1-32 Say Hello, Friend
何とか今週も更新できますた。
トパーズ。
タマキがそう呼んだ少女はゆっくりと二人に近づいてきた。暗闇の中から足音一つ立てずに歩いてくる姿は、周囲の静寂と合わさって不気味だ。まるで闇に溶け込む実体の無い何か得体の知れないもののようで、だが聴覚が人より優れるリンシンは足音とは違った音を拾い、目の前の少女が自分たちを脅かす脅威だと認識しながらも実体を持った存在であると認識しとことによる奇妙な安心感と、それでもなお正体の分からない恐怖に震えた。
非常灯に照らされ、そこでリンシンは初めて少女の全身を認めた。
上半身は血の様に真紅に彩られた半袖のTシャツ。下半身は左足部分が丸ごと切り取られたジーンズを履いており、露出した脚は細身ながらも随所に見られる筋肉の様子から鍛えぬかれていることがよく分かる。
セミロングの黒髪をトパーズは掻き上げた。顕になった白い肌、顔立ちは秀麗。口はやや大振りだが十分美人、あるいは美少女と世間では呼ばれるレベルであり、また顔立ちにも幼さが残っている。しかし長身でスタイルの良い姿はリンシンから見れば成熟した大人の女性に見え、小柄なタマキを見てきたためかその印象は尚更だ。
「なんだなんだァ。つれねー態度だなァ。せっかく久しぶりに再会したってんだからもっと友好的に行こうぜェ?」
ぞんざいな口調が部屋に響く。口元は獰猛さを感じさせる笑みで歪み、居丈高にタマキを見下す目線はとても友好的には思えない。クチャクチャと何かを噛む音が一定のリズムで聞こえ、トパーズの口から何かが風船の様に膨らんで割れた。それをまた口の中に戻して噛み始め、リンシンは先ほどの足音以外の音がトパーズのガムだと気づいた。
「アナタから友好的だなんてセリフが聞けるなんて思ってみませんでしたわ――正直虫唾が走りますわ」
「へぇ、奇遇だな。私もお前の顔を見てると虫唾が走って気持ちワリィぜ。まぁ仕方ねェ。私たちはそういう関係だ。そうだろう?――ペリドット」
ペリドット、という聞きなれない言葉にリンシンは首を傾げ、少し間が空いてそれがタマキを指していることに気づいた。タマキの顔を見遣るが、その表情は固く、わずかに眼を細くした。
タマキは耳鳴りが治まったのを確認するとスッと立ち上がった。リンシンの前に立ちふさがり、トパーズの視界からリンシンが見えない様に隠す。リンシンを、この女の視界には一秒たりとも入れておきたくない。トパーズと睨み合いながら、タマキは小声で背後のリンシンに話し掛けた。
「先にお逃げなさい。ワタクシはこの女と少しばかりお話していきますわ」
「でも……」
「心配は必要ありませんわ。それよりも早く英雄様を連れてきてくださる方がいいですの。ああ、電話番号は分かりますわね?」
小さく頷くリンシン。それを横目で確認するとタマキは安心させるように微笑んでみせた。
油断なくトパーズの動向を観察していつでも動き出せるようにタマキは身構える。少しでも動こうものなら、即座に魔術を発動できるようにコードを頭の中で思い描いておく。しかしトパーズはニヤニヤと不遜に笑いながらガムを噛んでいるだけだ。
タマキの後ろからリンシンが走りだし、二人から離れていく。入り口とは反対側、つまりはトパーズがやってきた方へと逃げていったがトパーズは特に追いかける素振りは見せなかった。
「あら、よろしいので?」
「別に。あのガキに興味はねぇしなァ。邪魔になるくらいなら居ない方がマシと思っただけだよ」
「そうですの。相変わらずお仕事には適当ですのね」
「この仕事なんざもうどうだっていいんだよ。お前のそのスカした顔をグッチャグチャに潰せるなら違約金なんざ安いもんだ。雇われて来てみれば敵がお前だっつうんだから正直――悦びに震えたぜ。お前だってだからココに来たんだ。そうだろぉ?」
