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1-3 ある日常、あるいは非日常

・本作品は拙作「ゆるねばっ!2」の本編になります。

・本作品にはいわゆる「同性愛」っぽい要素が極々微量(なのでタグには含めてません)が含まれます。

・オリジナルの用語が含まれますが、以後この前書きにて簡単な説明を加えていきます。「この言葉を説明してほしい」という場合は感想欄・メッセージにてご連絡ください。




 さて、スバル達に遊びに誘われたわけだけども、結局僕は断った。いや、断ったというのは正確じゃないか。二人には先にサクラ町へと向かってカラオケボックスに入室しててもらって、僕は今抱えてる仕事が片付き次第――多分あと一時間後くらいだと思う――合流するって形にしてもらった。

もちろん一刻も早く僕と遊びたくて、そもそも僕の便利屋稼業に(金は稼いでないけれど)反対らしいスバルはグズったし、ユキヒロもまた快くは思ってないので渋い顔をしていた。その上でユキヒロは手伝いを申し出てきてくれたけれど、そっちは固辞させてもらった。

大した事ない仕事だけど、これは僕が副会長から直々に引き受けたものであってスバル達には関係が無い。せっかくの放課後の貴重な時間。それを僕が勝手に引き受けて僕が好きでやってる事の手伝いで浪費させてしまうなんてもったいない。それこそ冒涜。彼らはもっと自分の時間を大切にするべきで、僕なんかに構うべきじゃない。

もちろん僕はスバルとユキヒロ、それにタマキが友人と思ってくれるのはこの上なく嬉しくて僕は幸せだと思うし、手伝いを申し出てくれたことも飛び上がるほど嬉しかった。でも同時に僕に構ったせいで他のやりたいことが出来ない、なんて事になったらそれは僕にとっては非常に辛いことで、身を切り刻まれる様な想いに駆られてしまう。

自分勝手な思いだけれど、ここは僕としても譲れないところだ。頑固かもしれないけれど、でも二人はたぶん僕がこの点に関しては引かない事を理解してくれてるみたいで、残念そうな表情を浮かべていたけれど最後には快く僕の提案を了承してくれた。それはそれで二人をガッカリさせてしまったので胸が痛むのだけれど。なんというダイレンマ。

キリキリと痛む胸を我慢しつつ二人が居なくなった教室で一人黙々と作業を進めていく。一時間、と二人には告げたけれど、ここは彼らの期待に少しでも応えるために一刻も早く作業を終わらせてしまおう。

そうした決意の元、一心不乱に手を動かし頭を動かして最後の一枚をまとめ終わって僕はシャープペンを机の上に放り投げた。しかし、よくよく考えたらなんで僕は手書きでやってるのか。このご時世、パソコンを使えばもっと綺麗で早く出来上がるのに、と一人愚痴りたくもなるけれども仕方がない。そもそも生徒会はやる気が無いし、生徒会であるのに校内活動の予算管理はしていないのだから。ただでさえ学校全体が金を食うのだ。少しでも予算を削るべく大して仕事をしない生徒会の予算をケチるのは当たり前の話か。


「さて、と」


大きく背伸びをしてポケットから携帯を取り出す。時間は、スバル達と別れてから四十五分といったところ。急いだ甲斐があって結構時間を短縮できたみたいだ。

んじゃこれから急いでサクラ町に向かうとしようか。場所はそういえば知らされてないけれど、たぶん前に行ったカラオケボックスだろう。そこなら全力で急げばここから十五分くらいで到着できる。乱雑に散らばっていた議事録を机上でトントンと束ねてクリップで留める。それを紙で雑で書かれた「会長席」の札が張ってある机の上に置いて教室を出ようと携帯を手に取った時、着信を知らせるランプが点滅していたのに気づいた。

