1-24 monster
今回は考察回。
そろそろ派手な戦闘シーンが恋しい春のひととき。
結局その日はそこまでの話で解散となった。(主にはいい加減コウジが眠くて機嫌が悪くなった事が原因だ)
改めて整理すると、コウジと霧島さんが自衛隊の内部から色々と探っていく役割を請け負ってくれて、特にコウジは仮にも英雄だから国に対してもそれなりに顔が効くワケで、政治的な面でも情報を引き出していこうとしているみたいだ。もっとも、搦め手やら根回しやらがコウジは嫌いだから一点正面突破しかしないし、本人もそこら辺はどうやら自覚があるらしく「あまり期待しないでいてくれ」との事だ。もちろん最初から僕もスバルもそこは期待していない。
スバルは予定通りお金の流れやらを辿っていくらしい。たぶんスバルが一番大変かつ難しい仕事を請け負ったと思うんだけど、数日経った今になって様子を聞く限りはどうやら普通にこなしてるみたいで、僕としてはスバルの能力の高さに尊敬してしまう。
ユキヒロとタマキは、学校の授業が終わってから寝るまでの間だけスバルの手伝いをしている。具体的な内容は知らないけれどコウジたちやスバルがどこぞで仕入れてきた情報を整理したりだとか、パソコンを使って数字データを整理したりしてるらしい。タマキはともかくとしてユキヒロは普通にコンピュータの取り扱いもできるからきっとさぞ役に立ってるに違いない。逆にタマキはパソコン作業になるとてんでダメで、ユキヒロはバイトもあるから抜ける事も多いから最初はタマキが代わりに手伝ってたみたいだけれども、逆にパソコンからピープ音を出しまくったりフリーズさせたりと足を引っ張ってばかりな結果、スバルからパソコン禁止例が出たとはこの前聞いた話だ。
「ただマウスをクリックしてるだけですのに、どうしてこうなってしまうのかしら?」
世の中にはデジタルと相性の悪い人間も居るもんなんだな、とつくづく思う。
そんなわけで、そういう時は軽食を作ったりだとか付近の見回りをしてるって聞いた。個人的にはタマキが料理ができるのが意外だったんだけど曰く、「古今東西、子供の興味を引くのは美味しいお菓子ですわ」との事だ。そのスキルをぜひとも少女の誘拐なんかには使わないままでいてくれることを切に祈る。
さてさて。
昔にアチコチを歩き回ったとある人は「月日は百代の過客にして光陰矢のごとし」と述べているけれども、まったくそれは事実だと思う。僕らがそれぞれの仕事に取り掛かって瞬く間に三日が経過して、けれどもまだ何か進展があったという話は残念ながら聞いていない。 まあまだたった三日だ。それだけの時間で成果を出せるんなら苦労はしないし、もう少し長いスパンで結果を待つべきだとは思う。
けれども、残念ながら状況はそれを許してはくれないのも事実で。
未だに事件は起き続けてるし、警察や自衛隊も見回りは行ってるはずなのにむしろ事件の頻度は増加傾向だ。一昨日は一日で複数件起きてしまった。この間も、また魔技高の生徒が襲われたらしく、幸いにしてドッペルゲンガーを持たない就技コースの生徒だったから軽傷で済んだのだけれど、夜間の外出は極力控えるようにとのお達しがとうとう学校から出るに至った。
ユズホさんも、イチハのおかげで容態は安定してるし、更には榛名さんのおかげで他の被害者も以前よりは亡くなるまでの時間は伸ばせてるらしいんだけれども、それでも非常に残念な事に命を落とし続けてる。
そんな状況だっていうのに僕はと言えば、何かに囚われたみたいに動けないでいる。スバルたちの手伝いもせずに紙の上に散らばった情報とにらめっこして考え続けているけれど、何か新しい発見があったか言えばそうでも無くて、毎日ため息ばかりが増えていく。ヒラメキの一つも起きないし、ホント自分の使えない頭が憎らしい。そう嘆いてまたため息が一つ。幸福が逃げていった。
今も授業中にも関わらず教師の話そっちのけでノートに思いつくままに事件の事を色々と書き込んでいるけれども、さっきから同じ事ばかり書いたり消したりを繰り返すばっかりで政治家の牛歩も真っ青な進み具合だ。
「はあ……」
意識せずにまたため息が漏れてしまう。ガシガシと頭を掻きむしったところで頭皮が若干痛みを感じるだけでアイデアが浮かんでくることもない。
一旦、一息入れよう。HBの鉛筆をノートの上に放り出して周りから注目を浴びない程度にため息吐いて、そして机に肘をついて組んだ両手の甲に顎を乗せて教室を見渡した。
