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1-23 リ(裏)・スタート

キリの良いとこまで載せようと思ったら長くなりました。

そのくせ話はたいして進んでません。



 さてさて、世の中いくら新しい技術や概念が発明されて、いかに魔素技術が発達しようとも時の流れは変わらないわけで、例えどれだけ高速で移動して相対的に時間の流れが遅くなろうとも確実に時間は過ぎていく。で、時間が過ぎれば当然週末は巡ってくるわけで。

つまりは今日は一週間ぶりの休日であるわけで。

 昨日はイチハ(犯罪者)と一緒にお巡りさんに追われながらアキバの町を逃げまわったり、なんとかユズホさんへの対策の協力をイチハから取り付けられたりと、まあ、思い返してみれば中々に激動の一日だったわけで。だけれども、とりあえずはユズホさんの危機を脱して気が抜けたからだろうか、昨晩の見回りを終えた後は――結局まだ犯人は見つけられなかったけれども――いつになく深く眠ってしまったんだろう。いつもだったら物凄く、それこそ息をするのも億劫でこのまま一生目覚めなければいいのにと願うくらいには起きたくないのだけれど、今朝はずいぶんと気持ちの良い目覚めだった。カーテンを開ければ何ともまあ爽やかな朝日が差し込んできて、このまま外に向かって歌い出したいくらいだ。いや、絶対にそんな事はしないけれど。

そして休みの日だからって実際に僕らにのんびりと寝ている暇は無い。

いくらユズホさんが即座に命を落とすような事態は避けられたからといって、このままだと彼女の回復は見込めない。彼女の家族は未だ消沈したままだし、不安に駆られた毎日を過ごしてる。必死に僕なんかにお願いしてきた彼女の妹さんのお願いを叶えるためにも、僕自身が彼女の役に立つためにも一日も早く犯人を捕まえる必要がある。そこには、僕らを学校の皆が見直してくれて、僕だけじゃなくてスバルやタマキ、ユキヒロに、これまでみたいに侮ったりするのを止めて適切な評価を下してくれるんじゃないか、という期待という名の打算もある。そうすればきっと、もう少し教師陣も真面目に僕らに魔術や体術を教えてくれるようになるんじゃないか。少なくとも偏見は収まって、今より毎日が過ごしやすくなるし、僕自身ももっと誰かの役に立ちやすくなってくれるに違いない。


「さて、と」


 時計を見てみれば、机の上に置かれたアナログ式のそれは午前七時過ぎを指していて、平日だったら比較的薄い入り口のドアから廊下の喧騒が聞こえてくるのだけれど、休日だからまだみんな寝てるんだろう。物音一つしないでどこまでも静かだ。

どうしようか。ぐっすり眠ったせいか個人的には体力の消耗も無くて健康そのもの。気分も珍しく晴れやかだし、早速何か行動を起こしたいところだけれど、さすがにまだスバルもユキヒロも寝てるだろうしな。普段寝る間も惜しんで夜中に歩きまわってるわけだし、ユズホさんの危機を脱した今日くらいはゆっくり寝かせてあげた方がいいのかもしれない。


「起きたかにゃ?」


 カラカラ、とサッシが開く音がして振り返れば、朝の散歩にでも行ってきたんだろうか、ユキが優雅な足取りで部屋の中に入ってきて、そして器用に両方の前足を使ってご丁寧にも窓を閉めていた。


「気分はどうにゃ?」

「近年稀に見るほどに快適だよ。新しい自分に生まれ変わったんじゃないかと思うくらいに」

「三ヶ月前くらいにも同じこと言ってたにゃ」


 そうだっただろうか。どうやら僕の脳みそは生まれ変わっても適当な作りをしているらしい。残念なことだ。


「それよりも、ついさっき携帯が鳴ってたにゃ。確認しなくていいのかにゃ?」


 ユキに言われて枕元に眼を遣れば、寝る前にそこに置いてた、充電器に接続された携帯のランプが光っていて着信が有ったことを示していた。普段は自分からメールを送る事も殆ど無いから誰かから連絡が来ることも殆ど無いし、ましてこんな朝早くからなんて今まで何回有っただろうか。