折りたたみ式のそれを開いて確認するとメールの着信だ。送信者はユキヒロで、タイトルは「体育館裏で待ってる」だった。もうすでにサクラ町に向かったと思ってたけど、何かあったんだろうか?僕の胸中に不安が過る。残念なことに僕ら四人は教師を始め、先輩に他コースの人間にと絡まれる事が多い。あまりに多いから大概のケースは対処法をすでに確立してしまっているけれど、丸く収まらない事も多々ある。何事もなければいいけれど、と思いながら返信を後にしてとりあえず指定された場所へと向かった。

何故かメールには体育館裏へのルートが書いてあって、素直にその通りに少し駆け足で進んでく。下駄箱で靴を履き替え、まっすぐに体育館へ向かうのとは逆の方向。ただでさえ人気の少ない陽の当たる場所から校舎の影に紛れる様にして体育館裏へ。何となく足音を消して気配を薄くする心持ちでそろそろと近づいていくと、果たして、壁の脇から何かを伺い見てるユキヒロの姿があった。


「ユキヒロ」


 ユキヒロを小声で呼ぶ。と、僕の方をメガネの奥の眼を見開いて見てきた。


「早かったな」

「二人を待たせるのも悪いと思って急いだから。それよりどうしたのさ?」


 尋ねるとユキヒロは黙って覗いてた方向を親指で指した。

それを受けて僕も少し身を乗り出して壁越しに指し示された方向を見て、なるほど、と納得した。

視線の先でスバルが一人の女の子と見つめ合っていた。いや、見つめ合っていたっていうのとはちょっと違うな。スバルは笑顔を浮かべてはいるけれど、あの表情はすごく不機嫌だ。もう随分と長い付き合いだから分かる。顔は女の子の方を向いてるけれどその実たぶんどっか別の方を見てる。熱っぽい瞳で見つめてるのは女の子だけだ。

繰り返しになるけれどスバルの見た目は抜群に良い。小柄な体躯や長めの髪と中性的な顔立ちのせいで女性っぽく見えるから男らしさを求める人の食指は動かないだろうけれど、可愛いから学校の女の子たちからの人気は高い。まして特任コースだから将来も有望。もしスバルの性癖を知らなかったら超優良物件という評価が最適だ。ま、もうすでに特任コースは元より学校中でスバルの趣味は知れ渡ってるからほとんどスバルに告白する人は居ないんだけど。

でもまだ時々こうしてスバルに惹かれて気持ちを伝えようとする人は完全には絶えない。それは現在のスバルの愛情の矛先が非生産的で意味が無いから自分に方向修正してあげようという、親切心と自尊心と過剰な自信に溢れた産物なのか、それともただ単純にスバルの事を知らないのか判別は僕には不可能だけれど、いずれにしても今スバルと向かい合ってる彼女はどちらだろうか。


「バカと無知のどっちと思う?」


 楽しげに頬を歪ませてそう聞いてくるユキヒロの頭の中にはきっと僕と同じ二択が浮かんでるんだろうけれど、僕には応えられない。彼女がどういうつもりかは分からなくてもスバルの向ける感情は確かに本物で負の感情は無くてスバルを想っているのだろうから、そこに例え僕が不満を持っていたとしても批判や悪意を向ける資格は無い。ただ見守るだけだ。


「えっと、それで何の様かな? 僕らはこれから遊びに行こうと思ってるんだけど?」


 風に乗って聞こえてきたスバルの声は木陰の風と同じ様に冷たい。女の子は告白対象を前にして緊張してるんだろうけど、どれだけああやって無言で向かい合ってたんだろ?

