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1-11 ドッペルゲンガー

プログレッシブソード:魔技高専特任コース生に支給される標準装備。ショートソードやロングソードなど、いくつかの種類に分類される。通常武器ではダメージの少ない魔物にも攻撃できるよう魔素を集約して刀身にまとわせることができる。バッテリー式が主。



 病室は静かだった。それは極々当然の事で、病院で騒がないというのは誰もが守るべきマナーだ。

だけども今はその範疇を越えて静寂。無言。病室にいる誰もが言葉を失い、それは僕もまた同じで、ただ立ち尽くしてベッドの上に横たわる新しい友人の姿を見下ろすことしかできなかった。


「どうしてこんな……」


 タマキが嘆く声が聞こえた。問いかけにも似たその声色に応える人は何処にも居なくて、彼女がまだ生きている事を示す心電図からの規則的な電子音が音を失った病室に響いてる。

スバルが僕の所へ駆け込んできた時、アイツは「意識不明」だと言った。今こうしてユズホさんの姿を目の当たりにして、確かにそれは嘘では無いと思う。でもそれは正確では無くて、だけれども僕は今の状態をどう表現すれば良いのかは分からない。

真っ白な、光さえも真っ白なんじゃないかと思える病院の灯りに染められた彼女は、やっぱり白いシーツで包まれたベッドの上で眠ったように微動だにしない。元々白かった肌を病的なまでに白く染めて、でもその顔にどこまでも深い穴が空いたかのように真っ黒な瞳が僕を見上げていた。

起きてるのか、寝てるのか、ユズホさんは遠目でも分かるくらいに眼をハッキリと開けてて、でも彼女は何にも反応を示さない。

僕らが病室に入っても、声を上げても、彼女の顔に触れても何も応えることは無くて、ただ真っ直ぐにシミ一つ無い天井を見るだけだ。


「何が起きたの? 事故かしら? それとも事件? ヒカリ、アナタ何か知っていて?」

「いや、僕もスバルから意識不明としか……」

「意識不明ならまだ良かったですわ。これじゃ、これじゃまるで……」

「まるで、ドッペルゲンガーを喰われたみたいだな」


 ユキヒロがポツリと漏らした。

なるほど、確かにそうかもしれない。ドッペルゲンガーを失った人の姿を見たことは無いけれど、ドッペルゲンガーは云わば自分の半身。内なる、普段僕らが対峙する表層的な人格とは別の、その人の本質とも言うべき存在だ。

魔術とドッペルゲンガーは切り離すことができない存在だ。魔術を使うためには、世界に干渉できるそれを比較的表層部分まで引き上げてやる必要があって、世界に干渉できる能力と並んでどれだけ表層近くまで引き上げられるかどうかが魔術師としての適正となってる。

けれど、魔術師だけがドッペルゲンガーを持っているのではなくて、僕ら人は誰だってドッペルゲンガーを持ってるし、「もう一人の自分」とも称されるドッペルゲンガーを失えば、今のユズホさんみたいな状態になるのは理に適ってると言えるかもしれない。

とはいえ、まだ原因も何も分かってないから断言することはできないんだけれど。まさか本当にドッペルゲンガーを失った、なんて事は無いだろうし。

考えられるとすれば頭を強打したか、それとも何かしらの精神に働きかける魔術を受けたか、だけど、魔術でこんな症状になるものは聞いたことはないしな。


「それで、スバルは何処に行ったのかしら? ワタクシもスバルから聞いたし、あの子が一番事情を知ってそうなのですけれども」

「スバルなら今情報を集めに行ってる……っと、噂をすれば帰ってきたな」


 ユキヒロの声と同時に病室のドアがスライドして、そこからスバルが小柄な体を滑り込ませてくる。「ただいま……」と小声で話す様子からは、何故だかひどく疲れた様子だ。


「どうだ? 何か分かったか?」

「何とかね。まったく、あの医者口が堅いくせに口説こうとしてくるんだもん。やんなっちゃうよ。あ、ボクはヒカリ一筋だから安心してね、ヒカリ。キチンと魔術で口を滑りやすくさせて聞き出してきたから特に約束とかしてないからさ」