一体誰からだ、と思いつつも折畳式のそれを開くと、着信先が示す人物は意外な相手だった。


「コウジから?」


 本当に珍しい。時間を考えるにたぶん夜間の見回り兼事件の犯人探しが一段落ついた頃だとは思うけれど、僕に何の用だろうか。

着信マークを選択してコウジの携帯に折り返す。すると、僕から折り返してくるのを待ち構えてたんだろうか、と思うくらいにすぐにコール音が途切れた。


「あぁ? ヒカリか?」


 その割には僕の声を聞いても疑問形だ。ずいぶんと声も眠そうで機嫌も良くなさそうだな。


「うん、おはよう。どうした? こんな朝早くから。何かあった?」

「朝早ぇのは仕様だ。仕事終わりだかんな。ンな事よりだ、今からこないだのファミレスまで出てこいよ」

「え?」

「スバルとかお前のダチの、なんつったかな、あの女とかもみんな連れて来いよ。一晩中動き回ってこっちは疲れてんだ。さっさと来ねーと俺は寝るからな。じゃあな」

「ちょ、ちょっと待てよ! コウジ!」


 一方的に用件とも言えない用件を伝えてきて、僕の呼び掛けが届く間もなくプツッと電話は切られた。耳に押し当てた携帯からはプープー、と電子音が虚しく響いて、僕としては頬を掻きながら携帯のモニターを見るしか出来ない。

さて、一体何の用だろうか、と考えるけれども僕だけじゃなくてスバルたちも連れて来いって事は、多分用件はこの前の夜に去り際に話していた件についてだろう。しかし、だからってもう少し言い様はあるものだとは思うけれども、これがコウジだから仕方ない。


「とりあえずスバルたちを起こすか……」


 急がないとな。コウジは待たされるの嫌いだし、疲れてるだろうから待たせると殴り飛ばされかねない。コウジに殴られたら冗談じゃなくて本当に死活問題だし。

今日もまた忙しくなりそうだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「おせーんだよ、ヒカリ。ちゃっちゃと来いっつっただろが」


 朝っぱらから一方的に呼び出してくれたコウジは、僕らの姿を認めるやいなや開口一番にそんな憎まれ口で出迎えてくれた。

休日の早朝のファミレスは、当然といえば当然だけどお客さんの姿は殆ど見えない。それなりに店内は広いけれど、入り口からはコウジたちの他に一晩中過ごしたんじゃないかっていう学生三人組が一組に、これから出勤なのかそれとも仕事が終わったのか、少しくたびれた様子の中年のオジサンが一人座ってるだけだ。外の爽やかな空気とは裏腹にどうにも淀んだ雰囲気。そんな中で声を掛けてきた、夜通し働き続けたらしい大学生っぽい店員さんにも覇気が無い。

その空気は店内の人間の共通項らしく、手招きしてくるコウジもまた眠そうな様子で、それでいてテーブルの上には大量に食い散らかされた皿や鉄板があるのだから大したものだと思う。


「悪いね。これでもかなり急いだんだけど」


 悪態に悪態で返しても仕方がない。こんな気持ちのいい朝にコウジに撲殺されるのはゴメンだ。この前殴られた腹の痛みはまだ忘れるには早過ぎるからな。


「すまない。寝る前にどうしても三佐が話しておきたいと仰るので」

「霧島さんが謝る必要はありませんよ」


 コウジの隣に座った霧島さんが申し訳無さげに頭を下げてくるけど、別に霧島さんが呼び出したわけじゃあるまいし、気にする必要なんてないのに。相変わらず苦労性さを感じさせてくれて、少し同情してしまう。


「朝っぱらいったい何なのさ~? せっかくいい気分で寝てたのに」


 ボサボサの寝ぐせを盛大につけたスバルが殆ど開いてない眼を擦る。スバルの寝起きは普段からかなり悪いし、今日が休日なのにかこつけてたぶん明け方近くまで起きてたんだろう。珍しく不機嫌そうにコウジを睨みつけてコウジの向かいに座るけれど、文句を言いながら重い頭は重力に逆らえずに盛大にテーブルに頭を打ち付けた。

更に寝起きが悪いのがタマキで、何とかタマキの隣室のクラスメートにお願いして寮の外まで連れてきてもらったけど、彼女を迎えに行った時には立ったまま寝るという珍しい特技を披露してくれていたし、ここまでの道中ずっと寝っぱなしだった。今もユキヒロの肩に荷物みたいに担がれたまま静かに寝息を立て続けてるし。一応格好は制服になってるけど、いったいどうやって着替えたんだろうか?