スバルの不機嫌さが伝わったんだろうか、女の子は進学コースに在籍してる事を示す緑色のリボンが結われた胸を一度大きく反らせて深呼吸して、ここまでハッキリ聞こえてくる程度の大きな声を発した。


「あのっ! えっと……私は小鳥くんの事が好きです! 付き合ってください!」

「却下」


 はやっ! 告白からゼロコンマ五秒。これまで幾度と無くスバルの被告白シーンを見てきたけれど最速記録更新かもしれない。でも断るにしてもせめてもう少し躊躇うなりなんなりしてほしいと思うのは僕だけか。僕だけだ。ユキヒロは声を殺して爆笑してるし。この悪人め。

 それでも女の子はめげないらしい。あまりの瞬殺に呆気に取られてるけれど、ブンブンと頭を振って気を取り直して、何とか糸口を見つけようと会話をつないでる。その必死な姿勢が見てるコッチにも伝わってきて、他人事ながらスバルに「付き合ってやれよ」と言いたくなってくる。もっとも、実際に口にはしないけれど。

だけどもスバルも面倒くさくなってきたのか、あからさまにため息を吐いて会話を途切れさせてしまった。


「申し訳ないけどさ、もういい加減諦めてくれないかな? ていうかさ、この前もボクは断らなかったよね?」

「うん、断られた。でも、やっぱりそれでも諦めきれなくて……前の時はボソボソっとしか話せなくてハッキリ気持ちを伝えられなかったから。だからもう一度気持ちを伝えたくて」

「それでまたボクを呼び出したってこと?」

「はい。何度も小鳥くんには脚を運んでもらって申し訳無いと思ってる。けど、やっぱり後悔だけはしたくないから……」


 女の子はスバルを見て自分の気持ちを伝えた。男としては小さい体躯のスバルよりもまだ小柄なんだけど、勝ち気な性格を思わせる彼女の眼からは何て言われても引かないっていう様な真っ直ぐな気持ちが遠目にもよく分かる。僕だったらその強い気持ちに折れて、例えその気が無くても彼女の気持ちを受け入れてしまいそうだ。

でもまあ。


「何度言われてもボクはユズホちゃんの気持ちに応えるつもりは無いから」


 現実は甘くは無いわけで、傍目に見てる僕もユキヒロもスバルがそう応える事は分かってる。僕が誰かの頼まれ事を頑固にも断らないのと同じようにスバルもまた頑固で、同情とか情けとかそういった事に流されるのを極端に嫌う。

女の子――ユズホさんも何度アタックしてもダメな事はきっと最初から分かってたんだろう。少しの間顔を伏せていて、ようやく上げた顔には涙が光ってたけれども、どこか晴れ晴れとした表情だった。


「うん、分かった。ゴメンね、時間取らせてしまって。でも、未練がましいって思うかもしれないけど、私は諦めたわけじゃないからね? まだほとんど話もしたことないけど、でも本当に私は小鳥くんの事が好きなんだから。だから、いつか絶対に小鳥くんを振り向かせてみせるから」

「……謝罪は受け入れるよ。そしてユズホちゃんの気持ちを受け入れる事はできないけど、気持ちまでは否定しないから」

「……ありがとう。けど同情はしないで。惨めになるから」

「そんな失礼な事しないよ。これは……同情というよりも共感かな。ボクも叶わぬ恋をしてるからね」

「えっ!? そ、そうなの?」


 ん? 何だか話が妙な方向に進んでる気がするのは僕の気のせいだろうか。ユキヒロの顔をそっと伺ってみれば、面白がる様に口端を歪めてスバルたちじゃなくて僕の方を見てるし。


「そうなんだよ。もうずっと何年もボクの気持ちを伝え続けてるんだけどね、頑なに受け入れてくれないんだ」

「ひど……ううん、そうなんだ。小鳥くんもずっと片思いをしてるんだ……」

「ホント、ひどいよね。こんなにボクは魅力に溢れてるっていうのにさ」

「ふふ、すごい自信だね? でも小鳥くんが言うと嫌味に聞こえないから不思議」

「そりゃもう! これでも振り向いてもらえるようにずっとずぅーっと自分を磨いてきてるからね。その結果ユズホちゃんみたいに色んな可愛い女の子ばっかが魅力に気づいてくれてるのに当の本人は全然だからね。やんなっちゃうよ」

