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1-37 Decisive battle




 上空を見上げてみれば、そこにはいつもはあるはずの夜空がどこにも無い。時折曇り空で恥ずかしそうに隠れているけれども、雲が無ければ必ずと言っていいほどに僕らを見下ろしている月だって見当たりはしない。

代わりにあるのは何処を見上げても魔術の海だ。


「これは……」


 一歩踏み出したところで立ち止まったスバルが息を飲んだ。ユキヒロ――の顔をした誰かを取り囲んで銃を向けてる軍警察の人たちも同じように唖然として動きを止めてしまってる。当然だ。今まで、誰だってこんな光景なんて見たことがあるはずが、無い。

 地獄を思わせる灼熱の火炎の隣に氷の世界を想像させる氷塊。無数に散らばるそれらの隙間には雷の様な放電現象がそこかしこで発生している。加えて僕の眼には魔法陣の中で圧力を高める不可視の空気の塊が見えていた。

現在開発されている攻撃魔術の、ありとあらゆるものがそこにはあった。眼下で見上げる僕らに向かって牙をむき出しにする肉食獣が居る。そんな錯覚を覚えてしまう。


「クヒヒヒヒ……!」


ユキヒロの顔を持つソイツは楽しそうに嗤った。ユキヒロが決してしないだろう下卑た笑みで不快に声を上げて、僕にはその声が堪らなく不愉快だった。

ソイツはゆっくりと手を上げた。その先に何が起こるか。まともな状態ならばすぐに判断できただろうけれど、もしかしたら精神魔術も合わせて行使されていたのかもしれない。

ただ言えることは、その呪縛から解き放たれて誰かから声が上がったのは、手が振り下ろされる直前だということだ。


「――っ! 散開っっ!!」


 同時に、魔術の嵐が吹き荒れた。

空を覆うほどの数えきれない数量の魔術が一斉に発動して、僕らに向かって襲い掛かってきた。

吹き荒ぶ暴風。爆発。そして頬を掠めていく閃光と弾丸。着弾して僕らの目の前に炎の壁が現れたかと思えばその壁を突き破って氷の刃が腕を斬り裂いていく。その無数の氷は炎に煽られて一気に膨張して、爆弾じみた破裂音を伴って辺り一帯に小規模な、だけれども至る所での破壊をもたらしていった。

弾き飛ばされた僕の体が宙を舞って、そして遅れて痛みがやってくる。けれども直撃を何とか避けられたおかげか、特に動きに支障を来すような怪我はなさそうだ。

動物みたいに四つん這いになりながら着地。すぐ傍でスバルが着地したのが目に入ったけれど、どうやらお得意の無詠唱で空気の壁を張ったみたいで、見た感じスバルも怪我はなさそうだ。

だけども、他の人はそうでも無かった。

包囲網は完全に崩れてしまって、そこかしこに横たわる、ついさっきまで銃を向けていた軍警察の人たち。さすがにみんながみんなやられたワケじゃないけれども、それでも全戦力の二、三割は戦闘不能になっているかもしれない。腕が焼けただれてうめき声を上げる人、腹部を貫通した氷刃に縫い付けられてしまった人、激しく塀に叩きつけられて動かなくなってしまった人でアスファルトは埋め尽くされてしまった。

道路を挟んでいた家々からは火の手が上がっていた。そうじゃない家もまるで数年は誰も住んでいない廃墟の様になってしまって、中には今にも崩れ落ちそうな状態の家もある。中学の時に習った、半世紀以上前の戦争の空襲後の街の写真を思い出した。

地獄だ。そんな言葉が自然と僕の脳裏に浮かんだ。燃え盛る家に囲まれて黒いはずの夜空が赤く染まる。まるで、空自体が燃えているかのように赤い炎が僕ら哀れな子羊に覆いかぶさっていた。

魔術は兵器だ。いつかどこかで呼んだ評論の一節が頭で木霊する。それをただの一個人が持ち得ている。だから魔術師はその運用に責任を持たなくてはならず、周囲は最大級の警戒を以て監視しなければならない。そんな結論だったと思う。それを読んだことはあっても今まで意識していなかった。そしてその論評が正しかった事を僕の友人が証明してしまった。それが堪らなく悔しくて悲しい。幸いなのは、戦闘を見越して周囲の住人を避難させていたことだろうか。