「お前はいい加減起きろ」

「ぷぎゃ!」


 さすがのユキヒロも痺れを切らしたらしく、荷物(タマキ)をソファに放り投げてタマキが頭から突っ込んでいって悲鳴を上げた。その時にスカートが捲れてデフォルメされたネコの絵がプリントされたパンツが見えたけれど気にしない。とりあえず後でそろそろ違うパンツにランクアップするよう忠告だけはしておいてやろう。


「染矢・ユキヒロ、だったか。テメェも中々いい性格してんな」

「英雄殿に名前を覚えて頂けてるとは光栄ですね」


 コウジに対して臆する様子もなくユキヒロはタマキの尻を奥に押し込んでその隣に座る。六人がけの席の残っている席は霧島さんの隣しかないので、僕は霧島さんに小さく会釈をしてそこに腰を下ろした。


「イチハには会ったみてぇだな」

「うん。だいぶ振り回されたけどね。何とかユズホさんの事も、解決とまではいかないけど最悪は脱したし、正直どうしていいか行き詰まってたから助かったよ、ありがとう」

「礼なんぞすんじゃねえよ。こっちがいつまで経っても犯人を捕まえられてねぇ無能さが原因なんだからな」

「それでも、だよ」


 そりゃ早いところ犯人が捕まってくれてたらユズホさんも被害に会わなかったかもしれないけれど、そのことで今更コウジを責めても仕方ないし、別にコウジが悪いワケじゃない。悪いのはどこまでいってもあくまで犯人であって、コウジにはユズホさんを助けてもらう手段を提示してくれたんだから感謝するのは当然だ。


「ヒカリから少し事情を聞きましたけど、その犯人に関して話したい事があるという認識で宜しいですか?」

「ああ。つっても、直接犯人に関する情報じゃねえけどな」

「この前仰ってました、上司の方にお話を伺ってきたのではなくて?」


 どうやら眼が覚めたらしいタマキが、幾分まだ眠そうな眼を擦りながら尋ねた。話が事件に関する事だと分かったからか、スバルも眼を瞬かせながら体を起こして聞く体勢に入る。


「その話だ、朝霧・タマキ。けどな、その前に確認だ。

――お前ら、これ以上事件に首を突っ込む覚悟はあるか?」


 突然、コウジは細い目で睨みながら僕らにそんな質問を投げかけてきた。そのぶっきらぼうな口調は、コイツの事をよく知らない人間からしてみればさぞかし不機嫌に見えるだろうけれど、よく知る僕にしてみればどちらかと言えば穏やかで、こっちを気遣ってるみたいだ。でもそれと同時に何だか重苦しくて、その気遣う様子がこれから話す内容の重大さを醸しているような気がした。


「どういう事、ですか?」


 それは僕以外のメンツにも伝わったみたいで、尋ね返すユキヒロの口調にも幾らか緊張が混じっていた。


「今から俺がやろうと思ってることは正規の捜査とは関係ねぇ、一歩間違えりゃお前ら見てぇな単なる学生なんぞ消されてもおかしくねぇ事だ。少なくともこれからの人生にとんでもねぇ影響を及ぼしかねねぇくらいにはヤバイ。どんな軽くても退学にはなるだろうしな。だから、これから話す内容は聞いたら引き返せねぇ。それでも構わんっていうんなら俺も止めやしねぇけど、まだ引き返せる。だからどうするかと思ってな」

「……ここで引き下がった場合はどうなるんですか?」

「どうもしねぇよ。後は俺らにケツ拭かれんのを待ってりゃいいだけだ。俺とお前らには金輪際何の関係も無くなる。まあ、テメェらの仲間が巻き込まれてるからな。結末ぐれぇは霧島に伝えさせるがな」


 つまりは、ここで全てをコウジたちに任せても良し、危険を承知で関わり続けるも良し、か。

自分の身の事だけを考えるなら僕らはこれ以上は身を引くべきだと思う。危急の事態は脱したワケだし、後は全て、とは言わなくてもコウジ(専門家)に委ねても誰も文句は言わないだろう。僕らはあくまでまだ学生であって、魔術師としての力以上の事は何も持っていない。ユズホさんの事があるから、完全に身を引いてはしまえないけれど、犯人探しとは別のアプローチを試みても良いし、まだ危険ではあるけれどこれまで通り夜の町を巡回してもいいとは思う。ただしその場合、現在の袋小路の状態に留まり続ける可能性が非常に高いわけだけれども。

きっと、今コウジの頭の中にある話は僕らの領分を超えている。これまでも越えてはいたけれど、それを遥かに超える領分の話だ。だから、スバルもタマキもユキヒロも、ここからは話を聞かずに帰るべきなんだと思う。

