島の巫女
「これまた、すごいトコだあねぇ」
ガルダは辺りを見回し、苦く笑った
沖に出て五日、船は燃料補給と物資運搬の為“ヴァナ諸島”東よりの小さな島“バラル”に停泊した
出航は翌日の午後になると聞き、三人は船を降りて島を見てみることにした
狭い船上での生活は体が縮まってしまうようで、久しぶりに踏みしめる地面の感触が心地好い
思い思いに体を伸ばし、歩き出した
他国からの干渉を受けず、戦禍からも逃れ孤立した島々の集まり
中でもここ“バラル”の歴史は古いと言う
手付かずの自然が多く残り、古い文化を受け継いだ生活を送っているらしい
電気や水道もなく、物資は三日に一度船で運ばれてくる
エア・カーやエア・バイクはもちろんなく、主だって利用されているのはソーラー・カーだ
そのソーラー・カーですら皆が持っているわけではない
島の繁華街の商店や、高級住宅地に住む権力者等、一部の金持ちがステータスとして持つ高級品だ
島の住人の殆どが自らの足か、馬車で移動している
「こんなとこじゃ、商売にならんか・・・」
人気もまばらな、寂れた通りを歩きながらガルダが溜め息をつく
吟遊詩人は人に聞いたもらってなんぼの商売、客がいなければ意味がない
島で最も栄えた通りと聞いたが、賑わう気配もない
店のショーウィンドゥを飾るドレスも、看板やポスターも、どれも一昔前の型遅ればかり
時折すれ違う人も、皆年老いている
「老人島かよ」
「若い奴の職がないんだろ。自給自足じゃ賄い切れんだろうしな」
レオは寂れた町をながめ、呟くように言う
「それに・・・こうも活気がないんじゃ、外に気が向くのも仕方ない」
働ける場所も遊ぶ場所もない
一昔前は栄華を誇っていても、今となってはみる影もない
時代の流れに取り残された小さな島に、若者を留まらせる力などない
外の世界に憧れ、夢を持ち、島を捨てていく
ここにいるのはこの島を造り上げた老人達
忘れ去られた年寄りばかりなのだ
ここと同じように高齢化の進む過疎の街は他にもたくさんある
「古くからの伝統を守ってるのに・・・なんか、寂しいね」
ルーの科白に、レオは肩をすぼめた
同意はしかねる
荒れ荒んだ都会で育ってきたレオには、こういった昔ながらといわれるものに、全く馴染みがない
今の時代に家族や地域の繋がりがある暮らしという方が、余程珍しく思える
三人は見知らぬ街と古い道具を眺めながら足を進めた
いくらも行かない内に街は途切れ、深い森に阻まれた
砂漠に見慣れていた分、森の緑は魅力的に映る
疲れた体に緑蔭が心地好い
新鮮な空気を胸一杯に吸い込むと、心も体も生き返るようだ
鳥のさえずりや木の葉のざわめきに耳を澄ませている内に、随分と奥の方に入って来てしまったらしい
ふと目の前の木々が消え、広場に出た
人工的に造られたであろうそこは、綺麗な円を形取り、中央に奇妙なモニュメントが置かれている
球体を半分に切り取った、まるで水を張った椀のような台座を中心に、石柱が放射線状に並んでいる
石はどれも磨きあげられており、周りの緑を写し込んでいる
雰囲気的に、何か呪術などの儀式を行う場所だろう
近付いてみると、石柱にも台座にもそれぞれ古代文字らしき文字が刻み込まれている
読めない文字で、そこに何が記されているのかは誰も知り得ない
ただ、文字と共に彫られた絵は、なんとなく理解できそうだ
人や大きな獣らしきものが見てとれ、一つの物語を作っているようだ
石柱を巡っていると、一軒の家があるのを見つけた
入ってきた森からは見えない場所に、隠れるようにして建っている
入り口の側には大きなミモザの木があり、黄色い小さなボンボリのような花を付けている
その木に身を隠すようにして家の様子を伺ってみるが、物音一つ聞こえてこない