「クヒヒ……次はなぁにをしようかなぁ」


 違う。コイツはユキヒロじゃない。ユキヒロなら決してしない笑い声を聞きながら自分に言い聞かせる。頭の隅で何処か相手がユキヒロだって感覚が残ってたけれど、そんな考えは捨てなきゃダメだ。あくまでユキヒロの顔をしてるだけの真っ赤な他人で、そして危険人物だ。誰かに害しか与えない悪だ。善悪を語れるほど真っ当な人間ではないと僕自身を自覚しているけれど、それを棚に上げてでも認めなくちゃいけない。

コイツは、居てはいけない人間だ。


「……アイツ、もしかして」

「何か気づいたことでも?」


 ユキヒロらしき誰かを観察していたスバルが僕の方に寄って来ながら呟く。


「たぶんだけど……カリスト・アロンソじゃないかと思う」


 カリスト・アロンソ。誰だっただろうか。名前だけは聞いた事があるけれど、それがどこで聞いたのか思い出せない。


「魔術師史上最悪の快楽殺人者だよ。元はFALC――コロンビア民族解放軍の人間だったらしいけど、性格は最低。気分次第で敵どころか味方であっても殺しまくって、世界中で特別指名手配されてたはず。詳細までは覚えてないけど、なんでもFALCの幹部まで殺して組織を追い出されたんじゃなかったっけ? 人格は狂ってるけど、魔術の腕前は天才的で特A級。現在最高の魔術師の一人にも数えられてる。だからFALCから手配された後も雇う組織は多かったみたいなんだけど、どこでも組織の人間を殺しまくって、今じゃその扱いにくさから世界中で二十四時間命を狙われてるって聞いたことがある」

「アイツがソイツだって証拠は?」

「見た目はユキヒロだからね。確証は無いけれど、日本に入国したって噂は聞いた事があるし、前に見た動画での笑い方にそっくり。それに、もしカリストだったらこれだけのドッペルゲンガーを使いこなして魔術を使えるのだって納得はできる……よっ!!」


 スバルの解説が途中だったけれど、襲いかかってきた氷の槍が話を遮ってくる。それを二人で反対側に飛び避け、かと思えば飛び退いた先にはいつの間にか火球が待機していて、何とかかわしたけれど制服の裾を軽く焦がしてくる。


「ああもう! 落ち着いて話も出来やしない!」


 そっちが有利な状況なんだからせめて話をさせてくれる余裕を見せてほしいものだとつくづく思うけれども、そんな話が通じる相手でもなさそうだ。腰に挿していた魔技高標準の剣を僕はようやく抜いて構え、そして次々に襲ってくる氷塊を切り落とす。

剣を振るうことは正直好きじゃない。剣は誰かを確かに傷つけるための物で、もちろん使い様ではあるのだけれどその本質は破壊でしかない。

手の中で感じる重みが何なのか。それを片隅で考えながら友人に向けて刃を向け、魔素をまとわせて親友の体から放たれた氷の槍や炎の塊を叩き落としていく。眼には自信がある。この程度の攻撃であれば、ダメージを受けることは無い。

けれど、問題がある。


「ヒッヒッヒ……お前に俺を傷つける事ができるのかぁ?」

「できるさ。魔術は脅威だと思うけれど、近寄れない程じゃない」

「そうじゃあねぇさぁ……俺はこう聞いてるわけだ。お前に俺を『殺す』ことができるのかってな……この体はお前のたぁいせつなお友達なんだろぅ?」


 僕はその問いに答えない。男――カリストの言葉は至極僕の心実を見抜いていたのだから。

脇構えに構えていつでも斬りかかれる体勢を維持する。けれどそれはハッタリでしかない。睨みつけてみて、そんなの関係無いですよと嘯いてみせても心は迷う。僕に、ユキヒロを斬れるのか、と。

ニヤニヤと神経を逆撫でするような笑いをユキヒロの顔でするカリスト。周囲に倒れている軍警察の人とかには興味がすでに無いらしい。まだ半数以上は残ってるはずで、実際に残ってる人たちがカリストに向かって魔術を構成しようとしてるけれど、カリストは僕に意識を向けながらもドッペルゲンガーの一部をそっちに振り分けて、攻撃の手を緩めていない。十数人にも及ぶドッペルゲンガーをまるで自分の物の様に扱っているその実力は本物。さすがにコウジだとか英雄レベルじゃないにしろ、手加減してどうにかできる相手じゃ無いのは確かだ。


「まったく、どうしてユキヒロもこんな奴のドッペルゲンガーなんて奪ったんだよ……」


 親友を斬る事ができるのか。

 愚痴じみた独り言を漏らして考えを巡らせようとした時。

突風。魔素で作られた鋭い風の刃がカリスト目掛けて飛んで行く。

突然の攻撃は、予め展開していたんだろう風の盾に阻まれてカリストには届かない。けれども風の刃はまるで細い隙間を縫っていく様に壁の薄い所を攻め立て、破裂音を残して壁共々消え去った。