「へえぇ……その人は相当鈍いんだね。でもそんな小鳥くんが惹かれるくらいだから物凄い美人なんでしょ? 会ってみたいなぁ」

「フフフ、会ってみる?」

「え?」


 うん、マズイ。この話の流れはマズイ。

身の危険をビンビンと感じて面倒事に巻き込まれる警報がウィンウィンと鳴り続けてて、だから僕はその警報音に素直に従ってそろそろと後ろに退がっていく。


「おっと、逃がすわけにはいかないな」


 けれども僕の動きを察知してたユキヒロに後ろから羽交い絞めにされて動けない。


「は、図ったな、ユキヒロ!?」

「いっつもヒカリはスバルには迷惑かけてるんだから、たまにはアイツの役に立ってくればいいさ」

「それじゃ紹介しまーすっ!! この人が僕の大好きな彼でーす!!」


 どう聞いても紹介出来て嬉しくて仕方がないって声色でスバルが叫ぶと同時に僕の体がフワフワと持ち上がっていく。僕がどれだけジタバタと手足を動かそうとも空気を蹴って体が前に進むわけも無くて。


「クソッタレ! 覚えてろよ、ユキヒロっ!!」

「はいはーい、いってらっしゃい」


ドナドナを楽しそうに歌いながら手を振って見送るユキヒロにこの恨みをどう晴らさでおくべきか頭を悩ましながら、かつ更に尻の穴の心配してただゆったりと揺られて僕はスバルの元(屠殺場)へと送られていった。何気にこの「レヴィテト」を無詠唱で行使するのって凄いはずなんだけど、もう少しスバルは魔術の使い所を考えるべきだ。


「はい! この人が僕の好きな紫藤ヒカリでーすっ!」


 スバルが魔術を解除してストン、とユズホさんに向き合う形で強制的に紹介される。もちろんユズホさんはまさかスバルの好きな人が僕みたいな冴えない「男」だとは想像していなかったに違いなく、現に今も口端を引き攣らせて僕とスバルの顔を交互に見比べてる。


「ど、どうも……紫藤です」

「あ、ハイ、ど、どうも……」


 告白して振られた女性と、尻の穴を常に一方的に狙われてるノンケ男が今、出会った。

 これから一体どうしろと?

恐らくは目の前のユズホさんと初対面にして完全なる意見の一致をみせた瞬間だと思う。


「えへへ、かっこいいでしょ? でしょ? もうね、ヒカリとは十年以上の付き合いになるんだけどね、昔からずっと困ってる人を助ける正義の味方みたいな人でさ、かく言う僕もヒカリに随分と助けられたんだ。困ってる人の所に颯爽と現れてはあっという間に皆を笑顔にしてしまうその姿はもーうカッコよくてさ!」

「えっと、小鳥くん?」

「ん? 何かな? あ、たぶん大丈夫だと思うけどヒカリはユズホちゃんにはあげないからね!」

「小鳥くんは、その、男の人だよね?」

「そーだよ? だからユズホちゃんも僕に告白してきたんじゃないの? あ、もしかして僕があまりにも美少女っぽいから女の子だと勘違いした?」

「え、いや、勘違いはしてないけどまあその、可愛いから惚れたのはそうだけど……コホン、えっと、この、紫藤くん? も男の人に見えるんだけど……」

「うん、そだよ?」


 スバルは「何言ってんの?」とでも言いたげに首を傾げてるけど、ユズホさんの反応は断じて間違ってない。初見の人の反応はほぼ百パーセントこの反応するからな、スバル。あと、百歩譲って嬉しそうに僕の腕にしがみつくのはいいとして、右手でサワサワと僕の尻を触るのはやめてくれ。


お読み頂きましてありがとうございました。

お気づきの点がありましたらご連絡をお願い致します。

2014/08/15 改訂

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