でも。


「アナタがやろうとしてることが上手くいけば、ユズホは元気になりますの?」


 僕の友人はみんなバカだから、決して退かないだろうと僕は確信してしまっている。


「……確証はねぇな。あくまで俺がクセェと思ってるだけだ。とはいえ、叩けば十中八九何らかしら埃は出てくるだろうとは思ってるけどな」

「少なくとも街中を探し続けるよりかは、犯人に行き着く確率は高いわけですのよね?」


 タマキの問いに、コウジは黙って頷いた。


「なら、答えは決まってますわ。

――ぜひ、聞かせてもらいたいですの」

「……ま、そう言うだろうとは思ってたがな。霧島と違って俺は他人のケツを進んで拭いてやるほどお人好しでもなけりゃ、ヒカリのバカ野郎みたいに他人の不幸に首を突っ込んでやるほど人間辞めてねぇ。何があっても自己責任だ。そこを忘れんじゃねぇぞ」


 ひどい言われようだ。ただちょっと誰かの役に立ちたいだけで、別に他人の不幸に関わってるわけではないんだけど。


「分かってますわ。ワタクシは自分で決めましたの。そこを人様のせいにする程落ちぶれてはいませんわ」

「……本当にいいのか?」


 霧島さんが尋ねる。タマキを捉えるその視線には幾許かの厳しさと、大人として危険から遠ざけようとする優しさが見え隠れしてる。その心配はとても有難い。


「ええ。構いませんわ。他ならぬユズホの為ですもの」

「しかしだな……」

「仰りたいことは分かりますわ。けれど、何があろうとももう決めてますの、ワタクシは」


 霧島さんが何を言おうとも、タマキはきっと変わらない。何故ならそれがタマキだから。一度決めたら途中でブレないし、タマキの想いは本物で、彼女だけの他の誰にも侵すことの出来ないものだから。

――そして、それは借り物の想いで生きている僕には無いものだ。


「君たちもいいのか?」

「俺も構わない。ここまで来て最後は人任せっていうのは性に合わないしな」

「ボクも構わないよ。どうせコウジだけだと力任せの行動しか出来ないだろうし、最初っからボクは巻き込むつもりで呼んだんでしょ?」

「よく分かってんじゃねえか」


 タマキに続いてスバル、ユキヒロの二人も同意の声を上げると、コウジがニヤリと笑った。それを見て霧島さんは軽く瞑目して、それ以上意思を尋ねる事はしなかった。

であるなら僕としても当然反論の言葉は無い。本音としてはあまり危険に関わってほしくはないけれど、僕の考えだけでスバルたちの意思を曲げさせるのは、それこそ僕の本意では無いし、それに僕としても今以上に誰かの、この場合はユズホさんやコウジたちの役に立てるのだとしたら、それこそ退く理由なんて無い。

 いつの間にかコッチを見ていたコウジに向かって、僕も大きく頷いて同意を示してやる。するとコウジは何故だかチッと舌打ちをして、けれどもすぐに僕から視線を外してスバルたちに向かって口を開いた。


「なら俺が言う事はねぇ。これから何をするか、心して聞いてろよ?」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 僕らと出会ったあの晩、コウジはどうやら宣言通り上司の元に赴いたらしい。

コウジたちが所属する部署は主に魔物に関して取り扱ってるから基本的に夜勤であり、それは立場が多少偉くなったからと言って変わらないらしくて、だからその上役に当たる隊長という名の中間管理職さんも通常通り夜中に事務仕事に勤しんでいたみたいだ。

で、それが彼の不幸でもあったわけで。

到着するや否や、コウジはその上司が仕事をしていた個室のドアを盛大に燃やし尽くしてやったらしい。後で霧島さんが確認したところ、そのドアらしきものは跡形も無くなって、部屋の中には灰だけが撒き散っていたとの事だ。


「問い詰める時は最初が肝心だからな。特に小心者を追い詰めるなら尚更だ」


 強面の顔で凶悪にコウジは笑ってるけど、さぞかしその上司さんは驚いたことだろうと思う。仕事してたら突然部下にドアを灰にされるとは夢にも思ってなかったに違いない。まあ、コウジを謀ろうとした時点でそうなるのは予想しておくべきだろうとも思うけれど。


