1-15 英雄
せっかくの三連休なのでたまには土曜以外にも更新してみます。短いけれどご勘弁を。
あと、放置してたtwitterを再開してみました。更新報告とか載せていくので、気が向けばフォローお願いします。
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一言で言うならば、別所・コウジは巨漢だ。
一九〇センチ近い長身に、鍛えられた肉体。見るからに武闘派という風貌で、加えてコウジの目つきはひどい。そこらのヤンキーは愚か、ヤクザの人たちでも睨まれたら腰を抜かすんじゃないかと思うくらいだ。幼馴染で比較的見慣れてる僕であってもそう思うくらいだから、初めて見た人は言わずもがな、だ。幸いにして逆光だからそこまでハッキリとその姿は見えないから良かったけれども。
「……誰ですの?」
鼻血を止めたらしいタマキがソッと近づいて聞いてくる。どうでもいいけど、鼻にティッシュを詰めるのは年頃の女の子としてどうなんだろうか。まあ、常日頃の言動からして人としてどうかと思うくらいだから今更だけど。
「別所・コウジ。僕らの幼馴染だよ」僕に代わってスバルが答える。「今は陸上自衛隊特殊事例対策隊特殊任務哨戒班所属で、階級は特務三佐。兼務で魔素機械技術隊技術検証班にも所属してる。
そして――四英雄の一人でもある」
今や世界の常識となった四人の英雄。歴史の教科書を紐解けば必ず一度はその名前は出てくるし、「将来の夢」を聞いたら必ず一人は「英雄になりたい」と答える子がでるくらいには幼稚園児の憧れの存在でもある彼ら。その功績として最も有名なのは魔術の発明だ。
今ある全ての魔術の基本となる四つの原始。
物体の運動を制御する空間魔術。
電子の運動を制御する電気魔術。
情報の動きを制御する情報魔術。
そして、熱の移動を制御する熱魔術。
科学的には矛盾する分類だけれども魔術的にはどうやら矛盾しないらしくて、コウジたちはこの四つの原始魔術を開発した上で、更に多くの人が扱えるように体系的に発展させていった。今となっては細かな差異で以って詳細に分けられてるから何百種類魔術があるのかは、残念ながら僕の頭の中には入っていない。それはともかくとして、この魔術の「発見」は世界を劇的に変えたし、発見以降もほぼ四人で発展させた彼らは科学者としても他の追随を許さない程に優秀だ。そして、それと同時に――
「戦闘者としても僕ら人間とは乖離した、圧倒的上位者でもある英雄の一人だよ。そういえばヒカリともよくケンカしてたよね?」
「そうだったっけ?」
「そうだよ。それで良く二人とも親に怒られてたじゃん。まあ、どっちかっていうとコウジの方が一方的に突っかかってきてただけだけどさ」
「……よくそんな相手とケンカして無事でしたわね」
「昔の話だから。あの時はコウジも普通だったし。でもまあ、昔からコウジはデカかったから、その意味では自分でも良く無事だったなって思うよ」
「よく言うよ。コウジと五分以上に殴り合ってたくせに」
「何さっきからゴチャゴチャ言ってやがる。俺は気が短ぇんだ。言われたらさっさと去ね。テメーらみてぇな魔技高の学生なんざお呼びじゃねーんだよ」
「久々にあった幼馴染に対して随分な挨拶だよね、コウジ」
どうやらコッチのことには気がついて無いみたいのコウジは口に含んでるガムをクチャクチャと噛みながら、険のある言い方をしてくるけれど、スバルが和やかに笑いながらコウジに手を上げて言葉を返す。
「あん? 誰だよ、お前は。俺には魔技高なんぞに知り合いなんていねー……って何だよ、スバルじゃねえか」
「や、久しぶり」
