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1-2 スバルという名の親友について

・本作品は拙作「ゆるねばっ!2」の本編になります。

・本作品にはいわゆる「同性愛」っぽい要素が極々微量(なのでタグには含めてません)が含まれます。

・オリジナルの用語が含まれますが、以後この前書きにて簡単な説明を加えていきます。「この言葉を説明してほしい」という場合は感想欄・メッセージにてご連絡ください。


「なっ!?」


 辺り一帯に爆音が響いて、それなりに踏み固められてるはずの土が天高くまで舞い上がっていった。

当然舞い上がった土は重力に引かれて地面に落下するわけで、そしてその下には僕らが居るわけで。


「くわっ! ペッ、ペッ!!」


 大量の土を浴びた僕らは全員地面から顔を出した土竜宜しく土塗れで、三人揃って口の中に入った土を吐き出す作業に勤しむ事になった。


「まったく、一体誰が……」

「ヒッカリーっ!!」

「ぐえっ!!」


 何処のどいつがこんな真似を、と今度は僕が恨み言を零そうとしたのとほぼ同時。甲高いけれどもちょっとハスキーな僕を呼ぶ声が耳に届いた時には背中から腹に衝撃が突き抜けていった。

息が詰まって思わず咳き込むけれども暴力的な勢いで僕に飛びかかってきたであろう人物は、悶絶して意識を飛ばしかけている僕の様子などお構いなしで薄い胸を背中に押し付けて首元に顔を押し付けてくる。おまけに抱きついた時に回してきた腕が見事に僕の頸動脈と気管と食道を致命的なまでに殺人的に完璧に締め付けてる。


「お待たせっ! 寂しくなかった!? 寂しくなかった!? ボク無しで孤独な時間を過ごして何とも無かった!? ボクはとっても寂しかったよっ! 今すぐにでもヒカリの髪に顔を埋めてペロペロして慰めてあげたくて慰めて欲しいくらいには寂しくて孤独な兎みたく死んでしまいそうなくらい寂しかったよ!」

「わ、分かったから……だから首を締め……」

「ハァハァクンカクンカ! クンカクンカ! クンカクンカ! スーハー! スーハー! スーハースーハー! タマラナイたまらないよヒカリ! ヒカリのこの髪の匂いタマラナイよ! 汗の匂いも最高だよ! ペロペロペロペロペロペロ! 今すぐ食べてしまいたいくらいだ! ハムハム! ハムハム! ああ美味しいよ! もう全部ヒカリをボクの物にしてしまいたい衝動に抗えなくてむしろ抗わなくても構わないよね!? ね!? うんそうしよう! 今すぐヒカリをお持ち帰りィィィィィィ!!」


 何故か平和なはずの学校なのに遠のく意識。ああ、死んだはずの父さんと母さんが満面の笑みで手招きしてきてるよ。


「もう、ゴールしても、いいよね……?」

「いや、ゴールするのはまだ早いからちょっとマテ。スバル、たった二時間ぶりの再会を全身で喜ぶのは構わないが、このままだとヒカリが帰ってこれないからちょっと離れろ」


 もうすぐで楽になれるっていう時になってようやく救いの神が舞い降りたみたいで、千切られそうな勢いで締められた首がようやく自由になる。救いの神はいつだってギリギリのところでしか助けてくれなくて、そこに全力で文句を言いたくはなるけれどそれは在りもしない偶像を愛でるくらいには愚かな行為であることは明白であるから心の中にそっと仕舞っておく。

全力で新鮮な空気を吸い込んでようやく白くなってチカチカしてた視界が元に戻る。そして後ろを振り返って助けてくれた長身のクラスメートに礼を言い、反対に僕を哀れな窒息死体に変化させかけていた、今はネコよろしく首を掴まれてダランと宙に吊るされてるもう一人のクラスメートに非難がましい視線を送ってやる。


「サンキュ、ユキヒロ。いつものことながら助かったよ」

「別に構わないさ。お前が居ない時にコイツの面倒を見るのはオレの役割だしな」

「あっははー! メンゴメンゴ! もうヒカリの事が大好き過ぎて大好き過ぎて愛情が溢れてしまった結果なんだよ。許してよ」


 少しズレた黒縁のメガネの位置を直しながら長身のクラスメート――染矢・ユキヒロが冷静に、どこか皮肉っぽく返事をしてくる。痩せぎすで「ゴハンちゃんと食べてる?」って疑問を呈したくなるくらいに細いんだけど、それが落ち着いた雰囲気とよくマッチしてると思う。そしてその雰囲気の示す通りユキヒロは僕の周囲で数少ない常識人である(と思うので)から、今も当たり前の様にスバルを細い腕で吊るしあげてるけど、非常識人たちの振る舞いに苦労してるんじゃないかと考えると涙を禁じ得ない。