「いや……三佐に部屋を焼かれるのも今年で五回目なんだ」


 どうやら月一ペースでコウジは部屋を焼いてるらしい。お前はいったい何をやってるんだ。

その上司さんはどうも武力よりも人当たりの良さと事務能力で部隊内を渡り歩いてきたらしく、コウジ曰く「小心者」らしい彼は、本来ならコウジに知らされるべきでない「need to know」な情報を度々脅されて渡していたとの話だ。

上司と部下という立ち位置ではあるけれど、方や代わりの居る凡百な人間で方や世界に名だたる英雄様だ。コウジの後で上司の部屋に行くと、必ず燃やされた何かと泣いているその上司の姿が目撃されるというのが部隊内での「日常」であるというのは霧島さんの弁。毎日机の引き出しから胃薬を取り出している姿がなぜだか容易に想像できた。

それはさておき、コウジの話を聞きながら、僕の記憶力は残念なものではあるので頭の中で事の流れをもう一度整理していた。

話の齟齬が決定的になったのはリンシンたち「獏」の取り扱い。次々と姿を消していく獏たちに対して霧島さんたちは「要観察・保護」指示を受けていたのに対し、世の英雄で世界から畏怖と尊敬を受けているはずのコウジが聞かされた命令は「捕獲」。それも生死問わずで、だ。

上から下への情報伝達が行われる途中で話がネジ曲がって伝わった、と考えるには余りにも重大で正反対の指示。その真実を問い詰めにコウジが一人上司の元へ突撃していった、というのがおおまかな流れだったはずだ。


「とまあ、いつも通りあの野郎とちょいとばかりお話(・・)して隠そうとしてる裏の事情を聞き出してやろうと思ってたんだがな……」

「上手く行かなかった、ですの?」


 コウジは顰め面で言葉を濁した。タマキがその続きを推測し、コウジは「ああ」と短く相槌を打った。


「どういうわけだかな。大概はちょっとばかし机を叩き割ったり、アイツの髪を少しばかし焦がしてやったらションベンちびって泣き叫びながらペラペラ喋ってくれるんだけどよ、今回ばかりは顔面涙と鼻水まみれでガタガタ震えてるクセに何をやっても喋りやがらねぇ」

「……前も言いましたけどやりすぎないでくださいね。後片付けが大変だって秘書官が泣いてましたよ」

「殺しちゃいねぇから大丈夫だろ。溶けたスチール製の机に触って火傷はしてたくらいだしな。まあ、終いにはコイツのスイッチを押す事も示唆されたがな」


 舌打ちしながらコウジは首に巻かれた爆薬付きのチョーカーを撫でた。


「そこまでされても喋らないって事は、コウジよりも怖ぁい人が後ろに居るって事だね」

「だろうな。だが、否定もしてないんですよね? なら間接的ではありますが、裏で何か公にできない事が動いてるって事の証拠にもなりますね」

「そういうこった。おまけに最後にこんなモンまでよこしやがったしな」


 そう言ってコウジはポケットからクシャクシャになった紙切れをテーブルの上に放り投げた。スバルがそれを丁寧に伸ばして、中身を見た途端に「何これ?」って疑問を口にした。


「魔素エネルギー庁が金を出してる民間組織のリストだ」


 僕も身を乗り出して、スバルが持ってるリストをのぞき込むと、そこには書いた人物の性格が理解る、細かくて丁寧な字で小さな紙片にビッシリと研究所の名前が並んでた。その内の幾つかは特に有名な組織で、何度かネットのポータルサイトのニュースで見かけた事がある。適当な僕の記憶が確かなら、ついこの間も何か新しい魔素技術の開発に成功したとかで少し話題になってたはずだ。


「君らなら知っているだろうが改めて説明する。魔素エネルギー庁は魔素技術の開発の為に設立された比較的新しい組織だ。従来の科学技術に追いつけ追い越せを合言葉に国も多大な投資を行っていて、その傘下に多くの公的な研究組織を持っている」

「だがまだ出来て数年の若い技術だしな。それだけじゃ追いつかねぇつって、自前の組織だけじゃなくて民間の研究組織や企業の研究所にも片っ端から金を突っ込んでやがる。今じゃ碌に審査なんざしなくても手を上げりゃあ誰だって盲判で補助金がもらえる有り様だっつう話だ」

