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1-25 リミット



今日に変わって何度目かのチャイムが鳴った。

それと同時に授業中の厳かながらも弛緩した空気が、張り詰めた風船が張り裂けたみたいに一気に開放されてあっという間に賑やかになっていった。まったく、どれだけ成長しても小学生以来連綿と続く昼休みの時間になった瞬間に感じる解放感とはかくも素晴らしいものだと思う。

僕も手に持っていた鉛筆を机の上に広げていたノートに向かって放り投げて、緊張で凝り固まった目元を揉み解した。当然、僕のノートには授業内容に関することは一切書かれていない。

今くらいは、事件の事を考えたくない。

ともすれば無意識の内にでも頭の中を占めてしまいそうな事件についての色々な考察を無理やり強制的に意識の外に押しやって、コッチに近づいてくる友人二人に軽く手を上げた。


「早く食堂に行きますわよ! 今日は月に一度のチョコバナナパスタライスが販売される日ですの! 急がないと売り切れてしまいますわ!」

「……いつ聞いても胃もたれしそうなメニューだな」


 ユキヒロの感想には全力で同意する。ちなみに件のゲテモノメニューは、円形のカレー皿の中央にご飯が敷き詰められて、ご飯を囲むようにバナナを練り込んだ生地を茹でたパスタが置かれて、更にご飯の上にはたっぷりの生クリームがあってその上にはぎっちりととろけたバナナスライスが敷かれてトドメとばかりに甘々のチョコレートがお好み焼きの上にかかったマヨネーズ宜しく掛けられているという、どう考えても学生の胃と味覚を破壊しにかかっているとしか思えないものだ。月一で五食限定で売りに出されているらしい。お値段なんとお手頃の一〇五〇円! どうやら学生の財布もクラッシュしにかかってるらしい。


「てかそれ、確実に売れ残るだろ」

「何を言ってるのですの! 昼休みになって五分後には完売確実の超人気メニューですのよ! ああ! もう二分経ってますの! こうしては居られませんの! 先に行ってますわ!」


 そう一方的に僕らに言い残して、さっきまで熟睡してた奴とは思えない勢いで廊下を走り去っていった。普段は鈍足のくせに何故だかこの時だけタマキの足は異常に速い。


「……俺らも行くか」

「そうだな」


 すっかり教室の中はもぬけの空だ。何人かは未だ教室に残ってくっちゃべってるけど、たぶん人がはけた後に食堂に行って落ち着いて食べるんだろう。その場合はメニューの大半が売り切れでまともなのが残ってないけど。


「そういえばユキヒロ、メガネ変えた?」


 さっきまで気づかなかったけれど、よく見てみればいつものに似てるけれど少しメガネのフレームの形が違う。細いフレームなのは変わらないけど、前のはレンズの周りにフレームが無かったのに今日のは上半分を黒いフレームが縁取ってる。


「ああ、実はいつものを寝起きで踏み潰しちまってな。今日はとりあえずスペアを引っ張りだしてきた」

「ああ、それはご愁傷様」

「全くだ。朝からツイてねえよ」


 そんな会話をしながらタマキの後を追ってた僕らだけど、ここで僕のポケットに入れてた携帯が震えた。


「ゴメン、先に行っててくれ。何なら先に食べててもいいからさ」

「ああ、分かった。席は確保しといてやるから早く来いよ」


 そう言ってくれるユキヒロを見送りながら携帯を開くと、表示されてたのはスバルの名前。たぶん、昼休みになるのを待ってたんだろうと勝手な推測をしながら通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てた。


「もしもし、ヒカリ? ああ良かった、出てくれて」


 連日徹夜に近い生活をしてるからか、声質も口調もスバルなんだけどひどく疲れていて、どこか別人の様な印象がした。


「ああ、うん。昼休みだからな。それで急ぎっぽいけど、何かあった?」


 スバルに尋ねながら、僕は予感がした。それはきっと、悪いニュースだと。

それはスバルの口調がいつもより硬質な印象を感じ取れたかもしれないし、話す口調がいつもより冷静さを欠いていると感じ取れたからかもしれない。

果たして、スバルは予想通りの聞きたくない知らせを教えてくれた。


「自衛隊と政府が事件の事を公表するって。さっきサユリちゃんから連絡があった」

「――え?」


 一瞬、僕の頭の思考が止まったのが自分でも分かった。止まってるくせに思考停止を認識できるなんておかしな表現だけれど、そうとしか言えない。例えるなら、誰か他の人間が僕の事を客観的に眺めてる、そんな感じだろうか。