僕の席はこの間あった席替えで窓際の後ろから二番目に変わった。陽光が窓から差し込んできて、いい加減暑くなってはきたけれど窓を開ければ時折涼しい風が吹き込んできて汗ばみかけた額に涼を与えてくれる。そんな場所からクラスメートたちの様子を伺ってみれば、どうにも皆やる気が無い。さすがにしゃべってる奴はいないけれども、授業とは関係ない本を広げてたり、一人勝手に別の教科の教科書を広げて自習してる奴もいれば、携帯を堂々と広げてポチポチと操作している女子もいる。かと思えば机に完全に突っ伏してよだれを垂らしながら寝息を立ててるやつだっている。
この光景は今に始まった事じゃないし、この魔素技術概論の授業に限った事じゃなくて座学全般に共通の風景で、その理由を問われれば、それは取りも直さずクラスの人間がみんな優秀過ぎる事に尽きる。
魔術師の知能レベルは総じて高い。そしてその傾向は若い人ほど強いという統計がこの前にも発表されていたけれど、どうもそれは事実らしく、たぶん今教壇でしゃべってる先生よりも魔技に関する理解力は高い。だからこそ授業を聞かなくても皆教科書を読めば理解できるし、むしろ先生の授業を聞くよりも自分で自習したほうがずっと効率が良いと思ってるし、実際きっとそうなんだろう。ヘタをすれば教師よりも知識は豊富だし、ユキヒロも今こっちを向かずに黒板に向かって走ってる先生よりも色んな事を知ってる。だとすれば、授業を真面目に聞く気も起こらないのもむべなるかな。
先生もすでに諦めてるらしく、特に騒いだりしない限りは注意もしない。だからこそ座学の先生はちょくちょく実技の先生に見下されたりするんだろうけれど、それに関しては僕は閉口しておこう。
で、クラス中を何気なく見回してタマキの姿を認めれば、アイツもアイツでクッションを抱き抱えて幸せそうな笑顔を浮かべて爆睡中。ユキヒロも、普段はクラスでは珍しく真面目に授業を聞いてるけれども、やっぱり日々の手伝いで疲れてるんだろう、今日は時折舟を漕ぎながら必死に眼を擦ってる。さすがに毎日数時間の睡眠じゃ体力的にキツイよな。そんな感想を抱きながら僕も気が緩んだのか、ついあくびが出てしまう。
視線を少し後ろに向けると、ユキヒロの後ろのスバルの席は、この三日間ずっと空席のままだ。きっと今もパソコンや紙の資料に向かって頑張ってるに違いない。ならば僕ももう少し頑張ってみなければいけないだろう。スバルを早く楽にさせる為にも。
気を取り直して僕はもう一度鉛筆を手に取り、眠気を存分に誘発してくる教師の講義の声をBGMにノートに向き直ってみる。
まず、僕が持っている情報は大きく分けて三つ。事件が行われた場所、犯行時刻、そしてボンヤリとした犯人像だ。
犯人像に関する情報はとても少ない。これほど何度も犯行が行われて、被害者も多いにも関わらずだ。
判ってるのは人型タイプの魔物で、身長は――この場合は体高とか体長と言うべきだろうか――一七〇センチくらい。体躯としては細身であって、犯行時に黒いフードを被っていて容姿そのものははっきり確認されていない。
複数種類の魔術を使うことが最大の特徴で、ユキヒロが調べた結果でも僕が改めて防衛省の公開されているデータベースで調べてみた結果でもそんな魔物は存在していなくて、だから今のところ新種の魔物である説が有効、とはユキヒロと僕の共通した意見だ。
フードを被って姿をキチンと確認させないところから少なくとも人と同じくらいに知性があるだろうし、だとすれば高位の、それもかなり上位に位置する魔物だろうとはユキヒロの見解で、霧島さんやスバルも同意していたけれど、僕も同じ意見だ。
でも、だとすればかなり大きな特異点が発生した事になる。魔物が異世界から来る場合、纏う魔素の量が多い――つまりは高位の魔物になるほど通ってくるのに必要な特異点のサイズは大きくなければならないはずだ。
初めて特異点が発生した十数年前ならいざしらず、今は小規模な特異点は別としてある程度大きな特異点であるなら各所に設置されたセンサーによって検知されるシステムが開発されている。にもかかわらず、ここ最近でそんな高位の魔物が通過できるような特異点は観測されていないのは公の発表でもそうだし、霧島さんやコウジに確認してみても同じ答えが返ってきた。であるなら、センサーが設置する前に発生した特異点でコチラにやってきたということだろうか。だとしたら、今まで大人しくしていてここに来て急に暴れだしたのは何故だろうか。
何故、という点で言えば、どうして犯人が獏、という噂が出てきたんだろうか。
