1-4 情熱は鼻から溢れ出る
・本作品は拙作「ゆるねばっ!2」の本編になります。
・本作品にはいわゆる「同性愛」っぽい要素が極々微量(なのでタグには含めてません)が含まれます。
・オリジナルの用語が含まれますが、以後この前書きにて簡単な説明を加えていきます。「この言葉を説明してほしい」という場合は感想欄・メッセージにてご連絡ください。
「だってヒカリのお尻とかって何か触り心地がいいんだもん。あ、でもボクだけ触るのは不公平だよね? さあ、どうぞ」
断固たる決意を以て遠慮させてもらう。ナチュラルに人が自分と同じ趣味だと誤解させるんじゃない。
そんなやりとりを他所に、ユズホさんは「なんてこと……」って呟きながらこの世の終わりかはたまた冒涜的な何かを目撃してしまったかのように絶望を全面に押し出した表情でヨロヨロと後ずさると、跪いて全身で項垂れた。
「そんな……小鳥くんがソッチ系の人だったなんて……これじゃ私が二人の間に割って入る余地なんてないじゃない……」
「出来れば真っ二つに割って入って欲しいんですが」
「ううん、私から見ても二人はお似合いだもの……諦めるのよ、ユズホ。こうなったら二人の幸せをそっと草場の影から見守るのがいい女ってものよ」
「さっき絶対に諦めないって言ってませんでしたっけ?」
しかも勝手に死なないでください。
「それに美少年二人……コレはコレでいいかも」
「おいちょっとマテ」
ホロホロと涙を流しながらも何を想像してるのか頬を赤らめてイヤンイヤンと頭を振るユズホさん。何だかんだで実はこの人余裕あるんじゃないだろうか?
人の話を全く聞かない二人に囲まれて僕は一体どうすればいいんだと頭を抱えていたけれど、不意に微かな大気中の魔素の変化を感じた。
さてさて。魔術とは簡単にいえば世界への干渉だ。科学技術は物理法則に則って様々な現象を引き起こすけれども、魔素技術は魔素という、かつては人類が認識していなかった要素を介して物理法則そのものに干渉すると言えばいいだろうか。魔素は基本的には「ドッペルゲンガー」と呼ばれる魔術師の二重存在のみが干渉できて、魔術を行使すれば魔素はいわゆる「励起」状態という、微かに熱を帯びた様な、まるで空気が粘っこくなった様子に変化する。
それは本当に微かな変化みたいで、普通の人は感じ取ることはできないらしいんだけれども、僕はどうやらそこら辺の感覚が人より優れてるみたいで、もちろん近くでという制限はあるけれども誰かが魔術を使おうとすれば感じ取ることができる。
僕は上空を見上げた。さっきみたいに学外ならいざ知らず、まさか学校内で許可無く魔術を使うなんて人が居るとは思えないけれども楽観はできない。逃げ帰った彼らがお仲間をわんさか引き連れてお礼参りにやってきた、なんて可能性も無きにしもあらずなのだから。
突然警戒を顕にしだした僕に触発されてか、スバルも僕の腕から体を離して空を見上げる。ユズホさんはどうやらまだ自分の世界から帰ってきてない様子。思ったよりこの人は幸せな人生を送るのかもしれない。
「……ぉぉぉぉぉぉぉのぉぉぉぉぉぉっ!!」
校舎の窓から飛び出した影。小さなそれは姿を次第に大きくしていって、それに伴って微かだった叫び声みたいなのが徐々に大きくなっていくと同時に、僕はその影が何であるのか悟ってしまった。
非常に残念だけれど。
警戒を解いて緊張した空気を肺から吐き出してしまう。そしてこの後起こるであろう出来事に巻き込まれないようにASAPでスバルから離れる様に一歩だけ後ろに下がった。
「ばぁぁぁかちんがぁぁぁぁぁっ!!」
「ごるばちょふっ!!??」
そして飛来物は着弾した。校舎の四階から颯爽と飛び立つと、自由落下に等しい速度で制服のスカートが小学生が遊んだ後の雨傘みたいな状態になっているのも気にかけずにそれはもう見事なまでに綺麗で思わず惚れ惚れするようなドロップキックをスバルの顎に食らわして、一方不意打ちにも等しい殺人的な威力を持った攻撃を人体の急所に食らったスバルは、かつての大統領みたいな悲鳴を上げて物凄い勢いで地面を転がっていった。
「ふるしちょふっ!?」
タマキも一緒に。