その次に襲ってきたのは焦燥。体表面から熱が一気に引き上げていって、その熱を補うかのように心臓は矢継ぎ早に沸騰しそうな程に熱い血液を全身に送り出していく。

 この展開を予想してなかったワケじゃない。想定はしていた。だけどもあくまで可能性の低い未来予想図だった。それも、最悪に近い方の。


「ちょ、ちょっと待ってくれよっ! いったいどうして急に……」

「昨日事件があったんだ。たぶん、それが原因だと思う」

「事件って……言っちゃなんだけどそれだって別に今は珍しくないし……」

「違うんだ、ヒカリ。これまでの事件とは違うんだ。もう隠しようが無かったんだ」


 珍しく悲痛さが混じったスバルの声。悲鳴にも似たその叫びに、僕の心臓は幾分熱量を下げた。

軽く深呼吸をして、電話越しにスバルにも落ち着くように告げると、短く「そうだね」という返事の後に、喉が鳴る音が微かに聞こえた。たぶん、手元にある何か飲み物を飲んだんだと思う。

それで落ち着きを取り戻したらしいスバルは、一拍の空白の後に何があったのかを話し始めた。




 事件が起きたのは昨日の深夜。時間帯としてはこれまでにあった深夜帯でそれほど珍しくはなくなってしまっている時間だ。

けれども、いつもと違ったのはその規模だった。

最初に見つけたのは、ある五人組の捜索班だ。いつも通り周囲を警戒しながら注意深く捜索していた彼らの前に、不意に一つの人影が現れた。

それは黒いパーカーのフードを目深に被った人型。過去に目撃された情報と寸分違わない格好で、夜の闇に紛れてしまいそうなその人影は一人、煌々と照らし続ける明かりの下に立っていたとの事だ。

まるで、彼ら(魔術師)が現れるのを待っていたみたいに。


「遭遇したその捜索班の人たちは向こうから姿を現したことに驚いたけれど、当然ながら犯人を捕まえようとしたんだ。だけど、犯人はそこから薄っすらと笑って逃げたんだ」

「自分から姿を現したっていうのに?」

「うん。どうしてわざわざ自分を捕まえようとしてる相手のところまで行ったのに逃げたのか、そこがボクも最初は理由が分かんなかったんだけどさ、続きを聞いて分かったよ」

「どういう事だ?」

「――犯人は自分を餌にしたんだ。もっと魔術師を集めるために」


 一瞬の間を開けて、スバルはそんな事を言った。


「たぶん、犯人は捜索班がどこを探しているかを全部把握してるんだと思う。だって、犯人が逃げた先っていうのが他の捜索班の居る場所だったんだからね」


 スバルの話で奇しくもさっきの僕の推測が補強された形になる。どうして犯人がそんな事を知ってるのかについては確証がないけれど、それよりも今は続きだ。


「……それで、どうなったんだ?」


 いくら犯人が強くたって追いかけてるのは正規の魔術師だ。これまでは一人の魔術師ばかりが狙われていたけれど、今回は戦闘を生業にしてる自衛隊の魔術師部隊だ。とてもじゃないけれど、たった一人で立ち打ち出来るとは到底思えない。正気とは思えない、まるでここに来て狂ってしまったかのような所業だ。あっさり捕まって事件は解決だろう。普通なら。

けれども、ここで犯人を捕まえられたのなら事件を公表する意味が無い。だとしたら、想定できる結末は一つしか無いわけで。

 話を聞きながらいつの間にか僕の喉はカラカラだった。粘りつくような唾液を無理やり嚥下して、スバルに続きを促して、分かりきったはずの答えを些かの興奮じみた感情で待った。

