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1-1 「魔技高」

・本作品は拙作「ゆるねばっ!2」の本編になります。

・本作品にはいわゆる「同性愛」っぽい要素が極々微量(なのでタグには含めてません)が含まれます。

・オリジナルの用語が含まれますが、以後この前書きにて簡単な説明を加えていきます。「この言葉を説明してほしい」という場合は感想欄・メッセージにてご連絡ください。






「エゴ・ゲファレン・ベルトナ・エオ・カティオ……」


 学校の裏にある人気の無い小高い山の中、目の前の少年二人は、ニヤリと形容すべき何とも言えない気持ちの悪くて気色の悪い、思わずコチラが吐きそうになるか、人によっては殴り飛ばしたい衝動に駆られる様な笑い顔を僕に向けて意味不明な言葉をつぶやき始めた。同時に両手を大仰に左右に開いて、顔は見下した様に侮蔑に満ちている。そしてそれを僕は何をするでもなしにボンヤリとその様子を眺めていた。

 そんな僕を見て少年は――ただ少年と呼び続けるのも面白く無い。せっかくだから「少年A、B」と呼ぼう――僕が唖然としていると映ったんだろうか、笑みをいっそう濃くしていった。彼の名誉の為に敢えて言うとすれば、決して少年Aの容姿は悪くは無い。恐らくは十人並みの僕自身よりは整ってるだろうし、だらしなくシャツを着崩して頭の堅い大人が顔をしかめるだろうチャラチャラとピアスをつけた格好はきっと派手目の女の子にはモテるかもしれない。そしてそれは少年Bも同じだ。

僕が気持ちの悪い、と称したのは笑顔そのものだ。本来ならば笑顔は人をリラックスさせたりだとか安心させたりだとかポジティブな要素をこれでもかと詰め込んだものであるべきで、けれどもこの少年AとBは表情と言葉にいっぱいの悪意を載せて僕に投げかけてる。その中にボジティブな要素を無理やり読み取ろうとすれば出来ないことは無いけれど、この場に置いてそんなものを見出したからといって何の役に立つかと問えば、問われた人は何と応えてくれるだろうか。

そんな事を考えていると二人の詠唱は終わったらしい。

そう、これは詠唱だ。意味不明、とさっきは言ったけれども、それは何も知らない大多数の一般人であればの話であって、この少年たちの想像の中に居る身勝手な僕像とは違って、残念ながら僕は日本でも数少ない魔術を専門に教える魔技高専に通う生徒であるからこの言葉の羅列が意味する所を知っている。

木々の間を風が走ってく。でもそれは自然本来の物じゃない。空間が不自然に歪んでるのが僕には見える。僕等の周り一帯の空気が生暖かく温められて、なのにピリピリとした緊張感を否が応でも感じさせてくれる。

そしてうっすらと彼らの背後に現れる青白い影。少年A、Bと同じ顔でうっすらと笑みを浮かべてくるそれを見て、すでに確信を得ていた確信の度合いを更に強めることができた。

以前ならば空想上でしか存在せずに、男の子なら一度は妄想した事があるだろう架空存在である魔術が現実の技術として確立されてから何年経っただろうか。今日の昼ごはんでさえ何を食べたかすっかり忘れてしまう様なキリギリス程度にも当てにならない記憶力のせいで魔術の歴史を覚えてはいないけれども、さすがにこの、人とは到底呼称できない存在の事は僕であっても覚えている。

魔術を使うために必要なモノ。本来なら人間が成し得ないはずの超常現象を簡単に成し得るために不可欠な多重存在。通称「ドッペルゲンガー」。そいつらの世界に干渉して、普通なら有り得ないことにそこら中の空気が少年Aの手元に集まって行き、彼が叫ぶと同時に僕はその場を飛び退いた。


「エアロ・ハンマー!!」


 何だ、その名前は。あまりにも中学生辺りが罹患する病に満ち溢れた名称に思わず脱力してしまいそうになるのを全身全霊を以て耐え切って着地に失敗するのを何とか免れた。とは言ってもそんな名前を付けるのは魔術が大分身近になってきた今日、珍しくは無いのだけれども。そもそも正式名称からして「ベルトナム・カティオ」と言う、これまた叫ぶのが恥ずかしくなる名前なのだから僕らみたいな中高生くらいの年齢の少年が独自の名称を付けたくなる気持ちも分からなくはない。もっとも、別に術名を叫ばなくても魔術はキチンと発動するのだけれど。

名前はともかくとして、その威力は正直僕らみたいな子供が手にするには不釣り合いなものだ。今だって僕がつい数秒前まで立っていた場所は土が直径五〇センチ程度に渡って抉れているし、詠唱が少し間違っていたにしては十分な威力だ。直撃すれば骨折、頭ならヘタすれば死んでいたかもしれない。