「必要であれば、ボクは殺すよ」


 幾分驚きに眼を見開いたカリストに対して、スバルが歩きながら言い放つ。それを見て、カリストは嬉しそうに嗤った。


「……そうかそうか。かぁわいい顔してるが、お前も俺と同類か」

「お前なんかと一緒にして欲しくないな。ボクはボクの考えで必要だと思うことをするまで。必要なら親友を殺す事だって厭わないよ。ま、ボクが可愛いのは認めるけど、さっ!!」


 続けざまに風刃。鉄も切り裂く威力の刃がカリストに飛んでいく。対するカリストもまた詠唱を口にして同じように空気の壁を展開した。


「この俺に勝てると思ってんのか!」


 壁の展開と同時に、カリストと一緒に詠唱をしていたドッペルゲンガーによる無数の電撃が空間を貫いた。紫電が眩く視界を焼いて、そのままスバルを焼き殺そうと光速で迫る。

だけどもスバルだって負けてやしない。同時に魔術を使えなくても、スバルには無詠唱があるし繊細にコントロールする技術がある。カリストの攻撃をスバルは次々に展開した魔術で防いでいった。

互いに展開する魔術の数はほぼ互角。負けてない。でも。


「ひゃはははははぁーっ!!」

「ぐぅ……!」


 魔術の質が及ばない。一言で言えば、スバルは魔術の才能に恵まれなかった。体質ゆえに扱える魔素総量が少なくて、一つ一つの威力が乏しい。絶え間ない努力で作り上げた技術があるから魔素を最大限効率的に運用してるけれど、それでも一般的な魔術師のレベルを超えてはくれない。

カリストは残念なことに威力も特級だ。それにドッペルゲンガーを手に入れた事で連射性、速射性も特級以上のレベルに達している。カリストの魔術一発を相殺するにしてもスバルの魔術を数発クリーンヒットさせなきゃダメで、瞬時に狙うべきカリストの魔術を選択して対応してるけれど、防ぎきれずにスバルの手足に傷が増えていってる。


「スバルッ!!」


 僕は手にしたばかりの剣を放り捨てた。そしてカリストに向かって地面を蹴った。

僕にはユキヒロを傷つけることなんてできない。殴ったりだとかそれくらいなら大丈夫だけど、一撃で致命傷となり得るような攻撃は到底ムリ。なら下手に武器を使って満足に動けないくらいなら、拳で語り合ってやる。


「今はコイツと遊んでんだから邪魔しないで大人しく待ってな」


 スバルと軍警察相手に割いていた魔法陣の一部が僕の方に展開される。ドッペルゲンガーたちが僕とカリストの間に幽鬼の様に立ち塞がって口が動く。

一瞬の瞬きの間に、無数の魔法陣が空に描かれていく。


「こんなもの……!」


 僕には効かない。拳を使って氷の刃を叩き壊す。炎の塊を殴り飛ばす。その度に拳に痛みが走り、皮膚が破れていくけれど我慢できない程じゃない。

魔術の雨をくぐり抜けてドッペルゲンガーの脇をすり抜ける。カリストに肉薄。あと一歩。

けれども僕の一歩を何かが邪魔をした。見えない壁にぶつかって歩みが止まり、そして空気が固まってしまったかのように僕の体を拘束した。ハッとして周囲を見渡し、気づけば四方から魔法陣が僕を取り囲んでいた。


「くそ……!」


僕の周りの空気の粘性を上げたのか。まるで水中にいるみたいに動きが鈍くなる。

その隙に新たな詠唱が行われて背後から魔法陣の光が微かに届く。

まだ、問題ない。

ねっとりとした空気の中で眼だけを動かして、僕は壁の中心で光り続ける魔法陣を見つけた。そこに向かって手を伸ばして一言、音無き声を心中で呟いた。


解呪(ディ・スペル)


 触れたと同時に魔素が一気に弾け、囚われていた体が一気に軽くなる。そして目の前には、今度こそ驚愕に眼を見開いたカリストの顔。そこ目掛けて僕は血塗れの右腕を振りぬいた。


「うおっ!? ……ちぃっ!!」


 右の拳に感触。だけれども当たったのは相手の左腕で、腕こそ大きく後ろに弾き飛ばせたけれども意識を奪うまでには至らない。弾かれた勢いを利用してカリストは僕から距離を取り、追撃しようにもすぐに魔術の弾幕が張られてしまって、一隅のチャンスを逃してしまった。けれど、スバルは助けることが出来たわけだし、傷も負わせることが出来た。この結果は悪くない。