だけど、返ってきた答えは僕の想像を超えていた。


「……全滅だよ」

「――っ! そんな、まさかっ!」

「ホント。総勢十人の魔術師がいたけれど、無事に、というか重傷は負ってたらしいけれど帰ってこれたのはたったの一人だけ。他は――」

「――全員、ドッペルゲンガーを奪われた」


 正解、ってため息混じりの短い返答が受話器の奥から聞こえてきた。


「さすがにみんな周りの事なんて考えてなんて居られなかったんだろうね。大規模な魔術を町中で使いまくってさ、辺り一帯の家屋は全壊半壊だらけ。火の海になって付近は大規模停電。そして電気が消えちゃったからあちこちで特異点が発生して魔物がわんさか。おかげで自衛隊や警察の特殊部隊は総動員さ。一般の人にもいっぱい犠牲者が出ちゃったし。朝からネットもテレビもこのニュースで持ちきりだよ。出てきた魔物がみんな小物ばっかりだったのが不幸中の幸いだね」


 これまでは被害者が襲われるばかりで、小規模な戦闘ばかりだった。塀とか道路に多少の被害はあっただろうけれど、世の中が世の中だからその程度なら皆たいして気にしないし、だから事件の事も、一部でしか話題になってなかった。

だけども、ここまでの騒ぎになってしまったらもう隠しようが無い。逃げ惑う過程でたくさんの人が戦闘を目撃してるだろうし、巻き込まれた人も大勢いるはずだ。


「コウジの話だと、一部未だに事件の公表を渋る連中も居たみたいだけどさ、最終的には押し切られたみたい。顔は覚えたって言ってたから、たぶんこれからコウジがその連中にアプローチ掛けるんだと思うんだけど……」

「きっと、犯人を切り離しに掛かってくるだろうな……」


 事件は、きっとこれで終幕へと向かっていく。これまでよりも大規模に魔術師部隊を投入していくだろうし、警察も公開捜査に踏み切るから目撃証言とか情報収集に動きまわるだろう。

いつかは犯人も捕まるし、被害も止まる。でも、それは僕らの敗北だ。


「少なくとも裏で動いてる連中はしばらくまともに動かなくなるし、色んな証拠を処分しに掛かるだろうね。そしてその中にはきっと――ドッペルゲンガーもあるよ」

「ホンっと――」


 最悪だ。思わず舌打ちが出てしまう。

そうなれば全てが終わりだ。これまでの苦労が水の泡。そして――


「ユズホさんも、戻らない」


 自分の口から零れ出たその言葉が、まるでどこか他人ごとの様に聞こえた。


(はい。不肖、四之宮ユズホ! その任務謹んでお受け致します!)


 最後にユズホさんと交わした会話が不意に蘇った。涙で濡れた痕がまだ微かに残ってて、それでも笑みを浮かべる彼女の笑顔が、薄情にも初めて鮮やかに浮かんできた。


(縁起でも無い……っ!)


 まるでそれが彼女を失うことが確定した未来であるかのように思えて、僕は思わず頭を振ってそんな想像を打ち消した。

 まだ、まだだ。まだ間に合う。今は起きてしまった事態を嘆くべきじゃなくて、今、何をすべきかを考えるべきだ。

 廊下から一度教室に引き返す。窓際の自分の席に戻って椅子に座って、僕は眼を閉じて頭を抱えた。


「……今回の事、スバルはどう思う?」


 感じる、違和感。

これまでの犯人のイメージは狡猾でかつ慎重。ターゲットはずっと一人きりの魔術師だったし、捜索隊に見つからないよう行動範囲を選んでる。

なのにここに来てのイメージ反転。気を大きくして無謀な行動に出たのか、それとも他の理由があるのか。その動機を推し量るのは難しいけれども、僕が思う答えは――


「たぶんだけど……自衛隊なのか政治家なのかはしんないけどさ、もう犯人の事を制御できてないんだと思う。だから最終的に公表に賛同したんじゃないかな」

「だよな……」


 机の上に広げられたままになってた地図を僕は見下ろした。

始めの方は事件は寮の比較的近くで起きていた。時間帯も日付が変わって朝が近い深夜だったし、絶対に一晩に一件しか事件を起こしてなかった。けれども、ここ数回は場所はてんでバラバラ。時間帯も比較的夜も浅い時間に変わってきてるし、一晩で二人、三人が襲われてるケースだってある。

 もし犯人がすでに暴走しているなら、さっきまで整理してた場所とか時間帯もあんまりアテにならなくて、ヘタすれば今こうして話している瞬間にも事件が起きている可能性だってある。