「口説かれた話はともかくとして、医者が口が堅いのは当たり前だからな?」

「スバルの話はどうでもいいですわ。それよりも、ユズホは? ユズホは眼を覚ますの? どうなの? そこが重要ですわ」


 一般人に魔術を使ったこととかスバルは男だとか突っ込みたいところは多々あるけれど、そこは置いておこう。タマキの言うとおりユズホさんの事の方がよっぽど大事だ。

だけど、スバルは大きくため息を吐き出した。


「……分かんないって。何故こんな植物人間みたいな状態になってるのか、運び込まれてひと通り検査は行ったけど、まだ何も分かってないみたい」

「そうか……」

「何か分かってることはありませんの?」

「とりあえず今のとこ医学的には何の異常も無いって。外傷は無いし、脳にダメージを受けた様子も無し。まったくの健康体だから突然元に戻る可能性はあるとは言ってたけど……あと、医者から聞き出せたのは簡単な発見状況くらいかな? 道端で倒れてた所を見回りの人が見つけたらしいんだけど、運び込まれた時からすでにこの状態で何の反応も示さなかったって言ってた」

「見回りって、昨夜僕らがやったあの見回り?」

「という事は彼女は夜中に外に出てたのか?」

「うん、そういうことになるね。時間は深夜二時過ぎくらいで、どうも部屋着のまま外に出てたみたい。何でそんな時間に部屋着で外に出てたのかは、まあ、当人に聞かなきゃ分かんないけど」

「でも、でしたらユズホは魔物にやられたということですのね?」


 ギリ、と歯ぎしりの音をさせながらタマキが確信を持った口調で誰にともなく尋ねた。その手はキツく握られてて、小さく震えていた。


「だろうな。しかも医学的に異常が無いというのなら精神系の魔術を行使する魔物だろう」

「ユキヒロ。アナタのその膨大な知識を頼って尋ねるのですけれど、何か心当たりはありませんの?」

「……残念だけど、俺の知識の中には役に立ちそうなものは無いな。精神系の、しかもこれほどの威力の魔術を行使する魔物となればかなり高位の魔物になるだろうが、こういった症状を引き起こす魔術を使う魔物は知らないし、そもそも魔術でこんな状態にするものすら知らない」

「そうですの……」


 「歩く魔技辞書」とも言えるユキヒロでも知らないのか。ひどく落胆した様子のタマキだけど、ユキヒロが慰めるようにタマキの肩を叩いた。


「そう落ち込むな。俺にだって知らない事はあるし、帰ったら色々と文献を漁ってみるさ。そしたら何か分かるかもしれんし、もし科学的に分からない症例となれば魔技医療技術の方も動いてくれるさ」

「……そうですわね。でももっと手っ取り早い方法がありますわ」

「手っ取り早い方法?」

「ええ。要は、ユズホをこんな風にした犯人を捕まえれば良いということですのよね?」

「ちょっと待った」


 確かにそれは手っ取り早いかもしれないけれど、危険だ。タマキの魔術の実力は知ってるけれど、でもユキヒロの言葉によれば相手はもしかすると高位の魔物かもしれない。言っても僕らはまだ学生で、本職の魔術師でも無い。経験も無いし、昨日聞いた話だとこれまでに本職の魔術師でさえ襲われてる。


「だからきっと自衛隊とか魔素エネルギー庁でも動いてるから、専門家に任せた方が良いよ」

「ですけれどヒカリ、アナタはこのまま指を加えてこの状態のユズホを見ていろと言いたいという事ですの?」

「そうは言わないけれど……」

「ねえ、タマキさ。気持ちは分からないでは無いけどさ、どうしてそこまで怒ってるのさ。言い方は悪いけど、タマキとユズホちゃんは昨日初めて会ったばっかりでほとんど話さえしてないじゃん。そこまでタマキは正義感が強い人間じゃないってのはボクも知ってるし、本気になる理由が分からないな」


 その言葉にタマキは顔をしかめてスバルを睨みつけた。でもスバルの言う通りだと思う。小さくて可愛い女の子が好きで色々と問題行動を起こすタマキだけど、それ以外に関しては結構ドライだ。言い寄ってきた男子生徒には暴言の限りを尽くして心をへし折ってきてるし、今でこそ僕らとは気兼ねなく話してはいるけれど、最初の頃はひどく素っ気なくてまともに会話すら成立しなかった。今でもクラスでコミュニケーションを取るのは僕らくらいだし、自分に関係が無かったらタマキはほとんど感心を示さない。だから、スバルの言った通り彼女がここまでユズホさんに感情を露わにするのがよく理解できない。

