! 今度後ろから蹴飛ばしてやろうかな!」

「よしなさいな、スバル。あんな小者に付き従って自分まで同レベルに堕ちる必要はありませんわ。どうせ家庭で奥方に尻に敷かれてる腹いせよ」

「そういやあの先生、奥さんに離婚届突き付けられたって噂だったな」

「それくらいにしてやってくれないか? あれでも一応私の恩師でもあるんだ」


 女性隊員の宥める声にスバルたちは口を突いて出てきそうな言葉たちをどうにか飲み込んでくれたらしく、その様子を見た女性も少しホッとしたように肩の力を抜いて、そして僕らに向かって手を差し出してきた。


「初めまして、今回指導員を担当することになった霧島サユリだ。階級は三尉。君らの様な有名な後輩を担当できて光栄だよ」

「よろしくお願いします。あー、霧島三尉、早速ですけど一つ質問が」

「何だ? ああ、今回君等とは指導員と学生という関係だが、元は私も魔技高の学生だったんだ。だから遠慮無く質問してくれて構わないよ」

「お心遣い痛み入ります。それで、あの……僕らってそんなに有名なんですか?」

「あったりめーだろ」


 霧島さんに尋ねると、その後ろから呆れた様子の男の声が割り込んできた。にゅ、とばかりにやや小柄な霧島さん(女性としては大柄ではある)の後ろから顔を差し込んできて、次いで僕らとの間に体ごと割り込んでくるニヤけた、人を小馬鹿にしたその顔に僕はどこか見覚えがあった。


「理事長の覚えめでてぇ、栄えある魔技高専特任コースきっての劣等生だもんな、テメェら」


劣等生。見下す彼の顔にはその他の魔術師と同じく悪意に塗れていて、端正な顔立ちにも関わらずその顔が醜悪に見えてくる。だからすぐに僕は顔を背けた。

言いっぷりに思うところはある。けれども残念ながら僕ら四人は彼の言う通り劣等生という言葉が適切な成績だから反論しようは無いし、そもそも成績的に落ちこぼれであることに別に不満も苛立ちも無いからどうでもいい。

それよりも一体何処で彼を見たんだろうか、と一人頭を悩ませてるとユキヒロの方から答えが返ってきた。


「これはこれは。雪村前生徒会長じゃないですか。先輩も今日は俺たちのご指導を?」

「そういうこった。俺だって気に食わねぇがそこの」


 言いながら僕を指さして。


「魔術の使えねぇ出来損ないに」


 次にタマキを指して。


「運動神経の死んでやがる百合女」


 今度はスバルを見て。


「威力の半端な使えねぇガキに」


 最後はユキヒロを見下して。


「頭でっかちで何もできねぇ半端野郎がそのまんま魔技高出身として世の中に送り出されちまったら俺ら卒業生の評価まで下がっちまうからな。だからわざわざ先輩として指導してやろうとクソ面倒くせえ事を引き受けてやったんだよ」

「はあ、そうですか」


 そんなバカにしきった態度と口調で言われても何の有り難みも感じないけど。アクビをしながらめんどくさそうに頭掻いてるし、そもそも実際に指導なんてする気はないのかもしれない。大方、僕らが今晩の見回り当番であるのと同じように単に順番が回ってきただけなんだろう。


「雪村。言葉が過ぎるぞ。彼らはまだ学生なのだから未熟なのは恥では無い。ならば私たち先達が適切な指導をしてやればいい話だ」

「へいへい。分かりましたよ、三尉殿」


 霧島さんの諫言にもどこ吹く風、とばかりに不遜な態度と口調で大きなアクビをする雪村さん。それを見て霧島さんは「はぁ……」と一際大きなため息をついて、だけどすぐに気を取り直してコッチに向かって手を差し出してきた。


「不快な思いをさせて申し訳ない。後で私の方から彼には言っておくから許してほしい」

「別に結構ですわ。甚だ不本意ながらワタクシたちはこういった扱いに慣れておりますもの」


 タマキの返答に霧島さんは少し顔をしかめるけれどもそれも一瞬の事。笑顔で僕らと次々と握手を交わしていく。最後に僕が手を握ったわけだけれども、その手は印象通りに柔らかくて優しい。


「今日はよろしく頼むよ、紫藤」

「コチラこそよろしくお願いします」


 表情には彼女たち魔術師がいつもどこかに隠し持ってる悪意や侮蔑がどこにも見当たらなくて、ただ純粋にフラットな気持ちで僕らに接しようとしてくれているのが分かる。それはきっと人としては当たり前で、でも魔術師たちの中ではとても珍しいこと。そして、ありがたいこと。さぞかし変人で性格が残念な人達の中で過ごすのに気苦労が絶えないことだろう。


(世の中こんな人達だったら楽しく過ごせるだろうにな……)