それで犯人が捕まるだけならまだマシだ。でも、もしかしたら情報をバラされない様に事件の黒幕が犯人を抹殺してしまうかもしれない。


「時間が無いよ、ヒカリ」


 スバルの言う通り、こうなってしまえば僕らに残された時間は少ない。


「判ってるさ。だけどスバル」

「何さ?」

「時間が無いのは判ってるけど、スバルに一つ、調べて欲しい事があるんだ」


 だったら、僕の出来ることを全力で進めるだけだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 スバルに調査を依頼して電話を切り終えた時にはすでに昼休みも終盤。もうまさに予鈴が鳴ろうか、という時間で、となればすでにまともにお昼を食べる時間はほとんど無いわけで、已む無く走って自販機に向かって時間が無い時に大人気のバランス栄養食を十秒チャージするしか無かった。おかげで今は少々の腹痛に苦しんでいる。

スバルとの共通認識通り、僕らに時間は無い。だからって僕がここで東奔西走、あちこち走り回ったって何かを得られるかと言えばそうでもなく、むしろ頭の中で情報の整理を続けた方がよっぽど有意義だと思う。

とは言え、午後の授業の一発目は戦闘訓練の授業。落ち着いて思考を巡らせられるかと言えば間違いなくノーではあるけれど、深く考えずに一度体を動かすのも悪くないのかもしれない。


「それでは本日の訓練を開始する! 各自二人組を作れっ!」


 担当教官のバカでかい声がやたらと広い訓練施設内に響き渡って、僕らは各々でペアを作っていく。

今から行うのは剣と防具を使った近接戦闘用の訓練で、魔術の使用は禁止だ。

魔術師とは言っても、魔術だけで僕らは戦闘はできない。詠唱の時間に棒立ちだと魔物の格好のターゲットだし、魔術を行使するにしても魔物の攻撃を回避するだけの技術は会得しておく必要がある。実際には得手不得手があるから、積極的に剣で攻撃する近接戦闘スタイルと、回避を重視して詠唱の時間を稼ぐ遠距離スタイルに別れるんだけども、この授業に関してはそんなのお構いなしだ。

担当の教官が前衛スタイル(脳筋)なせいか、この授業中は全員に接近戦を強要して逃げに徹すると厳しい叱責やら補習やらになるからタマキみたいな生徒からはすこぶる評判が悪い。まあ、全く逆に魔術の訓練だと魔術の威力重視な生徒が有利になるから、そっちはそっちで前衛スタイルの生徒からの評判が最悪なわけだけど。どっちももうちょっと融通を効かせるべきなんじゃないかと思うけれども、双方の仲が悪いからその期待は薄い。


「今日の相手は紫藤か。宜しくな」

「お手柔らかに頼むよ」


 声を掛けてきたのは池田という、特任クラスの中だと僕らに悪い意味で絡んでくる事もないクラスメートだ。特別に仲が良いわけじゃないけれど、普通に挨拶や会話を交わす程度には良好な関係を持っている、僕らにとっては安心して接することができる人当たりの良いやつだ。良かった、悪いニュースもあったけれど運は悪く無いみたいだ。

コイツもどちらかと言えば前衛スタイルで、よく使われる熱魔術や電気魔術と言った放出系の魔術が得意じゃない。と言っても、どの魔術も平均並みにこなせる万能選手だけど。昔から剣道を習ってたらしくて、強化された肉体に加えて僕らから見たら洗練されてる攻撃はお世辞じゃなくて脅威だ。


「よく言うよ。お前の方が強いくせに」

「そんな事無いさ。僕に剣術の才能は無いからね。たまたま高い身体能力でゴリ押しするしかないんだよ」

「それが俺らにとっては脅威なんだけどな」


 そう言うや否や、柔和な笑みを一瞬で消した池田が鋭く踏み込んでくる。

手に持つ剣は、普段の見回りで使ってるプログレッシブ・ソードと同じ形で、だけれども当たっても大事にならないように特殊な衝撃吸収シートが巻かれてる。それでも直撃すれば青痣は免れないのだけれど、そういうわけで皆ケガとか気にせずにガンガン相手に当ててくる。