 しばらくタマキは唇を噛み締めてスバルを見つめていたけれど、不意に観念したようにため息を吐いた。


「……確かにそうですわね。ええ、客観的に見ればワタクシ自身もおかしいとは思いますわ。普段のワタクシであれば『そう、運が無かったですのね』の一言で終わらせてるに違いないですわ」そう言ってタマキは視線をスバルからユズホさんに移した。「実はワタクシ、昨夜ユズホと話しましたの」

「え? そうなの?」

「ええ。昨日の見回りから帰った時に寮でバッタリお会いしましたの。これから一緒に過ごす時間も増えるでしょうし、せっかくの機会ですから、その、半ば強引に彼女の部屋にお邪魔して色々と語り合ってきましたわ」


 それは……なんともタマキらしいかもしれない。僕もユキヒロも苦笑を浮かべ、タマキも釣られたのか同じように苦笑いした。


「それで、何を話してきたんだ?」

「本当に色々と、ですわ。単なる世間話からスバルというこの変態のどこを好きになったか、という話までとりとめなく話しましたの」

「変態は余分だよ。ボクはボクの心のままに行動してるだけだもん」


 スバルが抗議の声をあげるけど、タマキは無視して話を続けた。


「それで、話して分かったのですけれども、あの子は今時珍しいほどいい子でしたわ。真面目で一途で親切で愛嬌があって。もちろんあのように小さくて可愛い子に悪人は居ないのは理解していましたけれど、話してみて更にその確信を深めることができましたわ」

「お前にかかれば小さくて可愛ければどんな奴でも善人だろ?」

「あら、そんな事はありませんわ。ワタクシにとってはこの上ない正義であっても世間的にはそうとも限りませんもの。中には自分の容姿を逆手に取ったどうしようも無い子も居ますもの。

 ああ、話が逸れましたわね。その時にね、彼女の家族の話もしましたの」

「それはずいぶんとユズホさんも心を開いてくれたものだね」

「ええ、ありがたいことですわ。正直ワタクシは自分がウザったい性格してるのは自覚してますの。にもかかわらず邪険にするどころか、腹を割った話をしてくれるところに彼女の性格の良さが現れてると思いますわ。ところで、アナタ方は彼女のご家族の姿をご覧になられて?」

「いや、見てないよ」

「俺もだな」

「ボクはさっき戻ってくる時に少し見てきたな。今は警察の事情聴取を受けてたけど、うん……ひどく憔悴してて、お母さんは眼を真っ赤に泣き腫らしてたよ」


 そうだろうな。自分の娘がある日突然こんな状態になってしまったら、胸中はどんなに辛いことだろう。何を話し掛けても、触れても声一つ発せず、身動ぎ一つしない。まるで生きているのか死んでいるのか分からない。どれだけ泣いても苦しみは軽くならないだろうと思う。それが、ユズホさんを愛していれば尚更。

そこまで考えて僕はタマキがここまで彼女の為に動こうとする理由に察しがついた。


「ユズホの話を聞く限り家族仲はとても良好ですわ。彼女のご両親は羨ましくなるくらいユズホを愛してますし、ユズホもその愛情に応えようと努力を重ね、彼女もまたご両親と妹をとても愛してるのを、彼女がご家族の事を語るその口調や話し方からヒシヒシと感じましたの。知ってまして? 彼女はご家族に経済的な負担を掛けないためにわざわざ遠方から魔技高専に入学してきてるのですわ」

「そうなんだ……」

「こうしてユズホのプライベートを影で話すのは気が引けるのですけれど……あまり経済的に好ましい状態では無いみたいなのですわ。御存知の通りウチの高校はそれなりに入学金や授業料は高額ですけれども支払い猶予制度がありますし、防衛省や魔素エネルギー庁に入ればそれは全て免除になりますもの。元々は地元の高校に進学するつもりだったらしいのですけれども、そういう事情で必死で勉強して特進コースに入学したらしいですわ」