「クソッ、なんで避けやがった!?」

「いや、なんでと言われても……」


 どうやら少年Aは僕が避けたのが大層ご不満らしい。でもそんな死ぬかもしれない攻撃が来ると分かっていて敢えて喰らうほど僕はまだ人生に絶望――していないと言えないけれども、今日この瞬間に初めて出会った全く見知らぬ赤の他人に殺される趣味は今のところ蚤の心臓ほども持ちあわせてはない。


「喰らえよっ! フレイムボール!」


続いて少年Bの詠唱も終わって、さっきまでの生暖かさとは違った空気になる。彼の手の中に真っ赤に燃える小さな火球が現れて、また見たまんまの術名を叫びながらそいつを放り投げてきた。それもまた本来の威力に比べるべくもなくて速度も特別速くはないのだけれど、首を横に倒して避ければ髪がチリチリと焼け焦げて、露出してる部分に当たればただの火傷じゃ済まないくらいには危ない。

そしてそんなものを木々生い茂る山の中で使えばどうなるかというのは自明なわけで。


「ちょっ、おまっ!? 何やってやがるっ!?」


 樹の幹に直撃した火の玉は、不幸中の幸いというべきか樹そのものを燃やすほどの威力は無くて、けれども不幸というべきか四散した火球の一部が地面に落ちていた木の葉に当たって小さく火の手を上げた。それを見て少年A&Bも顔を真っ青にして、慌ててその火の手を消しに走り、当然僕もまた大急ぎで脚で何度も踏みつけて火が大きくならない様に消火に勤しんだ。

高校生が三人、同じ場所で必死になって地団駄を踏んでる光景。第三者から見ればさぞかし間抜けだろうけれど、幸いにもこの場にはすでに僕らしかいなくて、しかも火を消すのに必死でそんなことを気にしてる余裕も無い。

本当に幸いと言うべきか、さして落ち葉が密集していなかったから火がアチコチに飛び火する事は無くて、けれども僕ら一同危うくの大惨事に肝を冷やしたことは事実であり、火が完全に消えたのを見た時は三人揃って大きく安堵のため息を吐き出した。


「テメェっ!! テメェが避けたからもう少しで山火事になるとこだったじゃねぇかっ!!」


 なんという理不尽。そもそも少年Bが考えなしにあんな魔術を使ったのが原因であって、僕はどうすれば良かったと言うのか。とは思うけれども、それを目の前で肩を怒らせて尚もやる気満々の彼らに問うたとしても「避けなければ良かった」という応えが返ってくるのは先ほどの発言からも明白で。

さてさて、どうして僕がこんな場所で「高校生三人の魔術が原因で山火事」なんて世の中の暇を持て余したマスコミが喜び勇んで飛んできそうなネタを提供しかけているかと言えば、別にたいしたことじゃない。ただ単にココで僕と一緒に火遊びをしているこの二人が中学生くらいの男の子をイジメているのを見ていたから。それだけに過ぎない。もっとも、イジメてる方は魔術師の卵で、決して一般人には向けてはいけないと厳しく指導されたはずなんだけれど、どうやら先生方の熱心な教育もこの二人の心には何の感銘も与えなかったらしい。別に僕も感銘を受けた覚えは無いのだけれども。

 「困っている人を助ける」事を座右の銘どころか犯すべからず信条としている僕は、常々「便利屋」として学内の面倒事を積極的に押し付けられる毎日を送っていて、今日もまた誰一人として取り掛かろうとしない生徒会の書類作成を一人寂しく押し付けられていたわけで。その中で黙々と作業していたところ、たまたま窓の外からこののどかな景色広がる裏山を見ていた時にイジメの現場を僕は目撃し、全ての書類をほっぽり出して三階の教室(・・・・・)から僕は外に飛び出してきたわけだ。

突然とんでもない所からやってきた僕に面食らって固まった彼ら少年A&Bの隙を突いて、無事にいじめられっ子を逃すのに成功した。つまり、僕の最大の目的は問題なく達成されたわけで。


「さて、火も無事に消えたわけだし、それじゃ僕はこの辺で……」

「逃さねぇよ」


 今日もいい事したなーってクルリとお暇させてもらおうかと思ったんだけれども、さすがに見逃してはもらえないらしい。一人が素早く僕の行く手に回りこんで逃げ道を塞いで、それじゃ反対側へと振り返ってみれば、眉間にこれでもかというくらいに青筋を浮かべた少年Bが手ぐすね引いて待っていた。まあそりゃそうだよね。


「僕としてはこのまま穏便に済ませて帰りたいんだけど……」

「まあそう言うなよ。折角なんだからよ、魔技高特任コースのエリート様の魔術講義でもしてくれよ」

「そうそう。在学中は随分とバカにしてくれたよな」


 ブレザーの返り襟の位置に取り付けられた校章の刻まれた真紅のバッジを見ながら二人はそんな僕にぶつけられてもどうしようもない恨み言をぶつけてくる。なるほどなるほど、どうして魔術が使えるのかと思っていたけれども、この二人はウチの学校の卒業生か、あるいは中退した元生徒といったところだろうか。一般人に躊躇いなく魔術を使ったところをみるとたぶん後者だろうけれど。少なくとも魔技高の現役生徒であるならば、性格に難がある生徒が多いとは言え、こんなところで魔術なんて使うことはないはずだ。それくらいにはウチの学校の魔術に対する監視の眼と処分は厳しい。