「ええ。誘いに乗ってあげたんですから感謝してほしいものですわね。『孤児』を出て五年。とっくに追手に討たれて野垂れ死んでるかと思ってましたが存外しぶといのですのね」
「はっ! 私を誰だと思ってる? あんなクソ溜めの雑魚どもにやられるかよ。全員逆にブチ殺してやったぜ」
フーセンガムを膨らませながら得意気に語るトパーズだが、タマキは大げさな仕草で肩を竦めてみせる。
「よく言いますわ。所詮――序列七位のくせに」
「ああッ!?」
バカにしたように序列を口にした途端、トパーズの態度が激変した。蟀谷に青筋を立て、傍にあった実験設備らしき配管を殴りる。スチール製のそれが轟音を立てて大きく変形し、破損した箇所から蒸気らしき気体が溢れだした。
「ナマ言ってんじゃねぇぞこらァッッ!! テメエなんざ十三位のクセにふざけた事抜かしてんじゃねぇぞっ!」
「沸点の低さも相変わらずですわね。そんなだからルビーやサファイアに手も脚も出なかったのでは無くて?」
「俺は負けてねぇっ! あのクソアマどもに有利なように周りが仕向けやがったんじゃねえかァっ!」
怒ると一人称が変化するのも変わらないですわね。激昂して怒鳴り声をあげるトパーズを冷ややかに眺めながらタマキはそう呟いた。そして、かつて二人が同じ時間を過ごした在りし日を思い浮かべ、ギリ、と奥歯を強く噛み締める。
「何もかもが昔のまま。何一つアナタは変わってませんし、何も見えていませんわ。ま、そんな事はヴァイスを出奔した――あの方を殺した時から分かっていた事ではありますけれど。
いいですわ。ここでワタクシが出会ったのも必然。いつまでもくだらないモノに拘っているアナタに引導を渡して差し上げますわ」
「……いいぜ。久々にドタマに来た。全殺しじゃ気がすまねェ、ああすまねぇよなぁ。全殺しの前に半殺しだ。その顔を片目だけ残してグチャグチャに潰してやるよ。んでその後にテメェが大事にしてるさっきのガキをひん捕まえてテメェの前に連れてきて、目の前でぶっ殺してからテメェが泣き叫ぶ姿眺めてドタマかち割ってやる」
「笑止、ですわ。あの子を一度見逃したのだって、最初からそうするつもりだったからですわよね?」
「はっ! ハナから分かっててスカしたツラしてたわけか。ああ、そうだ。だからこそ尚更気に食わねぇんだよ。昔からな」
「癪ですけれども同意ですわ。ワタクシも気に食わなかったですもの。ハッキリ言って、アナタの顔を見ている今でも反吐が出そうですわ」
トパーズが嗤う。大ぶりの口をいっそう大きく左右に引き裂き、眼を大きく見開いて噛んでいたガムを吐き捨てた。
「御託はここまでだ。――ぶっ殺してやる」
「そういうわけにはいきませんわ。あの子を守るためにも――自称、姉として負けられませんわ」
互いの言葉に乗せて殺気をぶつけ合う。
そして双方の口から詠唱が始めたのは、同時だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「相変わらず元気そうで何よりだよ、犯人さん。
いや、染矢・ユキヒロ」
僕の隣でスバルはユキヒロの名前を呼んだ。そこには失望だとかこの後に起こるだろう親友との戦いを前にした気負いだとか戸惑いだとかそういったのは微塵もなくて、ただありのままの事実を口にしただけの様に見える。たぶんスバルにとっては実際そうなんだと思う。名前を呼んだのは単なる確認作業であってそれ以上の意味は無い。
翻って僕はと言えば心が揺さぶられるのを禁じ得ない。一連の事件の犯人がユキヒロだとは分かってはいて、そして君代さんだとかユキから諭されて向き合う覚悟を決めたつもりでは居るんだけれど、実際にユキヒロの姿を目にすると言葉で表現するのが難しい複雑怪奇な感情が僕の中を駆け巡る。
例えば失望――やっぱりお前だったのか。
例えば疑問――どうしてこんな事を。
例えば疑念――本当にユキヒロがやったのか。
