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「あら、ドック。何か御用かしら?」
少女はことん、と首をかしげた。ドックはまだ口を開かない。開いたかと思うと、はぁーっと大きく息を吐いた。
「心配せずともあいつらは全員外にいるよ。食料を狩りに行った。当分戻ってこないだろう」
「今日のお留守番は私とドックなのね」
「ちょっと違うな。わしはアンタの守り番さ」
ドックは部屋の端にあった小人用の椅子を持ち上げる。少女の前まで運び、重そうに下ろした。年長のドックにはたったそれだけでも体力を使ってしまうのだ。
どっこいしょ、とのろく椅子に座る。背もたれにもたれ、はぁ~と疲れた自分の老体を休ませる。
「白雪、わし以外誰もいない。だから、芝居をやめてくれ」
小鳥のさえずりが二人の間を通る。白雪はふっと口角をあげる。
「私は舞台女優ではないわ」
「知ってる、あんたはこの国ただ一人の王女、白雪姫様だろう? 」
ドックは肘掛に肘を突く。広い額に手を置き、ため息を吐く。
それがおかしかったのか、白雪はくすくすと笑いだした。
「ごめんなさい。からかっただけよ」
白雪はウィンクを飛ばす。それは様になっているし、可愛らしい。だが謝っているというのに、肩を震わせているのはどうかと思う。ドックは白雪を睨む。
「心にもないことを」
「失礼ね。私、嘘はつかないのよ」
どうだか。この娘はなんだか胡散臭い。その上品な仕草と輝く美貌を付け足しても。
白雪は椅子に座ったまま腰を屈める。ドックと同じ視点になる。白雪はドックに言う。
「あなた。私がこれからどうするのか、知りたいんでしょ?」
ドックは何も言わない。頭を下げて、黙ったままである。
「別に隠さなくてもいいのに。好奇心は生きている上では欠かせないものだわ」 ドックは違う、と頭の中で否定する。好奇心はある。が、隠しているんじゃない。迷っているのだ。これ(・・)は聞いていいのか、聞くべきなのかを。
好奇心は大事だ。それなくては充実した生を生きられない。長い生を生きる小人だってそうだ。しかし、余計な好奇心は猫を殺す。だがそれ以上に
「ねえ、ドック」
ドックが顔を上げる。白雪は窓の外を見ていた。その顔はとても儚く切なげであった。
ある事情で、彼女はこの家屋から出られない。そのため長らく外を出ていない。 仲間の小人が見たら、白雪は外の世界が恋しいのだと、森で花を摘んで、白雪に贈ったり、外の話をたくさん話す。彼らは優しいから。 だが彼女は窓の外の世界を見ているのではない。ましてや、焦がれてもない。白雪は待っているのだ。いずれ来る人物を。
「うふふ。いつになったら来てくれるのでしょうね? あの方は」
白雪はうっとりと、恋しい人を思い浮べた。恋に思いを寄せる姫君の赤らめた頬はとても愛らしい。
白雪の思い人が誰か小人は知っている。だからその思い人に同情する。恋という純粋なものでは収まり切れない狂気を向けられていることを。そして、その末路も。
白雪は思い人を確実に仕留めるために、そのためだけにこんな所にいるのだ。その執念深さはもはや感心する程。
だから、きっと。気付いた時にはもう遅い。狂気で錆びてしまった鎖に縛られ、思いの重さを思い知らされる。離すものか、と。
「早く、早く私に会いに来てくださいまし。――様」 ドックは白雪から視線を逸らし、気付く。蜘蛛の巣が張っていた。掃除しなければ、と腰をあげようとした。だが目に映ったものに動きが止まる。
蜘蛛が蝶を捕らえていた。まさに蝶を食そうとしているところだった。
背中にぞくっと悪寒が走る。これから起こることを示唆していた。
まるで何者かが、白雪に味方をしているかのようだった。