砂漠の夜
砂漠の真ん中を、二台のエアバイクが砂煙を巻き上げて進んでいく
依頼により、“魔法石”を探す事になった二人は、一路西へと向かっていた
夜明けと共に“アンシャル”を出て、砂漠を走り始めて五日目の夜を迎える
大きなオレンジを思わせる太陽がゆっくりと地平線に沈んでいく
「今日はそろそろ泊まるとこ探そうぜ」
太陽が沈んですぐに辺りに冷気が満ち、ガルダは身震いした
日中は40度を超す熱さであっても、日が落ちれば急激に気温を下げる
夜は火を焚かなくては凍えるほどに冷え込むのだ
凍えながらバイクを走らせるなどゴメンだというのが、二人の共有する意見だ
辺りを見回し、広大な砂の世界に点在する岩影でその夜を明かすことに決めた
手慣れた様子で火を起こし、食事の用意を始めて水の残りが少ないことに気が付いた
照り付ける日射しと砂ぼこりのせいで、ひどく喉が乾く
我慢しながら大切に飲んできたが、これでは二日ともたない
目的地の“スキュテス”にはまだ一週間以上はかかるし、立ち寄る予定のオアシスにもまだ三日はかかるだろう
命とも言える水を持たずに砂漠を越えるなど、自殺行為に等しい
いつ水がなくなるかヒヤヒヤしながら走るほど、自分を追い込む趣味もない
それに、ガルダは今の食事が大いに不満だった
旅の食事は日保ちのする乾物がメインだ
その上店も獲物もない砂漠となれば、当然毎日同じようなメニューになる
乾いた固いパンに干し肉
フリーズドライは水が貴重な砂漠には向かないし、レトルトはレオが嫌う
味気なく侘しい食事にはほとほと嫌気がさしていた
食べることが好きなガルダにとって、食事を楽しめないのは苦痛だ
普段なら酒場でその地方の特色のきいた料理をテーブル狭しと並べるし、好みの料理を作って食べている
材料さえあれば、いくらでも作れる腕はあるのだ
こんな物資も少ない砂漠では、せっかくの腕が泣く
ボソボソしたパンをぬるいウォッカで流し込むと、大きく溜め息をついて寝転んだ
何処までも広がる空は、何に邪魔されることもなく星を輝かせる
手を伸ばせば掴めそうな星を眺めて眠る夜は好きだ
雨さえ降っていなければ、こんな季節でも外で眠るのは苦痛ではない
しかし、柔らかくて暖かいベッドで眠る方が良いに決まっている
部屋の中で眠れば、朝起きたときに砂に埋まっている心配はない
シャワーだってまともに浴びていないし、女だって抱いていない
若く健康な男にとっては死活問題だ
ガルダはもう一度大きな溜め息をつくと、焚き火の向こうに声を掛けた
「なぁ、やっぱ“ラグナレーク”寄ってこーぜぇ」
本日何度目かも知れない提案だった
その度にレオに却下されたのだが、懲りずにまた言ってみる
もちろん、今度は水が少ないことも付け加えた
先程からずっと武器の手入れをしていたレオが、ようやく顔を上げる
磨き上げられた黒い装飾銃が、揺らめく炎に妖しい輝きを増す
レオが肌身離さず隠し持っている装飾銃
ガルダがその存在を知るのには、出会ってから一年もを費やした
普段の戦闘の際にはごく普通の二十八経口の銃を使うが、本当に命の危険に晒された時にだけそれを抜く
装飾銃はまるで彼の一部であるかのように正確に打ち出される
普通の銃でも滅多なことでは標的を外さないが、やはり別物らしい
レオはその銃を徹底的に隠し通していた
隠す理由はそこに飾られた石にあるのだろう
大きな大きなピジョン・ブラッドの紅玉
売れば五年、十年は遊んで暮らせる程上質で、希少価値の高い宝石だ
どうやって手に入れたかなど、当然知るよしもない
その石は人の手で加工されたとは思えない程に滑らかな表面を持ち、見たこともない程に大きい
普通の宝石ではないことは確かだろう
何があっても手放そうとはせず、人の目にも触れさせない
レオは他のモノには何一つ関心を持たず、どれ程貴重な宝石であっても執着を見せない
それだけに、その銃に対する思い入れの深さが感じられる
口には出さないまでも、流石のガルダも気になるところだ
レオは小さい溜め息をつくと、銃を胸元のホルダーにしまって立ち上がった
「・・・仕方ない。物資補給に行くか」
「そーこなくっちゃ♪んじゃ、さっさと行きまっしょ~!」
ガルダはあっという間に荷物をまとめ、焚き火を踏み消した
すっかり軽くなっていた荷物を積み込みながら、レオは暗い地平線を見つめる
「・・・よりによって“ラグナレーク”とはな・・・ 」
溜め息混じりのその声は、誰の耳にも届くこともなく空に消えた
砂漠の真ん中に、突如として現れる“ラグナレーク”
“神々の滅亡”を意味するその街は、酒場と歓楽街しか存在しない