「ふぅ……危ねえ危ねえ」カリストは今ので傷ついた掌から流れる血を舐めとった。「そっちのガキと言いお前と言い変な技使いやがって。お前ら本当に学生かぁ?」

「正真正銘ただの学生だよ。それも揃って落ちこぼれの」

「どうだかな。だとしたらこの国の人間ってぇのは随分と見る目がねぇんだな。まぁいい。妙な事になっちまったが、この体も悪くねぇし強ぇ奴にも出会えた。わざわざこんな極東の果てに来た甲斐があったってモンだぜ」

「そこだよ。元FALCのイカレ野郎がどうしてこんな世界の端っこになんて来たのさ?」

「何って、そりゃあ決まってんだろ」


 スバルの問いかけにカリストは口端を歪めた。


「英雄ってヤツの顔を拝みに来たのさ」

「……何のために?」

「何って、戦うためしかねぇだろ? 世界を救った英雄様。一般人どころか魔術師さえも超越した存在。俺は今まで色んな野郎を相手にして全てに勝利してきた。どんな魔術師だって俺には敵わねぇ。魔術師の中で最強だ。なら、次に戦うのは魔法使いしか居ねぇのはオムツが取れたばっかのガキでも分かる事実だ。それにそんだけ強けりゃ――」

「……」

「――魔法使いの肉は、さぞかし美味いんだろう?」


 紅潮した顔でカリストは流れ落ちる自分の血を舐め続けてる。美味しそうに血を嚥下するその様を眺めているけれど、僕には何を言ってるのか理解できない。


「……狂ってるね。字名は伊達じゃ無いってことかな」

「字名?」


 僕が口にした疑問に、スバルは頷いた。


踊る食人鬼(カニバル・カーニバル)。殺した相手が発見された時にみんな遺体の一部に欠損があったことから付けられた名前だよ。生きながらにして体を食い散らかされてたっていう生き残りの証言からカニバリストだって噂はあったけど、まさか本当にそんな趣味があったとは思わなかった」

「今まで散々人間を食ってきたが、弱ぇ奴の肉は固くてまずい」言いながら辺りで倒れてる軍警の人たちを一瞥。「だが俺を殺しに掛かってくる奴は大概噛み締める程に味が出てきてな。それを知って以来、強ぇ奴の肉を喰うのは趣味になってたんだよ。いや、趣味じゃねぇな。生きがいだ。俺は昔っからグルメでな。マズい肉を喰わせられんのは耐えられねぇんだ」

「それでユキヒロも殺して食べようとしたんだ?」


 スバルが眼を細めて、剣呑な色を濃くした言葉を投げかけ、カリストはニヤ、と笑みを濃くした。


「英雄様を頂く前の前菜のつもりだったんだがな。歩き方からただのガキじゃねぇとは分かったからちょうどいいかと思ったんだが、まったく災難だったぜ」

「食べるつもりが捕食されるなんてとんだ間抜けだね」

「ひゃっひゃっひゃ、まあ否定はしねぇよ。喰われたのが俺様じゃなかったら指差して笑い転げてただろうしな。だが結果は悪くねぇ。体は死んだが、俺自身はこうして生き残って、更に強くなれたんだからな」

「借り物の力のくせに」

「力の源なんざどうだっていいのさ。俺が満足できるならな。

 さて、単なるガキだと思ってたが、どうやらお前らも美味そうだ。ここんとこまともに飯食ってねぇから腹が減ってたまんねぇ。この体(コイツ)を食い損ねたことだしよ、お前らに前菜になってもらうとしよう」


 だがその前に、と言いながらカリストは未だにドッペルゲンガーたちと攻防を繰り返してる軍警察の人たちを見遣った。

何をする気だ?


「全力で遊ばねぇとお前らには骨が折れそうなんでな。邪魔な野郎には退場いただくぜ」


 そう言うと、軍警察に差し向けていたドッペルゲンガーたちが魔術の手を緩めてカリストの元に戻っていく。そしてカリストを中心として周囲を取り囲んで、朗々とコードを唄い上げ始めた。

数十の巨大魔法陣が浮かび上がった。嫌な予感がヒシヒシと警告を発してくる。

このままコードを構築させてはダメだ。その直感に従って、もう一度魔術を解呪しようと僕は動き出そうとした。


「させねぇぜ?」


 けれども声が聞こえたと思ったら目の前にカリストが居た。一体いつの間に、と思う間もなく強化された腕が伸びてきて、腕に何かを纏わせているのか、仰け反ってよけた僕の前髪を斬り裂いていった。