被害者のドッペルゲンガーを奪う、という事実の連想ゲームから精神魔術が得意な人型の魔物である獏へと繋がっていっただろうことは僕らも思いついた事ではあるけれども、それにしたっていささかピンポイントすぎやしないだろうか。僕も調べてみて初めて分かったのだけれども、人型で精神魔術が得意な魔物はそこそこ居る。その中で獏は個体数も少なくてかなりマイナーな種類だ。もっと疑うべき魔物が居るにも関わらず、他の魔物の名前は殆ど上がらず獏にだけ向かって容疑が掛けられていた。まして、獏は精神魔術以外はほぼ使えないから犯人像とは異なるというのに、だ。噂とはいえ、そこに何か恣意的な物が感じられてしまう。
「コウジにも霧島さんにも獏の情報が流されていたよな……」
自衛隊なら動く前に犯人の情報を精査しているはずで、でも指示の内容は違えども獏の動向に注意が払われていた。そしてコウジと霧島さんに異なる指示が出されているという事実を踏まえると、やはり自衛隊もしくは自衛隊に顔が効く「人間」も絡んでいる、ということだろう。これまた噂レベルではあるけれど、高位の魔物は人間と契約を結ぶことがあるとはよく聞く話だし。
「……待てよ」
そこでふと気づく。
「どうして……」
どうして僕らは魔物が犯人だと決めつけてるんだ?
夜間には魔物が多く蔓延っていて犯行も夜間に行われている。ドッペルゲンガーを奪う、という所業は到底人間にはできない事で、だからこそ人間を害する魔物に疑いの眼が向くのは当然の流れだとは思う。
けれど、だ。ノートに書き殴った情報を見なおしてみる。
高度な知性。魔物としては今までに無い、複数の魔術を使うという特徴。疑われる人間側の関わり。そして、人型。僕はガリガリと頭を掻きむしった。
どう考えたってこれは。
「人間の仕業じゃないか……」
情報が少なかった事件発生当時ならいざ知らず、ここまで情報が出揃うと魔物の犯行というよりも犯人は人間であるとしか思えない。いや、当然疑ってかかるべきだったんだ。特異点も発生してないし、人間だったら一七〇センチくらいは極めて平均的だ。複数の魔術だって魔術師なら極普通に使える。高度に複数魔術を使えるし、一般人よりも遥かに強い魔術師が主に襲われてる点から、かなり優秀な魔術師が犯人だとすれば辻褄は合う。
当然人間にドッペルゲンガーを奪う真似はできないけれど、でもそれは「魔術を使って」だ。魔素技術は未だ発展途上で、この間にも榛名さんからドッペルゲンガーを可視化する装置を見せてもらったばかり。もし、秘密裏にドッペルゲンガーを奪い取る技術が開発されていたとしても不思議じゃないし、新種の魔物の存在を疑うよりもよっぽど信じられる。
不意に蘇る、先日のイチハとの邂逅。その時、アイツは思考操作をしてユキに責められていたっけ。
思考操作。思考誘導。何故、今まで犯人が魔物だと思っていたのか。ここまで人間の存在が疑えるのに、どうして誰一人としてその事を提起しなかったのか。
「操作されていた、としたら……」
だとすれば納得できる。誰か――恐らくは犯人――によって犯行が魔物であると思い込むように思考が誘導されていたなら、どれだけ調べようとも絶対に犯人には辿りつけない。そもそもの前提条件が外れているのだから、調べられようがない。
思考操作は別にイチハだけの能力じゃない。情報魔術の一つとして――不明にも僕は知らなかったけれど――扱いは小さいにしても存在は確かに教科書にも記載されている。もっとも、並の魔術師では誰にも気付かれずに魔術を掛けるなんてこと、不可能に近いのだけれど。
であるならば、犯人はかなりさっきも考えた通り高度に情報魔術、それも精神魔術を行使できる程に優秀な魔術師ということになるんだけれど、もう少し犯人像を絞れないだろうか……
頭を捻ってみるけれど、まあ、そう簡単に何かが浮かぶわけもない。
「仕方ないか……」
一旦犯人像の考察から思考を外して、頭をあまり使わない作業を進めることにする。
机の中から何枚かの地図を取り出して机の上に広げた。
これは寮を中心とした広域の地図で、今までに発生した事件の現場と時間を昨日までの間にマッピングしてみたものだ。何枚もあるけれど地図自体は同じ。そして今日はもう一つ、霧島さんから教えてもらったばかりの、自衛隊の捜査班が見回っている場所を日付と一緒に書き込んでいく。
更に捜査班の位置を中心にして円を描く。魔術師である捜査班の移動速度は時速約四〇キロメートル。事件発覚から連絡が届くまでおよそ十分と仮定して、半径七キロの円を書き足していく。