そしてこの問題児はと言えば――


「なあ、一つ聞いていいかな?」

「んー、何かな?」

「どうして服を脱ごうとしてるんだ?」

「ボクの深いふかーい反省の意を身を以て示そうかと思って」

「おいバカやめろ」


 最早何を言っているのかが理解できない事をさぞ当たり前の様に口走ってるのは小鳥・スバル。コイツもまた僕のクラスメートであり、そして同時に付き合いが十年以上になるいわゆる幼なじみと言う奴だ。耳が隠れる程度の長さの髪の毛を茶色に染めて、パッチリとした二重の眼に何故か疑問の色を浮かべて見つめてくる。小柄だし、元気な奴でもあるので特任コース以外の生徒には男女問わず人気が高くて、よく頻繁に告白されてる姿を見かける。実際付き合いの長い僕もスバルの容姿についてはつい見惚れてしまう瞬間が全くないかといえば嘘になる。そのくらいには十分すぎるほど可愛いとは思うし、まして些か、という言葉では不足するくらい、時々今のように生命の危機を感じてしまうくらいにはまっすぐに好意を向けてきてくれるのは素直に嬉しいと思う。

けれど。


「あ、もしかしてついに僕の想いを受け入れてくれる気になった? いやー嬉しいよ! ヒカリと出会って十余年! やっとヒカリのお尻の穴をボクの物に」

「それ以上はいけない」


 コイツは男だ。

どれだけ見た目が可愛らしいとしても男であり、例えどう贔屓目に見ても女性にしか見えなくても何処まで行ってもスバルは生物学上男でありそして僕もまた男である。

誤解無いように述べておくと、僕はスバルがどういう性癖であろうとも軽蔑する気は一切無いし、スバルから向けられる気持ちは嬉しいし僕の励みにもなっている。けれどもスバルには申し訳ないけれども僕自身はノンケであり、スバルは昔からの親友としか見れない。だから僕は僕のケツを差し出すつもりは毛頭ないのだ。


「な、何なんだよテメーらは!?」

「あ、ゴメン、忘れてた」


 すっかりスバルの奇行に気を取られてこの二人の事が頭の中から消去されてしまっていた。やっぱり普段から頭を使うように心がけないとダメだ。記憶力が日毎に低下していってしまう。


「ねーねー、ヒカリ。この二人は誰? 放課後にこんな人気の無い山の中で密会なんて……ハッ! まさか浮気!?」


 ちげぇよ。


「そんな嬉し恥ずかしい関係じゃないし。ていうかお前ともそんな関係でもないし」

「えー、ボクとヒカリの仲だよ? こんなにも身も心も捧げてるっていうのに否定しないでよ」

「心はともかく身は捧げてもらってないから」

「じゃあ今からでも……」

「それはもーいい。ていうか、今そんなバカやってる状況じゃ……」

「コッチを無視してんじゃねぇっ!」


 ああ、ほら。置いてけぼりを喰らってる彼らがお怒りになっちゃったじゃないか。


「まーまー、そんなに怒んないでさ。ほら、僕らはこんな文明を築き上げた人間同士なんだし話せば分かる……」

「ざけんじゃねぇっ! 散々舐めた真似しやがって! ぶっ殺……」

「――、――」


 少年Aがいきり立って何やら物騒な事を口走りかけたけれど、彼ら二人の間を一瞬で何かが通り過ぎていった。そして僕らの正面、つまりは彼らの後ろ側でメキメキと音がして、僕ら二、三人分もあろうかっていうくらいの太い木が倒れていった。


「で、何だって?」


一瞬で詠唱を終わらせたスバルが掌を少年ズに向けて朗らかに笑いかけた。顔はまさに満面の笑みと例えるのがきっと正しいのだろうけれど、僕からしてみればあまり凝視したくはない笑顔だ。端的に言えばキレてる。普段はのほほんとしてマイペースなスバルだけど、時々こんな風に一瞬で機嫌が豹変する。たちの悪いことにそんな時ほど笑顔満点だから、少々鈍感な相手だとスバルの状態に気づかずに状況はますます悪化してしまう。

