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Jewel  作者: 下川田 梨奈
風から出るサファイア
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少年

「・・・!・・・・・!!」


食事を終えて一心地ついた頃、不意に店の中がざわめいた


騒ぎの元を辿ると、奥のテーブルで小競り合いが起きているようだった


どこの酒場でもよく目にする光景だ


酒は人の気を大きくさせるものだ


喧嘩のひとつや二つ、気に留めるまでもない


面倒事に関わる気はないので、また酒を呑み始めると言い争う声が耳に届いた


「・・・よ!・・・なっ!!」


断片的に聞こえる声は細くて高い


騒々しい足音が迫ってきたかと思うと、レオの背中に何かがぶつかった


振り向いた肩越しに、黒い髪が見えた


レオのジャケットをしっかりと握っているのは、こんな酒場には不似合いな子どもだった


「待てコラ、坊主!」


声を掛ける間も無く、追いかけてきた男が子どもの肩をつかんで引き剥がした


思わず振り返ると、男の腕に囚われてもがいている少年の姿が見てとれた


黒い髪と白い肌、華奢な肢体はサイズの合っていない大きなコートで余計に強調され、細い首にはまだ幼さを残している


年の頃は14~15で、まだ変声期も迎えていないのだろう高い声だ


少女と見違うばかりに美しい容姿に、店中の目が向けられる


何よりも目を引くのは、大きな双の瞳だ


暖かい南の島を囲む、濃い海の色


秋の空のようにはっきりとした青い瞳


男の趣味のないものでも、思わず目を奪われてしまう


女好きを自負するガルダですらも、その少年に見いってしまった



少年は抵抗が無意味と悟ると、諦めたように体の力を抜いた


「わ、わかった・・・大人しくするから・・・乱暴に、しないで・・・下さい・・・」


これから自分の身に起きることが解っているのだろう、声を震わせている


形のよい眉を寄せ、怯えた上目遣いで見上げている


小動物を思わせるその表情は、男の征服欲を大いに刺激した


男は頬を紅潮させ、興奮も露に鼻息を荒くしている


白い肌を更に青ざめさせた少年の肩を抱き、嬉々として店の奥に向かって行く


その先には閉ざされた木の扉がある


先程から娼婦や子どもを連れた男達が何人も入っていくのを見た


こういう酒場はどこも同じようなつくりで、二階は連れ込み宿になっているものだ


店で客をとった娼婦達は報酬の何割かを店主に渡し、店に仕事場を置くのだ


店の中を見回した時、ランダムながらもくっきりと娼婦達が縄張りを示していることに気づいた


扉の奥は闇と同じ


そこで何が起きようと、目には見えないものとして扱われる


悲鳴が聞こえようと、銃声が響こうと、誰も助けになどいかない


それが暗黙の了解なのだ



少年は客をとるのは初めてなのか、青ざめて見える


一歩足を踏み入れてしまえば、あとはひたすら堕ちていくだけ


力のない弱者は、楽に生きてはいけない時代なのだ


彼のこれからの人生は、暗く辛いものになるだろう


自分自身で強い力を望み、それを得るために死ぬ気で動かなければ何一つ変えることなど出来ない


弱いままなら、他者に虐げられながら生きていくしかない


恥も自尊心も捨てれば、命を繋ぐことは出来る


ガルダは苛立たし気に酒をあおった


自尊心など、捨ててしまえばいい


地に這いつくばって、踏みつけられることなど、すぐに慣れる


他者から施しを受けて、命を乞えばいい


そうすれば、生きていくことは出来るのだ




しかし、人としての誇りを捨てると言うことは、人であることを捨てると言うこと


犬畜生と同等の生に、何の意味があるというのか



そうしてまで生きた先に、一体何が待っているというのか



誰にも答えの出せない問いに、気分が滅入る


せっかく久しぶりに美味しいものが食べられた気分の良さが台無しだ



気分の悪さをかき消そうと酒を注ぎ足したが、ふと隣のレオがまだ後ろを見ていることに気付いた


どこか楽しそうなその表情に驚いた


いつもは仮面のように無表情なのに、薄く笑みを浮かべている


不意にゴトリと硬質な音が聞こえた


「なっ、何しやがったっ!?」


驚き上ずった声と娼婦の甲高い悲鳴に振り返ると、男が床に伸びていた


先程少年を捕まえていた男だ


自由になった少年は、先程までの怯えた蒼い顔を消し去り、うっすらと笑みすら浮かべて立っている