「な、なに今の?」
「あー、気にしないでください。バカ二人のいつものスキンシップみたいなものなんで」
スキンシップと表現するには些か、いや、かなり激烈に過激すぎるとは思うけれど。なにせ一発かましたタマキも地面に頭から突っ込んでるし。
「タマキ。別にスバル相手にぶちかますのはいいけど、運動音痴なんだからもうちょっと自分の体の事も考えたら? 黙ってたら美人なんだし」
工事用なのか、たまたま積まれてあった土の山に頭を埋めてパンツ丸出しで脚をジタバタさせてたタマキの脚を引っ張りあげて助け出しながらそう聞いてみる。パンツの柄は本人の名誉の為に僕の心のアルバムにそっと保管しておくことにする。
「……っ! ……っ! ぷはっ!! 助かりましたわ、ヒカリ。しかし、今の問いかけは愚問ですわ。
可愛らしい小さな女性が泣いている! その事実の前にはワタクシのこの体など二の次どころか三の次にも劣る無価値なものに成り下がるのですのよ!」体格に反比例して豊かな胸を思いっきり張って、土塗れの顔でドヤ顔。「それに、今更黙ってお淑やかなお嬢様然としたところでワタクシの評価が変わる事など無いとは思いますけれども」
「それもそうだね」
まあ今更か。むしろ急にタマキが見た目通りの行動をし始めたらそれこそ逆に小等部・中等部両方が大パニックになるかもしれない。
「ところで」スカートについた泥を払いながらタマキが聞いてくる。「こちらの女性はどなたですの? 泣いていたのでとりあえずスバルが泣かせた犯人だと決めつけて蹴り飛ばしてみたのですけれども」
犯人決めつけかよ。
「まさかとは思いますけれども、ヒカリ、貴方が泣かせたのでは無いですわよね?」
「いや、スバルが思いっきり振って泣かせた」
あっさりと真実を告げた僕の隣でユズホさんが「ちょっとっ!」と顔を真赤にして抗議の声を上げてきて、女性の告白失敗を告げるのも僕自身もデリカシーが無いとは思うけれどもこれくらいは勘弁してほしい。じゃないと今度は僕が早とちりしたタマキに蹴り殺されてしまう。主に金的な意味で。
僕が告げた真実を聞くとタマキは「なんてことっ!」と大仰な仕草で天を仰いで鮮やかな金色に染めたツインテールの髪を振り回して、ユズホさんの肩にソッと手を置いた。
「それはそれは。とても辛かったですわよね。正直、ワタクシとしてはあのド変態エセ美少女詐欺師のどこに魅力があるのか一切合切全く理解できないどころか理解する努力さえも放棄したいところではありますけれども、人の好みは千差万別、蓼食う虫も好き好き。気持ちが受け入れられない辛さは良く理解できますわ」
ひどい貶され様だ。主にユズホさんが。
「え、えっとあの……?」
「でもワタクシが来たからには心配ないですわ。
時に貴女、お名前は何と?」
「あ、えと、ユズホ――四之宮・ユズホですけど……?」
「そう、ユズホ。素敵なお名前ね。それでユズホ、貴女――可愛らしい顔立ちですわね」
「……はえ?」
あ、始まった。
「その大きすぎず小さすぎない絶妙な大きさのスッとしたお鼻に絶妙な位置に配置されたプックリした唇! 大きくパッチリした眼なのにその少し釣り上がり気味の、ともすれば勝ち気で男勝りともとれる眦が何ともワタクシの嗜虐心と庇護欲をソソりますわっ!! ただ一言で表すならばカ・ワ・イ・イ! 可愛すぎますわ!」
「は、はい!?」
「しかも! そんなに可愛い顔しているにも関わらずその胸! 大き過ぎずでも決して小さくないのに体は小さいというなんというアンバランスっ! ユズホ! 貴女は何歳ですのっ!?」
「じゅ、十七ですけど……」
「十七っ!? 十七ですって!? 何ということでしょう! ワタクシは小学生をこの上なく愛していますが非常に悔しい事に手でちょっと触れただけでも犯罪者として扱われる故に遠くから眺めるしかできないというのに! イエス・ロリータ! ノー・タッチ! しかしユズホであればちょっとオマセで成長が早い小学生に見えなくもない見た目なのにお触りオーケーなんて! ああっ! こんなにも素晴らしい逸材をワタクシとしたことが見逃していた事が何よりも腹立たしいですわっ!」