もっとも、彼ら二人は不幸中の幸いにして空気は読めたみたいで。


「いや……ナンデモナイッス」

「そう? じゃあもう良いかな? この後スバルと大切な時間を過ごすからさ?」

「そういう言い方は止めろ。誤解を招きかねない……」

「失礼しやしたーっ!!」


 僕の抗議を振りきって少年ズは一目散に走って逃げてった。どうしてくれる。これで噂が学校中に広まったら……まあ、別に気にする必要ないか。どうせ僕の評判なんてゴキブリみたいなもんだし。

学校における自分の現在地点を再認識して若干ブルーな気持ちになるけれど、そこを今更気にしても仕方ない。ため息を一つ盛大に吐き出して気持ちを切り替えて、スバルとユキヒロに向き直った。


「それで、こんなトコまでやってきて何か用でも?」


 そう尋ねると、ユキヒロは「ああ」と今更用件を思い出したように頭を掻いた。


「これからちょっとサクラ町の方に遊びに行くって話になってな」

「今晩はボクらが見回り当番じゃない? だからそれまでカラオケでも行こっかと思ってさ。でさ、そこにヒカリを誘わないなんて選択肢なんて無いわけだよ、ボクにとっては」

「……カラオケ以外の選択肢は?」

「ふっふー、無いよ? あ、でもホテルに連れてってくれるん」

「行かせて頂きます」


 ザ・土下座。大切なものはまだ失いたくない。

正直僕の歌は上手くないけれども「いや、上手くないってレベルじゃないだろ」訂正、どうやら僕は歌が絶望的にヘタらしいんだけど、何故かスバルは僕の歌をやたら聞きたがる。純粋に歌を楽しんでくれてるならばまだ僕としても救いようがあるんだけれど、歌を聞いてる時のスバルの嬉しそうな禍々しい笑顔を見てるとそうは思えない。だから出来ればカラオケは遠慮しておきたいんだけれど、それでもまあ皆が楽しんでくれるのであればまあ良いかとも思うけど。

で、僕らはこうして大体いつも一緒に行動してるわけだけれども、ここには居ないもう一人が僕らのグループには居て。


「そういえばタマキは?」

「アイツは授業が終わった途端小等部校舎の方に消えてったよ」

「小等部? なんでまた?」

「さあね。可愛い転校生でもやってきたんじゃないか? いつものように情熱を撒き散らしながら走ってったからね」

「鼻から?」

「鼻から」


 とりあえず念の為にユキヒロに確認してみたけれども予想通りの回答。僕とユキヒロは二人揃って顔を見合わせて、思わず揃って大きなため息をついてしまった。ただ一人、スバルだけは分かってないように可愛い顔で首を傾げてるけれど、コイツはわざとそういう顔をしてるから除外だ。

朝霧・タマキ。僕ら魔技高専の顔である特任コースの生徒、つまりはユキヒロ、スバルと同じく僕のクラスメートであるわけで、スバル同様に見目麗しい、スバルの似非美少女とは違って見た目だけは(・・・・・・)正真正銘美少女だ。

アイドル顔負けの容姿だけあって彼女は入学当初から学校中の注目の場所で、冷やかしやら一目惚れやらで早々に告白の嵐だったんだけれど、まあ当然の如く振られていったらしい。でも告白に失敗したにも関わらず誰もが安堵のため息を吐いていたり妙に逆上してたりあるいは髪の毛が焦げて爆発コントみたいな髪型になってる人と様々だった。それに一部やたら興奮して悶絶しながら「もっと、もっと……」とうわ言のようにつぶやき続けてる人もいたし。

 まあそれでもクラスメートだから僕らは自然と付き合いができてくるわけで、それで彼女の人となりを知っていって何となく告白失敗者集団の真相を理解できたわけで。

 とりあえずここでは彼女は色々と残念な人間だったと言っておこう。見た目が図抜けて良い分なおさら性質が悪いというか。


「まあアイツの事はどうでもいいさ。どうせ先生たち(警備隊)に放り出されて戻ってくるだろうしな。それより、ヒカリの方こそ何してたんだ?」


 ユキヒロに聞かれて、僕は先程の少年ズとの止むに止まれぬ事情をありのままに話して、そこでようやく本来の僕の仕事の事を思い出してしまった。しまった、まだ書類作りが終わってない。腕時計を見てみればすでに本来立てていた予定時刻よりもだいぶ遅くなってしまってるし、かと言ってカラオケにも行くって言ってしまった。