「ああ、久しぶりだな。……チッ、てことはそっちは、バカヒカリかよ。テメー、まだ魔技高なんぞに居んのかよ。さっさとくたばっちまえばいいのに」
「……相変わらず元気みたいで何よりだよ」
相変わらず口が悪い。悪いのは目つきだけにしてればいいのに。
しかしそんなに嫌われる様な事をしただろうか。首を捻って記憶を辿ってみるけれども、残念ながら僕の記憶能力はお察しの通りであって、どれだけ頑張って記憶を深堀りしたところで漠然と田舎の森や草っぱらで仲良く遊んでた事くらいしか思い出せない。
(そういえば、あの頃は皆と一緒で毎日が楽しかったな)
滅多に会わない幼馴染に会ったからだろうか、急にノスタルジックな感傷が心に湧き上がってくる。
毎日皆と遊んで、毎日皆と勉強して。何をするにも一緒で、誰かが欠ける事も無くて。当時は感じなかったけれども、一日がいつも充実していて、夜になれば明日は何をして遊ぼうか、そんな事ばかり考えて寝るのが楽しみだった。明日が来るのが楽しみで仕方なかった。夜は、全然怖くなかった。
眼を閉じれば楽しかった一日の事が鮮明に思い出せて、いつも皆が傍に居てくれてる気がして、寂しくなんてなかった。孤独なんて無かった。怖くなんて、無かった。いつも世界は暖かかった。
だというのに今となっては。
「まあいい。そんな事よりちょっとテメェらどいてろ」
「え?」
「これから俺は仕事だ。――焦がされたくなかったらどっかに隠れてやがれ」
コウジの黒髪がユラリ、と揺れた。それと同時に辺りに立ち込める熱気。幾分涼しい夜の町が一気に熱に侵されていく。
真黒な指ぬきグローブを嵌めたコウジの両手から青白い炎が立ち上った。炎の色からして相当な高温であるはずなのに、コウジは熱さを感じてないのか口端を歪めて楽しそうだ。
まるで、これから楽しみにしてた獲物で遊ぶ子供みたいに。
「ま、待ちなさい! 何をする気ですの!?」
「何って、決まってんだろ?」
声を張り上げたタマキに向かって、コウジは不服そうに半眼で睨みつけた。
「ふんづかまえて、全て洗いざらい吐いてもらう。それで万事解決だ」
「待てよ、コウジ! まだ彼女が犯人って決まったわけじゃ……」
「んなもん吐かせてみりゃ分かんだよ」
吐き捨てると同時にコウジが発してる熱が一層温度を上げた。風はすでに熱風を通り越して、まるで爆弾が爆発した後みたいに火傷しそうな程だ。
ああ、そういえばそうだった。コウジはこういう奴だ。頭は良いくせに考えるのが嫌いで、とにかくまずは行動してみなけりゃ始まらない。喧嘩っ早くてすぐに殴り合って解決しようとする、脳筋だったよな。
「あ、あ……」
「大丈夫ですわ! まだ信用したわけではないですけれども、少なくともここであんな脳筋のいいようにはさせませんの!」
「言うじゃねえか、クソガキが」
コウジの鋭い視線に腰を抜かしそうなリンシンをタマキが支えて、僕とスバルが前に出て庇う。
まだ彼女から何も話を聞いていない。あくまで僕らの勝利条件は犯人を捕まえることじゃなくてユズホさんを元に戻すことだ。獏にどういう力があるのかは分からないけれども、もしかしたら彼女はユズホさんを元に戻す方法を、そうでなくても何かヒントになりそうな事を知ってるかもしれない。だから、ここでコウジに引き渡すわけにはいかない。
「メンドクセェ――全員、影になるまで焼き殺してやるぜ」
宣告。
その瞬間、コウジを中心として炎の壁が広がった。
炎の下の耐熱・耐衝撃用の特殊アスファルトが溶け出す。
そしてコウジの足元が爆ぜた。
「消えたっ!?」
「遅えんだよぉっ!!」
タマキが気づいた時には既にコウジは目の前にまで来ていた。瞬きさえも許さない程の速度で接近して、右腕をタマキに向かって振り下ろす。