「うん……ホントに凄い人だね」

「ええ、それも全てはご家族のため……本当に羨ましいですわ。正直、妬ましいほどに」


 妬ましい。最後に零したその言葉がそのままタマキの本音だと思う。

もう一年以上の付き合いではあるけれど、タマキは彼女自身の事を殆ど語ろうとはしない。だから僕が知るのは今こうして向き合ってるタマキの事しか分からないけれど、一度だけ彼女の家族について話してくれた事がある。

彼女は、自分の両親の事を殆ど知らない。

元々家族関係が良好では無かったみたいで、加えて幼い頃から度々虐待めいた暴力を受けていたらしい。

理不尽で、意味もないそれを一身に受け、意味も分からずに体を丸めて彼女は耐え、体と心に刻まれた傷は単調に増えていく。

周囲の温かい家庭を見ては期待し、家の中では裏切られ、周りと自分の置かれた環境を妬みながら尚も希望を捨てられず、やがて特異点の発生による混乱の中で両親は亡くなり、その機会は永遠に失われた。

彼女の運動能力が低いのはその時に運動をまともにしなかった事と、ケガが原因で足の骨が少し変形して成長したためだと笑いながら語っていたその時の表情を見て、僕は語り掛ける言葉を持たなかった。

そんな彼女だからこそ温かい家庭を持つユズホさんを妬ましいと思うと同時に、守るべきものだと認識してるんだと思う。自分が持てなかった輝かしいモノを失わせるべきでは無いと。

「……タマキの考えは分かったよ。ボクも父や母が悲しんでる姿は見たくないし、治せるなら一刻も早く治してあげたいのは確かだし」

「とはいえ、具体的にどうするつもりだ? 闇雲に動き回っても遭遇するかは分からないし、非効率的だ。それに恐らく警察や自衛隊も動いているだろうから、夜中にアイツらに見つかれば面倒な事になる」

「それは……」

「はいはーい、ちょーっとお邪魔するよー」


 タマキが口を開きかけたちょうどその時、まるで割って入るかの様に扉の外から男の人の声が聞こえてきた。僕らは一斉に振り向き、そして誰も何も言わないのに勝手に扉が開く。


「あら? 君ら誰?」


 ドアの向こうから姿を現したのはまず一人の男。ひょろっとした体躯の上にまともに洗濯してないのか、少し薄汚れた白衣をまとったその人は気怠げな雰囲気を醸しながら尋ねてきた。


「……僕らは四之宮さんの友人ですけど」

「ふーん、そ」


 自分から聞いてきたというのにこの人は興味なさ気に簡単に聞き流すと、僕らの不審な視線を気にも留めずに大きなアクビをしながらズカズカと病室の中に入ってきた。

そして続いて真っ黒なスーツに身を包んだ男たち。強面でガッチリとした体格の彼らは全くの無表情で、白衣の男の後ろに従う様にして僕らを一瞥だにせず、威圧感を振りまきながら前だけを見て歩いてくる。


「ちょっと待てよ。勝手に入ってきてアンタら何者だよ?」

「我々は魔素エネルギー庁の者だ。関係無いものはすぐにここから出たまえ」


 黒ずくめたちのリーダーだろうか。一際威圧感のある大男が僕らを見下ろしてきて、冷たくそう言い放つ。


「魔素エネルギー庁の人がユズホちゃんに何の様なのさ?」

「君らが知る必要は無い」

「怪しい人間を彼女の傍には置きたくないな。自分たち自覚ある? コッチから見たら本当に役人さんかどうか怪しくてたまんないんだけどさ」

「……邪魔するようなら強制的に排除するぞ」

「まーまー、両方ともそうピリピリしなさんなって」


 険悪な雰囲気になりかけたけれど、それを遮ったのは白衣の男だった。


「しかし……」

「こーんな少年少女にとっちゃ君らみたいなオッサン連中なんて胡散臭い存在の象徴みたいなもんなんだからさ、ちょーっとは愛想良くしなって。な?」

「どっちかっていうとそこの怖いオジサンよりお兄さんの方が胡散臭いけどね」

「言うねー、君。ま、いいさ。とりあえず俺だけ自己紹介させてもらうよ」

「主任」

「うっさいなー。健気にもこんなオッサン連中から大事な友だちを守ろうって身構えてる立派な子たちなんだからさ、少しくらい妥協してあげたっていいじゃない? それに、せっかくの優秀な魔術師の卵がこの事で不信感抱いちゃって民間とか他の国に流れてちゃったら国の損失だよ?」