この期に及んでも僕はまだ心の何処かで真犯人がどこかに居るんじゃないか、なんてそんな有りもしない妄想であり願望でもある何かにすがってしまいそうだ。それは僕の弱さであり、ずるさでもある。直視することの困難さに僕は眼を閉じて、そこで初めて自分の眉間に皺を寄せていたことに気づいて指で解した。
「……何のことだ? ってとぼけたいところだが、今更そういうわけにもいかないよな、やっぱ」
「ユキヒロ……」
指でもう一度口元を拭って立ち上がったユキヒロは乱れたパーカーのフードを整えると僕とスバル、そして僕らの後ろに展開する多くの武装した軍警察を落ち着いた様子で見回した。そして僕に殴られたせいで壊れてしまった眼鏡を拾い上げに行こうとした瞬間、武装した軍警察の人たちが一斉に動いて銃を構える音がした。だけどもユキヒロはそれを気にした様子もなく拾い上げ、眼鏡の状態を確認すると小さくため息を吐いた。
「あーあ、この眼鏡結構高かったんだぞ?」
「本当に……本当にお前が……?」
気がつけば僕はそんな愚かな問いを口にしていた。
「殴り飛ばしといて今更そんな事を俺に聞くなよ、ヒカリ」
「理解ってる。けど、僕はユキヒロの口から聞きたいんだ」
「まったく……相変わらずお前は優しいっていうか甘いっていうか。まあ、いいさ。ハッキリ言ってやるよ。そうだ、俺がこの事件を引き起こしたんだ。四之宮・ユズホの件も、全部な」
「……っ!」
認めた。認めてしまった。これで無いに等しかった一縷の望みも絶たれてしまった。明確に僕とユキヒロの間には境界が出来てしまった。
すなわち、善と悪。断罪者と被断罪者。今更、ホント今更だけれど立場の違いが明確になってしまった。
やるせない感情が溢れてきて、けれども僕はそれを押し殺すために拳を強く握りしめた。奥歯と一緒に湧き上がる感情を噛み締め、意識して息を大きく吐き出す。
ともかく、これで終わりだ。ユズホさんのドッペルゲンガーはどうなったのか、どこかに居るならその場所は。聞きたいことは、聞かなきゃいけない事は山ほどある。その為にもやりたくないけれどユキヒロの身柄を拘束させてもらって、落ち着ける場所に移動しよう。
「ところで、聞きたいことがあるんだが」
「ん? 何さ?」
ユキヒロの方へと歩み寄ろうとしたその時、ユキヒロがスバルに向かって尋ねてきた。
「いつから俺が犯人だって気づいたんだ? これだけの人間を集めて見張ってたって事は前から俺がそうだって気づいてたんだろ? やっぱりあのアイドル英雄に教えてもらったのか?」
「いや、イチハには別に教えてもらってないし、探すのにも手伝ってもらってないよ。そこまでイチハは親切でもなければボクを好いてもいないからね。ボクがユズホちゃんに見えるよう情報魔法は掛けてもらったけどね」
「ならどうしてだ? これでも結構バレない様に気をつけてたんだけどな」
「最初に変だなって思ったのはユズホちゃんの病室だね」
「そんな前にか?」
スバルの答えが予想外だったみたいで、ユキヒロは訝しんだ様に眉根を寄せた。
「うん。ユキヒロは言ったよね。ドッペルゲンガーが『喰われた』みたいだって。ドッペルゲンガーは『第二の自分』って言われてるくらいだから、まあ植物状態のユズホちゃんを見てドッペルゲンガーを失くしたってイメージするのは分からないでもない。けれど、『喰われた』って表現は普通しない。特にあの場合は僕らは獏の事とか何も知らなかったからね」
「参ったな……そんな事口走ってたのか」
「しかも獏の情報を提供してくれたのもユキヒロだし、一旦疑ってしまえばバイトの欠勤が増えてるとか、その日に限って事件が起きてるだとか、まあ調べてれば証拠なんていくらでも出てくるからね。ただユキヒロのパソコンとかハッキングしても状況証拠は出てくるけど、直接犯行を示すものは無くてさ」
「それで今回の尾行に繋がったってわけか」