 人生ままならないものだ。つくづくそう思いながら霧島さんたちと一緒に僕らは今晩の見回りをようやくスタートした。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 夜が暗くなった。見回りしながら住宅街を歩く僕は、記憶の中の昔を思い出しながらそう思う。

僕がまだまだもっと小さい時、つまりは世界に特異点だとか魔獣だとかが生まれるもっと前、あくまで記憶だから実際は違ったのかもしれないけれど、夜でももっと華やかだった気がする。

別に今の夜の街に光が無いとかそういうわけじゃない。実際に今僕らが並んで歩いている片側一車線の細めの路地だってアチコチに街灯が立てられて、光度の強い灯りが数歩歩く度に僕の影が後ろから前へ移り変わっていく。遠くにそびえ立つ高いビル群に眼を遣れば、綺羅びやかなネオンやオフィスの煌々とした灯りがハッキリと見えるし、夜空を見上げれば、街の灯りのせいで雲一つ無い晴れ渡った空だっていうのに星は一つとして見えやしない。たぶん、僕ら人類は昔よりもずっと光を求め、好むようになったと思う。

だけど人が居ない。

ここが住宅街だから、という事もあるのだろうけれど、僕らが見回りを始めて小一時間。その間にすれ違った人は――零人だ。

夜になると人類は皆屋内に引きこもるようになってしまった。陽が傾き始めると誰もが帰宅する準備を始めて目もくれずに真っ直ぐに家路に着く。家に帰り着けば固く鍵を掛け、遮光性の高いカーテンで外と内を明確に区別する。そして頑として外に出ようとしない。それは、世界が変わった事と無関係じゃない。


「ホント、すっかり皆夜に出歩かなくなったよねー」


 隣を歩くスバルの独り言に僕は黙って頷く。


「仕方ない事だ。誰もが戦う術を持ってるわけじゃないからな」

「誰かを傷つけたいと思ってる人も少ないですもの。手にした力に飲み込まれずに使いこなす、そんな自信なんて早々持てるものでも無いですわ」


 特異点の多くは夜に発生する。そのサイズは大きかったり小さかったり様々で、そこから出てくる魔物の種類も様々。そして、世間の大多数の人間は彼らに対抗する手段を持っていないわけで、だとすればヘタに夜出歩けば怪物の魔の手に掛かることは残念なことに幼稚園児だって今や知っている。

これまでの研究で特異点が発生しやすい場所っていうのは大方目星がついてるらしい。魔物の多くは人工的な灯りを嫌うし、特異点も暗い場所に発生しやすい。加えて、人が多くいる場所には発生した例はこれまでに無いって授業でも言っていた。

だから人は家に篭もるし、街の至る所に二十四時間照らす灯りを作っていった。都心部には昔以上に人が集まってお祭り騒ぎの様な華やかな空間が次々と作り出されていって眠らない街になる。誰もが夜を恐れて夜が空けるのを心待ちにし、常軌を逸した勢いで光を求めて技術を発達させてきた。少なくとも、かつての混乱はそれくらいには人類に傷を植えつけた。人気の無い夜の町をこうして出歩くのは僕らの様な魔術師か自殺願望者くらいか。

それと――


「……ここにもいるの?」

「……みたいだ」


 主を亡くしたドッペルゲンガーの成れの果て。青白い顔を白光りの下で照らされながら何をするでも無く町の中をさまよい歩くその姿はひどく孤独で一人ぼっちだ。半身を失って、なのにそれに気づかず死んだ自身を探して徘徊し、誰にも認められずに自然と消えていくのを待つだけ。世界から嫌われたその姿を見る度に、僕は胸の奥底を掴まれた様な錯覚を覚えて呼吸の仕方を忘れてしまう。

そっと肩の上に乗ったユキが僕の頬に頭を擦りつけて、ザラザラとした舌で舐めてくる。僕は右手でユキの喉を撫でて、ユキがゴロゴロと気持よさそうに喉を鳴らした。

 彼は、僕とは違う。

頭の中だけで僕は僕に言い聞かせて息を吸い込む。大丈夫、僕はキチンと世界の上に立っていて世界と繋がってるから。


「そういえばさ」


 スバルが僕を見上げた。


「聞いた事がある? 最近起きてる事件」

「事件?」

「もしかして魔術師ばかりが襲われてるという噂の事件かしら?」

「そー、その事件。魔術師の自衛官ばっかが夜に見回りしてる最中に倒れて意識不明で見つかってるって話」

「俺も聞いた事があるな。熟練の魔術師が一人で見回りをしてる時を狙って襲われてるらしいが、目撃者は今まで居ない。連絡が取れなくなって駆けつけた仲間が発見した時にはすでに自身のドッペルゲンガーを失って倒れている被害者だけだとか」


