新たな道連れ
レオとガルダが次の旅の相談を始めた頃、カウンターに重い袋が置かれた
袋を掴む手を辿って振り返ると、少年がいかにも文句のありそうな顔で立っている
「何よ、これ?」
ガルダはにっこりと笑い、袋を指差した
「人から施しを受ける程堕ちてない。まして他人から盗ったものなんていらない」
「今の時代、そんなこと言ってたら生きていけねぇよ?」
苦笑するガルダに、少年は鋭い目を向けた
「生きるのに盗みなどしなくても生きていける。死ぬ時は何をしても死ぬ。貴様の台詞は盗人の汚い逃げ口上だ」
手痛い反論をくらったが、ガルダは怒りもせずに肩をすくめて見せる
「そりゃごもっとも。ガキかと思ったら意外とモノわかってんじゃん?」
ガルダがニッと笑って見せたが、少年は表情を変えない
二人を交互に睨み付け、フイと背を向けてしまった
去って行くよりも一瞬早く、ガルダの手が伸びた
襟首を掴み、強引に引き戻して隣のスツールに座らせる
思っていたよりも軽い体は簡単に動かせた
「なっ!?離せっ!!」
突然のことに反応出来なかったのだろう、少年は慌てて立ち上がろうとする
ガルダはしっかりと少年の肩に腕を回して押さえ込んでいた
その表情はまるで新しい玩具を与えられた子どものそれだった
「まぁ、そんなつれなくすんなよ。ちょっとくらい呑んでけって♪お前が要らねぇってんならオレ等が貰うけど、一応取り分てもんがあるでしょ」
「何の話だ!離せって言ってるだろ!!」
「ん~、なんちゅうの?絡まれ賃っての?金もらうのやだったら、現物支給ってコトでさ。メシ食うくらいで施しとか大袈裟なこといわんでも。ってか、んな面倒なこと考えんなって!一緒に呑もうぜ、な名案♪はい、決定」
有無を言わさないマシンガントークで、ペースはすっかりガルダのものだ
少年に反論の余地は与えられない
暴れようにも逃げようにも、ガルダの力は強くレオの方にも隙はない
結局二人の間に挟まれて、居心地が悪そうに収まった
「オレ、ガルダ。そっちはレオ。名前は?」
「・・・ルー」
ルーと名乗る少年は仏頂面のまま、運ばれてきた料理を口に運ぶ
嫌々ながらも空腹には勝てなかったと見え、食べっぷりはいい
すっかり傍観者を決め込むレオは、何も言わずに酒を注ぎ足す
アルコール度数の高い酒を水のように呑みながら、顔色一つ変わらない
どれ程呑んでも顔にも体にも出ない、便利な体質なのである
「んで、オレ等吟遊詩人やってんの。お前は?一人旅なわけ?」
「・・・探し物を、してる」
ガルダに半ば無理矢理呑まされた酒のせいで、白い頬がほんのりと赤い
言葉を返してくるようになったのも、少し酔いが回ったせいだろう
少しづつ、自分のことも話してくれるようになった
近くで見ると、その美しさがよくわかった
白い肌は白磁のように滑らかで、大きな目は長い睫毛に縁取られている
青い瞳は真っ直ぐで、底から強い意思の光を放っていた
「探し物って?」
「この世に・・・たった一つしかないもの」
「何よ、謎かけぇ?」
笑うガルダとは逆に、ルーの目は真剣だ
どこか思い詰めたような瞳
何か深い理由があってのことなのだろうと想像できる
「どうしてもこの手で見つけ出さなくちゃならない・・・」
俯いた拍子に、髪で隠されていたピアスが光った
透き通った、深い青色の小さな石
それが希少価値の高い、高価なサファイアであることはすぐにわかった
それも、サファイアの最上級品、“矢車菊のブルー”
滅多と市場には出回らず、手に入れられるのは余程の金持ちか腕のたつハンターくらいだ
凡人が、それもこんな子どもが軽々しく身に付けられる物ではない
小さくとも、その価値は計り知れない
しかし、自分やレオのことを考えればそう驚くほどのことでもない
先程のルーの動きなら、プロのハンターであってもおかしくはない
「なあ、もしかしてお前ハンター?実は・・・」
「ハンターッ!?」
ルーは弾かれたように勢いよく顔を上げた
「ふざけるな!あんな奴等と一緒にするな!!あんな・・・あんな奴等・・・あいつ等は人間なんかじゃない、人を食い物にする悪魔だっ!!」
激しい口調と燃えるような憎悪を宿した瞳
過去に、ハンターに憎しみを覚えるだけの事情があるのだろう
ハンターは宝石を採るプロであるが、皆が皆プロであるわけではない
巷にはもぐりのハンターが溢れているし、プロのライセンスを持っていてもろくでもない輩はいる
高くなりすぎた職業地位を悪用し、詐欺行為を働く者が後を断たない
ハンターによって山を潰され、財を失ったものもいる
ハンターを恨み、憎んでいに人間だって当然いる
ここで自分達がハンターだと打ち明けるのは得策ではないと判断し、ガルダは言いかけた言葉を飲み込んだ
ルーは自分の拳を強く握り締める
強い意思を秘めた目
「あいつ等の手に渡る前に、必ず見つけてみせる」
「・・・宝石を探しているのか」
それまで沈黙を守っていたレオが、ようやく口を開いた
ルーは驚いたように軽く目を見開いて振り向いた
それから、少し俯いて頷いた