一応自分がやってることが犯罪ギリギリって自覚はあったのか。
「でも大丈夫ですわっ! ハァハァ、変態常時発情漢女から受けた心の傷をっ! ワタクシがっ! 今すぐに癒して差し上げましょうっ!」
癒やすどころかユズホさんに更なるトラウマを植え付けそうではあるけれど。とりあえず溢れる鼻血を止めるところから始めた方がいいんじゃないかと思う今日この頃です。
「ハァハァペロペロしたい……じゃなくてさあ行きますわよっ! ワタクシが真実の愛というものをベッドの中でじっくりねっとりと教えて――めんでるすっ!!??」
モザイク規制をかけるのが妥当だと誰が見ても思うような危ない顔でユズホさんに迫っていってそろそろ止めようかと考えてた矢先に、タマキが突然真横に吹っ飛んでいった。
まるで不可視の何かに殴られたみたいで、タマキとは逆の方向に視線を向ければついさっき盛大にドロップキックを食らってたスバルがコメカミに分かり易い青筋を浮かべて全身を土で汚した格好で立ってた。
「……ずいぶんな事やってくれるじゃないか、タマキ。前々から気に食わないと思ってたけど、今日こそはいい加減決着を着けないといけないみたいだね」
「……ふん、ワタクシはただ可愛らしい女性を泣かせる様な男としても女としても風上におけない不届き者に天誅を加えただけですわ。でも、そろそろ決着を着けるという提案にだけは同意してあげてもよろしくてよ」
ふふふ、あははと気持ち悪い笑い声を上げながら睨み合う二人。二人を中心に魔素が励起されていって、まさに一触即発って雰囲気だ。無詠唱魔術が使えるけど威力がイマイチなスバルと高速詠唱ができて魔術の威力も高いけれどウンチなタマキ。どっちが勝つか予想しようにもこれまで三十五戦三十五引き分けだから今日も決着は着かないだろうな。
「行くよっ、タマキ!! ファイアー・ボール!!」
「望むところですわっ!! イェ・スペラ・ベルトナム・ファーレ・ワンド・イル・メトルム……ウインドブレスっ!!」
無詠唱のくせにわざわざ術名を叫んでスバルの火球がタマキへと飛んでいって、高速詠唱の後で構築された空気の壁が火球を受け止めて消滅する。二人揃って中二の時から病気に罹患しっぱなしだし、ご丁寧に術名を叫んで相手に知らせてるから剣幕ほど本気じゃないんだろう。見た目は派手だし、その余波は傍で見てる僕らの方まで届いてるけれども。
とりあえず僕ができる事は、と言えば。
「恋、冷めない?」
「……少しだけ」
「少しだけで済むんだ……」
「……ゴメン、嘘吐きました」
「正直で良いと思います」
そんな会話をしつつも、学校の敷地内で使用を禁止されてる魔術をバンバン使ってる二人から、特任コースでは無いユズホさんが巻き込まれない様に守ることくらいしか無いんだけど、しっかし、これだとたぶんすぐ先生にバレるよな。
となれば。
「ユキヒロー」
「あぁっ!? 何だ!? ヒカリ、お前も黙って見てないでこのバカ二人を止めろよっ! じゃないと先公にバレちゃうぞ!?」
さすがにマズいと思ったのか、派手なケンカを繰り広げるスバルとタマキの間に割って入って仲裁しようとしてるユキヒロを他所に、僕はユキヒロに向かって敬礼した。
「あと、よろしく」
「はぁっ!! ふざけんなっ! また俺がとばっちりかよぉぉぉぉっ!」
「あーあー聞こえません」
三十六計逃げるに如かず。
必死の形相でコッチに向かってユキヒロが叫んでくるけど僕は何も聞いてないし何も見てません。うん、僕の前では何も無かった。そういうことにしておこう。そもそも、この二人の管理は僕の管轄では無いと声を大にして言いたいところだし、僕をスバルに売った罰だと思って諦めてほしい。
チラリと横目で見てみれば、二人の魔術に巻き込まれてユキヒロのメガネが宙を舞っていた。その後ユキヒロが地面に倒れて動かなくなった気がするけれど、まあそれもきっと気のせいだ。
強制的に目の前の光景を記憶から抹消して、隣で呆れ顔をしてるユズホさんの手を引いて走りだす。
「逃げますよっ」
お読み頂きましてありがとうございました。
お気づきの点がありましたらご連絡をお願い致します。
2014/08/15 改訂