 む。どうやら皆話は聞いたことがあるみたいだ。テレビもまともに見ないから情報弱者という有難くも無い称号を謹んで拝承することも吝かでも無いけれど、流石にニュースくらいは多少は見聞きはする。どうも結構な事件みたいだし、有名な話なら少しくらいは僕の耳に入っても良さそうだけれど、タマキは「噂」って表現したし、まだそこまで世間には広まっては無いのかもしれない。


「ちょっと待て、お前ら」

「はい? 何か?」

「どこでその話を聞いた? まだ世間には公表されてないはずだ」


 あれ、まだ公開されてない情報なのか。その割にはスバルもユキヒロも結構具体的に知ってたみたいだけど。

僕の疑問を他所にスバルは「フフン」と鼻で軽く笑って、人差し指を口元で左右に振った。


「チッチッチ。甘いなぁ、サユリちゃんは」

「さ、サユリちゃん?」


 突然の「サユリちゃん」呼ばわりに霧島さんが眼を白黒させてるけれど、スバルは話を続ける。ま、スバルだし、そんな事気にする奴じゃないしな。


「自衛隊がどのくらい本気で隠してるのかは知らないけどさ、もうこのくらいの情報はネット上じゃ皆当たり前の様に知ってるよ?」

「……そうなのか?」

「そうだよ。人の口に戸は立てられないからね。誰かがちょっと油断して漏らしちゃえば後はもう光の速さもかくや、ってなスピードでネット上じゃ広まっちゃうよ。ましてやみんなみんなだーいすきな魔術師『様』に関する事件だからね。面白可笑しく脚色されてネット上で楽しんでるのさ。ま、だからこそ真実を探し当てるのが難しいんだけどさ」


 そういえばスバルはパソコン部だったっけ。実質所属してるのはスバル一人で特にやることも無いからずっとパソコンの前に座ってネットサーフィンばっかやってるって前に言ってたな。

 スバルの中々にキツイ皮肉が効いたのか、霧島さんは難しい顔をして黙りこんでしまった。魔術師が世間の嫌われ者なのは確かに事実で、僕としても中々に腹に据えかねる事もあるから気持ちは分からなくは無いんだけれど、何も霧島さんに言わなくてもいいだろうに。でもスバルはまだ何か言いたげに口を開きかけてる。

 仕方ない。せっかく霧島さんは僕らに対して偏見もなく接してくれてる稀有な人物だし、手遅れかもしれないけれど悪い印象を持たれたままにするのも僕としては嫌なので、そろそろスバルを宥めるとするか。

そう思って僕がスバルの頭を撫でようとした時だった。


「……っ!?」


 その時、唐突に頭を過ぎった世界が崩れる感覚。フラッシュバックするかの様に見たことも無いはずの、世界に穴が開いて深淵がコチラを睨む映像が視界をジャックしていく。前触れも無く訪れたその刹那の挿入に僕は立ち止まり、そして振り向いた。

振り向いた先。そこには当たり前のように僕らが歩いてきた道があって、そこに立っている人は居ない。空虚さがあるだけだ。

だけど――


「……え?」


 遠く離れた民家の屋根の上。そこには人影が一つ。本来なら居るはずのない人が僕の方をじっと見ていて。

 どうして、彼女が……?

疑問に染まる僕の視線に気づいたのだろうか。その人影は何をするでも無く、すぐに僕に背を向けて消え去っていく。


「どうした、紫藤?」

「……いえ、何でもありません。誰かに話し掛けられた気がしたんですけど、気のせいだったみたいです」

「ハッ! 夢見ながらでも見回りは大丈夫ですってか? さっすが理事長のお気に入りは違うね」

「雪村」

「……ちっ」


 何かと絡んでこようとする元生徒会長だったけれど、やっぱり階級の差は大きいのか、舌打ち一つで矛先を引っ込めた。上官に対して舌打ちするのも本来なら叱責モノだと思うんだけれど、これもやっぱり魔術師たちが皆こんな性格だからなのか、霧島さんもそれ以上言葉は重ねはしないみたいだ。代わりに深々とついたため息が彼女の苦労を物語ってるけれど、部外者の僕には心の中でソッと同情するくらいしかできないのが申し訳ない。

奇妙な居心地の悪い静寂の後、明るくも静かな街に携帯が鳴って誰もがその音源に意識を注目させる。霧島さんは迷彩服のポケットから取り出して折りたたみ式の携帯を開いて耳に当て、「はい」と肯定を示す返事を何度も繰り返す。

手短な会話(そもそも会話と呼べるのかは怪しいけれど)を終えると彼女は、これまでより一層表情を引き締めて僕らに告げた。


「特異点の発生が確認された。これより我々は現場に向かって対象の情報収集、もしくは殲滅を行う」


お読み頂きましてありがとうございました。

お気づきの点がありましたらご連絡をお願い致します。

またポイント評価をして頂ければなお嬉しいです。

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