「よく聞く話ですね。別に魔素エネルギー庁に限った話でもないし、日本だと珍しくも何とも無いと思いますが。それが何か?」


 税金を納めてる立場からすると残念な話だと思うけれど、まあそれがこの世の事実だ。魔素技術の世界は日進月歩の世界で、次から次へと新しい技術が開発されていってるし、投資すれば投資するほどリターンがある分野だ。遅攻よりも拙速が尊ばれてる今、細かい審査で開発開始まで時間を掛けるよりも、多少の損や無駄遣いには目を瞑ってでも発展を優先させているということなんだと思う。


「三佐は、そのリストにある研究機関の中に今回起きている一連の事件のキーが隠されていると考えているんだ」

「もし、今回の事件と獏の失踪事件が関連しているとするならば、だ」


 自分の前にだけ置かれていた食後のコーヒーを一人飲みながらコウジは、相変わらずの睨みつけるような目つきで僕らを見渡す。


「必ず魔素関連の研究をしている組織が絡んでいると俺は考えてんだ。そもそも獏に他の魔物みたいな武力的魅力は無いからな。生態がよく分かってねえが、獏の他の魔物に無い特徴としては『人のドッペルゲンガーに作用できる』その一点が際立ってる。これは重大な事実だ」

「それはそうだとは思うけどさ、それと国の研究組織がどう繋がるのさ?」

「基本的にお偉方は魔術師の存在を好ましく思ってねぇ」スバルの問いかけにコウジはそう応えた。「要はくだらねぇ劣等感(コンプレックス)なんだよ。新人類とも言える魔術師はあらゆる面で――人格は除くがな――これまでの人間より遥かに優れた存在で、今はまだ国の中枢にはただの人間――便宜上旧人類って称するぜ?――がポストを占めてはいるが、いつその新人類に取って代わられるか気が気じゃねぇのさ。奴らにとっちゃ魔術師の存在が邪魔で邪魔でしょうがねぇ。早いとこ消えて欲しい存在なんだよ。

 そして魔術師を魔術師足らしめているのはとにもかくにもドッペルゲンガーだ。ドッペルゲンガーがあるからこそ魔術師は魔術を使えるし、常人以上の思考能力を発揮できる。だが、逆に言えばドッペルゲンガーを失った人間は、例え意識を取り戻して日常生活に戻れたとしてもただの人間だからな」

「つまり別所三佐は、国が魔術師の存在を排除するためにドッペルゲンガーに関する研究を進めていて、その研究を促進するためにドッペルゲンガーに干渉できる獏を集めていると考えているわけですか」

「察しが良くて助かるぜ。平たく言やあそういうこった。恐らく獏の拉致自体は結構前から行われていたんだろうな。ここ最近で急激に件数が増えてんのは、それだけの数を必要とするような研究成果が出たのかもしれねぇし、この一連の事件はその研究成果を検証する実験とも考えれんな」

「犯人を被験体として、その新しい技術の効果を確かめてるって事だね」

「そう言われればそうかもしれないのですけれども、でも政府はずっと魔術師を増やす政策を続けているのではないのですの? 今もまだワタクシたちの様な魔術師の卵を増やそうと魔技高の入学生も来年から一クラス増えるという話ですし、全国に魔技高を新設するなんて噂も聞きましたわ」

「だとしたら……つまり、国も一枚岩じゃないってことか?」

「私もその通りだと思う。恐らく政府内や、加えて自衛隊の中にも我々魔術師側の人間とそうでない派閥が存在してるんだろう。私と三佐で聞かされた情報が違うのがその証左だと考えている。ただでさえ魔術師は総じて素行が良くないからな。世の中の情勢上眼を瞑ってもらっているが、規律を重んじる自衛隊内ではさぞかし煙たい存在だろう、私たちは」

「でもそんな事したら、魔物はどうなるんだよ?」

「さあな。今まで十年、急速に魔素技術も発達してるし、最近は魔術師に頼らない武器も開発されてるからな。大方、魔術師なんていなくても何とかなる、なんて考えてんじゃねーか?」


 そこには興味は無い、とばかりにコウジが僕の問いかけにアクビをしながら返事をしてくる。ずいぶんと他人ごとの様な態度だけれど、たぶん、コウジにとっては本当に他人ごとなんだろう。コイツにとってみれば魔術師がどうなろうと関係は無くて、興味があるのは二点。「なぜ自分を騙したか」、そして「身内が巻き込まれた」だ。