住人は殆どが土地を追われた違法者であり、指名手配を受けた犯罪者達が自らの犯罪歴を自慢しあうようなところだ
無法者の集まるこの街には、端から規律も法もありはしない
まともな人間ならば決して足を向けようとは思わないし、地図上では危険地区として分類されている
もし何も知らずに足を踏み入れようものならば、一夜を越す前に身ぐるみをはがされる
地元の警察も軍も介入しない
正しく無法地帯なのだ
二人はバイクを街の外に隠すと、銃声と罵声の響く街の中に入っていった
酒場を追い出され、そこらでたむろしていた中毒者達が二人の若者に濁った目を向ける
余所者の出現に敏感で、その行動一つ一つを見張っているのだ
粘りつくような視線の居心地の悪さを振り払うようにして足を早める
少々小さめだがなかなかの賑わいを見せる店を選び、スウィングドアを押し開けた
途端に店中の視線が二人に集まった
酒で染まった赤い顔、血走った眼、もはや正気は望めない
面倒に巻き込まれる前に食糧と水を手に入れなければならない
「ようよう色男!ここは坊やが来るようなカフェじゃねえぞ」
「紅毛に金褐色、どっちが売り物だぁ?」
あちこちからヤジが飛び、いやらしい笑いが響いてくる
二人は真っ直ぐカウンターに向かった
カウンターの中にいたのは、身体中にタトゥを施した男だった
太い腕と広い肩を持ち、こんな街で店を構えられる
だけの腕力を持っていそうに見える
近付く二人の若者に愛想の欠片もない眼差しを向ける
こんな荒れ果てた街にいる割に、しっかりとした光を持った目をしている
旅の途中に立ち寄る店には当たり外れがある
嬉しくなるくらい美味しいものを出す店もあれば、腐ったものを平気で出すような店もある
あまりに差が大きく、店選びは下手なギャンブルよりも難しい
そこで、その店のパロメーターがわりになるのが店主の目なのだ
客と同様に濁った光のない目をしていればそこでアウト、即座に店を出る
その点、この店は大丈夫そうだ
二人は軽く視線を交わし、店の決定に互いに確認しあった
レオは手品のようにコインを取り出すと、テーブルに置いた
「テキーラ、ショットで二つ」
レオの注文に周りの男達が口笛で反応を示した
「おいおい、そりゃ坊やが飲むもんじゃねぇぜ」
「帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!」
カウンターに置かれた小さなグラスには飴色の液体が満たされている
二人は慣れた動作で手の甲に塩を一つまみ盛る
ヤジが飛ぶ中塩をペロリと舐めとると、一気に酒を流し込む
タンッとグラスを置く小気味良い音が響いた
こんな酒場では“男の美学”というものが存在する
“男は男らしく”ということにこだわり、粗っぽく猛々しいことが男として最高の美徳であるとするのだ
テキーラのショット・ガンは一人前の男の証
若造と侮っている相手の前で、通常ならばむせかえるほど強い酒をあおってみせる
長い旅の生活で、数えきれない程に酒場を巡ってきたのだ、渡り歩く術は身に付いている
男が相手の場合、自分を同等か、それ以上だと認めさせなければならない
間違っても下に見られるようなヘマはしてはならないのだ
男社会ではナメられたら終わりだ
最初が肝心、まずは自分を認めさせることだ
二人はどうやら男達の価値基準をクリアしたらしい
絡んできた男達も急に興味をなくしたように離れていった
無事平穏を手に入れた二人は、適当に食べ物や酒を注文し、店の中をざっと見回した
何か起きてもすぐに対応出来るよう、自分と周囲のモノや人との位置関係を把握しておくことが癖になっていた
ゆったりとスツールに腰を落ち着けたころ、料理と酒が運ばれてきた
やはり、ガルダの鼻は正しかった
これ程荒れた街にもかかわらず、出てきた料理も酒も上等なものだった
食べることに関しての主導権は、常にガルダにある
いかなることも自分1人でこなすレオが、唯一手放しで任せるのが食事についてだった
好き嫌いは少ないが舌が肥え、自分の好みの味にうるさい男で、自分の嫌いな味は決して口にしない子どもっぽさを持っている
そんなレオが初めての店でも大概文句なく食べられるのは、一重にガルダの旨いものをかぎとる鼻のおかげだ
最も、万事美味しいものが食べられるわけではない
街自体の味のレベルがものを言う
いくらその街では一番マシな店であろうと、他の街では最低ランクということもよくあるのだ
店選びは正しくギャンブルだった
今夜の店は、他の街と比べても上位に入るだろう
きちんとした新鮮な食材が使われ、料理人の腕も確かだ
久しぶりにありつけたまともな食事に、二人はおおいに満足した