窓も戸も締め切られており、家人は留守なのだろうとわかる
手入れの行き届いた外観をみる限り、空き家ではなさそうだ
「なんだこりゃ?」
ガルダの声が聞こえ、レオとルーは家の側面へと回った
井戸の横に小さな祠があり、その中に石が置かれてある
ガルダはまじまじとその石を眺め、仕舞いには手にとって空に透かし見た
手招きされて近付いてみると、武骨な石には亀裂が走り、その中に光沢のあるものが覗いていた
「あ、これって原石かぁ・・・何の石だろな」
山から取り出してきたままの、天然の石
今では滅多にお目にかかれない、加工される前の石だ
どんな宝石が隠れているのか、このままでは見ることが出来ない
ルーは興味のひかれるまま、そっと手を伸ばした
「どなたじゃね」
突然声をかけられ、三人は驚いて振り返った
そこに立っていたのは、杖を携えた小柄な老婆だった
白い髪をまとめ上げ、黒いドレスを着ているのだが、どこか不思議な空気を纏っており、魔女を連想させる
全く気配を感じさせず、突然降って沸いたかのように現れたその老婆に、レオは警戒心を剥き出しに身構えた
然り気無くルーを背にかばうようにして、胸元の銃に手をかける
老婆は、目を閉じたまま高らかに笑う
「そう警戒することはないよ、旅人さん方。わしは盲いた只の婆じゃ。ここはわしの家じゃて、客人は迎え入れねばなるまいて?」
ルーとガルダは気まずそうに顔を見合わせた
留守中に勝手に祠の石を取り出したことを咎められるだろう
石を手にしているルーが、必然的に謝る役になる
「ごめんなさい、お留守だとはわかっていたんですが、この石が気になって・・・決して盗もうとしたわけじゃ・・・」
老婆は、ゆっくりとルーに近付くと、その手にある石を取った
「この石は古くから島に伝わるものでね・・・“導きの石”と呼ばれておるよ」
老婆は、石を元の祠に戻す
その背中に、ガルダはのんびりと声をかける
「なあ、婆ちゃん。あっちのもなんか不思議石なわけ?」
ガルダが指し示すのは、広間のストーン・サークルだ
「あれは神をお祀りする祭壇じゃよ」
祀っているのはこの周辺の島々に残る古い土地神だという
石柱には、その神による天地創造の物語が刻まれているらしい
老婆は見えていない筈の目で、三人を見比べた
意味ありげな笑みを浮かべており、その魔女のような容貌のせいでどこか不穏な感じがしてしまう
「今夜はうちに泊まっておゆき。老婆の独り暮らしじゃて粗末な家じゃが、部屋数はある。雨風はしのげる」
老婆は笑みを浮かべたまま、ゆっくりとした足取りで家へ入っていった
残された三人は、どうしたものかと顔を見合わせた
空を流れる雲の動きを見つめる
黒くて厚い雲が近付き、空気は重く湿っている
風の強さから考えてみても、すぐに一雨きそうだ
森を抜ける前には降りだすだろう
土地勘もなくては宿を見付けるのにも苦労しそうだ
先程の通りを歩いた限り、宿らしきものは見当たらなかった
船へ戻るにしても、雨に濡らされるのを避けられない
暖かい季節と言えど、雨で体を冷やしたくない
旅の生活では健康に最も気を遣う
「どーするよ?」
ガルダはレオを振り返った
この状況では、このまま老婆の申し出に甘えるのが一番に思える
仮に、老婆が何か得体の知れない者であったとしても、三人いればなんとかなる
第一、もうそろそろ揺れないベッドでゆっくり眠り、暖かい湯船に浸かりたい
しかし、最終決定を下すのはレオの役目だ
ガルダは自分を信じないわけではないが、長年の経験からレオに任せた方が安全にことが運ぶ
ルーという新たな仲間が増えた以上、危険は出来る限り避けたい
レオは少しの間空と森を眺めた後、自分の荷物を持ち上げた
「他人の好意には甘えるもんだ」