僕の知る別所・コウジという人間は兄貴分なところがあって、身内には自分が害を被ったのと同じくらいに味方になってくれる。そして、何よりもコイツは自分の敵には容赦しない。例え相手がどれだけ強大だろうと、どれだけ卑劣だろうと屈せずに、どこまでも執念深く追い詰める。保身なんて微塵も考えずに、気に入らない相手は徹底的に潰す。だからこそ、この問題にここまで深入りしてくれるんだろうけれど、それがありがたい。


「ま、仕方ねえ。このリストを出しただけで許してやっか」

「これだけでもあの人にしてはずいぶんと冒険して頂いたと思いますが……」

「ンなこと知るかよ。精々がチャラ、だな。ま、次は燃やすのだけは勘弁してやるか」


 上からはやりたくもない仕事を押し付けられて、下からは猛烈な突き上げをくらう悲しき中間管理職の姿が思い浮かんでしまう。隣に座る霧島さんも同じ意見なのか、コウジを見て深々とため息をついた。会ったことも無い人だけど、せめて霧島さんだけは彼に優しくしてあげて欲しいと願うよ。


「それで、これからどうするつもりなのさ?」


 スバルがソファの背もたれにもたれかかりながらコウジに尋ねると、コウジはスバルを一瞥して一気に残ったコーヒーを飲み干した。勢い良く空になったカップを置いて、ソーサーの甲高い音が耳に響く。


「この俺を謀ったクソを潰す」ギリ、と歯が軋む音が聞こえた。「だまくらかしやがったクソッタレを潰す。この俺に無実のガキを殺させようとした野郎に、『英雄』を怒らせたらどうなるか、死ぬほど後悔させてやる。その為にまずそのリストに載った研究組織を徹底的に調べていくつもりだ。そうしていきゃ黒幕に辿り着くだろうし、大方ドッペルゲンガーを収集してるのもその組織だ。そこが分かりゃテメェらもドッペルゲンガー(欲しいモン)が見つかんだろうしな」


 獰猛に笑みを浮かべたコウジの口の端から鋭い犬歯が覗いた。

確かに今、僕らには手掛かりというものが殆ど無い。ユズホさんを元に戻すには彼女のドッペルゲンガーを見つけ出さないといけないのだけれども、ドッペルゲンガーを奪われたのは彼女だけじゃない。僕らが把握してるだけでも十人近い被害者がいるわけで、事件全体を考えた時に実行犯がいつまでも奪ったドッペルゲンガーを保持してるとは考えにくい。具体的にどんな用途で使われているのか分からないけれども――最悪、もうすでに廃棄されている可能性もある――研究が目的であれば、きっとまだどこかの研究所に保管されている可能性は高い気がする。


「でも、まさかこのリストに載ってる場所を全部調べていくつもりですか? いくらなんでもそれだと時間が掛かり過ぎると思いますし、それに、潰すって意気込むのも良いですけどどうやって……」


 ユキヒロの懸念も尤もで、この紙に書かれてる場所だけでも十は下らない。コウジがどうやって調べるつもりなのかも分からないけれど、悠長な事をやってたらきっと本命に気づかれてしまうだろうし、それでも尚研究とか続けててくれるなら良いけど、逆にしばらくほとぼりが冷めるまで動きを止められたらそれこそ糸口が分からなくなってしまう。


「片っ端から乗り込んでぶっ潰してしまやぁ……」

「却下です。三佐はそれで良いかもしれないですけれど、この子たちに何かあったらどうするんですか」

「……とまあ、そういうわけでテメェらには危なくねぇ範囲で手伝って欲しいわけだ。さすがに全部俺一人でやんのはメンドクセェからな。そこの染矢とか朝霧はともかくとして、ヒカリとスバルは殺しても死なねぇとは思うがな」

「言ってなよ。ま、確かに何があろうともヒカリと添い遂げるまでは死ぬつもりはないけどさ」


 なるほど、そこで僕らの出番というわけか。コウジは正面突破しか能が無いし(考える頭はあるけれど考える気が無い)、その他の事を霧島さんが一手に引き受けるというわけにもいかないだろうし。

こんな誰が味方か分かんない状況で僕らを頼ってくれるってことは、状況が状況だけに表には出せないけど、何だか嬉しいな。別にスバルと添い遂げたくはないけれど。


「じゃあせめてヒカリの尻のあ」

「却下」

「ボクの穴でも」

「却下だ」

「そこのバカ二人は置いといて、だ」


 ひでぇ。僕まで一緒にバカ扱いかよ。


「具体的に俺たちは何をすれば良いんですか? 手伝いって言っても、俺らは所詮学生です。そんなに力になれるとは思えませんが」

「別に荒事を頼もうってつもりじゃねぇ。まずはそのリストから怪しい施設とかを炙り出して絞り込む。

 魔素技術の研究は金が掛かるからな。金の流れを追っていきゃあ絶対にどっかに不自然なトコがあるはずだ。叩けば埃は出てくる。施設や組織の規模に比べて流れこむ金の量が多すぎたり、それまでと違って急に不相応な利益を上げ始めたりな」