「これは……っ!」
その結果を見て僕は息を飲んだ。
事件はほとんどが寮を中心にして半径三〇キロの範囲で発生している。それだけでも驚きだけれど、それはすでに昨日の内に済ませた。
問題は、捜査班の位置をピンポイントで避けて事件が起きてる事だ。
描かれた捜査班の円。それで地図の上の大部分が塗りつぶされている。けれどもホンの数キロメートル四方だけポッカリと空いた空白のスペース。その中心に事件の発生を示すプロットがあった。
間違いない。犯人は、確実に捜査班の位置を把握している。それがいかなる手段でそうしているかは分からないけれども、恐らくはGPSの様な物で常に捜査班の動向を常に監視している、もしくは監視しているものから情報を受け取っているのか。
あるいは。
「捜査班自体もグル、という可能性は……?」
参加している捜査班の数を数えてみる。その数を日付と一緒にノートにまとめていくと、そこに僕は違和感を覚えた。
おかしい。自衛隊で捜査班が組まれてからも事件は発生している。捜査を嘲笑うかのように――実際に嘲笑ってるんだろう――捜査班が居ないエリアを狙って事件は発生しているのに、全く捜査班の数が増えていない。
普通であれば事件を防げなければ多少無理してでも人数を増やしていくはずだ。ただでさえメンツを潰されている形だ。まだ事件は公表されていないけれども、こうまでバカにされているなら威信に掛けてでも、何としても犯人を捕まえようとするのが普通のはずなのに、まるで犯行を黙認してるかのように、形式だけ取り繕ってるみたいに犯人を捕まえようと努力している様子が見て取れない。
やっぱり間違いないだろう。事件は犯人の単独犯じゃなくてそれを支援している組織が――確実に自衛隊内部にそのグループが居る。犯人が人間だろうと魔物だろうと関係なく。
きっと、予想通りに獏の失踪、自衛隊内部での指示の齟齬、そしてこの事件は繋がっている。となれば相当に相手は強大だし、コウジや霧島さん、特にコウジの地位が事件解決のキーになるだろう。それと同時に、全て繋がっているのならば、どこかから少しでも綻びがあればそこからずっと辿っていけるはずだ。犯人が単なる末端だとも思えないし、犯人を捕まえる事さえできれば後は芋づる式に次々と真実が明らかになってくれるかもしれないし、リンシンのご両親たちについても見つかる可能性はある。
「ふぅ……」
集中していたせいか眼に少し疲れを覚えて目元を揉みほぐす。そして他に何か理解る事は無いかって思って、日付別に位置情報がマッピングされた地図を何枚も見比べていく。そこで僕はふと思い立って、自衛隊だけじゃなくて僕らの捜索位置についても付け加えてみた。
「……え?」
思わず声が漏れた。さして大きい声では無かったはずだけれど、隣の席の子がコッチに視線を送ってきたので、僕は右手を顔の前に持ってきて口の動きだけで「ゴメン」と伝えた。
改めて地図の方に向き直って見なおしてみる。
自衛隊の捜査班の位置を示す赤丸とは違う、ただの黒鉛筆で塗り潰して示した僕らの位置。そして、青丸で描かれた事件の位置。その二つは寮を隔ててほぼ正反対にあった。どの地図でも、僕らが寮から西へ向かえば東側で事件が起き、北へ向かえば南で事件が起きている。
これが示す事実は、恐らく。
「犯人は僕らを避けている……?」
であるならばどうして。僕らと万が一にも遭遇しては困るのか? それとも単なる偶然なのか。いや、これだけ何度も位置関係が真逆であるなら、偶然じゃなくて必然と考えるのが適切だろう。
とすれば、真っ先に思い浮かぶ可能性は。
「犯人を、僕らは知っているのか?」
途端に僕の背筋を這い上がっていく寒気。一気に鳥肌が立って、窓から入り込む風がやたらと寒く感じる。
犯人が顔見知りかもしれないという推測。まだそう判断するには根拠は薄い。
だというのに、それがまるで真実であるかのように確かな存在感を持って僕の胸中を締め付けていく。
「まさか、まさかね……」
半笑いになった僕の口からは、一笑に付すべきだと言わんばかりにそんな呟きが漏れた。
それと同時に授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いて、小さな呟き声はかき消されてしまった。
お読み頂きましてありがとうございました。
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