「そゆこと。ホントは友達を疑うなんて真似はしたくなかったんだけどさ」
「必要とあればためらわない。それがスバルだからな」
「よくご理解してくれて、ホントに友だち甲斐のある奴だと思うよ? だからこそ――残念で仕方ない」
「スバル……」
僕の位置からは横顔しか見えないけれど、一瞬だけスバルは悔やむように下唇を噛んだ。でもすぐに平静を装ってアルカイックスマイルを浮かべて、ユキヒロの方に手を差し出した。
「終わりだよ、ユキヒロ。もう残された選択肢は一つ、罪を償うしか無い。
なに、大丈夫さ。ユキヒロがキチンと自首して罪を償ってくれるなら悪いようにはさせないから。ユキヒロの後ろに付いてる人たちにもまとめて償わせてあげるからさ。
こう見えてもボクは色んなところに貸しがあるからね。過ちを犯したとはいえボクにとっても大事な友人だからさ、ユキヒロ一人に罪を背負わせたりなんかしない」
「まだ……」
ユキヒロもまたスバルと僕に向かって一歩踏み出してスバルの手を取ろうと手を伸ばしてくる。
いっつも冷静で、僕らの中では一番ユキヒロは大人びてた。どんなに周りにバカにされても努力を惜しまないで、僕やスバル、タマキが何かやらかした時には呆れながらも尻拭いしてくれた。バイトしながら生計を立てて、僕たちの誰よりも苦労してたはずなのにそんな様子は微塵も見せなくて。
ユキヒロは、大げさな言い方だけど僕の憧れだった。困難に挫けず強く生きてる姿は、常に周りを気にして生きている僕には出来ない生き方であり、目標でもあった。そう思っていた。
「まだ、俺を友達だと言ってくれるのか……?」
だけども今、僕らを見据える鋭い目つきは親を見失った迷い子みたいに心細そうで、それは紛れも無く僕らにユキヒロがまだ同い年の少年なんだって、極々当たり前の事実を突きつけてきた。
気づけば僕は声を絞り出していた。
「当たり前だろっ……!」
僕だけが苦しかったワケじゃない。ユキヒロだって苦しかったはずだ。かつて失った魔術を取り戻そうと必死でもがいてた。途中で心が折れそうになることだってあったはずだ。だけど僕はそんなユキヒロに気づかず、自分の事しか考えていなかった。
まだ僕には、どうしてユキヒロがこんな事件を起こしたのか知らない。だけれども、ユキヒロの内に積もり積もった闇を僕が気づいていたら、また違った未来があったのかもしれない。僕は、大事な友人を――救えていたかもしれない。
悔しい。誰かの役に立ちたいだなんて、そんな願いを抱いておきながらすぐ傍に居た人の事を救えていなかった。なんて、無様だ。けれど、それよりも、ユキヒロに今回の事件で僕らとの友情が終わってしまったなんて想いを抱かせる程度の関係しか築いてやれなかった、その事が悔しい。
「ユキヒロはユキヒロだ。犯した罪は許される事じゃないけれど、正直……裏切られたとも思ったけれども、だけど僕らは友達だ。何があったとしても友達だ。それは変わらないと僕は信じてるし、ユキヒロにもそう信じてほしい」
「そうか……」
ユキヒロは目を閉じて星の無い夜空を見上げた。そして僕らの方を見遣ると照れくさそうに笑って頬を掻いた。その笑顔には昏いところが何も無くて、高校生らしい無垢さが表れていて、見ているこっちも思わず照れくさくなって笑ってしまう。
「本当に……お前ら二人ともよくもまあそんな臭いセリフを真顔で言えるよな。聞いてるコッチが恥ずかしいっつうの」
「おっと、気に食わなかったかな? ボクの本心を伝えたつもりだけど」
「気に食わなくはないけどよ……まあいっか」
ユキヒロはスバルの手を取った。
「ありがとう……本当に……ありがとうな……」
笑いながらユキヒロは涙した。逆の手で僕の手に触れてきつく握りしめてきた。その手はとても温かくて、その力強さはユキヒロの気持ちの深さを表している様に思えて、僕もキツく握り返した。
そして――
「さよならだ」
ユキヒロはその手を離した。