「……俺らは魔技高の学生ですよ? そういうのは経理が得意な人間に頼んだ方が早いのでは?」

「心配すんな。魔術師の頭があるんだったらちょっとばかし勉強すりゃあ何とかなる。それにだいたいはスバルの仕事だから気にすんな。コイツの手伝いをしてくれれりゃいい。万が一探ってんのがバレて攻撃される事があっても協力すりゃ逃げるくらいはできンだろ?」

「向こうから襲われたのなら倒してしまっても良いのではなくて?」

「身の危険を感じねぇ程度ならな。あんまり無茶させっとコイツがうるせぇからな」

「子供を守るのは一人の大人として当たり前の話ですから」


 非常時の話はともかく、これからの事を事も無さ気に話を進めていってるけど、幾ら何でもスバルだってそこまでできないだろ。確かにスバルは、魔術の威力はイマイチだけどパソコンとかのコンピュータ関係の知識は人並み以上だっていうのは知ってる。「歩く魔技辞書」のユキヒロには及ばないにしろ魔技関連知識はクラスでも図抜けてるし、その他の雑学的な分野でも物知りだなぁと思うことは多い。だからってそんなどこぞの探偵じゃあるまいし、専門家でも難しそうな事できるわけがないと思うんだけど。


「はぁ……それじゃしばらく学校休まないといけないなぁ。ただでさえ僕らは先生たちの受けが悪いっていうのに」

「安心しろや。ガッコさぼんのはテメェだけで朝霧と染矢はフケるほど仕事はねぇよ。それにそれくらいコッチで便宜図ってやっからよ。俺が直々にノータリンな野郎共に話着けりゃ全教科満点になんだろ」

「それはそれでイヤだなぁ……せめてサユリちゃんから話通しといてよ」

「分かった。我々の仕事を手伝ってもらっていると伝えておけば教師方も悪い評価にはしないだろう」


 だっていうのにスバルには無理難題を押し付けられてるなんて様子は微塵も無くて、ため息混じりの表情には「メンドクサイ」っていうのが有り有りと浮かんでるだけだ。

ユキヒロも僕と同じ疑問が浮かんでるらしく、眼が合った僕に視線で問いかけてくる。


「えっと、スバル?」

「ん? 何さ?」

「かなり無茶を言われてる様に僕には聞こえるんだけど、出来るのか?」


 そう口に出して聞いてみると、スバルは困ったように眉を八の字に曲げた。


「ん~、まあ何とかなるんじゃない?」

「ずいぶんと楽観的だな……」

「ヒカリは気にしない気にしない。なるべくパパーっと終わらせて学校に復帰するからさ。寂しいだろうけどそれまではタマキで我慢しておいてよ」

「冗談! 何でワタクシがヒカリを夜な夜な慰めないといけないですの!? ワタクシの心は常に幼気な幼女に向いているのであって、こんなろくでもないオッサンの相手はゴメンですわ!」

「もしかしなくてもタマキって僕のこと嫌い?」


オッサンって言ってもまだ十七なんですが。いや、タマキの趣味(性癖)からしてみれば高校生でもオッサンって言うのは分からないでもないけどさ。そもそもそれ以前に別にスバルには慰められてはいないのだけれど。

それはともかく。

スバルがそれでいいなら別に良いさ。スバルは身の丈以上の事は、まあ、無茶はしても無理な事は引き受けないし、頭良いからな。きっと僕なら難しいことでもスバルならやってのける。それにユキヒロもタマキも居ることだし、万が一の事が起きたとしても三人ならきっと何とかなるだろう。それくらいにはスバルの事を、ユキヒロとタマキの事も信用している。

 で、だ。


「あ、でも学校終わってからは一緒に居られるんだよね? なら一緒にいる間にヒカリ分を補充して……」

「それなんだけどさ、スバル」


 何を想像してるのかしらないけれどウキウキした様子のスバル。だけど、僕はその期待を裏切る。


「僕はスバルを手伝えない」


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