「“魔法石”を・・・探してる」
「“魔法石”か、豪儀だな。手掛かりでもあるのか?」
「・・・わからない」
ルーは小さく呟いて、手元に目を落とした
それ以上はもう何も話す気はないらしく、口をつぐんでしまった
レオの方もそれ以上聞くつもりはないらしい
妙に気まずい空気が流れ、ガルダはレオの様子を盗み見る
何か、小さな違和感があった
気のせいかと言われればそれまでだが、どこかいつものレオと違う気がする
どんな事にも万事無関心男が、この謎めいた少年に興味を持ったらしい
自分から何かを訪ねたのが、かなり強く関心を示している証拠だ
不思議に思いながらルーに視線を移し、ふと思い当たった
レオの妙な性癖
昔からベッドを共にする相手には青い目の者を好む
何の理由があってかは知らないが、青い目に思い入れがあるのは確かだ
それと、長い金の髪
その二つが揃った者を見掛けたら、必ず口説きに近付く
こんな男に熱烈なラブコールを送られて、落ちなかった者はいない
それで以前マフィアのボスの愛唱を寝とり、とんだ騒ぎになったこともある
その上、一夜を共にしたら一気に冷めてしまうらしく、後は見向きもしなくなるのだから性質が悪い
長い髪と青い目
もしくはそのどちらかを持った者が彼の好みであることは間違いない
それ以外のことは、性別も容姿すらも気にかけないのだから印象深い
ルーの美しい青の瞳に気を引かれるのは、当然かもしれなかった
ただ、何時ものようにすぐに口説こうとしないし、そんな素振りすら見せないのが不思議だ
レオがどんな性癖を持っていても彼に対する評価は変わらないが、多少の興味はある
ガルダの中で、何かが囁く
「なあ、ルーって一人旅なんだろ?」
ガルダの気の抜けた声に気詰まりな空気が壊れた
身を固くしていたルーは、ほっとしたように頷いた
こんなにも若い少年が、誰に頼ることもなく行く宛もない旅をしている
レオと出会うまで、自分もそうだったことを思い出した
道連れが出来たからといって旅の苦労が消えたわけではなく、むしろ増えたくらいだ
しかし、気分がまるで違うのだ
どれだけ訓練を重ねて強くなっても、上には上がいる
一人ではどうあがいても切り抜けられない危機もあった
今日を生き延びられても、明日はどうかわからない
不安な日々を過ごすなか、一人でいるのは心細いことこの上ない
ルーを見くびるわけではないが、こんなに細い肩での一人旅はあまりに荷が重いように思える
酒を呑み干すと、考えを固める
「いじゃさ、オレ等と一緒に行かね?」
唐突な提案に、ルーは目を丸くして顔を上げた
思った通りの反応にガルダは面白そうに笑い、ルーの艶やかな黒い髪を乱暴に撫でた
「オレ等流れ者だから世界中回ってるって言ったっしょ?同じ宛のない旅でも一人で行くよりゃ楽しいって!情報だって三人いた方が集めやすいし。オレ等案外便利よぉ?なぁ、レオ」
レオは何も言わないが、反対もしない
勝手にすれば良いとばかりに酒を呑んでいる
ずっとその調子なので、ボトルはすでに空に近い
「や、で、でも・・・」
「一人で旅するよりゃリスク少ねぇよ?宿だってメシだって三人のが絶対安上がり♪旅は道連れ世は情け♪ってどこの名言だっけ?」
得意の話術で自分のペースに引き込む
この少年の存在で何かが変わる
きっと今よりもっと面白くなる
レオと出会った時と同じように、ガルダの中で騒ぎたてるものがあった
面白いことならなんだって大歓迎だ
そろそろ仲間を増やすのも面白いではないか
ガルダの一方的ながらも熱のこもったアプローチに呑まれながら、ルーは両脇の男達を見比べてみた
何の素性もしれない、荒れ果てた酒場で会った男達
他の客とは違って自分に近い年齢でありながら、助けてくれた時にその強さの片鱗を見た
盗賊紛いのことに何の抵抗もないところを見ると、こういった店での身の振り方をわかっているのだ
まともな生活を送ってきたのではないのだろう
彼等と一緒に行くべきかどうか・・・
今までの道のりを思い出すと気が沈む
話し相手すらいない、たった一人きりの旅路
寒さに震える夜、暑さと渇きに苦しむ昼
励ます相手も、励ましてくれる人もいない、孤独のつらさ
旅に出るとき、覚悟は決めたはずだった
しかし、実際はその想像をはるかに超えた
誰でもいい、たとえ人の言葉を話さない動物でも良いから、誰かに会いたかった
だからこんな荒れ果てた街に足を踏み入れてしまったのだ
ここで出会ったのは偶然なのか、運命なのか・・・
二人の男は、ルーの見つめる目を真っ直ぐに受け止める
いくら考えたところで正しい答えなど見つけられるわけではない
迷いながら視線を泳がせると、カウンターの端に黄色いフリージアが飾られているのに気付いた
先程から香っていた甘い香りの正体
遠い故郷で咲き乱れていた甘い香りが、優しい記憶を呼び戻す
自分の名を呼び、穏やかに微笑むシルエット
その髪は太陽の光をはじき、キラキラと光を撒く
丁度、目の前のレオの髪と同じ色
ルーは溜め息をつくと、軽く笑みを浮かべた
「次は、どこに行くの」