「ユキヒロ?」
「もう、遅いんだ」
泣いて、笑って。歓喜しながら慟哭して。相反する二つの感情を面長の顔に浮かべて、ユキヒロは僕らから一歩下がって距離を置いた。
「最初から……俺は、間違ってしまったんだ」
「どうしたんだよ、ユキヒロ?」
ユキヒロは僕らから離れると急に頭を抱えて苦しそうにうめき始めた。
呼吸は荒くて、途切れ途切れに言葉を発する声は小さく、でも何かを僕らに訴えかけてくる。
「見つけたのは、偶然だったんだ……ずっと魔術を使えるようになりたくて……前みたいに強くなりたくて……もうサミシイのはイヤで……
もしかしたらって、思ったんだ。できるかもって、思った。思ってしまった、んだ。俺が、魔術を使えなくなったのは、ドッペル、ゲンガーを亡くした、それか重大な欠損が出来てしまった、から、じゃない…かって」
「いいよ、ユキヒロ。今はしゃべらなくていいからさ。具合悪いなら……」
「ダメ、だ……」
今にも倒れそうなユキヒロ。顔を覆った手の隙間から覗くユキヒロの眼は虚ろで、どう見ても普通じゃない様子にスバルが手を貸そうとするけれども、ユキヒロは拒絶した。
「今、だ。今、聞いてくれよ、スバル、ヒカリ……」
「だけど……」
「頼む……」
ユキヒロは頑なにしゃべろうとする。僕らは見合って最後まで聞くことにした。
黙って僕が頷くと、ユキヒロは笑みを浮かべた。
「魔術が使え、なくなって、俺は寂しかった……寂しくて、寂しくて…ただ生きてる、それだけでも苦しくて…夜になると、毎晩死にたく、なるンだ。世界が、まるでボクヲ見放してるよう、だった」
その告白に、僕は呼吸を忘れた。
ユキヒロの話すそれは僕が常日頃苦しんでいる事そのものだ。
例えようも無い、飢餓感。虚無感。孤独感。自分は何者にも連なってなくて、何処に居るかも分からない。世界がまるで闇に閉ざされてしまったみたいで、周りに誰が居ても何をされても繋がりを実感できない、世界の全てが拒絶しているような、そんな感覚。
言葉にすればたいしたことが無い様に聞こえて、けれどこの孤独は誰にも理解できない。何者にも理解できない。
どれだけ周囲に理解を求めても欠片も理解されず。
どれだけ周囲が理解を求めても欠片も説明できず。
周りが助けたくても、その願いを頭で分かっても、何一つ感じることができない、欠陥。
僕は知っている。共感も同情も何一つ意味を成さない、そんな絶対的な孤独を。
そして今の今までその感覚を抱いているのは世界でただ一人、僕だけだと思っていた。
けれども――
「魔術を失って…おレハ、ただ生きることが、つら、かった。だからワタシ、は何とかしたかったんだ。ただそレだけ、だった」
「ヒカリ……」
「うん、わかってる」
明らかなユキヒロの異変。体調が悪そうなのは変わらないけれども、さっきから口調が安定していない。一人称もコロコロと変わって、まるで、ユキヒロがユキヒロじゃないみたいで。
「やっぱり止めよう。ユキヒロには悪いけど、このままだと何だかやばい事になりそうな気がする」
スバルがそう言ってまたユキヒロに歩み寄ろうとした。
その時だった。
「スバルっ!!」
近寄りかけたスバルの腕を、とっさに僕は引っ張りよせた。
直後――スバルが居るはずだった場所に巨大な火柱が立ち昇った。
業火。僕らの背後から照らされているスポットライトの光さえもくすんでしまう程の、近づくもの全てが灰になってしまうような炎が僕らの前に立ちはだかった。
唖然とする僕ら。そして炎が消えて、再び顕になったユキヒロの傍には――
「デキルわけがないって、思ってた。け、れど、方法は、あったん、だ」
無数のドッペルゲンガーが、昏い瞳で僕らを見つめていた――
お読み頂きましてありがとうございました。
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