 そう白衣のお兄さんが黒ずくめに言うと、難しい顔をした大男は押し黙った。それを見てお兄さんは満足そうに頷いて白衣のポケットに手を突っ込んで何かを探し始めるけど「ありゃ?」って声を上げながら色んな所を探してく。でも結局見つからなかったのか、ポリポリと頭を書いて軽くため息を吐いた。清潔そうに見えないし、頭からシラミとかが落ちてきそうだからあんまり頭を掻かないで欲しいんだけれど。


「んじゃま初めまして。俺は榛名・ナオキだ。胡散臭く見えても一応魔素エネルギー庁で働いてる。めんどくせー規則であんまペラペラ喋れねーけど、まあなんだ、医者の真似事みてーな事をしてる。それで君らの名前は?」


 まだ警戒心はどうしても解けないけれど、相手がキチンと名を名乗ったんだ。ならこっちも礼儀として名前くらいは名乗るべきだろう。


「初めまして。染矢です。宜しくお願いします」


 ユキヒロを皮切りにスバルたちも名前だけを簡潔に名乗っていく。最後に僕が名乗ったところで「へえ、君が」とか意味ありげな呟きをしたけれど、その意味を問いただす前にタマキが声をあげた。


「それで、魔素エネルギー庁の人がユズホに何の用ですの? お医者様の様な事を仕事として為さってると仰いましたけれど」

「あー、その前にちょーっと待ってな。

 なあ、オッサン。ちぃっとばかし席を外してくれねーかな?」


 お兄さん――榛名さんは眠たげな眼で首だけを動かして黒ずくめにそう頼んだ。けれど、まあこれまでの会話の流れからして――


「……それはご命令ですか?」

「出来ればそうしたくねーけどな」

「ならば仕方ありません」


 て、あれ?

てっきり「それはできません」とか言って拒否するかと思ったけれど、意外にもあっさりと黒ずくめは病室から退室していった。

予想外の展開に呆気に取られてると、榛名さんは肩の荷が降りたとばかりに首を回して「ふう」とため息を吐いて、そして壁に立てかけられていたパイプ椅子を広げると脚を投げ出して座った。


「さて、こうるせーお舅さんも居なくなったトコで話を続けるとすっか」

「……もしかして結構ヤバい話をする気ですか?」


 ユキヒロが少し顔を引き攣らせてるけれど、榛名さんは「まさか」と一笑した。


「たいした話じゃなくても無理やり規則に当てはめて制限してくっからな、アイツら。しかも頭が顔面と同じでガッチガチで融通聞かねーからとっとと退場してもらったってわけ。その方が君らも話しやしーだろ?」

「お心遣いに感謝しますわ。それで、お仕事のお話を聞かせて下さるのですのよね?」

「詳細までは流石に話せねーからそこは勘弁してくれな? さっき医者の真似事って言ったけど、まあ、そのまんまだ。医者がこれまでの医学的な見地で人の体を見てるとすれば、俺は魔素技術的な観点から人の体をチェックするってわけ。外傷とかだったら魔術で受けた奴でも普通の薬とかで直せるけど」榛名さんはチラッとユズホさんを見て「この嬢ちゃんみたいに精神系魔術の疾患だと現代医学はほぼ無力だからな」

「やっぱり、ユズホさんは魔術を受けて……」

「普通の検査しても何の異常も見つからねーんなら十中八九そうだろうな。そして出来れば予想は外れて欲しいんだが――」


 話しながら榛名さんはパイプ椅子から立ち上がって、ユズホさんの横たわるベッド脇に歩いてく。その姿を僕らは見送る横で、榛名さんはポケットから何かを取り出した。


「――何をする気ですの?」

「そう(こえー)顔しなさんなって。せっかくの美人が台無しだぜ? 安心しな、ちょっとばかし検査させてもらうだけさ」


 言いながら何気ない仕草でユズホさんの着てた病院着の胸元を開けさせた。


「なっ!?」


 突然の事に僕は慌ててユズホさんから眼を離して背を向けた。そうするんなら一言くらい声を掛けて欲しいと思うのは贅沢だろうか?