まるで別人のように雰囲気が違う


「っのガキ!なめた真似しやがって!!」


倒れた男の仲間が一斉に少年に襲い掛かる


少年は焦った様子もなく、フワリと柔らかい動作で進み出た


舞を舞うかのように優雅な動きで、男達の間をすり抜ける


それは、見たこともない武術だった


蒼い顔で震えていたのは油断させるための演技だったらしい


一部の隙もない足運びで最短距離を、鍛え上げた洞察眼で確実に急所を狙う


両手に握られているのは長細い金属の棒だ


あれならばどこに隠し持っていても気付かれない


暗器の一種なのだろう


その動きも一朝一夕で身に付くものではない


幼少の時から厳しい訓練を受けてきたのだろうとうかがい知れる


見た目は多勢に無勢、大人対子どもという絶対的に不利な状況であるにも関わらず、実際の力量は真逆だ


あっという間に倒してしまった男達の中に立ち、少年は息一つ乱してはいない


それまでの乱闘がまるで他人事でもあるかのような表情(かお)


ガルダは一人、苦く笑う


昔レオと出会ったシチュエーションによく似ている


相棒は最初から少年が只者ではないと見抜いていたのだろう


だからずっと少年を目で追っていたのだ


何かに興味を持ってくれるのは嬉しいが、少しは教えてくれても良いのではないかと思う


この愛想のなさには溜め息しかでない



視界の端で、何かが光った





「いててててててぇぇっ!!何しやがるっ!?」


「うわああぁっ!誰だテメェ!」


ほぼ同時に離れた場所で悲鳴があがった


静まり返った店の中に、その野太い声はよく響いた


人々の目はそれぞれ人影から少年を狙っていた男達の腕を捻り上げているレオとガルダに向けられた


「ガキ一人にいい大人が何人も寄って集ってさぁ。それも陰から狙うってどーよ?とことん情けねぇなあ、おっさん」


ガルダは呆れたように溜め息をつきながら、自慢のワイヤーで縛り上げる


レオは片手で男の動きを封じ、空いた方の手で器用に銃を分解してしまった


捕らえられた男達は、まとめてガルダのワイヤーの餌食となった


天井のランプの横に見苦しいオブジェが添えられ、人々の嘲笑をかった


レオとガルダは、倒れた男達の懐を探って回る


金品や武器を抜き取り、次々と袋に詰めていく


勝者の当然の権利だ、誰も咎めはしない




「ん~大漁大漁♪」


ガルダはずしりと重い袋を満足気に揺すった


凶悪犯の集まる街なだけあって、割と良い物を持っている


盗品ばかりに違いないが、売ればかなりの額になる


呆気にとられて立ち尽くす少年を振り返ると、彼は表情を険しくした


突然助けに入ったかと思えば、次には盗賊紛いのことを始める見知らぬ男達


警戒するには十分値する


ガルダが一歩進み出ると、目付きを険しくして身構える


この(ライン)が少年の間合いのギリギリ外


もう一歩踏み出せばためらいなく向かってくるだろう


それ以上近付かず、少年の姿をまじまじた眺めてみる


やはり、昔のレオによく似ている


キツい目付きだがそれは美しく、人の目を惹き付ける


決して媚びることなく、自らの意思を貫く潔さを感じさせる目


気高く美しい、野生の獣を連想させる


「まるっきし昔のお前みてぇね」


ガルダがニヤニヤと笑うと、レオは無言のまま袋を取り上げた


その流れのまま、袋は宙を飛んでいく


思わず受け止めた少年は、その重さに眉をしかめ、訝しげにレオを見た


「ちょっ、何すんのぉっ!?」


「あいつのもんだ」


止める間も無く宝を失ったガルダは、がっくりと肩を落とす


「何も全部やることねぇじゃんかよぉ」


「うるさい」


ガルダの恨めしそうな声を気にもかけず、レオは興味を無くしたようにカウンターへ戻ってしまった


相棒の身勝手さに呆れつつ、溜め息をついて席に戻った


カウンターには新しい酒が用意されている




不満気にしてみせたが、本当のところは文句などない


あの宝は確かに少年が手にするのが正当で、自分達は金に困っていないのだ


酒を飲み干す頃には、全てを忘れ去っていた



二人同様、店内も何事もなかったように元のざわめきを取り戻していた


この街では喧嘩はショーの一つ


決着がつけばそこで幕引き、目に写らないものとなる


自分に関係のないことは興味をもたず、話題にすらしない




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