さて、どうしたものかと頭を抱えてみるものの、今更頼まれたものを放り出してしまうわけにもいくまい。信頼……はたぶんされてないだろうけれど、これまで頼まれ事はずっと責任を以てやり遂げてきたつもりだ。なにより途中で投げ出してしまうのは僕の流儀に反する。

さりとてスバルとの約束を果たしつつ元々の仕事をこなすなんてスーパーマンな能力は僕にも無いわけで、仕方ないからこの後のスバルの反応を脳内で予想しつつも事情を話してみた。


「えーっ! そんなぁー!」


 案の定ゴネられた。


「そんなもん生徒会の仕事じゃん! なんで生徒会でも委員会の役員でも無いヒカリがやってるのさ!」

「そりゃぁ……頼まれたから」


 そこ。何でそんな「ああ、また……」みたいな顔をするかな?


「だってヒカリいっつも誰かの頼まれごと引き受けてるじゃん」

「いつもって、別にいいじゃないか」

「ヒカリの場合は引受ける数が度を過ぎてるからな。お前、この前もサッカー部の練習試合に駆り出されてたろ?」

「体動かすの好きだし」

「朝に横断歩道の交通整理員もやってたよね?」

「いつもの権田さんが腰を痛めたらしいから」

「そういえば一年生のテストの採点とかも昨日してなかったか?」

担任(ユカリちゃん)から死にそうな顔して頼まれたから」


 淡々と答えたつもりなんだけど、そしたら二人共揃って深々とため息を吐かれた。何故だ。


「人の趣味にケチをつけるつもりは無いんだがな……」

「もうっ! ヒカリは頼まれたらなんでもかんでも引き受け過ぎっ! そんなだから皆に『便利屋』なんて呼ばれるんだよ」

「結構気に入ってるんだけどな、その呼ばれ方……」


 というか、スバルもユキヒロも何にそんなに思うところがあるのかが良く理解できない。


「皆忙しくて他の事をしたいのにできなくて、でも特にやることの無い暇な僕が肩代わりすることでしたいことができるならそれでいいだろ?」


 どうせ僕は特にやりたいことがあるわけじゃないし。むしろ挙げるなら僕は人助けがしたい。

 困っている人が居て、それを助ける()が居て。

僕が頑張れば助かる人が居る。僕が代わりに引き受ければやりたいことが皆できる。やりたくないことから解放されて、嫌な時間、辛い時間を少しでも短く出来る。例えやりたいことが単に遊びたいだけでも、それで楽しい時間を過ごせれば、それはそれでいい。僕一人が少しだけ大変な時間を過ごせば他のみんなが助かるんだ。

そもそも、僕自身大変だとか辛いだとかそんな事は思っていない。逆に皆の手助けが出来て、「便利屋」なんて呼ばれてるけどそれはその名前が定着するほど皆が僕の事を頼りにしてくれてるんだと思う。だとしたら、僕にとってこんなに嬉しい事は無い。


「困ってる人は助かって嬉しいし、僕も手助けができて嬉しい。いわばWin-Winの関係だからさ、二人が僕の心配をしてくれるのは嬉しいけど気にしなくていいから」


 議事録から顔を上げて二人に向かって安心させるつもりで笑ってみせる。でも二人はさっきよりもいっそう深いため息を吐いて頭を抱えた。


「これは重症だな……」

「今更だけどね……処置なしかぁ」


 ひどい言われようだ。まあどう言われようとも僕は僕であることを辞めないけど。


「でないと僕は……」


 何気なく口にしてしまいそうなその先をかろうじて飲み込む。つまらない話なんて友達に、むしろ友達だからこそ聞かせるべきでないし、負担も掛けたくない。掛けてしまえば、それはきっと僕の身を滅ぼしてしまう。

二人に向かって苦笑いを浮かべながら、僕は残りの作業に集中すべく意識を紙面へと向けた。





お読み頂きましてありがとうございました。

お気づきの点がありましたらご連絡をお願い致します。

2014/08/15 大幅に改訂

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