ただでさえ咄嗟の事に反応が鈍いタマキだ。英雄たるコウジの攻撃にタマキが対応できるはずがない。
タマキなら。
「コウジっ!!」
「ちっ」
けれど僕なら何とかなる。振り下ろされた右腕をプログレッシブ・ソードの腹で受け止め、かろうじてコウジの前進を食い止める。
けれど相手は英雄。ただの拳であっても、その攻撃力は魔術師の比じゃない。現に相当硬くかつ靭やかに作られてるはずのこの剣もミシミシと軋み音を立ててる。
「甘ぇっ!」
嘲笑混じりにコウジが吐き捨てた。同時、コウジの体が僕の視界から消える。
「下ぁっ!?」
「ヒカリっ!」
スバルがすぐさまに空気の壁を僕の前に作り出す。普通ならこれで威力は相当に防げるはずだけれど――
「意味ねぇんだよっ!」
「がっ!」
貫かれた。
そう錯覚するほどに腹に突き刺さったコウジの拳は鋭くて、衝撃の後に激痛。腹の中身を全部吐き出して、目の前が白に黒にと変わっていく。
頭に鈍い痛み。それが、僕自身が崩れ落ちて地面に頭を打ち付けたものによるものだと気づくのに少し時間が掛かった。
「……っ! イェ・スペラ・エオ……」
タマキの声が遠く聞こえる。この詠唱はさっきも使おうとした、タマキの得意魔術。コウジと同じく全てを焼き尽くそうとする強大熱量魔術。痛みを堪えて顔を上げて、口を開こうとするけれど、喉は一向に震えてくれない。
――それは駄目だ。
「バースト・ダウンっ!!」
タマキの周りの魔法陣から夥しい熱量を持った巨大な火炎が、まるで竜巻の様に収束しながらコウジに向かっていった。まともに喰らえば人なんてあっという間に焼きつくしてしまうだろう、対人としては凶悪な威力を持った魔術の炎。けれど、コウジは避けるでもなく口端から白い歯を覗かせて見上げるだけだ。
コウジにとって、それは避けるまでも無いんだ。
拳に炎を纏わせて、コウジは腕を前に突き出す。それだけでタマキの放った魔術は、まるで意志を奪い取られたみたいにコウジの腕に巻き付いて、そして消えた。
「あ……」
「もう終いか?」
タマキは現実を受け止められないかの様に呆然と魔術の成れの果てを見た。体は震えてて、眼の焦点は合っていない。完全に自失してしまってる。このままじゃ、今度こそタマキが危ない。
「コウジぃ……」
「んだよ、もう動けんのか。ちっと手加減しすぎたな」
それでもタマキはリンシンを守ろうとしてるんだろう。腰を抜かしてるリンシンに、小さな体で覆い被さった。震えながらも、眼差しだけはキツくコウジを睨み続ける。
「コウジ、それ以上はダメだよ。少しだけで良いから待ってくれないかな?」
「黙ってろよ、スバル。テメェらの都合なんざどうでもいいんだよ」
スバルの制止の声も聞く耳持たず。コウジはゆっくり歩を進めて、そしてタマキとリンシンを冷たく見下ろした。
「無抵抗の相手をどうこうするのは趣味じゃねえが、これも仕事だ。恨んでくれて構わねぇぜ?」
「コウジっ! 止めろぉっ!!」
――じゃあな
無慈悲な絶望の声と共にコウジの腕が振り下ろされて、僕はこれから起こる惨状に思わず眼を閉じた。
――カキンッ……
だというのに金属が軋む音が聞こえてきて、僕が想像していた音も悲鳴も聞こえてこない。代わりに聞こえてきたのはコウジの戸惑った声。
「……誰だ、テメェは……」
恐る恐る眼を開ける。差し込む街灯と辺りの炎に瞳が熱に焦がされて、自衛隊の迷彩服とブーツに身を包んだコウジの姿が最初に飛び込んできて、そしてその先に居たのは、毎日見ている学校の制服で。
「君代……さん……?」
君代ヤヨイが、いつも通りの無表情でそこに居た。
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