速い。

どうやらカリストは放出系の魔術だけじゃなくて、体術にも精通してるらしい。元の体はユキヒロの体だけれども、ユキヒロ自身にこれだけの実力があったのか、それともカリストだからこそこれだけ素早く動けるのか判別がつかない。でも、少なくとも肉体的にも超一流の域に達してると思う。

素早くも重い攻撃を何とかかわしていく。けれど、僕の実力では全てを避ける事はできない。ブロックして致命傷は避けるけれど、防いだ腕の骨に響く、一撃一撃も重い。


「シッ!」


 僕としても一方的にやられるつもりはない。放たれたフックをしゃがんで避けたのを活かして足払い。それをカリストは予測してたのか、飛んで避けた。そのまま僕に蹴りを加えてくるけれど、逆に思いっきり上空へ蹴り飛ばしてやる。


「ちっ!」


そしてそれが僕の狙い。しゃがんで蓄えた跳躍エネルギーを僕は解放した。

宙に浮かぶカリストに、追撃。この一撃でコイツの意識を刈り取る。そしてユキヒロ(アイツ)を取り戻す。

つもりだった。


「ヒヒヒっ!」


 なのにまたすぐ目の前にカリストが居た。そんなバカな。まだ距離があったはずなのに。


「おらよっ!」

「ガハッ!!」


 落下エネルギーを利用した一撃が、僕の頬を捉えた。顔の中から頬骨が奇妙な音を立てるのが聞こえ、カリストの顔を見ていたはずがいつの間にか地面だけが視界に入っていた。

肩に激痛。地面に叩きつけられた衝撃が頭の中を揺さぶってきて、体がバウンドするにしたがって何度も内蔵がシャッフルされる。


「ヒカリっ!!」

「もう一丁喰らえやっ!!」


 いったい何が起こった。訳の分からない状況のままスバルの声が聞こえ、そっちを振り向けばカリストがすでにスバルの方へ接近していた。

単純な体術、身体能力だとスバルの分が悪い。だけれども、見たままのカリストの速度ならば逃げに徹すれば重大なダメージを喰らう事は無いはず。ようやく揺れの治まって焦点の合い始めた視点で逃げ回るスバルの姿を追った。

僕の予想通りスバルは逃げに徹していた。時折無詠唱で牽制して、時に動きを予想してカリストの距離にまで近づけさせない。

口元の血を拭って立ち上がる。まだふらつくけれど動けなくは無い。スバルが逃げ回ったとしてもたぶん体力的にもカリストの方が有利なはずだ。

加勢に行こうと走り始めたその時、捉えた光景に僕は違和感を覚えた。動き続けるスバルの姿があって、それを追いかけるカリストの姿がある。そしてカリストの腕が届く範囲に来たその時だ。


「え?」


 スバルの動きが止まった。それはたぶんコンマ数秒というレベルで、日常だと気にならない時間。だけど戦闘では致命的となる刹那だ。そして、そんな事をしてしまう程にスバルという男は戦闘に不慣れじゃない。そもそも、動きが止まったという意識さえ無い。そんな風に見えた。

当然、カリストはそんな隙を見逃すようなヤツじゃない。


「避けろ、スバルっ!」


 声を張り上げる。けれど、間に合わない。先ほど僕が殴られた様にスバルの体が弾き飛ばされ、鈍い音と一緒に地面を滑り、僕の足元に転がってきた。


「大丈夫か!?」

「なん……とかね……」


 スバルを抱き起こして、カリストの動きに注意を払う。まさに今はカリストにとってチャンスだと思ったんだけれど、ヤツはそれ以上追撃することは無くて、格闘が始まる前の位置に戻っていた。

それを見てハッとして思い出す。ヤツが、ヤツのドッペルゲンガーが何をしようとしていたのかを。

空を慌てて見上げる。そこには夜空が変わらず星が輝いていて、だけど。

――その星は歪み、霞んでいた。


「ちょっと待ってよ……」


 僕とスバルはそれ以上口を開けなかった。蒸し暑い夏の日本。空気中に含まれる大量の水分が広がる夜空から凝縮されて、それがカリストを中心として環状に空に浮いていた。

そしてその水の中にはたくさんの魔法陣。ゆらゆらと揺れるそこに描かれるコードは――


「伏せろぉっっっ!!」

「――Good Night.」


 水中の魔法陣に内包された魔素が変化して赤熱。赤から青へと色が変わって、膨大なエネルギーが一気に水へと触れた。

 そして爆風が僕らへと襲い掛かってきた。



お読み頂きましてありがとうございました。

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