風を切って横薙ぎに振るわれた剣を僕は剣の腹で受ける。シートのおかげで金属同士のぶつかり合う音も無くて、些か緊張感に欠けるのは否めないけれど、痣を作るのも嫌だから受ける側としても結構本気だ。


「フッ!」


返す刀で、少しだけ力を込めて池田の手に向かって模擬剣を振り下ろした。けれども池田も読んでたみたいで剣の位置を少し変えただけで鍔の部分で受け止める。そしてお返しとばかりに今度は池田が僕の腹目掛けて蹴り上げようとしてくるけれど、僕はそれを半身だけずらすだけで受け流した。

やっぱり机の上で頭を使ってばっかりよりか、体を動かした方が気持ちいい。コウジみたいに頭よりも体が先に動くタイプじゃないと自負はしてるけれど、たまには汗を掻くのも悪くない。

軽く息を弾ませながら僕と池田は、まるで予め決められてたみたいに交互に攻撃を繰り返していく。そこには別に相手を倒そうというよりも、どちらかと言えば自分と相手の動きの確認に近い。

打ち合い始めて何合経っただろうか。打撃を含めて絶え間なく攻撃し続けたからか、段々池田の呼吸が荒くなってきてて、だというのに段々表情が好戦的になってきて攻撃先も「僕を倒そう」って意図が明確に見えてきた。


「今日こそ一撃入れてやるっ!」


 叫びながら、これまでよりも明らかに力が込められた連撃が僕を襲う。振るわれる剣の速度ははっきりと増しているのが分かるし、その一撃一撃が、食らえば意識を持っていかれかねないほどの威力を持ってる。

もっとも、僕はそんなものを体で受けてやる気もないけれど。


「シッ!」


 池田の攻撃を僕は真正面から剣で受け止める。もう終わらせよう。この限定された場では僕は強者だ。そんな傲慢を胸に、力任せに強引に池田の剣を跳ね上げた。

池田の手から剣が離れて、上空でクルクルと回って落ちてくる。カラン、と床に落ちたそれが音を立てた時にはすでに僕の模擬剣は池田の首を捉えていた。


「……参った。降参するよ。相変わらず馬鹿力だな」

「魔術が使えないからな、僕は。ただでさえ自分でも何でこの学校に在学できてるのか分かんないのに、これでこの授業でも赤点ならますます周りに何を言われるか分かんないよ」

「違いない」


 どうやら体力的にも結構限界だったらしく、池田はため息と同時に腰を下ろして両手を上げた。


「あら、そちらももう終わりましたの?」

「タマキ」

「朝霧か。見ての通り、今日も完敗だよ」

「まったく、情けない男ですわね。たまには意地でも見せてみなさいですの」

「そういう朝霧はどうなんだよ?」


 タマキの言い様に、床に座ったまま池田は口を尖らせた。

 逆に自分の方に矛先を向けられたけれど、タマキは腰に手を当てて黒い戦闘着に包まれた豊かな胸を思いっきり張った。


「負けたに決まってますわ」

「胸張って言うことかよっ!!」


 まあタマキだしな。魔術の威力なら他の追随を許さないくらいにピカ一だけど、一対一になると、相手も遠距離タイプじゃ無い限り一瞬でやられるだろうし。

僕らはとりあえず試合が終わったわけだけど、広い訓練場を見渡せば、まだ他のクラスメートたちの大半はやり合ってるみたいで、そこかしこから男女問わず気合の入った声が響いてる。

さてどうするかな。いつもならこのまま目立たない様に大人しくじっとしとくんだけど、先生受けの良い池田も居ることだし、指示を仰いでもいいかもしれない。そう思って先生の姿を探すけれど広い訓練場の中、どこを見たって見当たらない。


「職員室にでも戻ってんじゃないか?」

「でしょうね」


 ま、いいか。普段には無いやる気を出したところで碌なことにはなんないし、大人しく皆の様子を見取り稽古とでもいきますか。

そんな事を考えながらタマキと池田と一緒に壁際へと移動していた時、俄にざわめきが聞こえ始めた。僕らは揃って顔を見合わせて渦中へと視線を向けた。


「――ユキヒロ?」


 その中心にいたのはユキヒロだった。



お読み頂きましてありがとうございました。

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