意図せず眼にしてしまう事を避けられて一息吐いてると、ユキヒロもまた一拍遅れて背を向けて、ズレたメガネを直してた。落ち着いたフリしてるけど、少し頬が赤いのは見てない事にしてやろう。武士の情けだ。あと、タマキに蹴り飛ばされたのか視界の端でスバルが転がっていったけどそれもまた見ないふりをしておく。


「女性の体の扱い方がなってませんですわ」

「ソイツぁ失礼……やっぱりか。ああ、もうコッチ向いてもいいぜ」


 榛名さんの声に平静を装って振り向くと、彼はポケットから取り出したらしい掌サイズの機械を指先でつまんで覗きこんでた。


「何が見えますの?」

「覗いてみっか?」


 そう言って気安い様子でその機械をタマキに手渡した。タマキが覗きこんでみるけど、段々と難しい顔に変わっていく。


「あの……何も見えないのですけれども?」

「そりゃそうだ。何も映ってねーんだからな?」


 なんじゃそりゃ。

からかわれたのかと思うけれど、でも榛名さんは至って真面目な表情で言った。


何も映ってない(・・・・・・・)事が問題なんだよ」

「……意味が解りませんわ。もったいぶらずに教えて頂けますこと?」


 少し苛立った口調でタマキがやや睨みつけると、榛名さんはタマキからさっきの機械を受け取ってユズホさんの体にしたように胸元に押し付けた。

そのまま待つこと、しばし。榛名さんはもう一度機械をタマキに渡してもう一度覗くように促した。

タマキは促されるままにもう一度片目で小さなレンズを覗きこんで、そして「あっ」と声を上げた。


「これは……」

「俺のドッペルゲンガーだよ」

「なっ!?」


 タマキがユキヒロに手渡しながら病室にも関わらず驚きに声を張り上げた。

 タマキからユキヒロに、そしてユキヒロから僕にと渡されたそれの中に映っていたのは、一人の男だった。今にも泣き出しそうな顔で佇む男の顔は、小さいから見難いけれど確かに榛名さんで、けれどもひどく儚い印象を受けた。


「あんまりジロジロ見んなよ? 恥ずかしーからさ」

「そんな馬鹿な事があるわけ無いですわっ! ドッペルゲンガーの存在が確認できるなんて……」

「人間の眼だけだと無理だろうな。こう言う風に専用の機械を使って初めて確認できるんだ。喜べ。君らが俺以外で初めて他人のドッペルゲンガーを見た人間だからよ」


 さらっと榛名さんは言ってるけど、これはとんでも無い事だ。歴史的な発明と言っても良いかもしれない。

これまでもドッペルゲンガーの存在は認められてきた。魔術師の中でも、言葉だけなら一般の魔術とは関係ない人の間でも常識と言えるほどに浸透した存在だ。けれどもそれはあくまで理論上、あるいは概念上の存在であって現実に光学的・物質的に存在するわけじゃない。いわゆる形而上の存在というのが常識だった。

だけどこの小さな手のひらサイズでしかない魔素技術の結晶はその常識を覆してしまった。形而上の物を形而下に落としこんで目に見えて理解できるところまで存在を身近にした。言い換えれば「魂」を観測してることに等しい。タマキが大声を上げて否定するのも当然だ。

だけど――


「ま、これに驚くのはしかたねーことだよな。けどよ、君らが今気にすべき事は別にあるんじゃねーのか?」

「え?」

「タマキちゃんよ。最初に渡した時にそのレンズを通して君は何を見た?」

「――っ!!」


 そうだ。タマキが始めに渡された時にはレンズの奥には何も映しだされていなかった。その直前にユズホさんのドッペルゲンガーを透視していたはずだというのに。


「そ、んな、まさか……」

「残念ながら、そのまさかなんだよな」


 絶望的な考えに達したタマキに向かって榛名さんは、一度ため息を吐くと彼女の考えを肯定してみせた。

あるいは、誰もが言葉にし難い、けれども容易に想像できる未来を。


「四之宮ユズホは近い未来に死ぬ」




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