 国立防衛魔素技術高等専門学校、通称「魔技高」。ある日を境に世界中に現れた魔獣・魔物といった魔術同様に空想上の存在だった生き物たちから自分たちを守るために発展した魔素技術を体系的・実践的に学び、国と国民を守るための人材を育成するというお題目の元、国を守る防衛省と文部科学省によって新規に設立され、内閣府直下の魔素エネルギー庁が管轄するという、政府関連省庁の駆け引きが有り有りと見て取れる我が高校。

設立当初は、誰でも魔術が使えるかもしれないと入学希望者が殺到したらしく、今でもそれなりの倍率となっているけれども、その門戸は非常に狭い。魔素技術は現代社会において最早不可欠な技術ではあるけど、その扱いの難しさから正確にかつ安全に運用されなければならない。だから入試は難関の一言で、ペーパーテストに加えてその才能を認められなければ入学はできない。

その中でも特任コースは選りすぐりのエリート呼べるほど優秀な人材ばかりだ。何せ最初から関連省庁の幹部候補生としての道が定められてるから、学力・身体能力・そして魔素関連技術で生半可な実力じゃここには入れないし、入学後の学習速度も他のコースとは比べ物にはならないらしい。他の進学コースとか就職技術コースの授業を受けたことが無いから分かんないけど。ただし、同時に自主性も重んじられてるから授業のコマ数は少なくて、早めに授業が終わった後の放課後の時間の過ごし方は各々に任せられてる。練習場での魔術練習するも良し、学習ルームで理論や数学とか普通の科目を自習するも良し、鍛錬場で体を鍛えたり武器の扱いを練習するも良し、だ。もちろん自由気ままに遊びまわっても社会勉強の一環としてバイトに勤しんでも問題ないし、部活に精を出しても成績さえ十分なら先生たちも何も言わない。もっとも、赤点でも取ろうものなら即座にコース降格や退学もあり得るのだけれど。

 そして僕こと紫藤ヒカリは非常に不本意(・・・・・・)ながらこの特任コースに所属している。とは言っても、学費免除であるから声高に不満を口にする事はないけれど。ちなみに名前は高専だけど、在学期間は三年で普通の高校と同じだ。

 繰り返しになるけれど、特任コースは他の進学コースや就職技術コースとは一線を画してる。どのくらい能力に違いがあるかと言えば、魔術なんかを使ってまともに喧嘩をすれば特任コース生にはほぼ絶対に勝てない。幼稚園児が大人に絶対に勝てない様に、蟻が象には絶対に勝てない様にそこには絶壁の高い壁が存在しているというのが学内での共通認識だ。もっと簡潔に言えば、「容易く相手を殺してしまいかねない」のだ。もちろん双方のやる気の問題だったり、魔術なしでガチ殴り合いとかだったらひっくり返る可能性はあるけれど、それにしたってなきにしもあらず、といった感じだろうか。少なくとも僕の認識はそうであり、今の今まで世間一般の共通認識だと思っていたんだけれど――


「ちょうどいいじゃねぇか。いつも偉ぶってる特任コースの連中が本当はどれくらい強いのか試してみたかったんだ」

「二対一くらいじゃウォーミングアップにもならねーかもしれないけどよ、ちょっくら俺らに稽古の一つでもつけてくれねぇかな、『正義の味方』様よ?」


 どうやらこの二人はそんな話を信じてはいなかったらしい。「へっへっへっ」なんてどこかで聞いたことがあるような小悪党じみた笑い声を僕の方へと向けてにじり寄ってくる。

さてさて、これはどうしたものか。僕の目的はあの中学生を逃してやることでしかなくて、それはとっくに達成している。彼らを痛めつける気なんて毛頭どころか原子のサイズほどのつもりもないわけで、そもそもこうして彼らを威圧するのも単なるハッタリだ。おまけに大分時間も過ぎてしまった。急いで戻って仕事を片付けないといけないし、暴力事件なんてことに発展させてしまう気も無い。

何より、僕は魔術が使えない(・・・・・・・)のだから、それがバレるともっと厄介だ。

どうやって早急にこの場を逃げ出そうかと使えない脳みそをフル活動させてみるけれども、やっぱり使えない脳みそは別に妙案をタイミング良くひねり出してくれるわけでも無い。さすがは僕の脳みそだ。使えない。

もうこうなればミジンコ並みにしかないプライドをかなぐり捨てて一目散に逃走を図ろうか、とクラスメートに知られれば罵倒されかねない案を実行しようかと本気で考えていたその時。


「ウィンダム・ボム!」


 上空から甲高い叫び声。それと同時に僕と少年ズの間にある地面が爆発した。



お読み頂きましてありがとうございました。

お気づきの点がありましたらご連絡をお願い致します。

2014/08/15 大幅に改訂

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